ヘルマン・シェルヘンは別にヘンテコを目指したわけでなく、当時の知見と技術の範囲で
楽譜通り、あるいはベートーヴェンの意図通り演奏したらどうなるかを追求しただけで、
それを「病的」というなら、一層「病的」に進めていったのがピリオド奏法とかそれに基づく
演奏と言う事になると思うが如何?