■■■■江戸時代の一両は今のいくらか■■■■ [無断転載禁止]©2ch.net

1日本@名無史さん2016/06/08(水) 01:51:12.45
一両は50−100万円だと思う

19日本@名無史さん2016/06/13(月) 17:23:03.59
>江戸の大工は年収が10両ぐらいだった

他の物価も鑑みるに、江戸初期なら1両60万円ほどでよいが
江戸中期なら20万円が妥当

金1両=4分=16朱=銀60匁=銭4貫文=4000文=米1石で
1両20万円として1貫文/分=5万円、1朱=1.25万円、1匁=3333円、1文=50円
棒手振りの日当が400文(2万円)、長屋の家賃が月400文、大福餅1個が4文(200円)、銭湯が8文(400円)
下級武士の年収が30両(600万円)弱で豪農が90石(1800万円)

20日本@名無史さん2016/06/13(月) 19:17:05.10
>>18
鴎外の『高瀬舟』でも読めば役人一般の生活レベルが分かる。
江戸その他の町で食っていくのは今のアホの想像以上に大変なんだけど、アホにはその知識も
判断力もないんだよな。

ちなみに、薩摩では庄屋でも主食がサツマイモでコメなどまともに食えなかった時代に、江戸では
乞食でさえ麦飯でも玄米でもなく白飯を食いたがった。

江戸東京は異常という話だ。その異常さがいつまで続くかねえ。

21日本@名無史さん2016/06/13(月) 19:45:02.30
庶民の感覚で、江戸時代の一両は今のいくらぐらいになるか、というのだから。

長屋の家賃が400文なら、今は庶民が住む家の家賃は4万円として

1文は100円になる、50文なら2万円になるからおかしいことになる

当時は家が狭かったからというのは間違い

銭湯は毎日入ったんだろうか、高くて毎日は入れなかったんじゃないか

8文、800円なら説明が付く

22日本@名無史さん2016/06/13(月) 20:38:05.90
1両が5万円なら、1文は10円ぐらいだから、そばは160円だから
腹が減ったらそばはいくらでもだべれるだろう
武士はくわねど、なんておかしいことになる

23日本@名無史さん2016/06/14(火) 10:36:08.46
まず君は庶民レベルに達してる?

24日本@名無史さん2016/06/14(火) 14:19:35.09
武士は交際関係の出費がやたらかさんでいて、それが家計を圧迫していた。

25日本@名無史さん2016/06/14(火) 18:31:29.23
下級武士の収入は10両から30両
1両が100万円なら今の1000万円から3000万円
相撲の十両が10両で、江戸の高収入の庶民が10両ぐらいで
下級武士の一番下と同じ

26日本@名無史さん2016/06/14(火) 18:33:30.15
江戸近郊の農家の収入が20両で10両は年貢と時代で収めて
収入は10両ぐらい
たぶんこの農家は高収入の農家だろ

27日本@名無史さん2016/06/14(火) 18:34:35.96

28日本@名無史さん2016/06/14(火) 19:29:33.95
「武士の家計簿」とか読みなさい

29日本@名無史さん2016/06/14(火) 21:21:49.84
>>27
一両120万円
これは正しい

また、砂糖とか今と価値がぜんぜん違うものを基準にしてまちがったことを
言ってる。

30日本@名無史さん2016/06/14(火) 21:23:57.45
武士の家計簿は読んでないけど、昔、一両が5万円とかいった
ばかな学者の考えを取り入れて、間違った話をしてるんじゃないか

31日本@名無史さん2016/06/14(火) 23:37:12.77
江戸時代の1両が今のいくらか考えるには、
価値が違うものを基準にしてはいけない
米は江戸時代と今では価値がぜんぜん違うので、米価で
比較するのは間違い
そばとかも価値が違うので間違い。
昔ばかな学者が、米価を元に1両を考えたので
1両が5万円とかになって、間違えた通説が生まれた。
現在は機械化や化学肥料や農薬、輸送の発達などで米の値段、価値は
江戸時代とくらべてずっと下がってるので、米価を基準に1両の価値を
決めるのは間違い。

32日本@名無史さん2016/06/15(水) 01:53:03.48
そもそも今(2016年)の1円と昔の1円でも価値は違うわけで
例えば昭和40年代の学者が1両=5万円と言ったのを今もそのまま受け継いでるとしたら
ただの馬鹿としか思えないのだが

33日本@名無史さん2016/06/15(水) 09:21:11.70
そうだな
5万円といったのはいつかな
昭和45年なら今の20万円だ

34日本@名無史さん2016/06/15(水) 09:28:24.32
わかったわかった
学会に発表とかしなさい

35日本@名無史さん2016/06/15(水) 19:20:42.74
横から失礼。
馬鹿に教育しているだけなのに、馬鹿にとっては学会発表レベルに見えるわけか。面白いな。

