匈 奴2 [無断転載禁止]©2ch.net

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1世界@名無史さん2017/05/06(土) 08:15:36.540
匈奴=世界帝国

937世界@名無史さん2018/05/18(金) 07:54:12.850
だから遺骨も上流か下層かでDNA系統は異なる場合があるね

938世界@名無史さん2018/05/18(金) 09:42:23.520
赤谷城って城塞都市か何かだったの?
その当時の遊牧国家に大規模都市ってあまりないんじゃ

939世界@名無史さん2018/05/18(金) 14:05:02.940
5 名無しさん@涙目です。(大分県) [EU] sage 2018/05/18(金) 12:28:07.04 ID:BQtvg37L0
夏 漢民族
殷 北狄
周 西戎
秦 西戎
漢 楚人
魏 漢民族
晋 漢民族
隋 鮮卑
唐 鮮卑
宋 鮮卑
元 モンゴル
明 漢民族
清 女真

某スレから転載
これ正解ですか?

940世界@名無史さん2018/05/18(金) 16:59:50.960
国民党 漢民族
共産党 漢民族

これを追加

941世界@名無史さん2018/05/18(金) 17:35:35.250
>>939
その「民族」の定義が意味不明すぎてコメント不能

942世界@名無史さん2018/05/18(金) 18:58:43.810
タリムの敦煌に近いオアシス都市の烏孫は、城壁でかこんだ町だったと思える
だだイリ地方の赤谷城は、大挙してきた外来侵略者が身を護る手段で
山賊の城だったと思う。モスクワの原型のクレムリン三角要塞もそんなタイプで
スキタイも立派な城塞都市は一般に作られない
匈奴の懲罰軍がきたときに家畜や家族をつれて避難するタイプだ
遊牧民としては鮮卑山のように山に籠もることが多い

晋の献公は驪戎を征伐して王女驪姫を得たが、秦国の秦嶺山脈の
驪山に籠もったため驪戎とよばれた遊牧民である。秦王に圧迫を受け
晋に逃れて征伐され、王女をさしだしほろんだ。また始皇帝は驪山に埋葬された

烏孫がイシク湖畔に住処を建てたのはおそらく、オアシス都市の水利を得るためで
故国と同じ方式だったろうが
でももし赤谷城が、立派な都市だったとすれば、中国人は赤谷城ではなく
赤谷市とでもしるすのではないか

943世界@名無史さん2018/05/18(金) 19:36:02.480
敦煌は、甘粛にある大きな都市で、そもそもは月氏の都市だったとされ
漢代に敦煌は西の門としてさかえた
人口は4万で、当時の6000万の漢では相当の大都市
また住民の逃亡を防ぐために税金は軽く、タリム盆地のオアシス都市と
も連携して輸入交易で栄えたたため敦煌は豊かだった
これも月氏の統治をそのまま受けつぐ政治手法のはずである

月氏は匈奴とおなじ遊牧民だったはずでは・・という疑問も湧くだろうが
そもそも月氏の本拠地は甘粛だったとも言われる
ようするにシルクロードの出口を締める都市人だった。それが敦煌
月氏にも二種類あり、20万騎をうごかす王様はいた
オルドスに住むのは遊牧系の王

民族としては匈奴より文化程度はすぐれており都市も存在した
都市定住した月氏と、遊牧月氏との関係は知らないが
おそらく騎士を持つ遊牧王にしたがうかたちであった。匈奴が月氏を破ると
西域のオアシス都市がことごとく降伏したことから知れるのである

サウジの貴族は都市系と遊牧民の二種類があり、都市民は一般にイスラム法
や身分に厳格で恐ろしく、遊牧系の貴族は非常に寛大で、やさしいという
オアシス都市貴族はカネ持ちだが遊牧民も無視できず、機嫌を取る

944世界@名無史さん2018/05/18(金) 22:43:46.060
>遊牧系の貴族は非常に寛大で
そういえば、モンゴル帝国も宗教に寛容だったな

945世界@名無史さん2018/05/18(金) 23:35:25.650
じつは、サウジ3代国王のとき王族がひきいる遊牧民がテレビ局を襲撃する事件を起こしてる
3代国王ファイサルは射殺命令を出し、鎮圧。遺恨で甥に顔面に銃弾を3発浴びて暗殺されてる

