【Bach】 J.S.バッハ 【総合】 Part28
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Johann Sebastian Bach (1685-1750)
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難関国立w とかやっぱ学歴コンプ丸出しじゃんww 聞き専クラヲタ必死だなw ちなみに張り合うつもりはないがw俺は旧帝だ。底辺音大じゃなくてわるかったすまん >>470
>知的な楽しみに教養が必要ってね
>謎かけとその解き方でにやりとしたりする様な話なんだけど
だから最初にそれ(知的な楽しみとは何か)を書いて話を始めれば良いというだけ。
意味が分からないのは思い込みがあるから。 >>474
やっぱり意味不明
私が私のレスについて語るのに思い込み?
何の思い違いをして絡んでるの? >>475
「知的」の意味を辞書で引いたら良いんじゃないの。
知らず知らずに意味を限定してるよ。 おまえらさ、
結局、マウント取り合って音のことは何にも話が出なくなるのなw 弾いている最中に、気持ちのいいのがショパン
弾いた後、満足感があるのがベートーベン
弾いているときポリフォーの面白さを感じ、弾き終わったとき満足感があるのがバッハ
音楽は予備知識が有ったほうが、楽しめる場合もある、特にバッハはそうかも知れない >>476
知的な話に限定するって意味?
ちょっと低次元過ぎてついけません >>478みたいな香ばしい池沼が、聞き専と煽るんだろうな〜、ニヤニヤw バッハは人生の到るところで必要になるからね。教養も然り。
格調の音階を歌うにしろその調を知らなければ歌えないし移調した時は何度変わったか意識しておくよね。
音形にしてもその音形が次にどうなっているか見極めないとならない。
二声を例にして自分の声部の音形が相手にどう繋がっているかあるいはどの程度離れているか常に意識しておく。
全く同じか少し変えているのか調も変わったかなど見るところは色々ある。
そして主題を通して全体を歌いあげる。
相手との対話だから相手がどのようなことを考えているか相手の背景なども見て自分の主題を相手に渡しまた受け取る。
そして自分が主である時ない時常に相手がどういう状態であるか意識しておく。
相手が自分をどう見ているかとらえて協調して歌うことになる。
同じ言葉ひとつとっても自分の理解した言葉と相手が認識している言葉の意味に齟齬があれば同じ音形でも全然別物になって主題が読み取れなくなる。
言葉ひとつ理解するにも教養は欠かせないことはわかってもらえるだろうと思う。 470の言う謎解きでにやりとするというのは理解した主題を相手にそのまま渡して相手がそっくり歌い返してくれた時の嬉しさに通じる。 まあ私もそんなに弾ける訳じゃないからもう少し各声部意識したときの効能を知りたい。 >>480
まあ聞き専のレヴェルは>>478にも及ばないわけだがwe おまえらさ、
学歴と職歴を証明するものをアップしろよ。
どっちが上か客観的に決めてやるからさ。
下って決まったやつは、上って決まった方に従え。
それで治まるだろ? >>485
おい、バカ!
聞き専と煽る、底辺音大野郎!
楽器が弾けても、プロで食えない癖にエラそうにするな、アホ! >>479
限定してるのは「知的」の部分だよ。ちゃんと読みなって。 >>489
あなたはそういう対応を続けていて楽しいの?面白いの? >>486 487
コンプを突かれて逆上する聞き専が哀れでならない。 >>489
勝手に他人の言葉を限定して読み議論をミスリードさせる質の悪い人ですね
「限定」してるのは貴方の頭の中ですよ
これが所謂馬鹿の壁ってやつですね >>491
バ〜カ!
難関国立を出てるのに、楽器を弾けるだけの私立音大にコンプなぞないわ、アホw
聞き専と煽るアホどもは、カンタータの独語歌詞もチンプンカンだろうな〜、ゲラゲラ >>493
頭悪そうでみっともないからもうやめたら?
