アイヌの歴史 Part2
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アイヌはノーベルゼロ
チョンもノーベルゼロ
アイヌの知能=チョンの知能 アイヌに興味を持つ和人は、基本的に反日左翼だらけだよ。
だからアイヌも左翼だと思われて大迷惑だ。
もっとも某エカシのように、感化されて天皇陛下に謝罪要求する者もいるが アイヌ問題はジャップ一番の向こう脛だからな
揺さぶり甲斐がある
北海道も本来なら日本領なのがおかしい 北海道なんか千年前から和人の進出始まってるやろ
台湾の漢人どころかタイにタイ民族が入ってきたのよりも古い 和人は道南から奥地へ入っていった痕跡がないだろ
北海道最古の神社だとか言ってる船魂神社創建が自称で12世紀前半、平安末期
この神社は函館山の上から船舶の航行を見守ると言う船乗りの神様
和人の交易のための出先の設備が函館にあり、
船乗りと商人ぐらいしか和人はいなかったと言う事
その後もずっとそんな感じ
家内安全や縁結びは安産は置いとくとして、
日本に昔からあった豊作祈願の神社はなかった
北海道は近代までは和人が田畑を耕すような土地ではなかったのだ
蝦夷地には出雲大社や伊勢神宮はおろか、
氷川神社も白山神社も鹿島神宮も分社を置かず、
札幌で一番親しまれているのは秋田由来の大平山三吉神社という辺境ぶり 和人がそんなに古くから北海道にいたと言うのなら、
さぞかし北の和人は北海道で暮らす能力に長けていたんだろうな?
じゃあ津軽藩士約100人が凍死した事件はどう説明できるんだ?
冬にはアイヌだって住まない北辺の海岸にわざわざ
掘っ立て小屋建てて冬を越したんだ
先住民族の和人様は大量に自殺したかったのか? そもそも倭人が北海道に本格的に侵出したのは明治に入ってからだからな
アイヌの人たちをジェノサイドして土地を乗っ取った
日本の領土ではない 大虐殺はやっていないが、奴隷化はひどかった
>>11
大陸人って、何? アイヌという一民族をほぼ絶滅に追いやった倭人
韓国も一歩間違っていたら植民地時代に民族のアイデンティティを失っていただろう
今の日本政府も在日への民族教育にあからさまな弾圧を加えている
目的は見え透いていて民族としてのアイデンティティを消滅させようとしている
そのためにあえて選挙権を特別永住者に渡さなかったり公的な嫌がらせが跋扈している
この民族弾圧政策が続くかぎり日本の心ある市民の反自民運動は止むことはない >>13
説明能力がないのか自説に自信がないのかだな アイヌ警察から目の敵にされている瀬川拓郎氏の本によれば、
道北の北見から「中世の板碑」が出土している。
12世紀ごろの日高地方の遺跡からは「山伏の錫杖の先端部」が出土している。
板碑や錫杖が交易品として流通するとは考えにくい。
相当古くから、本州方面の者が北海道を往来していたのだろう。 瀬川拓郎ってプロフではそんなアイヌの先住性否定のトンデモ学者に見えないけどなあ
サンタン交易とかの専門家だろ? 山岳民なら北海道まで鉄を探しに行ってもおかしくはないな いや、瀬川氏はもちろん縄文→続縄文→擦文&オホーツク→アイヌの考えだよ。
アイヌは縄文人の子孫との考えだよ
だがイオマンテやイクパスイ、イナウの起源を日本本土の古代信仰に求めたことで
「アイヌ文化は日本起源ということか!ネトウヨに餌を与えたな!」と、
アイヌ警察に噛みつかれてる なんだアホらしい
小林よしのりかぶれの馬鹿も、ポンフチ史観のバカも、学問の敵だわ パスイは日本語からの借用語だろうけど、使い方は箸とはまるで違う
イナウは大幣に見た目が似ているが、こちらは名前も製法も使用法も異なる
影響関係を認めたとしても、むしろ隣接した文明としては、違いの方が目立つ >>23
イナウ日本起源説では、イナウの語源は「稲穂」ということだ。 「穂」の語頭のhがゼロかwになったのは近世でかなり遅いだろう
アイヌ語への借用語には古代日本語のpが保存されているものも多いのに
それはかなり新しい
また大幣をイナホと呼ぶ習慣が日本語にあったのかなど、どうも不透明 >>22
アイヌ問題は倭人のアジア侵略や差別主義を罰するための政治的課題でもある
過去の倭人の文化抹殺政策でアイヌ文化の学問的真相解明はほぼ不可能
だから文化に関する説明などは政治的な判断で決めて良い
アイヌ復興運動の趣旨を理解せずにネトウヨを利することをしたらあかんよ
この世に自分の利害と関係のないボランティアで動く奴などいない
アイヌ文化復興を目指すなら協力してやってる市民の立場を考えないといけない ハシとパスイみたいに日本語のハ行がアイヌ語のパ行に対応するけどこれは日本語側がハ行を/p/で読んでた相当古い時代の借用なのかな
だとしたら奈良時代ごろの借用語になる
それとも日本語側で/f/に変わったけどアイヌ語にその音が無かったから/p/で需要されたのかな
だとしたら平安から江戸中期までの間になる >>27
>>25と言ってることがそっくりだけどどこが違うの? >>28
全く違うやんけ
>>25は日本語のハ行がかなり長い間/f/やったことを考慮に入れてない 現代人の一部もサヨクをパヨクと言ったりするから変わる時は一瞬でしょ 瀬川拓郎の説によれば、祭具であるイクパスイの起源は平安期の日本本土で
「粥占」のために粥をかき回す棒であるとのことだ。
またアイヌは伝染病が流行ったり変死者が出た折は、「悪魔祓いの行進」を行う。
その際の足の運びは、修験道、陰陽道の呪術行進である反閇(へんばい)が起源だということいだ。
詳細は講談社現代新書『アイヌ学入門』 >>29
違いを認識しているからと言う事は読んだと言う事なのに
なんでアンカーもつけないのかな 前スレ>>7
>北大准教授のカッパハゲとか、目がアブナいアゴ英国人・・・・・・
北原次郎太北大アイヌ・先住民研究センター准教授の
ことですね? >>36
北原さんじゃないよ。北原さんはフサフサ
昨年のアイヌ着物問題や、ずっと昔の「ナコルル」で騒いだひとだよ。 >>31
俺は心情的にアイヌに肩入れしているが、そういうのは否定しても仕方ないというかw
歌枕に「錦木」というのがある。
>五色に彩った30pばかりの木片。
>昔の奥州の風習で、男が女に逢おうとする場合に、女の家の門に立てて、女に応ずる 心が
>あればそれを取り入れ、取り入れなければ男がさらに加え立てて千束を限りとする と云う。
>山家集「立てそめてかへる心は錦木の 千束まつべき心地こそせね」
この伝説の地が、錦木塚として奥羽の鹿角にあるが、この「木片」ってのがアイヌのイナウなんじゃないかとする説がある。
地区的に昔はアイヌが多くいた地区だから、多分そうだろう。
文化的交流は相互にあって、和歌の歌枕にも影響を及ぼしていたって話。 倭人の収奪にあって滅んだアイヌ
政治的な存在として復元して人権擁護の象徴にしてやればいい
差別された市民はみな協力するだろう >>1
アイヌ史初学者です。
北海道内外通史の気安く読めて入手しやすい
入門書には何がお奨めですか? >>41
ありがとうございます。
Web検索しましたら下示現代新書がHitしました。
アイヌ学入門 (講談社現代新書) 瀬川拓郎 2015/2刊 320p >>42
『図解アイヌ』なんかはイラスト入りでわかりやすい >>38
奥州にいたのはアイヌじゃなくて擦文人じゃない? >>43
ありがとうございます。
Web検索しましたら下示B6判がHitしました。
図解 アイヌ (F-Files No.056) 角田陽一 新紀元社 2018/7刊 256p >>46
擦文人はアイヌのルーツではあるが
同じではない アイヌ文化でアイヌを定義しているんだから、違うとか同じとか意味ねーw
人種的な繋がりはあっただろw アイヌ語なら、知里の「アイヌ語入門」。
知里はアイヌ人で日本人ではないから、儒教的な先輩を立てるとか、忖度とかは一切ない!
北海道・東北のアイヌ語地名なら、まずは知里の「地名アイヌ語小辞典」
これに載っていない例もあるけど…まあ、少数でしょ。基本は押さえているハズ。
とくに、東北・関東にふつーにあるトンデモアイヌ語地名解釈をこれで打破すべき! 後、漫画ゴーデンカムイを読んだことがあるなら
アイヌ文化読み解くゴーデンカムイ
もいいね。アイヌ文化の説明が漫画のシーンと共によみがえってくる。 ゴールデンカムイにはもう少しプロレタリア革命的な小噺を追加して欲しかった >>48
人種的なつながりがあるのと同じ民族というのは話が違うのでは? >>49 >>44
教えて偉い人。
@アイヌ史学の通説ではアイヌ民族出現は13世紀頃。
Aアイヌ語分野の通説では北海道・北東北には多くのアイヌ語由来地名有り。
これってどちらかがおかしくないですか?
両立させるには13世紀頃以前の北海道・北東北の多くには地名がなかった=無人だった?
以下のように通説Aが記述されない理由には何があるのですか?
北海道・北東北には多くの「縄文人語」or「プロト」アイヌ語由来地名有り。 >>53
だから、恣意的に使っているって非難しているだけ >>54
1.アイヌ文化の成立
2.アイヌ民族意識の出現
3.アイヌ語の成立
この三つは全く別の事象じゃないかな
ここで言ってるのは2のこと? アイヌは縄文人とオホーツク人(ニヴフ系)の混血だからな。
熊送りとかユーカラなんかは元々はオホーツク人の風習だったし。 >>58
オホーツク人は閉鎖的だったし、混血しても少しだろ。本州アイヌや道南アイヌは関係ないな 混血しても擦文人に同化される程度だな
アイヌ語にツングース語の影響大してないし 混血というか、元々通い婚だったから自然に交じるんだよ。
平安時代の日本だって、貴族ですら通い婚だったけどな。 アイヌ+韓国人=日本人
西に行くほど韓国系の血が濃くなる >>56 >>57
>ここで言ってるのは2・・・・・・・・・・・・
いいえ、アイヌ民族出現>>54=アイヌ文化出現の意でして
>>54の視点は2.でなく1.です。
下示推移で考えていて
縄文人―続縄文人―擦文人―アイヌ(人)
縄文文化―続縄文文化―擦文文化―アイヌ文化
擦文文化―アイヌ文化への推移時期が13世紀頃の意です。言語も
縄文語―(続縄文語)―(擦文語)―アイヌ語
と「人」と使用「語」をセットで考えているわけです。なので
A’ 北海道・北東北には多くの「縄文人語」or「プロト」アイヌ語由来地名有り>>54
が適切記述ではと考えるわけです。なお
1.アイヌ文化/2.アイヌ民族意識/3.アイヌ語
は全く別の事象ではなく2./3.は上位概念1.に包含される下位概念と考えています。 縄文人や擦文人の文化から「いわゆるアイヌ文化」が整ったのが12,3世紀。
そのためアイヌ否定論者は
「アイヌは北海道の先住民ではない!鎌倉時代に大陸や樺太から侵入した異民族だ!」
などとデマを流している。 擦文とかの概念がすでにアイヌを吸収した日本人の概念じゃん
アイヌ自身が縄文やら擦文やら気にしたことないでしょ そりゃあ当たり前の話
弥生人に自分たちが弥生人である意識なんてないからな
歴史は概念の学問だよ スレが立つたびに言うことだが
「アイヌ文化」とは「現代日本人がアイヌ的だと感じる様式の文化」
にすぎず、それ以前からアイヌ語があったからアイヌ語地名が分布しているのだ
またアイヌの自称がaynuだけであったわけでもなく、
自称がアイヌでないからといって学術的定義ではアイヌではないということにもならない
アイヌ語の方言を話していればみなアイヌと認定できるし、
アイヌ語であるかないか判定の難しい中間的な言語は記録されていない
樺太アイヌの自称enciwは「人」「男」の意で、北海道アイヌのaynuと同様だが、
北海道でも神謡などに出てくる古語にenciwもある
ほかにkurが古くからあるが、どうやら「〜な者」のように何かの修飾を受ける名詞だったらしく
単独で「人」の意味にはならないのではないか(ここあんまり自信ない)
そして樺太にもaynuの語はあるが、北海道のこのkurに近い意味のようだ >>39
>倭人の収奪にあって滅んだアイヌ・・・・・・
エゾアイヌは和人社会に吸収されほぼ絶滅寸前だが
樺太アイヌ・千島アイヌはロシア国民として健在。
>政治的な存在として復元・・・・・
復元?トキやツシマヤマネコ例のような絶滅危惧種保護策は
ヒトには不可能だよ。第一に交雑せずアイヌ文化を保持する
アイヌは北海道には0人だろ? >>70
混血してない日本人も皆無なんじゃないのw >>71
まあ紀元前の先住縄文人と渡来弥生人の混淆まで遡上すれば
おっしゃる通りだがね。更に遡上すれば地球人全て混血となる。
通常の用法では現代日本文化を共有する鹿児島県人と青森県人が
結婚した夫婦の子を混血児とは言わない。
現代日本人と例えばNative中国人との夫婦の子が混血児。 そりゃ倭人がアイヌ女性をレイプしまくったんだから混血するわな 中国からアイヌの商標登録申請が出されているみたいですね。
アイヌ絶滅論者は、これを許容するんかいなw >>76
せめて根拠書けよw
和人も通い婚だから一般的なモンだったってこった。 通いだろうが同居だろうが子供ができたらそれが混血や
何も関係無い
通い婚がどうたら言うてる奴は何が狙いなんや >>78
何で怒っているんだw
その割には当たり前のこと書くし アイヌ+韓国人=日本人
西に行くほど韓国系の血が濃くなる
既に江戸時代の書物に西国の人間は
東国の人間よりも体毛が薄いという
指摘がある
東に行くほどアイヌの血が濃くなる 韓国なんかなかった時代なのに韓国人?
意味不明だな >>65
アイヌ文化とアイヌ語の成立に年代の違いがあるだけじゃないの?
アイヌ人は狩猟採集民族だから、農耕民族みたいに方言の差が多くないんだよ。なにせ広範囲で移動するからな。東北のアイヌ語地名の銘々規則が北海道アイヌ語で理解できるし。 アイヌのスレが立つと、毎回チャンネル桜の回し者みたいな奴が「アイヌは800年前に樺太からきた侵略者!」と書き込む
雇われてるとしかおもえない不自然さ >>82 >>62 >> >83
>アイヌ+韓国人=日本人・・・・・・・
この数式が理解不可なんだが。
平安時代日本人の源流を意味するなら左辺は
縄文人+渡来弥生人=
現代日本国の民族分布構成を意味するなら左辺は
日本人+帰化外国人+在日外国人=
近世北海道人の構成を意味するなら両辺は
アイヌ+和人+前項の混血=近世蝦夷地人
いずれにしろ1945年以降の新属性「韓国人」の出番はないよ。
史学板で用いるべき用語は数千年来の用語「朝鮮人」の方だよ。 文字すら持たなかった未開土人だったんだから吸収消滅も仕方なかったよな 無文字言語を滅ぼした日本文化の野蛮な文明主義の方が
今や世界の物笑いだということがわかってないなこいつ アイヌ自身が文明に目覚めてアイヌ土人文化を捨てたんだが
今になってアイヌ文化保存を〜とか言い出したけど 弥生時代中期に青森北端まで達した弥生時代だが
なぜか古墳時代になると稲作農業文化ははるか南の
仙台平野にまで後退してしまう
理由は気候の寒冷化であり青森や岩手や秋田の弥生
文化人は耕作地を放棄して南に移動したか食糧難で
全滅したと思われる
そして弥生文化の消滅と入れ替わる形で東北地方に
今度は北海道系の土器を使う人たちが入ってくる
これが恐らく後に蝦夷と言われる人たちだろう
なおこの時代はヨーロッパや中国でも寒冷化が進み
北方民族が南下して西ローマや西晋が滅亡している
奈良平安時代に入って気候が暖かくなってくると
大和政権は再び仙台平野からの北上を試みて蝦夷と
戦争を繰り返す事になる
大和政権には大昔にヤマトタケルが東北の日高見国
(北上国/東北北部)を征服していたという伝承が
あったため蝦夷の賊に日高見が占拠されているという
考えがあった
弥生時代に農作文化が東北奥地まで広がっていた記憶
が言い伝えとして大和政権の内部に残っていたのだろう >>89
日本人だって近年は瑞穂の国の文化を次々に捨てているだろ。
何言っているんだw 文化とは文字だという古くさい考え
馬鹿の相手はほんとにめんどくさい マイケル・ジャクソンがデビューしたての頃、日本の友人の招きにより観光旅行に来た。
ところが日本に着いてみるとトランクに入れたはずの財布とパスポートが無い。
友人は見かねて費用を工面すると申し出たのだが、
マイケルは恵んでもらうよりは働いて稼ぎたいというので、
その友人は傘下のコンビニチェーン店でこっそりと働かせることにした。
店員となったマイケルが棚に菓子パンを並べていると、
女性の事務員が「この人の並べていないほうのパンをください」と注文した。
杖をついていた老人がよろけそうになったので、マイケルが支えようとすると、
「触るな、このクロンボが!」と言われ、持っていた杖で叩かれた。
極めつけは土木作業員の弁当を温めて差し出したときだった。
その土木作業員は「クロンボの温めた弁当が食えるか!」と怒鳴ると、
マイケルの顔にアツアツの弁当を叩きつけた。
意気消沈したマイケルが部屋に戻り、トランクの中をよく見てみると、
失くなっていたはずの財布とパスポートが衣類の奥のほうから出てきた。
トランクの向きを変えたときに、奥のほうへすべり込んでしまっていたのだ。
無事アメリカに戻れたマイケルは当時のことを思い出して言ったそうだ。
「アメリカに生まれて良かった、間違って日本に生まれていたならば、
年収10億ドル(10億円ではない)のアーチストになれなかっただろう」
アメリカでは知ることのできない差別が日本ではまだ往々にしてある。
もちろんすべての地域ではないけどね。 パスポート亡くしたら大使館に行くだろ
そもそもパスポートないのにどうやってコンビニで働けんの
パヨクは本当に馬鹿だなぁ マイケル・ジャクソンがデビューしたての頃、日本の友人の招きにより観光旅行に来た。
ところが日本に着いてみるとトランクに入れたはずの財布とパスポートが無い。
友人は見かねて費用を工面すると申し出たのだが、
マイケルは恵んでもらうよりは働いて稼ぎたいというので、
その友人は傘下のコンビニチェーン店でこっそりと働かせることにした。
店員となったマイケルが棚に菓子パンを並べていると、
女性の事務員が「この人の並べていないほうのパンをください」と注文した。
杖をついていた老人がよろけそうになったので、マイケルが支えようとすると、
「触るな、このクロンボが!」と言われ、持っていた杖で叩かれた。
極めつけは土木作業員の弁当を温めて差し出したときだった。
その土木作業員は「クロンボの温めた弁当が食えるか!」と怒鳴ると、
マイケルの顔にアツアツの弁当を叩きつけた。
意気消沈したマイケルが部屋に戻り、トランクの中をよく見てみると、
失くなっていたはずの財布とパスポートが衣類の奥のほうから出てきた。
トランクの向きを変えたときに、奥のほうへすべり込んでしまっていたのだ。
無事アメリカに戻れたマイケルは当時のことを思い出して言ったそうだ。
「アメリカに生まれて良かった、間違って日本に生まれていたならば、
年収10億ドル(10億円ではない)のアーチストになれなかっただろう」
アメリカでは知ることのできない差別が日本ではまだ往々にしてある。
もちろんすべての地域ではないけどね。 悪の枢軸国日本が世界へと侵略の魔の手を伸ばしつつあるとき、
日本国内では昭和天皇ヒロヒトを現人神とする思想的統制が強化されました。
そのために自分の神様を奉る宗教は政府から陰ひなたに弾圧を受けました。
カソリック教会の何十人ものクリスチャンたちが特高に逮捕され拷問されました。
それまでの特高の拷問は平気で顔面を殴っていたのですが、
それで死に追いやられた小林多喜二の無残な写真が紙面に載ったせいで
世間からの激しい批難を受けて、それから腹部を集中的に責めるようになったのです。
腹部を徹底的に殴られたクリスチャンたちはひどい内出血をおこして
下腹部から大量の出血をして失血死してしまいます。
その遺体を検死した御用監察医はただチラ見しただけで、死因「下血死」と書き込んで、
拷問死に追いやられた人たちを後腐れないように病死として処理したのでした。
しかし安泰に思われた昭和天皇の人生にも暗雲が立ち込めてきました。
昭和天皇の前に本物の神様が現れると「ヒロヒトや、罪を償いなさい」とのたまったのです。
とつぜんヒロヒトの下腹部から大量の出血がはじまりました。
それは人間のちからではどうすることもできないものでした。
昭和天皇の遺体を調べた医者は「簡単に言うと下血死ですね」と沈鬱に答えたのでした。
「本物の神様がいるなんて…」これが昭和天皇の最後の言葉になりました。
たかが人間の分際で現人神を詐称したペテン男の哀れな末路でした。 日本軍に加わって戦場で活躍したアイヌにはどんな人がいますか 日露戦争で活躍したアイヌと言えば、北風磯吉とか山辺安之助とか
昭和期の戦争は知らない 和氣シクルシイがいるけどかなり特殊な経歴で
正規の軍人ではなかったようだ >>89
多くは「文明に目覚めた」わけでなく明治政府が「北海道旧土人保護法」を
制定し漁業狩猟の禁止・固有の風習の禁止・和風名への改名などの
日本人への同化策を強制したからだよ。
熊祭りや女性の文身などアイヌ固有の文化を禁止した。
なお「北海道旧土人保護法」は戦後、日本が民主主義体制になり先進諸国の潮流も
先住民の尊重保護に移ったのに存続し続け1997年の「アイヌ文化振興法」制定により
ようやく廃止された。
この21世紀にアフリカ系への「黒んぼ」に類する蔑称で19世紀用語「土人」を
貴方は意図せず用いる古風な御仁なのかな? >>105
アイヌ人たちは熊祭やら入墨やらを現代に至るまでやって、魚皮の服きていたわけ?
文明の恩恵を受けきった後で文化を破壊された〜って言ってもねぇ >>106
アイヌ人は狩猟採集民だから、基本的に一定のところに土着してないんだよ。移動民だな。 >>107
福沢諭吉が言うように文明はハシカみたいなモンで、それを享受する旨味があるなら享受すべきだろうが…無理矢理与えてどーだってのはねー >>107
日本人も、白木屋の火災や関東大震災迄は、
和服を着てる人が多かったのに。
ゆったりと過ごすには、和服の方が落ち着く。
けど今じゃ、正月か旅館の浴衣か、冠婚葬祭とかの時のみに。
アラブの富豪とかは、余裕があるからなのか、民族衣装。
北朝鮮のアナウンサーも民族衣装。 東欧は、冷戦時代までは、民族衣装を着ている人が多かった。
ある意味西側よりも、時計の針の進み方がゆっくりというか、
ゆったりしていた面はある。 >>108
北海道の土着民やろが
屁理屈も大概にせえ >>106
原義を口にするそれはただの言い訳で
強い軽蔑の意図あることを知っていながら
とぼけて開き直ってバカにするために使われるよね
「貴様」みたいにゲーム感覚でな 昔から変わってない法律の名前をとぼけて開き直って馬鹿にするために使ってると本気で思ったんやったらちゃんとした病院で診てもらった方がええんちゃうかな 法律の名前と関係ないところで土人連呼してるくせに
そんな自分については可愛くて目をつぶる
それがキチガイでなくて何だ >>112
じゃ原住民認定しろよw
そっちは認定したくなくて、侮蔑の意味合いが現在では濃い言葉をわざわざ使うかあw >>116
それは言葉の意味と関係無いけど、別に俺は北海道の原住民でいいと思うよ 世界の目から見れは倭ジャップの方が土人だけれどもな 自分たちで文明開化できなかった以上文化が破壊されるのは当然じゃね?
センチネル諸島の原住民みたいな生活したいわけ現代アイヌ人たちは >>119
センチネルの原住民は文明社会と交流すれば一瞬にしてウィルスにやれれるだろうな。
未来を選択するのは彼ら自身の判断を優先すべきで、和人がやったみたいに無理に良かれと思ってやるのは違うんじゃないの? 縄文アイヌを保護をせず在日チョンをゴキブリみたいに増やしたのが戦後日本
まじでクソ >>120
自身の判断なんかに任せたら今でも川で鮭採って魚皮の服きてる生活してたんだが
結局誰かにしてもらわなきゃ文明は受容できない 実際はアイヌ人自身が文明を受容したんだけどな
それを後から文化破壊されたとか言い出したんだが こんなところで土人連呼してるクズって
文明社会の主人でございってホルホルしてればいいものを
てめえがその文明社会で底辺にいるからって必死こいていじめる相手を捜してんのな
アイヌはいないいないって言ってたかと思ったら
いると分かった途端ビビってあわてて 和人は「和魂漢才」「和魂洋才」なんて言って
文明を撮りを入れて自分のものとしたなんてどや顔してるくせに
同じことをアイヌがやったらダメだって言うんだな 素直に倭ジャップは民族抹殺政策しましたと認めれば良いのにな >>128
これ
むかしの法律の名前にケチつけて突っ込まれた奴が一人おるだけ 縄文が1億繁殖しなきゃならなかったのに
弥生チョンが稲作で1億繁殖しちゃった
ダウン症のキモいのっぺり顔だらけ >>106は「だから今アイヌに普通に使って問題ないよな」って言ってる >>128-129は間違っている上に自己レス自賛
何が「これ」だw >「えびす」とはいうまでもなく古史に見ゆる蝦夷、すなわち今日北海道になお約二万の遺?を存するアイヌ族のことなり。
>その住所東方にあるがゆえに、あるいはこれを東夷という。
>この津軽外が浜に近い頃まで残っていた蝦夷と、今の北海道のアイヌとが、同一系統の民族であったことには、いろいろの証拠があります。
>そしてこの外が浜の蝦夷と、歴史時代に奥羽地方に活躍していた蝦夷とが、また同一民族の引続きであったことも、十分これを連絡すべき事実があるのであります。
>これまで歴史の上に蝦夷という名称を以てはあらわされず、普通に日本人の如く思われていたほどの英雄豪傑の中にでも、
>その素性を調査してみたならば、立派に蝦夷の系統であることの明らかなものが甚だ多く、
>その関係は田村麻呂、綿麻呂の蝦夷征伐の時代から、極めてなだらかに後の時代にまで継続しているのであります。
>しかしそれが普通には、蝦夷として認められておらないが為に、ついそれに気がつかないでいるのでありますが、それ程にまで蝦夷と日本民族との間には、
>極めてなだらかな連絡が保たれて、いつとはなしに、気のつかぬ程の自然の移り変りを以て、彼らは日本人になってしまったのであります。
>国家の懐柔政策は、なるべく蝦夷を内地諸国に移して、日本民族に同化融合せしめるにありました。
>したがって日本国中到る所、蝦夷の血の行き渡っておらぬ地方はありません。
>日本各地の住民は、石器時代以来の先住土人の血を保存しているばかりでなく、
>歴史時代において奥羽から移住した蝦夷の血を、多量に交えているのであります。したがって日本人には毛深いものが多い。
>東洋のあらゆる諸民族、また南洋のマライ族にしましても、頬鬚の生えているものは殆どありません。
>ただ蝦夷やアイヌのみは、毛人と言われた程に毛深いのを以て特徴としておりますが、
>日本人に相当鬚の濃いものの多いのは、この蝦夷の血を交えている一つの証拠となりましょう。
>私の如き四国に生れましたものでも、相当頬鬚が生えております。私のこの放送を聞いておって下さる方々の中にも、
>定めてお鬚の多いお方が少からぬ事と存じます。そして私は、これを以て、私ども日本民族の誇りと致したいのであります。 日本人の同調圧力はマイノリティの文化的アイデンティティを破壊している
韓半島の人たちはハッキリ言いたい事を言うがジャップ的陰険な無言の圧力のようなことはしない
日本人は表面上は礼儀正しく曖昧で意見を直接いわないが無言の圧力でマイノリティを弾圧している
アイヌもそれでやられた
アベは民族教育に弾圧を加えているがこの島国では民族学校を作るくらいでないとアイデンティティを壊されてしまうんだよな >>136
確かに事実を無視して好き勝手に発言しているなw 弾圧とかいうならさっさと日本語話すの止めてアイヌ語で会話してろよ 日本語は色々整備されていて、便利だから使うだけだろw 日本のように同調圧力の異常に強い社会では民族学校がなければ民族意識そのものが消されてしまう
アイヌ民族もそれで事実上この世から消し去られてしまった
これを復興させるのはマイノリティがアイデンティティを守るための戦いでもある アイヌ語しゃべれてその上で日本語便利だからと言うなら話は分かるが、実際は全然アイヌ語も話せないからな バチェラーは民族学校に当たるものを作ったが、
さんざん和人に妨害されて数年で閉校したんだよな 伝記あるじゃん
それともネットにないものは存在しない派? ジャップの弾圧は後世に残さねばならぬ
活動的市民の多くの想いは子供の頃にヘイトや差別を受けた恨を晴らしたい一心
アイヌ民族の復興もジャップへの復習になるならやらないといけないよな ジャップが実際に隠してるのは蝦夷大虐殺じゃないか?
