BTSの「活動休止」は韓国若年層の悲鳴
SUGAの言葉はグループの苦悩を示すと共に同じ世代に共通する痛みを体現している【木村幹(本誌コラムニスト、神戸大学大学院教授)】

BTSがグループとしての活動を休止──そんなニュースが流れたのは6月14日だった。

5月にはビルボード・ミュージック・アワードの3部門を受賞し、ホワイトハウスも訪問するなど大きな影響力を持つ音楽グループをめぐる情報はたちまち世界中を駆け抜けた。

所属事務所はその後、ニュースはグループの活動休止を意味するものではないとして打ち消しを図ったが、原因をめぐっては韓国芸能界の構造的問題やメンバーの兵役問題など、さまざまな臆測が流れている。

見え隠れするのは、現代の韓国の若年層をめぐる厳しい現実だ。

そもそもBTSをはじめ韓国のポップスターが、日本のアイドルたちと比べてはるかに強い社会的メッセージを有しているのもそのためだ。

格差問題の深刻さが指摘される韓国社会だが、全体状況を示す統計的数値は他国に比べて殊更に悪いわけではない。経済的格差の度合いを示すジニ係数は、2018年現在で韓国が0.345、日本が0.334だから似た水準にある。失業率に至っては22年5月現在で2.8%と、OECD加盟国で3番目に低い水準になっている。

にもかかわらず、この国において格差問題の深刻さが指摘されるのは、そのしわ寄せが若年層に集中しているからだ。

韓国統計庁によれば、20代の失業率は7・3%と全体平均の2倍を大きく上回っている。同じ20代の就業者に占める非正規労働者の割合は37.4%。30 代から50代の平均が22.8%だから、いかに負担が集中しているかが分かる。だからこそ3月の大統領選挙においても、この問題は最大の争点の1つになっていた。

とはいえ、彼らが一致団結してその声を政治へと結び付けているか、といえばそうではない。なぜなら経済的に余裕のない状況は、若年層内部に亀裂をも生んでいるからだ。

昨年6月、野党だった保守政党、「国民の力」(現与党)党首に36歳の若さで選ばれた李俊錫(イ・ジュンソク)が掲げたのは、強力なアンチフェミニズムだった。この主張は経済苦が続くなか、徴兵義務などの追加負担に苦しむ若年男性層に好感され、彼らは保守派陣営に結集した。

人口数の少ない若者層が背負うハンディ
しかし、この状況はこの動きを警戒する若年層の女性が進歩派陣営側に集まる現象をもたらすこととなり、若年層の票はジェンダーにより大きく分裂した。

選挙後には、敗れた進歩派側の「共に民主党」が強いフェミニズム的主張を持つ社会運動家の朴志?(パク・ジヒョン)を、党首格である共同非常対策委員長に26歳の若さで起用。アンチフェミニズムとフェミニズムは、一時は与野党に若きリーダーを生み出すことになった。

しかし状況は再び変化しつつある。大統領選において若年層を二分した李の言動は、その功罪をめぐり議論の的となり、さらには性的接待を受けたとの疑惑で党内の懲戒審査にかけられている。一方の朴は、50代以上の退陣を求めた「86世代勇退論」が党内に分裂をもたらしたとして、統一地方選挙(6月1日)での大敗の責任を負う形で退陣した。

少子高齢化が進むこの国では、人口数の少ない若年層は決定的なハンディを有している。ようやく聞こえるようになった若年層の叫びは、このまま数により押しつぶされてしまうのか。

「デビュー以来、すごく面白いと思いながら仕事をしたことが一度もない」。BTSメンバーの1人であるSUGAの言葉は、その意味において彼ら自身の苦悩を示すものであると同時に、韓国の若年層共通の痛みを体現している。

韓国のポップカルチャーは、今後も社会的苦悩を訴えていくことになりそうだ。

ニューズウィーク日本版
https://news.yahoo.co.jp/articles/aab0ccdfc63ab22e75191cbd1614cd8bca9388e0
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