質問をすると誰かが物凄い勢いで答えてくれるスレ
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質問スレがないので立てました
疑問に思ったことを投げかけるとどこかの誰かがものすごい勢いで答えてくれるかもしれないスレです
答えてくれない時もあるので期待してはいけません
みんなで仲良く使いましょう トランプがアメリカをNATOから脱退させかねない事態に陥ってますが,
イギリスでも「アメリカがNATOを脱退するならイギリスも追随しよう」
という声は根強いんでしょうか。
そういった層ってEU脱退派と重なるのかなあ… トランプは他の国ももっと金を出せと言ってるだけ。日本や韓国にも同じことを言ってる。
トランプの頭にはお金のことしか無い。 テレビのカラー化、オーストラリアでは70年代半ば、スペインでは70年代後半に
はいってからだそうだけどかつての日本のようにしばらくの間は白黒番組と
カラー番組が混在してたのか(カラー移行後も結構白黒で作られてたのか)、
はたまたカラー化とあわせて多くの番組がカラーで製作されたのか。 日本の場合60年代後半頃はカラーで作られたり白黒で作られたりしたけど、
70年代前半にはほとんどカラー化していったんだっけ。
(豪もスペインもそんな感じだった?) スウェーデン王家とポーランド王家の婚姻は1ケースしかないの?
フィランド大公ヨハンとポーランド王女カタジナ 撮影・配信・受信の3つがカラー対応する必要がある
オーストラリア
1960年代カラーテスト放送
1969年初のカラー撮影スタジオができる
1975年全配信システムがカラー対応
1980年代白黒消滅
1978年カラーテレビ受信機の世帯68%(シドニー・メルボルンで)
スペイン
1972年カラー放送、74年まで試験カラー放送
1977年全番組カラー
1978年CMカラー 日本
1962年日本初のカラーCM登場
1965年カラーアニメ登場
1971年番組表でカラーに星印を入れるから、白黒番組に星印を入れるに変更
1972年NHKのカラー契約数が白黒を上回る
1977年9月白黒放送消滅 カール大帝とオットー1世はどっちがすごいんですか?理由もお願いします。 「結果としてカールの王国は現在のフランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、スイス、オーストリア、スロヴェニア、
モナコ、サンマリノ、バチカン市国の全土と、ドイツ、スペイン、イタリア、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、クロアチアの
各一部に広がった。このことによって、イギリス、アイルランド、イベリア半島、イタリア南端部をのぞく西ヨーロッパ世界の
政治的統一を達成し、イングランド、デンマーク、スカンジナビア半島をのぞく全ゲルマン民族を支配してフランク
王国は最盛期を迎えた。カールは、ゲルマン民族の大移動以来、混乱した西ヨーロッパ世界に安定をもたらしたのである。」
やっぱカール大帝だろうね。オットー1世は大雑把に言うとカールの王国の東半分をまとめ上げて神聖ローマ帝国を
確立しただけとも言える。西半分は西フランク王国>フランスとなって行くわけだが。 >>220
くわしくありがとうございます!
カール大帝すごいですね!! 米朝会談が話題ですね
アメリカから遠く離れた北朝鮮が核やミサイルを作ったことにたいしてやれ制裁だなんだとやってるけど
アメリカはどこかの国が核やミサイルを作ったらやっぱそこにも制裁とかするのかな?
例えばアメリカから遠く離れたアフリカの奥地のウガンダやチャドが核やミサイル作ったら制裁やるのかな? 実際には作ってなかったイラクに作ってるに違いないと疑いをかけて戦争を仕掛けたのを知らんのか? ウガンダじゃないがなんかで読んだ
スワジかレソトか忘れたが国王独裁を辞めないからってアメリカが経済制裁を発動した
あとはグレナダというカリブの小島を攻めたな。世界大国が小島をいじめるというね 世界を揺るがしたおっぱいの歴史は
どのスレに書くのがお勧めなんでしょうか? 質問です
室町後期から江戸時代初期にかけてカトリック修道会が日本に布教に来てますが、フランス出身の宣教師って来てたんでしょうか?
というか、イエズス会やドミニコ会やフランシスコ会に所属したフランス人とかいたんですか?
