弓とクロスボウはどちらが強いのか
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弓 ロングボウ→強力で長射程 訓練すれば連射と精密射撃ができる ショートボウ→威力と射程は低い 比較的誰でも連射できる 複合弓→短い割に強力 訓練すれば連射できる 和弓→でかいけど強力 訓練すれば連射と精密射撃ができる クロスボウ→連射はできないが誰でもそこそこ強力で精密な射撃ができる 訓練が必要な弓より、弩のほうが強かったら誰も弓の訓練なんかしない 基本的に弩の方が強いだろう 弓の利点は色々あっても戦列歩兵の方が総合的な優位を持つのと同じ じゃあ一旦状況を限定しよう ・戦場は野戦で少数戦闘 ・弓はロングボウかショートボウ 馬は無し ・弩は両手で持ち上げるタイプか巻き上げ機を使うタイプ 状況によるとしか言えんだろこんなん 大勢で撃ちまくるような戦法ならクロスボウもそうだけど先込めの銃よりも強いよ でも使うにはかなり練習必要だし全く経験のない人間じゃロングボウとか弦も引けないよ クロスボウと銃は使い方さえわかればだれでも使えて高威力だけど 超大雑把に性能づけるとこんなん ・弓 威力:低 連射:早 要訓練 ・クロスボウ 威力:中 連射:中 誰でも使える ・銃 威力:高 連射:遅 誰でも使える 古代ローマのスコルピウスって、クロスボウと同じなの? | |l ̄| | |l民| | |l主| | |l党| | |l_| | .|_∧ | .|`∀´> | .⊂ ノ | .| ノ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 民主党とAKBの関係が遂に明かされようとしている 秋元康の後ろには蓮訪 蓮訪の後ろに前原、枝野 そして民主党全体 税金を使ってAKBを宣伝し、その税金が民主党に流れている AKB自体が、税金目当ての捏造ブーム >>11 どちらかというとクロスボウ側の準備不足とゲリラ豪雨で弓の性能と騎兵隊の機動力が失われたって原因が大きいな 防壁等の障害物の後ろから攻撃するならば弓、ロングボウ、複合弓が優れてる。 クロスボウや弩は基本的に直射しか出来ない。 クロスボウや弩は速射するのが厳しい。 同じ射程だと仮定すると弓やロングボウ、複合弓が十発射てるのに弩やクロスボウは3発しか射てない。 @複合弓かロングボウと機械式じゃないクロスボウを装備した一対一(個人戦) A複合弓かロングボウと機械式じゃないクロスボウを装備した二十対二十(少数戦) B複合弓かロングボウと機械式じゃないクロスボウを装備した百対百(集団戦) フィールドは特に障害物がない野戦の場合@はクロスボウ、Aはおそらく弓、Bはほぼ弓が勝つと思う 戦争・戦役が長期にわたった場合、損害の補充が難しいロングボウ射手と損害の補充がやさしいクロスボウ射手では、 だんだんクロスボウ射手のほうが数的に圧倒していくだろうな。 補充できるだけの母集団があるかどうかが問題なんじゃないの 百年戦争でもロングボウ射手は途絶えなかったし、モンゴルの弓騎兵も長期にわたって存続できた 弓の騎射は遊牧民の特権だけど弩ならその辺の騎士でも割と走りながら撃てる まあ馬上じゃ引き直せないから一発で終わりなんですけどね 公孫さんさんの自慢の騎兵は盾と弩の組み合わせであっけなくやられてた 弩には貫通力と、弓をひきしぼり続けなくて良いという圧倒的なメリットがある >>20 日本の武士が西洋の騎士みたいに特権地位があったのは弩が普及しなかったおかげだろうな 中国の軽装弓騎兵はものすごく強かったけど大量の弩兵に苦労したらしい 火縄銃の普及後のことを考えても、あんまし関係ないんじゃまいか そもそもすみ分けされてる武器でどっちが強いっつてもなぁ アサルトライフルとスナイパーライフルどっちが強いって聞かれても答えでないと同じだろ クロスボウは製作コスト・購入コストが高いので 「大量の弩兵」を用意できるだけのカネのある国は少ない また壊れやすく修理しにくいし、連射できないし 騎馬で走りながらでは矢が動いて使えない 入手困難な鉄砲の代わりに、弩を大量配備した戦国大名とかいないのかな? そもそも、長篠の3段撃ちは、中国で弩を使って3段撃ちにしたのが最初だからな。 というかクレシーの戦いの頃って機械式のクロスボウはまだ無かったのか それなら連射性に致命的な差はないと思うんだけどイギリスの勝因にやたら連射性が持ち上がるな やっぱり天候と戦術と曲射による射程の差だと思う >>21 10世紀までは国家が弩を生産・管理し、西日本や越後・佐渡に配置してお り、9世紀前半には新弩と呼ばれる改良型も出来て、おおいに威力があった ようですが、製作が面倒であったので、結局消えましたね。 894年に新羅から2500人の海賊(国家公認)が襲来した際には新弩が 活躍し、盾との組み合わせで圧倒的な威力を示していますが、この頃既に騎 射も行われるようになっています。 そして、1019年に数千人規模で刀伊が襲来した時には、在地の兵による 騎射が大きな役割を果たしたものの、弩は姿を見せていない。 余談ながら、複合弓のせいか新羅より飛距離があり手ごわかったそうです。 国家によって兵と兵器が(一応)管理されていた時代が過ぎ、在地で武器を 調達するようになると、弩よりも通常の弓の方が流行る。 中世には、庶民でも(技術はさておき)弓を扱える人は珍しくなかった。 戦国期の大名というものも、領内を一元化出来ていた訳ではありませんし、 一斉に弩を作らせ、扱わせるのは困難だったでしょう。 歴史改変物の創作物を読んでいて気になるのは、現代の知識がある主人公が 号令すると、領内のすみずみまでそれが適用されることです。 >>24 兵馬俑か他の墳墓か忘れたけど、秦が統治していた地域から 騎兵用の木製で縦に持つタイプの弩も見つかってる 弩というよりは複合弓に引金付けたって方が正しいかもしれないが。 クレシーの戦いはイギリスが勝ったのはわかるけど 最終的に百年戦争ではなんでイギリスが負けてるの? それはクレシーの話を一度忘れて百年戦争について勉強した方がいいんじゃないか? 百年戦争と言っても断続的に戦争状態と小康状態を繰り返してたわけで 百年ずっと戦い続けた訳じゃないし、一戦で戦争全体の勝敗が決まる性質の戦争ではない クレシーはその中の一戦に過ぎない。華々しい勝利だから記憶されているだけ ただ単に戦ったりしてただけじゃないのもわかるし国内もごちゃごちゃしてたのは 一応習ったからわかりはするんだが、それでなんでイギリスは最終的には勝てなかったの? 色々調べてもイギリスが優位に立ってましたって情報でてでもフランスが勝ちましたとかわけわからん まあクレシー自体は正直地形関係が大きいとは思うが… なんでイギリスの方が負けたんだろうね。遠距離武器だけで戦争してたわけじゃないから 一概には言えないけどロングボウはそもそも訓練期間必要だしお互い膠着状態みたいになってるうちに 使える人間減ってきたとか? いやわからんけど まあとりあえずクレシーとか有名になったのが凄過ぎて表立ってるけど目立たない所では 普通にボコボコ負けてたりもしたんだよ多分 アジャンクールの戦い http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84 この戦いに勝利したことで、1420年にイングランド王がフランスの王位継承者と認められ、 英国的には「英仏百年戦争」はここで終結した。 だが英主ヘンリー5世の急逝、暗君ヘンリー6世の失政、魔女ジャンヌ・ダルクの出現などにより、 イングランドはフランスを失うことになってしまった。 >>18 マムルーク朝の弓術書には馬上で弩を装填する方法まで載っている。 集団戦なら弓騎兵>>>>>>ロングボウ兵>>クロスボウ兵>>その辺のショートボウ兵だと思うけど一対一ならどうだろう >>39 そもさしで弓で決闘する話なんて聞いた事がないからなぁ それに仮にあったとして、決闘なら双方同じ武器を使うのが基本だし >>11 イギリス軍は高地に陣取ってるから射程距離が長くなる 逆にフランス軍は低地に陣取ってるから射程距離が短くなる だからこの戦いを持ってロングボウとクロスボウの優劣は計れない その証拠に100年戦争後もクロスボウはヨーロッパで重宝されてる 高地が有利なのは兵法の基礎だお http://togetter.com/li/228234 ロングボウは戦術しだいでは強いが カタパルトや大砲に勝てるほど強くはない スレ違いだが、我が国で弩の類が殆ど用いられなかったのは何故? >>45 記録が豊富に残る時代に使われていないからどれ位用いられたか不明なのと 弩を再び量産できただろう戦国期には別の新兵器の生産が始まったから イングランドが最終的に負けたのは仏側が大砲を多数配備し運用したりしたからだろ。 >>41 11世紀に、関東で私戦を行おうとしていた双方の大将である武士が「多く の配下を死なせるのも馬鹿馬鹿しい」と一騎打ちで勝負を決めることになり、 騎射で射合ったが双方とも一回ずつ避けられ、結局和解して済ませたという 話がありました。 西洋で、騎士が弓で決闘なんてそれこそありえなかったでしょうが。 弓だと偶然の要素(神様の力のおかげ)とかあるから、中世向きな気がするけど、きいたことないよね。 ロングボウは訓練がいるけど複合弓ならそこまで訓練しなくても扱えると思うんだがな 100年戦争に複合弓装備した弓兵はいなかったのか? オリエントやモンゴルから伝わってそうだけど 南イタリアには複合弓を使うアラブ人弓兵隊がいたよ。 ちなみにシチリア王マンフレーディとフランスのアンジュー伯が戦った べネヴェントの戦いの緒戦では、そのアラブ人弓兵とフランスの クロスボウ部隊が衝突しているが、その矢いくさにはアラブ人が勝っている。 (最終的にはフランス軍が勝利) イタリアは乾燥してても、イングランドや北フランスじゃなあ 湿気の多いキエフ、ルーシや中国の江南でも複合弓は使われてるよ >>1 回を重ねるごとに、ぐぐいと引き込まれる大人のアニメ 感性豊かで仕事の感度も高い40代の大人もはまりはじめてますね ジャズ、友情、恋愛で描き出す、過去最高評価の青春アニメ・坂道のアポロン 職場でも話題になり始めてるので、もうみなさん見てますよね アニメに出てくるシーンの美しさ、登場人物の心の動きには 本当に心がゆさぶられますよね もし、まだ見てない方は、オンデマンドで今ならまだ 1話から見ることが出来ますよ http://fod.fujitv.co.jp/s/genre/anime/ser5164/ 続きもBSフジで追っかけることが出来るので、職場での話題に ついていって下さいね ディスクユニオンの坂道のアポロンフェアも大好評のようですね http://diskunion.net/jazz/ct/news/article/2/29798 アニメ・坂道のアポロン聖地の佐世保に? http://toro.2ch.net/test/read.cgi/anime/1336135170/99- 行ったことがある 行ったこと無い 行ってみたい 村上龍バリケード封鎖校が舞台 328 名前:風の谷の名無しさん@実況は実況板で [sage]: 2012/05/06(日) 03:06:28.14 ID:IHhSUyub0 学生時代に現代大衆史をやってた身からすると、時代設定とかよくできてるなあって思ってんだよw だから続きが読みたくて読みたくてしかたがない。おっちゃんみたいな社畜にもわかる久しぶりの良作 嫁の家に原作おきに行こうかな・・・でもそんなことしたら嫁からネタバレ食らいそうだ・・・悩ましい 集団戦なら弓>>>>>>>>弩だけど少数戦ならどうだろう 弓は連射できるけど連射してるとき精密射撃や機動性に劣る その点弩なら装填した状態で走り回りつつすぐに矢をつがえて正確な射撃が可能 もし俺が集団戦の兵士だったら弓で戦いたいけど少数戦闘なら弩を持つな その頭の悪さじゃ、おまえには穴掘り奴隷しか務まらん 兵士になりたいとは烏滸がましいよ、高望みはいかん 国と時代によるよなあ。 防御力の低い10世紀あたりのヨーロッパなら弓の方が汎用性があっていいが それ以降の時代や、アジアのように早くから鎧の防御力があった地域なら弩の方がいい。 でも、日本は確実に弓だろう。 林や灌木が入り組んでいるから射線の確保のために常に移動しなければならない。 大型で重い弩はすぐに捨てるだろうな。 >>60 高望みも何も中世ヨーロッパの弓兵なんて下っ端みたいなもんだぞ バカじゃねえのこいつ >アボリジニは弓を持って無かったんだ。 アボリジニをバカにしてるね。 人種差別と身分差別の酷いチョンらしい発想だわ。 >>矢は高いし危ない 馬鹿にはうたせらんない >アボリジニは弓を持って無かったんだ。 生まれつきの差別主義者だな、チョンは と生まれつきの差別主義者の日本人がおっしゃっています やろうと思ったらできるでしょ、集団で一斉に射撃して面を制圧すれば 発射台に固定する構造的に大きい矢羽根を付けられないから落下の軌道が安定しない 弓矢は矢羽根のおかげで曲射でも安定して飛ぶから飛距離伸ばせるだけじゃなく落下の位置エネルギーも威力になる 加えて、弩矢は太くて短く重いから弓矢と同じ矢羽根を着けても綺麗に滑空しない 純粋に飛ばす弓矢と比べて高反発による初速の速さを活かしてぶつける感じに寄ってる 今でも戦場で使われるのがクロスボウ 今では戦場で使われないのが弓 勝負あり >>74 クロスボウは今はほとんど使われてないぞ ただ俺が昔見た自衛隊の紹介ビデオでクロスボウがあったのは覚えてる あと中国の警察か何かがクロスボウで訓練してたな 森でクロスボウとアーチェリーそれぞれのオリンピック選手が戦ったらどっちが強いん? 弓道部は美少女のイメージがあるが、クロスボウとか持っているのは危ないやつと言うイメージだな。 アーチェリー部と比べて弓道部は黴臭いイメージあるな メダリストを見てもじめじめしてる スイス☆Part2 http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1309713855/ ・・・・ウィリアム・テルがらみってことで。傭兵は主力兵器って感じでは使ってないけど。 お手軽に使えるクロスボウの方が平民兵士使うには楽なんじゃねーの? 弓はなんか訓練期間が長そうで兵隊育成すんのが辛そうだ。 映画で脂っこいおっさんが使ってたのみたけどアーチェリーめちゃ強力じゃん ドがそんなに強いなら カキと同じくドを多く揃えられる国が強いってことになるだろう ドを大量に用意するには、工業力が必要になってくるからな しかし、実際は長弓た弓騎兵にボコられてる 遊牧民の騎兵が短弓を用いてたのは常識だろう 馬上で長弓を射るとかキチガイの所業 こんなもん状況によるとしか言えないだろ ナイフ対弓で話したとしてもどっちが強いなんて断言できねえよ >>83 最近の洋弓って機械的に張力強化した機械弓が主流だしな 一定以上まで引くと張力下げて固定し易くなるのもあるし 弓とクロスボウとマッチロック銃が混在した戦場もあるし、要は使い分けだな 貧乏だったり寄り合い所帯だったから混在したのか 使い分けるためわざわざ混在させたのか >弓とクロスボウとマッチロック銃が混在した戦場もあるし いつどこの戦場なのか凄く気になる てか全然弓もクロスボウも色々性質が違いすぎて比べにくくねえ? 大人数で弓と先込めの単発銃とか真正面からやりあったら弓のが強いろうが だからって弓の方が銃より強いってのは変だろ >>82 クロスボウは「お手軽」じゃないんだぜ? お値段の方が、な 和弓がなぜ、あれほど長大になったか。 それは鎧がフルアーマー化したこと、 林と灌木という天然の盾が多く、盾を持つ必要がなくなった事、 そして大きく見せて相手に自分の存在を誇示するためだろう。 日本の弓は比較的早い時期に半儀式化されたと考えられる。 序盤、打ち合ってるうちに矢数で相手の兵力が解る。 多ければ、少数派は勝ち目なしとあきらめそこで退散する。 戦わずして勝てばそれに越した事は無い。 そのため、一人でも多く見せるために、矢の速射が必要になった。 加えて、近寄って確かめられないように射程も伸ばさねばならない。 その結果、連射が難しい弩が姿を消したのだろう。 結局はどの兵器が優れているかはその場所によりけり、だ。 弓を持ったやつとクロスボウ持ったやつが 真正面から打ち合って生き残ったほうの勝ち 相打ち?じゃあもう一度 室町時代以降、全身を保護する鎧が登場し 白兵戦では籠手が盾の役目も兼ねるようになった時期と同じころに 弓矢避けの置盾が普及したけど、和弓は平安時代から既にデカいよ >>98 でかくなった理由にあげてる「大きく見せる」が重要な要素だと思う。 森林と丘陵の多い日本の地形では、敵の全軍を見渡す事は難しい。 だから後代、のぼりのフェイクなんかが通用した。 しかし、逆に言うと、豪族単位であつまる日本の軍体系だと 将は目立たず隠れてたら戦争に参加した意味が何も無い。 和弓の下を持つのも鎧が華美になっていくのも、 上部を敵や大将に見せつけて、俺はここだよ、という自己アピールだろう。 和弓の上部が長いのは引き絞った時に自然と上向きの発射角を取らせるため 起伏の多い日本でも敵の全軍が見渡せないような視界の悪い中で起きた合戦は極めて稀 目立つ部位の陣羽織や兜は別として、具足は大名の物でも質実剛健 ノボリは指揮の便宜の為の物、三国志演義のような空城の計は知ってる限りだと 詳細は忘れたが山陰で毛利が織田相手にやった1回くらいであまり聞かない ていうか、武士階級が誕生する遥か前の弥生時代に 「倭人の弓は長大で下部が小さく上部が大きい」 って中国側の記述があんのに大きく見せるためも威嚇も糞もねえよw 和弓があんなんになってるのは使用材料の強度の問題と 上下の反発力の差を活かして同じ張力でも威力を上げるため。 あと遊牧民と違って強力な短弓作る材料がないから長弓で馬上で射やすくするため。 むしろ、平安末期以降に竹と木を複合するようになってからは古代の長弓より小さくなってるくらい。 本題に戻るが、インドとかはクロスボウ使ってたん? >「倭人の弓は長大で下部が小さく上部が大きい」 『魏志倭人伝』にありますが、出土している実物も長弓。 銅鐸や土器に刻まれた狩猟の姿も、握りは下の方だといいますね。 神武東征の際に、弓の弭に光る鳶が止まったというのも長弓でないと無理で しょう。鳶などの鳥に遠征軍が導かれて建国したという話はモンゴルやトル コ、ウラル諸族に見られるものの、弓に止まったという話はないようです。 日本に侵攻した刀伊が使用していた弓は、一尺あまりのおそらくは複合弓。 対するに日本が用いていたのは七尺五寸が標準の丸木弓でしたから、カルチ ャーショックを受けたことでしょう。 同時代に宋に来た日本人も「木弓矢」を所持していたものの、飛距離がなく て宋人に詰られたということです。 >平安末期以降に竹と木を複合するようになってからは 大陸伝来の複合弓(奈良時代以降何度か渡来)は定着しなかったものの、そ れを参考に貴族が儀礼用に生み出して武士にも広まった説があります。 複合弓はその後も近世まで発展を遂げますが、丸木弓も引き続き戦陣に持ち 出されました。複合弓は湿気に弱かったので。 失礼、平安中期なら七尺六寸でした。七尺五寸は複合弓が普及した中世の標準。 >>101 文献見る限りだと2世紀の段階では 据付の投石器や弩砲はあったけど歩兵用の弩はなかったっぽい 伏竹弓が登場してからも丸木弓も併用してたのは初めて知ったな。 水平射撃の射程距離はどっちが長いんだ? ロングボウの水平射撃は80m以下らしいが機械式じゃないクロスボウでそれ以上なら一応クロスボウにも利点はある クロスボウって強力なものなら盾とか貫通させる狙いもあるでしょ 386 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2012/04/25(水) 16:53:28.06 0 東ローマ皇女アンナ・コムネナ(1083〜1153)は、1096年の第一回十字軍が持っていたクロスボウについて、 「これはtzangraといい、われわれのまったく知らぬ蛮族の弓である」と記している。 