【日本刀】鈴木眞哉史観を疑う七太刀目【騎馬武者】

1日本@名無史さん2017/11/18(土) 03:59:03.16
前スレ

【刀】鈴木眞哉史観を疑う 六太刀目【騎馬武者】
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1412552249/

106日本@名無史さん2018/01/20(土) 20:44:21.27
大太刀は癒し

【大太刀】長さ4・65メートルの日本刀、破邪の御太刀が脚光を浴びる
ttp://www.sankei.com/region/news/180119/rgn1801190076-n1.html
全長4・65メートル、重さ約75キロの日本刀「破邪の御太刀」が脚光を浴びている。
志士を後押しする住民らが奉納した。
花岡八幡宮に伝わる記録によると、御太刀は欧米列強の波が押し寄せてきた1859年の式年祭に合わせ、住民らが「邪気を払い、平和な社会を築こう」との思いから、奉納したと伝わる。

107日本@名無史さん2018/01/20(土) 20:44:40.28
ミスったorz

108日本@名無史さん2018/01/25(木) 20:50:08.35
最古級の日本刀だった…春日大社・天井裏の1本
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20180123-OYT1T50009.html

約80年前に春日大社(奈良市)の宝庫の天井裏から見つかった太刀を研磨したところ、平安時代後期(12世紀)に作られた最古級の日本刀と判明したと、同大社が22日、発表した。
専門家は「制作当初の刃が残っており、刀剣史上、貴重だ」としている。
日本の刀剣は古代、反りのない直刀だったが、平安時代後期、反りなどの特徴を備えた日本刀が成立したとされる。
今回の太刀(刃渡り82・4センチ)は1939年に天井裏から見つかった刀12本のうち1本。さびに覆われ、詳細は不明だった。
鑑定の結果、無銘だったが、刃に表れた模様などから、最初期に伯耆ほうき(現・鳥取県西部)で作られた「古伯耆物」と判断した。
豊臣秀吉らが所有した「童子切どうじきり」(国宝)で知られる刀匠・安綱やすつな作の可能性があるという。
太刀は30日〜3月26日、同大社国宝殿で展示される。

109日本@名無史さん2018/01/30(火) 14:21:14.59
日本史より謎な金儲けできる方法とか
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

HAOVT

110日本@名無史さん2018/02/15(木) 11:49:19.52
現存する絵画類を見る限り、鎌倉から南北朝時代初期頃までは騎馬武者も徒士も刃を下向きに佩いていたようだけど、何時頃から徒士武者、足軽等々は刃を上向きにするようになったんだろう?
やっぱ戦国時代と呼ばれる頃になってからなのかな?
刃の向きが180°変わるって相当刀剣術の研究しないと起こらないし、全国的に伝播するもんでもないと思うんだが。

111日本@名無史さん2018/02/16(金) 03:13:03.79
騎馬武者は戦国時代も下向きだね
つか、世界的には下向きが普通っぽいけど

112日本@名無史さん2018/02/16(金) 12:26:30.46
刃上向きって打刀しか知らんな
その打刀も最初は下向きで帯に差したんだぞ

113日本@名無史さん2018/02/16(金) 12:46:52.94
>>110
打刀を下向きで差すようになったのは戦国末期から江戸初期にかけてのことらしい

114日本@名無史さん2018/02/16(金) 21:05:46.35
単に重い方が下側にひっくり返っているだけだろ

115日本@名無史さん2018/02/17(土) 01:58:40.58
居合道は刃上向きが基本みたいだから、そっちの方がコンマ何秒か早いんじゃないのかな?

116日本@名無史さん2018/02/17(土) 05:56:44.18
>>115
上向きが一気に普及したのはその抜き打ちのためだろうね

117日本@名無史さん2018/02/18(日) 16:14:55.18
腰に帯刀したものを抜き打ちで
袈裟懸けで切ることを想像してみれば
刃は上の方が良い

戦場では抜き打ちではなく白兵戦時の第2兵装
として装備していたこと
また馬上にて太刀を装備することを考えれば
帯に差すのではなく、腰にぶら下げるのが必定

118日本@名無史さん2018/02/18(日) 23:45:49.96
いや、打ち刀と太刀を一緒にすんなよ。
形は一緒でも、サイズも用途も全然違うだろ

119日本@名無史さん2018/02/19(月) 06:12:22.27
打刀と太刀は、打刀が出現したあたりならば
サイズも用途も結構差異があったけど

だんだん差が携帯方法だけになってくるような

120日本@名無史さん2018/02/19(月) 13:55:25.12
>>118
117だが
分かってて書いたつもりだが
打刀と太刀の違いを述べたつもり
だったが文章力がなくてすまん。
(前半が打刀、後半が太刀)

