【侵略者】アンドロノブォ文化【原アーリア人】 [転載禁止]©2ch.net

レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
1世界@名無史さん2015/07/20(月) 15:14:33.150
紀元前2300年から1000年頃、騎馬と戦車で中央アジア・ステップ地帯から南シベリアまでの広大な領域の覇者となり
家父長制で好戦的であり天の神と火を崇拝しソーマを使用し殺戮と侵略により
あるグループはBMACを滅亡させインド、イランに侵入し現地民族を支配し
また別のグループはクルガン仮説によると東欧やバルカンにまで侵入して支配者階層を形成した
印欧祖語の話者=アンドロノブォ文化人を大いに語って下さい

875世界@名無史さん2017/08/14(月) 00:53:28.720
安藤信夫?

876世界@名無史さん2017/08/14(月) 06:16:05.640
世界的な建築家か

877世界@名無史さん2017/08/14(月) 22:01:08.650
紀元前1200年のカタストロフ以降、アナトリア半島西岸一帯はエーゲ海東岸を来たから
アイオリス人、イオニア人、ドーリア人が入植していたが紀元前700年頃ヒッタイトの後継国家
であるシリア・ヒッタイトの衰亡に乗じてアナトリア中西部にリュディアが勃興する
リュディアは東西貿易の中継地として当初はギリシャ諸ポリスと友好的でありアポローン神を信仰し
首都サルディスにはアクロポリスが建設されていた
またギュゲス王はフリギアのミダス王と同様にアポローンの聖城デルポイに奉幣しギリシャ文化圏に属していたのだ

考古学的物証として世界最古のリュディア貨幣(紀元前6世紀頃)このエレクトロン製貨幣の鋳造にはギリシャの冶金術
が使われギリシャの強い影響が見られる

最後のリュディア王クロイソスはイオニア人ポリスとは敵対したがスパルタとは最後まで同盟を維持していたがリュディア・スパルタ連合軍は
アケメネス朝ペルシアに敗れ滅亡したのであった



なるほど面白い
もっと書いてくれ

878世界@名無史さん2017/08/14(月) 22:15:56.320
それは安藤忠雄

879世界@名無史さん2017/09/17(日) 09:33:50.690
そのEiberg理論だけども
OCA2/Herc2変異の部分は今共通認識になっているが
時代と発生地域は諸説あるようだ

青い目誕生は少なくとも8000年前で13000年前頃と言う意見もある
発生地域も黒海沿岸というよりは欧州全域と言う認識が強まりつつある

これも遺伝子研究進歩の功績なのか


地理・人類学版より引用
これていくとアンドロノブォ人は欧州起源ということになるのかな?

880世界@名無史さん2017/12/21(木) 07:59:41.500
ヤムナ人が欧州へ移動してコーデッドウェア文化人と合体して
その後カザフスタン枠部へ移動したのがアンドロノブォ人
遺伝子研究上はそうなるらしい

881世界@名無史さん2018/01/30(火) 08:55:00.270
世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

IBWD2

882世界@名無史さん2018/01/31(水) 17:37:37.250
ホラズムはアムダリヤ河下流デルタ地帯に位置している。
古代ホラズムは中央アジア河間地域であり豊かな水の恩恵を受け、
新石器時代にはケルテミナル文化(紀元前5000年から2000年紀)があり、
漁労・狩猟文化であったとされている
そして時代は下るがS・P・トルストフの研究により、
ヌクス近郊ベシュトベ摩崖の岩面画に描かれている船は
紀元前1000年の西アジア・フェニキアの船と酷似していると指摘されている


西アジアと中央アジアは古代から文化的に深い関係にあったということか・・・
参考になるね

883世界@名無史さん2018/02/01(木) 17:12:25.070
先ず、紀元前7千年紀頃、膠着語能格言語であるコーカサス祖語(後のクラ・アラクセス文化を形成する)から
何らかの事情で屈折語である原印欧祖語が誕生し、その残留組から後のヒッタイト語などのアナトリア語派が発生し、
一方でコーカサス北嶺に移動した原印欧祖語話者から後のマイコープ文化につながる人々が出現したのだろう。
そして紀元前五千年紀頃までに西シベリア大平原に移動した原印欧祖語と
西進したウラル祖語(遼河文明発祥の膠着語対格言語)とがミヌシンスク盆地で言語接触を起こした結果、
トカラ語派を含む屈折語対格言語である印欧祖語が誕生したのだろう
紀元前3500年頃に始まるアファナシェヴォ文化は
印欧祖語初期段階に分岐したとされるトカラ語派話者の文化である可能性は高い



少し穿ち過ぎた見方ではあるね
面白いけど

884世界@名無史さん2018/02/02(金) 00:54:47.360
デネ・エニセイ語族の影響の可能性も微レ存?

