【プロイセン】ドイツ帝国について☆4【第二帝国】©2ch.net
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1871年1月18日から1918年11月9日まで存在した
3代のドイツ皇帝によって統治された国、ドイツ帝国
(Deutsches Reich、第二帝国)について語ろう!
前スレ
【プロイセン】ドイツ帝国について☆3【第二帝国】
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1285274051/ ウィルヘルム2世は真性のDQNにして阿呆
ビスマルクの遺産を悉く食い潰した >>11
晩年には帝政復活をヒトラーに期待してたくらいだから真性の阿呆だ
どんな勘違いすればヒトラーにそんなこと期待できるんだか ヒトラーが参考にしたイタリアのファシストは、国王をそのまま在位させていた
から期待する根拠にはなった
そんな事情も見逃すような奴からかくも罵られなきゃいけないなんて気の毒なこった カイザーはアホのくせに自分を有能だと考え違いしてたからな
アホならアホでいいから自分の無能を認識して有能な臣下に任せればよかった
まあそれができる人はアホではないんだが ヴィルヘルム2世については側近どもの責任の方が大きいと思うね。
いくら後で激しく戦ったとはいえ、皇帝にとっては英王室とも
ロシア帝室とも親戚同士で、相互に色々な式典に出席し合うような親密な
付き合いがあった。
それにドイツのみならずヨーロッパのどこの為政者だって、そもそも
第一次世界大戦があんな大戦争になるなんて考えてなかったし。 ドイツ国民自体がビスマルク的な自己抑制に飽きたらなくなっていたのも大きい 世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』
XYW0O 1914年までドイツには世界最大級の海運会社が複数あった。
その背景には、1840〜50年代からの工業化へのキャッチアップに伴い工業製品輸出が
伸びたことや、1871年に創建されたドイツ帝国が、アフリカ・アジア・オセアニアに
植民地を獲得していったことがあった。 1914年の時点で194隻の蒸気船を所有していたハバック社は、世界最大の海運会社
であった。
これに次ぐ規模の北ドイツ・ロイド社は135隻を擁した。なかでもハバック社は
移民のためのインフラを完成の域に引き上げた。
1905年、合衆国とイギリスでは移民の受け入れ制限が強められ、第一次世界大戦中
および戦後になるとさらに厳しいものになった。こうして大西洋横断移民と
ドイツ海運の黄金時代は幕を閉じたのである。 プロイセンによるドイツ統一は、現在のEU統合と同様に、あまりにも
無理があったんじゃなかろうか
いわばヨーロッパ統合のミニチュア版
歴史も文化も宗教も異なる国々(領邦)を人工的に一つにしたため歪みが出てきた
ビスマルク引退後のドイツ帝国が迷走を繰り返したあげく、二つの世界大戦を
引き起こした歴史を見るとそう思う 正確には「ドイツ国の皇帝」でなく「ドイツの皇帝」だったんだよな
他の諸邦を刺激しすぎないためのビスマルクの処置でもあったわけで ドイツは1890年から1918年にかけてヨーロッパにおける覇権を目指した。この企てを
挫いたのは、何よりもドイツの政治的要素であった。
重要なのは、ドイツの政治システムは、国内のロビーをコントロールし、対外的な
現実と他国の反応を考慮するようなやり方で外交政策の各目標の優先順位を
決定することができなかったことである。 それでもオーストリアが史実よりもう少し使い物になって、
イタリアがサラエボ事件直後から同盟国として参戦してくれてれば
フランスに勝ててたんじゃないの >>26
そもそもその2国を当てにするより二正面作戦なんぞしなければもう少し戦いようはあったし、勝利の目もあった。
もしもの話をするならビスマルク路線の継承のほうが現実的かな。 ロシアだけでなくイギリスまでわざわざ敵に回したからな
だからまさに三正面 イギリス国内に対してはアイルランドの独立派を援助してたみたいだけど、
フランス国内の勢力にはなんかやってなかったの?