あとカンタータの歌詞はLuther派神学を知らないと解らないから
素人は無闇に語らないほうがいいよ >>492
こちらは限定はしてませんよ。あなたが最初から「知的」の意味を限定しているだけです。
辞書を引けば分かりますよ。 19日のPeter Dijkstra指揮Nederlands Kamerkoor & Collegium 1704という組み合わせでのクリスマス・オラトリオ全曲演奏会が早速上がってた。
https://www.youtube.com/watch?v=GzDSzy8JiFs
Tobias Berndtがもうすっかり禿げ上がってる。 大学文系と文系ノーベル賞は廃止すべきという
ワイの持論が正しいことを証明しているスレ。
知性は普遍性ある理系に限定しておくべき。
文系は、客観的に優劣や正誤が証明できないから
巨人ファンが阪神ファンを罵るレベルから永遠に脱却できない。 まぁ知ったかしかできない人間に撮ってはそうなんだろう >>499
酷い文章の見本
普遍性、客観的、など使い方がデタラメ
>巨人ファンが阪神ファンを罵るレベルから永遠に脱却できない。
この文章もワイさんの妄想
「巨人ファンは阪神ファンなど、相手にしていない」と巨人ファンの知人から聞いたことがある 理系のクラヲタが、文系や音大卒を馬鹿にする構図、安直で嗤える 理系にクラオタなんているのかな
むしろアニ専ではないかと思うのだが
文化的な素養のある文系にこそ、クラオタは多い 医師にクラ好きは多いと思うけど。
ピアノを弾く人が多いし、アマヲケやっていたり。
どうしておまえらそうやってマウント取り合うの?
動物なの? ミラーシド# シード# レド#ーシド#シーラ
カンタータだと思うのですがどの作品かわかる方いましたら教えてもらえませんか >>478
聴いている最中に、気持ちのいいのがショパン
聴いた後、満足感があるのがベートーベン
聴いているときポリフォーの面白さを感じ、弾き終わったとき満足感があるのがバッハ
音楽は予備知識が有ったほうが、楽しめる場合もある、特にバッハはそうかも知れない >>504
大学のピアノの会や学生オケは理系多いよ
鑑賞会みたいな聞き専サークルは文系が多い
という傾向 楽譜を読んでも弾いても聴いても面白いのがバッハ
楽譜を読み込むと満足感があるけど弾いたり聴いたりするとツマンネのがM.Reger >>510
都内の小規模国立大には私大MARCHと同レベルのオケ部があるね。
お茶と医科歯科は合同で1楽団だけど。 カール・ベームは法学部卒、音大で音楽を学んだ訳ではない
音楽的素養に、文系も、理系も、音大系も関係ない筈だ
他人様を馬鹿にしたり、偏見でしか語れない人間のお里が知れる 朝比奈隆も京大法学部卒だな。
まあ、彼は「偉大なるアマチュア」なんて評されていたが。
ただ、この辺の世代で大学を出ている人たちは特権階級なので
一般人とは教養のレベルが全く違う。 でもな、ピアノが満足に弾けない指揮者って表現らしい表現をしない音楽になるのはなんでなんだ。
音大を出る必要なんてないってのは分かる。
成人しても技術はそりゃ伸びるけど、きちんとした教育を子供の頃に受けていないと、
ただ眉間にシワを寄せてバトンを振り回してるだけになるんじゃないの。
後は音楽以外の文字で売り込むだけで、有名になってしまえばいいわけで。 やや別の話だが、ピアノの有名な国際コンクールで入賞したのが、
よせばいいのに指揮者になってひでえことになってるのもいるけどな。 もう1つ余計なことを言えば、数学は文系の能力で、音楽を書くのも大半は文系の能力だと思う。
日本人の理系ってのは、大半は、一定の限られた領域に妥当する自然科学の理論を暗記した人たちのことだからな。 ↑こういう無意味で無論理でただのダベリを長々とするのが、日本の多くの文系の特徴 >>520
意味があることを他人にしか求めないクズ理系w 理系がなんだって?文系がなんだって?聞き専がどうしたって?
なんだか、器が小さいなーーー 数学や物理なんて全く必要ないよ
数字数えられればいいだけ 数学が苦手、というか数学が出来なくても大学に入れてしまう日本の蚊系には、
そもそも和声学と対位法が物にならない
文系で見込みがあるのは一応それなりの数学の試験のある東大京大一橋の文系だけ ここは学歴板でないよ、バッハのことを語ってくれない?
自分が楽器を弾けるとか、和声学と対位法をモノにしたとか、自慢話するなら他所でやって こんなところで学歴自慢するってのは学歴は高くても仕事か家庭か何かが上手く行ってないからストレス発散してるんだろうねw ピタゴラス知らなくたって、素晴らしい音楽は提供できるし、享受することもできるよ
数学ができないと和声法も対位法もダメなんだ、へーーー
ところで対位法全盛のルネサンス、バロック期の作曲家って、皆数学ができたんだーーー、へーーー
って、数学って色々あるんだけど、どんな数学なんだろうねw 技術としての数学とか計算できても論理的思考に難があるのも居るし、歴史を学んだはずの奴が音楽史と繋げて想像できないのも居るし
本気で勉強するなら修辞学は必須なんだけどかなり蔑ろにされてるから基礎教養って身に付けるの結構難しいよね ここはバッハスレだよ、作曲した時代背景の宗教的価値観も大切でないの?