121日本@名無史さん2018/02/24(土) 21:17:33.20
「椿三十郎」のラストのやつが多分一番早いんだろうが、特殊過ぎて汎用性は無いだろうなw

122日本@名無史さん2018/03/23(金) 21:02:27.93
そういや、最近コンビニで売られていた日本史本だと、通説が「刀はほとんど使われていなかった」で、
実際は「刀は使われていた」「首取りは懐刀だった」とかになっていたw

123日本@名無史さん2018/03/23(金) 22:43:35.53
つうか同時代の絵とかみたら普通に戦場で刀使ってるじゃん
大坂夏の陣屏風とか兜の上から刀で斬りつけてる絵すらある
しかもその部分見る限りじゃ斬りつけられた方死んでるぞw
同時代の絵であり得ない戦闘シーンを描くとは思えない

124日本@名無史さん2018/03/24(土) 11:37:29.49
>>122
ああいうムック本読む層は
「通説は□□だけど本当は〇〇だった!」っていう面白逆張り説を仕入れるために買ってるからな。
出版社のマッチポンプになんて気づかないだろう。

125日本@名無史さん2018/03/24(土) 13:46:00.87
雑学本は互いに孫引きしあって典拠がよくわからないことが多い
さらに逆張りの逆張りを続けてた結果クルクル回って再び旧来の説にもどってくるという現象が見らる

武田騎馬隊は実は存在した、三段撃ちも本当にあったetcetc・・・

126日本@名無史さん2018/03/24(土) 13:59:56.61
最近学者まで「実は」とか言い出す始末だからどうしようもない

127日本@名無史さん2018/03/24(土) 17:58:19.53
>>123
大坂の陣の屏風絵は監修が黒田如水の養子じゃなかったっけ?
何度も実戦経験していた筈だから出鱈目は描きようが無いだろうね。
周囲の武士達に笑われる。

128日本@名無史さん2018/03/24(土) 18:14:05.04
そう
黒田一成
当時でも有名な実戦経験豊富な武将だよ

129日本@名無史さん2018/03/25(日) 02:16:51.43
黒田一成は乱暴取りの光景まで描かせた写実派だからな
戦闘だけフィクションをまじえたとは考えずらい

130日本@名無史さん2018/03/25(日) 19:15:58.44
屏風絵の鉄砲足軽が三列で射撃しているみたいなんだが、「三列で射撃している」のか「三段撃ち」なのかその辺がよく分からんw

131日本@名無史さん2018/05/12(土) 17:52:51.53
ざんねんな日本史: 武田騎馬軍団はポニーに乗ってやってきた
(小学館新書) 新書 – 2018/3/29
島崎 晋 (著)

いまだにこんな本がでるw

132日本@名無史さん2018/05/12(土) 19:14:55.89
ざんねんな世界史 モンゴル帝国はポニーに乗ってヨーロッパ連合騎士団を殲滅した

とかも書けるな。

133日本@名無史さん2018/05/14(月) 14:49:06.21
ポニーでもスクーターでも自転車でも、向こうから武器持って猪突猛進してきたら怖い

134日本@名無史さん2018/05/16(水) 06:58:10.21
ざんねんな日本史 鎌倉武士団はポニーに乗ってモンゴル帝国を撃退した
ざんねんな日本史 神武天皇はポニーに乗って日本を建国した
ざんねんな世界史 ノルマン族はポニーにのってヨーロッパを征服した

135日本@名無史さん2018/05/16(水) 22:42:40.30
残念という奴にはぜひ木曽馬に乗った騎馬武者と一戦交えてほしいわ
絶対ウンコ漏らして逃走する

136日本@名無史さん2018/05/20(日) 09:09:06.41
ビビらなくとも動きながら弓を射ることができるのは大きな利点やろ

137日本@名無史さん2018/05/20(日) 22:30:46.63
>>131
>島崎 晋

コイツ杭に縛り付けて木曽馬に体当たりさせたいな

138日本@名無史さん2018/05/28(月) 08:57:20.51
歴史群像の武器と甲冑という連載と
刀と真剣勝負 日本刀の虚実という本によれば
南北朝期〜室町期(戦国期除く)は日本刀が主力武器の一つだったらしい。
あと野太刀や長巻だけではなくただの太刀も打物騎兵の主力武器だったとのこと。
南北朝期に下馬射が流行ったからそれ用の弓との携帯性の問題だろうか?