現在サウジ王族では初代イブンサウードとハッサ王妃との7人の子、スデイリー・セブンのみが
相続権を持つがハッサの実家スデイリー家はサウジ中央部の豪族

スデイリー家はオアシス都市の貴族なのでスデイリー・セブン諸王はイスラム法に大変厳格
またハッサ王妃も厳格な宗教者で7人の子の団結を説いたという

現行のサルマーン王もスデイリー・セブンではあるが、王妃がゆるい遊牧民であったため影響で
皇太子は緩い環境でそだち、日本アニメと日本車を愛好してる
またサルマーン王も日本刀マニアである

946世界@名無史さん2018/05/19(土) 03:43:31.280
>>912
青い目は演義の設定やぞw

赤いのも髪じゃなくてヒゲ、しかも紫髯だからちょっと色味がかってるけど
黒がベースで少し赤いって感じだから黄色人種でもたまにいるんだよなぁ

947世界@名無史さん2018/05/19(土) 18:17:39.340
>>945
有力だが他にも継承権はあるでしょ

948世界@名無史さん2018/05/19(土) 20:19:29.280
うつろ舟の蛮女とか日本の伝承は赤い髪の外人が何故か多い
ガラスを張った円盤で漂着して、美人で礼儀正しく見えたが
「こいつはアメリカかオランダの王女にちがいない。彼らが法でさばく追放者だから
打ち払え」とまた海に流したそうだし

949世界@名無史さん2018/05/23(水) 14:26:38.350
今の中国人の先祖

950世界@名無史さん2018/05/23(水) 17:13:07.520
中央アジアにも欧州にもロシアにも末裔は脈々と生息してるさ

951世界@名無史さん2018/05/23(水) 21:46:56.100
羌やテイ、月氏なんかは弓騎兵じゃなかったの?

952世界@名無史さん2018/05/24(木) 21:05:06.260
さいきん話題のシェルパ族も遊牧民で15万人の少数民族だと
ヒマラヤ登山が始まると、シェルパは高地に順応した身体を買われて荷物運び(ポーター)として雇われるようになった

953世界@名無史さん2018/05/25(金) 20:49:47.030
シェルパも昔はテイや羌なんて呼ばれてたのか・・・胸熱

954世界@名無史さん2018/05/25(金) 20:54:57.450
羌は違うでしょ
羌は西夏(タングート)と同じでチベットよりもビルマに近い

955世界@名無史さん2018/05/25(金) 22:08:30.650
シェルパはチベット系ネパール人

日本人熟練者 Lv.1
シェルパ1 Lv.99
シェルパ2 Lv.99
シェルパ3 Lv.99
シェルパ4 Lv.99

だってさ。

956世界@名無史さん2018/05/26(土) 11:32:10.860
羌はトカラ語で月氏の〜みたいな話もあるけど時代によって違うんか?

957世界@名無史さん2018/05/26(土) 13:55:06.360
董卓は太師を名乗った。これは周の太公望。軍事長官である師の職に就いていたから、太師となる
周の武王を補佐し、軍師として殷を牧野の戦いで打ち破り、軍功によって
太公望は東に封じられ斉王になるから先祖は羌族というのは漢族でもめずらしいものではない
姜太公呂尚は羌族で、月氏ということになる。また羌人(月氏)は殷代では迫害対象
董卓が羌の先祖を重んじて太公望を名乗った

わかいころから剛力無双の男伊達をきどり羌族らの異民族と親しく交わったとされ
貴族の子女に妾になれとせまったが「おまえのような羌族は我が家門では、奴婢よ」
と罵られたとつたわってる。
また董卓将軍は西涼の国境を守備して遊牧民から国土を守り抜き
とくに、対・羌族戦線にたいしては異様に強さを発揮して百戦して百勝した
たぶんこれ、羌族の族長と顔見知り・親友であったことから、八百長だと思うのだが・・

イラン人の安禄山にもキャラは似ており、数百キロの異常な巨体をほこる
また老賊とされるほど年寄りながら公主など貴族の女に子供をボコボコ産ませた
それらからすれば董卓は完全な異民族となりそうだが、何故か
父親は小役人と伝わってる。

958世界@名無史さん2018/05/27(日) 06:49:02.100
現在の中央アジアではタジク人が月氏の末裔とされる
このあたりでは、タジク人はおもに都市にすみ、テュルク語を喋る遊牧集団ウズベクに二別される
タジクとは王冠で、独特の帽子をかぶることからついたアダ名のようだ
キュロス大王の頃からペルシア人は例外なく帽子をかぶるので納得だ