歴史や和声学を学ぶことも大切だが、キリスト教的側面からバッハを語れる人はいないの? >>529
面白い人ですね。感覚的に数学使ってる感じはあります。主に関数、特に三角関数。
1オクターブを円ととらえる。
対位法はすごく三角関数です。
臨時記号が出てきたときとかは空間を把握する指数関数とかも意識したりします。
crese.とか強弱や音の拡がりとか奏法に関わることも指数、対数関数を常に意識します。
数学と音楽には相乗効果があります。
どちらも追究することで興味深い現象に出会えますよ。 臨時記号がでてきたらバッハの場合転調か借用かを意識するだけ
指数関数?対位法が三角関数?具体的に書いてみてよ >>534
詳しく書きたいけどまだ無理。
感覚的にしかまだとらえられてないから。
臨時記号出て転調するかどうかになるから指数関数を意識する。空間を拡げられるから。
もう少し具体的に言うと中心音aは何かとか、xは4度5度で考えるとか。
三角関数は旋律を一元的に考える場合。多声で複元的にとらえるときは積分にして考える。 音楽を享受するときに「〇〇があった方が望ましい」というのは条件が雑多すぎますね。
音楽と数学に親和性があるにしても、しかし、数学を知らなければ音楽を享受することができない、
というのは些か楽観的な思考な気がします。
それに、古代や中世、バロック等、20世紀以降…と数学と音楽のかかわり方は
その都度変遷しているので、一般論が難しいと思います。
確かにバッハは「数遊び」を作曲の際にしていることがうかがえます。
(BACHの14(=B2+A1+C3+H8)や三位一体の「3」や十二使徒の「12」など)
あるいは数字というわけではないですが、涙を♭で表したり十字架を♯で表したり
自分の名前を音名にあてはめたり…といったことも楽譜から観察することができます。
しかし、私は、これらはバッハが作曲する際のきっかけのようなものだったと思います。
もちろん、この私の印象に学術的根拠はありませんが。
なお、バッハの時代の対位法はルネサンスの頃の対位法と少し違っていて、
背後に機能和声があって、その中で複数の声部が絡み合うものです。
また、クレシェンド(やデクレシェンド)は、バロック音楽の時代には
少なくとも鍵盤楽器でそれを表現することができない時代でしたので、一般的ではありません。
クレシェンドは古典派以降に現れてくる記号・表現です。
以上、通りすがりの横やりでした。スレ汚し申し訳ありませんでした。 >>529
和声や対位法というのは技術的な知なんですね。
さまざまな禁則を侵さないように注意しつつ、許されることの組み合わせの中から
良い響きや流れの選択をしていく技法なんだよ。
こういう事は数学が苦手な人には土台無理なんです。
>>519
>日本人の理系ってのは、大半は、一定の限られた領域に妥当する自然科学の理論を暗記した人たちのことだからな。
こういう技術的な知を軽視する人っていうのは、文系の中でも底辺です。
不確かな感覚でしか物を言えない人です。
それははっきりしていますよ。
この人の文章をみれば一目瞭然なんですよ。 >>537
軽視してるつもりなんかないよw
それだけでものが分かったつもりになってカタワみたいなことをいう人が嫌いなだけw 冬の湖は底の方から凍り始めると主張する国立大学理系クンを見たときには愕然とした。
バカはどれだけ理論を暗記してもバカなんだよ。 >>535
感覚的にしか捉えられないのに積分だとか関数だとか
書いてて虚しくならないのか
チョコレート食べたことない人がその味を想像するようなもんだな
和声や対位法に数学当てはめる行為って
チョコレートは泥の味なんかしない 享受するだけなら作曲や演奏の技術的側面を知らなくても可能ですよ。
ギリシアでも重んじられた実践的な知であり、言わずとしれた自由七科ですね
繰り返しますが、別に享受するだけならそういう実践的な知は要りませんよ
伝統的な西洋的リベラルアーツからすると偏頗なわけですが 笑 そんなに難しく考えなくても
音楽的に予想出来るレベルが有るかどうか。
メロディの行き先とか、カデンツァとか、非和声音→和声音ぐらいでいい。
それが無いと、バロック、古典ぐらいまでは難しいと思う。
何故かというと素養の有る人向けに創ってるから。 最終的な目的は、教会で信者を洗脳するためのものだから。
素養なんてない者に向けているんだよ。 >>545
それが最終的な目標か最低限の目標かどうやって判断するの? 教会音楽なんて信者にカネを出させてナンボ
今ある宗教を外部から観察してそう判断する。 なんかズレてるなぁ
バッハの立場(カントール)は別に信者増えようが金落とそうが自分の歩合が増えるわけでもないし
信者を洗脳する意味もないし、バッハはむしろ教会と喧嘩してた立場だから
ただバッハの音楽が素養なくても楽しめる、というのは同意するけど。メロディがいいから >>545
歌詞のある音楽は器楽とは違う
当時の会衆は歌詞の内容を苦もなく理解した
それが聴き手に必要とされる「素養」 >>550
バッハのカンタータのテクストは難解なものも多いので当時の会衆が苦もなく理解したというのはかなり無理がある。 >>550
それは賛美歌を歌わされた、作為的に突っ込まれた素養な。 >>551
分かり安い単語だけ多声で繰り替えして聴こえてくる
日日常的な空間で残響が多いところでな >>553
多分聖書など誰でも知っているレベルのテクストの扱いの話をしてない?
前提をまず明確にして話した方が良い。 バカは難しい話を聞いてるとき、知ってる単語だけ意味をとるんだよ、断片的にな。 >>556
だからそんな話はしてないんだけど、ほんとに馬鹿ばっかなのか。 匿名掲示板だからって相手の事をバカだ馬鹿だと毎日のように言っているのって最近5ちゃんをやり始めた老人なのかな。 >>551
いや 現代人には難解な表現表象も当時の会衆には耳タコ
>>552
「素養」なんてものは初めのうちは大抵そんなもんだw 全く空しくならない。
ばかにすることしか出来ない人は無視します。
訂正1オクターブを円とするのではなく半音階含めた12音を円とする。
もうひとつ、複元×、多元?多次元?高次元?んー高次元。
>>536
そうでした。クレッシェンド等の記号はなかったですが表記がなかっただけで概念は存在しています。
音の規則性を数学としてとらえられていないとバッハのように大量に作曲することは不可能だと思います。 中心音を決めず理論値?で良いならaでなくとも構いません。 >>559
>いや 現代人には難解な表現表象も当時の会衆には耳タコ
面白いのでバッハの数あるカンタータの中でも難解な部分のテクストが「当時の会衆には耳タコ」だったと言える証拠を示して欲しい。 んー
当時の宗教の言葉は一般人の普通に理解する言語ではないのだよ
一昔前の日本でいう漢文
お経が誰でも唱えられるものであったように、或いは所謂四字熟語みたいな誰でも分かる言葉もあるんだけど、やっぱり言葉で理解できなくても伝えようとする音楽の力に頼ってるので
作る側は発注者と同等の知識と教養は必要なんだな
んで、バッハの場合数秘術的な信仰もあるんで、数字の扱いに関しては独自の世界観を音楽に投影してるんだよ
バッハがそれを聴衆に知覚化されることを期待していたかというとそうではないかも知れない
バッハ個人の神との対話の形式だったかも知れない >>563
全くカンタータの詩に則さないただの長いだけの無内容のダベリ
また蚊系か?
ルターの説教の特徴は民衆に伝わる言葉で語る事だよ
カンタータの詩の別に言葉としても内容としても、聖書の素地があれば難しいものではない
カンタータは教会暦とも密接なので、牧師が信徒に語った内容がそのままカンタータの詩として理解できていたんじゃないかな
意味のわからない念仏とは全く異なる >>564
訂正
カンタータの詩「は」別に言葉としても内容としても、聖書の素地があれば難しいものではない 現代のドイツ語からすると多少古い、
(日本語の古語と現代語ほどの差の方が遥かに大きい)
キリスト教と聖書に無縁だと分かりづらいって位
もちろんルター神学と絡めて深い解釈を始めると難しくもなるだろうけど、基本的には民衆平信徒にも分かりやすい言葉と内容 >>563
後半は無内容のダベリという程でも無かったな
そうだね、といえる位だけど バッハと同時代の歌舞伎や浄瑠璃を解説なしで聞き取れる日本人がどれだけいるのだろう。
正字法の改革に成功したがために一般人が古文書を読みづらくなったところもドイツと日本は似ている。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています