モーツァルトとベートーヴェンはどっちが凄い
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前スレ
モーツァルトとベートーヴェンはどっちが凄い?17 [無断転載禁止](c)2ch.net
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どうぞどうぞ好きなだけ
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured 漢字の成り立ちを言ってるわけじゃない、医学だの科学だのを必死で学ぼうとしていた
時代に音楽にはその学を付けてない点を指摘しただけだよ。もちろん音声学などや
学問形式で西洋音楽を学んでもいただろうが、小中高と音楽であったのはよいことだね。 モーツァルトの交響曲第40番1楽章はソナタ形式のお手本のようだ
序奏がないけど バイオリン協奏曲なんかだと、モーツァルトやベートーヴェンのより、メロディがメンデルスゾーンの方が親しみやすいし
弦楽四重奏曲も、ドヴォルザークの方が ハイドンの交響曲第92番「オックスフォード」の終楽章は提示部と展開部が充実したソナタ形式の見本
https://www.youtube.com/watch?v=VL_jEzqyyPE#t=21m50s
21分50秒あたり〜 何度も言うようにソナタ形式はベートーヴェンの作品がモデルの概念
だからベートーヴェン作品でソナタ形式を語るのは無意味 じゃあ、ハイドンやモーツァルトが使っていたソナタ形式はベートーヴェン信者のナントカが名付けるまで何て呼ばれていたんだ? >>852
ソナタ形式のお手本ならピアノ・ソナタ第15番第1楽章 モーツァルトの交響曲第41番4楽章は、ソナタ形式とフーガと対位法が見事に融合してる どっちも別に凄くない。モーツァルトに少しいい曲がある位。
作曲した大半の曲が捨て曲。 >>857-858
無知無教養の告白にしか見えない
最も洗練された形式、ソナタ形式
http://vocalinfo.net/?p=14093
ソナタ形式という言葉が使われはじめたのは、1830年代後半 ホグウッド指揮AAMのハイドンの交響曲96番・94番が収録されたディスクには
当時ハイドンの音楽を分析した楽曲形式を論じたものが付属のブックレットで紹介されてる
それによればハイドンのソナタ形式(?)はABAの三部形式ではなく変奏曲形式に近い ハイドンの場合展開部後半に「疑似再現部」(再現部のふりして展開部を続ける)があるものがあるから変奏曲という見方も可能 >>862
その捨て曲と言われる曲は一見するとただの石ころ、しかし割ってみると無数の綺麗な宝石が詰まっている。モーツァルトを聴くということは一種の宝探しでもある。 モーツァルト作品で宝探しする人もモーツァルト周辺作曲家作品で宝探しする人が少ないのはなんでだろ もったいない このスレではその宝とやらは示されたためしがないからな カール・ルートヴィヒ・ユンカー (1748-1797)
ピアノ協奏曲 変ロ長調
http://www.youtube.com/watch?v=gfUBxs1s9x4
モーツァルトの時代の平凡な作曲家だろうけどモーツァルトファンのどれぐらいが違いを分かっているだろう フリードリヒ・ハルトマン・グラーフ (1727-1795)
チェロ協奏曲 ニ長調
http://www.youtube.com/watch?v=7SVmdMHNDgs
これも同様 もっともモーツァルトはチェロ協奏曲は残していないけど あのさ、違いが分かるかというより、楽譜で作ってるから全くコピー譜の場合もあって
同じですと言ってもいい場合もあるでしょ、でもジャズだのポップスだのでもアレンジ部分が
共通ってあってもそこが評価の部分じゃないでしょ。主旋律の美しさとか構成の巧みさとか
感情で聴ける部分に評価があるわけでしょ。確かにモーツァルトと共通部分はありますね、
だけで宝の発見にはなりません。 「主旋律の美しさとか構成の巧みさとか、 感情で聴ける部分に評価があるわけでしょ」
それだけですか?
変奏とか展開、発展的進行など、他にも楽しく聞ける箇所が沢山あるんじゃないかな もち米インディカ米ジャポニカ米
似てるけね全部違う
レシピを楽しめと言われましても
似てるけどどう凄いのか一度も示されたことはない
ブスに何を着せてもどんなメイクをしようともブスはブス
ブスにしてはよく頑張ったねー って楽しみですかね > 似てるけどどう凄いのか一度も示されたことはない
そこは美人(=モーツァルト)を評価する側で示すべきこと
示さないから似たようなブスが増えるんでしょ モーツァルトの音楽は人類の慰め。
それを聴いて、涙を流したり、密かに感謝したり、微笑んだり、心から安らぎを覚えている人がどれだけいるか。
ベートーベンにはもっと単純な感動しか求められていない気がする。
コンサートプログラムの常連なのは、分かりやすいからだろう。
若い頃はよく聴いたけど、今はまったく聴きたいと思わないのはなぜなのか? 聴いたところであの頃の感動はまったくない。
その点で、現代ポップスに似ている。 >モーツァルトとベートーヴェンはどっちが凄い
そりゃ、Mozart だよ。長生きすれば、1000曲超えたよ。
”魔笛”を越えた名作は、生まれるかどうかわかんないけど。
ベートーヴェン、”第9”を超える名作をどうやって次、作曲できるかだよ。 それから、モーツァルトと同時代の作品を並べて違いが分かるかとドヤってる人がいるが、ちょっと聴いたら確かに似ている。
モーツァルトだと言われたらそうだと思うだろうが、まあ10代で書いた作品だわな。
後期の傑作郡に見られるロマン派的洗練や充実は皆無。
ベト好きってほんとに耳が悪い。 >>876
基準を出せば美人が増えるのでしょうか
何を言ってるのかさっぱり分かりません
お前さんの思うその美人の基準とやらを自分から出してみてはどうですか
美人の割合が減ってるとか絶対数が減っているなら基準を出すのは
多種多様なブスを規定するより簡単でしょ
名曲の基準が示されていたら
モーツァルト以外の駄曲が増え続けることはなかったのにね このスレの以前の風潮として、ベト派はモーツァルトなど女子供向けの取るに足りない音楽だと言いたげだったが、今では鳴りをひそめたようだ。昨今のモーツァルト人気に圧されて、以前のような傲慢な態度は見られない。
いかにベートーベンの音楽の偉大な芸術性を語ろうと、音楽そのものがオワコン化している現在ではオナニーでしかない。 「モーツァルトなど女子供向けの取るに足りない音楽だと言いたげだったが、」
その通りだと思う、モーツァルトでプログラムのメインは、はれない(2回目) >>884
モーツァルトで女子供が喜んでいるわけではないし
50年以上昔の人がタイムスリップして来て書いたんだろうよ >>883
ベトなんかもう面倒くさくて聴けないけどな。
コンサートなんかでは栄えるんだろうけど。
モーツァルトは毎日でも聴ける。 なぜモーツァルトは毎日でも聴けるのか。
アルファ派が出ると聞いたことあるが、確かに脳が喜んでる感じ。
もう昔と違って、どんな音楽を聴いても感動なんかしないけど、モーツァルトだけは気持ちいい。
モーツァルトは特別という多くの人の感慨は、そうかもしれないと思う。 その場合の「モーツァルトは特別」はモーツァルトと同時代の数多くの作曲家の作品を聴いて言ってるわけではないことは明白 松阪牛みたいなもので、ブランド信仰の一種だと思う。
無名作曲家の曲でも、モーツァルトのラベルを貼れば特別な感動を与えてくれるようになる。 なるほどねー
モーツァルトは好きだけどさすがに毎日はないなぁ。ドヴォルザーク、ブラームス、シベリウスなどのOne of them 特別(とくべつ)とは、広く通用する状態とは異なる状態、即ち例外となる状態のこと。 類義語は、「特殊」「特異」「奇異」「殊(こと)」「異(こと)」「特(こと)」など。 バッハもなあ モーツァルトと同じで総合力だけの人という印象 新しいことは何もしていない >>894
