では次に映像(表層意識)はどのようにして成立したのか、
もし意識が表層意識と深層意識とからなるものだとすれば、私は深層意識が先に成立したのだろうと推測します。むしろ深層意識から表層意識が萌芽したというイメージです。
個人的ながらかもしれませんが、私には表層意識の成立というのは、深層意識としてあったものの一部分を自覚できるようになることのように思えます。もともと深層意識とされるような現象があって、そこに「自覚」という効果が加わるイメージです。
とにかく「主観」のようなものは先ず深層意識から起こったのだろうという推測です(この段階でいわゆる「主観」ではなくなりますが)。
では深層意識は生物が初めて獲得したものなのか、あるいはそれ以前のウイルス、分子、原子、重粒子…、どこまでさかのぼるのか、
一般的に言って、生物には自らを維持しようとする能動性があると言えます。この能動性という性質は意識のデフォルト状態からあったもののように思えません、あとから獲得された機能のような印象があります、つまり、最も原始的な「主観」はウイルス以前にさかのぼることになるでしょう、
すると分子と原子と重粒子とで「主観」を生じさせるための決定的な差異がある印象がありません。重粒子の前までさかのぼることになるだろうというのが私の予想です。
最も原始的な主観は基本粒子の段階で、それはもちろん言語や感情どころか感覚さえないほどの原始的な意識であろうけれども、何なら素粒子は意識を内在させて生成されるとも表現して差し支えないかもしれないくらいです。
その段階のものを「意識」とは表現しづらいですけれども。

脳の中に意識はどのようにしてあるのか、私は何らかのネットワーク的なものではなくて、一個の素粒子に内在しているだろうと考えています。