36日本@名無史さん2016/06/15(水) 22:09:56.32
江戸時代の1両が今のいくらか考えるには、
価値が違うものを基準にしてはいけない
米は江戸時代と今では価値がぜんぜん違うので、米価で
比較するのは間違い
そばとかも価値が違うので間違い。
昔ばかな学者が、米価を元に1両を考えたので
1両が5万円とかになって、間違えた通説が生まれた。
現在は機械化や化学肥料や農薬、輸送の発達などで米の値段、価値は
江戸時代とくらべてずっと下がってるので、米価を基準に1両の価値を
決めるのは間違い。

37日本@名無史さん2016/06/15(水) 22:12:06.34
金の価値も下がってるので、金で一両の価値を決めるのは間違い

銀はさらに下がってるので、銀で決めるのは大間違い

38日本@名無史さん2016/06/16(木) 07:59:57.42
そして、馬鹿は価値が変わっていない物を見つけることができないまま馬鹿面を晒し続けるわけだな。

39日本@名無史さん2016/06/16(木) 12:19:04.66
 
 
  戦乱が原因で余った女性がヒステリックにならないという保証はない。
 
 
 

40日本@名無史さん2016/06/16(木) 13:19:50.72
38の脳は江戸時代の脳より価値が低く、縄文人と同じ価値(レベル)だな
いや、類人猿か

41日本@名無史さん2016/06/16(木) 15:32:58.35
馬鹿は言い返せなくなると意味不明の思考回路で話を脱線させ、恥の上塗りをする。

42日本@名無史さん2016/06/16(木) 16:01:57.01
>>41

手遅れにならないうちにアリセプトを飲みなさい

43日本@名無史さん2016/06/16(木) 16:10:16.70
君を診断した医者は別の判断を下すだろうけど、君がそれを悟るのは困難なようだね。

44日本@名無史さん2016/06/16(木) 16:12:49.06
>>39
戦乱では暴力が横行するから、ヒステリックな女は身内の男に抑えつけられるだろう。
嫁ぎ先のない厄介者を抱えるのは誰もが嫌がるからな。

45日本@名無史さん2016/06/16(木) 19:51:01.42
この前のブラタモリで一両10万円て言ってたけどな。

46日本@名無史さん2016/06/16(木) 22:02:03.37
歴史学者兼TVスターの磯田先生によると1両300,000円だって 武士の家計簿

47日本@名無史さん2016/06/16(木) 22:43:38.01
ブラタモリでお伊勢参りやってたけど、江戸時代の庶民って、結構豊かだったんだね

48日本@名無史さん2016/06/16(木) 23:09:52.99
30万円なら近いと思う
10万円はダメだな、NHKは歴史考証がなってない
大河なんてひどいもんだ

49日本@名無史さん2016/06/17(金) 08:47:14.20
>江戸時代の庶民って、結構豊かだったんだね

商品作物の栽培で懐具合のよくなった上方の農民が季節季節の服を二着以上持っているのを
武士から贅沢と言われた。

江戸の町で普通の庶民が食べていくためには嫁さん子供を養えないから、農村から出てきた
独身男が多く女が少なかった。家族持ちでも、子供が成人しない段階で稼ぎ頭の男が
体調を崩そうものなら即一家心中の危機に陥った。

町の借家人の多くは日雇いで、収入のいい大工でさえ「大工を殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の
三日も降ればよい」などと言われるほど蓄えが乏しかった。おかげで、全国的な飢饉で
米価が倍にでもなれば町では餓死者が続出した。

ちなみにこの状況は、社会保障制度が整備されていない戦前期までは似たようなものだった。
それでも都市部の庶民が減らなかったのは、農村から一旗揚げようと絶えず人が流入してきていて、
しかもその大半は食っていけずにおめおめと故郷に戻るようなありさまだったからだ。


そんな状況を今の感覚で豊かと評するとか、寝言は寝て言えって感じだな。

伊勢参りをどのように描いていたかは知らんが、数十年に一度の大フィーバーのときには金持ちが
どんどん街道沿いに金を落としていくから庶民の参詣者がそのおこぼれにあずかる形で旅ができた。
例年であれば、金持ちでなければ蓄えを持つ農民が一生に一度参詣できる程度のものでしかなかった。

50日本@名無史さん2016/06/17(金) 08:55:34.28
ちなみに、町の庶民には蓄えがないのとは対照的に、農民には蓄えがあった。
秋に米が一度に収入として入ってくるのだから、蓄えの習慣が身に付くのは当然だけど。
そうやってコツコツ溜めた私財を、伊勢参りその他の巡礼で一生に一度吐き出すわけだ。

