>>170
なんとなく理解はできたし、もう一人の人よりよほど真面目に書いている分
面白いのだけれども。

超越論的主観 に対応する概念として 超越論的客観 なんて概念をもってくると
新たな二元論を作り出しているのではないか、という批判は免れないとは思うし、
ハイデガー理解とはずれるとは思う。

俺はハイデガーをそこまで評価しているわけでもないが。

デカルトが思惟する実体を特権化してしまったのだが、元をだどると、
プラトンが、ソーマとセーマとかいって、肉体拒絶の方向性をすでにうちだしては
いるんだよ、

俺自身は、思惟を特権化したのがそもそも間違いであって、
思惟していない、普段の生活においてすでに、肉体も私も不可分なものとして
存在しているのが重要だと理解している。その点でハイデガーとも立場が違う。

そんなに偉そうにいえるほどの哲学体系を持っているわけではないけどね。

そう考えると、超越論的主観を心身合一として理解する必要性もないとは思っている。