モーツァルトは眩しすぎるかもね。
バッハ、いいと思うよ 擦弦楽器によるトレモロはモンテヴェルディが最初に記譜したと言われる
トーン・クラスターはジャン=フェリ・ルベルの「四大元素」 ハインリヒ・ビーバーはヴァイオリンでスコルダトゥーラという調弦を変えて演奏する技巧を多用したが最初かどうかは知らん 結局音楽で革新的なことした人って偶然や思いつきによるところが大きくて一番最初に発明したわけじゃなくてもそれをまとめあげた人が偉大って言わざるをえないのでは >>888
言っておくけど、あなたが貼ってきたモーツァルト周辺の作曲家はどれも大したことないよ。
モーツァルトと肩を並べるのは他でもないベートーヴェンだけなんだよ。
スレタイ見なさい。 合唱付きの交響曲を最初に書いたのはベートーヴェンではない
当時の記事でも「ベートーヴェンはいつ合唱付きの交響曲を書くのか」
と話題の人物だったことだけは言える >>888
>その場合の「モーツァルトは特別」はモーツァルトと同時代の数多くの作曲家の作品を聴いて言ってるわけではないことは明白
反論させてもらうが、同時代の作品はモーツァルトに収斂されて昇華されている。モーツァルトは古典派の枠には収まらないロマン派の先駆け的存在であることは明らか。
といって古典派のように稚拙でもなく、ロマン派のようにくたびれてもいない。
モーツァルトを聴いていて楽しいのは、いかにも古典的なきらびやかさや能天気さの中に、現代的センスのフレーズが時々現れてハッとすること。そういうセンスにベートーベンが影響を受けたことは想像できる。
ベトが愛した17番20番や24番などの協奏曲は、もはや神がかり的で同時代に比肩すべき作品はないと思われる。あるなら出してみろっての。 バッハは別に好きな作曲家ではないが、既存の音楽をマニアックに突き詰めていった所は、音楽の新たな可能性を開いた功績と言ってもいいのではないか。 オペラはモーツァルトの圧勝。というか不戦勝みたいなもの >>906
勝負じゃないんだよ。どっちも凄いんだよ。
ただベト人気は下降気味で、モツ人気は上昇してるんだろうな。 普遍性でいえばベトよりモーツァルトのほうが格段に上だと思う
ただ凄みはベトだよなあ クリーヴランド管弦楽団
来月よりベト全曲やるね。
人気下降とは思えない。
ただ、モーツァルトとベートーヴェンの違いってモーツァルトとストラヴィンスキーの違いに比べたら小さいもんじゃね?
まあ、言いたいのはモーツァルトがあってベートーヴェンなんだな 先に生まれてたから先に作曲して作品を聴いてもらっただけ
後から変えようも無いことで差を付けるのは不毛すぎて草 ベトは集客率が高いけど自宅じゃ聴いてない印象だね。
ラジオでも滅多に聴かない。構えて聴かないと五月蝿いだけ。 >>907
>ただベト人気は下降気味で、モツ人気は上昇してるんだろうな。
何かのかなり古めの40年ほど前の記事を、昔読んだんだけど
どこかの歌劇場の”フィデリオ”をトップに演目に組み合わせたんだそうで。
そしたら、客入りが悪かったと聞く。
”モツ人気”はあるのだろうけど、作品が狭いような気がする。
”後宮からの逃走”。ジェームズ・コンロン指揮ケルン歌劇場日本公演以来、本格的な上演はないような。。 自宅で聴く聴かないはなんの指標にもならないけどね。本人の主観に過ぎない。いま聞いている音楽スレあるけど意外にもほとんどモーツァルト出てないし。
オペラ フィデリオが演目云々あるが、あれはモーツァルトに比べたら真面目すぎでね。
作曲家というより、、 ベートーヴェンが傑作を書けなかったジャンル(オペラ)は、音楽が哲学的になってないような
プッチーニのオペラやリヒャルト・シュトラウスの薔薇の騎士のように、近年になっても、色恋沙汰のお話だし
と思ったが、哲学的なオペラ(楽劇)はワーグナーがいるな
ワーグナーは音楽史的には何者なんだ?