885世界@名無史さん2018/02/02(金) 07:49:02.720
印欧祖語の基層言語をウラル祖語と仮定した場合、
ウラル祖語の誕生の地が南シベリアから中国東北部の遼河文明(紀元前7000年〜6000年)を東限とする範囲が想定される
分子人類学の立場から、ウラル祖語話者のY染色体ハプログループN1の古いパラグループが
遼河文明時代の人骨から70%以上の高頻度で観察されたことにより、その原郷は遼河文明の地域が有力とされる
遼河文明はわが国の縄文文化と土器、ヒスイ、黒曜石の細石器などの共通性が認識されている

印欧祖語がウラル祖語からの直接の分岐でない(言語接触など)としても
飛躍的に解釈すれば印欧祖語は縄文人の言語(古日本語)との関連性は否定出来ない
印欧祖語とウラル祖語を包括するインド・ウラル語族の存在が想定されているからである


凄い想像力だな(笑)
本出せば売れるかもね

886世界@名無史さん2018/02/24(土) 20:08:31.810
セムラテン人種の生み出した物
キリスト教、民主主義

アーリアゲルマン人種の生み出した物
共産主義、ナチス

887世界@名無史さん2018/02/25(日) 10:04:41.330
参考までに

ヤムナヤ文化は、西は大西洋岸、東はモンゴリア、南はインドまで拡散し、
これによりインド・ヨーロッパ語族の分布を説明できるのではないかと考えられています。
またヤムナヤ文化の拡散は、現代のヨーロッパ人とアメリカ大陸先住民との遺伝的関連も説明します。
24000年前頃の南中央シベリアのマリタ(Mal’ta)遺跡で発見された少年(MA-1)のDNA解析の結果、
この少年の集団と現代ヨーロッパ人および現代アメリカ大陸先住民集団との類似性が確認され、
アメリカ大陸先住民集団に見られる、
西ユーラシアで見られて東アジアでは見られないミトコンドリアDNA(mtDNA)のハプログループXは、
南中央シベリアの集団からアメリカ大陸へともたらされたのではないかと推測されています。
このマリタ集団(もしくはその近縁集団)はヤムナヤ文化集団にも遺伝的影響を及ぼしており、
ヤムナヤ文化集団を通じてヨーロッパにもマリタ集団の遺伝的影響が及んでいると考えられます。

888世界@名無史さん2018/02/25(日) 10:08:06.950
アファナシェヴォあたりには関係するかな

南東部ヨーロッパは農耕民到来後も東西の人間集団の移動の交差点であり続け、
草原地帯の集団とも断続的な遺伝的接触が見られます。
それは、黒海およびカスピ海北方の草原地帯の遊牧集団の大規模な拡散よりも2000年は早い接触でした。
紀元前3300年頃より始まるこのヤムナヤ(Yamnaya)遊牧集団の大規模な拡散はヨーロッパに大きな影響を及ぼし、
多くの場所で地域的な狩猟採集民文化が置換されました。
ヤムナヤ文化は馬を飼い馬車を開発したことで、強い伝播力を有し広範に拡散しました。

889世界@名無史さん2018/03/24(土) 20:10:36.830
27.87.83.129 変態

890世界@名無史さん2018/03/26(月) 22:07:39.190
180.235.16.15 セヲタ

891世界@名無史さん2018/03/26(月) 22:09:51.850
安藤信夫

892世界@名無史さん2018/03/28(水) 09:42:12.980
最近の研究によると
アナトリ半島の諸都市が約2300年前に大規模な焼き討ちに遭っている

これが印欧語族の侵入によるものと言う説が有力
つまりヒッタイトもその頃にバルカン半島から移動してきたらしい

893世界@名無史さん2018/03/28(水) 09:43:02.430

紀元前2300年前頃の間違いね

894世界@名無史さん2018/04/01(日) 05:58:43.360
その当時のアナトリアには何文化があったんかね?

895世界@名無史さん2018/06/06(水) 11:47:45.290
>>392
アンドロシノブ文化??

896世界@名無史さん2018/07/12(木) 11:19:30.490
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8RP

897世界@名無史さん2018/07/12(木) 15:36:29.120
ヒッタイトの崩壊に乗じてアナトリア東部から中央部で勢力を拡大したのがフリギアとされる
印欧語族・サテム語派に分類されるフリギア語の話者であり
紀元前12世紀頃、ヨーロッパ方面からアナトリアに侵入したと考えられている

ケントゥム語派のヒッタイトがかつて東から西へ移動して来たのに対して逆の移動方向である
失われた言語フリギア語は
同じサテム語派に属するバルカン諸語、ギリシャ語派と近縁なのかもしれない

898世界@名無史さん2018/07/12(木) 19:40:28.810
折口信夫

899世界@名無史さん2018/07/16(月) 21:24:15.470
>>14
>分子人類学で形質はmtDNAで大きく影響されるからね

されないけど
ミトコンドリアってどういうものか分かってる?
分子人類学は「形質」とかいう主観を排して類縁関係を探ろうとする試みからできたものなんだけど

900世界@名無史さん2018/07/18(水) 11:01:54.050
アーリア人というのが厳密な人種集団じゃないからな
大括りで白人的とかいうのは言えてもね

901世界@名無史さん2018/07/18(水) 11:24:15.260
>>898
おりぐちのぶぉ?

902世界@名無史さん2018/07/31(火) 19:30:14.980
ユーラシア内部では気候変動に伴う民族移動が度重なり引き起こされている
紀元前4000年紀前半の一次的な寒冷化は
印欧祖語話者をカフカースからイランまで南下させた
紀元前3000紀年までの温暖化は
印欧祖語話者(トハラ人)を東トルキスタンにまで東進させている
また紀元前2000年紀後半サテム語化した原アーリア人(アンドロノブォ文化の担い手)は
中央アジア・ステップで馬の家畜化とチャリオットを発明し周辺を席巻したが
紀元前1000年紀の寒冷化に伴い南下しBMACを滅亡させインドを侵略することになる

903世界@名無史さん2018/07/31(火) 21:21:45.180
紀元前3000紀年までの温暖化は
印欧祖語話者(トハラ人)を東トルキスタンにまで東進させている

この時西シベリアのかなり北まで行ってるんだろうか
ひょっとしてウラル語族やケット語には印欧語族の、トカラ語などにはデネ・エニセイ語族(ケット語の含まれる語族)やウラル語族の影響が互いにあったりする?

904世界@名無史さん2018/08/08(水) 09:43:12.470
ヤンガードリアス寒冷期は高湿度で急激な気温降下により
降雪量が極端に多い大規模な気候変動であった
豊かであった西シベリア大平原は気候変動と乱獲により
大型哺乳類は減少し狩猟民も拡散移住を余儀なくされた

印欧祖語話者は一時的にイラン高原まで南下避難することになる
その後、完新世の温暖期に洪水に見舞われ
ペルシャ湾から移住して来た原エラム人と接触し
青銅器と灌漑農耕と牧畜と車輪の技術を獲得することになるのである

やがて彼ら印欧祖語話者は牧草地と青銅の原料である錫石を求めて北上し
シベリア南部から中央アジアにかけてのミヌシンスク盆地にに新天地を見つけたのである
彼らは紀元前3500年頃アファナシェヴォ文化を
紀元前2300年頃アンドロノヴォ文化を創出し原アーリア人となるのである

905世界@名無史さん2018/08/08(水) 13:17:23.150
ウラル語は印欧語の影響はかなりあるだろ

906世界@名無史さん2018/08/08(水) 17:27:27.890
ミヌシンスク盆地で紀元前3500年から同2500年頃まで存続したアファナシェヴォ文化の担い手が
気候寒冷化に伴って紀元前2500年頃にタリム盆地へ移住してトハラ人になったとされる
おそらくこの民族移動は中国の夏・殷・周の成立に影響を与えたと思われる

907世界@名無史さん2018/08/09(木) 08:33:42.990
ミヌシンスク盆地のアファナシェヴォ文化は
新モンゴロイドのオクネフ文化に取って代られた
寒冷地対応した新モンゴロイドの勢力が拡大したことは
中国王朝の勃興にも関係しているようだ

908世界@名無史さん2018/08/09(木) 09:51:09.140
鬼方や犬戎といった異民族もそっち方面から来たのかな

909世界@名無史さん2018/08/09(木) 13:12:24.090
>>906
北方系の殷、周はそうだが
稲作文化で南方系の夏は違う

910世界@名無史さん2018/08/09(木) 20:49:50.340
紀元前2000年紀に内モンゴルから中国東北部に起こった紅山文化後期〜夏家店下層文化には
家畜、青銅器などが同時期のアンドロノブォ文化と類似することが指摘されている

911世界@名無史さん2018/08/10(金) 09:26:28.180
信夫文化すごいね(´・ω・`)

912世界@名無史さん2018/08/10(金) 14:34:04.540
先史時代の中国でコーカソイドとの関係性が注目されるのは、
夏王朝に先行する龍山文化(紀元前3000年〜2000年)。
中でも陝西龍山文化はシルクロードの東の起点と目されている。
中国古代文明最初期での青銅器使用と牧畜の発達(中央アジア原産の羊の飼育)が確認され、
階層分化が進んだ家父長制社会であったと推定される

913世界@名無史さん2018/08/10(金) 15:50:19.420
>>908 犬戎は犬ぞりの民だったとか?

