超マイナーな歴史上人物を挙げるスレ

1世界@名無史さん2018/02/12(月) 22:58:12.340
偉業を成し遂げたけど無名の人物含め、色々挙げてけ

71世界@名無史さん2018/03/02(金) 08:30:05.130
明治・大正時代の成金とか面白そう

72山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/02(金) 18:24:51.890
ゼウクシス
小アジアに生まれ、古代ギリシャ文化圏で活躍した画家。
師のアポロドロスは陰影の技術で知られ、ゼウクシスも本物そっくりの絵を得意としたとされる。
マケドニア王アルケラオス1世は不正な手段で王位に就いたことをプラトンに批判された人物であ
ったが、内政を整備し、都をアイガイよりぺラに移し、多くの文化人を王都に招聘するなど、業績は
名君と言いうる物であった。
ぺラの新宮殿の壁画を描いて名物としたのが、当時高名であった画家のゼウクシスである。

パラシオスもまた高名な画家であったため、後世に二人の画力争いの逸話を生んだ。
ゼウクシスが自分の作品を持参したところ、葡萄の絵であったが、小鳥が下りてきて啄ばもうとした
というくらい迫真の出来であった。
ゼウクシスは勝ち誇り、パラシオスに対し、早く絵に掛けられた布を取るように迫った。
しかし、その布は描かれたものであったという。目を欺かれたゼウクシスの負けであった。
不面目な逸話ではあるが、それでもルネサンス期にはアレクサンドロス大王時代の画家であるニキ
アスと共に讃えられている。

73世界@名無史さん2018/03/04(日) 01:00:21.920
チェーザレ・ボルジア

74世界@名無史さん2018/03/05(月) 11:55:37.780
シャカ ズールー
南部アフリカの一部族であったズールー族を南アフリカの大半の部分を支配する一大国家へと導いた指導者である。彼の軍事力と戦略、敵を殲滅し生存者を部族に同化させていく力量は、ズールー族の中でも抜きん出たものがあった

75世界@名無史さん2018/03/05(月) 17:40:47.010
>>25
今年受験生だったけど他にもかなりいるぞ
イブンルシュドとかイブンバットゥーダとか
センター試験にもラシードゥッディーン出てたし

76世界@名無史さん2018/03/05(月) 17:43:17.080
個人的にはリチャード3世
薔薇戦争終結させたのにほとんど教科書触れてなくてかなc

77世界@名無史さん2018/03/05(月) 17:59:31.380
リチャード3世はシェイクスピア劇に取り上げられたことで
業績を超えてメジャーな存在になってると思うが

78世界@名無史さん2018/03/05(月) 23:21:46.780
その流れだとエドワード六世
ねーちゃん達はあれだけ有名なのに

79山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/05(月) 23:31:11.480
プタハヘテプ
古代エジプト第5王朝の宰相。後世賢人として知られたためか、彼と同一人物と思われる名前を
冠した教訓集が、第12王朝や第18王朝でも編纂されている。
わが子に与える教訓という形をとっており、「無教養で卑怯な人と論争して怒ったりせず、彼自身
に任せておけば、彼は自分で自分を追い詰めるだろう(取意)」という教訓は、現代のネット上で
の論争にも通ずるものがある(『戦国策』にも大意として同じような文言があるが)。
勿論、現実における論争にも已然として言いうることである。
他の教訓もいちいち現代に通じるものがあり、人間の生活の変わらなさを実感させてくれる。

80世界@名無史さん2018/03/06(火) 03:18:44.520
>>78
エドワード6世は教科書乗ってるんや
百年戦争開始させた人物やろ??

81世界@名無史さん2018/03/06(火) 03:19:44.030
>>78
ごめん勘違いしとった
ヘンリ8世の息子か
どっちにしても教科書にはでかでか乗っとるわ

82山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/11(日) 21:37:17.000
セオドア・モーデ(1911〜1954)
アメリカの探検家。第二次世界大戦中に中米で白の都(シウダー・ブランカ)と呼ばれる幻の遺跡を発見したと主張。
遺跡は本人いわく「最盛期には数千人が生活していたであろう」規模の物であった。
遺跡ではかつて奇妙な形をした猿の神が信仰されており、壁にはその姿が彫られ、人身供犠もあったという。
第二次大戦後、場所を明らかにする前に急死した。

83世界@名無史さん2018/03/12(月) 12:23:45.130
ニコニコ動画からだが
東方朔とか李確とか南海龍公とか面白かったな

84世界@名無史さん2018/03/12(月) 19:52:31.890

85山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/12(月) 22:36:01.200
東方朔はかつて日本画の画題でよく見られた人物ですが、今は画題自体が廃れてあまり知られない
存在となってしまいましたね。逸話が豊富で面白いのですが。
南海龍公というのは、徳川頼宣のことでしょうか。時代小説では存在感のある人物です。
何かしらたくらんでいたり、仮想歴史系なら幕府相手に挙兵していたりしますが、時代小説自体が今
は昔ほど世間の人気がないので、こちらもマイナーになってしまうのでしょうね。

86世界@名無史さん2018/03/13(火) 10:17:56.090
文春文庫
中野京子と読み解く
名画の謎 陰謀の歴史篇
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163769202

この本、結構マイナーな人物が画題の絵を取り上げてる

87世界@名無史さん2018/03/13(火) 18:43:03.570
また動画からの引用
ヴォイテク
ポーランドの正式な伍長
その実態は…

88世界@名無史さん2018/03/14(水) 00:29:18.04O
耶律迭刺

契丹小字の考案者。遼の耶律阿保機の弟に当たる。並外れた天才で有名だった。
ある時、ウイグルの使者がやって来た。宮中ではあいにくウイグル語を理解できる者が誰もいなかった。耶律阿保機の皇后は迭刺に白羽の矢を立てた。
迭刺は使者からウイグル語を学んだ。恐ろしいことに、わずか20日でウイグル語を完全にマスターしてしまった。発音だけじゃない文法も。こんな生徒がいたら英会話塾は商売上がったりである。
迭刺の更に恐ろしいところは、マスターしたついでに新しい契丹文字を作ればどうかと思いついたことだ。阿保機考案の契丹大字があったけど、いまいち不便だった。ウイグル文字をヒントに片手間で考案したのが契丹小字となった。
ただ、迭刺には欠点があった。この男、謀反大好き人間だったのだ。4回謀反を起こしているが、どういうわけかその度に「迭刺だから仕方ないね」と許されている。

89ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP 2018/03/18(日) 10:56:31.580
ジョン・スミス


イギリス人のハンターでインディアンの偉大な遺跡を発見した。

90山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/18(日) 11:09:19.370
ハンターといえばジョン・ハンターという偉人かつ奇人もいましたね。

91ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP 2018/03/18(日) 11:18:30.110
>>71

中居屋重兵衛さん

たぶん日本で始めて天井式の水族館をつくった

92ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP 2018/03/18(日) 11:21:03.270
骨盗んだ人でしたっけ?
と思ったらナマモノでしたか

93世界@名無史さん2018/03/19(月) 21:29:11.670
道祖王(ふなどおう)

奈良時代後期の皇族
聖武上皇の遺勅により、孝謙女帝の皇太子にたてられる。
だが「夜遊びが過ぎる」「国家機密を漏らした」
あげく「聖武帝の喪中に、お仕えの小姓とホモ行為をした」ことなどを理由に廃嫡される

同年、宮中の独裁者だった藤原仲麻呂の排除を画策したクーデター計画が発覚。
道祖王はクーデターの首謀者だった橘奈良麻呂とともに捕えられ、「まどひ」(惑い者)なる名に改名された挙句
棒打ち拷問で打ち殺されてしまった。


ホモで廃太子…

94山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/20(火) 22:48:13.680
>>91
天井をガラスの水槽にして金魚を泳がせたのは、淀屋辰五郎が最初でしょう。
中居屋の方が金魚の品種改良が進んでいて見栄えはしたでしょうが。

>>93
四文字年号の採用などから光明皇后に武則天の影響を指摘する説がありますが、娘の孝謙天皇
も武則天に影響されたのか改名好きでしたね。
天平勝宝は七年から九年まで年ではなく歳で表記されています。
和気清麻呂と姉が悪名に改名させられた話も有名。かなり実力のある暴君です。

95世界@名無史さん2018/03/21(水) 05:01:53.220
キモい名前に強制改名って
かなり陰湿だよなあ(・ω・`)

96山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/21(水) 06:40:44.000
>キモい名前に強制改名って
王莽、武則天、雍正帝がやっていますね。
いずれも実力者には違いないのですが、生まれながらの皇帝でない個性派は、改名して刷新すること
に拘ってしまうものなのでしょうか。

>>91
の人は、検索するとアニメに出て声もついていましたね。

97世界@名無史さん2018/03/21(水) 22:22:39.620
不破内親王

奈良時代後期の皇族
聖武天皇の皇女、孝謙女帝とは異母姉妹にあたる。
重祚した孝謙=称徳女帝を「女帝の髪をドクロの中に入れる」というおぞましい方法で呪った咎で
「厨真人厨女」(台所の飯炊き女)なる恥ずかしい名に改名されられたあげく追放
ネット上で相手を「厨房」と呼んで罵る風習は、まさにここに始まった…わけがない。

数年後に許され都に復すが、その10年後に息子が謀反をたくらんだのに連座してまた追放される。
以後の消息は不明。

なお不破内親王の同母姉である井上内親王は、伊勢の斎宮を20年間務めたのちに皇族の白壁王と結婚。
45歳という当時としては超高齢出産で他戸親王を生む。夫の白壁王は天智天皇系、井上内親王は天武天皇系だったわけなので、
他戸親王は壬申の乱以来分裂していた両系統を融合させる期待の星であったわけだ。

ところが白壁王が奈良時代最後の天皇・光仁天皇として即位したのち、井上内親王は天皇を呪ったかどで
他戸親王とともに捕えられ、ほどなく母子ともに死去。
これは山部親王(のちの桓武天皇)の擁立をたくらんだ藤原氏の陰謀らしい。

桓武天皇が弟・早良親王の怨霊に苦しめられた故事は有名だが、同時に井上内親王母子の怨霊にも苦しめられていたらしい。
こうして、怨霊に万全の対策をほどこした平安京へと都は移る。

現在、井上内親王は奈良県五條市の御霊神社で、早良親王とともに祀られている。
彼女が高齢出産したので、高齢出産の守り神だとか

98世界@名無史さん2018/03/23(金) 18:11:13.060
誰か欒大について書いてくれー
諸星大二郎の漫画で武帝の臣として出ていた

99世界@名無史さん2018/03/24(土) 10:53:02.890
欒大のウィキは日本版無
中文版より英語版のが詳しいな

でも英文から訳したら、登場人物や地名の漢字表記が解らん

100山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/24(土) 15:56:42.390
ああ、武帝の時代の。最初に『漢書』を読んだ時には、粛清と詐欺だらけの時代で驚いたものです。
丞相だけでも獄死が三人、処刑が一人。失敗して責任を問われて死んだ者、謀反人は不可勝計。
よく天下統一後の劉邦の時代が酷いと言われますが、意味があまりなさそうでより酷いですよ。
対強弩戦が有名ですが、朝鮮も含め、周辺国がしょっちゅう背いています。徹底的に人望がない。

欒大
前漢の武帝の元鼎四年(紀元前113年)の夏に、楽通侯・上将軍に任ぜられた方士。
翌年になって宝鼎が土中から得られ、水中から馬が出現するという奇瑞が見られた。
これに応じて宝鼎の歌、天馬の歌が作られている(現代の歌以上に政治的・宗教的意味が重い)。
武帝に重用されたらしいが、翌年九月には腰斬の刑に処せられている。

武帝紀にあるのは、これだけですね。
『漢書』郊祀志にもあるようですが、今手元にありません。
以下は『史記』孝武帝本紀参照。
欒大はかつて方術を学び、膠東王の尚方(古代に重要であった音楽を司る官)となった。
膠東王が代替わりすると、子供のなかった先王の正妻は妾の子である現王とそりが合わず、
武帝に取り入るために弟を介して欒大を推薦した。
これより先武帝は方術に凝って李少君なる博学の者を、彼が病死すると少翁なる者を重用し
ていたが、詐欺が発覚して処刑しており、後悔していたところであったので、同門の欒大が来
たことを喜んだ。
背が高く美丈夫で、話すことは謀計に富み、大言して疑わぬ人物であったという。
彼は師匠が「丹砂を黄金と化し、黄河の流れをせき止め、不死の薬を手に入れ、仙人を降ろ
す」法を知っていたと称し、方術で双六の駒を戦わせ、四個の金印を生み出して信用を得た。
武帝は金印を帯びさせ、五利・天士・地士・大通の四つの将軍号を与えている。
屋敷は広大、家来は仙人、武帝の公主は黄金万斤を持参して降嫁し、車馬珍宝は満ち、貴紳
は争って欒大を宴に招いた。
常に自邸で祭を行い、神はなかなか降りて来なかったが、百鬼はよく使役したという。
後に「師匠を探しに行く」と行って会いもせず、会ったと出鱈目を言ったことが発覚して誅された。

101山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/24(土) 16:45:54.540
>強弩
匈奴
>家来は仙人
家来は千人

失敬。水中から馬が出現するという信仰は『河童駒引考』参照。
西遊記で竜が三蔵の馬になったり、千一夜物語で海から馬が出て来たりしていますね。
『平家物語』の宇治川の先陣争いで有名な生喰は竜の、磨墨は海驢の子であったと言います。

102世界@名無史さん2018/03/24(土) 21:53:25.360
そうか
諸星マンガで欒大がイケメンに描かれていたのは史実だったのか

103世界@名無史さん2018/03/25(日) 00:13:46.620
巫蠱の獄事件の江充と絡ませていたけど時代的には合わないとか

江充さんも漫画だと獄吏上がりだったけど実際のところどうなんだろうねー

104世界@名無史さん2018/03/30(金) 22:25:19.480
>誰か欒大について書いてくれー

こんな無茶ぶりに答えてくれるのは
やはり山野さんですな

105世界@名無史さん2018/03/31(土) 12:13:47.970
漫画では武帝の死んだ寵妃を呼び出して信頼を得たという演出にしていた
豊臣秀吉も 果心居士に幻術で過去の女性を呼び出されて警戒したって司馬遼太郎の小説にあったなー

じゃあ東洋西洋問わず幻術使いお願いします

106山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/03/31(土) 17:19:52.280
なぜかまだWikipediaに記載がなかったので。

李淳風(602〜670)
唐代の人。出生地は岐州。本貫地は太原。父は隋に仕えていたが地位は低く収入も見合わなかったため、
官を捨てて道士となり、自ら黄冠子と号して『老子』に注を加えるなど文才があったという。
淳風も幼い頃から学才に富み、諸書を博捜して倦むことがなく、特に天文・暦算・陰陽の学に精通していた。
貞観の初めに当時の天体観測が北魏の遺風で古くなっていることを奏上し、太宗の命を受けて貞観七年に
銅製で三層構造になった天体観測機「渾天儀」を完成させる。
『晋書』と五代史の天文・律暦・五行志は、淳風が執筆したものである。
また、彗星の尾が、太陽とは反対方向に伸びることを発見した人物でもある。

さて、古代より天文観測と切り離せなかったのが占星術である。当時の中国も例外ではなかった。
太宗の世に「唐三世の後、女主武王が代わって天下をとる」という予言があり、太宗も気にしていた。
後世に中国七大予言書の一つ『蔵頭詩』の作者とされた淳風とのやり取りは、以下の通り。
淳風「すでにその兆しは御座います。その人は陛下の宮中におり、今から三十年以内には天下をとり、唐朝
の子孫を殺害してしまいましょう。」
太宗「疑わしい者を、ことごとく殺してしまえばどうであろうか。」
淳風「天命は避けがたい者で、王者は死なず、ただ無辜の者を殺めるばかりになりましょう。また更に三十年
が経てばその者は老い、老いては慈悲を知る様になります。たとえ易姓に至るとも陛下の子孫を甚だしく損な
うことは御座いますまいが、もし殺そうとなされば、怨んで厳しくなり、陛下の子孫を残しますまい。」

かくして、太宗は天下をとるという女主を殺そうとする計画を止めた。
武則天が周の皇帝として即位するのは、淳風の死から二十一年後のことである。

107世界@名無史さん2018/03/31(土) 17:25:18.010
>太宗の世に「唐三世の後、女主武王が代わって天下をとる」という予言があり、太宗も気にしていた。

あ、それ、ほんとの話だったんだ。

中国の大ヒット時代劇「武則天」(武媚娘伝奇)の全96話は、いつも、その予言の話で長孫無忌たちが大騒ぎして、モメにモメ続けるというストーリーだったよ。

李淳風の名は、あれを見れば嫌でも記憶に残る(笑)。

108世界@名無史さん2018/04/03(火) 19:46:12.140
藤原元子 (ふじわらのげんし、もとこ)

平安時代中期の貴族、藤原顕光の長女
当時は摂関政治、外戚政治の天下。
父・顕光も自身の出世を狙い、娘である元子を時の一条帝の女御として入内させた。
一条帝の中宮と言えば定子だが、彼女は兄の伊周が嫉妬に狂って花山法皇を射た事件により没落している
藤原道長の娘である彰子はまだ幼い。
だから元子がいちばんの有望株だ。

父親の期待に応えて妊娠の兆候が表れ、やがて腹も膨れだす。
だが、産み月になっても産気付かない…
そこでお寺で加持祈祷した所がめでたく産気付いたが…
腹から出て来たのはなぜか大量の水…
流産ですらない。

これは日本の記録上、最初の想像妊娠らしい。

以降、元子は懐妊することなく、やがて道長の娘らは続々と皇子を生む
こうして顕光は完全に出世コースを外れましたとさ
彼は道長にバカにされながらも職務をこなし、ミスをしてはまた馬鹿にされ、それでも78歳まで生きた。

一方の元子は宮中を出て浮気したり、顕光に勘当されたりそれでも子供を授かったりといろいろあったらしいが、
最期は不明。

109世界@名無史さん2018/04/07(土) 08:24:26.950
段正淳、段正厳

後大理の初代皇帝と2代皇帝。
歴史上の人物としてはマイナーだが中国では武侠小説の主人公として超有名。
この小説の大理国皇帝はレーザービームを発射できる。

110世界@名無史さん2018/04/09(月) 06:45:15.690

111世界@名無史さん2018/04/29(日) 12:37:31.310
クラーラ・ペタッチ Clara Petacci (1912-1945)

イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニの愛人。
ヒトラーの愛人エヴァ・ブラウンの知名度とは比較にならず
ムッソリーニと共に処刑され逆さづりの目にあったことだけで
歴史に名を残しているかわいそうな女性。

112世界@名無史さん2018/05/06(日) 17:32:49.940
リエンツィ

中世ローマの護民官
横暴を極めるローマ貴族と対決、勝利し一時は市民のための政治を勝ち取る。

しかし、その後誇大妄想じみた言動を繰り返し、
次第に支持を失い、
最期は恐怖政治に走り、暴徒化したローマ市民に惨殺された。

113世界@名無史さん2018/05/06(日) 22:30:06.490
スカっと爽やか護民官

114山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/05/07(月) 20:51:11.030
ヤン・ファン・デル・ヘイデン(1637〜1712)
よく似た名前のサッカー選手(1988〜)とは別人。
緻密な建物の描写と、高い空を組み合わせた風景画を専門としていた。
オランダのダ・ヴィンチとも呼ばれるが、これは画家にして発明家でもあったことに由来する。
当時のアムステルダムでは火災が頻発しており(現存する17世紀の建築は二棟のみ)、ヘイデン
により発明された「消防ホースつき消防車」はおおいに珍重され、彼は消防隊長に任命された。
ガラスのランタンに入れられたオイルランプの街灯も彼の発明であり、1668年にアムステルダムの
街を照らすと、19世紀半ばまで使用された(イギリスで1792年にガス灯が発明され、1797年にイギ
リスのマンチェスターで街灯として使用され、次第に欧州各地に広まっていった)。