いない、もしくは少ないなら、やっぱりフランス国民としてローマがウィーンと親密なのを嫌ってたとかですかね 1636年ドミニコ会宣教師・聖ギヨーム・クルテ
フランス南部エロー県ベジエ近郊の生まれ
フィリピンより石垣島、捕まり、1年ほどと動こう、翌年鹿児島、長崎へ連行され拷問され処刑。
1987年聖人となった。
銅像
https://www.alamy.com/stock-photo-memorial-statue-to-saint-guillaume-courtet-srignan-hrault-department-147918228.html
>イエズス会やドミニコ会やフランシスコ会に所属したフランス人
修道会は国別で会則が決まっているわけではないので、普通にいる。 >>227
ありがとうございます
多国籍だとは思ってましたが、何かフランス人って見かけないように感じてましたが普通にいるんですね
勉強になりました >>223
イラクは国連決議を逃れて大量破壊兵器をこっそり作った前科があった。
査察を拒めば爆撃されても仕方ない。それが国際社会の正義。 >>229
でも後からどれだけ調査しても何も出てこなかったからブッシュは批判されなければならない。 仏教の伝達者(インド→中国、中国→日本)の荷物の中に、マハーバーラタとかラーマーヤナとか有ったのかな? 仏教の経・戒・律(合わせて三蔵と言う)だけで大量にあるからそんな余地はない。 歴史上、王族、皇族、貴族などで悲惨な殺され方をしたと思う人物を何人か挙げてください フランク王国の一部であるアウストリア王シギベルト1世の妃ブルンヒルドはいろいろとやらかした報いで
馬に手足をつながれて八つ裂きの刑にされたという。この「いろいろ」が面白いから調べてみてほしい。
「フランクとブルグントの軍は一つとなり、皆が共に邪悪なブルンヒルドは死ぬべきだと叫んだ。すると
王クロタールは彼女をラクダの上に乗せて軍の中を引き回すように命じた。それから彼女を荒馬の足に
結びつけ手足が裂けるようにした。ついに彼女は死んだ。彼女の墓場は炎の中であった。彼女の
骨は焼かれた。」
ブルンヒルドの強烈な個性は叙事詩「ニーベルンゲンの歌」で争い合う二人の王妃ブリュンヒルデと
クリームヒルト双方のモデルになったと考えられている。 死に方が悲惨というとニコライ二世も悲惨だな
→幽閉されたのち子供含む一族郎党蜂の巣にされ皆殺し
→家族ともどもどこぞの廃坑に埋められるが、もう一度掘り出して硫酸かけてからどこぞにポイ
→他の皇族、親戚も片っ端から転がされる ニコライ二世は本人が割と好人物らしいだけに悲惨さが際立つね。 戚夫人は息子と前後して殺されたようです。両手足を切り落としたから長くは生きられなかったでしょう。 ヒンデンブルクは現代ドイツでは批判の的にされてるの? ポルトガルのエンリケ1世以外で
もと枢機卿でのち国王という人はいますか? ナチスは右翼、ソ連は左翼ですが、
第二次大戦当時のアメリカとイギリスは
右左どちらになるのでしょうか? ナチスもソ連も左翼、だから不可侵条約を結んだとき世界中が納得した
イギリスは右翼、アメリカは左翼 ローマ帝国はなぜ「大秦」なの?
蛮族でなく西にあるので秦で、大きそうだから大秦? >>244
「大」には遠い、甚だしいなどの意味があるから
「遥か遠くの秦」、あるいは「秦の遥か向こう」というような意味やろ 桶狭間の戦いやウェイクフィールドの戦いみたいに、一方の勢力の最高権力者(単なる将軍じゃなくて)が戦死・処刑ないし自害まで追い込まれた戦いってどのくらいあるの?
大阪夏の陣や本能寺の変みたいに、最初から逃げ場がない相手を包囲して死ぬまで攻撃したのは別として。 >>246
垓下の戦いの項羽とか?アレシアの戦いのウェルキンゲトリクスは包囲されて負けたから条件に合わないの?
