実は筆者の階下にも、意外に近くに潜んでいる外国のスパイ (作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)
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『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』というアニメが社会現象になっている。集英社の『少年ジャンプ+』がネット配信する漫画が反響を呼び、2022年にテレビアニメになって火が着いた。
 私が知る限りでも(というより、それで認知して視聴したのだが)、「アマゾンプライムビデオ」を覗けば、しばらくは視聴ランキングの1位が定席だったし、デジタル庁が昨年12月からマイナンバーカードの普及キャンペーンにこのアニメを使っているといえば、その影響の大きさが知れるはずだ。
 ただ、マイナンバーカードの普及とはいうものの、その表題の通りスパイ活動と情報の盗み出しがこの物語の柱になっていることからすれば、むしろ違和感を誘うことでも話題となった。

文句なしに面白いのだが…
 ストーリーを簡単に説明してしまえば、東西に鉄のカーテンが下りている西国から東国に侵入したスパイ(コードネーム「黄昏」、東国では精神科医ロイド・フォージャーを名乗る)が、当地で少女を養子にして、形式だけの妻を娶り、偽装家族と生活しながら任務を遂行するというもの。ところが、この養子のアーニャという少女が人の心を読める超能力の持ち主であり、妻(ヨル・ブライアという)が役所勤めの傍らで殺し屋稼業をしているという設定。夫も妻も互いの素性は知らないものの、アーニャだけがすべてを把握していて当地での物語が展開する。
 それぞれのキャラクターが独特に描かれていることもあり、スパイや殺し屋に付きもののハードボイルド系の要素に、秘密を抱えた他人どうしが本物の家族以上に心を通わせたり、友人や他者を慈しむ心の機微が見え隠れしたり、どこかハートフルでいて、そこにコミカルが加わって見ている側を飽きさせない。素直に面白い。

 だが、ここまでブームになると、そこでどうしても疑問に感じてしまうことがひとつある。この物語を見て感銘を受ける人たちは、いったいどこに感情移入をしているのか、という点だ。

 ロシアによるウクライナ侵攻で、あらためて日本は西側であることを再認識したはずだ。そうすると、潜入するスパイにまず共感することはわかる。ただ、その舞台となるのは敵国の中での敵国人との生活だ。
例えば中国人スパイが日本人の幼女を養子にし日本人「配偶者」と家族を偽装していたら
 どうも絵のタッチからは東欧を連想させるのだが、時代を遡って東西冷戦時代に置き換えてみれば、西ドイツからベルリンの壁を越えて東側に入ったスパイ。そこで東ドイツの子どもを養子に取り、現地の女性を妻として家族になる。そこで展開される物語は、すべて東ドイツが舞台だ。

 これがアジアなら、韓国から北朝鮮に侵入したスパイが偽装家族と生活する。舞台は平壌。アニメではスパイ活動の一環でアーニャが入学させられた名門校で上流階級の級友との友情まで描かれているが、そうすると主眼は北朝鮮の社会の中で現地の登場人物が織りなす人間模様ということになる。
 さらに身近なところであれば、西側の日本から中国にスパイを送り込む。中国人になりすまし、中国人の幼女を養子にして、形式的な家族生活を営む。そこでアニメ通りの展開であれば、中国共産党の支配下で起きる中国人たちの愛情劇に感激していることになる。

 しかし、見ている側はそこまで深く考えてはいない。そうではなくて、実は舞台となっている東国の社会や人間模様こそが、我々日本人の暮らす世界と重ね合わせたところに、感情移入ができて共感と感銘を生んでいるのではないか。そこに潜入した外国人スパイも実はいい人物で、我々をどこかで敬愛し、そんな彼を受け入れる広い度量を持つ社会であると錯覚して知らず知らずのうちに喜ぶ。
 とすると、現実に照らし合わせるのは逆だ。中国のスパイが日本人になりすまし、潜入する。日本人の幼女を養子にして、地元の妻を囲い、偽装家族としてこの日本社会で生活する。日本人の子どもを利用して盗み出したいのは、日本の秘密情報。略奪に成功すれば、偽装家族は捨てて本国に引き上げる。そう考えると、これほど受け入れがたい話もない。
以下ソースから

2023.1.6(金)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73375?page=3