914世界@名無史さん2018/08/11(土) 13:19:03.890
分子人類学の立場から、
ウラル祖語話者のY染色体ハプログループN1の古いパラグループが、
遼河文明時代の人骨から70%以上の高頻度で観察されている。
ウラル祖語の原郷は、遼河文明を含む広範な地域が有力とされるようだ。

なお、遼河文明は、わが国の縄文文化と、
土器・ヒスイ・黒曜石の細石器などで共通性が認識されており、
縄文人の一構成要素の可能性もある。

915世界@名無史さん2018/08/14(火) 01:14:50.240
色川高志(葛飾区青戸6−23−21ハイツニュー青戸103号室)の挑発
色川高志「関東連合文句があったらいつでも俺を金属バットで殴り殺しに来やがれっ!! 関東連合の糞野郎どもは俺様がぶちのめしてやるぜっ!!
賞金をやるからいつでもかかって来いっ!! 糞バエ関東連合どもっ!! 待ってるぜっ!!」 (挑戦状)

916世界@名無史さん2018/08/19(日) 07:12:17.450
デビッド・ライヒの新著には
アンドロノヴォの名前自体は出てこないね

917世界@名無史さん2018/08/27(月) 00:55:01.030
>>913
ラップ人だったら面白いよな

918世界@名無史さん2018/08/27(月) 22:29:13.330
アルメニアは紀元前3700年頃、
クラ・アラクセス文化草創期に車輪が使用されていた痕跡が発見されたことで有名であるが、
2005年にH.ファヒミ(Fahimi)らによる考古発掘資料調査により、
クラ・アラクセス文化の分布がシリアからトルコ、コーカサス地方、イランまでの広範囲に及ぶ事が明らかになった。
イランのタッペ・コリ・ダルビッシュ遺跡を東限として、
ザグロス山脈をほぼ収める広域に及び、
原エラムやウバイド文化との繋がりの可能性も指摘されている。
言語的には非印欧語族・非セム語族であり、
シュメール語、エラム語と母音調和が存在する膠着語能格言語としての共通性も考えられる。


なるほど・・・

919世界@名無史さん2018/09/03(月) 22:30:35.170
最近の研究成果によると
BMACは少なくとも初期においてはアーリア人との
遺伝的つながりはなかったみたいだね

920世界@名無史さん2018/09/08(土) 10:20:41.900
BMACはイラン農耕民にドラビダ人をミックスしたものが基本らしい
それにR1bや古代西シベリア系(一部白人とインディオの共通祖先?)が混じっているようだ

いずれにせよアーリア系とは血統的にほぼ無縁らしい
と言うことはこれもアーリア人の侵入で滅びたのか?

921世界@名無史さん2018/09/08(土) 10:40:49.430
原文一部抜粋

紀元前3100〜紀元前2200年前のBMAC集団では、
紀元前1200〜紀元前800年のインダス川流域北部の
スワート渓谷地域集団と類似した遺伝的構成が見られます。
この集団の遺伝的構成は、AASI(古代南インド型)が14〜42%、
残りがIA系統(古代イラン農耕民)とWSHG系統(古代西シベリア型)です。
これらの標本でも草原地帯牧畜民関連系統(アーリア人?)の証拠は見られませんでした。

インダス文化とBMACの文化的交流の痕跡、
インダス文化以後のスワート渓谷集団との遺伝的類似性、
南アジアからの移住を示唆するかなりのAASIの 遺伝的要素、
現代インド人の予想される古代型祖先集団との合致から、
この時期のBMAC集団にはインダス文化集団もしくは本論文が
インダス文化周辺部と呼ぶ地域からの移住があったと推測されます。

922世界@名無史さん2018/09/08(土) 13:12:56.150
ビーマック、信夫・・・

923世界@名無史さん2018/09/08(土) 13:43:02.290
ドラビダ人の概ね先祖の連中がカイバー峠を越えて
トゥラン地域に進出したのは凄い話だね

924世界@名無史さん2018/09/08(土) 20:29:52.140
神の手

925世界@名無史さん2018/09/08(土) 21:17:12.830
BMACは黒人系?

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