【初心者】スレッド立てる前に質問をPart37【歓迎】 [無断転載禁止]©2ch.net

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1日本@名無史さん2017/03/22(水) 19:21:12.15
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日本史・スレッド立てる前に質問をPart36
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885日本@名無史さん2018/07/19(木) 12:35:04.09
清掃担当者とか、修理の大工とかは?

886日本@名無史さん2018/07/19(木) 13:42:50.65
>>884
>内裏へ上がるには官位が必ず必要なので
春日局の例が有名だけど、吉宗の時代に輸入された象が江戸へ行く途中で中御門天皇が上覧する為に
象に官位を与えてるしな。

887日本@名無史さん2018/07/19(木) 15:37:51.68
平安の初期までは昇殿が許されるのは天皇の本当の身内側近のみだったのが、3位までの位階制となり
さらに身の回りの世話をおこなう蔵人にも許されるようになった。

888日本@名無史さん2018/07/19(木) 18:44:56.41
>>887
そもそも奈良時代までは建物が寝殿造ではないため昇殿という概念がない
平安時代初期から三位以上の公卿は昇殿を許されていたよ
四位、五位で昇殿を許された者が殿上人でこれは勅許によった
尚、昇殿が許されなければ天皇に会えないということではなく
建物の中に入れないだけ
テレビドラマの奉行所の裁定の場面でお奉行さまは建物の中
裁定を受ける庶民は地面に座るみたいなもん

889学術2018/07/19(木) 18:53:27.41
旧体制 旧旧体制 と並んでいたら、もはや新生稚児も、そちらにあるわけじゃないの?

890日本@名無史さん2018/07/19(木) 19:10:05.32
>>888 大極殿できたのはずいぶん古いだろ。奈良以前なはず。

891日本@名無史さん2018/07/20(金) 00:33:33.57
徳川幕府での旗本は知行地持ちと扶持米取りで区別があったそうですが、
これをミックスした形態ってあったんでしょうか?
例えば三百石の知行持ちと五十俵の扶持米取り、みたいな形態。
ちなみに役料での追加分無しの基本給扱いで。

892日本@名無史さん2018/07/20(金) 00:37:29.10
>>891
制度的にありえません。

893日本@名無史さん2018/07/20(金) 00:50:50.48
>>892
お早い返答どうもありがとう。
知行持ちと扶持米取りは隔絶した差なんですね。

894日本@名無史さん2018/07/20(金) 01:22:37.73
>>893
知行持ちは一応は領地を持った殿様だけど扶持米取りはサラリーマンだからねぇ。
知行と言っても実際には代官が治めるわけだけど。

895日本@名無史さん2018/07/20(金) 02:06:55.60
そして悪代官がピンはねするわけだな

896日本@名無史さん2018/07/20(金) 11:38:27.96
>>890
お前、大極殿の造りを知らないのか
石畳で床がないんだぞ

897日本@名無史さん2018/07/20(金) 22:36:53.23
暴れん坊将軍の「旗本の三男坊」って江戸時代ではどんな扱いだったんですか?
こんなやつでも「ははー武士様」とかやってたわけですか?んなわけないとおもうんですが

898日本@名無史さん2018/07/21(土) 00:29:14.59
>>897
徳田新之介のは特に仕事もなくブラブラしてても誰も気にしない自由な立場ということだと思います。
嫡子は家を継ぐ立場だから勝手な行動は許されませんが次男三男は兄が死んだ場合のスペアとして
ブラブラしてるのが仕事です。死にそうにない時は適当なところで見切りをつけて養子の口を探します。

大大名の14男井伊直弼は庶子だったせいもあってどこにも養子に行かなかったんでそのままだったら
武士としての立身を諦めて茶道の新流派を開くところだった。藩主だった兄が死んだことで運命が
変わって大老にまでなった。絵師酒井抱一も姫路藩主の弟で兄のスペアとして扱われていたがお役御免と
なったら養子の口は断って絵師になった。

899日本@名無史さん2018/07/21(土) 00:44:22.64
>>898
ちなみにあの歳でまだ養子に行ってない徳田新之助は仕官は諦めて浪人するつもりと
周りから見なされてるかもしれない。ことわざにも「すまじきものは宮仕え」とあり仕官は性に合わない
自由人も居るから。茶道・絵師・剣客など一芸があれば仕官しないでもやっていける。

900日本@名無史さん2018/07/21(土) 02:16:27.60
>>894
知行地は代官が治めるのだと、知行主は知行地に影響を及ぼせない?
知行地に行って「へへー、お殿様だー」って農民に土下座されることもないのかな。
それだと扶持米取りと大して変わらない気がするんだけど。

あと代官が治めるって、中世の国人豪族みたいな半ば独立的に
したくないからなんだろうか?

901日本@名無史さん2018/07/21(土) 02:42:43.16
>>900
旗本は江戸定府と決まっています。つまり基本的に江戸を離れられない。幕府の御用なら別ですが。
私用で江戸を離れる場合は幕府の許可が要ります。ただし一部の旗本は参勤交代を許されていて
これを交代寄合と呼びます。寄合というのは旗本のうちで3000石以上で無役の家格で旗本寄合席とも
言います。交代寄合は参勤交代を許されているけど義務ではないのでしない家もあったらしい。
交代寄合は旗本だけど若年寄支配じゃなくて老中支配で大名に準じた扱いです。参勤交代しない
場合は領地に住んでるんだ。へー。

旗本が江戸定府なのは幕府に何か起こったらすぐに駆けつけて軍勢を編成できるようにです。

902日本@名無史さん2018/07/21(土) 03:02:54.95
ちなみに旗本の領地は関東が多いのですが小さい旗本領が細かく入り組んでいて捕り方に追われた
無頼の徒が越境するといちいち許可を取らないと捜査できないので国定忠治とかが暴れ回ってました。
そこで幕府は関東に限って境界を越えて追跡できるFBIのような捜査官を設置しました。これを
関東取締出役(かんとうとりしまりしゅつやく)と言います。長いので関八州廻りとか八州と呼びます。

903日本@名無史さん2018/07/21(土) 11:49:11.96
大名とかでも1村1町単位でとんでもない場所に飛び地であちこちに領地もってる
こともあるものね。そんなところは在農の者に代官職をさせており、事実上はいまの
青色申告みたいに村民の自主納税と治安の自主管理に任せておき、定期的に
奉行や代官・目付が巡回しており、ちょうどイギリスの巡回裁判所やシェリフのような
機能を果たしていたようだ。

904日本@名無史さん2018/07/21(土) 12:40:31.15
イギリスの巡回裁判所やシェリフを引き合いに説明するって…

905日本@名無史さん2018/07/21(土) 12:53:04.41
基本的な質問で申し訳ないんだけど代官は知行地持ちが直接面接とかして雇ってるの?
それとも藩から派遣されて来るの?

906日本@名無史さん2018/07/21(土) 15:23:32.66
図のリンク表示方法のテスト

1、図1(http://vbsoft.sub.jp/hana/kenkoku/zuhyou/zu01.jpg)は、

2、http://vbsoft.sub.jp/hana/kenkoku/zuhyou/zu01.jpg

3、 <a href=vbsoft.sub.jp/hana/kenkoku/zuhyou/zu01.jpg> 図1</a>

4、 <a href=http://vbsoft.sub.jp/hana/kenkoku/zuhyou/zu01.jpg>図1</a>

5、 ttp://vbsoft.sub.jp/hana/kenkoku/zuhyou/zu01.jpg

907日本@名無史さん2018/07/21(土) 17:38:02.73
>>900
代官とは別に、領主のもとに年始とかに挨拶の行事みたいなのはあったらしい

908日本@名無史さん2018/07/21(土) 17:40:42.83
>>893
最初のうちは小規模なの以外は原則として知行、零細だけ扶持

後半、直轄地が足りなくなった影響から、できるだけ知行を廃止して扶持に切り替えていった

909日本@名無史さん2018/07/21(土) 18:47:30.13
武士の家計簿にたしか

旗本だと幕府が任命した代官が統治し、年貢も届けてくれることが多い
なので旗本の子孫に取材すると知行地がどこか知らず教えてあげたら喜ばれることもある

とあったと思います
なので、高校の教材には旗本知行地は幕府直轄地とほぼ同じなどと書いてありました

910日本@名無史さん2018/07/21(土) 19:26:04.00
じぶんの領地がどこかも把握してないのが旗本じゃ幕末の動乱で右往左往するわけだ

911日本@名無史さん2018/07/21(土) 19:34:23.63
旗本としての毎年の行事のひとつとして知行地の農村代表が年始?挨拶に来るって話も出てなかったか、
特に代官が治めてる土地だと良民と接する唯一の機会だから云々と。

扶持の場合は、さすがになかっただろうけどさ

912日本@名無史さん2018/07/21(土) 22:28:26.41
昨日BSで銭形平次やってたんだけど、あれって下っぴきの八っつぁんも十手持ってるけど、岡っ引きはわかるけど岡っ引きの手下なんて実際には十手なんて預からせてもらえないよね?

勿論ドラマはドラマとして。

913日本@名無史さん2018/07/21(土) 22:48:06.62
『半七捕物帳』や『銭形平次』などの時代劇において、岡っ引は常に十手を預かっているかのように描かれているが、
実際は奉行所からの要請に基づき事件のたびに奉行所に十手を取りに行ったとされている。十手を携帯する際も
見えるように帯に差すのではなく、懐などに隠し持っていた。また、時代劇で十手に房が付いていることがあるが、
房は同心以上に許されるものであって岡っ引の十手には付かない。ましてや紫色の房は要職の者が付けるものであり、
岡っ引が付けることはまずあり得ない。

つまり下っぴきはもちろん岡っ引きも公式な存在ではないので十手を常時携帯してるわけではない。手当も
奉行所からは出ないので同心が小遣いをくれるだけ。だからお上の御威光を傘に町人から袖の下を取ったり
他の商売と二足のわらじだったりした。

914日本@名無史さん2018/07/22(日) 00:31:45.83
_>>901-902
旗本は将軍の親衛隊だから江戸在府ってことか。
参勤交代はそれを免除された格上なんだな。
いままで旗本の交代寄合が不思議だったが、旗本自身が
知行地に普通は居られなかったとは。

>>907
知行地の領民にマンパワーの要求までは出来なかったんだろうか。
奉公人が足りないからあまってる男子を江戸に寄こせとか。
でも話を伺ってると、そこまで要求出来なさそうだな。

915日本@名無史さん2018/07/22(日) 01:04:55.93
>>914
>奉公人が足りないからあまってる男子を江戸に寄こせとか。
江戸は100万都市だから働き手はいくらでもいるよ。男ばっかだけどな。
地方で仕事にあぶれて江戸に出てきて仕事を見つけられないと無宿人になる。
そういうのが一杯いた。女は女郎屋に売り飛ばされるからあぶれるのは男ばっか。

916日本@名無史さん2018/07/22(日) 01:09:39.16
奉公は知識集約業務だから、百姓あがりの寺子屋卒程度じゃ
とてもつとまらんでしょ。それこそ子供のころから屋敷奉公に
上がらせておかないと雑巾がけひとつですら打ち首にされかねん。

917日本@名無史さん2018/07/22(日) 02:13:36.05
「西郷どん」の塚地武雅みたいな下男をイメージしてたよ。

918日本@名無史さん2018/07/22(日) 08:17:00.51
>>914
室町時代の守護大名も常時在京で、江戸幕府の旗本と大差ないよ。
参勤交代なんてなくて常時在京な

ただ、遠隔地(関東と東北と九州)の大名は在京しない、どころか京都に赴くことすらないけど。
江戸幕府では遠隔地の薩摩藩島津でも参勤交代してたのと比べると、やはり室町幕府の求心力は弱いよね

919日本@名無史さん2018/07/22(日) 08:57:18.63
室町時代の守護大名が在京してたのは政治への影響力を行使したいという面があったのでは

920日本@名無史さん2018/07/22(日) 12:57:51.21
本来の目的は軍事だよ
南軍に京都を攻められて追い出されることが多かったから在陣させてたと思いねえ
その在京の軍を派閥争いで動員したりして大荒れになったりしてなかったかな

応仁の時とかは、その軍勢で足りないから各自が自分の領地から追加の軍勢を集めてるけどな

921日本@名無史さん2018/07/22(日) 16:53:55.34
一休さんの
『そもさん』、『せっぱ!』って
いったい何なんですか?
(´・ω・`)

922日本@名無史さん2018/07/22(日) 23:06:25.15
>>11
壬申の乱でも「米を水に浸して食べた」という記述があるから、それぐらいは普通にする

923日本@名無史さん2018/07/22(日) 23:28:57.26
>>921
一休さんは禅僧なので修行の中に禅問答(公案)というのがあります。
禅問答というのは普通に考えたら答えが出ないようなことをあえて質問して、それに回答することで
論理を超えた境地を悟る助けになるらしいです。その禅問答の時に師匠が「そもさん」と言ったら
弟子は「せっぱ」と答えます。つまり「そもさん」は「出題します」であり「せっぱ」は「回答します」という意味になります。

924日本@名無史さん2018/07/22(日) 23:38:48.68
中国には清史稿や清史がありますが
「江戸史」のような正史が今現在存在しないのはなぜでしょうか?
もしかして、教科書検定制度が正史なんですかね?w

925日本@名無史さん2018/07/23(月) 00:03:09.82
>>924
江戸時代の記録としては、徳川実紀、続徳川実紀があるよ

926日本@名無史さん2018/07/23(月) 00:05:43.80
恥ずかしい質問すんなよ

927日本@名無史さん2018/07/23(月) 02:23:37.03
皇室や朝廷じゃないから正史じゃない

928日本@名無史さん2018/07/23(月) 03:00:02.73
つ天皇皇族実録

929日本@名無史さん2018/07/23(月) 11:50:04.53
>>921
ググった方がいいですよ

930日本@名無史さん2018/07/23(月) 12:20:04.28
>>924
江戸時代は単独の王朝ではないから、その時代を扱う歴史書を正史とみなさないだけだよ
正史というのは「王朝としての正統を記す歴史書」だからね

931日本@名無史さん2018/07/23(月) 13:01:38.53
最初から侮辱するつもりで投稿したら反撃されて
無知さらけ出しただけだろ。質問なんかする意図
ねんだよこいつは

932日本@名無史さん2018/07/23(月) 13:33:29.91
世界中、正史のない国ばかりだな

933日本@名無史さん2018/07/23(月) 21:38:43.30
半島のことをブジョクするニダか?

934日本@名無史さん2018/07/24(火) 00:27:46.77
正史をどうとるかにかよると思います
デジタル大辞泉には「国家などが編纂した歴史」で対義語は「外史」とあります
これに従うなら徳川実紀はもちろん、会社編纂の社史あたりも比喩的に正史ということができます
逆に厳密にいうと、中国の正史は原則として滅亡した特定の王朝の歴史を紀伝体で書いたものですから
王朝交代の無い日本にはそういう意味での正史は存在しないことになると思います
確かにほとんどの国には正史は無いと思います
前代の歴史を都合よく叙述して自己正当化をはかる、中国の歴史利用の伝統を感じます

935日本@名無史さん2018/07/24(火) 00:33:28.17
史書は世界中にいくらでもあるけれども「正史」という考え方は支那文化特有とはよく言われるね。
ただこれも漠然とした言い方なので反論しようとおもえばスキはいくらもありそう。

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