東北で一体何が起こった? >>136
民族学校を作るロシアの試み。
ロシアでもし、プーチンが「単一民族主義」なんてやったら、
中央アジア辺りのロシア南部は離反しまくるだろうな。
プーチン大統領:「アイヌを先住民族に含めることは正しいことです。」
プーチン大統領はこう語った上でアイヌは日本、米国、
ロシアのどの国にも暮らしていることを指摘した。
https://jp.sputniknews.com/russia/201812185720111/
今の時代、「正当な領土主張」をする場合にも、多民族主義を旗印にするのは、
世界的に見てもスタンダードなのに。 サハリン州ポロナイスクにおける民族学校とアイヌ民族学校の可能性
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jies/20/0/20_95/_pdf/-char/en
ポロナイスク市第3学校(寄宿制北方民族伝統技術学校)リツエイ
リツエイでは、一般の教育課程の他に主としてウイルタの伝統工芸と言語を教
えており、ポロナイスク市立の学校で国からの支援をえており、民族学校として
位置づけられている。
リツエイで18年間教えているドヂャバロワ先生(女性)は、
ニブフ族で母親がニブフで父親がロシア人であり、北方民族の工芸を教えている。
サハリン州ポロナイスクにおける教えている言語としてはウイルタ語のみであるが、
工芸は北方諸民族全般を教えている。
主としてニブフ、ウイルタ、ナーナイの刺繍を教えている。
工芸や言語を教える教員はロシア国内で裁縫学校と工芸学校で学んでマッセル(マス
ター)の資格を取得して教員となった。
この他に、北方民族の工芸を教える教員が2名いる。
一人はニブフで一人はウイルタであり、全員女性である。
北方民族の言語(ウイルタ語)を教えているのは3名の教員である。
この学校が設立された契機は、自分たちの北方民族の文化を守る運動が起きて、
そのスポンサーとしてアメリカ人やロシア政府がいたことによる。
伝統的な文化を守ろうとする機運はロシア人にも広がり、1993年に設立されている。
それ以前は民族教育はほとんどなく、ロシア式教育のみであった。
このリツエイに在籍する生徒数は全校で60名程度であり、
うち31名が北方少数民族である。
ウイルタが最も多く、ニブフ、ナーナイ、エベンキと続く。
他はロシア人と韓国・朝鮮人である。 ロシアの猫の品種、クリリアンボブテイルってクリル諸島からの珍しい品種だと猫を紹介するサイトに書いているが、
これって千島列島産のことだから、千島アイヌ人が飼っていた猫なんじゃないの?
尻尾が短く昔の日本猫の特徴と一致するし。多産じゃなく、産んでも一年に一匹なのは一致しないけど。 アイヌ人自身が民族学校なんてやる気もなきゃ興味もないんだからなぁ
外野が何言っお無駄 >>150
それはバチェラーの愛隣学校に刺激されて
アイヌ教育を何もしないわけにはいかんと
道庁がおっぱじめた「アイヌ学校」のことだろう
民族教育なんてとんでもない、小学校の学年数を短縮した、
簡単な計算とカタカナだけの日本語の読み書きを教えるだけのやっつけ教育だった
アイヌ語の教育もアイヌ語「で」の教育もやっていない
それでもそのおかげもあって
ネイティブの最後の世代の一部にはカタカナでアイヌ語が書ける人たちがいたが、
文字しか教わっていないのにそんなことができたのは個人の才能でしかなかった
もしあの時代に積極的にアイヌ語教育が行われていたらと思うともったいなくて仕方がない >>152
外野が否定的な事しか言わないのってただのゲスだよね アイヌや琉球を今でも差別する倭人ども
北海道や沖縄は独立するべきである
日本民族という意識そのものが日本帝国時代に作られた偽物
アイヌや琉球が居なくなりこの国が解体されれば無意味な民族意識も無くなるだろう ポンフチみたいなアイヌをダシにする極左は
国会が全会一致でアイヌ文化を保護する法を成立させた90年代に
消えたもんだと思っていたのに
小林よしのりがよせばいいのに無駄に掘り起こしたせいで
対立もろとも復活したんだよな 沖縄と内地の混血やけどどっちにおいても差別されたことは無いな
誰がそんなこと言うてるんやろか >>158
陸上イージスと辺野古の扱いの違いとか… 分断工作してるのはチャンネル桜とかネトウヨ側じゃないか? 分断工作?
それなら安部政権こそが主犯だろう
沖縄市民の意向を無視して基地の埋め立て工事を進めているでは無いか アイヌ人も悪いんやで
ポンフチのような偽アイヌを野放しにしてっから 旭川の某エカシはサヨにカンペキに感化されて、
日本政府に数兆円の賠償&天皇陛下(現上皇)に謝罪要求までしてる >>146
言われた東北での蝦夷大虐殺とは、
AD〇〇〇年頃の東北の〇〇地域での誰々が
起こした事件ですか? >>163
>>164
そいつは、個人の思想だから何ともできんだろw
大体そんなのは日本人にだっているだろ。 >>1. へ
北海道の人に聞いたら・・・「 いや、イヤ。 ここ、最近は結婚も自由になって "自然に人種が
勝手に同化していて"= ○○人種の差別や区別や弾圧!なんて。国際的にも、問題になる
人聞きの悪いこと?なんて・・・ないんだよ。 と、言っているようだ。
( 欧米の国際社会では、アメリカのインディアン=先住民族問題。と、同じレベルで話題に
なっている )
まー、こういうコトは。現地の北海道に住んで日常的に暮らしてみないと、分からないコト。
だけどね。
例えば、米軍の基地問題の=沖縄の "琉球民族" などの問題も、そうだ。 謎の勢力(チャ○ネル桜)
「アイヌは絶滅した」
「アイヌはもういない」
「アイヌは鎌倉時代に樺太からやってきた侵略者」
「日本人が北海道の先住民」
「日本人が縄文人の末裔」
「アイヌはロシア人」
「今いるのはエラ張りザイヌ」
「ザイヌ画像www (いつもの和人がアイヌのコスプレしてる画像)」
「蝦夷とアイヌは別物」
「坂上田村麻呂は断じて渡来人ではない」 アイヌは何度でもよみがえるさ
金儲けは人間の性だからだ 「アイヌは絶滅した」と「蝦夷とアイヌは別物」は事実 >>163
そのレスで下痢糞から10円もらえるのか >>135
>この津軽外が浜に近い頃まで残っていた蝦夷・・・・・・・・
近世津軽藩は彼らを年貢徴収や人別帳作成などの行為で
領民として支配していたの?
彼らの消滅は明治以前までに北海道に移住したからなの? >>175
税は知らんが、アイヌは津軽藩のエキセントリックな家老、乳井貢が無理矢理可愛そうだと同化政策を推進した。
それを嫌ったアイヌは、北海道に逃亡した。 アイヌ伝承の妖怪、パウチカムイ
性行為というのは、悪魔では結果的にそれになったというもの。
アイヌ伝承の時にはもう既に破壊されていたと思う。
愛のある行為で戒めが、愛のない戒めになってしまった。
物欲の強い奴に返して終わっている。 >>178
アイヌソッキ(人魚)とも関連してるかもしれない。
これも酷すぎる世の中の中で埋もれちゃったようだ。 アイヌ伝承の妖怪は、大体終末を迎えた後のもので、北海道人にはほとんど問題ないもの。 >>84
農耕でなく狩猟採集を生業とするアイヌに
なぜ奴隷制度が必要だったの?
825世界@名無史さん2019/09/28(土) 13:16:22.520
・・・・・・・・・・・・・・
北方への漂流民も千島アイヌなど現地人の奴隷にされてたし
アイヌ同士でも奴隷制はあったからね
ゲルマン人の大移動と彼らが建てた諸王国
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1319285512/825- いや、アイヌにも身分制度はあった。
シャクシャインの戦いが和人の勝利で終わったのち、松前藩は各地のアイヌの長に和人に有利な条約を結ばせているが、その中に
「内容を『ウタレ』にも言い聞かせるように」との一文がある
ウタレ、ウタリは現在では「仲間」の意とされているが、当時は「下人」のことを指していた。
江戸時代初期の記録では、アイヌの社会では偉い人をカモイ、その次の身分がニシパ
そしてウタレは下人の意としている。
もし和人によるアイヌ支配が及ばなければ、アイヌ社会の身分制度はしっかり確立されたものになったろう。
瀬川拓郎はアイヌ社会の身分制度を指摘したせいで、「平和と平等を愛するアイヌ!」を信じ込む層から目の敵にされて… 北米大陸の太平洋沿岸の先住民であるハイダ族やヌートカ族、クワキウトル族など「トーテムポールを作る民族」は
豊富な森林資源や鮭の資源をもとに、高度な社会制度を作り上げた。
莫大な富を有する長を中心とした身分制度。もちろん最下層の奴隷がいる。 いつ平等と平和愛してたんだ?
アイヌの有力者の図画なんて大陸から仕入れた龍袍に日本刀といかにも身分の高さを示してるんだが うーん
検索してみると、ウタレ、ニシパの扱いは地区で結構な違いが…
いずれにせよ、狩猟採集民だからそこいら辺は流動的だったのでは?
ウタレの扱いがイヤだったら家から出て山に自分の小屋を作れば良いってカンジで。 >>183
アイヌの社会の実態が現代の左翼に都合の良いようなものであったとは限らないのは確かだが、
アイヌ語の人間関係を表す用語を、江戸時代初期の和人が
封建社会の目で見たからそういう解釈になったとは考えられないか 僻陬の地に先住民族がながく取り遺されるという事は、今さら事新しく言うまでもないところで、現に台湾東部の山地には、近くその実際を見るのである。
これを我が古史に徴するに、西南薩隅の地に夷人と呼ばれた隼人が奈良朝頃までもなお残存し、東北奥羽の地方には平安朝に至ってなお蝦夷が猖獗を極めたところのもの、いずれもかつては広く分布していたこれらの先住民族が、中央に近いところから漸次同化融合して日本民族の伍班に加わり、所謂皇化の及ばざる僻陬の地において、未だその機を捉ええざる同族がなお旧態を保存していたに過ぎないものであった。
そしてその隼人の方は遠からず同化の実を挙げて、延暦の頃にはすでにその本国たる薩隅両国にも他と同様の田制を実施しうるに至り、いつしか異民族としての存在を失ってしまったが、蝦夷の方はなお後までも久しく残存して、鎌倉時代の初めにおいても、奥羽両国は夷の国なりとの理由の下に、田制上の特別の除外例が認められた程であった。
かくて江戸時代に至ってまでも北陬海岸地方には、なお蝦夷と呼ばれ、アイノと差別された部落が各地に取り遺され、その津軽領内において藩庁より最後の差別撤廃を命ぜられたのは、実に近く文化三年の事であった。そして北海道においては、彼らの同族が現にアイヌの名の下に、今や同化融合の実を挙げつつある途中にいるのである。 今日でこそアイヌは和人以上の狡猾さを見せて居るが、当時(明治初年)は純朴で、神に近い位であつたといふ。
古老の話に依ると、ラムネ瓶の中にあるガラス玉を宝玉と偽つて、焼酎の二三本も飲ませて強く酔はせ、熊の皮や鹿の皮と其ラムネの玉を交換した悪辣なシヤモも少くなかつたさうだ。
アイヌも漸次それを知つて、「シヤモはヅルイ奴」と承知し、遂には反つて和人が欺かれる様になつた。彼等を狡猾にしたのは和人の罪であると云つてもよろしい。 嘘つきな京都バカ↑
話作ってまで下げるのは何かあるんだろうなw
おまえ達役立たずと違って、アイヌは目的を持って生きてるんだよw 北海道の人に、聞くと。
差別?も、無くて=結婚で、みんな 「同化」 していて・・・特定の 「アイヌ民族」 は "消滅" し
つつある。 らしい。
:本当かな〜ぁ??
( まさか、アイヌは全員「殺処分!」にしてるんぢゃないの??) とか、言いたくなるけど。
これだけは、現地の北海道に行って。何年間か、実さいに生活してみなければ分からない
ことだ。 7.津軽のイヨマンテ
青森,秋田,岩手,には,今日でも和井内わ い な い,生保内お ぼ な い,今別いまべつなどおびただしいアイヌ語地名がある.中には奥戸(オコッペ=興部)やシレトコ,シラヌカなどよく知られた北海道の地名と同じものもある.我々は,東北の地にアイヌが住んでいたのは遠い昔のことと思い込んではいないだろうか.
弘前藩の記録には,おびただしい「狄」が登場する.その「正保国絵図」には狄村が五箇所描かれていて,「ヘキリハ,ニヱヘテ,ルテリキと名乗る各村の長老が,藩主に謁見して串貝・塩引鮭を献上した」というように松前藩と同様な「ウィマム=御目見え」と呼ばれる,アイヌからの献上と藩主からの下賜による一種の朝貢がおこなわれていたことが知られる.
豊臣政権の天下統一への最後の戦いである「奥羽仕置」.その最終段階で起こった「九戸政実の乱」,ここで,アイヌ兵は,その優れた狩猟技術を活かした「毒矢」部隊として双方に動員されたことが記録されている.
このように,戦国期においてもなお津軽海峡を挟んで道南地方と津軽・下北の間を自由に行き来して,この地域に一つの生活圏・文化圏を築いていたアイヌは,徳川時代になって松前・南部・津軽の三藩に分かれて支配されるようになった.
蝦夷地に位置する松前藩とは異なり,和人に対してアイヌが数的にはマイノリティであった津軽・南部においても,藩はその独自の文化を認め,士農工商の枠外の存在として漁撈や狩猟に関わる特権を与え,「異族」としてその風俗を尊重し,独自の統治を行ってきた.
原則として自ら農業を行わないアイヌは狩猟のプロであった.津軽の人々は,オオカミ狩りや熊狩りといった高度な技量を要求される場面では,しばしば毒矢や仕掛け弓といった特有の武器を操るアイヌの力を借りた.こうして東北の山の民=マタギの世界にアイヌ式の狩猟術が受け継がれていったと考えられている.
東北アイヌの境遇は,18世紀になると徐々に変化する.藩財政の窮乏化に伴って,アイヌの内地人化,つまり農民化の施策がとられるようになったのである.租税負担者を少しでも増やし,財政の足しにしようというわけだが,もともと自給分程度の畑作を行う者もあった東北アイヌは,以後急速に和人化し,民族的特徴を失っていった. 寛政年間(1790年代).北海道松前藩領のアイヌの状況を語った探検家最上もがみ徳内とくないの「蝦夷草子」に次の一節がある.
松前より西の方に,日本道風三十里ばかりにして,見市といふ村あり.此処に代々岩之助〔右は蝦夷にしてその名をイワンノシケと言ふ.〕といふ百姓あり.平日は日本の野郎鬢なれども,冬になれば月代を剃り,蝦夷の体にかへて,正月七日に領主へ吉例に出る.領主は書院の前庭に荒菰を敷てこれに居らせ,領主より濁酒を給はる也.これ蝦夷の遺風なり.
つまり百姓「岩之助」は,実はアイヌ人「イワンノシケ」であり,春から秋までは普通の和人の百姓として暮らしているが,冬場はアイヌの姿に戻って様々な「蝦夷の遺風」を行っていた,というのである.
東北のアイヌはもっと早い時期にこのような和夷両俗とでも言うべき状態を経験したのだろう.この「イワンノシケ」と同時代に三厩宇鉄村を旅した京都の医師橘南谿たちばななんけいは,当時の風俗を「東遊記」に遺しているが(この箇所は太宰治の「津軽」にも引用されている),そこで「当地は6,70年前まではエゾ村であったが,今は風俗が変わって日本人の通りになっている.しかし近所の村とは縁組をせず,顔立ちも異なって眉が一文字につながっている女子などもいる.毎年近くの今別村の寺に集まり「蝦夷踊り」を行っている」と述べられており,18世紀末にはアイヌの名残を留めながらも和人世界に同化してしまった様子が描かれている. >>194-195
要約
- 17世紀まで東北地方にアイヌのコタンが普通にあった
- アイヌ兵が毒矢部隊として豊臣政権と反乱軍の双方に動員された
- 18世紀に入り、農民化の施策がとられ、東北アイヌは和名を名乗るようになり同化した
- 和名とアイヌ名を使い分け、二重国籍のような状態で暮らすアイヌもいた
- 青森県にエゾ村から日本人の通りに変わった村(三厩村)があったが、そこには眉が一文字に繋がる女子がいた >>194
>東北の山の民=マタギの世界にアイヌ式の狩猟術が受け継がれていった
アイヌ式の狩猟術ってので猟銃を使いこなせるのか 工藤静香の父親が津軽北部(元エゾ村)の出身らしい
東北アイヌの末裔か?
三船敏郎も東北アイヌの面影がある
>工藤静香(歌手)※出身は東京都羽村市であるが、工藤の父が蟹田町の出身で、工藤自身も幼少期において過ごしていた。 >>197
津軽藩は猟師に銃を与えなかった。だから、槍でクマを突いて猟をしたり、わざと秋田藩方面にクマを追いやってから、秋田藩の猟師に鉄砲でうってもらっていた。
明治以降はゴーデンカムイ見ると分かる。
>>198
蟹田町は津軽アイヌの本拠地だな。 >>200
狩猟道具としての弓矢は17世紀に姿を消した 津軽一統志の旧エゾ村はあくまでその時点でのエゾなので
実際は北東北では早い時期から和人化したエゾの村などもあっただろう
大字小字レベルなのでかなり丁寧な調査は必要
被差別部落関係の丁寧(執拗?)な調査者レベルの綿密さがあれば痕跡は追えるだろう
俺の予想だと普通に堂々と暮らしてると思う
北東北でアイヌに対する蔑視観はない 単に村名が一緒とか、特に顔が似てるなんてのは
それを珍しがる奴自身が大陸顔のそっち系だと暴露してるようなもの >>194
マタギとアイヌとでは狩猟術が全く異なる
マタギは銃と槍で熊を狩猟する
アイヌは銃を使わず弓矢で熊を狩猟する 世界の狩猟民遊牧民は全て弓矢と銃を使用するがその違いで集団の区別とされたことはないよ 北海道に渡ると渡島では津軽でのエゾ人比率と同じ
つまり松前藩の大名領内では弘前藩と変わらない社会だったことがわかる
陪臣の知行地でアイヌ地が分配されていた >>206
マタギとアイヌの狩猟術の違いについては区別できる
明治になるまでのアイヌは銃で熊を狩猟しなかった
明治になる前からマタギは弓矢の使用を取りやめ銃と槍で熊を狩猟した >>203
俺がいる地区には岡田真澄か、スターリンみたいな濃い人がいるなw
巻き毛の女の子もいるし、目がやたらデカい人もいる。
大体、民話の三湖伝説でも蝦夷系の仕事をしていた災害を広げる八郎太郎の方が、真言宗の坊主で十和田湖から八郎を追い出した南祖坊よりも人気があるってのが…。
後に八郎と結ばれるタツコ姫も縄文系だし。 >>207
菅江真澄の漫遊記を読むと、津軽半島と函館あたりのアイヌ人の記述量がやたら違うのだが。 >>208
道具の違いではなく生業で得た収穫物の違いに文化の違いがあるのだろう
農作物と狩猟などでは社会体系や交易に関わりがあるため
狭い範囲で和人とアイヌとマタギの三民族を定義するのは無理がある
ガラケー使いとスマホ使いは別民族みたいな定義を真顔で言うのは噴飯物だろう >>210
エゾ人人口は同じだな
津軽で数百人、渡島でも数百人
力のあるアイヌ役人もいた北海道のエゾと
力ある者は幕藩体制下にいた本州エゾでは印象も違うだろう >>211
携帯電話と違って、銃は貴重で危険な道具だから、取り扱いには厳重な規則がある
実際に江戸時代では、アイヌとマタギに対して異なる銃規制を執り行ってた
マタギは秋田藩から信頼されてたので銃による狩猟が認められてた
アイヌは松前藩と徳川幕府から信頼されてなかったので銃による狩猟が認められなかった >>213
猟友会と我々一般市民は別民族ということかな
極論だね >>214
現代なら一般市民は免許取得して銃を持つことができる
しかし江戸幕府と松前藩の時代では、アイヌに銃は認められなかった >>215
津軽一統志によるとエゾは農民身分なので禁止されてるのは当然だな
当時エゾと日本人が同じ存在であったことが証明されたわけか
だがマタギが第三の民族というならそれがどこの集団なのかを証明する義務はそちらにある
ソースなどあるの? >>216
マタギが第三の民族なんて書いてないぞ
マタギはアイヌと違って信頼されてたという実例を出したということ
それと江戸時代では農民にも銃による狩猟が認められてたぞ >>218
猟友会は一般人より信頼されてるの?
論理のすりかえだな
許認可制の業務が一人に許可されたことを集団全部の信頼と読み替えて
もう一方は裏付けも取らずに信頼無しと断定している
論点ずらしのトリックだね >>219
善良な一般人として信頼されてるなら、資格を得て銃を所有できるだろ 『近藤守重(重蔵)が千島方面を探険。同地のアイヌが鉄砲を巧みに使っているのを報告している。』
鉄砲も使ってるし許可されてたんじゃないか?
そもそも許可不許可という事実以前にそこまで管理されていなかっただろう
検地を実施していない以上刀狩りのようなことは不可能 >>220
普通の人間で必要な者は持つし不要な者は持たない
不要が邪悪という根拠にはならない
善良か邪悪かという判断は無いな >>221
ロシアから得たんじゃないの?
北千島アイヌは全員ロシア正教信者だし。 >>221
使用されてた銃が「許可されてた」と書いてあるのか? >>223
沿海州と古代から歴史的に交易してるから
どこからでも入手出来るよ
北海道の正教会は千島アイヌの建てたものだから
日本がアイヌを保護したことの証明だけど
そのレスは"千島が正教会"という事実を含めるのが目的?
そういうのは時間の無駄なので >>222
必要だって理由だけで全て許可してるわけない
猟銃免許には、前歴とか薬物やアルコール依存とか一定の基準があるぞ
もちろん完璧ではないけど必要か不要かってだけが基準じゃない >>224
許可してた者も許可してない者も
許可されてた者も許可されてない者もいるだろう
当たり前のことばかり言ってるな
同じことを3回以上繰り返すならもうレスしない
後はただの宣伝活動だとみなす
ネットを使って宣伝するのは悪質な行為だ 使用してた事例は一度あれば「ある」と言い切れるし
その時の幕府官吏である近藤が咎めてないのだから
その時点で許可の事実は「ある」と言い切れる
事実を変えるために繰り返し行為を行うのは問題だろ >>227
使用されてた銃が「許可されてた」と書いてあるのか? どうかについては、説明できないようだな >>228
近藤が銃の使用を許可したと書いてあるのか?
報告を受けた幕府が、その後銃使用を許可したと書いてあるのか? 229
230
同じことを繰り返すだけで議論になってない
許可と禁止の定義をまずそちらが説明するべきだな
確認したところアイヌだけに特別にそのような禁止をした記録はない
それはいま歴史を捏造しようとしている瞬間だろう ネットの宣伝はテレビCMと同じで議論ではないな
youtubeやインスタなどでも対話と宣伝には曖昧なラインがある
宣伝である場合は利得行為なので違法行為かどうかだけの問題
残念ながら浸透していく可能性はあるが
事実でないことだけは明確なのであまり関わる意味はない >>231
江戸時代では、マタギには猟銃使用が許可されてた事実はあり、猟銃が普及し弓矢が廃れた
アイヌにも許可された例があるなら、説明すればいいだろ
それと、アイヌは明治になって猟銃使用が許可されても猟銃に対し拒否感が残っていた
アイヌとマタギの狩猟術は全く異なっていたという具体例だ 樺太アイヌの「カラフトナヨロ惣乙名文書(ヤエンコロアイヌ文書)」
https://www.hokudai.ac.jp/news/190319_pr.pdf
満州文字で勅命が書かれている
琉球と同じ二重朝貢地だったんだな >>233
アイヌって一つじゃないから
もうやめよう 樺太も琉球もそうだけど
朝貢文書が必ず満州文字なのは興味深いものがあるね
漢字は使われてない
本居宣長も清朝文字50字と記していたし清朝と漢国家は明確に別の国だったんだな >>235
アイヌは単一の民族じゃないってことか
まあもともと北海道には複数の種族がいたっていうからね >>237
この14世紀の唐子と日ノ本は
ほぼ前時代のオホーツク人と擦文人に一致するな
https://fine.ap.teacup.com/makiri/img/1244333656.jpg
また後年のアイヌにも複数部族がいるだろう
後代和人の血も既に部族ごとに濃淡がある 明治に樺太を放している
日露分領
これは清朝による問題の方が大きそう
清朝と日本へ二重朝貢をしていた樺太へ
正式にロシアが進出して来たのだろう 越前大野藩や秋田藩は日本海開運を担っていた藩だよね
これが樺太の警護に付いていた
交易の延長上にあったのだろう
一方渡島半島や内浦は津軽や盛岡
これは同族内包の関係だと考えられる
エゾとアイヌで親類などもいたのかも
その他は東北の雄藩。これが江戸時代までの経緯
明治にこれが大きく変化する >>236
あんたの言う朝貢文書が何を指してるのかは知らんけど琉球と清朝のやりとりは全部漢文やで
歴代宝案見たら分かる
そもそも琉球に満州語分かる人材なんかおらんし 津軽アイヌと下北アイヌと八戸アイヌもそれぞれ違うんだよね
エゾ村の記録は残ってるから
フィールドワークに強い同和部落研究者あたりが調査してくれないかな
ちょっと偏見も強いけど彼らの調査能力は高いから
きっと経緯を見つけてくれると思う
ここでは思想は関係ない Ryukyu-kokuouin.jpg
琉球国王印 >>244
これ首里城に展示してあるやつやな
これを以て「朝貢文書」が満州語って言ってんのキミ? >>246
違うけど
首里城にあるなら本物だな
王印の方がさらに権威が強いな
下賜文書で現地語なんて使わないのだから
読める人間はいるだろ 清朝の公文書が満州語なことも知らんやつに
何から話しても意味がない
会話が成立しない
宣伝はyoutubeでやれよ
『満州語なんて地上に存在しませんでした』となぜ言いたいのか知らないけど
頭の病気か >>242
漢文と中国語は別のもの
漢文は古代の文章で現代文とは異なる
清朝官吏は自分が使う言葉で文書を書くだけ
翻訳文の記録があったとしてそれがなんなのか シャクシャインの乱の折、アイヌ勢は鉄砲も所持していた。
だが後に松前藩により、徹底的な刀狩りが実施された。 ごちゃごちゃ言わずに琉球に送った満州語の文書を出せばいいのに >>238
諏方大明神画詞のあやふやな記述だけで
よくまあこんな見てきたような図示ができるもんだw >>252
北海道の研究職員が250とほぼ同じようなことを指摘している 東北の大海の中央に「蝦夷ヵ千島」があり「日ノ本」「唐子」「渡党」の3類の蝦夷が群居する
「日ノ本」と「唐子」は外国に連なり 風貌は夜叉のようであり禽獣・魚肉を食として農耕を行わない
そして 言葉はまったく通じない
「渡党」は和国の人に似て 言葉も大半は通じるが 髭面多毛な人… >>244
満州文字のほうは左からの縦書きで
lio cio (琉球) gurung (国) wang(王) -ni(の) doro(印)
と書いてある
こっちの方が読みやすいw
だから多分だが篆書のほうは右から「琉球國王之印」だろう
清朝の公文書は対訳か何かの形で満文を入れなければいけなかったらしいが
満人自体が満語を忘れていったせいで、その規定は徐々に形骸化していった
それでも印章だけは満漢対訳(合璧という)が残ったのが琉球の例だろう
ただ北方では満文がかなり後の時代まで諸民族の間の共通言語として生きていたようで
公文書だけでなく私信等でも満文の文書がたくさん残っている
ダウール族(モンゴル系)は満語が死語同然になってからも
ほんの数十年前まで満語で手紙を書いていた >>225
北海道の正教会は幕末期に来日したニコライ・カサートキンが組織した函館教会が始まり。
のちに東京に移り、神田の通称ニコライ堂を建てるまでに成長。
ニコライの日本語の先生は函館に来ていた秋田藩士のお母さんで能代の人(最初の信者の一人)
後々までニコライの日本語には秋田弁の影響があり、
そのお陰か初期の信者には東北や北海道の人が多かった
千島アイヌは18世紀には正教会の信者となっていたらしく、祈祷にはロシア語とアイヌ語を使用していた
明治になって千島樺太交換条約によって千島全島が日本領となったが
千島アイヌは色丹島に移住させられて魚が取れなくなり病死するものも多かった
日本正教会の司祭が訪れたときにはひどく困窮していたので、教会が支援を行った
彼らに教会を組織するほどの経済力があったとは到底考えられない >>257
斜古丹聖三者教会は北海道の正教会が支援を行い彼らが建てた
経済力の話はどこにも出てないが
"考えられない"というひとり言は雑談板でやってもらいたい
何かここに書かれている内容に不満があるかのように見えるので
単なるストレス発散ならメンタル関係の板で 函館の和人地にあったのはロシア領事館内の聖堂室だから
実際に教会を造ったのは明治24年頃
占守島のアイヌが色丹に移動して教会を作ったのは明治17年頃だから
北海道の正教会は千島アイヌが作った、で間違ってないんじゃないの
ロシアがアイヌを追放して北海道で保護されたわけだけど >>256
満人自体が満語を忘れたというのは漢族視点の話だけど
百年前まで普通に使われてましたよ
その痕跡を全て丁寧に切り取っただけです >>261
百年前どころか今でも新疆の満州系民族は満州系の言語使ってるやろ知らんのか
満洲人が自分の家で何語を使ってようがそんなことはどうでもいい
そんなことより早く琉球に送った満州語の文書出せよ
あるんやろ? >>262
百年前に中国はないんだが
なに発狂してんの
新疆の満州人が満州語使ってることはお前以外全員知ってる
知らないのはお前だけ
今でも満州語が公用語のわけないだろ
朝貢文書は家の中で書かれるものではない
琉球の満州語の文書本当に見たことないの?