武器と甲冑 では鈴木説の遠戦志向の批判もしている。弓の方が多く敵を負傷させても太刀や薙刀を手にとった打物騎兵の突撃(白兵戦)の方が敵を撃退する効果は高いとのこと。
これそのまま戦国期の槍持った武士や槍足軽にも適用できそうやな。
武器と甲冑の著者の片割れの樋口隆晴氏のツイート見てるけど鈴木氏の本やガチ甲冑合戦も確認しているみたい。
今は戦国への序章編だけどしばらくして戦国期編に入ると「エーッ」てなるトンデモではないらしい内容になるとのこと。ツイートから察するに戦国期の日本刀の内容も期待できそうやで。騎馬に関しても鈴木説に批判的なようだし。

139日本@名無史さん2018/05/28(月) 09:12:27.86
乱戦で刀を振り回している時には剣“術“の出番はなさそうだけど
乱戦からしばらく経って敵味方がばらけてきた時の戦闘用や
中距離で槍が壊れた際の護身用になら
剣術も役に立ちそうな気がする。あとは合戦だけでなく平時の護身用にも。

140日本@名無史さん2018/05/28(月) 13:50:35.71
護身という価値観はちょっと近代的すぎるな
近代以前の人間って基本的に 名誉>>>超えられない壁>>>身体 だし
刀剣って護身用というより、名誉を守るための警察権という側面の方が強い

名誉(≒正義)のために振るわれるから、
剣には善悪を裁くようなイメージが、世界的にも付与されてるんじゃないの

141日本@名無史さん2018/05/28(月) 18:40:33.32
大天使ミカエルは「剣」の守護天使でもあります。


まあ、大天使ってあんまり偉くなかったりするんですけどね。

142日本@名無史さん2018/05/29(火) 00:54:02.12
>>139
朝鮮出兵のときに明朝鮮軍が脅威と感じたのがその剣術なんだが
「 倭人の剣術は向かう所、無敵である。前日、多数の降伏した倭が来たが
その中には用剣の妙を極めた者が多かった。」(宣祖実録58巻12月27日庚午)

一方で槍は「天兵の槍を畏るる」とあって胸囲どころか倭軍の弱点であるとまで書かれている
明側の「両朝平壌録」にも「倭は用槍に疎し」とあることから確実性の高い話だろ
どうも日本の戦史研究家?みたいな連中て名誉欲から突飛なこと言いたがる傾向があるけど
俺は後世の人間が断片的な記録から空想した者より実際に戦った明朝鮮軍の証言のほうを信じる

143日本@名無史さん2018/05/29(火) 06:54:39.96
>>142
その倭人の剣術って野太刀術とか長巻術ではないの?打刀ではなく。
ネットで
朝鮮出兵の際も大太刀が戦闘報告にしばしば記載される
との情報を目にしたのでカキコ。あと俺は剣術(打刀)が戦場で役立たずとは書いてないよ。

144日本@名無史さん2018/05/29(火) 07:42:49.91
ガチ甲冑合戦で太刀や打刀を使う乱戦にならなかったのは単純に一度の合戦の参加人数が少ないからじゃないのか?
ニコ動で観たヘヴィファイトの集団甲冑合戦の動画だとあっという間に乱戦になっていたし、人数ももっと多かった。

145日本@名無史さん2018/05/29(火) 12:20:14.36
http://www.youtube.com/watch?v=NNPSu0QAGxU       

http://www.youtube.com/watch?v=Xg_98rRb6cA      

       

146日本@名無史さん2018/05/29(火) 12:21:14.62

147日本@名無史さん2018/05/29(火) 13:40:11.64
>「倭は用槍に疎し」

明側の評価は、日本の槍は重くて使いづらいというものじゃなかったかな。
対日本刀用に針金鉄輪等で穂先を切り落とされないように加工していたんだろう。
槍同士なら少々リーチ差で負けていても素早く動ける方が有利だったのかも。