戦後フランスを弱体化させる必要もあるだろうし。 >>28
開戦直後に戦勝後はオーストリアにロシア領ポーランドを譲る代わりに
トリエステはイタリアにあげろよというトレードをオーストリアに飲ませて
未回収のイタリアを対価にイタリアを参戦させられたら勝機はあった
弱兵のイタ公とはいえフランスの戦力を対仏と対伊に分断できるぐらいの役には立つ まだ農業用トラクターなんか普及していない時代
役畜が主流で今の基準で言えば生産性が高いとは言えないのに
徴兵で大量の農民を引き抜き、農産物が不足し国民を飢餓に追いやった国だろ
もっとも日本は第一次大戦のドイツを全く学ばず同じ過ちを犯したけどな ドイツの場合2正面作戦だったのが問題なのに大動員の方が問題になるのか。
一次大戦で大動員かけて民生がボロボロになったのは参戦国のほぼ全てであってドイツだけじゃないだろ。 Rationing - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Rationing
上のWikipediaの記述だけど、
Rationing(配給)は第一次世界大戦でイギリスもやってたようだね。 >>35
「カブラの冬」は読んだか?
ドイツが餓死者を出したのは大動員のせいじゃなくて保存するアテもないのに豚を大量殺戮して肉が不足とか
そういう食料政策のヘタ打ちからだぞ。 友達から教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
興味がある人はどうぞ
検索してみよう『立木のボボトイテテレ』
9Q3 >>22
ハバックロイドといや、さいきんフランスのCMA-CGMから買収の話が持ち上がっている。
老舗の看板を守ってもらいたいところだが・・・ 中公新書のヴィルヘルム二世読み終わった。
意外と皇帝に実権はなかったとか、第一次大戦では
皇帝本人は挟み撃ちを恐れて弱腰だったのは
八月の砲声で知ってたけど、大戦中は大本営で
木こりみたいな暮らしをしていたんだな。 >>40
プロイセン王子フリードリヒ(フリードリヒ3世)とイギリス王女ヴィクトリアの長男としてベルリンに生まれる。
ここでありえないw 満州国。
日本から軍の集団、関東軍が進駐した場所。
そこには、朝鮮族が住んでいて1945年まで共存した。
途中で略奪する中国共産党を皆殺しにしたりしたのが、モンゴル人と朝鮮族。
(2.26事件) 史実とは異なるが、ヴィルヘルム2世が反対すれば第一次世界大戦は回避できたのだろうか。
それとも参謀本部に逆らうことは皇帝と言えど出来ない相談だったのだろうか。 参謀本部でも皇帝を交代させるような能力はなかった(亡命も止められなかった)ので回避はできたと思うけど
同盟破りしたらその後の欧州情勢の中で孤立するんじゃないかな。 ヴィクトリア女王に男兄弟がいて…男王が即位してハノーバーの領土がイングランド王の所領だったら…ドイツ帝国は誕生したんだろうかなぁ… 1 風吹けば名無し 2019/07/10(水) 02:01:20.71 ID:1HGSlk/mM
ヴィルヘルム2世「双頭の鷲の旗だけで抜けるわぁ…」
ビスマルク(うわぁ来たよ…)
ヴィルヘルム2世「帝国の現状はどうだい?」シコシコ
ビスマルク「現在ここまで進んでいます」
ヴィルヘルム2世「オーストリア=ハンガリー帝国とイタリアとの三国同盟に独露再保障条約、ハンガリー=ルーマニア同盟…ふんふん…」
ヴィルヘルム2世「この帝国の宿敵誰?」
ビスマルク「フランスですね」
ヴィルヘルム2世(そっかぁ…)
ヴィルヘルム2世「この同盟関係なんか違うんだよね…複雑すぎるというか…帝国主義的野心がないよねぇ…」
ビスマルク「うわぁ…」(そうですか…)
ヴィルヘルム2世「そうだ!モロッコからフランスを叩き出して我が帝国をカッコよくアフリカに登場させようよ!」
ヴィルヘルム2世「英仏協商は無視ね!これは面白くなるぞ!」 バイエルン王家って個性的なの多くて面白いよな
ぜったい領民になりたくないけどw https://youtu.be/8JIQj-0nasA
https://youtu.be/Kn3whADEu4M
↑ ヒトラーユーゲントと国民突撃隊、第二次大戦時のドイツの一般市民は、 事実上ナチスの残虐な暴政の犠牲者であり、被害者である。
少なくとも、無罪だ。
もちろん、ナチスの末裔のほとんどが無罪だ。
そのナチスの残虐な暴政の被害者たちを犯罪者扱いしたり、敵視する奴らは、麻原予備軍であり、殺人者扱い及び、テロリスト扱いする奴らこそ、ナチスと同じであり、テロリストなのだ。
そういう意味では、大失敗したカルト国家、北朝鮮が日本に要求する、過去の戦争の反省と償いを、地で行く政策をする戦後のドイツは、世界で一番大成功したカルト国家であり、教祖のいないオウム真理教であり、
世界一寛容な国ではなく、世界一の偽善と売国売民国家なのだ。
だから、ドイツは払う必要がない、第一次世界大戦の賠償金も払ったし、ナチスとは無関係の、ワイマール共和国のものまで、事実上は「ナチスのものと同じで危険だ。」として、根絶しようとしている愚かすぎる政策をしようとしているのだ。 第二次世界大戦のドイツの戦争の動機がナチズムから来てるから分かりやすいが
第一次世界大戦のドイツの戦争の動機ってなに?
単純な領土欲? ウィリーが威信を見せつけたいwのと、協商側の連携強化・軍備やインフラの近代化が完了するまでに一度叩いておくっていう予防戦争の意味合いじゃないかな 外交的な危機感もあったんかな包囲網みたいなもんだもんな 十 nとはナんなのか
大きな戦争を起こして、多くの人々を、殺して傷つけたnという国が、大きな戦争に負けて、後に西と東の2つ分断された。
そして、東の国の人たちと政府は、そうしなかったが、西の国では、最初に大きな戦争を起こした人たちと、戦争を指揮したり、戦争に行った人たちはもちろん、戦争を支持した人たち全員を、西の国の政府と、遠くの国の政府と人々が、攻撃したとき、西の国の人たちは多くがそうしたし、国を挙げてやった。
自分は当時生まれてなかったが、自分がその西の国に移住したときは、自分は子どもで、西の国の人たちと仲良くなろうとしたし、みんなそうしていたので、自分もそうした。
時は流れ、大きな戦争を起こした人たちの末裔や、その大きな戦争に行った人たちの末裔まで、西の国の政府と、遠くの大国の政府と人々が攻撃したとき、西の国の人たちは多くがそうしたし、国を挙げてやった。
自分は、西の国が、大きな戦争を起こした時に、一緒に戦争をした、同盟国の移民であり、自分の叔父は元憲兵だったし、曾祖父は元将軍だったが、曾祖父は死んでいた、叔父は大嫌いだったので、親族の中には不安を覚えた者はいたが、自分は西の国が大好きだったし、不思議には思ったが、怖くはなかったので、一緒に攻撃した。
長い年月が経ち、自分も年を取り、西の国と東の国が統一した時、東の国の人たちと、西の国と、東の国が勝手に属国にしていて、その国の中で、もめ事が多い、※ファシリアール共和国の人たちと、※ワイマールクセン共和国の人たちを、西の国の政府と、遠くの大国の政府と人々が攻撃したとき、西の国の人たちは多くが疑問を感じたし、統一を後悔するものもいたが、国を挙げてやった。
自分も疑問に感じたし、統一を後悔したし、ファシリアール共和国と、ワイマールクセン共和国は嫌いじゃなかったが、西の国とは違い、東の国は大嫌いだったので、どうでもよかったこともあり、一緒に攻撃した。
そして晩年、その統一された国と一緒に、大きな戦争を起こした時の同盟国の移民はもちろん、いろんな国から来た移民及び難民を、統一した国の政府と、遠くの大国の政府と人々が攻撃したときには、自分を含め多くの人が後悔したが、すでに遅かった。
最後に自分が言い残したことは「どうかjと発音してください」ということだった。 >>58
※ファシリアール共和国。かつて西と東に分断されていた、ある国の西に属し、南部にあるb州とされている未承認国家。
b州×
ファシリアール共和国〇
※ワイマールクセン共和国。かつて西と東に分断されていた、ある国のかつては東に属し、南東部にあるs州とされている未承認国家。
s州×
ワイマールクセン共和国〇
追伸・この物語の主人公「自分」のモデルは実在します。
もちろん、俺はこの人を良く知っています。
この人は、5ちゃん(旧2ちゃん)や、いろんなブログにも、書き込んでいます。
もしかしたら、今日も、5ちゃん(旧2ちゃん)を閲覧して、何か書き込んでるかもしれません。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています