卑弥呼=天照大神の方が盛り上がるやん?
アマテラスが男神という議論についてだが、上代の人たちも何故アマテラスは女神なのかと同じような事を考えたのだろう
その結果、はじめ太陽の神は男の子として産まれたが上手く育たず、もう一度創り直したら次は女の子で立派に育った、だから日の神は女性なんだという話が出来た
故に古事記に最初にヒルコが産まれたがながされて、その後にアマテラスが誕生したと記載されている
後付けで面白い話が生まれて、それが神話化するというのはよくある話である
有名なのは伊勢神宮に神宮寺がないのはなぜかという縁起潭だ
天地創造の時に大日如来の印文から日本列島が産まれたのを見て、第六天魔王がこれを破壊しようとした
天照が我は仏法を近づけないからやめてくれ言い、魔王は天照の言を評価して、汝の子孫が後々まで日本の王といられるように守ってやろう、これに反抗するものは第六天魔王の力で破滅することになると、この両者の契約によって伊勢神宮は仏法を近づけないのだという
なかなか面白い話だが、ヒルコが流された話も恐らく同じような後付け話で、太陽神は何故女神なのかという古代人なりの結論だったのだろう アマテラスの元ネタは太陽神で女神の義和だから
しかも東夷人の先祖(にあたる帝氓フ妻)という設定までついててまるきりそのまんま
倭人の先祖に置き換えたんやね そうなると大和王権成立が4世紀になるから
偉大なる天皇家は紀元前660年に初代神武天皇が即位してから続いてるという神話が壊れる いいじゃんそんなの
卑弥呼が天照の方がずっと受ける 女系をねじ込みたいだけだろ
纏向に宮跡が出土したなら、
崇神天皇の実在が証明されたと主張するべき事案
なのに女王卑弥呼を持ってくるということは、万世一系を破壊するのが目的なのか? >>9
初代天皇が崇神天皇ならそこからの万世一系で良いのでは? 春日之伊邪河宮って事は春日市=伊邪国?
伊邪国に伊邪那岐と伊邪那美もいた?
倭奴国(わぬこく)=鰐国?
狗奴国(くなこく)=熊国? ここまで天照国照彦火明命も阿麻氐留神も登場しないとかどんだけwww アマテル神がアマテラスとなり女神になった理由
持統天皇(アマテラス) 天武天皇(スサノヲ) 文武天皇(天孫ニニギ)
父、天智の国を天武に奪われその子を成すが早世。前代未聞の女帝から孫というトンデモ継承の正当化。
スサノヲは高天原に昇ってアマテラスと誓約で生まれた天忍穂耳は全く活躍せずにニニギが天孫降臨(天子降臨ではない理由) 卑弥呼が死んだ時、日食があっただけやろ?
原始人の日本人には驚天動地の出来事
でも既に天文の知識ある中国人にはなんで土人が騒いでるんか分からんかった 九州倭国から分家したのが本州日之本
(ニギハヤヒ? 東征w)
九州から畿内へ、漢鏡の変移とリンク
そして、崇神天皇が天照大御神を外に出した
大物主(矛)、天照大御神(鏡)、倭大国魂神(玉)の話にもリンクw
すでに明確に考察済み
806 日本@名無史さん sage 2023/06/28(水) 20:06:19.22
伊都国の官から読みとく三種の神器
魏略では、洩渓觚 鏡(けいこ)
柄渠觚 玉(ぎょこ)
↓
魏志では、泄謨觚 矛(ぼこ)
柄渠觚 玉(ぎょこ)
鏡こと、洩渓觚さんは
畿内に移ったから居なくなったw
洩れる渓流のごとき觚、字義だけ見ると
アマテラスの荒御魂であるセオリツヒメっぽいねw
記紀では、ニギハヤヒが畿内入りんご!
(ニギハヤヒに代わって、日向から山幸彦が伊都国の官に)
ニニギは三種の神器を持って天孫降臨
伊都国の官・爾支がニニギなら有り得る話
もちろん、俺の独自新解釈 卑弥呼が死んで男王が立ったから内乱が起きたように書いているが
魏が男王を立てて内乱を起こしてその結果卑弥呼が死んだのだと思う 女系をねじ込みたいだけだろ
纏向に宮跡が出土したなら、
崇神天皇の実在が証明されたと主張するべき事案
なのに女王卑弥呼を持ってくるということは、万世一系を破壊するのが目的なのか? 天照大神と素戔男尊の関係は
卑弥呼とその弟の関係を神話化した話
神話と違うのは卑弥呼の弟は狼藉を働いただけではなくクーデターで卑弥呼を殺したところ
卑弥呼が殺された後にたまたま偶然皆既日蝕が起こり
大衆は卑弥呼が殺されたからだと恐れて、卑弥呼の後に立った卑弥呼殺しの男王を排除したと。
男王を排除した後に立った女王は卑弥呼ではなく壱与ではあったが
神話では同じ天照大神が天の岩戸から出てきてましたという体裁にしてある
政治体制が元に戻ったということを強調したかったのだろう。
んで失脚した男王の一族は九州から出雲へ追放されて後に大和王権を打ち立てる
それが神武東征 纏向遺跡で宮殿跡を発見!