51日本@名無史さん2016/06/17(金) 13:58:33.98
だから蕎麦が16文で、1両が5万円なら160円で、餓死しないからおかしい

52日本@名無史さん2016/06/17(金) 14:01:13.86
今のテレビ時代劇の、庶民の豪華衣装の暴走はどうにかならないのかね
江戸時代の庶民は、ぼろの着物を一着持ってるだけだろ

53日本@名無史さん2016/06/17(金) 14:52:33.63
>>51
江戸時代どころか戦後しばらくまではエンゲル係数がバカ高だから、食い物の値段がちょっと上がっただけで
町では食い詰める者が続出した。農村では食い物を蓄えられたけど、町では銭も雑穀も無理だからね。
アホの子はエンゲル係数の低い今を基準に考えるからバカだとばれるわけだ。

>>52
あれは女の価値観が反映された結果らしいよ。時代劇といえば、かつてドサ回りだった歌舞伎やいまドサ
回りの大衆演芸で、豪華絢爛な衣装自体を見るために女たちが集まる。元々そんな商売だ。
その価値観がフェミニズムによって国レベルのものとなってしまった結果、テレビの時代劇でさえ、「汚い服
なんて見たくないのよ!」という女どものヒステリーに局が折れる結果となった。
その結果として、問題先延ばしという形で日本はどんどん中国の侵略を受けやすくなっている。劇から「死」、
つまり男なら「討ち死に切腹」、女であれば「餓死への恐怖」をなくして何が表現できると思い込んでるんだか。

自国よりも貧乏な国に侵略されたらどんな目に遭わされるか、女はアホだから想像だにできないんだよな。

いい加減にしろ女。女が自分たちのジェンダーを抱えたままで男以上になるかよアホ。ヒラリーは男の
ジェンダーを抱えたからここまで来たけどな。

バカめ。

54日本@名無史さん2016/06/17(金) 16:18:34.36
明治生まれの人が生きてた時代は、江戸時代の時代劇も、まだリアルさがあったが
今のはひどい、昭和初期でももっと貧相だった。
昭和30年代の百姓でも、今の時代劇の百姓より貧相だ

55日本@名無史さん2016/06/26(日) 14:40:55.43
昭和30年代の農民は農協ツアーで海外旅行しまくり。
一生に一度の伊勢参りのスケールが大きくなったようなもんか。

56日本@名無史さん2016/06/27(月) 00:37:24.47
重苦しい時代劇好きだけど
最近の役者は似合わないんだよ

57日本@名無史さん2016/06/27(月) 10:14:47.15
ケモノみたいなのは日本人から淘汰されつつあるからな。
で、例外的な奴らは撮影現場に馴染めないわけだ。

58日本@名無史さん2016/10/19(水) 16:05:44.46
ちょっと私的まとめ、このスレに投下する話じゃないんだけど

江戸時代って末期の人口3500万期に
米3500万石=20兆カロリー
鶏卵年産500万個=4億カロリー
鶏など5万羽根=3億カロリー
大豆20万トン(133万石)=1兆カロリー
魚漁獲量3-5万トン(20万石、もっと少ないかも)=500億カロリー
ジャガイモ25万トン=150万石=1500億カロリー
小麦数十万トン=100万石以上=3000億カロリー
その他野菜推定数十万トン=1500億カロリー
砂糖16万石、輸入含む消費20万石=1000億カロリー
その他輸入砂糖など含む糖類行きやすかった
合計21.5兆カロリー
(但し米生産その他で一部除外があるため実2兆カロリー加算される)
平均1800カロリー/日 成人男性2000カロリー 女性1800カロリー 子供と老人1500カロリー未満

くらいが総生産量だったらしい。個人あたりに分けると米中心で米が食事の90%以上になるけどほぼ穀類、大豆中心であり
養鶏は初期から末期まで一般化しており、農民、町民には禁夷ではなく一般化していた。
大豆の消費ベースは非常に大きく、カロリーの5%以上を構成していた。

たいして漁獲量自体がゼロでもなかったがカロリーにおける比率は非常に低かった。鶏よりカロリー比率は多いものの、少なからず労働者の蛋白源は基本大豆とコメである。

これは養鶏の生産手段と、漁獲はそもそも冷蔵庫がすくなく鮮度のある魚を届けれない文明性により、
一般的に世界でも漁民以外は冷蔵庫普及以前は干物以外の魚を食べることはまずかなかった。保存できないから