嘘つくなよそんな馬鹿いないだろ
あるんだろ?
みんなの議論妨害しないで
スルーな >>259
>>225の「北海道の正教会は千島アイヌの建てたもの」というのは釣りだったのか?
誰もメンタルヘルスの話なんかしていないのに、なんでそういう話になるのかなあ
おかしいなあ >>261
300年前にはすでに使用人口が激減していたものを「普通に使われていた」とは言えないよ
>>262
新疆でなくても20年ぐらい前でも黒竜江省の満州里近郊の農村で10人ぐらいの年寄りが話していた
さすがに今はどうだろう >>263
発狂なんて煽り用語使うやつが仕切るとか草 >>260
その教会は今に続いているの?
続いていないのならその流れは断絶してるんだわ >>266
そういえばわりと最近で満蒙地方の満州語と新疆のシベ族の満州語で対談させてる動画を見た覚えがある
お互い結構苦労してたけどとりあえずなんとか通じるレベルやったわ >>268
日本に正教会はあるに決まってる
前レスからずっと建設資金があるとかないとか
教会の建造物についての話をしてる者がいるけど
議論の妨げだから >>266
清朝って300年間くらいなんだが
300年前満州族が版図を広げる真っ最中に当人が激減してたら
民衆は弱体化する民族を保護して皇帝にたてまつったことになる
300年続いた王朝はほとんどないから
ちょっと荒らさないでほしい
中学生くらいの知識はないと >>200
アイヌが建てたという色丹島の正教会は日本正教会の教会として続いているのかって話だよ
人の話が理解できないお前の方がよっぽど議論の妨げになってるし、
仕切りもろくにできていない >>273
仕切ろうとなんて誰もしてないよ
本当にメンタルやばいんじゃ 教会として続いてなかったら存在自体もなかったことになる、という理屈が意味不明だし
仮にそうだとしてもなぜそのような話題に持っていきたがるのかよくわからない
マタギが弓かどうかというレスにもカラんでるみたいだけど
彼は異様なほどのモンスタークレーマーだな >>271
300年前って言ったら普通「今から」300年前っていう意味に取らないか?
そのうちの100年はちょうど清朝が滅んでから今までだろ
18世紀には清朝の高官ゴルミン(高爾敏)が乾隆帝の話す満語が聞き取れなかった事が記録され、
乾隆帝・嘉慶帝の頃から満語の衰退が顕著になっていく
他人にいちいち指図するなら揚げ足取りばっか夢中にならずにそれぐらいは調べとけよ
そもそもお前は何の「議論」とやらをしてるつもりなんだよw
誰かと間違ってるのか?
>>269
たぶんそれ俺も見たわ
うーん、でもあれ通じてたのかなあ、っていう印象w
北満は満州国時代に服部四郎が話し手を探しに行って
空振りに終わったというレポートを全集に残している >>275
あ、それ全然関係ないわ
やっぱり誰かと勘違いしていた 他人を勝手に誤認して発狂してるやつが1人で仕切り厨やってる
しかもメンヘラ連呼してるそいつが被害妄想っぽい 日本史にはこういう隠れアイヌがそこそこいるんだろうな >>276
君のレス本当に一人で喧嘩腰で見てる人みんな気分悪いよ 乾隆帝は18世紀後半の人物。清朝後期
乾隆帝はモンゴル語も満州語も漢語も解したマルチリンガルだから
後世の近代漢族ナショナリズムが乾隆帝漢人説などを創作したのは
荒唐無稽な珍説妄説
チベット語やトルコ語まで心得があったと言われる
そもそも清朝皇帝はモンゴル語と満州語が必ず話せた
糞青と呼ばれる後世の中国の過激愛国者たちが
満州族の文化が廃れていたことにしようとする創作に
両手を上げて賞賛する浅はかな人物が学識を気取るのがおぞましい >>281
問題起こしてるのはそいつじゃないと思うよ >>254
これもソースなしかw
2ch時代はソース主義だったものだが。 >>286
もう十分効いてるからこれ以上攻めてあげるな
今頃『清代中琉関係档案選編』あたりをめくってもめくっても漢文ばっかりで泣きそうになってるよ >>288
現代中国語と漢文は違う
もしかすると漢字がよくわからないの?
調べ方とかわかってます? 漢文と現代中国語っていう分け方するなら清代のものは漢文で合ってるな 漢文は紀元前だから
相当イタい人物が学問板にいるな
このスレ駄目かも 漢文が古典であることが認識できないのかな
知性の障害を持つ人などはわりと普通の書物なども読むし
コピー&ペーストでそれなりの書き込みをするけど
中身はわかってないから話がちぐはぐになる
本当に興味があるわけでもなく反応を楽しんでネット遊びしてるだけだから
こんな的外れの会話になるよね
でも本当にネットが使いづらいわ
こういう相手を本当の社会人だと勘違いする人もいるだろうし
デマや憎悪を煽る原因になってると思う 漢文は紀元前なのか
日本の国語科で漢文と称してるものは実は現代中国語やったんやな
別にそれでもいいや
それより満州語の文書はまだか?
清朝側と琉球側一通ずつぐらい現物見せればみんな黙るんじゃないかな >>252
国立大の教授が刀剣類で賠償させたと述べてる 先週くらいに話題になったな
琉球王国表文を米で発見 中国皇帝宛てに清朝国語「満文」添付 識者「歴史書翻訳手掛かりに」
https://twitter.com/pherim/status/1273213980505329664
琉球国中山王尚穆貢表
https://030b46df30379e0bf930783bea7c8649.cdnext.stream.ne.jp/archives/002/202006/51c00d0551552a867de2d793c4b6d86b.jpg
既知の展示物でも言われていたことだったが
強力な裏付けになった
『那覇の首里城に行ったときのことである。展示のひとつに、乾隆帝時代の清朝に琉球王朝が朝貢として贈ったもののリストであるという「琉球貢表」があった。なんとその正文は満洲文字で書かれていたのである。印刷されたようにきれいに書かれた満洲文字。その隣に、ガリ版刷りのように粗末な漢字の文書がある。』
一定年齢の人間は満州語については隠蔽された歴史しか習ってない
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) ええ…
こんだけ長引かせてそれだけかよ
ここで全文見たら分かるけどそれ漢文の正文の後におまけでついてるただの訳文やん
https://iiif.lib.harvard.edu/manifests/view/drs:45802229$11i
「朝貢文書」なんて言うから冊封の勅書でもあるんかと思ったのに >>295
だから、それってソースじゃないだろ。こっちが検証可能な情報を頼む >>255
その3種は古書の伝える以下3種の異称ですか?
「都加留(ツガル)」、「荒蝦夷(アラエミシ)」、「熟蝦夷(ニギエミシ)」 >>296
やっぱりそれが出てきたか
清国側に保管されてる文書に満文がついてるのは手続き上当たり前で、満文が相手国に交付されてるかどうかが話題になってるんじゃないのかな?
琉球大図書館の収蔵文書には満文も含まれているようだが、それが琉球側に交付されたものかどうかはわからない
ここでも話題に上がった琉球国王印しか名前が挙がってないので、これしかない可能性が高い
http://www.lib.u-ryukyu.ac.jp/wordpress3/wp-content/uploads/2013/05/h2905_jpg.pdf この貢表、満文の部分は特に面白いものは無いけど玉璽の下に漢文で「日」琉球国中山王って書いてるんよな
中山国が清朝に対して日本を自称してるのは初めて見たわ
ところで樺太アイヌは元朝の樺太侵攻以降大陸の交流が増えてるけど漢語や漢文を習得した人はいなかったのかな
沈黙交易ってほんまに一切言葉の交流無いのか? 古代エミシの時代、アイヌ語の祖語というべき言葉を話していた人びとが北海道から東北地方にかけて居住していた。
奥羽のエミシと呼ばれた人々は古代国家がしかけた「征夷」戦争に対して頑強に抵抗したが、結局俘囚化の道を余儀なくされた。
その過程で王朝権力と結びつきながら俘囚の系譜をひく強大な境界権力を生み出したものの、中世武家政権の成立によって解体されてしまう。
鎌倉後家人が地頭として入ってくると、北奥の安藤氏の世界を除き、潮が引いたように蝦夷・俘囚の影かたちは消え去り、蝦夷征伐の伝承世界に閉じ込められてしまった。
エミシ系住民は数世紀を経るなかで、倭語や農業中心的な生活スタイルの中に呑み込まれ、また移住者との間の混血も進行したものと思われる。
その結果、遠い先祖のことは忘れ、一様に百姓意識や日本人意識をもち、エゾと呼ばれる人々との同類・共通感情をもはや失う存在になってしまった。 蝦夷にそもそも同類・共通感情があったかどうかは不明だけどな
少なくとも出羽と陸奥に同類意識なんて無かったと思うぞ 北海道アイヌはあの広い土地にいたにも関わらず、最盛期でも人口は4〜5万しかいなかった
東北蝦夷もあまり農業してなかったらしいし、和人の移民が来たら消えてしまう程度の人口しかいなかっただろう
今の東北人は、ほぼ関八州や北陸移民の子孫だよ 北奥羽に思想的土壌をもつ昌益は 『統道真伝』万国巻のなかで 「東夷国」= アイヌ社会について
「夷人」は「魚と菓の精」が凝って生じたものだ。「日本人」が船を通じて米穀をもたらすが、
「菓」と「鮭魚」を食べるのが常である。冬は熊・猪の類を狩りしてその肉を食べ、木の皮の織物を着ている。
人となりは身長が高く、「猿の眼の色」で「人相荒」いが、「夫婦の愛念」は深く、長寿である。
その「心術は拙」であるが、「金銀の通用」ないために「欲貯・賁奢ひしゃ・邪功」も「上下・支配」もなく、
「争戦」して奪い奪われるような「乱世」というものが存在しない。
「松前」(松前藩)が「犯掠」したときは「蜂起」となるが、これは「夷人」の「私の罪」ではない。
聖人や釈迦の「偽教の妄説」がないので、「欲心」がない。「学問・文字の制こしらえ事」がないので、その心は「直廉」である
と述べている >>303
>>305
だから、農業やっていないと人口はそんなものだろ。むしろ、人口密度が異常に高い関東とか東海、関西が異常なんであって。
そもそも、日本人的生活の基礎は稲作だから、稲作不適合地区は日本人になる旨味はゼロだろ。
鎌倉あたりから苗代技術が発達して、危険な早春の時期に安定して苗を育てることができるようになったから、日本人の支配地区が広がったんじゃないの? >>305
>東北蝦夷もあまり農業してなかったらしい・・・・・・・
古代の東北先住民蝦夷や縄文人が弥生人の持ち込んだ
稲作を受容する・しないの選択分岐は何だったのだろう?
獣猟・鮭漁に比べ食糧確保の安定度は稲作の方が格段に
高いであろうに。 >>303
エミシ・エゾと用語を使い分けているが、
この両者は何が違うの? >>310
稲は熱帯性の植物なので東北以北の気候には向かない。
弥生時代には一度、津軽平野まで稲作が普及したものの気候の寒冷化ですぐに絶えた。
4,5世紀には東北は人口希薄地帯となり、北から続縄文人が進出したりもしている。
瀬川拓郎の説によれば、東北のアイヌ語地名は彼ら続縄文人の命名だという。
やがて江戸期。
幕藩体制、石高制のもとで東北でも稲作が奨励されたが、
稲作に向かない寒冷地で稲作をする。天候不順の年は目も当てられない。
天明や天保の飢饉では草の根や牛馬も食い尽くし、人肉にも手を出すありさま
飢饉の年でなくとも南部領では一揆が頻発し、そんなに百姓から収奪しても南部藩は財政破綻状態。
北海道南部で稲作が成功したのは幕末期。
北海道中部以北で稲作が成功したのは明治20年代。
それも、苗代に風呂の湯を引き込んで温める手間を加えてのことだからね。
今の東北や北海道が米どころなのは、品種改良と地球温暖化のおかげ >>296
それは初めて見たな
まだ誰も知らないんじゃない
国内では見たことないな >>314
清国の文書だから国内にはないのではなかろうか
他の人も書いてるけど、この満文部分は清国の官僚が捕捉した対訳であって、琉球が満文で起草したわけじゃない >>317
岡田英弘氏黄文雄氏の著書などに詳しく書いてあるよね
『岡田英弘著作集 Y 東アジア市の実像』
http://jhfk1413.blog.fc2.com/blog-entry-3369.html?sp
「第一公用語は満州語で、必要に応じてモンゴル語と漢語が併用された。」
清朝は第一公用語が満州語、第二公用語がモンゴル語、第三公用語が漢語だった
満州語が全ての公的機関で使われていた 内部文書には漢語が使われたが対外文書は満州語だった >>320
漢字読めない?
日本人でも意味はわかるはずだけど 清朝と琉球が満州語でやりとりしてたっていうのは大嘘やけど、他国に対して自国語の文書を一方的に送りつける例が無かったわけではないな
江戸幕府に対してクメール語文と漢文の両方で書簡を送る国もあった
もちろん江戸幕府側はクメール語なんかガン無視で漢文だけ見て漢文で返信してた
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sea/2015/44/2015_120/_pdf >>305
中近世の寒冷地の4〜5万は十分な人数だけど
青森でも数万程度だろう
20〜30万もいる藩は雄藩だ
でも十万の藩だからといってその地方の者が絶滅したという話は聞いたことがない
中世は全人口が現在の10分の1 >>323
いやそういう話じゃないから
さっきから君ひとり浮いてる >>302
モンゴル語だろ
沈黙交易は言葉が通じないからやるわけではない
同じアイヌ同士でも千島アイヌと蝦夷アイヌの間で行ってる
樺太やオホーツクは元がツングース系なのだからアムールの者達と直接話が通じるだろ
漢字がその地に伝わったのは日本から伝わった方が先じゃないか
元朝の時代に漢族はまだ外満州に来てない
知識が偏ってるな >>317
ようやく見つけたのか
時間がかかったな >>399
元の話に戻ると、
樺太アイヌが保存してた「漢文がなく満文の外交文書」が見つかった→へえ、外交文書が満文なのは琉球と一緒だね!→ちょっと待て、琉球の外交文書で漢満組になってるんじゃなくて満文だけのなんかあったっけ?→あるよ!知らないの?→えー、見せて見せて
という流れだよな? ジャップなアイヌを散々差別したようだが、アメリカに行けばモンキーのただの黃人
この差別主義はどこから来るのだろうか >>312
それと苗代技術の発達な。
早春のまだ寒い時期から、幼苗に油紙(今はビニール)をかぶせて、太陽の光で保温し、育生するんだ。
油紙などが流通していないと使えない手法だな。 >>327
荻生徂徠の満文考とか知らないの
江戸時代国学者の間で漢字批判が強まった
新井白石「其字母わづかに三十三字にして、天下の音としてうつすべからずといふものなく、
支那人はよく記性強しとこそ見えたれ、夫等の字盡く記し得て、天下の言に通ぜむ、いと煩しき事なり」
賀茂真淵本居宣長といった国学者も総じて漢字の不透明性を否定してる
そこでひらがな五十音が整備されたのだが
あいうえおはサンスクリット語の母音の並び
誰でも知ってるかと思ったよ >>333
ここにいる人はある程度わかってるけど
彼だけはちょっとね... >>329
俺もそのつもりだったのに新井白石がどうとかあいうえおの並びがサンスクリット由来とかそういう話だったみたいで混乱してる 高校の左翼教師は安藤昌益をマンセーしていたな。
彼は武士階級を否定していた!だから天皇も否定していたに違いない!と >>1. へ
19世紀の幕末から明治時代にかけて・・・今の現在。『北海道』と呼んでいる土地
は=島国・日本。と大国・ロシア。との「領土の、取り合い」に、なっていた。
その時代に「あの土地」が・・・もしもロシアやソ連の土地になっていたとしたら。
21世紀の今、現在でも=ホッカイドー??なんて場所は、この世に存在しなくて。
「青森県の向こうは=ロシア」と、いう。ごく、一般常識のアタリマエのこと。
・・・に、なっていただろう。
で。まー、エゾとかいう土地には=未開の原始人や土着民(アイヌ) が、住んでいた
だろう。でも、そんなコトはどーでもいい!!こと、だったので。
今の現在=ホッカイドー??は、ジャパンの土地だ。と、いうコトになっているワケ
だ。
( ちなみに「北方領土」なんて=言っているのは、世界中でも「我がニッポン、ダケ」
だ。今現在の世界中でも、あ・そ・こ・は=「クリル諸島」あるいは「サハリン州
クリル南諸島」」という名前であって。その土地を、ロシアとジャパンとが領土
問題でモメあっている・・・と、いう言い方をしている。戦勝国や敗戦国などは、
何の関係も無くて、ね。 )
:何だ?「先住民族問題」かっ??
↑つづき
この土地=北海道は。シャモ(アイヌ語で=隣人=日本人。という意味)でも、ロシア
でもなく=俺たち「アイヌ・モシリ(アイヌの大地)」だ。
おまえら、シャモはこの俺たちの "国" から出て行け! 二度と、来るなっ!!
・・・と、言いたかっただろう。
:オキナワ(沖縄)、みたいだね。 お年寄りは日本史と世界史を別々に習うから
同時代の時系列が思考の中で並ばずに混乱するんだろうね
江戸時代人が国際感覚豊かだともうそれだけで付いていけなくなる
先人を敬えないことは愚かしいこと いつの時代でも語学堪能な人間はいるのにね
外国の文字は読むことの出来ないデタラメな言葉だとか全く情けない
仏教の識者なら天竺の梵語を知る者はいくらでもいたのに
日本の言葉で"梵語"と言ってもわからないならSanskritといえばわかるのかな >>305
たった4万しかいなかったのに北海道はアイヌの土地だとか言ってるのかよw
言えるのはアイヌが住んでた極一部の土地だけじゃねーかw
インディアン居留地みたいなのを作ってそきで暮らしてみるか?ん? 得撫島を境に北千島人と南千島が分かれるんだよ
南千島人は蝦夷アイヌと同じ
北千島人はロシア人が近世に接触を試みていたのでいくらかの習慣が入っていた
蝦夷アイヌは北千島人について面識がなく沈黙交易を行っていた
だが後に会話も通じる同じ集団だったことがわかる
中世に分化したアイヌの一派
ここが現在の境界論争の場所となる
ロシア側はウルップ島以南を認識していなかったためそもそも地理を知らなかった
無知が所有の根拠ではさすがに問題があるから
それ以外にも実は問題が多い
・得撫島までが南千島でもある
・中世以降に分化した北千島のアイヌはやはりロシアの接触の方が後
・北千島アイヌ300人に大して南千島の蝦夷アイヌは数千人 >>342
そういうのいいから
あっち側の人の演技でしょ?
和人征服説の信奉者 蝦夷アイヌは日本人の一部だということでとっくに話が進んでるのに
いまさら対立とか持ち出す馬鹿なんなの
問題は樺太アイヌや千島アイヌといった
ロシアに民族浄化されたアイヌの所属を調べてるのに しかし北海道全土に4、5万人しかいなかったっていうのは本当なのか?
一つの集落に千七百人住んでたところも確認されてるのにいくらなんでも少なすぎないか?
ネット上では全盛期に五十万人いたって主張してるのも見たことあるけど根拠は何も示してなかったな >>347
アイヌの50万人は絶対に無理。
因みに北欧の雄スウェーデンは16世期の人口が80万人。
ヨーロッパでライ麦農業を大々的にやってても寒地だとこれが限度。
この後の人口の伸びは新大陸から入ってきたポテトのおかけだ。
北海道アイヌが16世期スウェーデンのレベルの行政機構を作って、政府が農業管理政策を行なってライ麦農業でもやってれば別だが、実際は部族割拠で狩猟採集生活を送っていた訳で、そんな人たちの人口が50万人とは寝言もいい加減にしろの世界だ。 農業で人口があれば優れているというわけでもないが
それでも狩猟民遊牧民とは大体十倍くらいの差はある
ちなみに中国を支配した女真人は70万で1億を制したから
数万人のアイヌは当時1千数百万の日本を制することもできたかも >>353
スコットランドは農業やってただろう
しかも荘園領主が営利計画を立てて生産の最大化を目指していた
肥料の配合や土地改良など世界でも最先端レベルだったぞ
北海道アイヌと比較するならは沿海州の女真人やエヴェンキ族や南シベリアの半農半牧の部族じゃないと話にならない
まぁワザとやってるんだろうけども 勘違いしてる輩が多いけれども、満洲人は農業もやってたし、政府も作って官僚機構も構えていた。
ただ農業生産力が貧困で牧畜もやっていたから、純粋な遊牧民の蒙古人とも対等に戦う事ができた。
>>354
人口70万人は初めて聞いたが、農業をやってても満洲という寒冷地では人口が非常に希薄だったのは事実。
北海道の何倍もある土地で、農業やってて70万人なら、北海道アイヌの人口50万人などは絶対にありえないといえる。 >>355
353のレスは>>347のアイヌ50万説に対する反論なんだが
なぜ352のお前が怒り狂うのかな
同サイドへの同士討ちレスが
ネットを荒らす一番の原因だから
荒らしは削除して謝罪するように あと満族が中国を支配できたのは、明が李自成の乱で滅亡して、李自成に婚約者を暴行されたの恨んだ呉三桂という将軍が、満族の王様に仇討ちを頼んで万里の長城の門を開いたから。
普通の状況では、満族が中国の支配など不可能だったよ。 広いとはいえ山と森だらけの北海道でそんな人が住むところあるか? >>352
アイヌ人は50万人もいないので
それより多い80万人のスウェーデンを持ち出すのは的外れも甚だしい
悪態をつきたいだけなら板違いなので
他のレスの妨害をせずに去るように >>356
「70万で1億」は希薄地の"寡兵よく大軍を破る"の代表例だろ
女真人人口は70万人じゃなかったのか?
当時の居住地で適切な人数だと思うが
蒼穹の昴とか中原の虹とか観ないのか
さんざん言ってただろ 満洲は北海道の15倍あるんだから比率としてはそんなもんだろ 日本政府と天皇陛下に謝罪要求した某エカシは、アイヌは50万人いたと主張している これはアレですよ
慰安婦20万人の人たちがアイヌになりすまして
50万人と言ってんでしょ
全く同じで呆れ果てる >>358
満族ではなくて満洲人ね
日本人なら正しく使おう
支那人ならひとこと言ってほしい >>365
ぜんぶ同化してしまったね
いまやクオーターもほとんどいない
ハーフはゼロ 弥生チョンが稲作技術もって温暖地域に住み着いたのが
日本の歴史で最大の悲劇 >>368
縄文日本人が分化してアイヌになったんだが
まだそんなこと言ってんの
異民族じゃないから民族浄化とかないから
日本を悪人にしてそんなに楽しいのか?
『俺達悪人だぜ!日本人の俺が言ってんだから間違いないんだぜ!』
ってなんなん
なりすますなよマジで
「アイヌは俺達日本人がレ○プして消滅してしまったぜエヘヘ」?
マジ消えろ
お前日本人じゃないんだから黙ってろよ
アイヌは先住民族じゃないんだよ馬鹿
しんどけ 『同化した』とか言ってる人間なんなのマジで
縄文アイヌの血を引いてるのが東日本人なんだが
地名もアイヌ語だらけだよ
自分の血を自分で同化するのか?アホか
日本人のフリして"同化"とか言ってるやつ
大陸の人間だろ?
それしかありえないもんな
自分に縄文の血が無いやつの発想 ネトウヨ
お前大陸人なんだから邪魔すんな
右翼で事件起こす人間なんて大陸名のやつばっかりだろ?
ネトウヨ「アイヌは少数で土人だから我々日本人が同化してやったんだ」→ハア?
こんな意見誰も望んでねえんだよバーカ
アイヌは13世紀以降に縄文日本人から分化した北海道人で
それ以前も以降も断続的に同じ社会にいる日本人だし
そもそも関東人は全員同じ血だ
アイヌを『浄化済みの先住民族』と判断してる時点でお前が一番の悪左翼なんだよ
お前の土地じゃないんだから帰れ
こんなひどい考え方する人間は必要無い >>368
今の世界では、血統だけを民族の根拠にはできんだろw
大体日本人だって、混血民族なわけで >>375
関東にエヴェンキ族がいつ来たの?
故地と5000kmくらい離れてるけど 民族に血統なんか関係ないんだけどな
文化の継承のそが民族の本質
ユダヤ民族指して血統が〜なんて言うか?
ナンセンスだわ >>378
擁護する気は一切ないが、仙台の多賀城碑には靺鞨まで三千里と彫られているな。
多賀城碑は8世紀に作られたもので、靺鞨はエヴェンキの古名だろう。 というか斎藤成也は福井の斎藤氏だから藤原利仁流でYハプロはO1b2 〜藤の名字は高確率で渡来系
日本史では常識なんだけど無知な人は気が付かない >>140
アイヌ語の公用語化と民族学校をつくることに賛成だが
在日朝鮮人が当然のように俺たちにも権利があるとか言ってくるのが目に見えてる。 >>148
現在のロシア領にロシア国籍の(樺太や千島などの)アイヌ民族っていたっけ? >>356
おっしゃる満洲人というのは、中国東北地方に
金を樹立した女真族のことか?
政府も作って官僚機構も構えてというのは、金が
その地の漢族を統治したと言われるの? 民族学校なんか作っても通いたいアイヌがどんだけいるんだよ
せいぜいカルチャースクールレベルだろ >>385
在日すらハングル喋れないのが多数派なんだぞ?
実用性皆無のアイヌ語なんて趣味以外誰もやらねえ >>389
喋れないのは主に南系だよ
朝鮮中学や朝鮮高校で学んでる子たちは、かなり綺麗な朝鮮/韓国語を話せる
最近は韓国籍の子の生徒も増えてきている
言葉を失ったら民族のアイデンティティは存続できないからな
そういう意味で下痢糞の民族学校差別は許せないんだよ 外野が民族学校〜言ったってアイヌ自身がそういうのに興味ねーっつの アイヌは国内問題だが朝鮮学校は他国の機関だろ…自分の国に支援して貰えよ >>375
>>380
エベンキは中国の少数民族の朝鮮読み
チベットやウイグルと同じで弾圧されてる
それを朝鮮と結び付けて罵倒してるおかしなのがいる
チベットにも朝鮮ルーツ説があるが
全く知られてないのにそれを宣伝するようなもの
中共の少数民族弾圧に勝手に参加させられている
これは朝鮮を叩いてはいるがネトウヨではなくアンチモラリストの連中だろう
ただ逆張りしたいだけの異常者 靺鞨がツングースであるというのは
わりと言われるが証明はされてない
古アジアなどいくつかの説がある ツングースが多い地域の
よくわからない言語の総称が古アジアだから
そのへんは仕方がない気がするがね >>343
>それ以外にも実は問題が多い
>・得撫島までが南千島でもある
>・中世以降に分化した北千島のアイヌはやはりロシアの接触の方が後
>・北千島アイヌ300人に大して南千島の蝦夷アイヌは数千・・・・・・・・・・・・・・・
上記3項が、何に対する問題点だとおっしゃるのですか? >>397
聞き直すのはやめよう
依存があるならまず自分から言うように >>386
アイヌつまり日本人はいないと言い切って名乗らせなかった
アイヌを日本人と認めていた証拠でもあるし民族浄化の当事者でもある そもそも通古斯だろ
その辺の語源はどこの言葉が正なのかはわからない
ロシア語をローマ字読みしてるが
中国語で鄂温克は日本で読めばオオンコだな(鄂はオ)
大体そこは誰も否定してないじゃん
オウンクは比較的近年に自称され始めたらしい
元々ある言葉だが通古斯も鄂温克も具体的な対象の無い総称だったのだろう
例えばタタールという部族名は呼ぶ者によって対象が微妙に違う
西洋人からみればモンゴル人全般
ロシアではもっと具体的な旧トルコ系の民族を指す
本来の意味はモンゴルの中のさらに一部族名
日本では韃靼はむしろモンゴルとは異なる半農半漁民を指す
そういう総称的な呼称はわりとある 東胡はモンゴル説が有力だぞ
中国では蒙古系と確定してるように扱われている
なぜなら契丹文字の解読が進んで鮮卑拓跋部が蒙古系とほぼ確定したからだ
そしてそれは中国の史書の記述通りだった
契丹は鮮卑の末裔で鮮卑は東胡の末裔とあったからな
東胡は蒙古系だろうな 契丹文字の解読はまだ完璧ではないが、七割程度は既に読める状態になっている
契丹語はかなり訛りの強いモンゴル語だった
契丹語が分かったことで、拓跋部の言葉として書かれていた言葉も読めるようになった
つまり契丹語の前身が鮮卑拓跋語と確定
中国の史書を繋げて読んでみると、東胡が烏桓と鮮卑に分かれ、鮮卑が室韋と契丹に分かれ、室韋の一部だったモンゴル部から成吉思汗が出たと読める
という事で東胡も蒙古と考えられる ツングース族のハプログループ一覧
https://en.wikipedia.org/wiki/Tungusic_peoples#Population_genetics
ナナイ、満州族が、朝鮮民族のハプログループ構成に酷似
Cが25-30% Oが50-60% Nが15-20%とやや多め
エヴェンキ、ウリチ、オロチョンは
Cが50-70% Oが15-35% 道南・津軽に住んでいた「渡党」が和人・アイヌの混血
道北・樺太がニヴフ・アイヌの混血と仮定すると
道西と道東のアイヌがいちばん純血の縄文人に近いのか? モンゴル系とテュルク系が分化したのは匈奴から鮮卑の間あたりなんだろうか
ちなみにロシア人はチャイニーズをキタイと呼ぶな
他称の視点による違いも定義に影響する >>406
道西のアイヌと樺太アイヌは同系列らしいけど
道東と内浦アイヌと南部藩のアイヌあたりなのでは
無論和人との混血はあるけど日本海側と太平洋側に境界があるのだろう
古代から和人の進出していた日本海側の蝦夷地とは少し異なる
遅い時期の混血 まあ古代の和人が和人だったかもよくわからないけど
大和が連合していく過程の参加令制国のひとつ >>407
モンゴル系とテュルク系を同系と考えるのはアルタイ語族説?
それともその二つだけで蒙土語族があったと考えるの? 匈奴はトルコ語説が有力
ブルガール語という古い時代に分岐したトルコ語があり、そのブルガール人はフン族の直系子孫の可能性が高いからだ
匈奴がブルガール人なら蒙古族と似ても似つかぬ言葉の使い手だった >>411
ブルガール人、
トルコ人のように現在のブルガリア人の祖先は東方から来たの? アルタイ語族という言葉も知らないネトウヨが屁理屈を述べているな
ブルガール人が東から来た証拠はどこのあるのか
匈奴と東胡が分かれてトルコとモンゴルになったに決まっている
韓国語も日本語もアルタイ語族なのだ アルタイ語族の倭人がアイヌの日本を侵略して弥生時代が産まれたのだろう
いや正しくは扶余族が縄文人を支配して産まれたピジン韓語が倭語のルーツであり、その倭人によってアイヌが駆逐されたのである アルタイ語族説を信じるのは自由やけどさも確定したかのように言うのはどうなんかな >>413-414
否定された説を信奉する時代遅れのジッジで草
ネトウヨとか言ってる時点で糖質やんけ
日本語と朝鮮語が同じ言語から分岐したという仮定をした場合語彙が殆ど一致しないため最低でも分岐から7000年経っていなければならない
その7000年前とはそれまで無人だった朝鮮半島に突如縄文類似文化が釜山の加徳島に出現した時期に一致する
そして朝鮮語とアイヌ語の語彙一致率は日本語と朝鮮語との間よりも高い
間に文法が類似する日本語があるにも関わらずそれを飛び越えてアイヌとの間の方が近い
これはアイヌと朝鮮の共通祖先が7000年以上前の日本列島に居住していたこと、朝鮮人が日本列島を起源とする民族であることを意味するんや
その証拠に朝鮮人の核染色体は北京人と日本人の中間にある(もし「アルタイ語族の倭人がアイヌの日本を侵略して弥生時代が産まれた」んやったら朝鮮人の遺伝子は日本側に近くはないで) >>416
どうせ出せないだろうが、一応聞くか。
ソースは? アルタイ語族説w
50年前の説を未だにいう奴がいるっtw化石かなw >>420
そのソースはなんの資料に書かれているんだよw
随分古そうな本のコピーだろそれ アルタイ語族説とかこういう言語の話してる時に遺伝子がどうたら言い出す奴が必ず出てくるけどどうにかならんのかな
いつになったら間違いに気づくんや 東北にはアイヌが住んでいたから、アイヌ語地名がある
北海道オホーツク海沿岸にはオホーツク人が住んでいたから、オホーツク語?の地名があるはず。それなのに見当たらない。
何故?
あるいは、アイヌ語とオホーツク語は同一だったの? >>421
スワデシュリストでの語彙比較に古いもクソもあるか
文句があるなら自分で資料集めて比較してみろ
どうせ大差ない >>423
別に以前ある民族がいたからってその民族の言葉が地名に残ってないといけないわけでもない
タイはタイ民族が来る前はモン族が王朝を立てたけど今のタイにモン語の地名なんか残ってないやろ >>423
オホーツク人はアイヌに吸収されたから
オホーツク語地名はアイヌ語地名扱いだぞ >>410
トルコの神話では匈奴の王が始祖だからだよ
比較言語論なんて答えが出ない議論はしていない
まずそちらがその前提を知らないのだろう
別に自分の判断の話はしていない
中国の書物をいくら漁っても当事者の主張は出て来ない
中国人という外国人が判断してるにすぎない アルタイ語族は視点のひとつだけど
トルキスタンにはペルシャ語のタジキスタンも含まれる
かれらも同一民族の認識で暮らしている
ある程度の骨格はあるだろうけど言語で全てが決まるわけじゃない
なお後代のトルコ語圏の国家群はキプチャク、チャタガイ、チムール、ムガールなど全て旧モンゴル帝国
言語学の世界ではどのように判断されてるのか知らないが
実際の民族では完全に区別がなくなってしまってるのが現状 >>424
肝心の何のソースかってのがねーのに信じろと? 語族という概念の発祥がそもそも印欧語族だからな
概念が先にあって分類が決まったのではなく
印欧語族というグループを売り出すために生まれた分類法
プロパガンダそのものだな
ちなみにアルタイもプロパガンダが目的で生まれている
非印欧語族の国々が新たな語族の発見を求めることで生まれたグループ
まあ文化圏のひとつのとしては一応成立してるけど ウラルアルタイって昔はひとつのグループだったな
今は分かれてるけど要は特定の証明がなされてない希望を示す分類法だから
だがいまでもウラル諸語の国は相変わらずアジア系祖先を自認している
フィンランドもハンガリーも祖先は匈奴(遊牧系)という暗黙の前提がある
そのハンガリーの学者バラートシバログがアイヌ研究の権威であることは
実はその辺りに関係している >>429
語族っていう概念が自体同系の言語の集まりやから
言語以外のものはなんら関係無い
こんなことまで説明しないと分からんのか >>422
文句なら弥生人がアルタイ語族で日本はアイヌでに倭人はピジン韓国人だとかトンデモこいてる>>413-414の頭パーヨクに言え >>435
検索したが、お前は煽るだけでそのサイトの画像だけ利用して、結論を使っていないだろw
結論として初期にアイヌ語、日本語、韓国語の地区に一定の言語があって、それから日本語の場合南方から単語が入ってきたってことな。
アルタイ仮説と矛盾はしないわな。 >>436
言語と遺伝子の話を混同してるやつじゃねえよ
お前誤爆多すぎんねん
自分の読解力棚に上げてないで己の脳みそ遺伝子の疑え
ネットを荒らすな
精神不安定バカ >>436
そもそも民族主義自体がエセ科学なんだよ
語族というジャンル自体が遺伝子的な人種概念のエセ科学から
逆に起こされて生まれたジャンルだから
元々人種主義と切っても切り離せないもの
ひとり異様に疑心暗鬼で
よく読まないで喧嘩相手と
別人のレスに食ってかかってる奴がいる
まじでネット初心者だな
お前もその食って掛かってる相手と同じネトウヨなんだよ きっかけがエセ科学だろうとなんだろうと
学術的な興味で会話してんだから
いちいち思想戦おっ始めて荒らす奴どっか行ってほしいわ
誤爆ばかりの無自覚の好戦主義者 >>442
語族の定義こわれる
日本がおまんこになっちゃう 語族っていうのは言語の基礎語彙同士を比較して同系統が証明された言語の集まり
あくまでも言語の集まりであって話し手の人間のことは言ってない
だから話し手の遺伝子がどうであろうとそれによって語族の区分が変更されることは無いのよ
話を戻すとテュルク系言語と蒙古系言語が共通の祖語から分離したっていうアルタイ語族説を考えるので有れば、遺伝子の分布図なんかは何の参考価値も無い
上の方で誰かがスワデシュリストあげてたけどああいうものを使って論じるしか無い
スワデシュリストも西洋文化に偏りすぎてて東洋言語にとっても「基礎語彙」と言えるかどうかの問題はあるけど一つの参考にはなる >>413
チュルクとモンゴルの分離年代がそんなに新しいわけがない
大きめの図書館で『言語学大辞典・世界言語編』の
蒙古語派、チュルク語派、アルタイ諸言語等の項目を読み漁れ
基礎語彙の比較や分離年代についても出てくるはずだから
>>420
ソースはもしかして安本美典あたりかな
言語学者扱いされてるけどトンデモスレスレの >>446
俺はアルタイ諸語でいいけど、テュルクと蒙古が「分岐した」って言いたい人にとっては必ず語族でないとあかん >>441
語族は「ジャンル」ではないし
遺伝子とも人種とも関係がない
「民族主義」はそもそもイデオロギーだから科学の対象となる概念の形をしていない
お前は言葉の使い方がいちいち雑 どんなに屁理屈を述べても、日本語がピジン語であるのは、多くの学者の指摘する所だ。
倭人の歴史は、始まりから全て原住民の征服行から始まっている
王化といっているが、これは常に倭人によるアイヌの征服同化と考えて良い
同化ならまだしも、真相は民族浄化だった可能性もある ピジンの意味分かってなさそう
ビジネスの訛りだぞ
母語以外にビジネスのために共用語として他言語を崩れた形で使うのがピジン語
日本語にそんな役割あったのかねぇ >>451
それ特に誰かが反対してるような考えじゃないけど
(この時点でお前は見当違いのとんちんかん)ここで否定しとくわ
1)それを母語とする集団にとって、その言語はピジンではない
2)征服者と被征服民が存在する場合、征服者がピジンの主要な話し手となる事はない
糖質は薬飲んで寝とけ 昔は日本全国がアイヌだったって・・・大川ってやつが言うとったが >>447
まさにその人だw
トンデモすれすれなのか。 言語開A集団と言語B集団があり互いの意思疎通のために言語Cを使用する
その時がC言語は非母語話者同士の会話のために崩れた形となる
これがピジン語な
その時が言語Cが採用されるのは言語Cが優力な勢力を持った集団によって使用されてるから
日本語がピジン語ならその元になる言語を使っている優力な集団がすでにいた事を示す
まあ>>451はピジンの意味すら分かってないみたいなので関係ないな >>449
お前、敵を作ってそれを叩くパターンから早く脱却しろよw
爽快感があるんだろうが、無意味だ >>451
多くの学者「日本語はピジン語、アトランティスは実在した、ビッグバンの起源は韓国」 ピジンを母語とする人はいない
誰かの母語となった時点で、その言語はクレオールと呼ばれる >>449
トルコとモンゴルは言語で近親意識があるわけじゃない
トルコ人やモンゴル人はお前に発見されたわけじゃないんだよ
頭大丈夫?
語族なんて概念はごく最近に生まれた概念なのにそれしか知らないお前が一番の信者なんだよ
こっちはトルコ語とモンゴル語の比較なんか知らないが
そもそもお前は知ってるのか?
nereden geldin?
答えてみろ トルコの神話の始祖は匈奴の冒頓単于
モンゴルの始祖も同じ
フィンランドあたりでも一部ではそう信じられている
語族なんて概念がまだなかった頃からのこと
そもそも元々そういう主張を持った者達が近代に"語族"を作った
言語の比較なんか後付けなんだよ
そもそも"諸語"の方こそ分岐があるが
方言なんて全て分岐だし
アメリカ英語とフィリピン英語も分岐
文化は分岐するのが当たり前なのに
語族にこだわるあまり文化の系譜を全否定って
フィリピン英語は古代から英語とは交わらない孤立語なのかよ
アホちゃう まともな言語の話に戻ると>>456の指摘が面白い
これこそが厳密なクレオール言語の定義やけど、よく聞く日本語クレオール起源説はどれも単なる混成言語のことを言ってて三種類の言語集団があったとは言ってないのよな
安本にしても村山にしてもアルタイ系言語と南島系言語が混ざってできたって言ってるだけで、二つの集団がまた別の支配民族の言語を共通語として使った結果生まれたとは言ってない
上層言語が入ってくる前の日本列島には均一の言語があったのか、それとも複数の言語集団があったのか、
複数あったとすればそれは同一語族なのか違うのか、いろんな可能性が出てきて結局何も分からない >>466
日本語が混成言語とか言ってたら日本語以外の全ての言語が混成言語になるわ
上層言語なるものがあったとしてそれは漢語のことであって固有語がどこぞの得体のしれないエベンキだか湾ブタニガーだかチョンコだかが日本を征服した結果生じたんやないんやで?
同じ島国の言語でも英語なんかはケルト・ラテン・アングロサクソン・デーン・フランスからなるクレオール起源やってはっきり分かる >>468
それは安本美典とか村山七郎に対する批判として言ってるの? つまり倭人語の起源が分からないのは古い韓語や古いアイヌ語の混合言語だからということだな
民族浄化の積み重ねで元を辿る事が不可能になっている >>471
そんな訳ないだろいい加減にしろ!
日本語ほど語彙が独特かつ外来語の起源をはっきりトレースできるの言語他にないわ
他所の言語の方が基礎語彙まで外来語に置換されて混成言語になってるからな
日本語しか知らない奴程日本語は混ざりモノと言いたがる 英語なんて混成の過程で文法まで単純化して元々屈折語だったのが孤立語に限りなく近づいてるピジン言語もいいとこだろ >>465
比較言語学は基礎語彙の比較の結果得られた音対応の法則に基いて
語族を考える
グリムの法則もヴェルナーの法則も知らずによくそんなデタラメが言えたものだ >>476
関係ない話で英語が混成言語であることを否定するな
基礎語彙ですら古英語のものを引き継いでいないものが多く、デーンローとノルマンコンクエストによって北欧語とフランス語に塗り替えられた混ざりモノ
それが英語 >>456
実際にピジンが生まれた例を見ると、必ずしも「3つ」もの集団を考える必要はない
元になった支配的な言語が1つと、互いに意思の疎通ができないいくつもの言語のモノリンガル話者がいればいい
集団と呼べるのは元になった言語の話者だけの場合も多い
ヨーロッパの言語何か1つと、あとはそれによって命令されるさまざまな部族の出身者を想定すればいい
そこで伝達に便利な簡略化された言葉が生まれる、それがピジンだ >>477
お前こそ関係ない話で比較言語学のすべての積み重ねを否定するな >>479
比較言語学とやらをちゃんと知っていれば英語の基礎語彙が古英語と北欧語とフランス語から成り立ってる混成語であることは一目瞭然だが
山や川すら固有語で言う事がない言語を混成ではないと強弁するつもりか? >>476が正しい
英語が云々言ってる奴はたぶん現代語だけ見て語ってるだろう >>481
具体的ソースも出さないで自演とは見苦しいぞ>>476 >>481
英語は古代語と現代語の語彙の一致が少ない
日本語と比較して確実に語彙の入れ替わりが激しく
入れ替わった語彙は征服者のもの
それだけではない
征服を受けるたびに文法が擦り切れて単純化
単純な文法はピジン言語の特徴やで 英語は発音とつづり字の不一致がはなはだしい。
ネイティブでも困ったりしないのか?
さておき、ここアイヌスレだよね? 古英語からの固有語彙のうち80%もが失われた(Since Old English, 80% of the original vocabulary may have been lost)らしい >>478
その例で言うと支配者(例えば英国人)と土着の被支配者の間で使われる言語は単に訛った英語、間違った英語として扱われる
もちろんそういう場面でもある種の言語は生まれるけどそれはピジンとは呼ばない
さまざまな部族の出身者同士で誰にとっても母語ではない英語をベースにして意思疎通する時に生まれる言語をピジンって呼ぶ
単にそう定義付けされてるっていうだけのことで、ピジンじゃないから無視していいっていうわけではないけどな
支配者-被支配者間で使う簡略化された言語は支配者が去れば当然使われなくなる
被支配者同士で使う簡略化された支配者言語は当の支配者が去った後も根強く残ることがある
それどころか台湾の宜蘭クレオールみたいに支配者が去ってから形成されることすらある
宜蘭クレオールは日本が去った戦後になって時が経つにつれて日本語語彙が増えてきてる様子が観察されてる
https://youtu.be/RrQdbmB_m3w グラドルの徳栄かなが25%くらい蝦夷アイヌ入ってそうな顔立ち
おっぱい大きい >>486
>さまざまな部族の出身者同士で誰にとっても母語ではない英語をベースにして意思疎通する時に生まれる言語をピジンって呼ぶ
さてはちゃんと勉強してないな
「誰にとっても母語ではない」意思疎通のための言語はリングワ・フランカであってピジン言語の定義とは無関係 >>489
いやそれも違うで
リングワフランカこそ別に母語でも母語でなくてもいい
中世近世ヨーロッパのフランス語なんかが典型例やろリングワフランカ
リングワフランカであることはピジン言語になるための必要条件ではある >>490
https://en.wiktionary.org/wiki/lingua_franca
A common language used by people of diverse backgrounds to communicate with one another, often a basic form of speech with simplified grammar, particularly, one not the first language of any of its speakers.
特にその話者のいずれもが第一言語としないものをいう
半可通はこれだから困る >>491
言いたいことが分かった
君はAとBだけしかおらん環境でCの言語を使うから「誰の母語でもない」って言ってるんやな
俺はABCDE......が混在する地域でAとB、AとC、BとC、BとDその他いろんな組み合わせでAの言語を使うような場面を言ってた
この場合のAの言語はこの地域のリングワフランカで間違いないけど、同時にAの母語でもあるやろ
例えばタイ北部の山奥なんかは華僑とミャオ族とアカ族とリス族なんかが混在してて、そこでは中国語がリングワフランカになってる そんなことどーでもえーやん
ここアイヌスレやぞ
日本語はピジンガイジがガイジなだけや どうでもよくはない
日本語がピジンやクレオールだとすれば構成要素に縄文語が含まれるわけだから
十分アイヌ語に関係ある話 弥生人は朝鮮人ってのがトンデモだからピジンでもクレオールでもないわ
それより日本語と朝鮮語とアイヌ語で縄文語族を作った方が現実的や そう
そこでアイヌ語が出てくる
ところが日本語にアイヌ語と共通する要素はほとんど見られない
なら初めに言語集団Aとアイヌ語(集団B)があって、後から優勢言語Cが来た結果Aとアイヌが意思疎通するためにCを取り込んだクレオール言語を作り上げたっていうストーリーが考えられる
アイヌが当時から少数派であればクレオール語の形成に参加しててもアイヌ語の要素を持ち込まなかった可能性は十分ある
台湾宜蘭クレオールはタイヤル族とセデック族が会話するために日本語を取り込んだクレオールを作り上げたけど、
セデック族はタイヤル族より少ないから宜蘭クレオールにセデック語の要素はほとんど取り入れられなかった >>496
いやそれならまず朝鮮語の方がアイヌ語に近いことをどう証明すんねん >>497
知らんがな
お前が勝手に証明しろや
ワシは朝鮮語の話なんかしてへん >>499
近いっていうのは何の話?
基礎語彙なら別に近くないし、文法だの音韻だのはすぐ変わるから考えてもしょうがない >>500
>>420
かなり共通点あるぞ
少なくともアルタイ仮説は殺せるレベルに
数詞の1(sine VS hɐn)、2(tu VS tuur)、3(re VS sejh)、4(ine VS re)
城(casi VS cas)、歯(ni-mak VS ni)、耳(kisar VS kɨj)、川(najh VS naj)
日本語朝鮮語間でも近そうな語彙は散見されるが、アイヌ語朝鮮語間はそれよりも割合が高い 訂正
1(sine VS hɐna)、2(tu VS tuur)、3(re VS səjh)、4(ine VS nəjh) うーんこれでは対応法則が導き出せるとも思えんな
音節の数でさえ増えたり減ったり不規則やし
他にもいっぱいあるからそう言ってるんやとは思うけども
というか、アイヌ語と朝鮮語に何らかの関係があっても無くてもそれは日本語系統論には影響無いやろ? 逆に日本語がピジンだとかクレオールだとか言ってる奴がきちんとしたデータだしたとこ見たことない
あってもアイヌ語と朝鮮語の比較よりずっとガタガタのゴミしかないし 日本語と南島語族の語彙比較がいくらでもあるやろ
村山に始まって最近でも崎山とか >>506
だからそれが>>502で挙げたのよりも全然ひどい何の同根の証明にもなってないゴミなんよ 現状定説が出てない日本語系統論に同根の証明なんかあるわけないし、それを朝鮮語アイヌ語語彙比較と比べる意味も不明
一体何を言いたいのか >>507は日本語の系統をどう考えてるのかな
タミル語起源説でも朝鮮語起源説でもいいけど何かしらの考えがあるから他人を否定してるのかな
それと朝鮮語アイヌ語は同根同系だと思ってるのかな 縄文人はアイヌで弥生人はピジン韓国人でネトウヨが云々とかいうのがガイジ
それだけでええやろ ちなみに上の答えはJaponya'dan geldimな
流れてしまったので見てないけど 日本語は文法がアルタイで語彙がポリネシアだろ
チャンプルなんてもはやマレー語と沖縄弁が合体してる
発音も似てて現地の音楽など聞くと中国語などの違和感と比べて聞きやすいことがわかる
何を話しても話題に出てきてしまう朝鮮についてだが
ではこの際個人的な仮設から
朝鮮には主に二種類あると思ってていわゆる半島の朝鮮人と外地にあたる朝鮮族
著名なのは中国側の朝鮮族だが
彼らは実は親日民族であることはあまり知られていない
国境一歩隔てると超反日なのに同族の彼らは親日
この矛盾は彼ら自身どう解決してるのかわからない
中国側朝鮮族は実は報道では印象を変えてあって
実際の彼らは他の中国の少数民族の例にもれず
漢族より所得水準が高い
学歴や社会階層も上で支配階級側に位置する
インテリなんだな 北方領土やアイヌ問題でコリア嫌いがよく目くじら立ててるが
朝鮮人ならぬ朝鮮族は実は樺太にわりといる
これが政治活動のザイ某と関係あるかはわからないが
遠方諸国ではコリアと言ったときにこの朝鮮族の方を指している場合がある
中央アジアなどで語られるコリアは間違いなくこっちだろう
そして俺はこの朝鮮族と朝鮮人というのは
少し違うグループなのでは?と思っている >>513
ポリネシアは無関係
ちゃんと勉強したことがない奴ほど日本語のルーツをどこぞの日本語族の成立よりも新しくできた言語に求めたがる
縄文人が北方と南方の混合ではなくより古くに分岐した旧モンゴロイドであったのと同様
日本語に北方と南方の言語の要素があったとしてそれは両者の共通祖先から枝分かれして継承したものだ
そして朝鮮人は日本人とアイヌと共に同じ縄文人の言語を継承する兄弟民族だから仲良くしよう(提案) >>516
文法はすぐ変わるから言語の系統を探る手がかりにはならんのよ
日本語は過去に遡るほど助詞が少ない孤立語的な性質を見せる
中世以前の日本語には完了相があったのが現代では無くなってたり
古代の日本語文法は言うほど(現代の)朝鮮語と似てない
で、過去の朝鮮語はどうだったか知りたいところだけどいかんせん資料が無いから研究のしようも無い いや基礎語彙は変わりにくい
だから比較言語学は必ず基礎語彙を比較するんだよ そこって極端に多数の地区から流入が少ないから当たり前かと 語族というのは人為的であり、文化的連帯性が重要
韓国人と日本人は同根だから、日本政府は過去を謝罪をして、両者が仲良くするようにしなくてはいけない つまり、それが嫌なら基本語彙だけの変化で語族を判定しようってコト?
話は分かるがとっても学問的じゃねーなw >>515
まあ別に言語学だけの話をしてるわけじゃないからな
ポリネシアとは寝屋子制度などの生活習慣の共通性も強く見られて
無関係とは考えられない
わざわざ無関係を主張する意味がどこにある?
朝鮮の話題はそもそもが鬼門
民族は結局自己意識なのだから
相手がanti-Japanismを主張する場合にそれを同族かを考察しても仕方ない
遠方の外国人からみれば日本語と朝鮮語は酷似らしいが
自己意識で対立があるのに同ルーツと考えるのはここで話す議論ではない政治宣伝だな 朝鮮側の考える日韓同系論は韓国が先人としての高下関係だけなのだろ?
それは同系列民族ではないと思うぞ
世界の客観認識でもそう
韓国が間違ってるだけにすぎない
それはエセ科学だから 彼らの場合中華思想に基づいて
中華−朝鮮(小中華)−日本 という親子兄弟の高下関係で同族、という主張なのだから
そもそも日本と中国が別系統なのが明白なので前提が矛盾してる
だから論理的に彼らの間違いと言い切れる
そこで日韓同祖についての考察は一旦止めるしかないんだよ
政治摩擦しか生まない >>525
そんなの世界中のどこにでもあるだろ
お前が白人と日本しか世界を知らないってよくわかったわ >>515
共通祖先から枝分かれして継承したのなら無関係ではないのでは? >>529
その場合アフリカの黒人とも関係あるぞ
いいのか? >>530
ポリネシア人の故郷の地は台湾だそうだから、そうかもね。 >>532
台湾原住民はマレー・ポリネシア人ではない
なぜ南島語族だからといってなんでも一緒くたにするのか
こいつらの言語は基礎的な数詞すら一緒じゃないというのに
本当に無知とは罪だ >>533
お前がなんの知識で話してるのかしらないけど
台湾がポリネシアのルーツだと証明されたのは2003年頃だから
高齢の者や世相に暗い者は的外れの可能性がある
いまどこのサイトでも載ってるぞ
台湾とポリネシアの関係性の謎は
台湾の方がむしろ源流だったという驚きの発見で結末を迎えたのだが
それが台湾の民衆ナショナリズムにも影響してるのに
今まで知らなかったのか >>528
寝屋子制度が世界中にあるわけねえじゃねえか。。
日本でも三重県の島にしか残ってないのに
お前このスレで結構目立つから
お前の戦いの軌跡を追っていきたい >>534
2003年の訳ないやろボケ
こんなもん19世紀には定説じゃい >>534
そういう話ちゃうやろ
南島語族の中の台湾語派とマラヨポリネシア語派をごっちゃにするなっていう話してるんやろ
まあ台湾語派とポリネシア語派で数詞が違うっていうことはないけどな
台湾のナショナリズムとかどんどん的外れな方向に行ってるぞ >>535
お前どこ中だ?
お前が男子校生ならホモ行為の一つや二つしたことあるだろ? 数詞といえば南島語族台湾語派では三の派生で六を、四の派生で八を作る「倍数法」がよく見られる(特にタイヤル語群)
倍数法は世界各地であるにはあるけどかなり珍しい造語法と言える
そんな倍数法が世界で一番顕著に現れるのが他ならぬ日本語
ひ→ふ
み→む
よ→や
いつ→とを
台湾島から日本列島にかけてを倍数法多発地帯として一つのまとまりと考えることはできそう
アイヌ語はさらに珍しい「減数法」とでも呼ぶべき造語法がある
基本の語根は一から五と十で、六から九は10-4、10-3…と表す
俺は今のところアイヌ語以外にこの造語法を持つ言語を知らない >>539
それどっちでもいいよね
ポリネシア語派と台湾「諸語」を分けろっていう話でそこに噛みつく必要あった? アイヌ人は日本に古くからいるアジア人種のものらであるのであり、
このスレは世界史版にふさわしくない。 >>541
ナショナリズムだか寝屋子制度だか言ってる奴がガイジってだけや アイヌ語地名の南限
>山田によると、宮城県北部、秋田・山形県境から南におりるとアイヌ語地名が希薄になることから、このあたりを南限とした。宮城県では、北部に登米(とよま)、尿前(しとまえ)などのオマ地名があるが、仙台周辺にはみられない。
>これらの地域で人々がいつ頃までアイヌ語系統の言葉を話していたか。中世以降の蝦夷(アイヌ)は津軽下北両半島の突端部から北にしか住んでいないので、おおざっぱに、中世以前のことであることは間違いない。すると、古代の蝦夷(えみし)はアイヌ語系統の言葉を話した可能性が高いことになる。 アイヌの言語はエベンキ由来だからね
東北にエベンキが住んでいてそいつらが大和朝廷に退治されて逃げて行ったんだろ 縄文人からアイヌ人へ変遷したのか、縄文人の後から大陸などから渡ってきた民族がアイヌ人を形成したのか、
あまり検証されていないで、「和人に抵抗するアイヌ」の視点だけで「アイヌの歴史」が構築されているように見える。 俺が前読んだ本の骨格調査では縄文人からアイヌ人に変わっていったと結論付けていたな
オホーツク文化圏に接してるから北からオホーツク人、南から本州人が少しづつ混じっていったんじゃね よくアイヌに縄文系のY染色体ハプログループDが多いと言われるが
アイヌのY染色体はたったの19人しか調べられていない
これは民族ルーツを追う基準に達していない数値である
https://i.imgur.com/pJHo6g2.png >>539
パゼッヘ語の数詞は1から5までがよくある南島語で6以降は5+◯の五進数
つまり百パーセント純粋な南島語族
他の南島語族に無い語彙が混入してるわけでもない
何が不満? >>550
つまり他の言語の6以降が他の南島語族に無い語彙が混入したってことやんけ ええ…どんな思考回路やねん
別に南島語族全部が一から十まで決まった語根使ってるわけちゃうで
そんなんどこの語族でも一緒やろが
ベトナム語とクメール語見てみろや そんなことどーでもえーやん
タイ・カダイ語族とか一から十まで全部違ってて漢語に乗っ取られてるやつ除いても数詞の祖語作れないぞ >>545
中国の少数民族エベンキ族を蔑むような言い方
朝鮮となんの関係もないのについに単独でけなすようになったか
さすが関西系漢族 韓日同根だぞ
語族など関係がない
文化的連帯性こそが同属のアイデンティティを産むのだからな
ネトウヨは基礎教養がないパーなので理解できないんだよな 文化は韓国から日本に流れていき
中国の連中も日本文化は韓国風味の唐文化と言っているぞ 中国から朝鮮
朝鮮から日本だとすると
中国が日本のりる 中国が日本のルーツということになるけど
日本と中国は言語の系統も明らかに違う >>480
言語年代学における基礎語彙の概念をちゃんと知っていれば、
(「とやら」なんて言うくらいだしろくに調べてもいないんだろう)
英語のドイツ語との分離年代が1500年前という史実と
大して変わらないことがわかるぞ
>>482
ソースも何もグリムの法則ぐらい常識だろう
そうやってろくに裏も取らないガバガバ脳だから
すぐ錯乱して別人を自演とか言い出すんだよ >>561
暗記しかできないバカほど無関係な固有名詞をひけらかして誉めて誉めてとバカを晒す
悔しかったらmountainとriverが元々何語か言ってみろ >>523
語族の想定は言語の分析の結果であり、
イデオロギーに左右されない、誤魔化しようのない過去の歴史を浮き彫りにする
人為的に作られる偽科学は、たとえば神代文字のような創作行為を生むが、
これもその文字体系が過去の言語の姿に符合しなかったり、
それによって書かれた文献が文法的に異様に新しかったりすることで
後代の捏造であることが明らかになっている
「〜〜でなければならない」といった「あるべき姿」を頭ごなしに提示するのが
科学ではないイデオロギーの特徴だ >>562
中学英語の単語を上げて語源豆知識を書いて褒めて欲しいの?
ウィキペディアというサイトで知りたい言葉を検索すればいろんなことを教えてくれるよ?
もっと自分に素直になろうよ >>564「オイラの完全なる負けですごめんなさい」
まで読んだ >>545
ここであなたにクイズです。
満州語、朝鮮語、アイヌ語
この3つの中でエヴェンキ語に一番近いのはどの言語でしょうか?
他の人はちょっと黙っててね。 >>565
意地張ってないでウィキペディア日本語版でグリムの法則と言語年代学を調べてから出直してこい >>567
自閉症の子が電車の型番をこれだけ知ってるんだぞって自慢するのとそっくりだね。
もしかしてきみもでんちゃでんちゃ大好きかな? そういえばお隣にも山や川の固有語なくなった言語あったな
海は死にますか山は死にますかってなんかの歌であったけど、山を指す言葉自体が死んだら元も子もないわ >>567
あんたの言うことが正しい
正しいんやけど言語年代学っていうと途端に胡散臭くなるから比較言語学にして 基礎語彙が多少削れても比率としてはたいした数じゃないんだよ
鬼の首をとったみたいね単語1つ2つ挙げただけでホルってるんじゃ何の意味もない ここまで言われてるのにまだ借用語持ち出してグダグダ言ってる奴はわざと話を逸らしたいのかな?
現代においてどんな単語を使ってようが過去に固有語があったことが文献で確認できるならその固有語で比較したらいいだけの話
現代朝鮮語で山を表す固有語が使われてなくてもそんなことを取り上げる価値は無い
中期朝鮮語でmoe、古朝鮮語で*moroという言葉があるからこっちを見るだけの話 >>565
>>568-568
もう新しいネタも提供できずに罵倒しかできなくなってるんだな
哀れなもんだ
>>486
そうじゃなくて、奴隷たちも出身民族・使用言語がバラバラだから
支配者がいる時でも被支配者の間でその「崩れた英語」なりが共通の言語になる
それがもうピジンそのものだ
どだい「崩れた」と言う見方そのものが、新しい言語の誕生を認めない、
「元」の言語の使用者の観点からの偏った物言いにすぎない >>573
お前のしたい話なんて誰もマジレスしないんだ
ここはアイヌスレだからね😭
煽り耐性ゼロの💩はおもちゃにされるだけなんだ😆 >>574
もともとは日本語はピジンとか妄言言っとるガイジがガイジというだけやん
君はナニと戦っとるんや しれっと縄文からアイヌへと変遷した、と印象付けられているけど、「弥生人・和人に抵抗する縄文・アイヌ」の視点がかなり入ってるんじゃないか? ハァ?
西日本では元々人口希薄やったし
東日本ではそのまま在来の縄文人が弥生文化を受容して弥生人になってたやろ >>576
用語法や知識が正確じゃないのは1人じゃないと思う
俺もどこか違っていたら教えて欲しいし
そういうのって戦いじゃないだろう そんなもんにこだわったとこで不毛だぞ(ハナホジー >>574
いやだからそう言うてるがな
あんたの言うピジンと俺の言うピジン何も変わらんと思うで >>582
イヌイットよりに先にアメリカ大陸に到着した民族な >>562
>暗記しかできないバカほど・・・・・・・・
ネット上の見知らぬ相手を「バカ」呼ばわりとか
実生活でひしゃげるくらいストレスを抱えている方なんですね?
「バカ」愚弄連呼は、品性を疑わせるしスレ雰囲気を悪くするので
控えましょう。 効いてて草
プライドしかないアホほど無駄な事に拘って本質を見抜けない
いわゆるマジメ系クズ >>582
隼人が自称「イヌ」なんですが関係ありますかね? >>586
隼人の自称ってどこに出てくるの?
それはイヌっていう発音?それとも犬っていう意味に相当する言葉? 犬という意味に相当する言葉ならアイヌと同語源かなんて話にはならないと思う アイヌ語で犬を意味する言葉はsetaで発音はセタ〜シェタ アイヌ民族という集団は縄文人からの変遷というよりオホーツクから渡ってきた民族が主体なんじゃないか? >>591
それだったらオホーツク語とアイヌ語と近縁になるんだが オホーツク語なんてあるのか?樺太や千島、沿海州にも一部にアイヌと近い集団の痕跡があったと聞くが。 まず、オホーツク人についてはわからないことだらけ
樺太にはニヴフ、ウイルタがいたがニヴフ語はアイヌ語と全く似ていない
ウイルタ語はツングース系で、沿海州〜アムール川下流域のいくつもの
ツングース諸語共々アイヌ語とは全く似ていない
アイヌに少し似ている部分があると言われる遺伝子には
ユカギール、カムチャダールなどのはるか北の古アジア諸語を話す民族がいるが、
言語はアイヌ語とはもっと似ていない
「アイヌ外来説」を唱える新興勢力の人はこの辺のことがわかっているんだろうか アイヌ語も日本語も(朝鮮語も)日本列島在来の縄文人の言語だった
でなにも問題ないだろう
均一だった訳ではなく地域差のあった縄文文化が単一民族だった筈がない 「縄文語」の子孫がアイヌ語なのか?
「オホーツク語」の子孫がニブフ語なのか? >>595
それを言い出すとアイヌ語は日本列島内の言語とも全く似てないわけで
だいたい日本周辺は系統不明の孤立した言語が多すぎる
ニューギニア島みたいやな アイヌ語が縄文語寄りなのかオホーツク語寄りなのかすら不明だしな オホーツク人=ギリヤーク=ニブヒ だろ普通にw
阿倍野比羅夫が奥尻島で交戦状態になり、日本側の指揮官層にも死者が出たんだよ。
ギリヤークは非友好的で沈黙外交をして、海岸線に住み移動して生活していた民族だ。
戦後何人かが網走にもいた。 アイヌ語は東北地方にも多数のアイヌ語地名が残っているから、縄文人が使った言語だろ。
南の沖縄は日本語方言みたいだから、その境はどこだろうな。 粛慎=オホーツク系民族
蝦夷=アイヌ
これらと戦ったヒラフもどっちかの血統だろ 江別古墳群の発掘結果から
明らかにヤマト王権と関わりを持った大酋長がいたか
もしくは国府的な機関が道央にあったかのどちらかなんだよね
それが平安時代末期には完全に消えてしまっている
阿倍比羅夫の設置した郡県が江別古墳群ではないのかな
江別地方の族長たちが在庁官人的存在になって少なくとも道央は統治下に置いていたのではないかと
平安時代に蝦夷への供応で税負担の重さに怒った出羽の住民が秋田城を焼き討ちした大反乱があり、その後朝廷が雄物川から北の統治を放棄している
その時に北海道の郡県つまりヤマト王権に服属してた蝦夷の首長たちとの縁が切れたのではなかろうか 古代日本語では、現在のハ行はパピプペポで発音していた。
それが、時代の流れと共に
ファフィフゥフェフォになり、やがてハヒフヘホになった。
それが証拠に、ハヒフヘホとバビブベボでは発音する際に口の形が変わるが、
パピプペポとバビブベボでは口の形が変わらない。
本来はパ行は半濁音ではなく清音、バ行がパ行の濁音だったのだ。
現代の日本語では、外来語以外ではパ行の音が混じる単語はほとんど存在しない。
だがアイヌ語、そして琉球語にはパ行の単語がある。
パ行の音は縄文語の名残なのだろうか。 粛慎は名前の由来から女真と同様にツングース系という説も否定できない >>603
余市町の大川遺跡や北大のサクシコトニ川流域の擦文遺跡からは「夷」とも「夫」とも読める文字がほられた
土師器が出土してるよね。
阿倍比羅夫が「渡島」に置いた政庁「後方羊蹄」は、大川遺跡を指しているともいう 江別の郡県(つまりヤマトの間接支配を受け入れた蝦夷の族長たち)が秋田からの米や金属器などの配分で道央を支配していた。
ところが元慶の乱でそれが途絶えて北海道の郡県は自然解散。
これがアイヌ時代の始まりだと思っている。 >>604
p音の喪失は平安期以後の日本語の内的な変化
(記紀万葉の日本語では漢字の使い方から見てまだ起こっていない)
弥生文化の登場から1000年以上経っている
弥生文化と比較的つながりがあるはずの半島・大陸の諸言語には
この言語変化に類するものは全く起こっていない
縄文・弥生の区別と関係付けるのは無理がある >>602
阿倍比羅夫は阿倍氏だから蝦夷・アイヌ系じゃないのか?
オホーツク民族はフゴッペ洞窟とか手宮洞窟とかの洞窟画を描いた人たちな。 阿倍比羅夫って実態は日本海沿岸一円から朝鮮半島南部にかけて活動した海賊なのでは?
朝廷がお墨付きを与えたいわゆる私掠船ってやつな >>611
エミシはそんな大々的に貿易してねーだろ
どうやって、海賊行為で食えるんだよw >>612
縄文人は日本海の向こう側へ黒曜石や翡翠を輸出していたが?
それに何を勘違いしているのか知らんが阿倍比羅夫の阿倍氏は安倍晋三ら奥州安倍氏の先祖ではない皇別氏族だぞ? アイヌはいくつもの集団に分かれていたが
その中で特異なのが道央のシュムクルで
彼らは自らの先祖は本州から来たと考えていた
そして松前藩と友好関係を結び他のアイヌと
対立していた
江別古墳群はこのシュムクルの居住区にある >>598
ニューギニア島の語族の蝟集具合なめてんな?
日本周辺なんか世界でも上位レベルで使用人口が多かったり普通に世界地図上で塗りつぶせるくらいに使用する民族の居住域が広かったりして全然整ってるわい 道央のシュムクルが自分らの先祖は本州から来た
つまり先祖は和人だったと伝承しているのは
かつて道央に和人の郡県があった痕跡かもしれない
北海道のヤマト王権の政庁に和人との混血児が
多くいたのだろう
本州との連絡が絶えてアイヌに同化した可能性がある >>598
一般にアルタイ系の言語は語彙の共通性がめちゃめちゃ低いのが普通らしいから
共通語彙の数で判断するのは
近いとも遠いとも決められないのだろう >>613
阿部比羅夫は日本海を蝦夷まで征伐に行ったのは有名な話じゃん
その会話してる人間じゃないけど
最初から阿部比羅夫の話しかしてないんじゃねえの?
いつものトンチンカンな荒らしかな >>595
古アジア諸語ってお互いに似てるものってあるの? >>619
それは大前提だろ
トンチンカンはおまえや >>607 >>603
>阿倍比羅夫の設置した郡県が江別古墳群ではないのか・・・・・・・・・・・・
阿倍比羅夫が7世紀中葉の北方遠征時に上陸地に国府的?な
政庁を設けたというのは初耳です。どの古書に記されてあるのですか?
7世紀中葉は越後に沼垂柵・磐舟柵設置時期であり現在の山形・秋田・青森地域を
飛び越え道央に柵or政庁設置は考え難いのでは?
また政庁に加え郡県制?(正確には後代奈良期で言う「郡郷制」か?)設置というのも
訝しく思います。その手の統治制度を推測させる木簡等が江別古墳群から出土なのですか?
「紀」の記す阿倍比羅夫遠征記事には渡島付近での現地戦で能登国造級幹部の戦死記事も
あり、遠征団は上陸地に政庁設置できるような大人数ではなかったのでは?
遠征当時は唐との白村江戦直前でもあり且つ敗戦によりその後も日本列島北辺に進出余裕も
大和王権にはなかったかと。 白村江の戦いも蝦夷征伐も実態は阿倍比羅夫による寇略でしかないのでは? >>624
日本は白村江で大敗北して半島での支配権を失った 弥生式と縄文式の混合した遺跡が見つかった、とは聞くが、
縄文とアイヌの文化が混交した遺跡などの痕跡はまだ聞いたことは無いけど、
発見されても興味持たれないから記事にならないか、ベタ記事扱いのネタなのかな? そういった、文化混合遺跡は確かにあるけど、少ないんだよね。
移行は急速に起きる感じ。
庄内の砂浜から矢尻が見つかって、「天狗の道具じゃないか?」と大騒ぎしたという記録が残っているが
年代的に、数代前の直接の先祖が使っていたハズの道具なんだよね。
現代だって、3代前の道具の細かい使い方なんて、博物館にでも行って調べないとわからんだろ? 白村江の戦いは九州倭国と新羅の戦いだな
九州倭国は滅亡して新羅によって筑紫都督府が設置される
新羅が九州から撤退して奈良の日本国が九州を接収した
韓半島の南部に関係を持っていたのは九州倭国であって日本国ではない
古代の九州倭国が半島に関わりがあったのを日本国が利用しようとしたのだ
日本国は韓半島南部を支配する歴史的根拠があると主張するためにだ
阿倍比羅夫が白江で戦ったのは架空戦記だろうな >>631
韓半島とか言ってる時点で釣り丸出しなんですけど楽しいですか?
何をどう言いつくろったところで慶州は古代から倭寇に襲われ続けている
それを覆すことは絶対にできない >>634
九州倭国論を知らないとは
筑紫都督府の知識も無いのだろうな >>636
お前が鶏林都督府の知識もない低学歴なのは「新羅によって筑紫都督府が設置される」などというトンチンカンなデムパ発言からも明白だ
はやく祖国へ帰って38線で日本人のための盾となってくれ >>634
横レスだけど古代史のその辺りと
慶州が倭寇に襲われ続けた事とは関係なくないか?
時代が全然違うし 韓半島って何だよ
古代からの名称である朝鮮の方が格好いいだろ
韓だと三晋の一つのパクリ名称だし >>639
違うね
倭寇と古代に三国史記に記録された新羅への倭人の度重なる襲来は同じ性質の事件
すなわち倭人による海賊行為以外の何物でもない >>641
間の刀伊の来航は?
初期の倭寇が元寇に対する報復、
奴隷として連れ去られた日本人の奪還を目的としていた事は無視するのか?
言うことが雑すぎ >>642 >>641 > >639
論争お疲れさまです。用語は的確に使いませんか。
慶州は古代から倭寇に襲われ続け> >634>>639と
初期の倭寇が元寇に対する報復> >642
用語「倭寇」を片や高句麗・百済・新羅時代からの侵攻に
片や中世以後の侵攻に使用では意図伝達に不都合です。
新羅への・・・倭人による海賊行為> >641と
朝鮮半島南部にかけて活動した海賊> >611
倭の新羅城上陸攻撃行為は、用語「海賊」よりも「侵攻」が的確でしょう。 >>642
大陸側から日本へ攻め込んだことは数回しかないが
日本から大陸へ攻め込んだことは記録に残しきれないほど数多くある
ソラボルを倭人が包囲したという記録は白村江の戦い以降にも一回記録されており、国家(朝廷)による戦争行為とは言い難い
仮に侵攻に政治勢力が関わっていても地方(九州や対馬)の豪族どまりに過ぎない トンデモチョンA「倭人はもともと韓半島のミンジョクニダ」
トンデモチョンB「倭人は日本人のことではなく様々なミンジョクの総称ニダ」
トンデモチョンC「倭人は江南人ニダ」
トンデモチョンD「任那日本府はなかったニダ」
トンデモチョンE「(以下略) どちらにしろ韓半島やネトウヨを連呼する頭唐澤の言う事にマジレスは不要 新羅に倭寇が押し寄せたのを倭国が押し寄せた
ことにしたいのは過去に日本国が半島南部に
任那日本府説を信じてしまうネトウヨだろう
明治帝国主義政府が過去にヤマトが半島南部を
領土にしていたと主張して半島の植民地支配に
正統性を持たせようとしたのと同じ発想だ
半島南部に関係を持っていたのは九州倭国であり
その九州倭国は新羅によって滅亡している
それにそもそも任那日本府などは存在しない
ただの交易と海賊行為に過ぎなかった >>648
と、兄の国を自称しているのに弟呼ばわりする日本に植民地にされた万年属国のたわごとでした >>643
文章が変なところでぶつ切りになっていて、日本語になっていないのでやり直してください
日本の歴史用語で言うところの倭寇は中世の海賊です
漢字の字面通りに「日本の侵略者」という意味で古代から中世にまで使うのは慣例に合いません
それなら近代以降、日韓併合時代まで含めて使わなければ、あなた自身の歴史観にも符合せず、間違いになります 2 エミシから「民族と歴史」へ
「蝦夷」とは、関西の王権が古代の関東・東北地方の住民をさして呼んだ言葉である。
一般的には「エミシ」と読み、平安時代の後期になると、「エゾ」ともいった。
ここではエミシと読み、喜田貞吉の卓越した意見をしばらく聞こう。
やはり、その話は「古伝説」から始まる。大国主神は高志国の沼河比売と結婚しようとして出雲を出発する。
ここにいう「コシノクニ」は「コシ人の国」という意味で、喜田によれば 「コシ人」こそがエミシである。
「出雲風土記」では大国主神は「越の八国」を平定している。この「コシ人の八カ国」 というのも、もちろんエミシの国である。
出雲市に合併された古志町の「古志」という村名も、むかしコシ人がいた場所で、「出雲族」はここにいたコシに、日淵河の堤防工事を命じている。
「古伝説」のこのような逸話は、縄文民族のエミシがいる土地に朝鮮半島から新たな民族が渡ってきたことを語っている。
弥生式土器をつくる民族がやってきて、縄文人と混血をくりかえし弥生人にな る。
渡来してきた弥生民族は、先住の縄文人を「コシ(越・高志)」と呼び、北に追い払った。
いまの越前、越後などの地名に越がついているのは、そこに、しばらくはコシ人(エミシ)が住みついていたからだ。
大国主神で象徴される出雲族は、コシ人の土地を暴力でうばう一方、「血緑化」して勢力をひろめた。
ヌナカワ姫との婚姻のエビソードも、政略結婚がくりかえされたことを証している。
喜田貞吉の結論ははっきりしている。 エミシは縄文時代からの列島の住人で、こんにちのアイヌと血脈を通じている。
大国主神に代表される渡来人は、出雲から北九州にかけて住みつき、稲作に精をだし、しだいに関西地方や中部地方へとひろがった。
いわゆる弥生時代の幕開けである。しかし、その弥生人も、数百年後、新しく渡来してきた「天孫民族」 の支配下におかれる。
まだ、あちこちに純粋に残っていたコシも災避だ。こんどは「天孫民族」に追われる。東北の地に逃げ、あるいは九州の南に追いやられた。
東北のコシは、大和や京都の天孫民族からエミシ(蝦夷)と呼ばれ、西のコシの後裔はハヤト(隼人)やクマソ(熊襲)になる。 エミシが、のちの北海道のアイヌと同一の民族で、縄文人と同一民族であることは、最近になって、ミトコンドリアDNAのタイプを調べることで結論がでた。
(北海道のアイヌと沖縄の人は同じではなかった。)
喜田貞吉は、さきに述べたようにエミシはアイヌだと断言している。
DNAなど知らないまま、この結論をみちびきだした論理はつぎのようなものである。
エミシは自分たちのことを「カイ」と呼ぶ。「コシ」というのは、クニツカミ(出雲族など)がそう呼んだだけで、じつは自称「カイ」であった。
コシに接した「天孫民族」は、カイがほんとうの名だと知って、かれらを「蝦夷」の字でもって表記した。
「蝦夷」と書いて、「カイ」だ。
「蝦」は蛙のことだが、虫偏の右にある旁が、「カ」という音をあらわしている。
「夷」は夷狄の「イ」だ。辺境の異民族という意味の漢字を使い、音は「カイ」と表記している。
「平安初期の「弘仁私記」の序にも、蝦夷に「カイ」とルビをふっているし、平安末の「伊呂波字類抄」にも、カイの条に「蝦夷」とある。
のちに、といっても、うんとのちのことだ。幕末になって、松浦武四郎が樺太サハリン)で、アイヌが「カイナ」と自称するのを聞いた。
「ナ」は尊称の語だから「カイ」でいい。アイヌもまた「カイ」と自称していた。
それでは、「カイナ」が、なぜ「アイヌ」と呼ばれるようになったのか。
カイナが、アイノ、アイヌと転化していくのだが、このことに、ここでたくさんのページをさくことはできない。
「喜田貞吉著作集」の第九巻は、まるごと一冊が 「蝦夷の研究」にあてられている。
さらに、第八巻の「民族史の研究」にも、エミシに関するおおくの言及がある。ぜひ、それらを見ていただきたい。
そこには、天孫族によってエミシが関西から遠ざけられて行く過程を、「ヒタカミ」という地名から考察した論考もある。 そんなに朝鮮大好きなら将軍様のとこの子になっちゃいなさい >>653
「北海道」も、松浦武四郎が蝦夷の自称「カイ」を中に入れたんだよな。 カイとアイヌは別語源じゃないの
無理して同一する必要ないっしょ >>652
いきなり章名から書かれても、書名も著者名もないのでは意味がない
引用符合>もないのではなおさら引用かどうかわからない
そういうところをちゃんとしないと統失のうわ言にしか見えないよ 「別所」と名がつく地域は俘囚の移配地である可能性が高いです
>別所とは、歴史家菊池山哉によれば大和王権が蝦夷を征服した際の戦争捕虜(俘囚)を古郷に3〜4戸ずつ配置した集住地域を言う。
別所 (地名解釈)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A5%E6%89%80_(%E5%9C%B0%E5%90%8D%E8%A7%A3%E9%87%88) 「別所」と名がつく地域は俘囚の移配地である可能性が高いです
>別所とは、歴史家菊池山哉によれば大和王権が蝦夷を征服した際の戦争捕虜(俘囚)を古郷に3〜4戸ずつ配置した集住地域を言う。
別所 (地名解釈)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A5%E6%89%80_(%E5%9C%B0%E5%90%8D%E8%A7%A3%E9%87%88) コロナ渦で当初予定2020.4から遅れていたが今日7/12に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」と
いう国立博物館が北海道白老町にオープンするらしい。
国立のアイヌ民族博物館らしいが筑波の国立民族博物館、福岡県太宰府市の国立博物館と
どのように異なる施設なのだろう?
設置を推進されたのは白老町?北海道庁?文化庁? >>660
うちの県の別所は、大規模反乱に負けて、藩境を越えて帰農した武士団の集落だなあ。 >>661
国立民族学博物館なら大阪だし国立歴史民俗博物館は千葉県
筑波じゃないぞ >>655
アイヌ人の自称とされる「カイ」だが、
もともとは「蝦夷」を音読みしたものだろう
つまり和人の役人が使っていた言葉をアイヌが逆に借用したのだ
アイヌには各地域のアイヌ(人間)を指す言葉はあったが、
「シサム(和人)と区別される自分ら」の便利な総称は無かった、ゆえに借用が起こった
アイヌの最も古い自称はエンチウenciwで、「人」「男」という意味
樺太アイヌ語にはそのままの意味で日常語に残っているが、
北海道アイヌ語ではユーカラのような口碑伝承に出てくる古語だ
アイヌ語には有声音と無声音の区別(濁音と清音/半濁音との区別)がなく
拍ではなく音節の言語なので「ン」は時間を取らずエンジュのようになる
これが古代日本語でエゾと写されたりエミシと写されたりした理由
古代から日本語ではマ行とバ行は自由に入れ替わったらしく
かぶる/かむる、さびしい/さみしい、などの例があるが、
生物の海老/蝦にもエビ/エミという形があったらしい
またアメ→キリサメのように、母音で始まる単語が後ろ側に来て
複合語を作るとき挿入子音sを入れる法則があった
エミシという語を漢字の音や訓を使用して表記する時に
エミに「蝦」の訓、シに挿入子音s+「夷」の音を利用したのだ
「夷」の訓でもあるエビスはエミシとはダブレット(同源異形)の関係にある語で、
「北方から船に乗って交易にやってくる、富をもたらす民」
というおそらく北陸〜羽州方面で作られたイメージが神格化されて恵比寿神になった 「カイ」は元代の中国人も使ってた音な
ジェシェンを女真と書いたようにカイもカイ人自身そう自称していたの先と考えるのが妥当 >>664
漢字を受容して以降の日本人が末子音のnをそんな雑な転写の仕方してっていうのは無理があるんちゃう?
その頃の日本人ってnとmとngを全部聞き分けられててんで
日本語で使わんにもかかわらず アイヌ文化復興へ新時代 ウポポイ開業 知事ら出席し式典
07/12 12:23
【白老】政府がアイヌ文化復興の拠点として胆振管内白老町に整備した「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が12日、開業する。11日には現地で道内各地のアイヌ協会関係者や関係閣僚ら約170人が出席して開業記念式典を行った。
ウポポイを運営するアイヌ民族文化財団(札幌)の職員が古式舞踊「イオマンテリムセ(クマの霊送りの踊り)」を披露し、開業ムードを盛り上げた。
式典には菅義偉官房長官や萩生田光一文部科学相、鈴木直道知事、ウポポイ開設に尽力した北海道アイヌ協会の加藤忠前理事長らが出席した。菅氏はあいさつで「ウポポイはわが国が多様で豊かな文化を持つ社会を実現していくための象徴だ。
国内外から一人でも多く訪れ、アイヌ文化の素晴らしい体験をしてほしい」と述べ、政府としてウポポイの魅力向上やアイヌ文化の復興発展に引き続き取り組む姿勢を強調した。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/439703 >>665
元史の「骨嵬」はグウェイという感じの音で、アイヌ語の発音としては異例
長い割にはアイヌ語で全然解けないし、ギレミという他民族からの訴えに出てくる他称だ
「蝦夷」を当時の中国語で読むと南方ならハーイー、北方ならヒアイーとなり
グウェイとはまるで違う
「骨嵬」をカイとこじつけるのは無理がある
>>666
中世の日本語の濁音は前鼻音化していたのに表記されていなかっただろ
複数の時代と地域において3つの異なる語形で受容された外来語が
1つの統一的な方式で転写されているはずだと思い込むのがおかしい
日本語で「ん」が書かれるようになったのって蝦夷との接触からかなり後の時代だぞ >>668
>複数の時代と地域において3つの異なる語形で受容された外来語が
これお前が根拠も無くそう言ってるだけやん >>669
それなりの根拠を挙げた仮説に対して
お前がそうじゃないと頭から否定して言い張ってるだけなのが不毛だよ >>668
>元史の「骨嵬」はグウェイという感じの音で、アイヌ語の発音としては異例
東北北部方言もそうだが、「カ音」と「ク音」の中間の音を使う傾向がある。
だから「カイ」音はたぶん「クイ」音との中間の音だったのだろう。
その場合、「クイ」と記録されていたのかも知れない。
その証拠に、ロシア人はアイヌ人を「クリル」人と呼んでいた。
千島列島は「クリル」諸島だ。 >>672
>東北北部方言もそうだが、「カ音」と「ク音」の中間の音を使う傾向がある。
デタラメ言うなw
東北方言は全般にイ段とウ段の接近ないし同化
(南東北はイ段とエ段の接近・同化も言われる)
という傾向があるが、ア段は厳然と区別される
カとクが曖昧になる東北方言なんてないわ
またアイヌ語は東北弁とは違って、明瞭な5母音言語だ
母音uを唇を丸めてはっきり発音することも、東日本の日本語とはだいぶ違う
よってアイヌ語の中でカイとクイが曖昧になるなんていうこともない
クリルの語源はもっとも可能性が高いのは千島アイヌ語の住人の自称kur
(意味は「人」、北海道では「〜な者」というニュアンス)で、語形もこのほうが近いし、Rの音もちゃんと説明できる
サハリンの中国語名「庫頁kuye島」は「骨嵬」とつながっているだろうけど、北海道のカイとはつながらない >カとクが曖昧になる東北方言なんてないわ
えーw 俺使っているぞw
自信たっぷりに言うが何がソースだよw
早口で「クワ〜」とか言って使うんだよ。「かべ」→「クワベ」(早めに)みたいに使うんだ。 グエイはアイヌ語で人や者を意味するクㇽとは関係ないのか? >>674
追加で読み込んだら例が出てきたけどなんだこりゃ
全然関係ないじゃん
合口拗音の開口化かな
それなら最初から「クヮ」kwaであって「クワ」kuwaではない アイヌの歴史を学べば学ぶほど倭人が悪虐な民族であると知れる >>674
柴田武『日本の方言』、大修館書店『言語学大辞典 世界言語編』「日本語」の項目
あたりを見るといい
ウィキペディア日本語版は穴も多いからあんまり信用できないが、それでも
「東北方言」の項目に母音の特徴としてイとウの同化ぐらいは書いてあるし
アとウの同化なんてどこにも載っていない >>679
そりゃ敗北者側の歴史読めばどこの民族もそんな感じになると思うよ >>680
アとウの同化じゃなくて、ピンポイントに「カ」と「ク」の発音が中間付近になるんだよw >>682
>早口で「クワ〜」とか言って使うんだよ。「かべ」→「クワベ」(早めに)みたいに使うんだ。
これがよくわからない。「早めに」ってそういう「意味」なんじゃなくて「速く発音する」っていうことだろ?
(だとすれば「クワベ」の意味が書かれていないので書くべきだ)
それって[kwabe]みたいになるということで、間違いないんだよな?
(何も説明してないからそういうことにするぞ)
意味は「食べよう」だろうか(だとすると未然形+「べ」みたいな馴染みのない形だが)
仮定を重ねるが[kwabe]を
>東北北部方言もそうだが、「カ音」と「ク音」の中間の音を使う傾向がある。
>だから「カイ」音はたぶん「クイ」音との中間の音だったのだろう。
>その場合、「クイ」と記録されていたのかも知れない。
の例とすることは極めて難しい
こういう[kwa]はどんな言語でも開口の「カ」[ka]と聞き取られるか、
合口拗音[w]付きの「クヮ」と聞き取られるかのどちらかしかなく、
主母音[a]を無視して半母音だけを聞き取った「ク」のように記述されることはありえないからだ >>683
いやだから、「かべ」→「クワベ」に訛って言っているだけだよw
訛って言っているから普通はそう表記しない。
>主母音[a]を無視して半母音だけを聞き取った「ク」のように記述されることはありえないからだ
やたら強弁しているが、その根拠はw またその本か?
日本人が「ク」で表記しているんじゃなくて、モンゴル人やロシア人がそうしているって話だけど、それでも対応できる? >>684
その前に、「かべ」ってもしかして「壁」か?
どこの方言だよ←ここ重要、ガセネタ疑惑大
方言なんだから正規の表記法なんてないだろう、
そんなこと(文字)より方言それ自体(言葉)を説明しろよ 壁だが?
どこの方言って北東北だが?なんで嘘をいう必要があるw >>686
で、北東北のどこだ?
カがクヮで現れるのは、古い漢字音の残留が主な理由
例としては新潟の一部の方言にある
家事がカジ、火事がクァジになって区別されるというもの
(「火」の歴史的仮名遣いは呉音漢音ともクヮ、hwa)
「壁」にはwなりuなりが入り込む余地は全く無い >>687
それを5chで明記するのは危険かとw
あおっても書かない。そっちが危険を犯していないのに、こっちだけ危険を犯せというのはちと。
また、たとえキミが住所、名前などを書かれても、確認するすべはないな。
ちなみに 完爾→「くわんじ」 完成→「くわんせい」 みたいな発音になる、方言だからラジオ・TVの普及で普通に
消え去りつつある。 >>688
じゃあせめて、「壁」がクヮベになるという理由をもう少し
自分なりに考えて書いてもらえないかな
ほかに同じ方言で似たような例があったら挙げるとか
「莞爾」が方言の常用語だとは考えにくいし、「完成」も今調べた感がありあり
それらと和語の「かべ」ではまったく話が違う
…でも北東北という割には、
濁音ベが[mbe]にもならないという点も怪しいんだけどな
またその方言にクヮ音が実際にあっても、北東北全域ではないし、
主母音がaであってクに聞き取られる可能性がほぼゼロであることも変わりないし、
まして北海道のカイが千島のクリルや樺太の「骨嵬」とかけ離れていることも変わらない 経験則から推定しているだけだよ。
「完爾」がだめなら、「漢字」→「くわんじ」だな。
>濁音ベが[mbe]にもならないという点も怪しいんだけどな
んー、じゃ 「壁」→「くわむ(弱いカンジ)べ」 がより正確ってことかな。
まあ、普段はあまり使わんし。
最後は、そういう経験則を総合して、そういうふうに発音したとすれば整合性がとれるってこと。 >>664
第一 蝦夷がえみしorえぞの当て字なのにわざわざ音読みでかいなんて読んだソースあるんかいな
しかも和人の役人がそう呼んだなんて
第二 和人の役人がそう呼んだからってアイヌが真似して自称化したなんて、米兵がジャップジャップ言ってたから日本人がジャップ人と自称するくらいありえんだろ
自分たちの本来の呼称があるのmk ジャップ♪ジャップ♪ジャップ♪ジャップ♪
ガキの頃の差別やヘイトの思い出は一生ものだからな
大人になって覚えていない?
そんなことで許されると思ってんのか糞ジャップ >>688
デタラメ方言知ったか小学生キッズやんけ
死ね(直球) >>691
「小笠原諸島」が英語でBonin Islandsと呼ばれていた事は知っているかな?
その由来は幕末期に島の所属が未確定だった時代に遡る
日本人は早くからこの島を知っていたが、立ち寄るだけで住み着く人はなく、
先に住み着いたのは太平洋を航海してきたアメリカやヨーロッパ出身の白人だった
彼らは時々やってくる幕府の役人から島の名前を聞き、Boninと記録した
これは「無人島」をブニントウ、ブニンの島と呼んだことに由来する
ムジンなら呉音+漢音、ブニンなら漢音+呉音と逆だが、当時はむしろこれが自然で、
どちらも日本語の呼び方として可能な範囲内だった
訓読み、音読みの呉音、漢音、どう組み合わせるかは自由で、
個人差があってもどう書くかに比べたら読み方は自由だった
富士山が外国人にフジヤマと呼ばれることもよく知られている
これは江戸時代の民間人が実際にフジヤマ、フジノヤマと呼んでいたのがそのまま借用されたものだ
地理学会も国土地理院もなかった時代、山の統一名称を国が定めると言う発想自体がなかった
そもそも日本と言う国名自体、ニホン、ニッポン、古くはヒノモトとあり統一されていない
「漢字でどう書かれるのかがはっきり決まっていれば、どう読むかはそれほどこだわらない」
と言うのが日本の伝統的な習慣だ。
現状では考えにくいことだが、日本人が漢字を全廃して、日本語をひらがな・カタカナ・ローマ字の
どれかに完全に表音化しない限り、この習慣は続くだろう
江戸時代の役人にとっては書類や手紙の中で漢字で「蝦夷」と表記してあることが大事であり、
それをどう読むかは特に統一されておらず、エゾ、エミシ、エビス、そして音読みのカイが
もっと前から時代によって混用されていたものと思われる。その中のカイがアイヌに借用された
「カイ」の考えられる最も自然な由来はこれだ >>695
結局エゾ、エミシ、エビスが同じ単語の表記の揺れやっていう部分に根拠が無くて単なる君の思いつきの域を出てないのよ
こんだけ長ったらしい無駄な文を書き殴っても何の説明にもなってないぞ >>697
根拠はとっくに挙げてある
あなたがそれを読んでいない、あるいは理解できていないだけ
もし「誰かが本に書いたこと」を根拠にしていない限り根拠なしと言うのなら、
どんなトンデモオカルト本を挙げても活字になっていれば良いと言うことになる
どんな本だって誰かが考えて文字にしたものなんだから、ネットの書き込みとどこが違うんだ >>664のenciwをエゾ、エミシの語源とする説は、
大野晋『日本語をさかのぼる』『日本語の起源』(ともに岩波新書)に載っている
金田一京助の説を引用したものだから、金田一著作集を当たれば詳しいことがわかるだろう
enciwが樺太では口語、北海道では「雅語」であったことは、
服部四郎他『アイヌ語方言辞典』で確かめることができる >>691
>蝦夷がえみしorえぞの当て字なのにわざわざ音読みでかいなんて読んだソース・・・・
平安初期「弘仁私記」の序に、蝦夷に「カイ」とルビをふっているし、
平安末「伊呂波字類抄」のカイの条に「蝦夷」と記されてありますよ。 >>691
「当て字」の定義が我々とはちがう世界線からやってきたのか?
「蝦夷」をどう捻じってもエミシやエゾにはならん(蝦はエビだが)からこれは熟字訓だろ みなさんお気づきでしょうが日本史は北九州から始まります
そこから東進して天皇の奴隷にならぬもの(アイヌ)を退治にしにいくお話です
倭人の弥生文化波及と機を一にします
地図を見ればわかります
アイヌ虐殺者が日本書紀を編纂したのです >>679
逆にそれやってない国が何処かにあるのかね?
アメリカは言わずもがな、中国だって越人漢人虐殺してその上に国建てた遊牧民の末裔だし、ヨーロッパだって元々はケルトの土地でしょ
基本スタンスが和合による連立政権の日本は相当マシな方だと思うけどな >>699
金田一は日本書紀に出てくる愛瀰詩をenciwが由来やって主張してるんやな
でも日本書記に出てくる「瀰」の字は「見る」の語幹みいにはっきりミと発音する場面で使われてて、撥音を転写したように見える例は無い
日本書記含む万葉仮名では東国方言ですでに現れてた撥音は基本的に「牟」みたいなムの音で転写してて、ミで撥音を転写した例は無い
やっぱり愛瀰詩をenciwの音写とするのは無理がある >>679
ちゃんと歴史を学べば学ぶほどアイヌが愚かで悪虐な種族であると知れる もともと畿内にいた愛瀰詩って、
縄文人の子孫のことか?
神武天皇の頃まで、
吉野とかじゃなくて畿内にも生き残ってたのか >>706
enciwに直接愛瀰詩という字を当てたんじゃなくて
和人がenciwを「えみし」で発音して愛瀰詩という字を当てたんじゃない? >>708
そもそも蝦夷が縄文人と弥生人の混血だろ >>709
いやenciwをエミシって読むこと自体が考えにくい
当時でも/n/はミにはならん >>712
愚かで悪虐だったアイヌ自身が、古臭いアイヌの文化を否定して高度な日本の文明を受け入れたんだぞ >>695
ブニン島もフジヤマも外国人が現地人が現地のものをそう呼んでるのを真似た例じゃん
和人(外国人)がアイヌ(現地人)をカイと呼んだからアイヌも自称するという例には当てはまらない
米兵がジャップ言ったから日本人もジャップ人と自称するようになるのかって話 >>713
実際アイヌ人自身がどれだけアイヌ文化を大事にしてるんだって気になるところだけどな
日毎にユカラを詠じて研究に勤しんでえうとか >>715
日本語使わずにアイヌ語だけで日常会話してるアイヌ人なんて滅んでるし、
幼女の顔面に入れ墨を施すアイヌ人なんてのも滅んでるし、
猟銃を使わずに毒矢で狩猟するアイヌ人なんてのもいないだろう 別にそんなことする必要は無い
一年に一回も和服着てない連中も和人やし、顔に刺青してなくてもアイヌや
刺青してなくてもオハウぐらいは食べてるやろ
それで十分やんけ >>717
日本人の圧倒多数は日本語で日常会話してるし、アイヌの子孫らもそれに習って非文明的なアイヌ語を捨てさったというのが現実だ
知性を持った文明人はアイヌ語で会話なんてしないのだよ オハウ食べたくらいでアイヌ人なら
ハンバーガー食べたらアメリカ人になるのか? なると思うんやったら名乗ったらええんちゃう
そんなことまで他人に聞かな分からんのか? アイヌの歴史、と言えるかどうか、考古学的に縄文〜弥生の変遷の過程ほど縄文〜アイヌの変遷過程は解明されていない。 アイヌ民族は復興させなければいけない
四散してしまって復興運動に携わる人数がいない
意識の高い市民がアイヌ文化を復興させネトウヨ政権打倒に立ち上がるべき 沖縄は平安時代くらいに縄文系から日本系に置き換わったらしいな >>719
もう半分アメリカ人だろ
生活がもう日本のそれじゃない という朝鮮ザイヌの妄想
なおアイヌに一番近い民族は朝鮮人の模様 >>729
底辺士パヨバインの諸君(^ω^)ナムサン!
お前らは普段、使われている単語こそ日本語に見えるが
内容は一般人には理解できず、内輪でしか意味の通じない
「パヨク語」とでも呼ぶべき奇っ怪な言語を操っているが
この度、その意味するところは文の長短に関わらず
わずか一句の日本語に翻訳できるという事を
発見し果せた
それは
「ぼ く は こ こ に い る よ !!」
※ちっぽけな自分の存在を精一杯アピールしようとする的な意味で
という事だ(完全看破w by下町のジークムント・フロイト
(^ω=ω^)違うか、違うか、違うかああっ!!
(^ω^)ぜったい、ぜったい、(パEクを)しばきたいんだ♪ >>711
撥音のない時代の日本語だから現代の音変化を当てはめることはできない
閉音節の鼻音なんて当時の音体系にない音はどうとでも聞こえただろう
またenciwにemciwという異音や祖形がなかったとも限らない
対立(意味の区別)がなければあり得る
母音iは後の音節からの逆行同化と考えることができる
>>714
アイヌにとっては和人と区別する意味での「アイヌ」を指す言葉がなかった
アイヌにはメナシクル(東方の者)など各地域のアイヌ(人間)を指す言葉はあったが、
「シサム(和人)と区別される自分ら」の便利な総称は無かった、ゆえに借用が起こった
世界的に見れば他称が自称に転ずる例はいくらでもある
ジャップだって嫌儲では自称に使ってるだろ ところで「エンチウ」ってアイヌ語のどういう語根から作られた単語なん?
もしどっかから来た外来語だったらアイヌ語では読み解けんよね >>724
平安じゃなくて鎌倉時代
大量の和人が移住して来た
混血の結果縄文が薄くなったがそれでも本土よりは濃い
置き換わったは言い過ぎ >>732
まだ諦めつかんの?
撥音の無い時代でも撥音を転写する方法には一定の法則があるの
/n/はムかニかイかウか無表記になって、ミになることは無い
現代日本語に/v/が無くてもパ行で音写されることは無いの同じ
*emciwなんて都合の良い勝手な想像に過ぎん
お前はとにかく結論ありきで現実を無視した仮定が多すぎる
*emciwは確か金田一も言ってるけどな >>734
比較言語学的にアイヌ語に一番近いのは朝鮮語だということは動かしようのない事実
朝鮮人の正体はアイヌと中国人のハーフだ >>737
比較言語学に一番近いとか二番目に近いなんていう概念は無い >>737
それは単に南方からの日本語話者が来たせい。
DNA的には一番近いのは倭人 >>700
蝦夷をかいみたいに音読みしたがるのは知識人階級な
でアイヌと実際交流する立場にあったような下っ端和人がそんなかいなんていう読み方をするわけもなくえぞとかえみしとかしか言わなかったろう
極一部の人間がかい呼びしたからって自称化するはずない
>>732
ジャップ自称は自蔑的に使ってるだけで本気でそれが自分を指す言葉としてつかってるわけじゃない 言うて和も琉球も元は支那が勝手に呼んでた他称やし、いずれジャップがごく普通の自称になっても不思議ではない >>737
アイヌに一番近いのは沖縄人だろ
次が本州人で、朝鮮人が一番近いっていうソースは? >>743
言語だっていうんだろw
基礎語彙の数とか言い出すんだろ。
単に、日本語の元になっている言語が追加で南方から来たんじゃないのか? >>738
あるね
数字は嘘をつかない
南島台湾土人語族との間よりもアイヌ朝鮮日本相互間の方が近いしその中でもアイヌ朝鮮間がとりわけ近い
遺伝的地理的にはより離れてると想定されそうなのにむしろ近い
これは絶対にアイヌと朝鮮の間に特別な親縁関係があるからに他ならない
http://koto8.net/yasumoto/yasumoto_gazo/nihon_tyosen_ainu.png >>736
ムになるのなら後続のiの逆行同化を受けて
ミになってもちっともおかしくない
多音節語男だから単音節の漢字音とは訳が違う
お前こそ人の話をろくに聞きもしないで決めつけるな
金田一説も後から確認して今さら泡食ってるのが丸見え
地名人名の音・訓読み替えなんて日本史ではありふれているのに
蝦夷の音読みを考慮もせずに変な東北弁を捏造してまで
結論ありきで元史の骨嵬に固執する方がおかしい >>740
むしろ下級役人のほうが間違えても言い訳が立つようにとりあえず音読みにするだろ
音読みは固定的だし、細かい慣例にとらわれず便利だ。事務官の需要にも符合する
熟字訓にこだわるのは民間の半可通の知ったかぶりで、国学者気取り
江戸時代までは和文よりも漢文の地位の方が高かったことも考え合わせると、
当時からすると現代の慣例は訓読を偏愛しているように見えるだろう >>745
アイヌ語と朝鮮語との対応例で目立つのは、数詞のような文化語彙
数字が得意とは言えないアイヌの言語でそこが突出している
古代のある時期において日本海の北側を往来する通商関係があって、その時に借用されたのではないか
借用なら同系とは言えない >>745
君がもしアイヌ語と朝鮮語を「同系統」だと主張するんならそれを検討するのはいいと思うよ
同系でないなら近いとか近くないとかは比較言語学の話じゃなくなる
それだけのこと >>746
逆行同化でも何でもいいけどお前はちょっとぐらい類例を持ってこい
あまりにも根拠が薄弱すぎる
俺は東北弁の話も骨鬼?の話もしてないぞ >>748
1〜4が共通でそこから先はそれぞれ違う方式で派生させて作っている
この様な状況は多くの物の数を数える必要がでてくる農耕文明が到来する以前の先史時代に分岐しなければありえない
古代というのは有史時代であり、その様な新しい時代ではない
「川(naj VS najh)」「影(kurim-caj < kuri- ('描く') VS kur ('影、人'))」「歯(ni-mak VS ni)」「耳(kisar VS kuj)」は文化語彙とは言えない >>751
数詞の作り方なんて案外すぐ簡単に変わるよ
台湾のタイヤル語なんか数詞に南島語によくある語彙を使う方言もあれば倍数法で生み出す方言もある
元あった語彙を捨てて新しい語彙を作り出すこともあるから、別に先史時代を想定する必要は無い アイヌは縄文人の直系の末裔
倭人はChosunからやってきた
1875年の樺太・千島交換条約では、千島列島の全域が日本に編入された。得撫島以北のアイヌ民族も日本の支配下に移り、かれらの多くは色丹島に強制移住させられた。ナカムラ氏のインタビューでは、この強制移住を「日本人によるジェノサイドだ」と非難している。
2010年の時点で、ロシア国内でアイヌを名乗る(おそらく純血)のはわずか109人、そのなかの94人がカムチャツカ半島の南端に暮らすが、まさに民族の消滅に直面している。カムチャツカ半島に開設されている市民団体「アイヌ」の代表はアレクセイ・ナカムラ氏だ。彼のインタビューが、ロシアの通信社が運用するサイト(astv.ru、2017年5月15日)に掲載されている。
「ロシアのアイヌ民族は、日本がクリル諸島の返還を要求していることに全面的に反対しています。実は、アイヌ民族と日本人との間には悲劇的な歴史があるのです。ずっと昔のことですが、日本人はクリル諸島に住んでいたアイヌ民族を殺害しました。アイヌ民族の釣り道具や漁船を奪い取り、日本人の許可なくして漁業にでることを禁止しました。いわば日本人によるジェノサイドがあったのです。このためにアイヌ民族の歴史は損なわれ、日本と一緒に行動することが嫌になりました」
ナカムラ氏の語意は、日本批判をにじませている。ロシアのアイヌ民族は日本人に財産を略奪され、民族差別を受けたと訴えている。自分たちが先住民族なので、北方領土の返還を求める日本政府に真っ向から反対している。 >>752
アホやな
その台湾原住民語が倍数法で生み出したの明らかに先史時代やん
元あった語彙と入れ替えたにしてはアイヌ語の文法はあまりにも非合理的 >>753
ということにしたいニダwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
なお本当はcosunがアイヌランドからやってきた模様 >>754
いちいち先史時代を想定する根拠は何かあるの?
あとアイヌ語の数詞も10から引いて作る減数法やで
発生した過程はタイヤル語とそんなに変わらん >>756
オーストロネシア語族の他の言語が違う数詞の作り方をしているなら分岐はオーストロネシア人の南下以前に決まっているだろう
そんな簡単なことも分からないとは頭にカニミソでも詰まってるのか? >>757
ああなるほど
君は後から変わる可能性を考えないっていうことか >>758
後から変わるならそれに伴う人類集団に移動や文化的変容が考古学的に見られるだろう
例えば現に数詞を印欧系に乗っ取られたドラヴィダ語族のブラーフーイー語はアーリア人の侵入にその原因を求めることができる
後から変わったと強弁するならそれなりの根拠を常に用意しなさい 何度も異民族に蹂躙された筈の英語ですら数詞は固有のままだ 日本語は征服されたわけでもないのに中国語の数詞だな 日本語の固有語の10以降が十余り一とかイミフな「余り」が挟まってて不便すぎる
なおアイヌ語だともっと不便な模様
もし有史時代に数詞を借用したならもっと合理的な体系になっていなければおかしいのに
「11匹の犬」と言うのにsine seta ikasma wan seta(="1・犬・余り・10・犬")なんてまどろっこしい言い方が存続してる時点で優れた数詞体系に取って代わられたとはとても見えない >>753
またソースを明示しない丸コピーか
「ソースを知りたかったらググれ」と言うのは横着で傲慢だし
最初からリンクも出典も示すという発想がなかったのならただの統失のたわごと
一体何がやりたいんだこいつ
縄文も朝鮮も出てこないし関係ないだろそれ >>760
英語自体が蹂躙者の言語
ブリトン人の言語は駆逐されてウェールズとコーンウォールに残存するのみ >>761
日本語・朝鮮語・ベトナム語は固有語数詞と漢語数詞の併用
タイ語は漢語数詞を基本とし、サンスクリット数詞と併用 >>762
合理不合理なんてお前がお前の感覚で勝手に言ってるだけ
そんなものを基準にされても困る >>766
現に数学に向かないのは事実だろう
100までしかない言語でどうやって目方を測る?通貨を制定する?
アイヌには高度な文明は築けなかった
これは認めなければいけない歴史的事実 数字はどこからか借用すれば良いだけ。
現に日本語だって、昔ながらの数字は「ひ ふ み よ いつ む なな や とう」だ。
後は中国から借用した。 十は「とう」じゃないよ…
こんな無教養な日本人がいるのか…義務教育終了してないキッズじゃないなら日本はもう終わりだな >>767
君がどう感じようと一々訂正してやる気はないけど、君が言ってることは言語学からかけ離れてるから言語の話に入ってくるな
言語の変化は合理性とは何ら関係無い
別に不合理から合理的に変化するわけじゃないのよ しかもここのが抜けてるというw
まあそれだけ和式数詞は現代日本人にとって疎遠で日本語の数詞と言えば漢式であるということであろう >>768
日本語にも「もも」とか「ち」があるから大きい数も言えるやろ
そういえば中央タイ語で百はroi、千はphan、万は漢語のmeuan、百万はまた固有語でlaanを使う
北部のタイ語でも基本は一緒やけど百に漢語由来のpaakが現れる
数詞なんて簡単に変わるもの その固有語とやらが固有語と言っていいものなのかすら怪しいぞ
タイ・カダイ語族には統一された固有数詞ないからな laanもroiもあと1を表すneungも遠く離れた傣語やアホム語にまで分布してるからタイ語族の固有語と考えた方が自然じゃないかな
シャム語とクメール語は双方向に借用のやり取りがあるから二つだけを比べるとどっちが先か分かりにくいことも多いけどな >>778
なんで祖語の話が出てきたん?
別に祖語に無くてもいいんやで 固有語が「ない」で何の都合が悪いんや?
カダイ語派なんかオーストロネシアから丸パクリ(もしくは逆にこっちが元祖?)ゾ?
https://en.wikipedia.org/wiki/Kra_languages >>780
タイ語派の側に固有語があってそれを挙げてるのになんで無視するの?
もしかして祖語に無いものは固有語じゃないって勘違いしてない? >>782
ないが?
唯一の固有語みたいに見える1もクメールからの借用語の様だし
タイ祖語の数詞は他も全て漢語からの借用語だ クメール語の1ってmuiとちゃうの?
典型的なモンクメール語族の語彙や
それとも他にあるの? >>784
これはクメール語とは関係なさそうや
でも固有数詞が1しかないとか逆にこれが元々数詞として存在してなかった可能性がデカい
なぜなら1というのは他の数詞が決まってから最後に決まる傾向があるからや(例えば印欧語の1の由来は2系統に分かれており最後まで決まらなかったことを物語る) だからร้อยとพันとล้านがあるやんか
なんであるものを無視するんや
クメールと一切交流無い雲南の奥地からインドに至るまでタイ語派の言語に共通する語彙で、タイ語派以外ではクメール語に借用されてる以外に見当たらん
あるものはあるって認めたらええやん
2から10まではどんなに掘り起こしても出てこんから無いんちゃうか
あと数詞って1に限らず大概は他の語が転用されるもんやからその説明は説得力無いで(有名なのは南島語の5とかな) >>786
それ絶対もともと数詞じゃなくてもともとは単なる「たくさん」とかそういう意味やぞ >>787
laanは実際に歴史上そういう使われ方してる
ラーンナー国とかラーンサーン国とかな
それより小さいphanとroiは違うんちゃうかな
特にphanはかなり古くから数詞として使われてる
漢語のmeuanが入ってくる前はシップソンパンナーみたいに10phanで一万を表してた
元がどういう意味であれこれは紛れもないタイ語派の固有語やろ >>767
お前が何かをいじめたくてたまらない不健全な精神の持ち主だということはよくわかった
お前の物言いには知性が感じられない >>750
じゃあお前はただケチをつけているだけじゃないか
特に代わりの考えがあるわけでもない
ただ人の足を引っ張りたいだけのつまらん奴
日本だと学会にもよくいるよ、そういう生産的じゃないやつ
外来語において無いはずの、あるいはnであるはずの所にmが登場した例は、
明治人が耳で覚えた外来語にsandwichを「サミチ」と写した記録がある
母音の逆行同化ついては例が多いが、外来語に絞るなら
ポルトガルやスペインの宣教師が来ていた頃に伝わった外来語で
子音rの後の母音がrの前にも現れるという法則がある
キリシタンのキ、パーデレのデ、バテレンのテ、少し遅れた時代だがギリシャのギ、
これらはみな原語には母音がない位置にrの語の母音をコピーして補ったものだ >>788
そういう事をいっているんじゃないだろ
なんで中華文明と接触して数の概念を学び取ってからのタイ人の例出してるんだ
あまりにも未開な言語には数詞すら存在しないのは常識
ピダハン語の例とか見ればよく分かる >>794
そらアボリジニやニューギニアやアマゾン奥地の部族と較べたらな
数詞があっても3までで9を3と3と3と言って表す言語よりは未開ではない >>793
言うてることが支離滅裂で理解できん
言語の話に未開とか開けてるとかそういうお前の主観は必要無いねん >>796
相対的な指標を全か無かだけで判断するアホには永遠に理解できへん話や お前の差別を世界の差別で正当化するなって言ってやりたい
もし同じやつならね それを強引に否定するような連中がBLMやってるんだろなあ 差別主義者への怒りがアイヌ復興の原動力
市民にヘイトするのはネトウヨの類だろうがヘイトを投げられれは投げられるほどアイヌ復興支援に力が入る >>805
釣れますか?
ポストが赤いのも全部アベのせいなんでしょ? うまくいきそうだった所に差別者を再生産したのが小林よしのり
このバカが余計なことをしなければ 一漫画家程度でうまく行かなくなるようなもんなら初めから上手く行ってなかったんだよ いちサッカー選手程度で旭日旗が大変な事になってるからなあ
旭日旗が初めから上手くいってないとは言えないんじゃない? ウポポイ酷いらしいじゃん
OK印の鎌とか創作された新しいアイヌになってると もともと専門家が少ないし専門家以外はアイヌのことは誰も知らない
だからどんなデマもばらまき放題でみんな信じこむ
ピュアな人が多い アイヌのウポポイ国立博物館に200億とか利権しか感じません 1000億円電通にながしてんのに200億なんて大したことないじゃん アイヌの人口統計って昭和を最後に取ってないんだっけ?
そうすると今純粋にアイヌの血を引いている証明とかどうしてるの?自称? 500億マスク利権
1000億電通利権
200億アイヌ利権
自民党政権がいかにアイヌを軽視してるか分かるな >>823
琉球の民は?
大和民族は?
在日朝鮮族は? >>820
ハコモノ作って儲かるのなんて土建屋だけじゃん
土建屋以上にアイヌが儲かる仕組みって何かあるのか? 「誰が儲かるか」まで突きとめてから利権利権言えよ
200億動く!利権だ!じゃねえよw アイヌと琉球と在日が日本のマイノリティだな
自民党はこれらの民族を軽視している >>768
>後は中国から借用・・・・・・
違うぞ。倭語にも10(とお)の次の下示2桁台数詞があるぞ。
20(はた)、30(みそ)、40(よそ)、50(いそ)、
60(むそ)、70(ななそ)、80(やそ)、90(ここのそ)
何故20だけ(ふそ)でなく(はた)なのだろう? >>829
整備されすぎw
中国あたりを参考に作ったんじゃないの? >>825
アイヌの人達も儲かる技術や職業手に入れるべきでは?
先住民だから国に保護をお願いするとかおかしい。そうなると、作り物でも観光業で稼ぐしかない。 >>832
「アイヌの人たち」と言う集団が政治的要望を伝えるだけの単位として機能してると思ってるの? いわゆる「観光アイヌ」が生まれたのも生活のためだろ
ニポポ人形の考案者が和人の村長だったように、
アイヌ文化の観光化の背後には古くからアイヌと和人の協力関係がある >>834
アイヌ支援団体名簿を見ると左翼と在日が支援してる団体になったでござる >>836
だって一般の日本人は差別するばかりで何の支援しなかったからな
左翼在日嫌ならそれ以上の支援するべきだった >>837
だって、でも、の言葉を使う男は言い訳しかしない >>839
アイヌの踊り子1人ずつ国民の税金で支払われてるそうです 同化政策後のアイヌと倭人(シャモ)の混血
アイヌ縄文ゲノム66%、倭人(シャモ)縄文ゲノム9〜15%
ハーフ 1/2 縄文ゲノム37.5〜40.5%
クォーター1/4 縄文ゲノム23.25〜27.75%
ワンエイス 1/8 縄文ゲノム16.125〜21.375%
ワンシクスティーンス 1/16縄文ゲノム12.5625〜18.1875%
アイヌ朝鮮半島ゲノム34%、倭人(シャモ)朝鮮半島ゲノム85〜91%
ハーフ 1/2 朝鮮半島ゲノム59.5〜62.6%
クォーター1/4 朝鮮半島ゲノム72.25〜76.75%
ワンエイス 1/8 朝鮮半島ゲノム78.625〜83.875%
ワンシクスティーンス 1/16 朝鮮半島ゲノム81.8125〜87.4375%
アイヌ先住民センター准教授が民族をDNAで判別するのはレイシズムだとして禁止する意向を表明
http://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1595033618/ 倭人と混血すればするほど朝鮮化する
https://youtu.be/0Q6cYEQUpBg?t=1919
どれくらい血が入ってたらアイヌ協会に入れるんですか?
やっぱり6割くらい入ってないとダメだな
じゃあ爺ちゃん婆ちゃんがアイヌとか?じゃあシャモは入れないんですか?
シャモはダメ!
何割か入ってるっていうのは一時は入れるけど続かない
それはどうやって決めるんですか?入れるか入れないか
本部の方でね
戸籍みて?
そう
アイヌの血が半分入ってればもうそれはいいんですか?
半分入ってれば通過する
1/4は?
1/4も通ってはいるけど長続きはしない >>844
文化と遺伝は関係ないよ
アイヌの養子になった和人はアイヌ文化を受け継ぐ資格がある これって日本人と混血することを認めないとか逆差別では? >>845
アイヌ先住民センター准教授が民族をDNAで判別するのはレイシズムだとして禁止する意向を表明
http://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1595033618/
↑スレで縄文系だからDNAで判別出来る、「縄文ゲノム」の割合が高いと書かれていたからね 当然だわな
純血志向なんて限度ないしそもそも純血の人間なんていない 自称保守やネトウヨが朝鮮人による乗っ取りだとか背乗りとか言ってるけど
倭人と朝鮮の遺伝子はほぼ同じだからその主張も分からなくはない
まず、誰が大和民族で、何が大和民族の文化で、何が大和民族の言語で、
何が大和民族の宗教なのか、はっきりさせてないから日本人と朝鮮人の区別ができない
(朝鮮人は元日本民族)
遺伝子の90%くらいが同じなら外見から見分けるのは不可能 https://youtu.be/0Q6cYEQUpBg?t=1436
どう思ってらっしゃるんですか? 自分はよりアイヌのほうなのかシサムのほうなのか?
どういう風にいつも思って暮らしてらしたんですか?
別にそんなこと考えたこと無いよ ないけどそうやって言われれば私の孫婆さんは静内の人なんだって
アイヌなんだ アイヌの娘なんだと だけど孫爺ちゃんはシサムで内地から来た人 本州から来た人だから
お母さんは日本人の人からアイヌの人に貰われたんですか?
うん
お母さんは日本人の顔をしてるけれどもアイヌのお宅で育てられたってこと?
うん 昔はそういう人がいっぱいいたんだって
二風谷でうちの母ちゃんが貰われてきてからもね 周りでそういうねシャモの人から
女の子貰って育てた人がいっぱいいるんだって
でも自分みたいな扱いされた者はいないて言っていた youtu.be/0Q6cYEQUpBg?t=1693
昔のそのアイヌてのはこのあいだも言ったと思うけどね
自分のとこでも子供を制限する時代でないから
3人も5人も10人もいるのザラなんだ昔ね
自分の子供に食べさすのやっとこさっとこでも
和人があっちこっちに移動して歩く炭焼きとか
その炭焼きの人らが子供3人も5人も生んで
また移動するときに邪魔なんだな 悪い言葉で言えば
で、アイヌ ただ置き去りにしたり したら今度アイヌ
その可哀想だって自分も大変ながらでも貰って育てて
だからそこら辺中にアイヌ語も喋れるシャモの貰いっ子がたくさん居た youtu.be/0Q6cYEQUpBg?t=1780
アイヌの人と結婚したらはんしゃ持ってアイヌ半分シャモ半分の子供ができるべさ
そしたらその人はシャモなのかアイヌなのかどっちになるんですか?
半々だな
子供がシャモと結婚したらほとんど分からないな
アイヌと結婚したらまたアイヌに戻る
だけどもまず1回2回、3回なったらほとんど分からない
だからねもう100年もたったらアイヌの人分からな…
居なくなるんでない…
いや居るけどもほんとにアイヌの顔をした者はいないな
アイヌの顔っていうのはどういう特徴があるんですか?
ま、くどいちゅーか、なんちゅーか、ま、こんな顔だ アイヌの人も動画で
子供がシャモと結婚したら(クォーター1/4 縄文ゲノム23.25〜27.75%、朝鮮半島ゲノム72.25〜76.75%)
ほとんど分からない
1回2回、3回なったら(ワンエイス1/8 縄文ゲノム16.125〜21.375%、朝鮮半島ゲノム78.625〜83.875%)
ほとんど分からない
もう100年もたったら(ワンシクスティーンス1/16 縄文ゲノム12.5625〜18.1875%、朝鮮半島ゲノム81.8125〜87.4375%)
アイヌの人分からなくなり居なくなりアイヌの顔もいなくなる
と言ってるね 日本における民族の創造──まつろわぬ人々の視点から
https://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/pdf/review_2008-06.pdf
日本人の「民族的起源」に関する数多の論考は、太古の昔から民族が存在したかのように
述べているが、「民族」という言葉=概念を持った近現代人の発想で過去を投影している
にすぎない。そうしたやり方は、民族という概念がなかった時代の人々に、あたかも民族
という意識やまとまりがあったかのような錯覚をもたらす点で、現在につながる過去、
過去の上にたつ現在を見誤らせるものとなる。 言語不通の列島テレビで水戸黄門など諸国放浪型時代劇を見ていると、江戸時代も、
方言の差はあっても、日本全国、話は通じたのだと思ってしまう。しかし、あれは
フィクションで、江戸時代の日本は「言語(話し言葉)不通」の列島だった。
「江戸時代、人々の間に今のような「国」意識はなく、「国」といえば、各大名が統治
している「藩」のことであり、武士の忠誠心は専ら自分が仕えている藩主に向けられて
おり、他の藩は「他国」すなわち「外国」であり、たとえ他の藩が欧州の国と戦い負け
ても「それは他国のことであり、基本的には自分達には関係がない」という意識だった。
明治政府の指導者たちが採用したのが、封建時代よりさらに古い時代の記憶、すなわ
ち古代においては、一人の天皇の下に、日本全国が統一されており、人々は公おおみ
たから民であったという「記憶」だったと述べている。その「記憶」とは記紀の記述
であり、それを根拠に「神武創業の始め」に原づく「王政復古」が実行され、記紀神
話が、民族の起源とみなされていく。
王政復古と祭神論争
政復古と祭政一致1867(慶応 3 )年12月 9 日、討幕派はクーデターを敢行して王政
復古を宣言し、「諸事、神武創業之始」に原づくとのスローガンの下、幕府の廃止、
摂関制の廃絶を打ち出した。ここに、日本における民族創造の起点がある。神武とは
記紀(神話)に出てくる、架空の初代天皇カムヤマトイワレヒコに後世つけた名前である。 記紀神話に基づく民族の創造(1)大和(天孫)民族の誕生
「大和民族」という言葉を流行らせたのは、雑誌『日本人』を創刊し、国粋保存主義を
高調した志賀重昂だと述べている(22)。その志賀が「大和民族」という言葉を初めて
使ったのが、筆者の知る限り、前述した1888(明治21)年 4 月の『日本人』第2 号だ。
それ以前に、大和民族という民族集団も民族意識も存在しない。
では大和民族はどのような民族として構想されたのか?生みの親である志賀は奇妙なほ
どその由来や起源を示していないが、ただ1904年出版の『地理教科書』で「大和族最
も多数を占め」「琉球人は大和族と異なれり」と記述していること(「住民」「種族」
の箇所)から、志賀がイメージした大和民族の枠組みを、ある程度知ることができる
大和民族と同義の概念に天孫民族があるが、この用語の初出はまだ分からない。松本
芳夫『日本の民族』(1954年)は、第 1 部 2 章「天孫民族について」で、「天孫民
族はまた大和民族と称され、日本民族構成の主体をなすものとせられ、その由来を論
ずる場合、まず神話をよりどころとなすのである」と記している。その神話とは記紀
─古事記(712年)と日本書紀(720年)─の神話を指している。 2008年 6 月 6 日、国会が「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を採択
すると、政府は即日、官房長官談話を発表し、アイヌ民族が「日本列島北部周辺、と
りわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族である」
と認めた。その後、インターネットを検索すると、この決議・談話に関連する記述の
中で、大和民族という言葉が、雨後の竹のごとく表れていた。ざっと見た限りでも、
「大和民族こそが日本の先住民族だ」という論調が、複数見られた。アイヌ民族が
先住民族と規定されたことで、では自分達は何なんだと思い至った人たちが、大和民
族という概念に拠り所を見出そうとしている、そんな感じを受けた。民族を曖昧にし、
単一といいながら、単一なる民族が何民族かもごまかしてきた日本で、アイヌ民族の
先住民族としての独自性を認めたとたん、それに触発されて、大和民族意識が噴出し
てきたのではないかと思われる。
筆者は首都圏に10年以上住んだ後、九州に移住し、この地の人々がアイヌや沖縄の
存在を挙げるまでもなく、日本が単一民族だなどと思っていないこと、熊本出身の
大学の同僚が「私は熊襲です」とさらっと言ったり、「宗像族」と題する講演会が
あったり─そういう中で、日本人自身が多様なエスニック集団の集合体であること
に気づくようになった。東北でも、蝦えみ夷しの末裔という意識が存在しているよ
うだ。東北学の創始者・赤坂憲雄氏は、蝦夷の族長アテルイを描いた小説『火怨』
(講談社)の作者・高橋克彦氏との対談で、「岩手では、お前は蝦夷の末裔なの
だから誇りを持て、と祖父に教えられたという人に何人も会っていま す 」(2000 年)
と語っているし、高橋氏も「自分が蝦夷の末裔だと思っていても、それを口にし
なかった人たちが最近言い始めた」「蝦夷の末裔だと胸を張って言える人が出て
きたのは、ここ15年くらい」(2003年)と応えている 別にアイヌが北海道の白老町?平取町?の先住民族でもええやんけ
うちらはどう考えてもそこらへんの先住民ちゃうねんから
ただし大阪の先住民族はうちらやからアイヌが来てもよそ者扱いさせてもらうで せやせや
うちらもあいつらもどっちも土人でかめへんやろがい! 他にも小笠原島いるアメリカ系日本人とかも民族としてはいるよね。
アイヌは特別な血なん? アイヌ語話せないエセアイヌなんかよりガチの上古東国方言の末裔話す八丈島人や秋山郷人を保護しろや
前者は八丈語として日本語と別言語扱いされることあるが、後者はただの変わった方言扱いで知名度もクッソ低いぞ
本当に絶滅したアイヌ語よりよっぽど絶滅危機言語だから今すぐ保護しろ 多分に政治的介入意図が入ってるからな
琉球独立が無理そうだから、アイヌ独立を仕掛けてきたとみるべきか
ホント中共の躍進で周囲の国は迷惑ばっかりや >>862
大阪の先住民族?そんなのいないけど
もしかしてモロ渡来系の顔してる? >>868
地球上のどこでも一番先に来た人がその地域の先住民族
人が住んでない南極でもなければ先住民族がいない地域なんか無い >>866
秋山郷方言はちょっと変わった中越方言やろ
和歌山とか高知に二段活用が残ってても独立した方言扱いしないのと同じで秋山郷もそこまで特別視できるものじゃないわ
とても八丈島方言と並べられるものではない
もちろん特別でないからって保護しなくていいわけではないけどな >>871
連体形の母音が日琉祖語のものを保持しているのは中越方言ではない
ちゃんと勉強しろ >>867
アイヌ独立→琉球独立→蝦夷独立→熊襲独立→大阪民半島に強制送還→関西ルーツの人間全員半島に強制送還
という流れになればいいけど、それにはかなり時間がかかりそう >>872
だからせいぜいその程度やろ
そんな一点で一々新しい区分作ってたらキリが無い >>862
アイヌは北方領土、北海道、本州の先住民 あの渡来系弥生人にも誕生した地、生まれた故郷ってのはあると思うんだ
大陸か半島かよくしらんけどね
渡来系弥生の末裔はその故郷をもっと大切にしたほうがいいんじゃない?
自分のルーツを偽ってると心まで醜くなるだけだよ 大和民族の概念は曖昧で確立していない
日本人内部の民族意識と概念の混乱
http://www.fukuoka-pu.ac.jp/kiyou/kiyo19_2/1902_okamoto.pdf
日本における民族の創造──まつろわぬ人々の視点から
https://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/pdf/review_2008-06.pdf
youtu.be/zBIfnPyK4rw?t=1140
ここで日本人がいう 神の血統を考えてみよう 先住民族は体毛の多い 未開アイヌ人であった
その後 荒々しいモンゴル人が アイヌを征服した その後も様々な民族が 日本に入ってきた
こうした部族人種が混血し 現代の日本人を生んだ 純血ではなく 諸民族との混血なのである
西暦の初めの頃 日本に 指導的な人々があらわれ 自らを神と同じ天皇と呼んだ
やがて これが神道となり 天孫=天皇 の神話ができた
youtu.be/zBIfnPyK4rw?t=2083
軍部が勢力を維持出来たのは 日本の教育機構のおかげだ
日本には義務教育があり 識字率は 97%
学校は子供の精神を 育てるところではない
政府が認めた事柄や 思想のみが教えられる
教育の目的は同じ考え方を する子供の大量生産
天皇に忠誠を誓える知識や 技術を短期間に教え込む
その方法だけが教えられる 子供は教えられたことを
丸暗記して繰り返す 教員は政府が教育し 天皇に 忠実なものだけが教師になる
日本人は子供の頃から 自分達が神の子孫であり
世界一優れた民族で 天皇への 奉仕が天命と教えられる
徳とは目上への恭順 野心は世界は日本のもとに
征服する「八紘一字」だ これが日本の社会構造だ
従順で均質の大衆を作る 政治宗教構造である >>862
ああ、その辺の先住民族ならエタか
藤原明がむかし日本語・ドラヴィダ語同系説を唱えたときに
南インドの先住民族ヴェッダと日本のエタ(再構形ウェータ)を
「狩る人」という意味の共通のドラヴィダ語で解いていたな >>867
ウヨって頭が19世紀だから
民族と聞くとすぐ独立!って思うんだよなw
それを防ぐためには民族の存在自体を
頭から否定しなければいけないと思い込んでいる >>874
違うが?
母音体系が全然中越方言とやらと違う
そもそも中越ってなんだよ
そもそも越後方言にすら区分されてねーよ 人間もそれぞれの環境で進化して外見が違う特徴が生まれた
寒冷地適応した新モンゴロイドとかね
それを日本民族と一括りにして行った同化政策は犯罪行為
見た目(外見の特徴)は仲間を見分けるのに重要
アイヌの人も同化政策のせいで同じ仲間のアイヌを見分けられなくなっている
動画>>854
アメリカで中国人と同じ仲間に見られてレストランなどが襲撃される 日本人
コーカソイド説(白人系)があったアイヌ
遺伝子が遠く離れた外国人から見ても異質な特徴の日本人(一重まぶたの目など)よりも
アイヌのほうが仲間に見えたんだろうな 日本人はアイヌや沖縄の人を人類館で見世物にしていたけど
日本人の異質な特徴に憧れる人類はいない
同じ仲間のはずの日本人ですら誰も憧れていない
コロナで中国人が世界中で人類の敵扱いされてるけど
近い将来新モンゴロイドの異質な特徴のせいで世界中から差別されるようになったら
その責任は同化政策を行った日本政府と新モンゴロイの日本人になる ジャップはアイヌを見世物にしたけれども実はアイヌは見た目端正な人たちであり
世界的にはジャップの方がよほどチンチクリンのお猿さんなんだよな 7月12日に開業したばかりの国立「民族共生象徴空間(ウポポイ)」に、早くも醜聞発生です。
何としばき隊(C.R.A.C. NORTH)のメンバーであるマーク・ウインチェスター氏が、
「ウポポイ」内にある「国立アイヌ民族博物館」のアソシエイトフェローに就任していたというのです! >>887
Learn to write English,chump before use "JAP".lol そういえば韓国人の2chみたいな掲示板(イルベ)を翻訳するサイト
カイカイ反応通信によるとアイヌは日本人に虐げられた民族とか言ってたけど、どう教育されてるんだろう? >>888
>何としばき隊(C.R.A.C. NORTH)のメンバーであるマーク・ウインチェスター氏が
ソースが見つからないから教えて >>221
>『近藤守重(重蔵)が千島方面を探険。
>同地のアイヌが鉄砲を巧みに使っているのを報告している。』
松前藩(渡党というアイヌだが)の取締まり後の江戸時代アイヌの銃使用は初耳だし、
スレ開いて良かったわ
明治時代はアイヌは普通に銃に対応した
> 1)1876年開拓使制定の「北海道鹿猟規則」下における
> シカ狩猟・流通・製品加工・消費などの実態を調査した。
> その結果、(1)比較的詳しい把握ができた胆振地方については、
★> 同規則による免許取得者のなかでアイヌ民族が占める割合が圧倒的に高い、
> [環境と社会研究会】アイヌがシカ猟規制でシカ猟が出来なくなったか?
> 毒矢禁止→アイヌがシカ獲れなくなった、なら話はシンプル。
★> しかし実際は、北海道鹿猟規則で義務付られた鹿猟免許(銃使用)取得者の大半がアイヌ。
★> 銃に積極的に対応した側面。ただし免許制限500人に洩れたアイヌも。
エドウィンダンの毒エサ使用なんて、静内の牧場周辺だけだし
全道でエゾオオカミ狩ったのも、むしろアイヌ(狩猟免許取得者の大半)
エゾオオカミ研究史の検討
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/60544/1/15_004_umeki.pdf
開拓期の北海道で.
アイヌがオオカミを嫌い,手当金の支給を受けるために捕獲していたことに
言及した事例も存. 在する[山田 2002:80]。 >>892
>松前藩(渡党というアイヌだが)
松前藩、渡党がアイヌと名乗ってたのか? アイヌは14世紀に突然現れた新参なんだよね
ネトウヨに教わった 「 アイヌ学入門 (講談社現代新書) | 瀬川 拓郎 」によれば
渡党とは、北海道南西にいた日本文化をかなり取り入れたアイヌ、だとさ
>>250
当時の蝦夷地ではアイヌ部族同士の武力抗争が続いてて
津軽藩の調査だと、松前城下で、アイヌ部族は火縄銃を30〜40も所持
(それと別に)東蝦夷地でも、鉄砲などで武装したアイヌ集団が津軽藩の隠密船を攻撃してる
近世アイヌ民族の社会と生活 - アイヌ文化振興・研究推進機構
http://www.frpac.or.jp/about/files/sem1215.pdf
津軽藩士は松前城下でアイ ヌ民族の武装についての情. 報を収集していますが、
それには、. 「〇本具足は少しばかり之れ有るべき由。
〇自分にて木具. 足仕立て、 着け申し候う。 〇鉄砲三、 四拾挺も之れ有る. べき由。
〇弓丶 鍵は大方所持仕り候う由」 とか 渡党のワタリは、本来ウタリだったという事はないかね
記紀によると、阿倍比羅夫は胆振鉏(いぶりさえ)と後方羊蹄(しりべし)に郡県を設置したという
後方羊蹄政庁跡が江別古墳群で、倭人と現地人の混交種族の末裔がシュムクルで、渡島半島の何処かにあった胆振鉏の政庁の、倭人と現地人の混交種の末裔がウタリ党だったという事ではないかね
ウタリ党は東北倭人との接触が多かったので、シュムクルと違ってアイヌ化ではなく倭人化したと
こう考えると筋が通る 日本人がアイヌを虐めるからサヨクの温床になるのだ
反省しろ >>898
まぁネトウヨの立場になって考えてみたけどメンバー疑惑みたいなもんだな
確証はまったくないね 「アイヌは14世紀に突然現れた新参者」になったり
「アイヌは松前藩」になったり
「アイヌは渡党」になったり
ネトウヨはちょっと都合がよすぎないか?
日本における民族の創造──まつろわぬ人々の視点から
https://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/pdf/review_2008-06.pdf
日本人の「民族的起源」に関する数多の論考は、太古の昔から民族が存在したかのように
述べているが、「民族」という言葉=概念を持った近現代人の発想で過去を投影している
にすぎない。そうしたやり方は、民族という概念がなかった時代の人々に、あたかも民族
という意識やまとまりがあったかのような錯覚をもたらす点で、現在につながる過去、
過去の上にたつ現在を見誤らせるものとなる。 北海道には縄文人が住んでいたんでしょ?アイヌより先に。 いやたしか続縄文人、擦文人を殺した侵略者と主張してなかったか? 渡党のwiki
昭和25年(1950年)、奥州藤原氏のミイラ調査の結果、アイヌの特色は見られず、
特に藤原秀衡には当時のアイヌ人に存在しない歯槽膿漏が見られたことから和人である
との鑑定が出ている。 http://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1595033618/325
325ぺこ太郎 ◆mX1N2auqhk (アウアウウー Sa39-3J1N)2020/07/19(日) 18:05:24.33ID:rVZMrA2Pa
この手のスレでアイヌは先住民と認めた上で、5000年前に来た弥生人と比べて割と最近(13世紀)来た人たちだよってファクトを提示するとすぐ規制かけられるんだけど、誰がやってんの?
まあ、そんなことしてもいくらでも書き込めるんだけど
実はアイヌ側が侵略者だって知ってた?
侵略者「アイヌ」と先住民「縄文倭人」の歴史
@「アイヌ侵略以前の北海道」
北海道はもともと言葉の通じる縄文倭人が住んでた(本土との交易記録あり)
彼らは縄文文化、続縄文文化、オホーツク文化、擦文文化とひきつがれ、それぞれに類似性が見られる一塊の文化群を成していた
大陸との交流が活発化した4000年前から紀元後600年ごろまでの2000年の時間をかけ弥生遺伝子は日本全土に広まり古墳の分布に一致して倭人文化を形成する
江別古墳群に代表されるように北海道でも9世紀ごろには北海道全域で弥生縄文の混血倭人による土器文化、擦文文化(トビニタイ文化も含む)が浸透していた
A「言葉の通じないアイヌ人の突然の出現、アイヌ人による北海道侵略」
1200年ごろ大陸現ロシア沿岸部、サハリンを拠点としていた鉄器文化を持つ骨嵬(クイ=アイヌの祖先)が樺太経由で北海道を侵略
好戦的な民族であった骨嵬は大陸南方への侵略も試みたため、1264年に蒙古帝国より3000人の軍が向かい制圧
行き場を失った骨嵬は北海道に侵略を進め、擦文文化とは言葉も風習も全く異なるアイヌ文化が北西部から北海道全土に広がる(突然文化が入れ替わるのは苛烈な侵略の証拠である)
骨嵬は北海道の先住民である擦文人に比べ、鉄器や毒矢の使用で勝り、文化的侵略、同化を行った
1300年ごろまでのわずか100年余の間に先住倭人の土器文化が骨嵬の鉄器文化に変化し、縄文古来の竪穴式住居が消滅、言葉が通じなくなったことが明らかになっており骨嵬(侵略アイヌ民)はわずか100年で北海道全土の侵略を終えたとされる B「強い侵略思考を持った危険民族アイヌ」
アイヌ民の骨に戦闘の傷が少ないのは争いを好まない為という旧説があるが、毒矢を用いた好戦的な民族で骨に傷を残さず敵を倒していたためである
骨嵬(クイ=アイヌの祖先)は蛮族として王朝から危険視されていたこと、南方への侵略を契機に大陸を追われている
また、わずか100年で北海道全土の侵略を行なっていることから、侵略思考の極めて好戦的な民族であったと考えられる
北海道侵略以降はアイヌ内の部族間対立で多くの血が流れた事が明らかとなっている
C「アイヌ民による先住倭人の同化」
アイヌは先住民の倭人を同化したため、女系のミトコンドリアには縄文倭人の特徴を残すが、男系の遺伝子は沖縄をはじめとする倭人とかなり乖離がある(男性は殺し、女性のみ同化した)
女系遺伝子に先住民の特徴が残るのは蒙古帝国の侵略同化と同じ特徴である
これらの事実をまとめると、好戦的に鉄器を用いる大陸からの侵略アイヌ民が、穏やかな土器文化を持つ縄文倭人を一方的に襲い、女性を性奴隷化していたと考えられる
先住民であった穏やかな倭人達は、いったいどんな気持ちでアイヌ民に殺戮され、レイプされていったのだろう
考えるだけで胸が痛む 日本の歴史で蝦夷・毛人・エミシとか言われてる人達は
多毛というアイヌに極めて似た特徴をもち
東北というアイヌに極めて近い地域に生息し
「〜ナイ」「〜ベツ」というアイヌ語に極めて近い地名を残し
Y-DNAもアイヌと同じDであるけど
アイヌとはまったくの別民族という認識でおk? アイヌが北海道の先住民であるのは間違いなかろうとは思う
しかし津軽北端まで達していた弥生文化人を津軽北端から宮城県まで追いやったのはアイヌつまり東北蝦夷だと思うね
東北蝦夷は小氷河期で東北和人の農業が絶滅した間隙を縫って北海道からやってきて日高見地区を占拠してしまった
北海道蝦夷は阿倍比羅夫の時代に道南と道央が大和政権の間接支配に入ったと考える
恐らく道北はミシハセの勢力下であったろう >>901
意識やまとまりといった抽象論にもって行く前に、
アイヌ語という言語の存在を考えるとき、
明確に異なる少なくとも2つの民族が立ち上ってくる
言語の違いは幻想でも何でもない >>717
オハウ食べたぐらいでアイヌ人に認定されるわけねえだろクソボケ
もしそんなことしてバレたらアイヌ協会が吹っ飛ばされんぞw >>722
知性が高い文明人は、古臭いアイヌ文化で生活することはしない 小野寺とか的場の主張は>>906 >>907 ぺこ太郎 ◆mX1N2auqhk と同じ?
それともそれぞれ違う? 先住民の縄文人を殺戮したアイヌはさておき
朝鮮は日本に文字や文化を与えたとか偉ぶるけど、アイヌには可哀想とかよく分からない考えだよね。どう考えても未開なのはアイヌなのに日本人=悪にしたいんだろうね。
アイヌが独立した国で朝鮮と関係結んでも、アイヌを未開扱いすると思うけど。 やはり朝鮮人の正体は日本から追い出された阿アイヌ系民族 >>908
アイヌだったんじゃね?
東北蝦夷は考古学的には3世紀から4世紀に北海道からやってきた事が分かっている
小氷河期で宮城以北の弥生農業が壊滅して放棄された土地に入れ替わりで入ってきた可能性が高い
大和朝廷は東北蝦夷に日高見(奥東北)が占拠されている看做していたのは、東北蝦夷が弥生時代末期の侵入者だったからだろう
東北の先住民は和人だったが、一時的にアイヌに入れ替わり、その後また和人が取り戻したというのが、真実ではなかろうか 北海道と東北の先住民が和人?
その和人はどこに行ったの? >>917
北海道の先住民はアイヌで東北の先住民は和人だと言っている
恐らく奥東北の弥生文化系の和人は土地を放棄して宮城県以南に移動したか飢饉で死んだ
残った人たちの中にはアイヌ化したものもいただろうね
どちらにしても弥生文化は津軽半島北端までまで達していたが、これが小氷河期で宮城県まで押し戻されているわけで、東北蝦夷はこの時にやってきた人たちだよ 北海道アイヌは、平安末期になって初めて和人と接触したように言われるが、それは間違いだと思う。
なぜなら江別古墳群の発掘調査で、大和政権からの下賜品や大和政権の貨幣などが多く出土しているから
平安時代末期どころか、飛鳥時代末期には大和文化と交渉を持っていた
それも道南でなく、道央の江別でね >>722
無能なお前らパヨクがいくら必死こいても、アイヌ文化の復興なんて実現しないからね >>919
アイヌではないからアイヌから見たら異民族側の立場になるのかもね >>923
質問ばかりだけれどもあなたのスタンスは?
揚げ足取り戦法という自分からは質問しかせず、相手の過失を見つけることに全力を注ぐというやり方がある
上野千鶴子先生の得意技ですね
あなたのスタンスがそれに見えるから あと自分の主張はワザと曖昧にしておくのも、揚げ足取り戦法の一つ
>>アイヌではないからアイヌから見たら異民族側の立場になるのかもね
これなんて、もろにそうですね
どうとでも取れる、煙に巻くような答えです >>925
質問ばかりと書いてるけど
IDが出ない板で同一人物かわかるの? >>927
だいたいの文脈で分かるでしょう
まぁ自分は一旦引いて、横で見てるようにしますよ >>928
分かるのなら君の自演以外でこのスレの同一人物を書き出して 1930年
大和 「植民地の人々もみんな日本人だ、みんな大和民族だ」
大和 「台湾人も、コリアンも、日本人」
敗戦後
大和 「台湾人、コリアンは外国人で異民族」
過去にこのようなこともあったのでまず和人の定義から書いてくれないとね(人それぞれ違うと思うけど)
あれも和人!、これも和人!、みんな和人だ!日本列島の先住民族はすべて和人だ!
てのもおかしいからね ネトウヨ退陣しとかないとな
奴ら叩いても叩いても出てきやがる
歴史修正主義者で下痢糞サポの糞どもだ >>930
国籍(国族)と民族の区別すらついてない、論外 アイヌ民族運動を妨害するネトウヨの言論が痛々しい
もともと北海道はアイヌのものであり明治帝国主義政府によって不法に占拠されたものなのだ
ネトウヨは平和を求める市民とアイヌの連携を恐れている 琉球とアイヌと在日が今の日本のマイノリティだ
この抑圧的島国によってマイノリティの文化が殺されようとしている
世界の潮流に反して同化政策を進める日本政府
戦前から何も変わっていない
これは許されない >>933
http://web.thu.edu.tw/mike/www/class/insoci/insoci08record/04-08-09.htm_
明治の標語は『富国強兵』。琉球からも北海道からも兵士を募集し、
「みんな日本人だ、みんな大和民族だ」
という掛け声の下に、”国民動員”が開始されます。
1931年に中国との戦争が始まって、1941年にはアメリカ合衆国との戦争が始まります。
そこでは台湾人も、コリアンも、日本人として動員されたわけです。 琉球の人まで大和民族にされてたのか
>>858だと「琉球人は大和族と異なれり」
では大和民族はどのような民族として構想されたのか?生みの親である志賀は奇妙なほ
どその由来や起源を示していないが、ただ1904年出版の『地理教科書』で「大和族最
も多数を占め」「琉球人は大和族と異なれり」と記述していること(「住民」「種族」
の箇所)から、志賀がイメージした大和民族の枠組みを、ある程度知ることができる >>925
「自分からは質問しかせず、相手の過失を見つけることに全力を注ぐというやり方がある」
とか書いてると被害妄想が激しい病人にみられちゃうよ
教科書に載るわけでもない君の考え、主張をさ、
誰かに聞いて貰いたいからここに一生懸命書いてるんだろ?
君の考え、主張をわざわざ読んでくれた方に申し訳ないとしっかり謝って
これからはちゃんと質問には答えた方がいいよ >>926
ネトウヨは消えろよ
ここは下痢糞サポのスレじゃねーんだよ
屁理屈でスレの進行を邪魔するんじゃねーよ >>905
歯槽膿漏はそれなりの食事していたら罹患するだろw
むしろ、アイヌ人の葬送であるみいらを作っていたことに着目するべき。 >>940
https://blog.goo.ne.jp/garfsn1958/e/740c437040e84769c1c32fe4bc7fa6c8
藤原一族は、従来蝦夷と呼ばれており、初代清衡の高祖父・安部忠頼が「東夷の首長」
と呼ばれ、三代・秀衡は自ら「俘囚の上頭」と称していました。しかし、アイヌ的要素
(現在で言う在来系あるいは縄文系)は無く、渡来系あるいは弥生系の形質を持つこと
も明らかにしています。
再検証もされて
鎌倉時代人や近世アイヌよりも、現代京都人に近いことが確認されています。 >>196
>17世紀まで東北地方にアイヌのコタンが普通にあった・・・・
17世紀時点で世上に知られているアイヌ集落は津軽北端だけです。
「普通にあった」とおっしゃるのは、他にどの地域にあったのですか?
出羽のマタギ集落もアイヌ集落と見なしてなのですか? 「渡来系あるいは弥生系の形質」を持つのが和人ってことでいいのかな
蝦夷は毛人と呼ばれていたけど
「渡来系あるいは弥生系の形質」を持つ和人に乗っ取られたのか? 水野祐『日本民族の源流』雄山閣、1967年、46頁
漢民族−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−日本民族
弥生系民族−−−−−−扶余系民族(天孫民族)−−−−−−北種−−−−−−日本民族
弥生系民族−−−−−−出雲系民族(国津神系民族)−−−−北種−−−−−−日本民族
弥生系民族−−−−−−朝鮮民族−−−−−−−−−−−−北種−−−−−−日本民族
弥生系民族−倭人・肥人・土蜘蛛・隼人(インドネシア人印度支那人マレー人)−南種−日本民族
縄文系民族−−−−アイヌ人(蝦夷 毛人 古志)−−−−−−−−−−−−−日本民族 https://youtu.be/NFKqhNjVBNo?t=556
中央政権の東北進行に対し立ち向かった蝦夷のリーダー アテルイ
朝廷軍との戦いは20年3回
7世紀半ば蝦夷たちには中央の支配が及んでいませんでした
そこで朝廷軍は一方的に領土拡大の名目で各地に城柵と呼ばれる周囲を柵で囲った支配の拠点を作ります
そして城柵の周りに全国から移民を送り込み徐々に勢力を拡大する作戦をとりました >>934
アベイヌ(アベとアイヌの合体)、お手!w 7世紀 蝦夷 毛人 古モンゴロイド
7世紀半ば 全国から「渡来系あるいは弥生系の形質」を持つ和人が送り込まれる
8世紀の終わり 朝廷支配下の出羽国、陸奥国が成立 >>918
>東北の先住民は和人だと言っている・・・・・・・
誰が何を根拠に言っているのですか?
>和人は土地を放棄して宮城県以南に移動したか飢饉で死んだ
>残った人たちの中にはアイヌ化したものもいただろう・・・・・・・
津軽平野中央部の青森県田舎館村にある弥生期最北水田跡である垂柳遺跡の
耕作者を和人あるいは渡来弥生人とされる根拠は何なのですか?
彼らが寒冷期に入り宮城県以南に移住しアイヌ化したと言われるなら
先住地たる津軽平野中央部に非アイヌ語地名が濃厚に遺されていても
よいはず。
後から来た住民は先住民のつけた地名を踏襲しますから。
私の説は垂柳遺跡の耕作者は縄文人です。垂柳遺跡が沿海部でなく内陸と
いうのが不審です。
弥生期の移住交通手段は圧倒的に海上or河川の水運だからです。
何故東北地方沿海部に弥生期の水田跡がないのか? アイヌ民族と市民との連携を阻むアベ政権
ネトウヨが地団駄踏んで悔しがっているようだが国際的にはアイヌは北海道の先住民だ
アイヌを勝手に侵略者認定してアホとしか言いようがないわ >>944
アイヌとマタギとアイヌ語地名。関係深そうですね。
熊神信仰の起源とか見ると、マタギの信仰がアイヌの信仰に影響を与えている気もするし、交流が深かったのでお互いに影響しあってるような気がします。
何か面白そうな文献あったら紹介してください。
Webだと認知バイアスのかかったものが多くて… >>951
まず弥生人は渡来人とかいうウリナラマンセー史観はやめよう
東日本の弥生人は在来系縄文人が稲作文化を取り入れたもの
西日本の弥生人は朝鮮から貢がれた女を妻にして新モンゴロイドの血を取り入れた縄文人
その証拠は遺伝子にも文献にも遺物にもふんだんに遺されている >>954
松菊里遺跡でググれ
弥生文化は扶余起源だとわかるだろう アテルイ 日本の奈良時代末期から平安時代初期の古代東北の人物
旧石器時代 – 紀元前14000年頃
縄文時代 前14000年頃 – 前10世紀
弥生時代 前4世紀 – 後3世紀中頃
古墳時代 3世紀中頃 – 7世紀頃
飛鳥時代 592年 – 710年
奈良時代 710年 – 794年
平安時代 794年 – 1185年 >>956
松菊里遺跡のあるあたりには三国史記の日本語地名はないしそもそも扶余の土地ですらない
南遷後の百済(南扶余)とそれより1500年も前の松菊里遺跡を同一視してる時点で論外 >>945
形質は関係無くてあくまでも文化じゃないの?
弥生文化を受け入れた集団が和人
渡来人なんて圧倒的に少数派なのに東北の僻地にまで満遍なく分布してとは思えん
形質とか遺伝子とかはどうでもよくて稲作中心の和人文化と和人語を受け入れたら和人の仲間入りやったんやろう >>958
松菊里遺跡のあった文化が後の扶余文化につながっていく
日本の弥生文化の雛形は半島からの移住民によって作られた >>960
違うが?
扶余って中国東北部だし
お前のいう通りなら逆に北上することになる
高句麗文化の雛型は列島からの侵略者によって作られた 実際三国遺事に記録されている高句麗の建国神話は日本神話のパクリである
記紀よりも三国史記・三国遺事の方が後の時代のものであるため、どちらが元祖かは一目瞭然 朝鮮人の正体は8000〜7000年前に日本列島から無人の半島へと追い出されたアイヌ民族
アイヌが遼河文明にレイプされて生まれたのが朝鮮人
アイヌこそがアボジオモニ民族であることを認めよう! 扶余だか何だか知らんけど
南方の稲作が粟や麦の黄河文明圏を飛び越えて朝鮮にだけ普及してそれが日本にも伝わったってどう考えても不自然よな
もっと素直に考えたらいいのに >>961
扶餘は韓国の忠清南道の地名だぞ
その昔に百済王国の泗沘があった文化揺籃の地だ >>966
はっきりと違う
それは475年に首都漢城を高句麗によって失陥した百済が落ち伸びた地であるから扶余と後付けで名付けられただけであり
三国志魏志東夷伝に記録されるところの扶余国は高句麗の北にある
そしてそれに記録されるところによれば高句麗百済の王族はその中国東北吉林省の扶余からやって来た
これは東アジアの古代史を研究する者ならだれでも知っていて当然の幼稚園レベルの常識だ 扶余の故地が吉林省長春市農安県の農安古城(高句麗の夫餘城・夫餘府)であることは常識である
歴史を知らぬ低学歴の紛い物韓族が南鮮倭寇韓国を扶余の故地であるなどと主張して無知を晒すのは実に噴飯ものだ >>966
今の台湾で「琉球」というと
台湾西海岸の小さなリゾート地の名前だが
まさかそれが琉球の全てだってことにはならないだろう >>959
渡来人なんて圧倒的に少数派なら
新モンゴロイドは日本列島で誕生したの? 地名の起源で話を逸らしても弥生文化の雛形は松菊里文化だということは証明されている 倭人の遺伝子は韓国に最も近い
現実が証拠だ
半島からの渡来人が倭人だろ >>973
日本からの渡来人が新羅人だ
韓国なんて国は古代に存在しない >>971
慰安婦の起源は新羅の貢女
これは彼ら自身の記録がそう証明している
《三国史記》訖解尼師今三年
「春三月,倭國王遣使,爲子求婚,以阿飡急利女送之。」 >>974
カッと熱くなってるみたいだけど
一旦引いて、横で見てるんじゃなかったの? >>974
その通り
「瓠公者,未詳其族姓,本倭人,初以瓠繫腰渡海而來,故稱瓠公。」
新羅建国の功労者は倭人であり、新羅はもともと倭人の言いなりだった >>971
弥生人は朝鮮人や江南人の様な三足式土器は使わへんぞガイジ
それは射精エベンキのコピペ荒らしでも散々連呼されとったやろ >>976
>一旦引いて、横で見てるんじゃなかったの?
カッと熱くなってるみたいだけど、誰が何を引いて、誰が何を横で見てるって妄想してんの? >>954
>まず弥生人は渡来人とかいうウリナラマンセー史観はやめ・・・・・・・・・
随分と偏向した史観をお持ちだね。
弥生文化をもたらした朝鮮半島or大陸江南地方からの渡来人が
弥生人だと何故ウリナラマンセー史観になるのかね?
当時の水稲耕作と金属器に代表される弥生文化が石器・土器の縄文文化より
先進的なのは認めないとね。
貴方のいう弥生人は東日本・西日本ともに弥生文化を受容した縄文人とあるが、
文化は一人歩きはできない。それを携えた人間と交流があってはじめて受容可能。
当時は伝達道具の書物も映像もないからね。
「朝鮮から貢がれた女を妻に」というのも妄想著いね。貢ぐ?何のために? 日本からの渡来人?
そんな寝言はネトウヨしか言わねーよ
文化は半島から日本列島に文化は伝わって行ったんだろ
小学生未満の学力だな エベンキってネトウヨ用語かな?
大便酒を飲んでいたのは江戸時代の日本人だぜ
当時の医学書に堂々と書いてある >>980
>>975読めよ
女を倭人に貢いでいたことは事実
日本人のY染色体の在来系の比率が常染色体におけるそれよりも高い(男系が保持されている)ことも事実
百済系三足土器などの朝鮮と同じ文化遺物がそのまま移ってきていない(民族単位の移動をしておらず、貢女や有能な人材だけが日本に来れた)というのも事実
ついでに九州西北部に分布する朝鮮半島南部と共通した南方型支石墓の被葬者は縄文系形質を持つ
現実を見ろ自分を扶余朝鮮人だと思い込んでる倭人の精神異常者よ 朝鮮ヒトモドキ心の支え松菊里(ソングンニ)遺跡の真実
無能ヒトモドキ(https://sites.google.com/view/jhistory)を筆頭に、朝鮮ヒトモドキどもは
通称「松菊里型住居」が日本列島の縄文遺跡や弥生遺跡から多数発見されている事と同遺跡の炭化米出土を根拠に
「ウリたちが住居も稲も倭人に教えてやったニダ」とホルホルしていますが愚の骨頂です
松菊里遺跡は1975年に発見され、1977年に命名されました
板付遺跡は1978年、菜畑遺跡は1979年に発見され、発掘調査を開始しました
学問に対して謙虚な日本の研究者が先に命名した韓国側を尊重し、この名称を用いたに過ぎません
現時点までの炭素年代測定で判明しているのは
菜畑遺跡の「住居跡」ならびに「水田遺構」が「紀元前900年」頃
板付遺跡の「住居跡」ならびに「水田遺構」が「紀元前600年」頃
松菊里遺跡の「住居跡」ならびに「炭化米」は「紀元前500年」頃
という客観的事実だけです
松菊里に水田遺構は発見されておらず、朝鮮半島最古の水田遺構は20Km南にある麻田里(マジョンニ)遺跡の「紀元前300年」です
朝鮮ヒトモドキどもは玉?(オクヒョンorオクキョン)遺跡はさらに古いなどと言い出しましたが、炭素年代測定を意図的に行わず隣国からの共同研究を頑なに拒んだ上に理由もなく埋め戻すという隠蔽工作を行いました
韓国では玉蟾岩土器を模倣した悪質な反日愛国行為として、すでに歴史学の恥部となっています
しかも松菊里型住居は現在では日本の竪穴式住居の劣化コピーであることが判明し、証拠として北緯36度線より北にあるにもかかわらず炉の形跡がない、一柱支から三柱支への移行遺構が存在しないなど多数に及びます
これら客観的な科学検証に基づけば3千年前には水稲や竪穴式住居を完成させた縄文人が朝鮮半島に入植し、朝鮮ヒトモドキどもを指導し支配下に置いていたことが明確です
支配していた根拠として挙げられるのは日本人特有と言えるY染色体O2b1で朝鮮半島では北緯36度線以北には存在していません
寒さに弱かった縄文人は北緯36度線以北は朝鮮ヒトモドキに開拓させていたという傍証であり、住居跡に炉がないことの理由と結論付けられます
魏志韓伝にもあるように馬韓の南は倭人の国であり、むしろ三韓は北から魏の影響を受け、南から倭の影響を受けて発達したと断定できます 〜半島はもともと農耕民族化した縄文人に支配統治された地域だった♪〜
朝鮮半島南部は紀元前から菜畑・板付・金隈と同族の農耕縄文人が征服し、大陸からは辰国と認識されていました。
根拠として挙げられるのが、
@半島最古の住居遺構である松菊里(ソングリ or ソングンニ)住居跡が日本の竪穴式住居の劣化コピーであること
A半島最古の水田遺構である麻田里(マジョンリ or マジョンニ)遺跡の温帯ジャポニカ米が九州島由来であること
なお北部は遼河文明領域でありウラル系やツングース系が住んでいたことも判明しています。
寒さに弱い農耕縄文人を尻目に、半島の北緯36度線以北にウラル系や後には漢族系などが流入し、
弥生人(元縄文人)国家である辰国の技術指導を受け入れながら形成されたのが馬韓・辰韓・弁韓・狗邪韓国です。
北緯36度線の壁によって
倭人(元弥生人)の影響を直接受けなかったツングース系・穢族・プヨ族を併合して高句麗に、
漢族系であった馬韓は百済に、
辰韓と弁韓が併合して倭種の国新羅に、
狗邪韓国が倭人の国として伽耶を含む任那に移行しました。
https://i.imgur.com/i2xumuW.jpg
百済は元漢民族であったにもかかわらず、倭国本土に媚を売り続けたため、中華化した新羅から大いに反感を買い、
唐と組んで逐滅(現代語 絶滅)させられました。
高句麗も滅亡し、任那は本土に撤退、統一新羅になったのですが、
白村江の戦いは朝鮮半島から倭人や倭種の引き揚げが目的だったのだろうと推察できます。
その新羅も高麗に滅ぼされ、民族としての倭種の国は半島から消滅してしまいました。
高麗はモンゴル帝国の侵略を受けツングース系とモンゴル系のハイブリッド国家へと変貌を遂げ、現在に至っているのです。 〜銅鐸は朝鮮半島出土の無紋小銅鐸がルーツだと言い出した朝鮮ヒトモドキ得意の起源説を叩き潰そう♪〜
朝鮮半島から出土した小銅鐸はサイズや製法、その構造などから殷の馬鈴がルーツと断定されています。
馬鈴とは多数の騎馬を統率するために用いられた馬具ですが、遊牧民族が牧畜の際に家畜の統率用に転用するようになり、
それが朝鮮半島に伝わったと考えられています。
傍証として挙げられるのが外側が無鰭(むき)で鈕(ちゅう)と共に摩耗が激しい、また家畜と共に出土している点です。
つまり家畜の頸に結わえ付けていた証拠であり、小銅鐸ではなく畜産用の首鈴と名称を変えるべきという意見が
国際学会では大半を締めていますが、朝鮮ヒトモドキどもがチョンコ起源を主張したいがために頑なに拒否し続けています。
ソングンリ式住居と同じ発想です。
なにより朝鮮半島では3世紀以前の遺跡からは出土していないという点も重要です。
一方、紀元前3世紀の遺跡から出土している日本の銅鐸は越の祭祀鐸がその起源と考えるのが一般的です。
傍証としては同時期に銅と鉄の鋳造技術が越から同時に伝播しており、
実用品は鉄、装飾・祭祀用が青銅と使い分けが明確である点です。
また、越の祭祀鐸はその使用目的から有鰭(ゆうき)装飾があり、
司祭が手に持って振っていたために持ちやすいよう鈕は平たく、共に磨耗は少ないのです。
これは日本国内で発見されている銅鐸もまったく同じで、鈴ではなく鐸という共通点もあります。
2世紀前半から巨大化と装飾が増えていきますが、これも当初から祭祀鐸であればこその正常進化と言えるでしょう。
さらには朝鮮半島で出土する銅矛と銅戈は九州の鋳造技術で作られており、
半島北部で出土する銅剣は小銅鐸と同じく曲げ加工で作られています。
つまり鋳造と曲げ加工という製作手法自体が大きく違うのです。
上記の検証により、日本の銅鐸が朝鮮の小銅鐸とは何ら関連がないのは明白です。
なお、朝鮮半島で小銅鐸が出現する3世紀に、忽然として日本から銅鐸が消えている点の因果関係は皆無である点にも留意しなければなりません。 そういえば琉球と違って北海道は世界文化遺産がないんだね。
まあ、日本が嫌ならロシアに蝦夷は取られて今では姿かたちも残ってなかっのが事実だろうね 「農耕民族化した縄文人」とか不思議な言葉が出てきたな >>984-986
次スレにも書くならトリップも付けて 朝鮮と日本内地と北海道はどれも元々は縄文系旧モンゴロイドの土地であり
ユーラシアを起源とする新モンゴロイド形質が入ったのが早いか遅いか以外に違いはない >>991
で、その旧モンゴロイドは
稲作中心の和人文化と和人語を受け入れてないから
和人ではないよな >>992
アイヌ語日本語朝鮮語は8000年前に共通の「縄文語」から分岐した
なぜ「和人」などというたかだか2千年ぐらいしか歴史のないつまらない概念に拘るのか
馬鹿なのか?死ぬのか? >>992
だって稲作に旨味がなきゃ拒否するのは当然では? >>992
和人と日本語族を同一視するバカが
稲作を受け入れていなかった日本語族話者がアイヌ語分布南限より南のエミシと沖縄人だ 寒さに弱い農耕縄文人
アイヌ語日本語朝鮮語は8000年前に共通の「縄文語」から分岐した >>996
よくもチ◯ンなどという差別用語を書けるものだな >>730
朝鮮人に一番近いのはノーベルゼロのアイヌ人だよw このスレッドは1000を超えました。
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