148日本@名無史さん2018/05/29(火) 22:10:31.77
>>143
倭寇の刀に衝撃を受けて進歩した苗刀が大太刀サイズだから、野太刀・長巻ってことはねえよ。
辛酉刀法からして、影流を取り込んでるんだから、刀術だし。

149日本@名無史さん2018/05/31(木) 07:17:19.11
揮刀如神

和冠の盛んなりし頃、明將の記文のうちに曰く、
倭奴刀を揮ふこと神の若し、人之を望めば輙ち懼れて走る、
其長ずる所の者は刀法のみ、其鳥嘴銃の類これ猶ほ我兵の如きなり、
弓矢の習猶ほこれ我兵の如く、此外殊に稱するに足るものなし、
唯だ倭性殺を好む一家一刀を蓄へざるものなく、童にして之を習ひ壯にして之に精し。
(中里介山 續日本武術神妙記より)

150日本@名無史さん2018/05/31(木) 14:43:16.97
明側の評価をまとめると(明軍をAとした場合)

鉄砲 A
弓矢 A
槍 B以下
刀剣 S(神)

という事でいいのかな?

151日本@名無史さん2018/06/10(日) 21:49:34.07
悪いひとたちがやって来て
みんなを殺した

理由なんて簡単さ
そこに弱いひとたちがいたから

女達は犯され
老人と子供は燃やされた

悪いひとたちはその土地に
家を建てて子供を生んだ

そして街ができ
悪いひとたちの子孫は増え続けた


朝鮮進駐軍 関東大震災 日本人10万人大虐殺

https://youtu.be/iBIA45CrE30
https://youtu.be/D0vgxFC04JQ
https://www.youtube.com/watch?v=sYsrzIjKJBc
https://www.youtube.com/watch?v=SiHp41uWo1I
https://www.youtube.com/watch?v=zYBCTRryFP8
https://youtu.be/-wF31xbwqPM

152日本@名無史さん2018/06/19(火) 18:31:58.72
>>143
「単刀法選」なんかでは五尺の長刀というのを出してるけど同文献から刃渡りを確認すると実は三尺いくらか程度
大陸側では柄を含めて刀剣類の長さとして表記する場合があったんじゃないかな

そうすると↓みたいに三、四尺ってのは八寸かそこらの柄の長さを入れた場合実は普通の打刀か
それよりいくらか長い三尺程度の太刀くらいになる

もっとも軍のトップである李如松提督ですら命からがら逃げ帰った戦いで正確に敵側の刀の長さを
確認できていたかは怪しいかもしれないが

柳成竜(朝鮮の領義政=総理)・著 『懲録』
・このとき(李如松)提督が率いていたのは、みな北方の騎兵で、火器を持たず、
ただ切れ味の鈍い短剣を持っているだけであった。(一方)賊は、歩兵であって、
その刀剣は、みな三、四尺の、切れ味無比のものであったから、これと
衝突激闘しても、(長刀)を左右に振り回して切りつけられ、人も馬もみな倒れ、
敢えてその鋒先に立ち向かう者もいなかった。

153日本@名無史さん2018/06/19(火) 21:45:21.56
よく考えてみると、騎兵が短刀しか持ってないってなんだろう?
槍や弓はもってないのか?

154日本@名無史さん2018/06/20(水) 00:59:46.03
>>153
碧蹄館の戦いは北方騎兵が機動力を生かせない地形に誘い込まれて壊滅的被害を受ける戦いなので
それらの武器があったとしても狭隘な地形で肉薄してくる日本側相手に存在感を示せるほど
役に立たなかったということかもしれない

短剣というのもイメージするほど短い武器ではなく日本側の比較的長い刀剣との対比表現ではないかと思う

155日本@名無史さん2018/06/22(金) 07:15:42.83
チャイナの武器の分類でしょ。
長兵=槍、鉾、薙刀(大刀)等長柄の武器
短兵=刀剣類

短兵と言っても二尺程度のもので、馬上で片手で使うのには丁度良い長さなのかも知れない。
その手のものとしては日本刀が長過ぎるんだってw
まあ、それが利点ではあるんだろうけど。

156日本@名無史さん2018/06/23(土) 10:01:13.12
数年前に韓国のマスコミが明代の「長刀」の意味をわからずに倭寇は「薙刀」で猛威を振るったみたいな記事書いてたり
当時の言葉とかその意味をちゃんと抑えないと変なイメージができあがるよね

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