実は養鶏と魚食が一般化するのは明治末以降であり、漁獲量の拡大、冷蔵庫(業者が保存)が増えて魚食一般したのは実1900年以降の話。

実は江戸の町民が魚をよく食うイメージは実は昭和初期の社会群像であり
映画などを通して昭和初期の魚食=江戸時代にもあるという誤解が広まっただけ。

59日本@名無史さん2016/10/19(水) 16:09:27.99
尚それでも江戸期に米カロリー比95%の食料事情が
戦前の段階でやっと米カロリー比85-90%になった程度

この事情が相当改善するのは1960年代以降である。またそれまで牛乳以前に魚を相当摂取してないため日本人のカルシウム摂取量は劇的にひくいため
1960年代以降漁獲と乳食の拡大で相対的に身長は急激に伸る。

60日本@名無史さん2016/10/22(土) 17:50:22.44
>実は江戸の町民が魚をよく食うイメージは実は昭和初期の社会群像であり

お前さん、江戸時代の江戸の町が頭一つ飛び抜けた飽食都市だったという事実は念頭にないのか?
薩摩では郷士である庄屋でさえ米が食えずサツマイモが主食、京大坂の豪商の当主でも日常の
食事は麦飯という状況で、江戸だけは乞食でさえ白飯を欲しがったってくらいの状況だ。

田沼の金権政治によって江戸の武士は元禄期からもう一段階推し進めた贅沢をするようになり、
その金が町方に回って化政文化が成立した。江戸の庶民が贅沢をするようになり、それに伴って
江戸幕府は内部から本格的に腐り始めるんだけどね。

江戸前の魚介類を使った握り寿司は屋台で出していた庶民食、同じく庶民食であったそば切りも、
貝の小柱を天麩羅にしたものをトッピングしていた。おでんは江戸前で取れた鮫をすり身にしたもので、
今では牛筋になっているものは元は同じく鮫の筋だった。

農村部、特に山間部では塩漬けの鰤か鮭を年に一度の正月に食う程度のものだったくらいだけど、
それとは別天地のような都市があったことくらいはわきまえておかなきゃならんよ。

61日本@名無史さん2016/10/23(日) 16:38:51.82
田沼金権政治は元禄ではないな

62日本@名無史さん2016/10/23(日) 16:41:01.09
田沼の金権政治によって、江戸の武士は、「元禄期からもう一段階推し進めた贅沢」をするようになり、

63日本@名無史さん2016/10/23(日) 17:07:18.59
江戸時代でも1両の価値は初期と末期で異なるだろう
貨幣改鋳でインフレとかも進んでる。

64日本@名無史さん2016/10/23(日) 17:26:09.31
キリよく1両=10万円で良いだろ
何かと計算しやすい

65日本@名無史さん2017/08/02(水) 16:09:39.73
江戸時代・・・10単位・8通用
・一文銭・・・・・・・・・・・約 25円 寛永通宝
・四文銭・・・・・・・・・・・約 100円 寛永通宝
(・十文銭)・・・・・・・・・約 250円 宝永通宝
・百文銭・・・・・・・・・・・約 2,500円 天保通宝
・一朱(金・銀)判・・・・約 6,250円
・二朱(金・銀)判・・・・約 12,500円
・一分(金・銀)判・・・・約 25,000円
・二分金判・・・・・・・・・約 50,000円
・一両判・・・・・・・・・・・約 100,000円
(・五両判)・・・・・・・・・約 500,000円

明治時代・・・13単位・9通用
・1厘・・・・・・・・・・・・・約 20円
・半銭・・・・・・・・・・・・・約 100円
・1銭・・・・・・・・・・・・・約 200円
・2銭・・・・・・・・・・・・・約 400円
・5銭・・・・・・・・・・・・・約 1,000円
・10銭・・・・・・・・・・・・・約 2,000円
・20銭・・・・・・・・・・・・・約 4,000円
・50銭・・・・・・・・・・・・・約 10,000円
・1圓・・・・・・・・・・・・・約 20,000円
(・2圓)・・・・・・・・・・・約 40,000円
(・5圓)・・・・・・・・・・・約 100,000円
(・10圓)・・・・・・・・・・・約 200,000円
(・20圓)・・・・・・・・・・・約 400,000円

66日本@名無史さん2017/08/02(水) 16:22:59.11
「今」が もし昭和30年代だったとしたら
1文=約10円
1両=約4万円
ぐらいか・・・

「今」が一番の問題なんだな

67日本@名無史さん2018/01/02(火) 20:28:03.06
今ブラタモリで簡単に一両10万円って言ってた

68日本@名無史さん2018/01/30(火) 14:36:43.48
日本史より謎な金儲けできる方法とか
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69日本@名無史さん2018/07/12(木) 17:57:54.10
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