ウズベクとは「我らが王」という意味でジョチ・ウルスの最盛期を築くウズベク汗の意味だという
ウズベク人は中央アジア最大の民族だが歴史的にロシアを破った日本に憧れており
日本人はウズベクを知らない、まったく片思いだと嘆いてる

959世界@名無史さん2018/05/27(日) 07:23:56.590
フェルガナは大宛ともされ漢の武帝が名馬を求めたことで有名だ

ゾロアスターの発祥の地の一つともされ、
ロシア皇帝は侵攻し軍事要塞を造りスコベレフと改名される
さすがに革命後のソビエトではフェルガナの名を復権
現在のウズベキスタンではサマルカンド、タシュケント、フェルガナ
の3大都市が、3氏族、派閥を作ってる
政治のサマルカンド、金融のタシュケント、宗教のフェルガナだったかな

都市にはタジク人やロシア人も多く住み、独裁者カリモフ大統領も
ウズベク人を名乗りながら、母はタジク人だと気を使い
また母の教育により、心は日本人であるともしてる。ややこしいな

960世界@名無史さん2018/05/28(月) 02:27:01.410
ってことはウズベク人のそれはトルコ人が日本を崇敬する気持ちにも通じるな
にっくきロシアを(日露戦争で)やっつけてくれた日本に対するトルコ人の親日っぷりは半端ない

961世界@名無史さん2018/05/28(月) 03:51:16.540
たいして親日じゃないで今

962世界@名無史さん2018/05/28(月) 04:00:28.250
親日って言葉にだまされてはダメ
よくアラブ諸国民は親日というが、反日ではないが、非常にビジネスライク
日本人旅行者をカモにしている観光業者も多い

963世界@名無史さん2018/05/28(月) 05:57:34.530
ソ連から自立したスタン系の国には反露感情がつよく
イスラム系で宗教も民族も違うのだから当然でソ連末期には抑えられなくなり自立した
代表はチェチェンがロシア軍とはげしい戦闘を繰り広げたことで記憶に新しい

100年ほど前、中央アジアでイマーム(指導者)としてロシア帝国と激しく戦った一家は
トルコに亡命したが英雄として迎えられ、その息子はトルコ軍の元帥になってる
この辺の反露運動の黒幕は大国トルコで中央アジア・南ロシアに影響力を保持してる

そのトルコと結び付きが強いのはドイツで、ロシアが北欧に伸びる前に
南で苦しめて勢力を削いでおこうという戦略でトルコには昔から経済・軍事援助してる
ロシアに苦しんだ西欧人の深謀遠慮なのだな。同じ利点は日本にも有るはずだ。
ましてや日本もトルコと同じ民族、テュルク人ということになってるし
中央アジア最大の民族集団テュルク人と仲良くしたほうがいいんじゃないかな

964世界@名無史さん2018/05/28(月) 23:21:37.950
>>962
それって将に台湾人にも当てはまらない?

965世界@名無史さん2018/06/04(月) 22:11:34.790
今の中国人は彼らの子孫

966世界@名無史さん2018/06/08(金) 20:39:10.740
西遼て金に追われた遼の残党が西に行って建国して近隣従属させたりして最後婿というか建国助力してくれた連中に乗っ取られムスリム敵に回しモンゴルにやられるとか波乱万丈だよな

967世界@名無史さん2018/06/08(金) 21:00:15.220
後西遼はイランの地でムスリム化したけどな

968世界@名無史さん2018/06/10(日) 00:00:21.320
倭寇の頃、中国本土に月港(ムーンハーバー)という倭寇の本拠地があって
船の建造や物資の補給を月港二十四将が請け負っていた
もちろん中央政府は攻撃したが月港二十四将は屈せず討伐軍を追い払ってしまった
日本人はインドの貨物船を略奪してイギリスの海賊船まで日本刀で略奪した
倭寇の船は大型で、中国人琉球人日本人紅毛のポルトガル人まで乗っていたという
日本がインド洋を制するなんて、海に国籍はないんだなー

月港(ムーンハーバー)や月港二十四将という中2病くさい名前は月氏からきてるんか・・

969世界@名無史さん2018/06/10(日) 10:50:45.750
>>967
イランまで落ち延びた契丹人がいたのにはビックリだ

970世界@名無史さん2018/06/10(日) 17:20:27.710
西遼の皇族バラク・ハージブ
ターヤンクー将軍の兄
イラン東部ケルマーンで、ケルマーン・カラヒタイ朝
この人ですかいやあ勉強になりました

971世界@名無史さん2018/06/10(日) 22:17:21.500
>>968
日本人って、海賊に向いているのかもなw

英国人と同様、周囲を海に囲まれ、海とともに暮らしてきたから

972世界@名無史さん2018/06/10(日) 22:49:30.060
匈奴世界帝国と言ってもその範囲は、北中国とシベリアとイラン東部ぐらいで
太平洋とインド洋をあまねく制覇して白人やら琉球人を手下にした倭寇帝国のほうが遥かに広く強大
南インドでは日本人といえば何をするかわからないと最も恐ろしい種族とされた
匈奴?ナニソレおいしいの状態

蒙古の日本敗北後、明も清も日本海賊には手を焼いて北虜南倭だと嘆いており
そのまんま沿岸は海賊の猖獗に任せるままになり弱い政府がようやく海賊を一掃したのは
1870年になってからだとさ。

973世界@名無史さん2018/06/11(月) 02:35:07.660
16世紀後期には中国人や朝鮮人がメインだろ
2000人の倭冦が40人のスペイン兵に虐殺されたりして恐れられていたよな

974世界@名無史さん2018/06/11(月) 10:17:58.430
>>970
バラク・ハージブって、耶律阿保機の血が流れているの?

975世界@名無史さん2018/06/12(火) 17:20:46.810
>>972
フン+匈奴の最大版図は西欧の一部+東欧+モンゴル+ロシア+中亜+中国北部+中国西部のそれに近くないか

976世界@名無史さん2018/06/16(土) 20:39:31.000
プレートアーマーに身を固めた重装歩兵でも弓騎兵の騎射やイングランドのロングボウにはなすすべがないのですか?
接近戦だと打撃系武器が使われてますが

977世界@名無史さん2018/06/16(土) 21:05:10.610
>>976
そもそも、プレートアーマーは騎士(重装騎兵)のものだから

978世界@名無史さん2018/06/16(土) 21:16:26.580
厚いプレートアーマーは数十キロで重すぎて歩兵は着れない。鉄騎や重騎兵のみ

重装歩兵はローマ時代から鎖帷子が主流で、頭を守る兜は頑丈
薄い金属を叩き伸ばしたようなラメラーアーマー(日本鎧に近い)もあったがいずれも軽量で
刃物には強くても、弓や槍の貫通力には抗し得ない

ローマではアフリカ兵がよわくガリア人やゲルマン人が強かった。熱帯は軽装にならざる得ず
半裸のアフリカ人と重装の野蛮人がぶつかれば勝敗は明らかだ
なのでローマ帝国は北欧の野蛮人をおそれ、アフリカの野蛮人を軽んじていた

モンゴル騎兵は革を3枚かさね、刃物が叩きつけられても
刃先がそれてしまう効果を狙う。寒い地方ならではの知恵だろう

イヌのような顔で戎服(軍服)をきていた犬戎も似たようなものだったのでないか?
西周は鎬京(長安)にすみ、革の服を着て、羊肉を食べる生活をしていた。モロ、遊牧民
犬戎の親玉みたいなもんだ

979世界@名無史さん2018/06/16(土) 23:27:04.510
ワールシュタットの戦いで緒戦、軽騎兵にちょっかい出して撃退されたり煙幕に分断された騎士が殺戮されましたがプレートアーマーではなかったのでしょうか?

980世界@名無史さん2018/06/17(日) 07:36:40.660
バトゥのルーシ侵略を描いた「フューリアス」ってロシア映画見たんだが日本人の俺から見てもモンゴロイドが憎くなるような内容だったわ
見た目は醜い、風習は野蛮、性格は冷酷で残虐
そらロシア人やヨーロッパ人が黄色人種を見下したり嫌うのは無理もない

981世界@名無史さん2018/06/17(日) 08:11:55.910
>>980
でも、その元寇を2度にわたり撃退したんだぜ
我が日本の鎌倉武士達が
あぁ誇り高いわ

ポーランド東部で、ドイツ・ポーランド騎士連合軍が蒙古騎兵の大軍に全滅させられたのに
つえーわ 我が日本の兵達は!
さすがサムライだな

982世界@名無史さん2018/06/17(日) 08:23:40.630
それがロシアの北辺にはサモエド人(エスキモー)、トナカイ遊牧民が古来よりいて
顔は中国人で丸顔で黒髪、東北の農婦みたいな風体

かれらはよく辺境を略奪した。害獣みたいなもんだが
何故か、インディアンのように劣等民族皆殺しにせよ、というロシア指導者が現れなかった
ロシア皇帝がアジア系を殺そうと言えば「なんて残忍なやつだ」という人も多かったろう

それは日本の天皇が「アイヌや沖縄を根絶やしにしろ」と言わなかったとおなじで・・
同じ遺伝子を北欧やロシア人は数割程度ひいてるようだし身内意識があった
またナポレオンの死闘で勝ったのはモンゴル系の将軍のおかげであり、ヒトラーにとどめを刺した
のはジューコフが極東から連れてきたモンゴル師団だった

嫌悪感があったのは、むしろ白人系のユダヤ人で皇帝が自ら指揮してポグロムなど
集団虐殺をはじめた。これは西欧の偏見が輸入されたものだ。プーチンはユダヤ嫌いだ

ラトビアやエストニア人など北欧人の差別偏見もひどくソ連時代には
皇帝銃殺のためにレーニンに選ばれたのは皇帝を憎悪するユダヤ北欧人部隊だった

ソ連のボスのレーニンが、ロシア貴族でカルムイク人(モンゴル人)であった
これがいわゆるロシアの上流だもの・・

983世界@名無史さん2018/06/17(日) 09:26:20.160
北方遊牧民・烏桓戦に抜群の強さをみせた曹操は幼時から弓馬の腕を磨いていた
曹仁、曹洪、夏侯惇、夏侯淵・・どれもコーエーゲームの戦闘力99だ
いとこや支族は全員そうであり、宦官一族は皇帝の身を守る秘書官のようなものなので
「宦官てオカマ?」と思われがちだが武芸を日々鍛錬した

皇帝警護でイザというときは戦うので曹操の家はとくに騎射の術をしこまれた
曹丕も百発百中で家来に褒められたが「誰にもできる。できないやつがいるのか」と激怒した
袁紹は婦人のように優雅と言われたのでちょっと変な一族だった
孫堅も盗賊退治で成り上がった武闘派で「学問がないやつが太守になった」と笑われてる

アッチラは自分の子供よりも「使える」ゲピード王などゴート族を将軍として重んじた
おそらく激戦の連続で子供が戦死するのは耐えられなかったのかもしれない
当然ながらゲルマン人重臣はアッチラのために武芸をはげみ、息子は長椅子でごろごろ寝ていた

織田信長が10人の弟よりも、光秀や秀吉など他人を軍団長にしてこき使ったのに似てる
ただ、フン族にとって異民族はあくまで奴隷だ
アッチラの食事には両脇に叔父とゲルマン王がすわり、身内と外国人のバランスを取ったという
とにかく他人なのだから気を使ったのは間違いない
アッチラが怪死したとき、ゴート人奴隷である軍団長たちとフン族の決戦では
とうぜんまったく相手にならなかった
アッチラがもうチョット息子たちを将軍として鍛えるのが早ければ匈奴欧州帝国は永続したかも・・・

984世界@名無史さん2018/06/18(月) 00:56:04.950
ロシア人がモンゴロイドに身内意識なんかあるとは思えないがな
むしろ否定してるだろ

985世界@名無史さん2018/06/18(月) 06:42:27.570
ロシアもプーチンがネコ好きという設定にしたり(イスラム教徒は猫スキ)
中国も蘭州ラーメンを売り込んだり(回教は豚骨ラーメン食えない)
中央アジア民族にいろいろ気を使ってるよ

986世界@名無史さん2018/06/18(月) 12:02:34.150
>>983
エラク、デンギジック=信雄、信忠、信孝?

987世界@名無史さん2018/06/18(月) 22:19:36.630
>>984
身内意識どこか真逆だよ
ロシア帝国の母体となったモスクワ公国は、
モンゴル人の偉大な大モンゴル帝国に分封されたキプチャク・ハン国のさらに手下の国家だったからね
キエフやモスクワにモンゴル軍の騎兵の大軍が襲来してルーシ(ロシア人)は皆殺しにされ、
家屋は焼き討ちにされた民族の記憶が根強い
モンゴル人(広く黄色人種)には恐ろしさを潜在的に抱いている

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