今年5月3日に安倍晋三首相が公表した、自衛隊の存在を憲法に明記するという「9条加憲」案は、憲法改正論議に一石を投じた。

当初は2020年の改正憲法施行を目指して、今秋の臨時国会で改憲案の審議を始める、というスケジュールが想定されていた。が、「モリ・カケ問題」で内閣支持率が下降するとそれも白紙になった。

そこに突然降って沸いた臨時国会冒頭解散。10月10日公示で幕を切った衆議院議員選挙の論戦で主要争点になるかと思われたが、結局、投開票が明日22日に迫ったこの時点まで、本格的に議論されないままだ。せめて有権者にとって「政権選択」判断のよすがになればと、敢えてこのタイミングで論点整理をしてみたい。

本質に迫っていない各党の公約

そもそも各党の公約やマニフェストでは、憲法9条改正問題についていずれも抽象的な文言を並べるにとどまり、9条問題の本質に迫るものはない。

まず自民党。「国民の幅広い理解を得て、憲法改正を目指します」と記すものの、9条に関しては「自衛隊の明記」と記載するのみ。

連立を組む公明党は、憲法9条1項2項は「今後とも堅持」するとし、自衛隊の存在を憲法に明記するという提案については「多くの国民は現在の自衛隊の活動を支持しており、憲法違反の存在とは考えていません」と否定的だ。

小池百合子東京都知事率いる希望の党は、「自衛隊の存在は国民に高く評価されており、これを憲法に位置づけることについては、国民の理解が得られるかどうかを見極めた上で判断する」とのみで、日本維新の会は、憲法改正の項目で9条について触れていない。

一方、枝野幸男元官房長官が代表を務めるリベラル勢力の立憲民主党は、「専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪に反対」を主張しているが、自衛隊については「専守防衛を軸とする現実的な安全保障政策を推進」という立場。

共産党や社民党もほぼ同様で、共産党は自衛隊の存在根拠について明確にせず、社民党は「自衛隊の予算や活動を『専守防衛』の水準に引き戻します」と、自衛隊の存在自体は否定しない。

さまざまな「欺瞞」

論点整理という意味で、8月24日に参議院議員会館で行われたシンポジウム「9条問題の本質。そして、その抜本的な解決を論ずる」(主催・[国民投票/住民投票]情報室)での討論を参考までに紹介する。

パネリストは、ジャーナリストの今井一氏、伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長の伊藤真弁護士、九条の会・おおさか事務局長の吉田栄司関西大学法学部教授、伊勢崎賢治東京外国語大学大学院教授、井上達夫東京大学大学院教授、堀茂樹慶應義塾大学名誉教授の各氏。

そしてコーディネーターに、日本報道検証機構代表の楊井人文弁護士。おおまかに色分けするならば、今井・伊藤・吉田の各氏が“原理主義的護憲論者”で、伊勢崎・井上・堀の3氏が“改憲論者”としていいだろう。

討論の冒頭、今井一氏が主張したのが「解釈改憲」の問題だった。自衛を含むあらゆる戦争をしない、そのための軍隊を持たないというのが憲法9条の本旨だが、現状は世界有数の軍事組織である自衛隊を持っており、かつ集団的自衛権行使の容認など、実態は本旨から大きく乖離している。

しかもこれらが、憲法条文を改正することなく「解釈改憲」によって成り立っていることを、改憲派はもちろん護憲派を名乗る人たちまで是としているのは欺瞞ではないのか――。

つまり9条問題の本質は、日本という国が「戦争をするかしないのか、そのための戦力を持つのか持たないのか」であり、そのことについて国民が主権者として考え、結論を出して初めて具体的に9条をどうすべきか議論するのが筋道だ、と言うのである。

井上達夫教授は「改憲派も護憲派も欺瞞だらけだ」とし、特に護憲派について、9条護持論は憲法を守るどころか公然と蹂躙し、自衛隊という戦力を事実上是認しながら、その憲法的統制を不可能にする最悪事態を固守している、と批判する。

「私生児に対して『認知は絶対にしない』と言いながら、いざとなったら自分を守れという父親だ」という例えも交えた。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51415

>>2以降に続く)