115世界@名無史さん2018/05/07(月) 22:29:29.590
信長を語るにあたって平手政秀の名は欠かせない

116世界@名無史さん2018/05/08(火) 11:05:10.910
信長の兄信広をピックアップした動画があったな

117世界@名無史さん2018/05/09(水) 00:08:05.960
先月ようやくWikipediaに記事が出来たので、
ソルカン・シラの名を挙げておこうかな

モンゴルの零細な部族に生まれた平凡な男だが、この人物がある日
親切心で行った行為が、13世紀以降のユーラシア大陸の歴史を
根本から書き替えることになってしまった。
まあ、余計なことをしやがってという意見も当然あるだろうが・・・

118世界@名無史さん2018/05/09(水) 01:06:59.630
なるほど、追われるテムジンをかくまってやったのか。
後の西夏に金、宋に高麗
あるいは西のオアシス国家にロシアから見ればまさに
「余計な事しやがって!」だな。

そういえば青年時代の曹操が呂伯奢なる人物の家に泊まった時、誤解から雇人を殺した。そして事の露見を恐れて呂伯奢も殺してしまった。

その時に曹操と同行していた陳宮は彼のサイコパスぶりに呆れて、寝入った曹操を殺そうとするが、なぜか思いとどまる。

後で思えば「ここで殺しておけば…」だな

119山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/05/09(水) 05:37:05.400
>そういえば青年時代の曹操が呂伯奢なる人物の家に泊まった時、誤解から雇人を殺した。
>そして事の露見を恐れて呂伯奢も殺してしまった。

裴松之は『魏書』・『世語』・『雑記』を引用しており、後二者はあまり信用出来ないとしています。
『魏書』は息子と食客が曹操の馬と持ち物を奪おうとしたので数人を殺害して去ったとしており、
『世語』では五人の息子たちは礼儀が備わっていたが曹操は自分を殺すつもりかと疑って八人
を殺害して去ったといい、『雑記』では食器を用意する音で自分を殺すつもりかと疑って殺害し
「自分が他人を裏切ろうとも、他人に自分を裏切らせまい」と言ったとなっています。
『魏書』と『世語』によると、呂伯奢は不在であり、殺されておりません。

食客もいてそれなりの家でしょうに、馬と持ち物を奪おうとするのも妙な話です。
何かトラブルがあったのは事実でしょうが、いずれにせよ殺害人数は数人ないしは八人とされ、
皆殺しには至っておりません。曹操の供は『魏書』では数騎であったとされています。
呂家内で曹操の処遇をめぐって意見が分かれ、通報を試みた側が殺害されたということかもし
れませんね。殺害後も通報されていないなら、生き残った呂家の人間も了承済みでしょう。
『魏史』の同じ箇所に、曹操が一旦拘留されたが役人の判断で釈放されたという記述もあります。
呂家に限らず、当時の情勢について意見は色々あったと思われます。

ただ、『三国志演義』にあるような「豚を殺そうとしていたのを誤解して」は嘘でしょう。
「旅客が宿の人間の発言を聞いて自分を害するのだと誤解する話」は世界的に分布しているも
ので、ナバラ王妃マルグリット・ド・ナヴァルが編纂した『エプタメロン』にもあります。
同時代に最古の刊本が出た『三国志演義』も、民話から取り入れたものでしょう。
両者では豚ですが、日本の民話では「はんごろし(おはぎ)と手打ち(蕎麦ないしは饂飩)」のどち
らにしようかと相談するのを旅客が聞いて逃げ出すということになっています。

120世界@名無史さん2018/05/09(水) 06:48:55.530
日本は平和だなあ(しみじみ)

121世界@名無史さん2018/05/09(水) 17:36:01.520
山姥の包丁研ぎ音聞くだけで逃げるからな

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