春秋時代の晋陽の戦いはどうだろう?包囲してた方が負けて死んだけど。 >>246
有名どころだとぱかっと思い浮かぶのは
グスタフ2世アドルフ (スウェーデン王)
キュロス大王
バヤズィト1世は捕虜でしたか >>246
戦い名でしたか
処刑自害ありの条件もなら
エデッサの戦い
カール12世のはフレデリクスハルド要塞を攻囲戦?
カムランの戦い
それにしても戦闘名はまったく記憶にないですねww モヒの戦い ハンガリー王ベーラ4世戦死
フロドゥンの戦い スコットランド王、ジェームズ4世戦死 イギリスとソ連だけでドイツは
敗れたでしょうか?
もしアメリカが連合国に参戦しなかったら英ソ連合だけでドイツは敗れなかった? >>246
高句麗の故国原王・・・・・・百済の近肖古王による高句麗への侵攻の際、合戦で矢を受けた
百済の蓋鹵王(日本書紀でいう加須利君)・・・・・・高句麗の長寿王による百済首都漢城(当時)への侵攻の際、都城からの脱出直後に捕えられた
百済の聖王(日本書紀でいう聖明王)・・・・・・息子の昌(のちの威徳王)による新羅への侵攻の際、援軍に向かう途中で伏兵に遭って捕えられた ひらがなとカタカナが誕生したのは
民族意識が勃興したからですか?
それとも単純に漢字があまりにも
多くの画数と字数を含むため
庶民でも読み書きが容易にできるように
字数と画数が制限された
ひらがなとカタカナが生まれたのでしょうか? >>255
カタカナは漢文を読み下すのに注記するために生まれたとされています。つまり漢文で書かれた原文に
小さく書き込んだらしいです。限られたスペースに書くために漢字を省略したと言われてます。
万葉仮名は漢字をそのまま表音文字として使って大和言葉を表記した訳ですがこれだと大変に画数が多くて
大変なので省略して書くようになってひらがなができました。一般に真名(漢文)は男が使って仮名は女が使う
と言われます。庶民のためではないです。 >>255
ひらがなもカタカナも漢字を上手く書けなかった朝鮮人が作ったものです
日本はあいかわらず朝鮮からパクっただけ
折り紙剣道液晶肉牛いちごサクラみんなパクった日本 ちなみに漢文で表記できないものを表記するために万葉仮名が生まれた訳ですが、その例としては
今話題の万葉集などの和歌とか人や神の名前などの固有名詞とかがあります。 >>247,249,250,251,252,254
沢山回答ありがとうございます!
知らない戦いが多いので、勉強してみます。 対句の「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」はお釈迦様が二本並んだ沙羅の樹のそばで
入滅した時に花の色が真っ白に変わったという伝説の事を言ってるから当然インドをイメージしてる 祇樹給孤独園精舎(ギジュギッコドクオンショウジャ)の略が祇園精舎
釈迦在世時にあった五つの寺院のひとつ
祇園精舎の守護神である牛頭天王を祀ったのが京都の祇園社(今日の八坂神社) 間をとってインドシナだな
時代は下るが、山田長政とかが東南アジアに行った頃、日本の坊主が「こりゃ、祇園精舎に違いない」って言ってるし 三国志時代はどのような仕組みで統制されていたんでしょう
上からの命令がきてそのままやるみたいな感じで
逆らうと打ち首みたいな感じだが
その上がよくわからない
たとえば1人が勝手に判断してとなるとその1人を殺しちゃえば終わるわけだし 王様1人いて全部言うこと聞く
という感じだと成り立たない気がするんですが その下の命令が発生してからトップダウンしていく部分は成り立つけど。 >>265
前漢の建国の功臣陳平が宰相の仕事についてこう言っている。
「丞相の役目は上は天子を補佐し、下は外敵に目を光らせ、諸侯を慰撫し、万民を手懐け従わしめ、
各々の役目を全うさせることです。局部的な区々たることに関わるのが役目ではございませぬ」
諸々のことにはそれぞれの担当者がいるので丞相が細かい事まで全部知る必要はないということだ。
つまり今の官僚機構と極端には違わない。誰も勝手なことができないように法によって規制されている。
例えば曹操は霊帝が寵愛する宦官の叔父を禁令を破った罪で打ち殺した。皇帝の意向より法が
優先されるということだ。 なぜアショーカ王の漢名が阿育王になるのでしょうか
もしかして本当は阿胥(あしょ)王と書いていたのではないでしょうか >>268
法律を変更したりとか
自在に操る人は誰なんでしょう
それは官僚やその下の人の合意を得られる道徳のありそうなものをわざわざ
選んで作られたのか関係なく作られたのか
だれもがおかしいと思う法をバンバンやってたら反感買うでしょうすると
下民10マン人とかいるわけで
上10人か100人ぐらいは簡単にたおせちゃうし 質問。
ギリシャ神話や北欧神話ってありますけど。ギリシャ神話を信仰する教会とかって
あったんですかね?