↓
良心的歴史学者「お、記紀に書かれる崇神天皇の纏向宮の実在が確認されたってことか、時代も3~4世紀でちょうど合致してるな」
邪馬台国キチガイ「(崇神天皇は完全に無視して)卑弥呼の宮殿!邪馬台国!畿内説バンザイ!!」 天照大神は以前は天皇がいる御所に祀られていたが
障りが続いて今の伊勢神宮の場所で祀られることになった
そりゃそうだ
天皇家は卑弥呼殺して出雲に放逐(又は亡命)した一族の末裔だから
だから親魏倭王の金印が天皇家に受け継がれていないし
かつてはあったという記録すら無い 神代のアマテラスが、
公孫氏や三国志と同世代とか嫌。
てか、仲哀天皇の姫と同世代か?
与太話が神話は無理だろ? 神功皇后は仮に実在しても4世紀後半の人物
というか雄略天皇以前の天皇は没年齢盛り過ぎて実際の治世がいつだったか分からないから
参考になら無い 手塚治虫も卑弥呼=天照にしたのはいいけど
ニニギはその邪馬台国滅ぼした側なんだよな
なんで滅ぼした側を自分達の先祖です。なんて神話残したのか謎 神功は三世紀末から四世紀初めての人物だろうな
オレは実在説をとる
記紀によると神功が押熊王を倒して皇位を取ったかのように書いているが、弘文天皇と同じく押熊王の即位は無かったことにされたのだろうな
タギシミミなども即位せず三年政務をとっていたが、皇太子のヌナカワミミを害そうとして逆に殺されたというのだが、即位せず三年政務などありえないから、これも即位取り消しだろう
菟道稚郎子も即位せず政務をとっていたが兄弟の仁徳を天皇につけるために自害したというが、これも実際は即位していたのだろう
記紀が述べる歴史天皇の代数は実際よりも少ないと考えねばならない
これを念頭に入れて推古朝以降の歴史天皇の平均在位年数からイワレヒコの崩年を推測するとほぼ纏向遺跡の構築が始まってしばらく後ということになる
ここからヤマト王権の樹立は邪馬台国の成立とほぼ同じ時期であり、両者は同一と推測できるのである >>27
纒向遺跡は3世紀からでしょ
卑弥呼即位より100年の開きがあるんだけど >>26
治虫の話は神武東征すら卑弥呼=天照大神になってるよね もうアマテラスが誰で、卑弥呼が誰かってのは
知ってる人は知ってるよ 卑弥呼も神功皇后も天照大神の後継者だよ。太陽の女神の原型自体は扶桑(日本の異称)に住む義和だが。 だから卑弥呼が天照の方が面白いでしょって趣旨のスレ 問題は天照祭祀と卑弥呼の鬼道が同じかどうか
しかし銅鏡100枚の逸話と平原の出土品から卑弥呼が鏡祭祀であることは明白だ
その後三角縁神獣鏡が畿内で発展するが、その為に後付けされた権威的、象徴的女神として卑弥呼はあっただろう
だが初めから卑弥呼が天照として存在した訳では無いと思うね
女神としての評価は後世がつけたものだろう 纏向は二世紀後期後半から
卑弥呼の即位とほぼ同時期から始まる
酸素同位体比年輪測定法によって従来のC14による推測が正しかったと裏付けされた
邪馬台国の会なる素人の集団は未だ定説していないようだが本当に見苦しい連中だな 卑弥呼と同時期なら邪馬台国とは無関係じゃんw
邪馬台国はそれ以前から存在していたんだから 日本会議、神社本庁、自民党などのカルト団体が卑弥呼=天照を絶対認めないからな 戦前の白鳥庫吉のように天照大神と卑弥呼が似ているとまでは言っていいんだよ
だれでも気づくことだからな ネトウヨのカルトどもはアイヌ非先住民説などを見れば分かるが、デマと分かっていて戦略的に珍説を垂れ流しているからな
邪馬台国九州説も然り、反クルド運動も然り、在日韓人排斥も然りだ >>40
議論に勝てないから相手はネトウヨだとレッテル貼り ネトウヨのようなゴミはレッテル貼って分別するのが正解 アイヌって南下してきたんじゃないの?先住は縄文人じゃないの? >>42
違う
相手の主張のどこがどう間違っているか指摘出来ない
論破される
だからレッテル貼って議論から逃げるんだよ 女従者と引き籠り生活してる卑弥呼さまは天照と古代斎王そのもの。 縄文人→擦文人→アイヌ人
弥生人→倭人→日琉人
縄文人の言葉は原アイヌ語、つまり縄文人は日本民族ではない
ジャップの民族的先祖は弥生人であって、弥生人の故郷は中国の遼寧省
日本語は元々は遼河文明の辺民である偏堡文化人の言葉なのであった それも違う。
アイヌは遺伝子や言語は大和民族よりも縄文人に違いが、文化に関してはアイヌよりも大和民族の方が縄文人に近い。 伊勢とかおかげ横丁に行くと何となく古代の女王文化とか斎王の存在感が理解出来る
人とモノが集まって市ができ文化が生まれる的な部分で
お酒や加工品も物資が集まる場所ならではの産物
天照の概念もそうやって集まる人々を照らす存在として神格化されただろうね >>49
倭国(阿波)から遷都した、8世紀以降にな。 @阿波 ネトウヨ思考
・日本人は縄文人の子孫
・日本語は縄文語の子孫
・Y遺伝子Dが自慢
・縄文文化を縄文文明という
・邪馬台国は九州と主張
・日本が中華に朝貢したのが許せない
・アイヌ人はシベリアからやってきた虐殺者
・なぜかエベンキという民族に関心がある
・古史古伝や日ユ同祖論などのオカルトを信奉
・邪馬台をじゃまたいと呼んでしまう低学歴
・国学者の九州説をなぜか反皇国史観と思い込む
・酸素同位体比年輪法を無視して纏向を四世紀という
・時系列を無視して漢字を現代音で読んでしまう 夫なしの皇女、皇族も含め男性出禁、女雑用500〜1000人規模の大和の斎王はまるで卑弥呼じゃん。 初代卑弥呼はアマテラス
2代目卑弥呼はアマテラスの子 イチキシマヒメ
臺與は山幸彦の奥さんことトヨタマヒメ トヨウケは雄略時代だから、どうだろう
トヨウケの考察は全然してないので 豊受大神の元が丹後の籠神社と言われてる
丹後の天女伝説と相まって臺與が亡命した説は有り得る
それに卑弥呼の名は役職名では無いということも言える
臺與が卑弥呼ではなく天照でも無いと言うところに逆に卑弥呼が天照である信憑性は高まる 卑弥呼は神功皇后で
新羅百済高句麗を容易く支配下に置いた
古代女神だよ 台与と饒速日で邪馬台国を東遷したんだから饒速日を祀る籠神社と台与も関係あるだろう >>64
神功皇后は仮に実在していたとしても4世紀後半
神功皇后の事績に大陸から七枝刀を貰ったとか三韓征伐とかあるが
大陸側に残された記録と照らし合わせるとそれに該当する記録はどちらも4世紀後半 >>65
瓊瓊杵尊が卑弥呼時代、饒速日が臺與時代の補佐役(大倭)としたらスッキリするものがあるな
ニニギの孫神武がニギハヤヒと邂逅することも含めて ニギハヤヒはニニギの兄だぞ、神武東征の時のニギハヤヒは3代目だろう さよう
卑弥呼をモデルに、天照大御神神話を思いついたのよ。
人物像も、舞台もな。 卑弥呼は出雲系の大物主の妻で倭迹々日百襲姫
天孫系の天照大神とは別宗派 新刊
「卑弥呼の鏡」が解く邪馬台国 (単行本) 単行本 – 2024/5/9
安本 美典 (著)
邪馬台国と卑弥呼は、日本古代史上最大の謎である。
本書は、半世紀以上にわたって邪馬台国研究をリードしてきた著者が、
「元伊勢籠神社伝世の二面の鏡」と「パラレル年代推定法」という新たな視点を導入し、
@邪馬台国北部九州説、
A卑弥呼は天照大神である、
B邪馬台国東遷説(神武天皇東征は、邪馬台国の後継王朝による畿内への本拠地移動)
という、これまでの自説をより堅固なものとする。
同時に、卑弥呼が魏の皇帝から受け取った銅鏡百枚のうち、二枚が現存し、
その実物写真をこの目で見ることができるということの、確実な論拠を提示する。 倭姫命の伊勢遷移斎王伝説
これこそ邪馬台国の卑弥呼と臺與が遷移を続けた名残を留めた文化である可能性があるよね
移動を続け理想の地へ赴く役割みたいなものが制度化し、しきたりとして垂仁時代まで続いた
伊勢に留まったのは天皇の制度が女王文化に変わり確立したことを示している
なので天照=卑弥呼という明確な根拠はなくその行動原理が卑弥呼と臺與を指し示している、という理解の方が良いのかもしれない 盛り上がるじゃ無く、卑弥呼=「日の巫女」で=天照大神