彼女はバシレイオス2世(958〜1025)より後の人間だから、十字軍以前の東ローマにはクロスボウがなかったともいう。 中世西欧では、1066年のヘイスティングズの戦いでクロスボウが使われている。 しかし、前4世紀のギリシャにはガストラフェテス(腹当て)というクロスボウが存在したし、 ヘレニズム諸国やローマにも大型クロスボウ(バリスタ、スコルピオ)があった。 イスラム世界ではクロスボウを「フランクの弓」と呼んだが、十字軍以前からあることはあったらしい。 ノルマンやフランクだって東ローマにたびたび来ているし、知らないってことはないと思うが。 ヨーロッパだとイングランド以外は一貫してクロスボウが主流だったんだよな。 >>111 中国も大量の農民を弩で武装した弩兵が多かったけどな むしろ弓がメインウェポンなのにまったく弩が普及しなかった日本は割と珍しい よく言われるのは武士の時代に入り、合戦が小規模化したからというが 源平期とか承久の乱とか万単位で動員する戦いは普通に起こってるからなあ。 バリケード作って楯突戦やりまくってた連中がクロスボウに見向きもしないのも不思議だ。 やはり技術的な問題か? でも、律令体制下どころか弥生時代でさえ作れたものを 中世の人間が作れなかったというのも信じがたいし。 結局武器なんて誰がどう使うかが問題で ブツだけを取り出して強い弱いって比較できないんだよね 水平射撃うんぬんの話題に関して素人が質問 直射と曲射で、弓と弩だと向き不向きってあるの?どっちも射角を上げれば弾幕張れそうだし、着弾観測によっては狙撃もできそう 近距離なら直接照準もできそうだし 使用する矢(箭?)の種類が根本的に違うって事? >>113 騎射と相性が悪いですし、強弓も誇れませんからね。 技術的な問題もあったでしょうが、一般人でも扱える武器が騎士(ここでは 騎乗した戦士の意)を倒すというのは、深刻な問題では。 時代が下るほど、その手の意識は低下せざるを得なくなっていきますが。 新田義貞の死を『太平記』が流れ矢によるものとするのは創作としても、地 位も血統もある武者が見せ場もなく「匹夫ノ矢」に倒されるようになったと いう情景が描かれるようになったことに、時代を感じます。 これより前で有名なのは平将門ですが、あれは「逆賊」が「神鏑」に射られ て死んだという構成(将門記)。 別な史料では、平貞盛の矢を受けて落馬したところで首を切られたというこ とになっており、名のある者は名のある者が倒したことになっている。 弥生時代の弩は、出土例が少ないこともあって実用品というよりは儀礼用で はなかったかと、発掘当時に言われていましたね。 一部しか出土しておりませんし、実際どれほど威力があったものか。 また、弓にせよ鎧にせよ、中世には各地に専門の職人がいる訳で。 代々扱ってきた職人を差し置いて新規に何か作るというのは、彼らの反発や 弓矢の故実に対する誇り、自家の正統性を考えても難しいのでは。 技術的に可能でも、既存の価値観や利権に触れるなら採用されない。 >>115 短弓は矢短細軽 弩は矢短太重、矢羽根小 和弓は矢長、矢羽根大。 弩は撃ったこと無いからどんな飛び方するのか知らないけど 和弓の矢の飛行するような飛び方とは違うんじゃない? >>116 後に火縄銃が爆発的に広まったことを考えると もし仮に室町末期以降の「備」みたいな軍団編成が 平安末期や鎌倉時代にも存在したらクロスボウは廃れなかったのかなあ? >>115 クロスボウに使う矢はボウに使う矢と完全に別物 >>115 弩は矢が短いから、曲射すると弾道が安定しない。和弓はあまり高い角度で曲射すると、 矢の重さゆえに急角度で落ちてくるから射程を延ばす効果はすくないから、結局いわゆる弓なりと 言われるゆるい角度での曲射か水平撃ちが向いている。 基本的にはクロスボウだな 攻城戦や野戦でのロングボウは技術を習得しないと性能を発揮できないし馬上での取り扱いもできるがそれはさらに難易度高い 飛び道具が使いにくい森林や段差が多い土地はなおさらクロスボウの直接射撃の餌食 話を聞く限りではクロスボウはマスケット銃に近い感じなのか >>128 いるけど? お前巻き上げにどんだけ腕力いると思ってんだよ 確か足で引く用の弩とかあったよな。 手じゃ厳しいからね。 >>131 手で引くものと足で引くものがある 中国だと大体一般的なのが手で引けるもの 足で引くのは弩の中でも大きな威力のものだな いやクロスボウ巻き上げもそうじゃないのも普通に持ってるけど そんな言う程腕力なんかいらないだろ ただ全く使ったことない人だとわかんないけどさ あと足使うのは連発すると腰が ハンドルぐるぐる回すやつなら瞬間的な要求腕力は下がるが 重労働であることは変わらん マスケットじゃないけど火縄なら撃ったことあるけどあれは力は特別いらないけど 狙いが現代の銃に比べるとなんかすっごい銃が多少の風でも揺れるのがハッキリわかんだね おかげで思ってたよりも狙いは難しかった クロスボウもまあ力いるっつっても何も病人とか引きこもりが戦いにでない限りは そこまで神経質になる程じゃないんじゃない? 巻き上げ機は楽だけどあれ時間かかりすぎる。 200ポンドとかなら引きぎみの俺でも簡単に足でひけるのに 昔の兵隊が巻き上げ機なきゃ無理なクロスボウってどんなバケモノ威力だったんだよ 200ポンドって普通に狩猟用の威力だろw それを普通に引けるお前はそこそこ力強いと思う >>136 現代のクロスボウは現代素材&現代技術のお陰で かなりお手軽に引けるのに張力高い仕様を実現してる 木材と膠、補強用の鉄板で構成された弓に 麻とかそれなりに頑丈だけど現代素材より遥かに弾性、強度で劣る弦を張る 前近代の素材はゴムがないってだけでもかなり色々面倒なんだぜ 投げもいいけど個人的には斧で鎧ごと叩き斬るみたいなのはかっこよく思える 一応フランシスカは盾をぶち割ってたりするが投げ斧だしな 頭部狙いで中の人も大変だな状態で殺すとか ツルハシみたいな尖った構造でぶっ刺して失血死は狙えるだろうけど 叩き斬るはちょっと 斧の耐久力って所詮細い柄に全てが掛かってるから 刀や剣で駄目なら駄目っていう 加速中に折れなければ問題無いからそこは気にしなくていいよ 捕まえて身代金も大事な収入源なんだしあんま殺傷能力が高過ぎてもいかんよね 日本の武士が弩で装備してたらそれはそれでかっこよかったかもしれん 実際にやるんじゃなくてそういうのに憧れるって話じゃないの?しらんけど ごめん、初歩的な質問をしたいんだけど、専業兵士がいない時代って主に徴兵だよね? 弓なんて訓練なしではあまり効果が無い気もするんだけど、 有事の際にしか徴兵されない人間が大半を占める軍で弓はメインウェポンになりえたの? よく戦場の半数は飛び道具による負傷だと聞いた事あるんだけど、どうもその辺りが分からない。 有事が常態だから民間で訓練も行われ、遊牧民は日常生活で弓矢を使う 騎士や武士や傭兵が戦闘ではメインで、徴兵された素人連中は主に兵站を担う 投石や投槍も立派な飛び道具 矢無しのどつきあいになったら弓とクロスボウどっちが強いのだろう >>151 日本の武士もイングランドのヨーマンもジェノバのクロスボウ傭兵もみんな職業軍人だったから。 モンゴルはじめとする遊牧民の場合は日常的に弓を使うから。 ディレルヴァンガー師団は刑務所の元狩人で元となった部隊は構成されたらしいな 戦果より戦禍のが印象に残ったけど >>156 初期はな。 後期になると殺人や強姦とかの奴らのほうが多い。 クロスボウの水平射撃の有効射程ってどんぐらい?(ლ ^ิ౪^ิ)ლ 弩兵ならお前自身が検討つかないのかw 矢を飛ばすだけだったら100メートルくらいいったりするけど 有効射程とかだと50mくらいかな? 水平射撃なのに飛距離が100mで有効射程50mって凄い発想だなww >>152 >>155 お答えありがとうございました。 >>155 武士と郎党はまあ分かるんだけど、郎党の居ない一兵卒の場合、ほぼ全員が半農だよね? というよりも普段が農業をやっていて臨時の際には招集されるというスタンスだと思うんだけど、 そういう人達は時折訓練の為に招集されるのか、それとも兵站のみの役割だったのか、 その辺りの質問でした。すいません、なんかおかしな書き方で。 >>158 一般的なものでも200mくらいは狙撃可能範囲 >>160 アーチェリーの矢の威力は、22LR弾より強いって日本ライフル連盟が実験結果を出してる。 だから高さによるがそんなもんは飛ぶでしょ。 弓の矢とクロスボウの矢は別のもので飛び方も全く違うとこのスレで散々言われてるのになんでアーチェリーとか言い出しちゃったの クロスボウで200m狙撃ってもう結構運が絡んでくるんじゃない? 狙撃っていうなら100mでもきついんじゃ 40、50mなら確かにいけそうだけど 矢だってそもそも遠くの敵は複数で面で制圧するもの ジェノヴァの弩兵も集団で運用してたし 今のスコープ装備できるような海外の狩用の本格的なクロスボウなら100メートルでも 狙撃できるかもよ。友達の持ってる2万くらいのクロスボウでも40くらいなら俺でも結構いけたし 昔のクロスボウはよくわかんないけど精密射撃みたいなのは厳しいんじゃない? 弓よりは遥かにやりやすいだろうけど 銃とは精密度で比べ物にならないのは前提だな>>ボーガン ただし弓矢か投げやりとかしかない時代には十分、狙撃用としても使われたのでしょうよ 実用性は時代と技術水準で違うもん 狙撃といえば、やはり優秀なクロスボウの狙撃手とかいたのだろうか 弓の名手は世界中にいるが、弩の名人はウィリアムテルくらいしか知らないな 今度の大河ドラマも中世の武者を再現してくれませんでしたね そういうことじゃなく、当時の武器は既に剣ではなく刀 >>175 源為朝の矢がちゃんと置盾ぶち抜く威力だったのは好感もてたが あんな至近距離でもめてないでちゃんと盾突戦しろよとw あと比叡山の強訴のしょぼさが凄かったw 為朝の矢といえば 伊豆大島で軍船を迎え撃つシーンは出てくるかな 日本の平地は開墾がすすんだ江戸時代まで深い草むらに覆われていた。 その高さは2メートル以上あり、乗馬しても足りない。 埋伏した兵はもちろん、実は対戦相手がどこにいるのかすら解らなくなる。 鏑矢はそのために発達した指揮伝達手段であると考えられる。 視界0なのだから、音が唯一の方法だった。 日本の弓はそのために長大で下の方を持つようになったという説がある。 つまり、常に上に向けて高い雑草を越えて射るために 必然として長大な弓の下部を持つようになったという。 安定感とか威力のためとかいろいろ言われているが、それは現代の解釈で 実際は下部を持つ事が前提で、後でバランスや撃ち方が決まったと考えられる。 >>180 の解釈だと、的も見えずに弓矢を射ていたわけ。 何人張りの弓かで変わるよね ロングボウ最強→20ポンド・・・アーチェリーか クロスボウ最強→20ポンド・・・粗悪品か 下の方を持つのはしゃがんで撃てるようにするためじゃなかったの? >>182 そもそも乗馬すると2mを優に超える。 西国は平地が少なくほぼ開発され尽くしていたし、 江戸時代に開発された東国の平地は例外なく低湿地帯であってあまり戦闘が発生しない地形。 >>180 はいつもの通り妄想準拠で根拠無し >>181 逆に聞きたいが、下部を持つ事のメリットの他の出典は何? 黄金比だの射線に変化を付けられるだの、どの説も全て「〜ではないか?」の域を越えない。 >>185 葦の国と言われるぐらい、日本の低地に背の高い草に覆われていたのはいろんな文献にも出ている。 ましてや、日本の弓が下部を持つようになったのは、開拓など行われる遥か以前。隋書にも出ている。 まさか、葦の部分の否定をする人間がいるとは思わなかった。 鎌倉時代の『北野天神縁起』の図によると、それまでの矢の持ち方は現在の射法とは全く違い、 親指と人差し指で弓を持ち、心持ち人差し指を弦に引っ掛け、弓を持つ手はベタで持ち、返さない。 これが何を示すかというと、「和弓は歩兵が近距離射撃に用いるものだった」という事。 騎射などはあまり考慮されていない。 一応、>>185 みたいなのもいるから説明しておくが 素人が弓を引くと必ず、この「親指人差し指はさみ型」で引こうとするが、これでは弓はほとんど引けない。 この矢のつがえ方で長距離を射てるのは異常に強力な握力を持ってる人間だけ。 ならば弥生時代には既に長大になっていたと考えられる和弓がこの引き方で普及した理由は、たったひとつ。 一般兵士は「近距離で射るのが基本」だったということ。 ならば何故、近距離であったか? それは常に眼前に草むらという遮蔽物があり、敵影が視認できるようになるのは相当に接近してからだったから。 近距離であるから、まず、速射が一番の重要課題になる。詳しくは省くが、長大な理由はこの速射能力とも関係している。 次に、葦の太い下部分が邪魔であるために、できる限り下を持つ必要がある。 この葦は同じ理由で弩と槍を衰退させた。 槍が衰退した理由に中央からの禁止令を指摘する人間がいるが、本当に必要なものなら使い続けるだろう。 敵影が見えたときには既に白兵戦であり、槍はむしろ邪魔だった。 変わって草を刈りつつ攻撃できる薙刀が普及し、速射のできない弩は完全に姿を消した。 槍が再び姿を現すのは、荘園の発達により開けた「穂の国」に日本が姿を変えた後のこと。 弩は和弓の素材が複合化した事やモンゴル式の射術が普及し、遠距離射撃が可能になった事で復活する事は無かった。 >>187 体高130センチの馬に乗って2メートル以下になるには 座高70センチ以下の小人じゃないと無理だぞ? 鏑矢(鳴鏑)って日本独自なの? 匈奴の冒頓単于の話にも出てくるけど >>188 関東や北陸を始めとする東国では 葦が生えてるような場所にはあまり集落が形成されず 中世以前の村落は水捌けと利水に恵まれた場所に在った。 一方の西国は山地から海岸までの距離が短く勾配が急なため 低湿地が存在したのは限られた場所、荘園経営が始まる時代には 大規模な低湿地はほぼ姿を消していた。 つーか、古代律令国家時代の遺跡から槍と弓はよく一緒に出てるから >>188 中世の弓術の射法はカルカ式に近いもので、これは 9世紀頃に蒙古馬を輸入した際に、飼育係として一緒にきた モンゴル人から伝わったのがもとだという説を聞いたことあるが。 >>191 元寇で日本側の鏑矢を元軍にバカにされたなんて話が八幡愚童訓にあるが 高麗の記録だと、逆に壱岐島の戦闘では金方慶が鏑矢を射て それを合図に高麗軍が突撃して現地の守備隊を壊滅させたって書かれてるぜw 動かないよう縛り付けておいてくれないと俺は勝てる気しないな まどかの弓のほうが、マミさんのマスケット銃より強そう >>193 188は板に常駐する釣り師と思われるのでおさわり禁止。 手法は独自の嘘話を真実と混ぜて断言する 「豚」と板の住民から言われる >>192 >葦が生えてるような場所にはあまり集落が形成されず その通りで、だからこそ、そういう場所が戦場になる。 日本の城は中世になるまで外構が整備されない。古代の環濠は防塁のすぐ外側にある。 これは森林や河川、湿原が天然の外堀になるからであって、 日本の防衛戦は基本的にこの「天然防塁の外側」で行う。 世界的に見ればそれは野戦だが、 往時の感覚としては城塞戦に近いものだったかもしれない。 >>188 現在の引き方が定着したのは江戸時代。 >中世の弓術の射法はカルカ式に近いもの 一部の地域には伝わっていたのかもしれないが、一般的ではなかった。 それとは別に、日本の弓は初めからモンゴル型だという説もあるが 俺は和弓の独自性や時代から見て考えにくいと思う。 >>201 誰だよそれはw知らんわ。俺はこの板には滅多に来ないが。 水上での使いやすさがどうこうって説も見たことがある これはどういう位置づけになるのかな。 http://adumakagami.web.fc2.com/aduma11-08.htm 建久二年(1191)八月大一日丁丑。雨降りです。一日中止みませんでした。今日、大庭平太景能が新築の御所で酒肴を献上しました。 その様子は、特に豪勢にはせず、五種類のすずきなどの魚を酒のつまみに用意しました。 足利上総介義兼、千葉介常胤、小山左衛門尉朝政、三浦介義澄、畠山次郎重忠、八田右衛門尉知家、工藤庄司景光、土屋三郎宗遠、梶原平三景時、梶原刑部烝朝景、 比企右衛門尉能員、岡崎四郎義實、佐々木三郎盛綱達がご一緒しました。 宴会の間に頼朝様からの命で、それぞれの若い頃の話をしました。 大庭平太景能は保元の乱の合戦の話を語りました。 「勇敢な兵士が、日頃から準備しておくのは武器である。特に、注意して置くべき事は、弓の長さである。 鎮西八郎為朝は、わが国で並ぶものの無い弓の名人だ。 しかし、弓の長さを考えてみると、その身丈に比べ大きすぎたのではないか。 その理由は、大炊御門河原で、私大庭景能は、八郎の弓手(左側)に出会ってしまい、八郎が弓を引こうとしたのです。 そこで大庭平太景能は、ひそかに考えました。 八郎は九州から出て来たので、馬に乗っている時の弓は、余り慣れていないんじゃないか。 大庭平太景能は関東で馬に慣れているので、直ぐに八郎の妻手(右側)に走り回りこんだので、 思わぬ出来事に、弓の筈が馬の背を越えているまに、体に当たるはずの矢が膝に当たってしましました。 この故実を知らなければ、たちまち命を失っていた事でしょう。 勇敢な兵士は、ひたすら乗馬の名人になっておくべきなのである。 若い連中は耳の底に残しておきなさい。老人の話だと馬鹿にしてはいけませんよ。」 >>202 環濠に限らないが障壁の周りは 防衛の為に木や草を刈って、隠蔽物を出来るだけ減らすんだよ >>206 どんな時代、どんな戦いでもそうだが、壁一つで王居を隔てた戦いは、最後の最後。 古代日本の環濠の構造だと、その掘りと柵を乗り越えられたらもう落城しか無い。 だから、そうなる前にまず外堀である湿原や林で防衛ラインをしくのが基本だったはず。 ヨーロッパや中国は畑を囲んで支配域の外に幾重にも壁があるからそのラインを拠点に防衛を考えるが、 日本とは地理条件が違うのだから戦い方が同じであったはずが無い。 >>202 つまり元寇以前はカルカ式ではなく、ピンチ式だったってこと? >>209 山は防塁であるとともに櫓でもある。 日本の半島の突き出た山や要衝に「クメ」「クマ」の音が多いのは軍事氏族である久米氏ゆかりだろう。 203高地のように取られたら何もかも丸見えになってしまうから、 この攻防も一つの主戦場になりえたと思う。 そして日本は川も多い。 川は常に最大の障壁であり渡河点が戦の山場となるの周知。 当然そこは湿原であっただろう。 戦史において湿原で戦われた例は少ないよ、不便だからね 単純に威力の大きな弓を作るなら過去も現在も見られる身長以上の弓を作ればいい。 二メートルくらいの大弓使ってるだろ。 身長以上の弓引くには上下不対称にするしかない。 葦説の奴は明らかにからかってるぞ 弓が大きな理由は色々説があるのをみこして珍説出して馬鹿にしとるわ こいつ。 大体接近戦なら大弓は必要ない。 またアフリカ式の弓の引き方なら大弓はひけない。 このキチガイは自分の文章自体に自己矛盾をはらんでる。 だからすごく豚臭い まあ、でも面白い説ではあると思うよ。 少なくとも2〜3年前に韓国の学者が自国の角弓に対する比較する際に 「和弓は弓や兵数を大きく見せようとした武士達の虚仮威しの結果で実用性皆無」 って唱えた電波よりは遥かにマシだ。 そもそも和弓の大きさと上下非対称は強度と威力の兼ね合いからのものでしょ >>213 あのときの韓国弓の電波スペックと比べれば虚仮威し扱いされてもしかたあるまい すげえ単純に、昔の人はめちゃくちゃ握力が強かった、てのはあるかもしれんが。 俺の親父は腕が俺の倍ぐらいあって死ぬ程強いんだが、 親父とじいさんが腕相撲して、ようやく勝ったのがじいさんが60の時だったらしい。 昔はそんなのうじゃうじゃいたって言ってた。 農民は一年中野良作業 今のガテン系の強化版だから 肉体自慢じゃなければ死ぬレベル 農民は60kgの米俵をホイホイ担げなけりゃ話にならんからな 女だって担いでいたらしい >>213 >弓や兵数を大きく見せようとした 弓はともかく兵数は何で大きく見えると? 矢の材質の入手性と生産で和弓が有利だったってことはない? 入手性のよさはあるだろう。 メインの部材になる竹の成長力は異常だから毎年切り出しても平気だろうし。 前近代の人件費なんてバカみたいに安いから複合弓を作る多少の手間もペイ出来る。 制作に要する期間はたとえば伏竹弓でだいたいどの程度なのか ニカワが固まるのに結構時間がかかるらしいが 普及した理由を語るなら原型を求めなければ意味ない。 弥生時代には既にあの形だったわけだから。 竹の複合材を使うようになったのは中世以降。 建築の応用技術で始まってると考えられ、入手性は関係ない。 現代人からみると鉄砲作れたんだからクロスボウくらい作れたと思ってしまうが落とし穴はないだろうか。 石器時代の弩の原型も発見されてるし元々そんな難しいもんじゃないんだよね あ、ごめん 発見されてなかった 使われてると考えられてるだけだな さて、ではそろそろ別の説を出そうか。 中国では古代から海岸の蛮族を夷といった。夷は大きい弓という意味で、読みは「テイ」 低と同じ意味であり、艇にも通じる。低地に住む南方系沿岸民族の事だ。 一方で北方の遊牧民達は狄。イヌと火、でり、彼らがゾロアスター教のイヌトーテム、 ヒッタイト系製鉄民であった事がわかる。 この両者は中華民から観て同じ蛮族だが、明確に区分されていた。 日本には最後まで短弓が根付かない。馬上で扱いに優れているのは明らかに短弓であるにも関わらず。 その神事に対する特別な地位殻も伺える通り、武士達はその優美な形に特別な「何か」を見ていたと考えるべきだろう。 さて、武士といえばその源流は久米氏、そして久米氏と言えば久米歌だ。 宇陀の高城に鴫罠張る 我が待つや鴫は障らず いすくはし鯨障る これは軍歌である事は言うまでもないが、その内容に面白い特徴がある。 鴨、網、クジラ。即ち久米氏は海洋民族なのだ。 クジラは彼らは神であり、村総出で狩るのが習わしであり、しとめたものは勇者の証だった。 クジラには急所がある。鼻の下に銛を鋳込むと、巨体が震え、瞬時に絶命するという。 和弓は、この銛を飛ばすために巨大化したのではないか? そして、弓の形はクジラなのではないのか。 和弓がかつて、恐ろしく長大であった事は随処に伺え、 身長150aの縄文人が、2メートル以上の弓を使っていたのだ。 これは単純に、獲物も巨大だったからだと考えれば何ら不思議ではない。 そして、縄文人達はその歯や骨から非常に栄養価の高い食事をしていた事が解っている。 つまり、彼らの主食の一つはクジラであったのだろう。 そして彼らの船は丸木舟だ。巨木をくり抜いただけのもので、安定はよく頑丈だが、重い。 十人も乗れば喫水線は舷側ぎりぎりにくる事が解っている。 弓の下側をもつのは、つまり船に座ったままでも弓を引けるようにするためではなかったか。 弓が巨大であるにも関わらず、弦をひく指が原始的なのは、 矢の後ろにロープがつき、あるいは複数で引くのが基本だったからではないか? 日本人が鳥トーテムなのも、ここから来ているのかもしれない。 鳥は案内人だ。 何の案内かというと、クジラの案内をしてくるのが鳥であったと思われてたのではないだろうか? クジラはオキアミを食べにやってくる。 オキアミは回遊魚の餌であり、当然それを狙う鳥が集まる。 この鳥の群れは今も昔も、漁師達の目印。 オキアミ、はこれが語源であるとされる。 つまり、鳥の集まるところに巨大な網をしかけておくとクジラがそれに絡み付いて溺れるのだ。 日本各地の遺跡から、その網につけていた石のおもりが大量に出土している。 葦説のキチガイをまともに相手にする馬鹿がいたから またきたよ。このキチガイ。 北海道の遺跡から、彼らが海辺ぎりぎりに家を建て、 巨大な母屋に数世帯、50人程で共同生活を営んでいた事が解っている。 これはクジラ漁という命がけの作業には、鉄のごとき連帯感と利害の共有が必要であったからだ。 この共同生活はまさに軍隊と呼ぶにふさわしい規律を育んでいたのではないか。 神を射るのであるから、初矢は神官か、勇者か、村長の役目だったろう。 そして祟りを恐れて弓を祭ったろう。 神事で弓を振るのは、その音で悪霊を祓うためだが、 自らを射た弓を恐れてクジラ神が海に還るのを期待したのか。 弓が勇者である武士の証であり、神官の証であるのこのためではなかったか。 >>234 そういうファンタジーネタは要らねーw 夷は山東半島南部から長江北岸に居た部族のこと 夷の読みはリ、平坦という意味はあっても低いという意味は無い 徐州の周囲は中国でも最も平坦な土地なので、そこからの命名。 狄はティク、トルコの音写。 日本には馬に乗る習慣が無く騎乗が伝わる前から弓があった。 久米歌の何所にも鯨は出て来ないし漁の様子も詠われない。 >>242 >久米歌の何所にも鯨は出て来ないし漁の様子も詠われない。 独自の理論は俺も好きだが、その主張は初めて聞いた。 >我が待つや鴫は障らず いすくはし鯨障る じゃあ、これがクジラではなく何なのか、聞かせてくれ。 >狄はティク、トルコの音写。 東アジアのトルコ系は突厥やチュルク、つまり拝火教の製鉄民のことなんだけど・・・・ >日本には馬に乗る習慣が無く騎乗が伝わる前から弓があった。 うん。日本の弓は縄文時代からほとんど同じ形だよ。 その後もずっと同じ形だよ。 俺がいつ、馬が弓の形に影響したなんて言った? >>243 妄想ファンタジーは俺も嫌いだが、久米歌の原文を書こうな。 久米歌には何所にも鯨は出て来ない。 トルコ系遊牧民にマニ教が伝わったのは狄の名が消えてから1千年以上も後。 馬が伝来した時には弓の形状は定まっていた。 弓は合成弓が作られ始めると大きな変化ではないが形状が変化した。 あと丸木弓の頃より合成弓の方が僅かながら小型化したはず。 やっぱ単純に気候と強度と威力の兼ね合いからだろ。 >>244 君は正直、意味不明だな。 ハイ原文。 うたのたかきに しぎわなはる わがまつや しぎはさやらず いすくはし くぢらさやり こなみが なこはさば たちそばのみの なけくを こきしひえね うはなりが なこはさば いちさかきみの おほけくを こきたひえね >くぢらさやり ここは何?君の解釈を聞かせてくれ。 >トルコ系遊牧民にマニ教が伝わったのは狄の名が消えてから1千年以上も後。 マニ教とゾロアスター教は違うものだけど。 >馬が伝来した時には弓の形状は定まっていた。 だからそう言ってんじゃん。何?何が聞きたいの? >弓は合成弓が作られ始めると大きな変化ではないが形状が変化した。 そんな江戸時代の話なんか初めからしてないよ。 >>245 合成弓になる前から小型化し続けてるよ。 弥生時代には2メートル以上あったのが160aになったの。 >>246 原文はいかのとおり 爾大伴連等之祖道臣命久米直等之祖大久米命二人召兄宇迦斯罵詈云伊賀 所作仕奉於大殿内者意禮先入明白其將爲仕奉之状而即握横刀之手上矛由氣 矢刺而追入之時乃己所作押見打而死爾即控出斬散故其地謂宇陀之血原也。 然而其弟宇迦斯之獻大饗者悉賜其御軍此時歌曰 宇陀能多加紀爾志藝和那波留和賀麻都夜志藝波佐夜良受伊須久波斯久治良佐夜流。 勝利後の饗応を受けている時に収穫の大きさを比喩で詠っただけ。 ゾロアスター教ね、どちらでも狄の名が消えてから北アジアへ伝わるまでに1千年以上経ている。 馬が伝来した時には弓の形状は定まっていた。海へ乗り出して捕鯨を始めたのは 弓を使い始めてから数千年も後、捕鯨を始めた時には弓の形状は定まっていた。 合成弓が作られ始めたのは奈良〜平安初期。江戸時代?君の願望は解るが妄想でしかない。 >勝利後の饗応を受けている時に収穫の大きさを比喩で詠っただけ。 はあ?そんな事誰でも知ってるよ。 久米歌は軍歌だって言ってるじゃん。 だからクジラじゃなきゃ何に喩えてるの?ねえ? >>249 スレ違いだから出てけ ここはクジラの解釈を争うスレじゃねぇよ、この電波 >>249 自衛隊員も大物の比喩にクジラを使うことはあるだろう ただし公務員だから副業禁止。 >>250 君は以前からやたら俺を豚呼ばわりして追い出そうとするが何? その豚ってのによほどやり込められたのか? まあ、君は了簡も狭いし想像力も最低限の知識すらも持っていない。 要するに人間の幅が狭く知性というものが片鱗も感じられない。 であるのに、プライドだけは百人前のようだから「推して知るべし」だがね。 wwwwww豚呼ばわりしてたのは俺だ。252ではない。 それはともかく249の鯨を狩るという電波が 葦説の電波と同一人物と認めたぞwwwwww 葦説は論破されたで言い訳ね。 自分で釣り師の荒らしと認めたようなもんだな。 >>252 お前に出てけって言うのは今日が初めてだな とりあえず邪魔だから弓とクロスボウに関連しないクジラの話はスレ違い ここは世界史板なので日本史の範囲は板違い わかったら該当する板かスレへ行け 日本は湿気が多いのでクロスボウで必要な接着剤が使えなかったという説を見かけた。 膠なら普通に日本の武器に使ってるからただの勘違いじゃない? 過去スレでは鉄砲とクロスボウではクロスボウがずっと高価という主張があるな。 そりゃ矢と玉だけでもずっと矢が高価だろう。 まぁ主要兵器となれば量産すっから技術料より材料費だわな 「オウムは統一教会をラジカルにしたもの」 「オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。」 層化(公明・維新)、統一(自民)、オウム、総連、民団→朝鮮人だらけの民主党 すべて繋がっている ---------------------------------- ↑一連の騒動で「政治とオウムは一心同体」この繋がりご理解頂けただろうか 今日は消費税をどうするか決める日 今日まで泳がせてたのはそのため。 平田の出頭菊池の逮捕、今日迄すべて台本通り この一連の騒動が、自民・民主の「基本合意」の正体 指の間で矢束を持ちつつ 抜くときに、鏃で手を傷つけないとか凄いな 普通、抜く時の力加減を誤ってバラバラと落としそうだ しかも視線はずっと的をにいっていて、手元は全く見てないし なんという完成された連射機構 こんなのが何万人も居たかと思うとモンゴル軍怖過ぎだなw こんなのに,集団で狐狩りのように追われたら怖いわな。 絶対逃げられなさそう 基本的にはモンゴル弓騎兵と同じだから、連中もこんな感じで戦ったんだろうな。 野戦では西欧の重装騎兵が何しても勝てるわけないな。 その動画の人はハンガリー人だけど、遊牧民だった頃のマジャール軍って ドイツ騎兵に川岸に追い詰められて突撃くらって壊滅したりしてるんだよね まあ足を殺されたら厳しいな。 もともと遊牧民族の軍勢の基本はヒットアンドアウェイというか適切な距離を開け続けて ひたすら矢を食らわすんだから、相手が前進したら後退する余地が必要になる。 >>271 いやいやいやいやwwwwww 連射スピードと的中率おかしいだろwwwwwwwww 俺エアガンでもこれと同じことすんの絶対無理だわw なにこのカッサイイ親父・・・・ なんで騎乗してスピード連射してんのに投げ的にあんだけヒットできちゃうんだよ? マムルークも精鋭は2秒で3本の矢を発射してたそうで 武士は大鎧を着て馬上から大きな和弓を使っていたけど、 和弓を馬上からなんて難易度高すぎないか?弓を小さく改良できなかったの? >>269 プレートアーマーが出てきたのが13世紀後半ころだからプレートアーマーを装備した超重装騎兵なら通用したんじゃないかな >>270 足を止めての戦いだったら重装騎兵が有利だよな >>277 日本だと素材の都合上、短くすると威力が全然出ない。 日本がやたら長い弓使ってたのは縄文時代からの伝統。 むしろ伏竹弓や三枚打弓が登場した鎌倉時代はこれでも小型化した方。 >>279 遊牧民の短弓も威力は全然無いよ 飛距離を稼ぐ為に軽く短くしているからこそ 鏃に毒を塗ったり刺さった時に傷つけ易い形状にしたのだし 合成弓に夢持ち過ぎ 短弓はそんなに強くない 重い長弓は非常に強いし馬上でも引けるけど >>281 短くても速い、飛ぶ、のであって弱いよ 飛翔速度と飛距離の為に威力を犠牲にしてる >>282 、283 張力があるから威力は相当あるよ。 180lbs近いものもあるようだから、日本の弓はおろか英国長弓よりも聴力がある。 正直、本当にこんな張力のものが一般的だったのかは疑問だが 弩は1人で撃つものじゃないからな。神聖ローマ帝国では弩兵は5人のチームで構成 された。盾を持つ防御手3人、弩に矢をこめる装填手が1人、矢を放つ狙撃手が1人 当然かなりの訓練をようしたらしい。 >>262 うぉ〜すげぇ〜蒼天航路の曹丕みたい。この左手でつぎの矢を手挟み 連射する技術は中国にもあった。「参連」というらしい。「射経」と よばれる明代の弓術教本に載ってる。 >>282 第一回十字軍のときにトルコ兵の弓射を近距離で食らった騎士が 盾とホウバークを貫通されて絶命している。 >>284 極めて特殊な例外 遊牧民の使っていた一般的な短弓は10〜15kg前後で張力低いよ >>289 カルピニの報告で、モンゴルの弓が166lbsあったとあったので、別に特別なものではないよ。 今手元に本がないから、詳しいことはわからないが。 あと180lbsってのは間違いね。 Erik Hildinger "The Warriors of the Steppe: A Military History of Central Asia 500 B.C. to1700 A.D."によると 戦闘用のコンポジットボウの張力は60〜70ポンド(27.24〜31.78キログラム)で、騎射には若干低めの張力のものを用いただろうとある(p28)。 10〜15kg前後なら低すぎる。 >>288 当時の騎士なんてどうでもいいような鎖帷子に木の盾だろ 相当防御力ないよ >>292 東ローマの戦術書タクティカ読んだことない?フランク王国の騎兵は高く評価されてるよ。 それと鎖帷子は15世紀入るまで一般的だったよ。 カルピニの記録やどっかの石碑にある「500m先の的を射抜いた」記録が誇張抜きの事実になるんなら 為朝さんや与一さんの奴みたく和弓の強弓は対戦車ライフル並みの威力があって 日本刀は鋼の鎧すら真っ二つに出来ることになっちまうぞw イギリスのロングボウはガチで張力が70kgくらいあったようだが。 >>294 そんなにないと思うよ。あれ丸木弓だし。 いや、メアリーローズ号から見つかった当時のロングボウの 張力を計ったら本当にそれくらいあったんだよ。 あとロングボウは単弓といっても、素材として使うイチイの木が 単独で複合材みたいな役割を果たす材質をしているので 実質複合弓みたいなもんなんだよコレが。 >>293 高く評価されると鎖帷子という構造上きわめて矢に弱い武装が強化されるんか? ばからしいこというな 鎖帷子って中国や中東で使われてたスケイルアーマー以下の防御力なんだろ ヨーロッパの騎士が本当に強力になったのはプレートアーマーが出てきてからじゃないかな >>289 今でも60ポンド位の遊牧弓売ってんじゃん >>293 兵士としてね、時代にもよるけどビザンツ軍の下っ端は装備支給だし >>298 コートオブプレートでも装甲自体はプレートアーマーとあんまり変わらんような気もするが 補修の必要性は多くなりそうだけど >>297 フランク王国時代は鎖帷子を革で補強することで弓矢を防いでいた。アヴァールやマジャールと 戦って勝利しているんだからそれぐらいのことはしてる。特にアヴァールとの戦いでは相手側の 首都に攻め込んで占領しているぐらいだし。 >>298 レオン6世は自著「タクティカ」の中で、フランクとロンバルドの騎士以外には、世界のどこに もビザンツのカタフラクトと同数の兵力で対抗できる騎兵は存在しないと評価してるけど。 >>302 「鎖帷子を革で補強」って何なんだ? 裏張りか? >>304 鎖帷子は元々革鎧とセットで運用するもんだから 至極普通のことなのにそれを知らない>>302 が特殊なことと勘違いしてる >>303 大きな盾で身を守りながら長槍での突撃の巧みさを褒めてる。第一回十字軍の頃も十字軍の鎧の頑丈さに セルジューク朝のトルコ騎兵が苦戦してる。弓矢がまったく通用しなかったらしい。まぐれで貫通するこ ともあったようだが。 >>304 そうそう。裏に革を貼り付ける。 >>305 特殊なこととは言ってない。ただローマ時代は革鎧との併用は一般的ではなかったらしい。 革鎧と併用しない場合は厚手の布地で出来た布鎧着込んでるから 金属製の鎧の下に何らかの緩衝材挟まないと擦過傷で自爆する ローマ時代は布鎧が一般的だっただけでその素材が革になっただけの話だろ それをあたかも特殊だったりローマ時代から進化したかのように勘違いするな ローマ時代より進化したとも言ってないし特殊だともいってないんだが・・・ >>308 では何故そんな一般的なことを「革鎧で補強した」とか「ローマでは一般的でない」とか言い出した? >>309 ローマでは革で補強するのが一般的ではないからそう言ったまで、革で補強したと言った のは鎖帷子でも、そう簡単には貫通するようには出来てませんよと言いたかったから。 いやだから鎖帷子って革鎧と併用するんだけど 補強じゃなくて普通のことだよ >>313 カロリング朝時代から革鎧と鎖帷子を併用するするのが一般的になったらしい。例え矢が鎖帷子を 貫通したとしても、その革鎧によって着用者が結果的に守られる。だから下に革鎧を着込むことを 補強と表現した。別に特殊だった言いたいわけじゃない。 マムルーク朝では「素肌に鎖帷子を来ていた兵士が風邪をひいて死んだ」ということがあったそうだw >>318 腋毛とか引っかかったら痛そうだなw まあイスラムは、ダニ対策とかで全身剃るしいが 228 :世界@名無史さん:2006/05/05(金) 14:17:59 0 英Wikiに紙甲の記事があった。 ttp://en.wikipedia.org/wiki/Paper_Armour 「水気を吸うとさらに強靭になる」とか書いてある・・・ 「米軍弾道学センター」とかいう機関が実際に紙甲を作って実験したそうだ。 コンポジット・ボウから放たれた矢に、青銅や鉄のスケールよりよく耐えることができたらしい。 >>318 それ出典何? 素肌に鎖帷子って本当に危険がヤバイんだが 北アフリカなら逆にやけどしそうな気がして危険がヤバイんだが どっちにしても乳首とか毛とかちんこが擦れまくって痛いやん youtube見てると薄いTシャツの上から本物らしき鎖帷子着てる動画がある が全くダメージを受けてる様子はない そもそも鎖帷子を素できると傷を負うという根拠のほうを知りたい >>326 ヘヴィファイトっていう競技は金属製の鎧着込んで模擬戦するんだけど この競技やってみれば理由がわかるよ 素肌に鎖帷子着て死んで来い 戦闘中だけならともかく行軍中もそれだと皮膚がずたぼろの血まみれになるんじゃね >>330 戦闘中でもアウト 素肌に直で鎖帷子が触れてる部分に一撃貰うと卸し金で皮膚削られるのに近い状態になるし そもそも戦闘のための動きで体動かすだけで肌が削られる 衣服を知らない類人猿が鎖帷子を着るスレはここですか? 