キリスト教ができる前まではギリシャ神話の登場人物の像とかが作られてたんですよね? >>272
ギリシャ時代にはアテネのパルテノン神殿みたいに神殿に神の像を祀っていた。人物じゃなくて神ね。
ローマにはローマの神が居て神殿に祀っていたが、古代ギリシャをリスペクトするあまりローマの神様と
ギリシャの神様を同一視してローマの名前でギリシャの神様をそのまま祀るようになった。だから
ローマのパンテオンみたいな神殿にユピテル(ゼウス)とかヴィーナス(アフロディーテ)とかの像を祀ってた。
それぞれの神を信仰する宗教組織もあったけどキリスト教の教会をイメージするのはどうかなぁ。
ギリシャ時代の信仰の例として「バッコスの信女」というギリシャ悲劇が有名。 レスどうもです
キリスト教普及以前のギリシャ神話の像とかって残ってるんですかね?
キリスト教の普及とともに壊されちゃったりしたのかな? 官僚は人殺しだから、処刑に頼る文明圏の者ではないはずだ。 >>274
すべて失われたけどミロのビーナスとかサモトラケのニケとか発掘品がいくつもある。
ちなみにニケは勝利の女神でスポーツ用品のナイキはニケの英語読みだ。
ナイキの有名なロゴマークはニケの翼がモチーフ。 ナイキ・アジャックス
ナイキ・ゼウス
ナイキ・ハーキュリーズ
ナイキ・スパルタン じゃあニケとかミロが欠けてるのって壊されたってことなのかな。 質問させてください、白蓮教ってありますよね中国元を倒した紅巾の乱なんかで有名な
あれってとても簡単な説明だと、弥勒菩薩が近い内に現れ救済してくれるというものだというのですが、それが=反乱、革命を起こす思想につながる意味がどうしてもわからないのです。
近い内に救いに来てくれるのならそんな乱暴な事せず謹んで生活しようとは何故ならず
、救世主がくるから反乱だとなるのでしょう? >>280
浄土教には阿弥陀如来を信仰する阿弥陀浄土教と弥勒菩薩を信仰する弥勒浄土教がある
浄土宗や浄土真宗は阿弥陀浄土教
阿弥陀如来は人が死ぬと西方にある極楽浄土に故人を導く
つまり阿弥陀如来は現世には直接は関わらない
阿弥陀の導きは人が死んだ後のこと
弥勒菩薩は今は兜率天で最後の修行を行なっており、
修行が完成したとき(56億7000万年後)には現世に降臨して現世を浄土にすると言われてる
さて、同じ浄土教でも阿弥陀如来は現世には直接関わらないが
弥勒菩薩は現世を浄土にするのだからつまり現世で革命するということ
現代では浄土教と言えば浄土宗など阿弥陀浄土教ばかりで
弥勒浄土教の大きな宗派は聞かないが
これは弥勒浄土教が革命思想に繋がることを恐れた為政者から弾圧されて潰されてしまったから
阿弥陀如来なら現世には直接関わらないから現世の権力者からみても無害なので弾圧されるこたも無かった ナイキ・スプリント
スポーツシューズみたいな名前だな >>281
丁寧にありがとうございます!しかしやはり疑問の部分は残ります
弥勒菩薩が現世に降臨して浄土にするのはわかります、それを信仰している人が革命起こすことに繋がりません
だって浄土にするのは弥勒菩薩ですよね、信仰している人ならそれを待ちそうなもんなのですが
唯一自分達を弥勒菩薩の化身か生まれ変わりかなにかみたいな風に思っていると捉えたら繋がるのですがそうなのでしょうか? サブカルでは世界の歴史の裏で暗躍してきたキリスト教系秘密結社フリーメーソンが黙示録などの
預言を実現するべく活動しているとされている。黙示録の預言では世界が滅んだ後にキリストが再臨して
千年王国を立てるという話なので、その実現に向けて世界を滅ぼすことを目指すフリーメーソンの一派を
