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ー前略ー
 20代の半ば、はじめて韓国を訪ねた。下関から関釜フェリーに乗り、釜山に着いた。
当時はそのルートが、いちばん安い韓国への渡航方法だった。LCCのない時代である。
ビザも必要で、通常は7日間の滞在しか許されなかった。

 港に近い喫茶店に入った。韓国は当時も喫茶店が多かった。
コーヒーを頼むと、白い小さめのカップに入ったコーヒーが出てきた。それをひと口啜って、僕は首を捻った。

「お茶?」

 周囲を見渡した。僕はコーヒーを頼んだつもりだ。周囲の客も僕と同じカップでコーヒーらしきものを飲んでいる。

 もうひと口啜ってみる。確かめるように目を閉じる。かすかだがコーヒーの味はする。ということはコーヒー。

「しかし薄い」

■かつて、韓国のコーヒーは味が薄かった。カフェブームの今は?
 その後、数えきれないほど韓国を訪ねた。知り合いのオフィスに出向くと、
相手から、「コーヒーにしますか、それとも紅茶?」と訊かれることがよくあった。僕はだいたいコーヒーと答える。

 同じ値段なら(この場合は相手の会社が出してくれるのだが)、コーヒーを頼んだほうが得した気分になる。
コーヒーは濃く、紅茶は薄い。紅茶を2杯ぐらい頼んでつり合うような気がする。
そもそも、紅茶は湯に紅茶のパックを入れるだけだ。コーヒーの淹れ方はさまざまだが、もう少し手間もかかっているはずだ。

 そういう感性の持ち主だから、まるでお茶のように薄い韓国のコーヒーには違和感を抱いてしまう。
紅茶とつり合いがとれているといえばそれまでなのだが。

 昔、韓国にはコーヒーの出前があった。仕事で会社を訪ねると、担当者がどこかに電話をかける。
すると若い女性が、お盆にコーヒーを載せてもってきてくれた。ときにその場でカップにコーヒーを注いでくれることもあった。
そしてこれまたときに、僕の横に座ることもあった。

「いやーッ、韓国の習慣でね。厳しい金額交渉のときなんかいいですよ。出鼻をくじくというか、和やかになる」

 そんな説明を受けたが、そのときに飲んだコーヒーもまた薄かった。

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この缶コーヒーは薄かった。なんだか損をした気分

 韓国のコーヒーは薄い。それは僕の韓国での不満だった。しかしその後、韓国のコーヒー事情は少しずつ変わっていった。
チェーン店が増え、スターバックスをはじめとするアメリカのシアトルコーヒー系のコーヒーが主流になってきた。

 韓国では、「スタバ圏内」という言葉まで生まれた。中心街に家があるという意味になる。
しかしそのコーヒーも日本に比べれば、まだかなり薄かったが、「お茶では?」と疑うほどではなくなった。
だが、エスプレッソを好む舌にはやはり物足りない。

 今年の8月、ソウルにいた。泊まったゲストハウスは朝食がついていなかった。近くのコンビニでパンと缶コーヒーを買った。
コーヒーは砂糖の入っていないタイプを選んだ。

 コンビニの前にあるテーブルに座り、缶コーヒーを飲む。

「薄い……」

 カフェチェーン店のコーヒーと比べると水を飲んでいるかと思うほど薄い。

 やはり韓国人は薄いコーヒーが好きなのだろうか。

 その日、会った韓国在住の日本人に水を向けるてみた。するとこんな言葉が返ってきた。

「それはね、アメリカーノとアメリカンの違いですよ」

「はッ?」

 アメリカーノとアメリカン……。韓国はアメリカーノで日本がアメリカンなのだという。話は思わぬ方向に向かうことになる。
下川裕治

韓国TVドラマガイドONLINE 2023.8.28
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