「くさりかたびら」を装備するときには「布の服」を外さないといけないのも知らないの? >>332 衣服じゃちょっと足りないのよね 鎧下って革とか厚手の丈夫な布などの複合で作られてるから 専用のもの着ないと危ないよ Compositebow Englishyewbow 和弓ならどれが強いのか 個人的にはEnglishYewBowが強そうだと思うけど 鮫って知ってるか。 マンガじゃよく鮫と戦うけど鮫って触るだけで手が血まみれになっちまうんだぜ。 これが鮫肌ってやつだ。殴るなんてとてもムリムリ。 剣の達人ならとんでくる矢をばしばしたたき落とせるものなの? 可能ならyoutubeとかに動画で上がっていないかな。 たたき落とせる速度なら、よけた方が早いような気もするけど。 安全面に徹底意的に配慮して実験という形で何度かやるならおそらくできる時もある 実際戦場でそんなことするアホはいないってか無理 とりあえずタイミング合わせて長物振っとけば落とせることもあるよってレベルでしか 実戦だと起こらないだろうね 初速は現代の道具で時速200kmくらいだけど距離によってどの程度まで落ちるかだな 飛んでくるボールを横にはたく競技ってのがないから ちょっとよくわからんね 映画の「ブレイブ・ハート」だと、盾を貫通しているけど、 矢を防ぐためには意味が無いの? そもそも盾を構えて防ぐいるというよりも、叩き落とすための道具として 使った方が効率がいい気がするけど。 1対1なら目視しながらそれでいいのかもしれんが多対多だから把握不可能だろう >映画の「ブレイブ・ハート」だと、盾を貫通しているけど、 >矢を防ぐためには意味が無いの? たとえ盾を貫通しても身体に直撃するよりよっぽどマシだろw せっかく盾持ってきたのに貫通したら悲しいだろ帰りたくなるだろ 心へのダメージがでかいんだよ ハンドルかりかりじゃなくて背筋でえいやって引くタイプで1分間にどれくらい射撃できたんだ >>338-342 速度からすれば可能だろうけどそれをやって得られる評価は 剣の達人じゃなくて凄い曲芸師だな >>343 そもそも矢受け用の盾は使い捨てで 精々3、4発、頑張っても5発受ければ壊れるし >>338 あったな BBCの歴史番組?だったかな 最強の武器はどれだ?にあった 大河太平記で佐々木道誉が矢を刀で防いでて すげーと思った記憶がある 初めてこのスレ読んだ。 なんだか言い争いばかりしてて こうばしくて面白いスレだ。 >>349 数発攻撃を防ぐと盾が壊れちゃうって、昔のACTゲームみたい。 RPGみたいな鋼の盾はないの? みんな木製なのか? >>355 仮に鉄板を盾としてまっとうに使えるサイズで作ってみろ 重くてもてないぞ そうだ、腕が疲れて手に持てないなら体にくっつけしまおうぜ 古代ギリシャ・ローマなどでは、投げ槍>>>>弓だったのに、 中世とかは弓>>>>>投げ槍に変わったのはなぜだろう? 具体的には東亜や中央アジアと違って複合弓が無かった アテナイでも弓兵はわざわざスキタイ人を雇ってたぐらいだからな。 近隣に複合弓を使う敵国はいなかったのか? というか、どこら辺まで複合弓ありだったの? 中央アジア? ギリシャ世界で複合弓の登場が遅かったのは 材料の問題か鏃の問題か、将又単に遅れてただけか なんだろう? 地中海世界で弓兵つったらクレタ弓兵で、合成弓を使っていたが 射程距離はアナバシス時点でもペルシア弓兵やロードス島の投石紐兵に劣ったという ガストラフェテスというクロスボウの先祖はギリシアで発明されたが 登場が前4世紀頃というから支那の弩より新しい アレクサンドロス以後か以前か、支那の影響かそうでないか 14世紀のフランスの兵士給料明細によると 弓兵よりも弩兵の方が高い そりゃあまあ弩メンテ費用とか、そもそも弩は官給品でなく兵士の持ち込みっすから 弓兵なんてロングボウ兵以外は総じてスリングショットにすら劣る三等兵士だし クロスボウが普及するまでは普通に歩兵の投擲武器のほうが強いし身分も高い 欧州ではそうなのか 中国だと早くから複合弓が在ったから投擲武器は太古に消えてるし 日本でも投擲兵はオマケ扱いなのに >>378 オマケではない 日本は戦国時代でも投石はメイン武器だぞ 中世欧州で投石というとトレビュシェットとかになっちゃうけど スリングはあんまり使われなかったのかな、効果はありそうなのに >>379 オマケだよ 投射兵器では弓矢と鉄砲が主力、投石はオマケ以下の数しか居ない 出鱈目ばかり書かないように >>381 そういうお金持ちだけが日本の武士ならいいんだけどねーw そういうお金持ちだけが日本の武士だよ 武士が何か解って無いだろ低脳 戦力の大部分は雑兵ではなく足軽 後期は支給される武器 前期は槍、刀、弓 タイムスクープハンターで百姓が武士を相手に石を投げて対抗していたなw 百年戦争で、イギリス王がブリテン島から大陸に、 弓兵1300,弓2650を寄越せと命令している。 つまり弓兵1に対して、弓は2または3で、予備を常に持っていた。 ということになるのだろうか。 >>355 『キングダム・オブ・ヘブン』だとイスラム側は金属の盾を使用している。 これは史実? 中東はよく知らんがイベリア半島、北アフリカのムスリムは 木板に革を張った盾を使用してたな。 スペイン人が新大陸に行っても愛用してたから使いやすかったんだろう。 木板なのか鉄板なのかハッキリしなさい!(`・ω・´) グラーツ(オーストリア)の武器博物館にある盾 http://www.museum-joanneum.at/upload/image/detail/2429.jpg ざっと見ただけなので、このブツの時代はよく分からん プレートアーマーが目玉の博物館なので、それと同時代なのかもしれん そういえば、日本の陣笠も盾として用いられてた、ってのがあるけど 後期は鉄製の物があるよな けど重量考えると、両方ともマトモに扱えるとは思えないんだけど 写真見る限りじゃ陣笠ってそんなに厚くなさそうだけど でも盾にするときどこを持ってたんだろ ああいうのは厚さよりは金属性質による潤滑防御のが大事なんじゃ? ……まあ持つとしたら紐とか? けど前期の物は皮とか紙って書いてあるんだよなー 皮はともかく紙は防御に使えなさそう 漆やにかわなんかで固めながら重ね張りして作るからFRPみたいなもんよ 重量に対する強度では木の板なんかよりも強い >>395 和紙だから丈夫だし、5aだか10aに重ねた実験だと 一般的な量産鎧よりは対貫通性能高かったよ 5センチや10センチの厚みって……もう被れる重量じゃない…… 10ミリに重ねた紙を、ぎっちり漆やにかわで塗り固めた厚さの陣笠ってだけでも大変そうだわ……何キロあるんだ…… >>401 重さは鉄製の一般的な鎧より軽く収める設定でやってたよ もこもこだったけど 頭に被る物の重量を鉄製の鎧より軽く? 意味なくね? 気になってたんだけど、ここにいる人で弓とかクロスボウとか実際やってる人ってどのくらいいるの? ここにいる人ってそもそも何人いるんだ。5人ぐらい? 会員番号001は>>1 に譲るとして・・・ 会員番号002ゲット クロスボウ発祥は中国 ショートボウ最強はモンゴル ジャップと白人様にはロングボウしかないのだw クロスボウ発祥は中国じゃなくて中央アジア 量産化に成功したのが中原 和弓が世界最強 プレートアーマーも余裕で貫通できた 『御堂関白記』(長和元年十二月四日・京都) 斎王定まりて後、弓場始、其の儀常の如し。能射なる者、候せず。的を射る者無し。 依りて的を打たしむと云々。 射手の数少なく、三番奉仕す。猿楽の如し。 弓場始(歩射) 能射の者が伺候していないので的を射るものがいない。 それで的を打たせた。 弓で矢を的に射当てる事が出来ないので仕方なしに手で投げるようにして矢を的に打ち当てたの意。 弓射儀礼(歩射)の成績(『中右記』、『吾妻鏡』) 回数 命中 命中率 射手数 1096年(京都) 140 11 7.9(%) 14 最高成績:源明国(多田源氏) 40% 1260年(鎌倉) 240 181 75.4(%) 12 武装法で、 イングランドの都市に、弓と弩の部隊を両方用意させているから お互いに補間させる意味合いがあるんだろうな。 長弓は都市民には練度の関係上無理だろうけど。 神聖ローマだと弩は名門扱い。 1306年バンベルクでは市参事会の選出先は名門と弩所有者からとすべしとしている。 >>381 専業(取り立てたばかりの足軽だったんだろうね)は少なかったろうけど植生の密な傾斜地の多い日本では高所に陣取れば歩兵が投げてたと思う 矢と違って木に当たっても跳弾を期待できるしね あまりに当たり前すぎると返ってかかれないこともあるからな 弓鉄砲持ってない兵士はそこらへんの石を拾って投げろとかいう不文律があったのかも まぁ、聖書にも載ってるし・・・ 重装甲なゴリアテを、投石器で倒したダビデの話がさ・・・ ファミレスで客の鼻にかみつく、英国籍の男逮捕 店内でのアーチェリー発射を注意され… 埼玉・新座 ttp://www.sankei.com/affairs/news/161114/afr1611140020-n1.html 百年戦争の時代からタイムスリップしてきたような奴やな 弩の方が弓より射程が長く、威力があり、命中率が高く、特別の訓練がなくても射れる。 ただし連射がきかない。弓は矢継ぎ早というくらいに連射が出来るが射程、威力、命中率が 弩よりおとり、特別の訓練が必要。つまり両者は補いあう関係にある。これは鉄砲と弓の関係に 似ているがより威力がある鉄砲の普及により弩は姿を消した。弩はやや遠方からの狙撃に 向いており、弓は集団発射と連射により「弾幕」をはることが出来る。 いや弩の方が射程が短い 弩はアローが使えずにボルトっていう短くて太い矢を使うが アローは矢羽根を斜めに埋めて射撃した時に螺旋回転を描くようにできるが ボルトには矢羽根を取り付けることが出来ないから回転をかけられず遠くへ飛ばすことはできない >>428 ttp://www.medievalcrossbow.info/crossbow-bolts/ 普通にフレッチングあるだろ 「羽根」ではないかもしれんが 世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』 DAKYL 日本への弩の伝来は、推古26年に高句麗からもたらされた、という理解で合っていますか。 合うわけねーだろw 紀元前から大陸と交易してるのに 紀元前に日本から中国へ何を輸出していたのだろう? 生口? 友達から教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方 興味がある人はどうぞ 検索してみよう『立木のボボトイテテレ』 Y4R >>433-434 ウイキペディア先生が正しい答えを教えてくれます。 「こうした大陸の品を入手するために、日本側では海岸で生産した塩、そして稲や生口(人間)を送ったとされる」 なぜ日本はクロスボウが普及しなかったの? あれ火縄銃と同じ使い方出来るだろ 火と音の威嚇効果がクロスボウには無いから? 当たる割合が同じだったとして思わず後ずさる あいつが下がるなら俺も逃げて良いだろう 俺は戦いたいが味方が下がってしまって突出してしまう無念 と言う連鎖を起こすのは集団戦では重要 複雑な仕組みで作れなかった、もしくはコストが高すぎたのと、 戦士階級(武士)が支配的な社会では、誰でも同じ威力の攻撃が出来るクロスボウ・銃は敬遠され認められにくい 戦乱の中ではそんなゴタクより強い武器がもてはやされたけど、鉄砲足軽は位は低いし軽んじられた 戦国時代は銃が活躍したけど平穏な時代になったら、政府の政策もあるけど銃は衰退して剣術の方がもてはやされた 幕末においてすらも鉄砲歩兵やったのってほとんど農民出身だろ? >>438 平安朝の公家政権が常備兵力を無くしたから、 製作維持管理が出来なかった。 国家管理の軍団に代わって軍事を担う様になった武士は、 騎射の職人だったから、馬上で使い勝手の悪い弩は不要だった。 弓の名手は多いけどクロスボウの名手はあんまりいないね ウィリアムテルくらいしかいないのでは? >>442 クロスボウは長弓と比べて使いやすいから、”名手”と言う物が 居なくてもよかった、などと妄想してみる。 もっと使いやすい銃でも名手ってのがいるからクロスボウでもいたんだと思う だけど個人の武勇が轟きやすい戦術じゃなかったから名前が知られてないだけと予想 クロスボウは教皇から使用禁止命令が出るくらいで 騎士階級が使うにはイメージがよくなかった 弓騎兵:威力は弱いが、機動力が使える。 クロスボウ:威力は強いが機動力に欠ける。 騎射できるやつを訓練して揃える方が、さすがに弩兵を揃えるより金かかるしなあ まーすでに世界中で飼ってる馬をメンテする技術より 弩を製作してメンテする技術の方が希少なのはわかるが クロスボウは有効射程内では、貫通力強いが、 矢が短いから、弓の様に斜め上に射って 放物線描いて遠くに飛ばす場合は弾道が安定しなかった。 和弓は重い矢を使ったので斜め上射ちには 向いてなかったみたいだね。 ただ、有効射程内で水平射ちの場合は、 貫通力は英国のロングボウより強い様だけど。 火縄銃より、重く、発射速度が遅く、壊れやすくしたのが クロスボウ 弩は事前の設定を考えないといけない 弓は訓練が大変 >>467 しかしクロスボウは、黒色火薬や火縄が要らないんだよね。 クロスボウは高価な割に射程が短かったのが最大の弱さな気がする もっと長距離を安定して飛ばせる改良がされていれば違った歴史をたどったかも 現代では逆転して弓の方が安くてクロスボウの方が安くて強い 1340年のスロイスの海戦でイングランドの長弓兵は圧倒的な力を見せた。 ここでフランス側が学習し、弩→長弓への切り替えを行っていたら 1346年のクレシーの戦いでああまで惨敗することはなかったろうに。 長弓は長期的な訓練を必要とするから、戦争が始まってからの切り替えなんて出来ない ただでさえ予算カツカツなのに イングだって百年戦争の終わりまで長弓部隊維持できてない クロスボウなら$300台で200J近く威力ある物が手に入るからクロスボウだな >決戦までに育成間に合わんよ 長弓は1年もみっちり練習すれば矢ぶすまを張るに十分だろ。 伝統芸能の修行じゃないんだからさ。 フランスもジェノヴァ弩傭兵以外にも自由射手(フランザルシュ)はいた クロスボウは残酷すぎるという事で 教皇から禁止令が出た 禁止しろと圧力をかけられて禁止令を出してみたが 意味はなかった >>479 その身体を作るのに何年もかかるんだよ みんなに渡してすぐ引けるようになるならもっと色んな地域で使われてる >>485 持ち運びが大変で作戦上の運用で苦労しそう。 火縄銃伝来から数年で全国に普及した技術力なのに、クロスボウが製造出来なかったなんてバカな カムイ伝で狩猟トラップとして連弩が出て来てたけど実際に使用されてたのかな? クロスボウは、ヨーロッパと中国で、それぞれ無関係に独立して発明されたらしいな。 >>479 だから自由射手が生まれた。 練習し参戦するので義務・税の一部が免除される。 簡単にできるなら自由射手などいらない。 https://en.wikipedia.org/wiki/Franc-archer >>492 人の命が安い時代には雑魚農民を集めて 即席兵力として使えるクロスボウがアドバンテージあったな クロスボウは「誰でも使える」だけで「誰にでも作れる」わけじゃないぞ 人の命が安い時代ならなおさら クロスボウの価格>雑魚農民 なので 「農民にクロスボウを大量供与して戦力化する」という戦略は成り立たない この「誰でも使えるけど高価なので一部の兵にしか与えられない」というねじれ現象が クロスボウの戦略的価値を低めている 必要なときだけ雇う傭兵が主力になってたから装備の統一もやりにくいんだよね 射撃って近世入って弾道学生まれるまでは個人の勘とか 特定の集団内でノウハウ共有される経験値だけの分野だったから 農民に渡して即座に使えるって発想もちょっとな 初歩的な感覚掴むまでの訓練は必要だよ 初期の銃ならどうせまっすぐ飛ばないから適当に相手を狙って撃てって感じだが クロスボウの場合精度が良いし射撃訓練は重要そうだな〜 腰に引っ掛けて立ちあがって巻き上げる方式とかだと挙動の訓練もしなきゃいけないし 中華式クロスボウ運用法は とにかく大人数を集めて矢の雨を浴びせる方法だよね? ロングボウとか和弓の世界は訓練と経験による 少数必中作戦のように感じる >>500 逆 弩の運用は大人数じゃなくて狙撃 普通の弓でそういうのはやってる ロングボウはむしろ数集めて弾幕作戦 これはイングランド軍がやってる 和弓はどっちもやってるのでよくわからないけど >>493 生産の根本は人力だった時代だと農繁期には撤兵する戦略的制約も付きまとうけどな あと農民あんまり強くすると徴税下請けさせてる地方の有力者から泣きが入る ウィキペディアの「ロングボウ」の項を見ると 最終的にはフランス軍のクロスボウが イングランドのロングボウに 勝ったみたいな評価でワロタ 百年戦争の決着をつけたのは新兵器の砲兵隊 大砲は当時高価だったがフランスの大貴族(イギリス貴族の30倍の収入があった)が 経済力に物を言わせ、大砲をかき集めて数百門を集中運用した イギリスは王国も貴族も貧乏でありイギリス兵はやせおとろえて貧弱だが戦争は強い といわれていた。そのような状況であったのでイギリス人がいくら勇猛といえど補給は 滞りがちで軍費は常にケチられていて勝敗はなかなか付かず、新兵器の大砲が 大量に使われると対応できずに敗走しフランス騎兵に脇を突かれて四散した 総司令官シュールズベリー伯爵も、下郎に斧で討ち取られてしまう なお、このあとのバラ戦争では、すでにイギリスの砲兵も異様な進歩を遂げており 国王製造人と言われたウォリック伯爵は戦艦大和とおなじ46センチ、18インチ砲を製造 はむかう城を砲撃して城壁をぶち破り、ウオリックシャーの兵で斬り込む戦法で知られる このためウォリック伯爵号は危険視され、ながらく王家の持ち物となる >>1 重要な比較が抜けている。弓と矢のお値段だ。 戦力として数を揃えるにあたって決定的に重要な点。 弓はクロスボウの方が高価だったのは確か。 では矢はどうか?逆にロングボウの方が高価だったはず。 「1356年の矢24本の価格は日給5日分、今の日本だとしたら53,035円です」 https://togetter.com/li/1450742 イギリスとか日本は大戦がないから高そうだが 他はもっとコストカットしてるはず >>508 弓を使う猟師は、1日の食い扶持を稼ぐのに矢5本使ってしまうと、 その支払い代金で手元には何も残らないのか。 シビアすぎる。名人でなければ飢え死ぬ。 面白いなその発想 たしかにそういう側面から見れば職業狩人は猟の専門家になるよなあって思うな 名人じゃなきゃ狩人として生きていけないんだ しかし、矢は回収して使う事も出来るんじゃないだろうか? とか考えてみる。 なんかの見過ぎかな。 >>515 日本で弓矢による狩猟が禁止されてるのは 「矢が当たっても死なずに逃げる」事例が多すぎるからなんだわ。 矢ガモとか有名になった事あるでしょ、カモみたいな小さな生き物ですら即死させられない。 だから弓矢での狩猟は、結構な確率で獲物に逃げられ矢を失うことになる。 >>517 太郎冠者:「いや〜、附子を食ったんですけど、なかなか死ねないんですよね。 次郎冠者:「いや、ほんとほんと >>508 アジャンクールの戦いで長弓隊が活躍したのは 1 給料が重装兵より安い 2 実際に効果があったのはロングボウではなくてぬかるみで動けない重装兵の鎧の隙間からさせる短剣 じゃなかったっけ? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.0 2024/04/24 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる