<中国の習近平政権が強化する文明論的ナショナリズムで文明論的な対立が発生すると、国際社会には何が起きるのか>
【加谷珪一(経済評論家)】

中国の外交トップである王毅(ワン・イー)氏が、「頭を金髪に染めて鼻を高くしても決して西洋人にはなれない」と発言し、物議を醸している。
「欧米の価値観が全てではない」ということを主張したものだが、日韓に対して、中国の秩序に入ることを強要している、
あるいは身体的特徴に関する発言であるとして、問題視する見解が多いようだ。

発言の真意はともかく、3期目に入った習近平(シー・チンピン)政権は文明論的ナショナリズムを強化しているように見える。
アメリカの出方次第ではあるものの、文明論的な対立が発生すると、国際社会は極めて厄介な状況に陥る。

習政権はナショナリズムを強く意識しており、以前から「中国には中国のやり方がある」という発言を繰り返してきた。
ナショナリズムを強調するという点では従来と同じだが、
今回の王毅氏の発言は東西文明の分断を明確に主張している点で少し状況が異なっている。

よく知られているように、アメリカはトランプ政権以降、中国を敵視する戦略に切り替えた。
半導体などハイテク製品を中心に相互に輸出規制を加えるようになり、両国貿易は停滞が続く。

経済学的に見ると、関税や輸出制限といった「モノの制約」は、両国経済の分断にそれほど大きな影響を与えない。
市場は柔軟であり、迂回輸出など貿易制限を回避する方法はいくらでもあるので、双方に需要があるうちはビジネスが継続する。

■人的な交流が制限されたときに起きること

だが人的な交流を制限すると、双方の情報が共有されなくなり、分断が一気に加速する。
アメリカが発動した輸出規制には人的交流を制限する内容が含まれており、既に多くのアメリカ人技術者が中国から帰国した。

一方、中国も反スパイ法を改正するなど、外国人の活動を制限する方向に進んでいる。
中国の経済情報を国外に提供する調査会社が、突如、理由もなく外国企業との契約を打ち切ったり、
アメリカのコンサルタントやアナリストなど情報を扱うビジネスパーソンが反スパイ法のリスクから
実質的に活動できなくなるといったケースが多数報告されている。

このまま人的な交流の制限が続けば、やがては商習慣や技術情報が共有されなくなり、分断が本格化するリスクが否定できない。

アメリカの政財界は、米中関係の過度な悪化に焦りを感じ、閣僚が相次いで中国を訪問するなどチグハグな外交になっている。
一方、中国の4〜6月期のGDP成長率が市場予想を下回り、実質で6.3%にとどまったことを受けて、
中国側もアメリカとの対話を強く望んでいるとの報道は多い。

■かつて日本が進んだ危険な道

だが中国政府が実施している一連の外国企業排除の政策を見ると、単なる駆け引きの材料とは思えない部分も多い。
中国がアメリカという巨大市場を失ってから既に5年が経過しており、成長鈍化も今に始まったことではない。

毛沢東を彷彿とさせる社会主義的な政策に邁進する習政権にとって、もはやアメリカは不要と考えているフシもある。

アメリカ不要論が背景にあった上での王毅氏の発言ということになると、事態は少々厄介である。
かつて日本は大東亜共栄圏を唱え、西欧文明の否定を声高に叫び、泥沼の戦争に突き進んだ。

少なくとも今のアメリカに世界をリードする政治力がないことだけは確実であり、状況は流動的だ。

Newsweek 7/26(水) 20:27配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/a55d2445e196a38a06bf8a06e8622fcdf0ca56f7