チャイコフスキーのバレエも特殊な気がするけど ワグは政治的な側面強すぎて真面目に語る気も起こらん まあ全体の音楽史から見たらベートーヴェンの影響力は大きかったということで、
その後は同じぐらいの変化をもたらそうと頑張った作曲家が大勢出たけれど、
それらが主流とはならなかったという感じかな。それで過去に遡ってみたら、
バッハだのハイドンだのモーツァルトだのの方が良かったじゃないという事になってった。 ピアノ曲に関して言えば、ロマン派の先駆けとしてはジョン・フィールド(1782-1837)の功績が大きい
ベートーヴェンとほぼ同世代で高性能になったピアノでロマン派らしい音楽(ショパンのような)を書いたのはジョン・フィールド 大成させた者がいたからたまたま先駆けと呼ばれたんだねー
ラッキー 偉大なる作曲家10名
デュファイ
パレストリーナ
モンテヴェルディ
バッハ
ベートーヴェン
リスト
ワーグナー
ドピュッシー
シェーンベルク
ストラビンスキー
http://allezvous.hatenablog.com/entry/2016/03/30/184617 ピアノの前でじっとしてたジョン・ケージも入れて
モーツァルトを選外にするあたり音楽より知ったか自慢かなw
馬鹿な奴。 言葉で説明しやすい音楽史上に業績を残した作曲家たちを挙げたということでしょうね。
作曲上のテクニカルさという観点ではモーツァルト、ブラームス、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、
マーラー、ラヴェル、バルトーク、ヴェーベルン、ブーレーズあたりは外せないと思うけれど。
勿論挙げられた10名も皆当然のように達者だが。
まあ、ヴェーベルンやブーレーズは置いといて、今日の音楽(いわゆる現代音楽)の多くは
言葉で説明しやすい音楽の仕掛けにこだわりすぎた結果とも思うけれどねえ。
>>ドピュッシー
それともこれに突っ込んでほしかったんだろうか >>919
モーツァルトについて言及しているが、
「誰もが知るウィーン古典派の巨匠。ベートーヴェンやショパンらに大きな影響を及ぼしたが、ハイドンのように新ジャンルを確立していない点で、古典派の中では三番手扱いとさせていただく。」
何かジャンルを確立させないと重要度が下がるのか。
知識ばかりが先行して、肝心の耳で音楽を聴くということは忘れてそう。 前期ロマン派の代表はリストではなくシューマンである。
ピアノ曲の独創性のみならず、多くのジャンルで傑作がある。
交響詩なんて、ベートーヴェンの田園交響曲が元じゃないか。 >>925
「性格交響曲」を書いたのはベートーヴェンが最初じゃないよ
パウル・ヴラニツキー - Paul Wranitzky (1756-1808)
交響曲 ハ短調 「フランス共和国との和平に」 Op. 31
Symphony in C Minor, Op. 31, "Grand Characteristic Symphony for the Peace with the French Republic"
作曲年 1797
http://www.youtube.com/watch?v=EFCxwZ7VXkI ベートーヴェンが田園の直接的なヒントにしたのはこの作品
ユスティン・ハインリヒ・クネヒト - Justin Heinrich Knecht (1752-1817)
自然の音楽的描写
Le portrait musical de la nature
http://www.youtube.com/watch?v=HP2QW21cqcM >>928,929
聴いたけど、ベートーヴェンの田園交響曲とは質が違うと思った。
二つとも普通の交響曲に後から標題を付けた感じ。 そもそも第2楽章で葬送行進曲が出てくるのにトランペットとティンパニを省略しては葬送行進曲らしさが失われる 番号メチャクチャだな
ここは18とのの重複だったが終わった後の再利用で実質19
次は20 音楽史的な重要性だと新しい潮流を与えたかどうかによるから、そう意味ではモツは弱いかもしれんね。 作品が多くの人に聞かれることが重要じゃね
音楽史()や時代の潮流()を作ろうとか思ってないだろうから 「ドビュッシーは私は好きだけれど、地方人だね。秋田の踊りみてえな。まあ、パリだからパリの踊りになったかもしれねえが。
どうしてベートーヴェンがベルリンの踊りですか?!そう言う事ですよ、私が言っているのは。
それからラヴェルなんてえのは、もう聞くのも嫌だね。
あんなモノ、どこかの寄席でやりゃあいいんですよ。何も音楽の中に入れる必要なんかないんだよ」
(小林秀雄) いんちきジョンケージを評価して、ジャズやポップス、ロックを除外って
ありゃ低俗だからとでも思ってるのかねw
60年代の現代音楽よりロックのインパクトは大きいけどな。
欧米じゃジャンルに差を付けず評価する人間多い。 ベートーヴェンって初期はスカスカなんだよな
段々ベートーヴェン工法で隙間を埋めていくんだが
暑苦しいんだよ でも好きだけどね それは偏見だよ。ベートーヴェンの初期を聴けば聴くほど、最初から天才的な創造力で作曲をしていた事が分かってくる。
モーツァルトは反対に聴けば聴くほどワンパターンな手癖を多用して作曲した事が分かってくる。 モーツァルトの「音楽の冗談」は素人作曲家を揶揄するために書いたとする説があるが
それはまさにハイドンの交響曲第60番「うかつ者」と同じ趣旨 ハイドンは交響曲第60番「うかつ者」以降「ユーモラスな作曲家」の烙印を押されてしまい
最初は嫌っていたけど結局は受け入れた レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。