ブラックメイソンと呼ぶ。それを阻止しようとする一派をホワイトメイソンと呼び、互いに激しく争っているという。
これはサブカルの話だけど、白蓮教もブラックメイソンと同じことなんじゃないの。 >>283
弥勒が降臨する前に少しでも浄土に近い世の中にしておこうという動機はあっても当然やと思うわ
阿弥陀浄土教でも「どうせ阿弥陀様が導いてくれるんやから現世では好き放題したろ」なんていう門徒は少ないやろ
それとおんなじや
あと、弥勒浄土教系のカルトなんかでは
「俺が弥勒や!」
なんていうトンデモ教主居そうやし 殺人によって徳が積まれるとされた大乗の乱とか仏教でもたまにロックな宗派が生まれるな 仏教の特異な宗派なら三階教いうのもあるで
大弾圧さるて徹底的に滅ぼされた
教典も全部焚書されて残ってないから近年まで教義もよう分からんかったけど
教典が発掘されてやっと教義がわかるようになったらしい >>288
既存の体制とかを「旧魔」として殺せとか言ってたらしいので結構似てるのかも
時代も古いし鎮圧した側の資料が大体なので内部の事とかいまいち詳しい事がわかってない メジャーな本人に帰依するのはおすすめしない。段階がある。 >>289
気になって調べてみたらたしかにオウムと似てるな
1500年も隔ててそんな教義の教団が複数存在したということは
仏教にはそういう方向に向かう要素が間違いなくあるということやな >>285皆様のおかげで何となく腑に落ちました
良くも悪くも、正義感?或いは意識が強いと言うか何というか。結果論ですね
正しい行いの(と信じる)ための暴力は正当化されるというジハードみたいな現象は何処にでもあるんですね
解答くださりありがとうございました! 平安時代の大仏が出来た時に諸外国からゲストを呼んで
盛大なセレモニーをした。
みたいな話を聞いたんですが。外国の歴史書のなかで大仏が出来た時のことが載ってるの
とかってあるんですか? それは平安時代じゃなくて奈良の大仏じゃないのかな。確かインド人僧が開眼供養したはず。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%A9%E6%8F%90%E5%83%8A%E9%82%A3
平安時代の末に平清盛の子重盛の南都焼討によって大仏も焼けた。それを修復したのは鎌倉時代。
有名な運慶と快慶による金剛力士像とかが作られたのもこの時。 鎌倉時代の修復のときは印度僧は来てくれへんかったん?
そういえば現大仏殿は徳川時代のものやけど
元の大仏殿と比べたらショボすぎて涙が出るわ
大仏殿は原状復元せえへんの? >>296
鎌倉時代の印度は、ヒンズー教とイスラム教が増えてて仏教は衰退してただろ >>296
>大仏殿は原状復元せえへんの?
大阪城が今のコンクリート製のも既に文化財になってしまって今更復元できないのと同じで
大仏殿も無理。火事で焼けるとかしたら可能になるかも? >>296
西遊記の三蔵法師でおなじみの玄奘三蔵がインドのナーランダー僧院で学んだのが645年。
そして1193年にナーランダー僧院はイスラム勢力によって破壊されたらしい。
良い国作ろう鎌倉幕府の翌年だが、それ以前から既に仏教は衰退していたらしい。 >>300
クソガキいい加減にしろ。ここ数日お前のバカ質問マジウザイ >>301
ここ数日ってw
書き込み始めたの今日なんだがww まあ傍から見たらバカ質問に見えたんだろう。気を付けます。 ただ、世界史Bやり始めて、海の民ってどこまで調べられているのか、どんなことが分かっているのかが気になって訊いてみただけです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています