天皇制と身分制度について持論を吐き出すスレ [無断転載禁止]©2ch.net

1日本@名無史さん2017/04/05(水) 10:01:43.18
 『 日本における「身分」や「家格」は天皇家との距離で決まる。
日本人はすべてこの物差しで<格付け>される。』
このテーゼは「宮中席次」「叙勲制度」「菊栄親睦会」という形で
華族制度廃止後の現在にも当てはまる。
日本人の身分意識、家格制度と幕府 天皇制と庶民、その他あれこれと
スレタイや>>1に少しでも引っ掛かってたら良し。一家言お持ちの方々、
胸に秘めていた持論を吐き出して下さい。(近現代の話題OK)

90日本@名無史さん2017/05/21(日) 00:18:13.79
>>85
皇室が貴いのは日本の魔を払うからだからそれも当然
神職を継がない神主の家系や寺を継がない僧の家系と同じ
継がないのなら貴くはない

91日本@名無史さん2017/05/24(水) 16:00:03.11
民珍党は女系宮家を作ろうと必死だが、そんなもの誰が貴い家系と思うのか?
民珍党は日本の害悪でしかない。

92日本@名無史さん2017/05/24(水) 21:22:30.66
マスコミの騒ぎかたがよく理解できない?テレビ局や報道になんか圧力でもかけられているのか?
はっきりいって天皇は何の役にたっているのか?日本の象徴?だったら着物でも着て出てこいよ!
スーツだろ?
なんかマスゴミに体よく騙されているとしか思えない?視聴率だけとも思えない
マスゴミは右翼主体なんだな!
最低の身分は確保されているというけどw最高の身分を生まれつき保証されているとしか思えないが?
まあいい、しばらく調べてみる・・・過去を調べても無駄だと思うが・・
過去を調べて役に立つのは地震と津波の歴史くらいだろうw

93日本@名無史さん2017/05/24(水) 21:27:47.22
日本の天皇というのは、
コジキだと言っている人がいたけど

94日本@名無史さん2017/05/24(水) 21:30:23.75
船氏 秦氏・・・

このような一族や家があって

系統が違うとか

95日本@名無史さん2017/05/24(水) 21:38:50.76
神武天皇あたりでおかしくなったみたいだな、なんかあったみたいだ・
いわゆる朝鮮に暗殺され、すり変わられてしまったということだ・
そして朝鮮人が天皇になり変った・・
今となってはもう文献だけでは調べようも無い
たとえそんな事件がなかったとは言え各天皇陛下に超人的な能力があるか?どうか?
今の事実をみればわかるだろう?
今は政治も変える事ができない、もうそろそろ税金を無駄遣いするより
天皇制は廃止にするほうが正解とおもうぞ

96日本@名無史さん2017/05/25(木) 20:52:26.05
糞スレ

97日本@名無史さん2017/05/26(金) 04:51:07.58
日本の摂関政治期までの古代貴族政治は魏晋南北朝のパクリ(笑)
実力あっても官位と公家の支持を得ないと、伝統の易姓革命や幕府運営はムリゲーな社会

98日本@名無史さん2017/05/27(土) 22:55:34.11
平清盛は日本版レーニン

99日本@名無史さん2017/05/29(月) 12:08:28.46
源頼朝と比べて平清盛の歴史的評価が低いように思う。 本格的武家政権「幕府」を創設した頼朝と比べられたら、
どんな武将も格下に見られるのは致し方が無いが、貴族政治に打撃を与えて、その後の社会構造を転換させたのは
清盛の手柄だろう。

100日本@名無史さん2017/05/29(月) 12:39:27.70
社会構造とやらをどのように転換したんですかねえ

101日本@名無史さん2017/05/30(火) 00:17:12.41
それを簡単には教えられんな。 まず、親方に弟子入りして3年程雑用をこなしてからだ。

102日本@名無史さん2017/05/30(火) 07:35:59.92
訳:低能の放言でした

103日本@名無史さん2017/05/30(火) 16:32:59.18
返しがイマイチ

104日本@名無史さん2017/05/30(火) 21:18:06.98
>>99
平清盛は娘を入内させて后に立て外孫を天皇にするという
藤原摂関家になり替わろうとしただけであって
新しい組織を立ち上げたわけじゃないだろう
貴族社会に打撃というわけでもない
そもそも平家も源氏も受領クラスの都の中流貴族であって貴族社会の一員

105日本@名無史さん2017/05/30(火) 22:41:49.99
逆だろ。 別に新しい組織(幕府)を立てたから貴族社会に打撃を与えたわけじゃあない。
貴族社会のパイ(官職や本家・領家職、知行国など)が平家に横取りされたわけだから
こりゃあ既存のエスタブリッシュメントには打撃だ。
それに「幕府」つーコトバが一人歩きして現代人に勘違いを与えているが、 鎌倉幕府つーのは、
関東御成敗地と源家の家人(これを御家人と呼ぶ)を管理する源家の家政機関なんだぜ。
摂関家の家政機関と同じ機構である。(政所ー問注所ー侍所)
まあ、総追捕使という軍事・警察職を持っているところは大きく違うがね。
そう考えると平家の家政機関と鎌倉「幕府」の違いもそんなに差があるものではない。
平氏政権も国地頭や守護人も持っていて、これを六波羅「幕府」と呼ぶ人もいる。
武家政権が一通り成長・発展し、一応の完成をみるのは足利義満の頃。 それまでの武家政権は奥州藤原氏や木曽義仲も含めて過渡期の政権と見做すべきである。
清盛ー頼朝ー義満の流れは信長ー秀吉ー家康のラインと相似形と捉えれば理解しやすい。
大体 中世の始まりは12世紀初頭〜鳥羽院政期と言われているし、鎌倉「幕府」の先駆性と後進性を冷静に見れば、
清盛への見方も少し変わってくると思うが、どうかな?

>>104
なんか40年位前の平氏政権観だなあ。80年代後半でもそんな解釈はすでに古かったぞ。

106日本@名無史さん2017/05/30(火) 22:52:10.99
平氏政権 (ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B0%8F%E6%94%BF%E6%A8%A9#.E6.84.8F.E7.BE.A9.E3.81.A8.E8.A9.95.E4.BE.A1

後段「意義と評価」参照されたし

107日本@名無史さん2017/05/31(水) 09:23:53.37
>>105
幕府というのは独立した司法、立法、行政権を持って初めてそういえるのだが
平氏政権はそんなものは持っていない
出世して既存の朝廷を牛耳ったというだけでは幕府とはいえない
実際に後白河法皇のような天皇家のトップの前では平氏政権はあっという間に潰れてしまったし
平家が幕府を持っていたなんてとんでもない

108日本@名無史さん2017/05/31(水) 12:27:06.13
>>107
「幕府」というのは後世の呼び名(江戸後期)であり、武家政権自体がその時々の政治状況を背景にした自然発生的なものだ。
当然、「幕府」の定義なんちゅうものは歴史学上存在しない。武家政権各々に対しての評価は個別さまざまであり、
とりあえずは征夷大将軍に就いている政権を「幕府」と呼ぼうぜ、と明治時代の歴史学で決定された。
まず ↑を基本常識として話を進める。
そうすると、鎌倉政権が「独立した司法・立法・行政権」を持ったのはいつか?という疑問が沸くが、
その前に「独立した司法・立法・行政権って何よ? とそっちが気になる。
鎌倉時代と言えども国の基本法規は律令であり、その下位法に公家法や武家法が位置する。
荘園内のもめ事は本所や領家に裁判権がある。これが他人の荘園にまたがると国家マターになる。
御家人同士であると、主人である鎌倉殿マターとなる。 自分は中世の裁判史にとんと詳しくないので間違った認識をしているかもしれないので
違っていたらご教授願いたいのだが、御家人と非御家人の裁判が幕府に持ち込まれるようになったのは、
鎌倉中期以降ではなかったかと思う。御成敗式目の法理が国衙領・公家領に及んだ時期もよく知らない。
 それと、「独立した行政権」というのも意味がよくわからない。 守護職の設置を指しているのかもしれんが、
まず、文治の勅許は1年限りの地域限定であり、本格的な設置は1190年である。また守護職の原型は惣追捕使であり、
鎌倉政権の特徴はこれを全国に常置したことにある。 これは平氏政権との決定的な差である。
ただこの惣追捕使は、実質的には朝廷から独立した職であり、朝廷の統制の及ばないものであることは事実であるが、
これとて朝廷の許可を得て設置された既存の役職でもあり、そんなにオリジナリティのある職種ではない。
独立した組織を言い出すと院庁がまさにそれだ。 鎌倉殿の家人や所領を管轄する家政機関がいわゆる「幕府」で、
上皇の所領や北面・西面の武士を管轄するのが院庁である。
鎌倉幕府のプロトタイプは院政である。
摂関家も本所として膨大な所領を有し、荘園には預所を置き家司を派遣して現地支配にあたらせもしている。
「幕府」はこれらの発展系という基本認識が共有できないと、俺が何言ってるかさっぱりわからないだろう。

109日本@名無史さん2017/05/31(水) 12:51:47.29
教科書の悪い所は、ひとつのワードで本来違うものを一緒くたに扱い、学生にそれらが同じものと錯覚させることだ。
俺は「鎌倉幕府」という単語を出来るだけ使わす鎌倉政権と書くようにしている。 「幕府」の語句はどうしても江戸幕府とイメージが重なり、
全国の土地・人民を一元支配している錯覚に陥る。 大体、中世の土地制度の基本は荘園公領制であり、
全国の土地は国衙領と荘園の二本立てで、荘園においては本所・領家・荘官(または地頭)の多層支配である。
公家法も武家法も錯綜している。 鎌倉殿は関東御分国・関東御料など(総じて関東御成敗地)を持つ知行国主・荘園領主である、
という基本性格を考慮せずにあたかも朝廷に代わる新設の全国政権と捉えると本質を見失ってしまう。
明治の先学が国民教育に「幕府」の語を広めてくれたおかげで、小学生にも解り易い日本史教育が出来たが、
大学・社会人レベルの歴史勉強には子ども時代に植え付けられた先入観を取り払うのに苦労する。

110日本@名無史さん2017/05/31(水) 14:13:47.44
概ね同意だけど
平家が社会構造をどのように転換させたの?

111日本@名無史さん2017/05/31(水) 14:46:02.65
社会構造を転換させた         <誤>
社会構造を転換させる嚆矢となった<正>

週刊誌の見出しにあんまり突っ込まんとってえな

平安末〜室町中期にかけて荘園・公領の支配権が公家→武家に移ったでしょ。
ここに風穴開けたのは間違いなく平氏である。 何が言いたいかというと、 鎌倉開府(イイクニでもイイハコでもどうでもいいが)によって
中世の幕が開いたわけたわけではなく、 歴史には連続性と不連続性がある。 従来の歴史観では鎌倉開府については
不連続性を強調しすぎるキライがあると以前から考えている。
日宋貿易の意義についても語ってみたいがそれはまたの機会に。
ちょいと清盛さんをヨイショしてみました。

112日本@名無史さん2017/05/31(水) 15:00:48.59
>>97を読んで>>99思いついたけだ。

>100氏
いつも突っ込んでくれるが、君もたまには面白い事書けよ。自由にやっていいスレだ。
こんな天気のいい昼間に2ちゃんねるやってるくらいなんだから、何か世に問いたいことがあるだろ?
エンジョイしようぜ。

113日本@名無史さん2017/05/31(水) 21:31:37.91
いつも?
いつも昼間から誰と戦ってるんだよ

114日本@名無史さん2017/05/31(水) 21:49:24.18
>>111
そもそも平家に地頭や守護っていなかったろ。
それじゃやっぱ武士の政権じゃないよ。
やっぱり平家は、貴族化した元武士の政権だよ。
飽く迄藤原とかの延長線上で、まぁ違いは武士に対して動員権を持ってたってくらいか・・・

115日本@名無史さん2017/05/31(水) 21:51:47.72
歴史の重要性を知らない若い世代にとっては天皇なんざどうでもいい事

年金制度>>>>>>>∞>>>>>>>天皇なんだよ

報道が大騒ぎしても・・何?だろw眞子様?どうでもいいよw

佳子様は可愛いからまあw結局どうでもいいけど

116日本@名無史さん2017/06/01(木) 00:21:28.06
平清盛  高師直  織田信長

日本三大革命児

117日本@名無史さん2017/06/01(木) 12:58:59.39
>>116 何?それ?www

118日本@名無史さん2017/06/01(木) 17:50:26.22
清盛、師直、信長  この3人は時代を切り開いた先駆者
新興勢力の代表として旧来の勢力と対峙し時代を変えようとした
しかし、志半ばで非業の死を遂げ、その成果も中途で終わった。
この3人に共通するのはそれまでの既成概念にとらわれない新発想と
それを推し進める腕力である。
戦争に強く、経済に明るい。 その当時としては革新的指導者であった。
清盛ー師直ー信長  この3者を線でつないでみると、一つの方向性が浮かび上がる
それは天皇制への挑戦である。
旧来の支配層を一掃し、新しい身分秩序を打ち立てようとした彼らは旧勢力との戦いに負け、滅んだ。

119日本@名無史さん2017/06/01(木) 21:43:48.50
平清盛・・・・・後白河法皇 以仁王の臨時を受けた源氏一門が決起
高師直・・・・・北朝を重視する主君足利尊氏に誅殺される
織田信長…・家臣明智光秀の謀反により自害(一説には朝廷が黒幕)

こうしてみると、 この3人の失脚・死亡には天皇の影が見え隠れする

120日本@名無史さん2017/06/01(木) 23:31:40.81
正親町天皇と信長は全くそりが合わなかったのは有名だが、信長は将来 天皇制の廃絶を考えていたとか
光秀と朝廷と謀って本能寺の変を起こしたとかなると小説の世界だわな。
さらに進んで、光秀は山崎の合戦後も生き延びて家康のブレーン天海になったと。
まあ、美濃源氏の土岐氏の出でもある明智光秀(将軍義昭の元側近)は旧勢力の出身であるし、
既存の勢力をバッタバッタと殲滅していく信長とは対極の人物ではある。
光秀が味方としてアテにしていた細川幽斎(守護家和泉細川氏)や筒井順慶(興福寺衆徒)らも旧支配層。
本能寺の変の黒幕では朝廷説が話としては一番面白いけどな。

121日本@名無史さん2017/06/04(日) 22:18:19.98
奈良盆地に閑居した豪族達の連合体がやがて北海道を除く日本列島を統一しヤマト王権(朝廷)を樹立した。政権内でのバトルの結果、
7世紀半ばに大王家の覇権が確立、8世紀には藤原氏が朝廷の第一人者となる。
大王家や中臣氏(藤原氏)と同格であった古代豪族たちは滅亡や勢力失墜し
9世紀には大王家(天皇家)・藤原氏の周辺少数勢力に再編されていく。 
先日、応天門の変を扱ったテレビ番組を観たが、やはりこの辺りで以後1000年続く日本の支配階級が最終的に固定化したのかなと思った。

122日本@名無史さん2017/06/04(日) 22:21:00.88
>>97
魏晋南北朝以来の中国貴族社会は五代十国の戦乱でガラガラポンと相成った。
日本では戦国時代に平安末期以来の名門武家の相当部分が没落して武士社会においては新旧交代を見たが、身分社会の最上層部は何とか生き延びた。
頼朝・尊氏・家康らが興した「幕府」は日本の身分社会の“本丸”である朝廷・寺社勢力と宜しく手を握ることで長期政権を築くことが出来た。
 平将門や木曽義仲を始め、大化の改新以来の旧支配層と上手く関係を持てない者は結局滅んでいく。
「日本の三大革命児」の躍進と末路はそれをよく表して興味深い。
 平氏政権の誕生以来、武士に政治権力と経済権益を奪われた旧支配層は
途中何度かその奪回を試みるが結局は失敗しその精力をどんどん縮小させていく。
しかし、明治維新によって再び栄光を取り戻すことになる。
 明治維新は徳川と薩長という二大武家勢力の政権交代であるが、
維新後は武士身分が廃止され、堂上家や宗教貴族は爵位を貰って華族となった。 
700年に及ぶ“戦い”は旧支配層の勝利に終わったと言えるかもしれない。

