大阪自慰史学
実際大阪連隊って大平洋戦争中なんもしてないよ
戦ってないから「わいらは負けてないんやー」
と言い張ってるだけ
大阪兵とバターン戦
戦いの主力は広島県福山の部隊でした
京都兵は逃げ隠れ、大阪兵は何もせず
大阪兵とコレヒドール戦
関東の砲兵団の活躍により上陸前にすでに大勢は決していた
上陸戦では和歌山兵が活躍、大阪兵は何もせず
というか大阪兵が上陸した地点に敵兵はひとりもいませんでしたwwwwwww
ところが戦後自分たちの手柄のように吹聴した法螺吹きの臆病者が大阪人ですwwww 先の戦争で全国で唯一ほぼ戦っていない臆病者が大阪編成の陸軍師団だからなあ
そのくせホラ吹きで大阪4Dはバターンで何もしとらんくせに広島福山の老兵旅団の戦功を横取りしようとするわ、ろくでもねえ奴等よ
福山はタクロバンであっさりやられてるので東京の方が手強いのは明白
それでもこの福山は一軍
バターンの福山は老兵の二軍
で福山の二軍より弱いのが京都と大阪の一軍
序列がわかったか馬鹿贅六 関西は3つの弱兵兵団に分かれる
仮病 大阪・和歌山
強姦 京都・滋賀
虐殺 奈良 やっぱ狂屠贅六って糞だわ
山川均(大都会岡山県倉敷出身)自伝
「公家欲心、長州盛心、土州憎心、薩州悪心、会津忠臣」〆テ五一心
福山141連隊長、今井武夫大佐の話
「(昭和17年)1月24日夕方、連隊の兵力全部で夜襲し、午後8時アブカイハシェンダを占領しました。
うちの連隊の右方を前進した武智大佐の指揮する京都歩兵第9連隊は、部隊全部がジャングルの中をさまよって、行方がわからず、約10日間、全く消息を断っていました…」
今井大佐の言わんとしているのは、(京都)9連隊はジャングルをさまよっていただけで何もせず、141連隊が敵を全部引き受ける羽目になった、ということである。
はっきりとは言わないが、そういうことである。
65旅団(広島福山)の将兵の京都9連隊に対する批判はかなり激しいものがあり、
「敵のいない所ばかりを歩いていた」と極言する将兵は多い。
65旅団は装備不良であったが、9連隊は昔から"京都の公家さん部隊"と言われ、戦いには不向きと見られていた。事実、大切な時に道に迷ってばかりいる始末であった…
(御田重宝『バターン戦』徳間文庫、197~199頁より)