123日本@名無史さん2017/06/04(日) 23:14:46.97
いや、これからは分からないよ。
歴史に終わりは無いからね。
これからの政治で、如何様に勝者など変わる。

124日本@名無史さん2017/06/06(火) 22:28:38.49
支配階級への最初のチャレンジャーは道鏡だな

125日本@名無史さん2017/06/06(火) 23:33:26.94
8等親も離れていて天皇になった後花園院…
崇光流が持明院統の嫡流なのは事実だが…
8等親離れても皇位につけるなら何でもありだなって思ってしまう

126日本@名無史さん2017/06/07(水) 00:47:02.08
八頭身?

127日本@名無史さん2017/06/07(水) 12:33:31.78
コミー前長官なみの高身長か、あるいは頭が小さいのか>八頭身の後花園天皇

128日本@名無史さん2017/06/07(水) 21:49:08.53
近代民法制定以前は親等でなく等親を用いていた
厳密には同じものではないから詳しくはぐぐれ

129日本@名無史さん2017/06/14(水) 23:02:52.88
明治天皇、大久保利通、伊藤博文
この3人の指導者がいたことは日本にとって幸運だった

130日本@名無史さん2017/06/15(木) 19:19:32.68
>>125
後花園天皇は天皇の曾孫(3世)
称光天皇からは8親等離れていてもそれほど離れていない
今の旧皇族など男系20世ぐらい
親等でいえば40親等ぐらいいきそう

131日本@名無史さん2017/06/16(金) 00:15:01.53
徳川家茂→慶喜→家達は何親等になるんだ?

132日本@名無史さん2017/07/03(月) 19:57:48.40
天皇陛下万歳!

133日本@名無史さん2017/07/10(月) 12:12:13.29
内藤、武藤、佐藤、斎藤
は皆、天皇の元側近たち

134日本@名無史さん2017/07/10(月) 12:19:33.21
日本の身分制といえば
やはり江戸時代だろ。
で、その江戸時代の身分制を
打ち破って四民平等を実現
したのが明治天皇なわけだから
マルクスの階級史観にとっては
まったく困った存在だろうな。
日本の天皇は。

135日本@名無史さん2017/07/10(月) 15:37:21.05
>>134
士農工商はもともと中国の儒教に出て来る職業区分だよ

ただ最近は歴史の教科書から身分制度としての士農工商の文字が消えているらしい
江戸時代は支配階級である武士とそれ以外の支配される側という身分差はあったが
農工商で身分の差があるわけではなかったと

136日本@名無史さん2017/07/12(水) 22:17:16.96
>>134
明治天皇は華族制度という新しい身分制度を創った。 皇族ー朝鮮王公族ー華族というカタチに
2000年来の日本の身分制の「完成形」を生み出した。
ここで指摘しておきたいのは財閥華族と朝鮮華族である。
公卿や大名出身の名家連中は自分たちを「皇室の藩屏」と自画自賛しているが、こいつらは単なるゴミ屑である。
大日本帝国の本当の皇室の藩屏は宮廷官僚と財閥、そして旧両班出身の朝鮮華族である。

137日本@名無史さん2017/10/20(金) 00:46:33.06
>>125
後花園天皇は男系だと北朝崇光天皇の3世孫
悠仁親王が天皇の2世孫だから
男系で考えればいうほど遠くないのでは

皇統は全て天皇が基準だから
皇族の範囲も天皇の5世孫以内だし

138日本@名無史さん2017/10/20(金) 00:49:53.37
女系を持ち出して
自分は明治天皇の(女系の)玄孫とか言っちゃうのはインチキだね

139日本@名無史さん2018/01/30(火) 16:56:06.70
日本史より謎な金儲けできる方法とか
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

RCEVC

140日本@名無史さん2018/02/08(木) 23:50:15.63
明治維新から日本はおかしくなった。 最近そんな気がしてきた。
この2,3年そういうデムパが多いせいか、洗脳されつつある。
自分でも怖い。

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