明清帝国

1世界@名無史さん2018/05/13(日) 09:32:16.800
日本では、明も清も人気がない

2つ合わせれば、それなりに話のネタもあるか?

2世界@名無史さん2018/05/13(日) 10:05:51.590
明清あわせて6百年

めちゃくちゃ長いな

3世界@名無史さん2018/05/14(月) 19:49:53.790
大学で東洋史を学んでいるものだ
個人的には明オタクなんだが、指導教官が面倒見切れないので研究は清朝史です

4世界@名無史さん2018/05/14(月) 20:25:45.880
>>3
史料が多そうな時代ですな?

5世界@名無史さん2018/05/18(金) 05:14:00.440
張士誠

泰州白駒場(現在の江蘇省塩城市大豊区)の人。郷里で官塩の舟運の傍ら、私塩の密売にも携わっていた。
財を軽んじて人を施すのを好んだので、衆人の心を得ていたが役人、土豪とは利害が対立していた。

至正13年(1353年)に土豪から侮辱を受けたため張士義、張士徳、張士信ら3人の弟を含めた18人を率いて報復のために挙兵、
塩丁ら多数がこれを加わり、たちまち泰州を落として参政の趙lを殺害し、更に興化、高郵など江北の要地を占領する。
翌至正14年(1354年)には誠王と称し、国号を大周、元号を天祐と定めた。

6世界@名無史さん2018/05/18(金) 05:17:05.440
張士誠の反乱を元朝は極めて深刻に受け止めた。
なぜなら、反乱が起こった淮東は、全国最大の塩の生産地であり、
かつ江南の物資を京師に輸送する大動脈である大運河が通っている地域であったからである。

塩の専売を最大の財源とし、経済面で江南の豊かな物資に依存している元朝にとってはまさに死活問題であった。
そのため、右丞相のトクト(脱脱)を司令官とする大規模な討伐軍がただちに発せられた。

7世界@名無史さん2018/05/20(日) 10:49:15.120
張士誠ね、後漢末にタイシジ持ってたリュウヨウのイメージだわ、もっと有能か

8世界@名無史さん2018/05/20(日) 13:53:29.930
>>7
まあ、経済力がありすぎたせいか、晩年は奢侈におぼれたとされてるが、江南の覇者になるくらいだから、タダ者ではない

9世界@名無史さん2018/05/20(日) 18:59:45.480
三國志に例えるなら、袁紹のポジションだろう

10世界@名無史さん2018/05/20(日) 19:04:04.800
「天下の三分の二は魏」といわれ、国力の差が明らかだった三國志とは異なり、
張士誠・朱元璋・陳友諒の三大勢力は、どれも甲乙つけがたい強大な勢力

11世界@名無史さん2018/05/20(日) 19:09:07.650
朱元璋は、国力が劣る上に、他の2勢力に挟まれる不利な位置にあった。
ただし、劉伯温や李善長をはじめとする、人材がすごかった。

陳友諒は、張士誠に「朱元璋を挟撃しよう」と同盟を持ちかけたが、張士誠は乗らなかった。
陳友諒に対する警戒心が、朱元璋への敵意を上回ったのであろう。

12世界@名無史さん2018/05/20(日) 20:28:07.710
陳友諒は、それくらい強大な勢力だった

朱元璋が勝利したのは歴史の奇跡

13世界@名無史さん2018/05/21(月) 22:50:30.350
「大明帝国朱元璋」はイイゾ
荒削りなところが多いが、朱元璋の人間的な所とカリスマ的な所が上手く演出されている
適当に描いているからこそ、朱元璋飛躍の必然性というか神がかり的な能力の高さを感じさせる

14世界@名無史さん2018/05/27(日) 20:26:33.430
明の時代の李時珍による『本草綱目』人部には、人肉をはじめ人間由来の漢方薬が記されている。
特に宮廷を中心として、女人の血から作った薬(仙丹)が強壮剤としてもてはやされた。
不妊で悩む世宗の代には、宮女に投薬してまで出血を強要したため、多くが衰弱死したという。

民間では、同時代の『南村輟耕録』に、戦場での人肉食の実例と調理法が多岐に渡って紹介されている。
この食事方式を採用した隊では戦果が食事に直結するため、大いに士気が高揚したという。

15世界@名無史さん2018/05/29(火) 08:41:52.140
人口、GDPが急拡大した時代。
貿易黒字が続き、世界中の銀が集まった時代。
最後に阿片でボロボロにされた時代。

16世界@名無史さん2018/05/29(火) 13:45:20.130
人口爆発っていったら、20世紀のアフリカあたりを連想するけど、中国では16世紀から始まってるんだよなあ

17世界@名無史さん2018/05/30(水) 08:39:24.200
豊臣秀吉がヌルハチみたいになれなかったのは何故だろう?
国力、兵力は上だと思うんだが。

18世界@名無史さん2018/05/30(水) 14:29:04.580
有能な血族や子があまりにも足りてない

19世界@名無史さん2018/05/30(水) 20:41:09.090
>>17
地続きの清でさえ、朝鮮に5回も攻め込んで、やっと半島を制圧することができた。

たったの2回で断念したのが、日本の失敗原因。

20世界@名無史さん2018/05/31(木) 08:27:16.630
なるほど。
短期決戦で強くても完全制服には至らない。
数代に渡る長期戦を要するということか。

21世界@名無史さん2018/05/31(木) 08:28:58.720
仮に明軍を圧倒し、そのまま明を倒し、
秀吉が寧波あたりに遷都できたとしたら、
征服民族が中華化してしまう法則が働いて、
日本語を話せない日本人に変化してたに違いない。

22世界@名無史さん2018/05/31(木) 08:46:21.500
日本が漢化するのかって凄い興味深いよな
時代は変わるけど南明日本乞師で薩摩藩とかが本格的に介入したらどうなったんだろうとワクワク

23世界@名無史さん2018/05/31(木) 12:47:00.900
モンゴル帝国でさえ高麗には何度も攻めこんでいるよね
降伏するのは早いんだがその後撤退すると手のひらをすぐ返すの繰り返し
移動手段の乏しい時代に半島を征服するのはなかなか難しい
だから民族が同化されずに残ったんだろう

24世界@名無史さん2018/05/31(木) 14:27:00.290
朝鮮半島も山だらけだし征服するのは難しい

25世界@名無史さん2018/05/31(木) 14:57:20.580
しかも鶏肋

26世界@名無史さん2018/05/31(木) 19:55:32.190
仮に唐入りが成功していたとしても
日本本土とは離れているから全体の漢化はなかったのでは?
その代わり寧波に拠点を移した豊臣本家は漢化したかもね
そして数世代のうちに日本本土は分家か有力諸侯により寧波の支配から抜け出すのではと思う
大軍が行き来するのは難しいから

27世界@名無史さん2018/06/01(金) 08:11:40.410
古くから漢文化を受容してきた素養があるのだから、
漢化しようと思えばアッサリしちゃう気がする。
教養人はみんな漢文を読み書き出来てたし。
漢化する覚悟なく、
日本式を押し通したら
大陸制覇は抵抗が大き過ぎて不可。

ただチョンマゲぐらいなら強制できるかも。

28世界@名無史さん2018/06/01(金) 18:43:44.530
大陸に渡る支配者層の漢化は早いだろうね
しかし三国国割構想では日本と大陸には別の天皇と関白を置くつもりだったらしいし
日本本土は漢化しないのでは?
距離の問題もあるし日本自体が当時は相対的に人口が多い国だから
少なくとも庶民まで日本語を忘れて漢化することは考えにくい

29世界@名無史さん2018/06/01(金) 22:27:19.740
むしろ漢土の日本化が進行したりしてw

30世界@名無史さん2018/06/01(金) 22:37:04.820
日本化って日本の何に化する?

31世界@名無史さん2018/06/01(金) 22:58:06.820
日本人を見習って、土足で部屋に上がらないとかじゃね?

32世界@名無史さん2018/06/01(金) 23:01:27.800
畳文化じゃないしそういうことないんじゃないの

33世界@名無史さん2018/06/01(金) 23:04:08.470
だから文化を日本式に変えちゃうってことなんだろ

34世界@名無史さん2018/06/01(金) 23:52:02.330
満洲語、満洲文字が権威を持っていたように、
尾張弁、漢字かな混じり文が権威を持っただろう。

35世界@名無史さん2018/06/01(金) 23:53:47.910
髪形は、辮髪ならぬちょん曲げだな。

36世界@名無史さん2018/06/02(土) 00:00:49.490
>>34
むしり日本では漢文こそが教養人の証だったから大陸の日本人はせっせと漢文を取り入れただろう

37世界@名無史さん2018/06/02(土) 00:06:40.770
>>36
送り仮名や返り点が中国で普及するのだね。

38世界@名無史さん2018/06/02(土) 00:13:23.140
>>34
シナ人の連歌師が出現して、連歌会が催されただろう

39世界@名無史さん2018/06/02(土) 00:14:55.470
満州の字が判らん?万でいいわ

40世界@名無史さん2018/06/02(土) 06:12:16.430
文化や風習はともかく、
制度を日本化するだろう。
太閤検地の実施。
石高制に基づく封地割当。
封建領主は屋敷を城にして、
町を囲む城壁はなくした城下町。

41世界@名無史さん2018/06/02(土) 06:29:24.310
加藤清正は豆満江を超えて
オランカイと闘った。
清正の報告では、
オランカイは朝鮮の倍の広さがあって、
全体の統治者がおらず、
伊賀者甲賀者のように砦を構え、
一揆国みたいらしい。
オランカイは
統一前の女真族の一派かもしれない。

清正の見立てでは、
オランカイを通って明国入りするのは無理。
女真族はかなり手強いという認識。

42世界@名無史さん2018/06/02(土) 08:41:45.570
>>22
秀吉時代は失敗したけれど、
南明勢力からの日本乞師に答え応じていたら、
大義名分が出来た分、有利になるから、
結構いけたかもね。

43世界@名無史さん2018/06/02(土) 09:46:53.250
南明日本乞師って何?

44世界@名無史さん2018/06/02(土) 10:57:21.590
>>43
「師」は軍隊のこと。あとは読んで字のごとく。

45世界@名無史さん2018/06/02(土) 11:51:54.620
バチカンにまで送ってたらしいね
十字軍でも期待したのかな

46世界@名無史さん2018/06/02(土) 20:35:17.240
満州八旗が強かったのはほんの初期だけというイメージがある。
むしろ漢人武将たちの活躍で、
あれよあれよと大征服出来ちゃった感じ。

47世界@名無史さん2018/06/03(日) 18:27:16.260
三藩の乱だって緑営をぶつけて八旗は後方で片付け待ってたらしいからな
果たして満州人が絶対的に強いのか怪しいと思う
なんか、モンゴル帝国の圧倒的な強さというイメージで異民族王朝を語ってる節がある希ガス

48世界@名無史さん2018/06/04(月) 06:17:47.700
>>40
太閤検地みたいなことは、明の太祖がさをざんやったからなあ

49世界@名無史さん2018/06/04(月) 06:20:29.090
>>29
そりゃ、進行するだろ

日本より遥かに文化伝統の少ない満州の狩猟民ですら、どれだけ中国の文化を変えたか?

50世界@名無史さん2018/06/04(月) 06:22:00.700
ただし、日本人は農耕民族

服装や食事とかは、洋の東西を問わず、狩猟民の機能的な服装や、肉食文化の影響力が大きい

51世界@名無史さん2018/06/04(月) 08:01:58.760
>>47
人口の違いは大きい。
どうやって少人数で絶対多数を服従させたかは興味深い。

52世界@名無史さん2018/06/04(月) 09:00:10.190
>>48
貨幣経済が発達し、
明代には銀本位経済がフルに回っていた中で、
さすがに石高制はないね。

秀吉だって銀山を主要な財源にしていて、
朝鮮出兵時にも朝鮮の銀山確保を重視したりしていることから、
十分に銀の力の重要性を理解していた。
明清内で流通する銀は南米産以外は日本産。
戦国日本で鉄砲を大量生産できたのは、
銀生産拡大での購買力に依るところが大きい。

53世界@名無史さん2018/06/04(月) 09:16:52.010
明清が世界中の銀を自国に引き寄せていった商品の販売力は凄い。
当時の国際経済での競争力はナンバー1.

日本の当時の輸出品は、銀、硫黄、そしてあまり知られてないが奴隷。
銀が枯渇してくると、高値で売るものがないので鎖国で制限するしかない。

54世界@名無史さん2018/06/04(月) 12:33:38.200
>>52
明清は、郷紳、つまり地主階級が全盛だった時代

55世界@名無史さん2018/06/04(月) 13:36:32.590
>>53
銀はともかく、硫黄なんかで外貨を稼げたのは良い時代

56世界@名無史さん2018/06/04(月) 15:16:17.000
水を売ればよかったんじゃね?
と思わなくもないが

57世界@名無史さん2018/06/04(月) 18:10:49.940
田沼意次は、干し鮑やフカヒレなどの俵物の輸出を図っている。
金銀の流出を抑えるために。
そのおかげで中華料理の高級食材の定番になった。

58世界@名無史さん2018/06/04(月) 18:29:35.710
昆布の道
蝦夷地松前藩⇒富山藩⇒薩摩藩⇒琉球⇒清

富山と沖縄料理で昆布が多く使われる。

薬の道
清⇒琉球⇒薩摩藩⇒富山藩⇒全国に薬売り

59世界@名無史さん2018/06/04(月) 18:37:55.580
>>55
石油の脱硫装置がなかった時代だもね。
火薬の原料として欠かせないものだが、
さすがの明も硫黄の調達先が仮想敵国の日本だけでは不安だったため、
東南アジアや西アジアなどの入手先の多方面化を図っている。

60世界@名無史さん2018/06/05(火) 05:47:28.600
>>54
一条鞭法や地丁銀制は銀納。
銀が大量流通していないと成り立たない制度。
その銀の生産元の大半がメキシコなどの南米と、一部が日本。
銀生産地の新大陸は西欧諸国の植民地。
西欧諸国が銀の需要が大きい明清に銀を供給。
西欧諸国は明清の物産を大量入手。
商業が発展して西欧の力が急速に伸びる。
織豊時代日本の文化の輝きも銀の力。

なのに石高制は米本位の物納。

61世界@名無史さん2018/06/05(火) 07:55:50.370
石高制は明が銀本位制に移行したことによって
輸入した銅銭に頼っていた貫高制が維持できなくなったからだろ
明を征服するなら銀本位制に移行するわ

62世界@名無史さん2018/06/05(火) 08:48:30.040
宋の頃は、日本が莫大な銅の輸入国だった。

明では、日本が銀の輸出国に転じた。

この違いは大きい。

63世界@名無史さん2018/06/05(火) 08:51:28.970
日本は、明代になっても、宋の古銭を輸入していた。

「宋銭が東アジアの基軸通貨だから」というのはもちろんだが、「銅の輸入」という側面も見逃せない。

64世界@名無史さん2018/06/05(火) 08:55:15.000
農民出身の朱元璋は、農本制に移行しようとしていたが・・・。

65世界@名無史さん2018/06/05(火) 09:15:48.640
>>64
荒廃した国土復興と食料確保が優先なので、
朱元璋の政策は間違ってない。

ただ商業軽視、朝貢外交に固執は儒教の悪影響だと思う。
周辺諸国が貿易自由化を求めて反発するのは必定。
北虜南倭、秀吉の出兵、ヌルハチの挙兵、後年のアヘン戦争も含む。

66世界@名無史さん2018/06/05(火) 13:57:25.600
中国は食い詰めると即革命だからな

67世界@名無史さん2018/06/05(火) 18:41:48.060
衛所制というのは殆ど上手くいかなかったと見て良い?

68世界@名無史さん2018/06/05(火) 18:52:15.300
>>62
輸入してたのは宋の銅銭であって銅そのものは輸出国だぞ日本は
原料輸出の強みは技術力が要らないということ

貿易で利潤を得ようとするらなら相手国の製品より性能なり価格なりで優位を示さないといけないが
さすがに当時の中国相手に技術力で勝負するのは分が悪い
その分銀や銅硫黄といった資源はそのものに価値があるのでいつの時代でも安定的に商品として機能してくれる

69世界@名無史さん2018/06/05(火) 20:06:58.790
>>68
資源を輸出して、製品を輸入するというのは、現代の日本とは逆のノリだな

やはり、江戸時代だろうな、日本が変わったのは

70世界@名無史さん2018/06/05(火) 20:38:02.970
しかし、現代では資源輸出国といったら「発展途上国」という位置づけだが、大昔にそのイメージを適用すべきなのかどうか。

昔は、鉱山を開発するのだって、大変な技術だ。

ましてや、中南米の鉱山を開発して中国に輸出していた南欧諸国は、現代の資源メジャーがやってることと変わらない。

71世界@名無史さん2018/06/05(火) 22:05:11.400
>>70
先日のNHKヒストリアで、徳川家康がスペインから
金や銀を含む鉱石から水銀を利用して金や銀を取り出す製錬法(アマルガム法)
を技術導入しようと交渉した話しをやっていました。

72世界@名無史さん2018/06/05(火) 22:14:17.560
日本の場合は開発途上国の悲しさがあった。
日本が輸出していた粗銅には金銀が含まれており、
当時の日本にはそれを分離する技術がなかった。
明の商人たちは日本から安値で粗銅を買い取り、
金銀を分離して大きな利益を得ていた。
戦国時代に朝鮮から灰吹法、
南蛮から南蛮吹きなどの技術が伝来して、
ようやく日本でシルバー、ゴールドラッシュを迎える。

73世界@名無史さん2018/06/06(水) 05:13:43.850
>>72
灰吹法が極めて非効率だから、スペインから技術導入したんだが?

74世界@名無史さん2018/06/06(水) 07:10:20.780
江戸時代初期の日本が、欧米からの技術導入で金銀の生産を大幅に進歩させたというのは、見落としがちなポイントだ。

江戸時代における欧米の影響というのは、もっと認識されてよい。

75世界@名無史さん2018/06/06(水) 07:29:18.230
「江戸時代の日本」といえば、「鎖国」。

「明清時代の中国」といえば、「海禁政策」。

でも、実際のところ、当時の朝廷は、どれほど海洋貿易を統制できてたんだろか?
最近は、日本史の教科書も書き換えられている。
「長崎の出島で、オランダ人とだけ貿易してました」
という話は、すっかり過去のものになった。

76世界@名無史さん2018/06/06(水) 07:40:45.570
>>73
その非効率の灰吹法すらなかったから、
みすみす利益を明の商人たちに奪われていた。
開発途上国の悲哀だ。

77世界@名無史さん2018/06/06(水) 07:58:18.450
>>75
長崎の出入りする船だが、
オランダ船より中国船の方が数が多い。
そのオランダ船だが、
オランダ東インド会社が支配していた東南アジアの香辛料や砂糖以外は、
中国物産が多く、ヨーロッパ由来の物品は量としては少ない。
オランダ東インド会社はまずはアジア域内交易で儲けを追求し、
その儲けでアジア物産を買い付けて欧州に持っていく。

つまり長崎オランダ船の交易の大半は中国物産の取引だった。

78世界@名無史さん2018/06/06(水) 08:32:33.410
>>75
少なくとも日本船を仕立てて渡海して、
海外に日本人町を形成するようなことはなくなった。

海外物産への興味がなくなったわけではなく、
需要は大きく、
いわゆる「鎖国令」発布以前よりも
貿易量が多くなっているデータはあるそうだ。

79世界@名無史さん2018/06/06(水) 08:34:45.530
中国も、明ともなれば、「ラクダに乗った隊商がシルクロードをはるばると越えていきました」なんて世界では、とっくになくなって久しい。

現代と同じように、沿海部に主要都市が集中している。
海洋貿易は、中国にとっても生命線だった。

80世界@名無史さん2018/06/06(水) 08:48:22.050
釜山には倭館があって、
元禄時代にも数百人の日本人が常駐。

福建省には琉球人町があって、
冊封交易が続いてた。

他の日本人町は消滅。
こういう拠点間海外ネットワークを維持できなかったことは、
欧州との差を広げてしまうことに繋がる。

81世界@名無史さん2018/06/06(水) 09:18:15.760
>>79
隊商交易はなくなってはいない。
量的には増加しているはず。
オイラート、タタールの攻勢は隊商交易が活発だったことを示す。
19世紀になっても中央アジアの陸上交易は盛んだった。
ロシアとの交易も始まるし。

アンドレ-グンダー・フランクの「リオリエント」では
従来、海上貿易に目を奪われがちだったのを批判して、
陸上交易の重要性は失われてなかったと主張してたことの受け売りだけど。

82世界@名無史さん2018/06/06(水) 09:59:53.190
最終的に清に滅ぼされたジュンガルも勢力拡大の背景に陸上交易の利があったと思う。
ジュンガルは清との戦争でロシア製の大砲を使ったり、
ロシアからの技術導入で工業化を進めようとしたりしているので、
ロシアの支援があったかもしれない。
ロシアも清と対立したくないから、表立って支援しないと思うが。
タタールのくびきの記憶も残っているし。

83世界@名無史さん2018/06/06(水) 10:29:49.220
>>67
軍役は辛いからねぇ。

八達嶺や慕田峪の長城を行ってきたけれど、
よくまぁ、あんな山の尾根に城壁作ったよなぁと感心する。
いやぁ長城まではロープウェーとかケーブルとかの乗り物だったんだけれど、
長城自体の上り下りがキツクて、息が上がって苦しいことおびただしい。

84世界@名無史さん2018/06/06(水) 11:11:43.080
>>8
「1870年代の北京」という写真を見ると、そんな感じではある

https://blog-imgs-30-origin.fc2.com/m/i/t/mitekita01/view_exbir9b20i3jxvt50h1ntpb2.jpg

85世界@名無史さん2018/06/06(水) 11:36:59.070
19世紀の北京に駱駝がいたのか、ビックリした
もしかしてもっと前から中国に駱駝は来てたの?

86世界@名無史さん2018/06/06(水) 11:53:40.010
北京中心から70キロほどで砂漠地帯に入るよ。
昔はどこまで砂漠があったかは知らないけれど。

87世界@名無史さん2018/06/06(水) 11:58:35.970
じゃあ中国の歴史上で駱駝騎兵部隊とかいた可能性があるのか
…砂漠以外でのメリットが無いから無理か

88世界@名無史さん2018/06/06(水) 13:12:36.870
中華ドラマでは駱駝部隊は見たことないな。
モンゴル系騎兵部隊は普通に馬だし。

戦闘用というより、荷役では使われたかもね。

なぜか杭州の宋城という宋時代を模した
テーマパークがあって、
そこで駱駝に乗せてもらったことがある。
なんで宋で駱駝なのかはよくわからない。

89世界@名無史さん2018/06/06(水) 13:23:00.790
中国人のことだから駱駝料理もありそうだな…と思ってググってみたら駱駝の瘤が中華料理の珍味として紹介されてた
中国パネェ

90世界@名無史さん2018/06/06(水) 13:46:02.990
広州に行ったときに、
古くから回教徒(イスラム)が多く住む区域があって、
中華式モスクがあった。
仏教寺院みたいな、ちょっとデザインを変えてあるような建物。
回族料理の飲食店があって、
羊肉が店頭にぶら下がっていて、
ちょっと食べてみたかったなぁ。

91世界@名無史さん2018/06/06(水) 15:41:02.680
食に関しては日本人も相当パネェよ

92世界@名無史さん2018/06/06(水) 20:01:46.360
>>90
中華式は減ってアラブ式が増えてるみたい

93世界@名無史さん2018/06/06(水) 20:18:51.180
唐の三彩は、ラクダの像が多いな。
馬はさらに多いけど、ラクダも多い。

http://auction1.img.artimg.net/auctionBigImage/art5075670033/640-645-b.jpg

94世界@名無史さん2018/06/06(水) 20:55:52.700
>>92
アラブの寄付があるのかもね。

新疆ウィグルのカシュガルあたりだと、
また変わるんだろうな。
イスラム建築の煉瓦造り青色ドームがあったりして。
住民の顔立ちも黄色人種でないし。

広州の回族は女たちがベールしている以外は他の中国人と見分けがつかない。
寺院は古い屋根瓦の木造だったし。
広州が昔からムスリム商人を受け入れてきた証だと思う。

95世界@名無史さん2018/06/06(水) 21:01:46.330
>>93
唐の場合はイラン系ソグド人文化の影響が強い。
安史の乱以降はトルコ系ウィグル人の影響が強くなるのかなぁ。

96世界@名無史さん2018/06/06(水) 21:07:05.260
漢人にも西域趣味があるしな

97世界@名無史さん2018/06/06(水) 21:22:39.000
ウィグルはムスリムだけど、
モンゴル系はどういうわけか知らないが、
チベット仏教になっている。
ジュンガルもチベット仏教国。
清朝はダライ・ラマを手懐けることで、
モンゴルをも掌握する。
中華皇帝+大ハーン+チベット仏教の守護者ということで君臨できた。
ムスリム寺院への寄進も怠ることはできず、
大帝国の運営は多方面に気を遣う。

98世界@名無史さん2018/06/07(木) 12:54:28.190
その点大明帝国って凄いよなぁ
中華皇帝の名称だけで中国統治しちゃうんだもん

99世界@名無史さん2018/06/07(木) 13:06:47.440
明ってチベットもモンゴルも満洲も支配してないじゃん

100世界@名無史さん2018/06/07(木) 13:18:31.750
中華統治期間の長さで、
明:1368年-1644年の276年間
清:1644年-1912年の268年間
よって明の勝ち。

101世界@名無史さん2018/06/07(木) 13:28:37.160
明の皇帝はモンゴル人だけどな

102世界@名無史さん2018/06/07(木) 13:29:14.710
漢人しか支配しなかったなら皇帝号だけで十分なのは当たり前

103世界@名無史さん2018/06/07(木) 13:29:57.240
逆にほとんど差が無いのがすごいな
シンクロニシティだ

104世界@名無史さん2018/06/07(木) 15:34:00.510
明の皇帝一覧
名前 皇帝号 即位年 終了年 在位期間(引き算しただけ)
朱元璋 太祖洪武帝 1368 1398 30
朱允? 恵宗建文帝 1398 1402 4
朱棣 成祖(太宗)永楽帝 1402 1424 22
朱高熾 仁宗洪熙帝 1424 1425 1
朱瞻基 宣宗宣徳帝 1425 1435 10
朱祁鎮 英宗正統帝 1435 1449 14
朱祁ト 代宗景泰帝 1449 1457 8
朱祁鎮 英宗天順帝 1457 1464 7
朱見深 憲宗成化帝 1464 1487 23
朱祐? 孝宗弘治帝 1487 1505 18
朱厚照 武宗正徳帝 1505 1521 16
朱厚? 世宗嘉靖帝 1521 1566 45
朱載? 穆宗隆慶帝 1566 1572 6
朱翊鈞 神宗万暦帝 1572 1620 48
朱常洛 光宗泰昌帝 1620 1620 2ヶ月
朱由校 熹宗天啓帝 1620 1627 7

105世界@名無史さん2018/06/07(木) 15:48:17.260
すまん。再録。
明の皇帝一覧

名前  皇帝号   即位年 終了年 在位期間(引き算しただけ)
----------------------------------------------
朱元璋 太祖洪武帝 1368  1398  30
朱允? 恵宗建文帝 1398  1402  4
朱棣  成祖(太宗)  1402  1424  22
     永楽帝
朱高熾 仁宗洪熙帝 1424  1425  1
朱瞻基 宣宗宣徳帝 1425  1435  10
朱祁鎮 英宗正統帝 1435  1449  14
朱祁ト 代宗景泰帝 1449  1457  8
朱祁鎮 英宗天順帝 1457  1464  7
朱見深 憲宗成化帝 1464  1487  23
朱祐? 孝宗弘治帝 1487  1505  18
朱厚照 武宗正徳帝 1505  1521  16
朱厚? 世宗嘉靖帝 1521  1566  45
朱載? 穆宗隆慶帝 1566  1572  6
朱翊鈞 神宗万暦帝 1572  1620  48
朱常洛 光宗泰昌帝 1620  1620  2ヶ月
朱由校 熹宗天啓帝 1620  1627  7
朱由検 毅宗崇禎帝 1627  1644  17

106世界@名無史さん2018/06/07(木) 15:51:37.080
清朝皇帝一覧

名前  中華号    満州号             モンゴルハーン号  即位年 終了年 期間
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヌルハチ  太祖    アブカイ・フリンガ・ハン        スレ・クンドゥレン・ハーン  1616  1626  10
ホンタイジ 太宗    スレ・ハン               ボクド・セチェン・ハーン  1627  1643  16
福臨  世祖順治帝 イジスフン・ダサン・フワンディ     イャルート・ジャサク・ハーン 1644  1661  17
玄Y  聖祖康熙帝 エルヘ・タイフィン・フワンディ      エンケ・アムガラン・ハーン 1662  1722  60
胤メ@ 世宗雍正帝 フワリヤスン・トブ・フワンディ      ナイラル・トゥブ・ハーン  1723  1735  12
弘暦  高宗乾隆帝 アブカイ・ウェヒイェヘ・フワンディ    テングリ・テクゲチ・ハーン 1736  1795  59
永?  仁宗嘉慶帝 サイチュンガ・フェンシェン・フワンディ  サイシャ・ヤルート・ハーン  1796  1820  24
旻寧  宣宗道光帝 ドロ・エルデンゲ・フワンディ      トル・グレト・ハーン     1821  1850  29
奕?  文宗咸豊帝 グブチ・エルギェンゲ・フワンディ    トゥゲモル・エルベト・ハーン 1851  1861  10
載淳  穆宗同治帝 ヨオニンガ・ダサン・フワンディ     ブリン・ジャサク・ハーン   1862  1874  12
載?  徳宗光緒帝 バダランガ・ドロ・フワンディ      バダルグ・トル・ハーン   1875  1908  33
溥儀  宣統帝    ゲフンゲ・ヨソ・フワンディ       ゲブト・ヨスン・ハーン    1908  1912  4

107世界@名無史さん2018/06/07(木) 15:56:38.010
皇帝の数
明:17人
清:12人(後金を含む)
明の勝ち。

108世界@名無史さん2018/06/07(木) 15:58:26.060
平均在位期間で
明:16.24年
清:23.83年
清の勝ち。

109世界@名無史さん2018/06/07(木) 19:42:34.740
大明帝国で好きな皇帝誰?
俺は正徳帝

110世界@名無史さん2018/06/07(木) 21:19:12.520
>>99
不完全だが支配はしてるぜ

チベット:
烏思蔵都司・朶甘行都司として一時的・名目的に支配
当時のチベットには全体の統一された支配者はおらず各地方の土豪よりも上の存在は即ち明の皇帝ということになる

満州:
奴児干都司として黒竜江河口域まで結構がっつりと支配
後に独立されて後金となる

モンゴル:
万歴年間にフフホトに帰化城と名付けて内蒙古は帰順させた
西北には赤斤蒙古衛や哈密衛など関西八衛を置いてモンゴル系の哈密王国(カラデル)を属国に(後に東チャガタイ汗国の分裂したトゥルファンに奪われる)

111世界@名無史さん2018/06/08(金) 06:15:55.380
>>109
英宗(正統帝、天順帝)。
最初は最悪のアホ帝かと思いきや、
ドン底の苦しみを味わった後は、
恐るべき精神力と人タラシの術を駆使した。

皇帝ではないが、
万貴妃の悪女ぶりも好き。
最初から悪女に変貌したわけではない。
味方のいない廃太子の幼い皇子の子守りとして
愛情深く仕え続けたまさにマドンナだ。
ただ、皇子を愛しすぎて、
二十年ぐらい年が離れているのに
男女の仲になり、
皇子が復権して皇帝になった後、
年増女の嫉妬が暴走しただけだ。

112世界@名無史さん2018/06/08(金) 09:19:09.750
>>109
清朝ではダメ?

皇帝ではないが、孝荘文皇后。
ホンタイジの側妃。
俗説ではドルゴンに嫁ぐが正史では否定。
順治帝の生母。
康熙帝の祖母。
モンゴル人。
中華ドラマや小説ではおなじみのすげぇ超女傑。
大清帝国の事実上の建設者。

113世界@名無史さん2018/06/08(金) 09:38:36.130
>>103
王朝の興亡パターンが有るよね。
創設期⇒発展期⇒繁栄期⇒衰退期⇒滅亡。

気象変動周期が原因という説。
経済変動の長期周期(好況不況の長期波)によるという説。
人口増加と生産力増加のアンバランスの調整が生じる説。
いろいろ原因は考えられそう。

114世界@名無史さん2018/06/08(金) 09:52:15.390
試験では
・王朝名
・創設者名
・最盛期の皇帝名
・滅亡時の皇帝名
の4つを覚えればOK。

しだいにどれも同じパターンに思えてきて中国史が飽きられていく。

115世界@名無史さん2018/06/08(金) 20:53:29.750
>>114
どの王朝も、有名な皇帝は最初の数人だけ

あとは惰性で続く

116世界@名無史さん2018/06/08(金) 20:56:23.810
ローマ帝国も、国家としては長く続いたが、皇帝は選挙やクーデターで交代し、王朝がしょっちゅう入れ替わっている。

それを思えば、元・明・清は、「ペキン帝国」と一括して総称しても良いように思う。

117世界@名無史さん2018/06/08(金) 22:16:32.890
首都で王朝を分けるのは面白いね

118世界@名無史さん2018/06/09(土) 06:40:10.260
日本はそうだな

鎌倉時代とか、江戸時代とか

119世界@名無史さん2018/06/09(土) 07:58:05.910
>>100
明清だけで550年

室町時代から明治時代まで、ほぼフルカバーだ

長い

120世界@名無史さん2018/06/09(土) 07:59:16.780
はっきり言って、中国史の勉強は、明から始めれば十分

121世界@名無史さん2018/06/09(土) 08:27:23.970
日本に多すぎる三国志ヲタを、どうすれば明清ヲタに変身させられるんだろうな?

122世界@名無史さん2018/06/09(土) 08:35:35.400
>>121
「明清ダークヒーロー列伝」ゲームを開発する。

123世界@名無史さん2018/06/09(土) 08:50:14.440
>>120
高校時代、社会科教師からイタリアの歴史をまとめて発表する割当を受けた。
得意になってローマ共和制からの資料をプロジェクターで写しながら延々と発表したもんだ。
教師からの講評は「そんな昔のはカットしろ。ルネサンスあたりからで充分だ。」
こん畜生!腹立つ!!
教師の言わんとすることが何となく理解できたのは、
ずっと後のこと。

124世界@名無史さん2018/06/09(土) 08:59:13.890
>>116
ボルジギン朝ペキン帝国。
朱朝ペキン帝国。
愛新覚羅朝ペキン帝国。

125世界@名無史さん2018/06/09(土) 09:21:23.960
実際、北京(大都)や地方の文武百官のほとんどはそのままだったんじゃないかなぁ?
北京入城時は略奪虐殺厳禁で、
人心安定が優先で、
朱元璋は元朝の正当性を認めた上での大都住民へ降伏勧告を出し、
清は明朝の後継を宣言して、朱氏の祭祀が続くよう配慮した。
統治体制の中身を破壊しない。
政権トップが変わっただけ。

126世界@名無史さん2018/06/09(土) 11:43:09.680
>>114
大学入試で王朝名とか君主名とかほとんど出題されないが
中国史はどこも大体政治史6割文化史3割その他1割

127世界@名無史さん2018/06/09(土) 12:25:57.140
「王朝が滅亡したときの皇帝」って重要か?

陳の後主と、南唐の李Uだけは重要だけどな、文学史で。

128世界@名無史さん2018/06/09(土) 14:07:54.530
>>125
明を滅ぼしたのは清じゃないからなあ
結局満州族が治安維持のために漢土に駐留してるみたいな感じやん

129世界@名無史さん2018/06/09(土) 17:18:58.690
>>128
明、清のそれぞれの征服軍の北京入城時に百官が勢揃いして、
万歳している様子をイメージする。
帰順した官僚はそのままの地位を保つので
政治組織体としては700年連続しちゃう。

130世界@名無史さん2018/06/09(土) 17:32:07.040
>>126
入試の時、西欧史と肝心の中国史が全く出ず、
ほとんど知らなかったアフリカ史、ベトナム史、朝鮮史の問題だった。
酷い。。。(>_<)

131世界@名無史さん2018/06/09(土) 17:34:59.480
>>127
滅びの美学にシンパシーを感じるもんで。

132世界@名無史さん2018/06/09(土) 17:52:12.210
>>131
日本史だと、足利義昭や徳川慶喜は重要だけどな。
それだけ、重大な歴史的役割をはたしている。

133世界@名無史さん2018/06/09(土) 19:26:53.240
>>132
崇偵帝も、袁崇煥を処刑して明の滅亡を早めるという重要な役割をはたした

134世界@名無史さん2018/06/09(土) 19:39:42.360
「近所の裏山で首を吊った」という劇的な最期で記憶に残る皇帝

135世界@名無史さん2018/06/09(土) 19:44:29.440
>>121
光栄に入社してゲーム作れ
蒼き狼と白き牝鹿的なシステムで頼むわ

136世界@名無史さん2018/06/09(土) 19:47:58.970
ティムール侵攻とかのシナリオがあれば最高に燃えるがな

137世界@名無史さん2018/06/09(土) 20:03:12.240
君は洪武帝の魔の手から生き残ることができるかのサバイバルゲーム。

138世界@名無史さん2018/06/09(土) 20:49:47.380
>>121
漫画も描いてね。

中国語だが「明朝あれこれ漫画版。 萌え太祖! 朱元璋!」
https://www.amazon.cn/dp/B00NHLJ9ZG/ref=sr_1_14?ie=UTF8&qid=1528544098&sr=8-14

この漫画の朱元璋の人物紹介で笑ってしまった。
座右の銘で日本語訳してみると
「お前の物は俺のもの。俺のものも俺のもの」
パクリだな。

139世界@名無史さん2018/06/09(土) 23:21:55.010
>>138
明初の英雄は、中国では人気キャラなのにねえ。

日本では人気・知名度とも低い。

140世界@名無史さん2018/06/09(土) 23:38:24.520
現代のオタだけじゃなく、江戸時代から明清の歴史に興味もってないからなぁ日本人は
基本は春秋戦国〜唐、あと禅僧がらみなどでちょこっと宋?
モンゴルの波に洗われ、さらに対日海禁の方向性が強くなった後はやはり意識として疎遠な感じ
あと日本側の事情として、中央集権が崩れて武装地主への所領安堵の集積からなる武家政権になると、
中国の政体がもはや参考にならないんだよね・・・そしてただの教養としてなら古典で量的には充分と

141世界@名無史さん2018/06/09(土) 23:40:47.050
鄭成功とか面白いのにな

142世界@名無史さん2018/06/09(土) 23:46:27.750
国性爺は例外的に日本人の興味をかなり引いたほうじゃねえかな、その出自のおかげで

143世界@名無史さん2018/06/10(日) 06:10:39.770
日本中心の主観的興味に偏り、
大陸事情に無知のままなのは良くない。

秀吉も旧日本軍も、失敗の最大原因は無知だと思う。
侵攻前に一応詳細に敵地を調査研究はしているんだが、
戦争目的と動機付けが無知、無理解、主観的希望に基づいている。

144世界@名無史さん2018/06/10(日) 07:04:59.900
「文禄・慶長の役 (戦争の日本史16)」を読んだ。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4642063269/

文禄のときは、征明が目的で、朝鮮はただの通り道のつもり。
朝鮮が道案内してくれないから攻撃しただけ。
慶長のときは、言わば日本の外交的体面を保つためだけの出兵で、
朝鮮が形だけでも頭を下げてくれたらと希望しただけ。
実質的な意味はない。
朝鮮側からしたら、ふざけんな、この野郎だ。

明は結構早い段階で、秀吉の野望を察知していたが、
朝鮮は明に危険を報告するのを躊躇していたため、
明は朝鮮が日本側に付くのではないかと朝鮮の態度を疑う。
平壌が陥落しそうになって、やっと援軍派遣が決定する。
等々、なかなか面白かった。

145世界@名無史さん2018/06/10(日) 17:06:51.990
当時は堺や博多の商人が活発に活動しており、日本にしては国際化された時代だったんだが・・・。

大陸や半島の情報は不足していたか?

146世界@名無史さん2018/06/10(日) 18:04:02.970
>>145
情報はあっても、情報を活かした計画になってない。
いや計画以前に、戦略目標がすこぶる怪しい。
派遣された諸将もすぐにこりゃあかん、
このままだと不味いと気付き、
現地で何度も対策会議を開き、
上から出される軍令と、
どう辻褄を合わせるか苦慮する。

十万を超える兵力を渡海するという
当時の世界でもなかなか例を見ない壮挙なんだが、
その割には朴訥で、無計画にすら思える。

147世界@名無史さん2018/06/10(日) 19:00:18.230
元・明からは、生糸や唐物や書画といったブツの輸入先という存在になったな
相手の歴史や思想や宗教を学ぼうとかそういう対象ではなくなった、それは古代で基本ストップ
この時代のもので日本に影響を与えたのって陽明学くらいじゃねえかな

148世界@名無史さん2018/06/10(日) 19:24:29.630
>>147
学ぶ気が無いならなぜ最大の輸入品目が書籍だったのか
徳川時代を通じて清から輸入された書籍は数百万部数千万部に昇るのだが

徳川時代の日本で流通した清本の量を考えてみろよ

149世界@名無史さん2018/06/10(日) 21:11:47.240
幕府や諸藩の諸法度や御触書などの法令制定に明律が参考になったという話は聞いたことがある。
荻生徂徠も明律国字解を作ってる。

150世界@名無史さん2018/06/10(日) 21:37:11.420
陽明学は、むしろ中国より日本で影響が大きかったという印象だな。

幕末の志士も強い影響を受けている。

151世界@名無史さん2018/06/10(日) 21:40:03.020
NHK Eテレ 6月18日(月) 午前0時00分(再放送予定)
地球ドラマチック「中国 紫禁城の秘密」
http://www4.nhk.or.jp/dramatic/x/2018-06-17/31/34586/2340518/

イギリスのドキュメンタリーみたいだけど
永楽帝の無茶ぶりがわかってオモロかった。

152世界@名無史さん2018/06/10(日) 21:40:37.970
>>149
荻生徂徠は、中国語を勉強して漢文を中国読みするなど、
中華を聖地として礼拝しかねないほど傾倒していたが、
「自分が崇拝しているのは、いまの清ではなく、
古代のシナなのである」と言っていた。

153世界@名無史さん2018/06/10(日) 21:49:16.230
それで清律じゃなくて明律なのか。?

154世界@名無史さん2018/06/10(日) 23:35:00.330
幕末の志士の影響を中国の革命家たちが受けてたな
ぐるぐるぐるぐる

155世界@名無史さん2018/06/11(月) 07:39:58.890
明の滅亡に伴い、大勢の文人が日本に亡命した

これ以後、日本のレベルが大幅に向上し、中国のそれが大幅に低下した

現代人が見落としがちな視点

156世界@名無史さん2018/06/11(月) 09:15:15.390
>大勢の文人が日本に亡命した

大勢ってことはないような。

157世界@名無史さん2018/06/11(月) 12:04:21.150
100人くらいでも大勢に入るから

158世界@名無史さん2018/06/11(月) 12:29:34.080
現代のような高度情報社会のイメージで語ってはいけない

100人の知識人が抜けた穴など、そう簡単には埋められない

159世界@名無史さん2018/06/11(月) 12:38:50.900
カントやヘーゲルの頃のドイツ哲学だって、「当時の哲学業界は、実質、50人くらいで成り立ってた」という話だ

160世界@名無史さん2018/06/11(月) 12:50:29.850
朝鮮出兵だけが無知なのかな?
当時の外征なんてそんなもんじゃないの?
陸続きならともかく海を隔てていて入ってくる情報も限定的
問題があるとすればたった数年で諦めてしまったことだろう
半島に橋頭堡を築いて断続的に攻めこむ必要があった

モンゴルや女真ですら半島支配には時間がかかっている

161世界@名無史さん2018/06/11(月) 13:00:19.760
そりゃそうだ

インターネットどころか、テレビすら無かった時代だ

162世界@名無史さん2018/06/11(月) 13:05:03.610
捕らぬ狸の何とやらだな
明との戦いにつもりで朝鮮なんてどうでもいいと思ってたんだろ
結局朝鮮半島で躓いた

163世界@名無史さん2018/06/11(月) 13:35:49.660
外国の事情など、何度も行ってみなけりゃ分かるわけがない

164世界@名無史さん2018/06/11(月) 13:39:12.040
結局、天下獲って調子に乗った秀吉が
チンギスやフビライの逆パターンの乗りで征服戦をやろうとしたんでしょ
でも、現地事情もろくに知らないで、力押しだけで上手くいくはずも無い

白村江以来、日本が大陸に力ずくで押しかけていっても
あとあと揉め事を増やすだけでろくな結果になってないのは毎回おなじみの展開だったのに
それでもたびたび似たり寄ったりの路線を繰り返したもんだから
そういう過激なやり方のつけが21世紀の今に至るまで尾を引いてるんだよな

それこそ、日本では>>145氏が言うようなビジネス関係の人たちのほうが
政治の関係の人たちよりもよほど現実的な情報力と穏健な付き合い方を心得てるっていうのは
今も昔も変わらないんだろうかね

165世界@名無史さん2018/06/11(月) 14:38:43.000
>>164
まあ、それはその通りだろうけど、モンゴル帝国だって、中国を征服するのに何代もかけている。

初代のチンギス・ハーンは、金朝に対して優勢ではあったが、征服できなかった。
二代目のオゴタイのときだって、それこそ現地の事情もよく知らないのに、強引な力攻めで大苦戦した。
モンケも外征のさなかに陣没。
その次のフビライが、やっと南宋を滅ぼした。

何事も、最初からうまくいくわけがない。
侵略だって同じこと。

166世界@名無史さん2018/06/11(月) 14:44:23.040
朝鮮にしても同じで、日本が2度の侵攻で撤退した後、さらに弱体化した朝鮮を、地続きの清が5度の侵攻を経て、やっと完全に屈服させることができた。

長らく、朝鮮人が日本・日本と、日本にばかり文句を言うので埋もれていたが、最近はこの出来事も脚光を浴びるようになり、盛んに論じられている。

167世界@名無史さん2018/06/11(月) 17:07:40.120
>>165
何度もといっても兵の消耗率が大きくて、無理じゃないか?
正確な数字はわからないが、
陣立てリストからすると、渡海したのがざっと15万人。
帰還できなかったのが5万とも6万とも推定されている。
ルイス・フロイスによれば、
敵の手にかかったものよりも、
戦病死や飢餓が多かったらしい。
続出した逃亡兵も帰還していない。
実に三分の一も失われてしまったら、とても続かないのでは?

秀吉自身の渡海計画が何度も延期になったのは、
とてもとても太閤殿下をお呼びできる状態じゃなかったため。
まぁ秀吉や家康の渡海が実現してたら、
大きく士気が上がり
様相が大きく変わったかもしれないが。

168世界@名無史さん2018/06/11(月) 18:40:01.350
>>155
いや全然、四庫全書が編纂されたのも考証学の全盛期も清代だし
甲骨文字が解読されたのも清代
漢学一辺倒の日本と違って康熙帝をはじめとする満州人たちは
イエズス会宣教師によって西洋の学問や哲学を直に学んでるという点も看過できないな

169世界@名無史さん2018/06/11(月) 18:53:29.990
>>160
普通に考えて無知だしどう見ても無謀だよね
ルイスフロイスも敗因に日本人の海外に対する無知さを挙げているし
数十万の大軍を擁しつつも補給のことを考えてほとんどを遼東に残し
一度に5万しか展開しなかった明軍のほうがよっぽど賢い

だいたい明が目的なら大同江まで占領したあたりで守勢を固めて
そこから黄海経由で山東半島に上陸すればいい
明がどこにあるか地理的な知識もないまま見切り発車したのがバレバレだよね
加藤清正とか明後日の方向の満州にまでいってるし

170世界@名無史さん2018/06/11(月) 19:37:42.790
>>169
黄海経由の方が無謀じゃないか
山東半島に攻め込んだときに半島を明軍が南下してきたら補給が断たれるじゃん
清正は満州に偵察にいったんだろ

無謀だと言ってたら女真が明帝国相手に戦いを挑んだのだって無謀なわけで
李自成が北京を落とさなければ山海関はとても越えられなかった

171世界@名無史さん2018/06/11(月) 19:47:36.570
>>170
珍島周辺は李舜臣が死守してたらしい
海路で山東へ攻め込むとしてもそこで妨害を受けることになる

172世界@名無史さん2018/06/11(月) 20:08:22.220
何にしても、頼みもしないのに大いくさに巻き込まれた李氏朝鮮が実際めちゃくちゃな目に遭わされてるわけで
それでも何とかぎりぎりのところで国を完全につぶされずに済ませたのは凄いことだと思う

朝鮮出兵そのものが回避可能な戦争だったかどうか、そこは非常に微妙な点ではあるが
当時の秀吉とその側近のうち主戦論者を抑え込むことは(日本国内の穏健派の立場からしても、他国の外交関係者の立場からしても)そもそも不可能だったのか否か
そこはどうだろうね

173世界@名無史さん2018/06/11(月) 20:30:23.880
>>172
国を完全に潰されなかったというが、朝鮮の王宮なのに、清の外交官が表門から入り、朝鮮国王が裏門から入るというほどの従属関係になった。

たしかに、一応、王朝としては存続したが・・・。

174世界@名無史さん2018/06/11(月) 20:37:55.890
それ以後の朝鮮は、あまりにも清から搾取されたため、国力を消耗し尽くすハメになった。

ここに至るまでの外交的失策が、いま、韓国で盛んに論じられている。

175世界@名無史さん2018/06/11(月) 20:43:19.060
韓国でどう論じられているかというと、「今は、アメリカから中国へと、覇権が交代しつつある。
これは、明から清へと覇権が移りつつあった当時と似た状況である」ということと、
「朝鮮は、明に義理立てするあまり、清との関係を悪化させてしまった」という反省。

ここが、一昨年あたりから、急に韓国メディアでクローズアップされるようになってきた。

176世界@名無史さん2018/06/11(月) 20:49:56.040
今の中国というのは、日本人から見ると、「バブル崩壊直前の日本」や、
「ソビエト連邦崩壊直前のロシア」に似ているのだが、韓国ではそう思われていない。

「明に代わって大陸を制覇する直前の清」に例えるという見方が、非常に流行している。

177世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:11:18.980
>>173
それって直接的には清との関係の話で、明との関係じゃないよ

178世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:12:11.670
太閤さんは大陸ではなく、
南方の東南アジア方面に行けば良かった気がする。
スペインやオランダなら難なく駆逐できたんではなかろうか?

179世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:37:40.130
>>173
存続できただけでも立派。
豊臣政権も大明帝国もまもなく崩壊しちゃうのに。

180世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:40:18.960
>>178
東南アジアは遠い。

当時の日本には、スペインやオランダみたいな帆船が無いからなあ。

181世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:41:41.310
>>177
清の話だが?

182世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:42:58.510
当時は中華征服!だからヤル気がでるんであって東南アジア征服なんてなんのロマンを感じなかったろう

183世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:43:30.930
琉球台湾なら手が届きそうだな
台湾を抑えられたらフィリピンベトナムあたりにも手が届きそうではある

184世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:44:34.930
>>182
西洋人には、「胡椒が欲しい」という強い動機があったからな。

日本人や中国人には、それが無い。

185世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:46:18.560
しかし、福建省や広東省の港との交易は、大きな利権

186世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:48:57.120
足利義満の勘合貿易は、中国

徳川家康の朱印船貿易は、東南アジアへと向かった

小学校6年生でも知っている話

187世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:49:13.120
倭寇の伝統があるのだから、
日本は海賊国家を目指すべき。

188世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:56:12.340
>>181
いや、だから
日本と李氏朝鮮と明の関係の話であって、
李氏朝鮮と清の話じゃないじゃないの
いきなりここで清の話を持ち出しても、それはいかにも話が飛び過ぎ

189世界@名無史さん2018/06/11(月) 21:59:20.760
倭寇の延長なら、中国人商業勢力の協力や手引きもあるし。
東南アジアには日本人町ネットワークがあったのだから、
西洋式帆船でなくたって、そこそこ成功する気がする。

190世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:01:28.480
>>188
それは認識の相違だな

こちらにとっては、日本が2度攻めてきて、そのすぐ後に清が5度攻めてきて、ついに清の前に屈服したというのが、朝鮮史の一連の流れ

韓国でも、そういう見方が主流になってきている

191世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:05:21.280
日本と清による相次ぐ侵攻(朝鮮では倭乱・胡乱と総称されている)、そのどちらも、明とは深い関わりがある

ちなみに、清といっても、まだ中国を統一する前の、満州の清

192世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:10:19.540
>>189
まあ確かに、本気で取り組めば、できただろうな。

ただ、衰退した明ならともかく、清が黙っていないだろう。

福建省や広東省の港の交易は、どの国にとっても重大な世界的利権だけに。

193世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:12:36.430
>>190
それは対清外交の進め方の話であって、ここで直接議論してる件とは別でしょ

194世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:17:32.180
>>193
「外交に失敗して、滅亡寸前まで追い込まれた朝鮮」の話ではなかったのか?

195世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:28:01.840
>>193
そういう話してるんじゃないでしょ
そもそも同時平行の事象じゃないんだしさ
それに、繰り返すようだけど、>>179氏も指摘してるように国や政権そのものは存続してるし

196世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:29:31.330
>>195 アンカー訂正

>>194 氏宛てのレスだった

197世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:32:39.230
>>195 もう1箇所訂正

同時平行の話じゃない → 同時並行の話じゃない

198世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:34:36.390
>>197
話 → 事象

199世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:43:52.770
>>171
珍島ってどこにあるか分かってる?
直近の対馬海峡の補給すら絶てなかったのに
遥か北にある黄海まで手を伸ばせるわけない

200世界@名無史さん2018/06/11(月) 22:46:17.920
平民から成り上がって日本を統一した秀吉なら、
「自分なら世界征服もできるはず」と考えるのは当然過ぎる話だな

201世界@名無史さん2018/06/11(月) 23:12:14.480
秀吉が新大陸を目指していたら歴史は大きく変わっていただろう。
アメリカ西海岸には辿り着けなかったかもしれないがw

202世界@名無史さん2018/06/12(火) 02:49:24.670
フィリピン征服していてくれたらなぁ

203世界@名無史さん2018/06/12(火) 06:28:59.910
>>192
清はそんなに強くないんじゃ?
鄭成功の台湾を平定するのにかなり手間取った。
鄭氏政権が内部対立で自壊して、
鄭氏配下の武将を清側に寝返させる工作がうまくいって、
ようやく制圧できた。
本来の清海軍は役立たずで、何度も大惨敗で壊滅状態。
寝返り武将の率いる艦隊で台湾海軍を撃破した。
もし鄭氏台湾が一致団結して揺らがなかったら、
清は手も足も出せない。

秀吉+倭寇海賊+中国海賊で結束できたら無敵。
清相手なら明残党とも組める。
東南アジアはもちろん中国南部沿岸すら確保できたんじゃないか?

204世界@名無史さん2018/06/12(火) 09:24:34.260
>>201
スペインやポルトガルから新大陸へは、日本と東南アジアくらいしか離れてない。

日本にとって新大陸は、地球の裏側にある。

同じように見えても、太平洋は広くて、大西洋は狭い。

205世界@名無史さん2018/06/12(火) 09:34:29.310
>>200
天下人は、恩賞を配らないといけないからな。

もう、日本の国内には土地がなかった。

206世界@名無史さん2018/06/12(火) 09:39:12.100
>>203
鄭氏は日本、中国、東南アジア間の三角貿易を独占的に掌握していた強みがあった。
清はこれに対抗するために海禁に踏み切る。
貿易どころか漁業も禁じ、
沿岸住民を内陸に強制移住させるという手まで使った。
鄭氏側と接触を極力封じる
究極の経済封鎖で、
鄭氏にとっても痛手だが、
福建・広東の住民にとってはさらに大きな経済苦境をもたらしている。

清にとって、海外貿易の利権も南部沿岸経済もさほど重要ではなかった。

207世界@名無史さん2018/06/12(火) 09:42:46.430
>>205
貿易利権を恩賞にするべき。

208世界@名無史さん2018/06/12(火) 10:21:14.420
>>204
新大陸とのアクセスの違いが
西欧と東アジアの発展の差につながったというのを
グローバル経済学の本で読んだことがある。

東アジアの経済成長率も結構、高かったんだけどね。
新大陸の資源を入手できる西欧には対抗できない。

209世界@名無史さん2018/06/12(火) 15:43:03.210
>>208
まあ、地球上で最も広大かつ温暖で豊饒な地が、北米と中国であることは疑う余地がない。

東洋人が両方とも取るのは、さすがに取りすぎ。

210世界@名無史さん2018/06/12(火) 16:06:36.240
>>206
清にとって「重要でなかった」は言いすぎ。

でも、自分たちの権力を維持することが最優先であり、それに比べたら優先順位が低い。

昔も今も、「権力維持」と「経済繁栄」の二者択一を迫られたら、躊躇なく前者を選択し、後者を後回しにするのが、中国の権力者の常。

211世界@名無史さん2018/06/12(火) 17:37:12.650
鄭成功の本拠地アモイのコロンス島に3年前に行ったことがある。
大きな鄭成功の石像が建ってるし、鄭成功の博物館もあった。
アモイのすぐ眼の前に人民解放軍を迎え撃った台湾領の金門島があって、
現在は自由に行き来できるらしい。
鄭成功も蒋介石軍もこの海域で激戦を行ったわけだ。

アモイでは、他に客家の円形集合住宅の土楼を見学した。
なかなか面白い建物だよ。
土楼の周りが茶畑で、鉄観音のお茶がうまい。
住民はお茶で大儲けしているそうだ。
料理にお茶を頼むと、お茶代のほうが料理全部よりずっと値段が高い。
現在でも輸出品として重要作物。

212世界@名無史さん2018/06/13(水) 07:28:42.820
忘れられがちだが、大陸から目と鼻の先の金門島も、台湾の領土なんだよな。

213世界@名無史さん2018/06/13(水) 07:29:58.980
清の朝廷による台湾の海上封鎖の必死さを見ると、北京にとって台湾がどれほど重要なのかがわかる。

214世界@名無史さん2018/06/13(水) 08:33:09.510
アモイと金門島の間はフェリーで1時間ぐらい。両岸で出入国手続きがあるので時間の余裕をみないといけないが日帰り可能の距離。

215世界@名無史さん2018/06/13(水) 08:50:00.810
>>213
台湾自体は未開の地だったけどね。
オランダ東インド会社が占領中は特に何にもしてない。
琉球王国の方が格上。

216世界@名無史さん2018/06/13(水) 08:58:01.220
鄭氏政権と三藩の連携には神経を尖らせていた。
これらを各個撃破した手法はかなりミラクル。

217世界@名無史さん2018/06/13(水) 09:20:05.530
台湾が清の支配下になっても化外の地扱い。
琉球漁民が台湾住民によって首狩された事件について日本が清に抗議したとき
清は管轄外であると返答。
それが日本が台湾に出兵するきっかけとなった。

218世界@名無史さん2018/06/13(水) 09:49:15.810
清は台湾府を置いているんだが、
首狩り原住民は皇帝の統治を受けない者どもという位置付けなので我関せず。
この首狩り事件への対応で、
台湾の領有権が曖昧になり、
琉球が日本のものに確定したようなもの。

219世界@名無史さん2018/06/13(水) 13:53:36.180
>>212
金門島が台湾の領土?
なにを言ってるんだ?
金門島は福建省の島やぞ

220世界@名無史さん2018/06/13(水) 14:31:22.700
>>219
確かに。「中華民国」福建省金門県だな。

221世界@名無史さん2018/06/13(水) 14:49:40.840
>>151
紫禁城を3回見学したことがあるが、
たくさんの巨大建築を見て回るのはかなり疲れる。
教室2つぐらいの大きさの部屋の小さい建物を見つけて、
「軍機処」と書かれていた。
巨大建築に比べるとやけに小さくて狭い。
装飾もどうってことなく平凡。
デカイ建物は単なる儀式用で、
国家権力中枢の実務は少ない人数で運営してたのだろうか?

222世界@名無史さん2018/06/13(水) 15:09:38.200
>>213
台湾本島より、澎湖諸島や琉球の島々の方が文明化していたのは何故だろう?
文明人が入れない密林だったのかしらん?
もっと密林が多そうなボルネオ島だって王国があって宋に朝貢しているのに。

223世界@名無史さん2018/06/13(水) 19:47:40.750
雍正帝カコイイ

224世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:10:44.040
>>222
台湾は山が高すぎて交通の便が悪すぎ
原住民の部族が分かれすぎ、互いに首狩りしてて野蛮すぎ
熱帯特有の疫病流行り過ぎ

ボルネオも似たようなもんだけど台湾程地形の凹凸なくて河川で結構内陸まで航行できる
隣接する島々も熱帯で疫病が猖獗を極めてるので特段環境が悪い訳ではない

225世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:27:29.450
>>224
台湾怖いですね。
行くの止めます。
首狩られたくないです。

226世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:27:33.820
>>222
琉球王国も、貿易で繁栄していたのは15〜16世紀の明代だけ

その後は衰退した

清の海禁政策もさることながら、琉球も台湾も、広東省に圧倒されたと言ってよい

227世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:29:24.610
台湾・フィリピン・マレーシア、みんな大航海時代に「発見」された国々であって、西洋人が到来する以前の歴史など無いに等しい

228世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:34:47.490
台湾やフィリピンは、ジャングルが深いし、周囲の海も荒い。

中国本土からも、日本からも離れすぎ。

229世界@名無史さん2018/06/13(水) 21:14:00.450
>>225
台北から一時間ぐらいで烏来というところがある。
トロッコ列車に乗ったり、滝見物したり、ロープウェイに乗ったり楽しいが、
演舞場があって、タイヤル族の踊りを見ることができる。
私は見ている途中で踊り子たちに掴まれて、
舞台に連れ出された。
中国語がさっぱりなので、困惑したが、
一緒に踊ろうという意味らしい。
見よう見まねで踊ってたら、
花嫁役と思しき踊り子を背負わされた。
私は花婿役らしい。
なかなか面白い。

首狩りには遭わなかった。

230世界@名無史さん2018/06/13(水) 21:31:10.310
【大地震なら、W人工″】 プーチンは知っていた <46分> は、核の起爆時刻、電子制御だから、正確
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528509829/l50

231世界@名無史さん2018/06/13(水) 21:34:07.810
>>229
いろいろなご経験されておられるのですね。

232世界@名無史さん2018/06/13(水) 22:57:43.850
>>221
もともと軍機処は臨時機関なので規模が小さいのはまぁ仕方ない

>>224
「出草」の風習は入植した漢人との抗争や山奥に追いやられ居住地が少なくなったことから
生じたものではないかな
オランダ人レデリク・コイエット の報告書「閑却されたるフォルモサ」に出てくる台湾原住民
は好戦的ではなく友好的な民族で政体的には古代ギリシャのような民主制だった模様

233世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:01:23.140
>>227
無知すぎ
シュリーヴィジャヤ王国とか南海貿易のほとんどを独占していた当時の倭国とは比べ物にならない強国だぞ

234世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:12:56.260
>>233
「マレーシア」じゃなかった

「マカオ」と書くつもりだった

235世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:23:04.710
香港や海南島は、もっと歴史が長い

236世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:26:25.880
なぜ琉球が繁栄したか

まず第一に当時の琉球には後に「久米三十六姓」として知られる華人が入植しており
その中には操船技術に長けた福建出身者が多かった
察度(1321〜1395)の治世にはスマトラ島まで交易を広げている

第二当時の日本は金銀硫黄木材といった資源に恵まれていた国であったが造船技術が未熟で遠洋交易が
盛んではなかった
そこで琉球は日本の資源を明や東南アジアに輸出し、そうして得た明、東南アジアの物産を今度は
日本で売り払うというようなことをやっていた

こうしてまだまだ本土では守護大名ですら土塁に囲まれた掘立小屋に住んでいた時代に
石垣グスクが立ち並ぶ繁栄を得たわけだ

237世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:29:59.990
>>236
琉球王国は、朝鮮王国よりも、国の格が上だったんだよな

国王が着てた服で、それが分かるらしい

238世界@名無史さん2018/06/14(木) 02:30:32.300
台湾はミクロネシア・ハワイの住人の経由地として歴史に足跡残してるじゃん

239世界@名無史さん2018/06/14(木) 06:22:44.420
>>231
台湾楽しいよ。温泉もあって。
日本から近いしおススメ。
中国本土も近いよ。

少数民族の風俗とか踊りが好きなんだよね。
そんな私が面白かったところが、北京の中華民族博物院(中華民族園)。
園内は広大で、五十数もの中国内の少数民族のアトラクションを見て回れる。
貸衣装で民族服を着て写真を撮ってもらえるし、私は竹馬遊びを体験できた。
人が少なく、観光地の人混みに疲れた身にとって憩いの場所でもある。
結局、三回行ってしまった。
他にもいい場所は沢山あるんだろうがあまり知らないもんで。
中国語が出来ればいいのにと思うが難しいなぁ。

240世界@名無史さん2018/06/14(木) 08:34:29.530
>>232
軍機処に胥吏はいたのかなぁ?
もしいたら帝国の真の支配者はそこの胥吏頭。

241世界@名無史さん2018/06/14(木) 08:45:13.020
>>237
首里城王宮は北京紫禁城の小型版。
なんか似ている。

242世界@名無史さん2018/06/14(木) 12:36:35.810
>>241
小さいけどな

243世界@名無史さん2018/06/14(木) 12:55:38.810
紫禁城は真四角つうか正方形・長方形の世界だけど、
首里城ってなんか曲がってね?
平行四辺形つうか、ひし形みたいな
あの違いは何なんだろうと不思議に思っていた

いちおう儒教も教えられていたし科挙までやっていたんだから、
易や陰陽五行や風水なんかも知っていただろうと思うのに

244世界@名無史さん2018/06/15(金) 07:06:27.120
>>243

大型グスクから都市の石造文化へ――曲線・曲面と歪みの石造美

https://www.isan-no-sekai.jp/feature/20161003_02

245世界@名無史さん2018/06/15(金) 07:08:15.610
東アジアの中心は、長期的に南へと移動している。
沖縄の注目度もますます上がるだろう。

246世界@名無史さん2018/06/15(金) 07:12:08.660
広東省や福建省の港での貿易は、唐や宋の頃から盛んだった。
でも、宋代には、まだ「官僚が左遷する僻地」として定番だった。

清の時代には、 広東省が中国の三極のひとつとして台頭。
いまでは、広州が、北京・上海と並ぶ三大都市のポジションを確立している。
さらに、「深センが三都を超える日」という議論が盛んだ。

247世界@名無史さん2018/06/15(金) 08:11:34.190
>>243
四角形じゃなかったんだ。気がつかなかった。
立地条件じゃない?
首里城は山みたいだし。
紫禁城は平地。北側に公園になってる山があるが自然の山ではない。
堀を掘った土を盛り上げて山にした。

248世界@名無史さん2018/06/15(金) 08:19:26.550
>>245
沖縄は軍事的に重要。
朝鮮半島から米軍が撤退したら、
沖縄の軍事的価値がますます高まる。

経済的な中心になれるかというと、台風が多くて。。。

249世界@名無史さん2018/06/15(金) 09:17:10.380
>>248
浅いサンゴ礁の海なので、国際港湾にも適していない

250世界@名無史さん2018/06/15(金) 09:23:16.780
>>244
その論文はただ「美」という言葉で片付けていて、その視点は別に否定するものではないが、
そこに出ている沖縄のグシク建築がアシンメトリーを好むのは、中国の歴代王朝を模した感じではないな
また独特のものを感じる
風水思想だって、中国では南北には落差を付けるけど東西や左右は対称を好んでいると思う
https://www.isan-no-sekai.jp/feature/20161003_01
リンク先のこっちの最初の画像の首里城正殿
なんかもう、全体にこの「斜めってる」感じが紫禁城にはないんだよな
>>247
山城っていうのもむしろ日本とのつながりを感じる
紫禁城に対する北海公園の辺りは、それだけで独立した庭園だろう
北京全体の風水に配慮した存在はずっと北にある八宝山だろう

251世界@名無史さん2018/06/15(金) 11:56:42.680
>>247
御庭(うなー)は四角形だよ
ただ、四隅が直角ではないってことだね

252世界@名無史さん2018/06/16(土) 11:11:44.940
>>243
発掘調査によると元々は四角形だったけ後に改築してわざとゆがめたらしい
首里城って何度も改築しててそのたびに形が結構変わってるんだよね
正殿も今は外観二層内部三階だけど16世紀の漂流朝鮮人朴孫らの報告によると
国王の治所は五層で屋根は板葺きとあって本土の天守閣のような層塔型だったらしい

253世界@名無史さん2018/06/16(土) 19:41:35.030
日中双方からの影響を受けてたんだね。

254世界@名無史さん2018/06/17(日) 07:54:45.010
結局は、台湾も琉球も、広東省に圧倒されたと言ってよい。

広東省の台頭は、明清時代の大きな特徴のひとつ。

255世界@名無史さん2018/06/17(日) 07:58:43.660
宋代には、広東省は「官僚が左遷される先」として定番だった。

実際に、蘇東坡は広東省に左遷されて、詩を作った。
そこは、酷熱瘴癘の地。
ジャングルから瘴気が立ち込める、熱帯の土人の世界だった。

でも、住めば都で、後には^肉やライチーを称賛する詩を作っている。

256世界@名無史さん2018/06/17(日) 08:02:39.180
ここが北京・上海と並ぶ中国の三極のひとつになろうとは、当時の人々には予測できなかったであろう。

もっとも、北宋の時代だと、北京もまだ辺境だったが。

257世界@名無史さん2018/06/17(日) 10:31:18.470
わずか30年足らずで、人口が30万人から1400万人に増加するなど、人類の歴史上比類のないスピードで発展した深セン。

世界の工場として知られたこの場所は、今も中国全土から若者が集まり、65歳以上の高齢者は2%しかいない。

258世界@名無史さん2018/06/17(日) 10:35:07.310
かつて、広東省は衛生状態が悪いことで有名だった。
「世界中で伝染病が流行しています」というニュースでは、たいてい、感染源が広東省かアフリカのどちらかだった。

「世界で最も不衛生な巨大都市」と言われた広州も、最近は改善されてきている。

259世界@名無史さん2018/06/17(日) 11:07:25.910
深セン含め広東省は、一応広東語の土地ということになっているが、
ちょっとでも都市化した地域では普通話の訛ったのをみんな話していて、
広東語は一部の地元民の内緒話や家族レベルの会話で使うだけ

広東語が実質上の公用語である香港の広東語は、
広東省でとっくに使われなくなった言い回しをよく保存し、
独自の表現力を発達させているが、
広東省の広東語は普通話をなぞった新しい表現が多い

公用語であることで広東語がその威信を保ってきた香港は、
スペインでは方言でしかないカタルーニャ語にとってのアンドラという国にちょっと似ている

260世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:31:10.140
上海語や広東語は、言語としては消滅に向かってるな。

普通話の訛りがなくなるとは思えないが。

261世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:37:00.450
上海語や広東語は、言語としては消滅に向かってるな。

普通話の訛りがなくなるとは思えないが。

262世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:38:09.360
とくに深センは、人口の流入が速い。

30年で人口が30万人から1400万人に増えた。
根っからの地元民など、ほとんどいない。

263世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:40:10.810
上海を東京とすれば、北京は札幌。
深センは鹿児島あたりの位置関係にある。

日本も昔は、北海道はアイヌ人で、鹿児島はクマソ人だったが、今では日本語による言語統一が完成している。

それを思えば、中国が言語統一できても不思議はない。

264世界@名無史さん2018/06/17(日) 15:28:48.700
広州で宴会に招かれた。
酒にとても弱いもんで、どうなるか怖かった。
中国人は大酒呑みで、
やたら何度も乾杯するというイメージだったから。
連れていかれたところは飲茶(ヤムチャ)の店だった。
良かったぁ。
お茶なら何杯でもいける。お茶大好き。
飲茶文化を発達させた明清は素晴らしきかな!!

265世界@名無史さん2018/06/17(日) 15:53:19.590
【大地震なら、W人工″】 プーチンは知っていた <46分> は、核の起爆時刻、電子制御だから、正確
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528509829/l50

スケート国際大会で、プーチンが、冗談で、311の地震波形を、示すと思うか?

266世界@名無史さん2018/06/17(日) 16:54:18.680
>>264
数年前までは、カラオケボックスには性接待がセットでついてきたのだが

267世界@名無史さん2018/06/18(月) 01:08:41.370
茶は、明清の主力輸出品

268世界@名無史さん2018/06/18(月) 17:22:19.530
太平天国好きだから南京も好きなんだけど、なんでしょぼくなっちゃったの?
やっぱり上海が租界で発展したのが大きいのかな?内陸過ぎた?

269世界@名無史さん2018/06/18(月) 18:14:20.710
南京ショボないで
今でも中華民国の首都やで

270世界@名無史さん2018/06/18(月) 18:25:21.920
>>268
ぶっちゃけ太平天国のせいなんじゃね。

271世界@名無史さん2018/06/18(月) 18:35:35.460
南京は呪われた都
常軌を逸した暴君暗君オンパレードの南朝を初めとして
朱元璋に洪秀全に蒋介石

272世界@名無史さん2018/06/18(月) 19:55:06.990
>>268
内陸といっても、長江の沿岸都市は別枠でしょ。

海に面してるようなものだ。

273世界@名無史さん2018/06/18(月) 19:56:33.850
>>271
やはり、南朝・梁のときに沖田南京大虐殺の祟りか?

274世界@名無史さん2018/06/18(月) 19:57:56.760
上海から南京へは、東京−名古屋くらいの距離

275世界@名無史さん2018/06/19(火) 09:42:42.550
今の共産党政権になる時にべつに南京を首都にしても良かったろうと思うが、
ソ連を警戒しつつ北方の生産性向上を進めようとしたのかもしれない
東北や沿岸部の旧淪陥地域の生産性は上がっていたが、内戦ですでに疲弊していた
また朝鮮情勢も緊張の兆しがあったし、旅順大連もまだソ連に租借されていた
(完全に中国に返還されるのは1955年)
ソ連は香港の英国とともに中国に残った「最後の列強」であり、
最大の同盟国であると同時に侵略国でもあったから、北京に首都を置くことで対峙しようとしたのかもしれない

276世界@名無史さん2018/06/19(火) 12:56:23.500
今は、旧満州の重化学工業が斜陽化してお荷物になり、深センのIT産業が台頭するなど、中国経済は南高北低になってきている。

重心が南に移ってきた以上、北の外れにある北京に首都を置いているのは不自然に見える。

でも、毛沢東の時代はそうではなかった。

旧満州には日本が残した工業化の遺産があるし、ソ連との関係からしても、首都が北にあるのは自然だったと思われる。

277世界@名無史さん2018/06/19(火) 22:50:33.550
はぇ〜皆さん詳しいですね!
ソ連という北方の脅威があったことは目から鱗でしたわ!
永楽帝後も北京が首都でありつづけたように近代になっても北の脅威から北に首都を置く
中華人民共和国はその点でも明みたい(笑)

278世界@名無史さん2018/06/19(火) 23:11:46.360
ソ連はよく占領した満州国を
満州人民共和国とかにせずに返還したな

279世界@名無史さん2018/06/20(水) 23:47:36.330
>>277
中華人民共和国の初期においては、ソビエト連邦は脅威どころか、宗主国というべき存在だった

ソ連が満州を譲ってくれたおかげで、日本の統治が残した近代化の遺産を国家建設の礎にすることができた

280世界@名無史さん2018/06/20(水) 23:49:29.990
>>278
まあ、ロシアと清の時代からの条約もあるし、いくらソ連でも連合国を無視して占拠し続けるわけにもいかないからな

281世界@名無史さん2018/06/20(水) 23:54:34.020
20世紀の終わり近くまで、「中国の旧満州では、日本が敷いた鉄道で、日本が遺した汽車がまだ普通に走っている」と言われてた。

日本が遺した製鉄所などの工場も、まだ稼働していた。

今でこそ、中国政府が全国各地に鉄道を敷きまくったおかけで、すっかり様変わりしたが。

282世界@名無史さん2018/06/21(木) 08:01:13.260
中華民国が清から権力移譲されて出来た政府なら清の後継国家、つまりは異民族王朝である
その中華民国を武力によって駆逐した中華人民共和国は偉大なる明王朝の正当なる後継国家である!
って論法どう?国内の異民族への扱いはさておき

283世界@名無史さん2018/06/21(木) 08:05:45.440
そもそも明王朝は偉大じゃない

284世界@名無史さん2018/06/21(木) 12:29:44.160
>>282
清は明の後継王朝という位置づけ

明を滅ぼした李自成の乱を鎮圧して、正式な継承者になった

285世界@名無史さん2018/06/21(木) 12:30:28.000
だが、中華人民共和国は中華民国を否定し、黒歴史あつかいしている

286世界@名無史さん2018/06/21(木) 13:59:43.360
滅ぼせなかったからかな

287世界@名無史さん2018/06/21(木) 15:30:52.870
だって中華民国が国家なら台湾も国家という事になるから

288世界@名無史さん2018/06/21(木) 16:08:21.300
うわぁしまった、李自成を忘れていたこの論法破綻した

289世界@名無史さん2018/06/21(木) 20:05:19.100
李自成も存在が忘れられつつある、そんなご時世

290世界@名無史さん2018/06/21(木) 21:46:07.920
清朝の帝位はモンゴルの大ハーンです
これはもちろん元から譲位されたものであって明からは帝位を譲位などされてないし奪ってもいない
つまり清は明が滅びた跡地に元の帝位を持って入ってきた元の継承国であって明の継承国などではないということ

そして明もまた元から譲位などされてなく元の継承国ではなく、元が逃げた跡地で新たに建国された別の国であり、
そして清は明が滅びた跡地に帰ってきた元であるということ

291世界@名無史さん2018/06/21(木) 22:14:58.430
>>290
中華の皇帝と、モンゴルの大ハーンを兼任していたんだが?

292世界@名無史さん2018/06/21(木) 22:21:10.790
>>290
明はモンゴルの大ハーンを継承してないが、
元朝の中華帝国は継承している。
朱元璋の発した檄文では元朝の正統性を認めるとともに、
元朝の徳が失われたので変わるべきとしている。
また周辺諸国に対しては元朝の立場を明が継承していることを宣言して朝貢するよう促している。

293世界@名無史さん2018/06/21(木) 23:02:50.790
普通にウリャンハイ三衛からハーンとして推戴されていますけど

294世界@名無史さん2018/06/22(金) 05:50:57.270
>>293
たしかに。
洪武帝に投降してた。

295世界@名無史さん2018/06/22(金) 06:26:37.750
明は元朝の大臣クラスを含めて多くの官僚たちをそのまま採用してるし、
清も弁髪に応じた明の官僚たちをそのまま採用している。
しかも同じ官職のままだったりする。
組織的にはまるっきり別の国とは言えない。

296世界@名無史さん2018/06/22(金) 11:07:52.850
やはり、同じ北京帝国の中で起きた、政権交代と見るべき

297世界@名無史さん2018/06/22(金) 13:24:34.750
明清には中国人の質が落ちた。
中国人が尊敬されるのは宋のじだいまでであり、そのあとは別の人種であり、
階級も異なる。

日本人の中国観もそれに応じて変化した。

298世界@名無史さん2018/06/22(金) 18:14:08.210
日本人がイメージする中国人や中国の文化って清代かせいぜい遡って明代だが

299世界@名無史さん2018/06/22(金) 19:03:31.530
明代で一番好きな皇帝いる?※建文は除く

300世界@名無史さん2018/06/22(金) 20:35:21.800
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      r┤    ト::::: \___/     ||     もちろん、朕だよな。
     /  \_/ ヽ:::.  \/    ,ノ    
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     ヽ____)ノ      ̄ ̄ ̄   /     ヽ

301世界@名無史さん2018/06/22(金) 20:54:54.810
>>297
国家として朝貢しなくなったけれど、
民間交易は盛んだった。
明清の物産、書籍の需要が大きかったので、
大量の金銀が明清に渡ってしまってる。
従って明清も依然として憧れの地。

302世界@名無史さん2018/06/22(金) 21:11:50.290
>>299
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        / ̄\  (●)     (●)  ||  秀吉と戦ってるよ
      r┤    ト::::: \___/     ||     あそびにきてね
     /  \_/ ヽ:::.  \/    ,ノ   
      |   _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
      |   _)_ノヽ\  ハ // /    ヽ   
     ヽ____)ノ      ̄ ̄ ̄   /     ヽ、

万暦帝:明の14代目皇帝。廟号は神宗、諱は朱翊鈞。

303世界@名無史さん2018/06/22(金) 23:42:04.460
>>297
日本も、広い意味では、南の国だからな。

「北京に親しみを持てない」という意識は確実にあると思う。

304世界@名無史さん2018/06/22(金) 23:43:28.310
やっぱり、明といえば万暦帝じゃないか。

「明は万暦に滅ぶ」なんて、なんだかロマンを感じる。

305世界@名無史さん2018/06/23(土) 08:17:05.820
なぜ、日本人には唐宋の人気が高くて、明清の人気が低いのか。

自分の考えでは、「北京」が首都になってからの中国史の人気が低い。
やっぱり、中華の都といったら、洛陽とか長安じゃないとダメみたいだ(笑)。

それというのも、日本人は、モンゴル帝国とその継承者を本能的に嫌っている。
その感覚は確実にあると思われる。

306世界@名無史さん2018/06/23(土) 08:26:01.630
しかし、日本人が「昔の中国人」と聞いて思い浮かべるイメージは、唐や宋ではない。
マンガに出てくる中国人は、男は辮髪で道士服、女は三つ編みかお団子ヘアでチャイナドレスだが、
これは、明・清・中華民国のイメージが錯綜してできあがったイメージ。

「来来 キョンシーズ」という台湾の映画が、日本人の中国観に大きな影響を及ぼしたと言われている。

307世界@名無史さん2018/06/23(土) 09:30:28.800
韓国メディアには、しばしば、「日本人は、なぜ中国に関して、あんなに関心が低いのか?」、
「日本人は、なぜ中国を高く評価しないのか?」ということが、しばしば議論される。

「辺境の日本人は、中華の華夷秩序に反抗してるニダ」というのが、朝鮮人好みの世界観ではあるけど、
実際にはそうではない。

308世界@名無史さん2018/06/23(土) 09:34:19.940
今の中国は、日本人から見ると、「ソビエト連邦が崩壊する直前のロシアに似ている」とか、
「バブル相場が崩壊する直前の日本に似ている」と思えるのだが、韓国ではそう思われていない。

韓国では、「明が滅んで清が天下を取ったときの清に似ている」というのが、よくある中国への評価だ。

「沈みゆく明に過剰な義理立てをしたおかげで、清を怒らせてしまった」というのが、歴史的な教訓として
しばしば語られている。

ここでいう明というのは「アメリカ合衆国」、清というのは「中華人民共和国」を指すらしい。

309世界@名無史さん2018/06/23(土) 12:39:18.780
天皇家が中華皇帝とモンゴルの大ハーンを継承することは出来ないのか?

310世界@名無史さん2018/06/23(土) 14:06:31.260
どうやって?

311世界@名無史さん2018/06/23(土) 14:50:19.090
>>305
それなら唐と宋の間の断絶のほうが大きい

発酵食品や米の加工製品が多く酢の物もあった唐の料理は日本料理の原型で、
炒めもの中心の中華料理が完成したのは宋代から
宋が洛陽や長安を都としたことはない
漢文では日本では唐詩が中心だが宋詞や元曲は専門家だけ
日本の儒学の根幹は漢唐訓詁学で、宋学つまり朱子学の系統は大正から戦後で廃れた
今の日本で朱子学と聞いたらそれだけで歯をむき出しにして嫌悪感を露骨に現す人ばかりだろう

日本人はモンゴルにはむしろエキゾチシズムからくる憧れの気持ちが強く、嫌う理由は全くない
元寇で来たのは高麗人と漢人の多い連合軍で、エキゾチックな遊牧民モンゴルのイメージからは遊離している
少なくとも「朱子学」と「モンゴル」でどちらのヘイトが強いか考えればわかる
モンゴル以外では満洲人、チベット人についても、日本人は多くは学校教育での予備知識がほとんどないが、
趣味的に知識を得ると惹き込まれる人がよく見受けられる
中国歴代王朝との交渉史を知ると、同じ周縁民族として共感する所もあるだろう

312世界@名無史さん2018/06/23(土) 15:32:51.380
>>309
清の手本に習い、
徹底的な中華化。
またモンゴル王侯の娘との婚姻で生まれた子を即位させる。

313世界@名無史さん2018/06/23(土) 16:06:02.430
>>309
皇室典範で皇族は外国人との結婚が許されていないので不可
関東軍が愛新覚羅溥傑と日本女性との結婚を画策し、
溥儀は弟の溥傑を日本の皇族の女性と結婚させることを希望したがそれで立ち消え
代わりに公爵家令嬢の嵯峨浩が溥傑と結婚、愛新覚羅慧生が生まれた

314世界@名無史さん2018/06/23(土) 16:10:41.260
>>313
結婚する必要は無い
愛新覚羅家かロマノフ家から譲位されればいいだけ
譲位の条件に結婚なんて無い

315世界@名無史さん2018/06/23(土) 16:23:31.130
皇室典範みたいに明文化されてはいないが、更にありえない情況だなw>譲位

316世界@名無史さん2018/06/23(土) 16:28:32.540
>>314
ロマノフ家?
ローマ皇帝? ツァー?
だったらキリスト教国化が必須。

やっぱり同君連合国家の形成では政略結婚が一番摩擦が少ない方法。

317世界@名無史さん2018/06/23(土) 17:13:27.880
>>316
ロマノフ家はモンゴルの大ハーン位を持ってる
愛新覚羅家も

318世界@名無史さん2018/06/23(土) 17:52:39.340
>>317
もってないよ

319世界@名無史さん2018/06/23(土) 19:14:44.090
>今の日本で朱子学と聞いたらそれだけで歯をむき出しにして嫌悪感を露骨に現す人ばかりだろう

それはない。

朱子学のことなど、誰もまったく知らないから、反感の持ちようがないな。

320世界@名無史さん2018/06/23(土) 19:16:38.490
>>314
それより、中華帝国の袁家となら可能性はあった

321世界@名無史さん2018/06/23(土) 19:21:22.990
>>313
それは、中華皇帝というより、満州皇帝だな

満州で「大清帝国」が存続していれば、東アジアの歴史はもっと面白かったと思うが、残念ながらそうはならなかった

322世界@名無史さん2018/06/23(土) 19:24:55.310
現代の日本では、かなりのインテリでも、「格物致知」という言葉すら知らない

朱子学は、本当に忘れ去られて埋もれた

323世界@名無史さん2018/06/23(土) 19:30:27.450
だが「誠心誠意」はよく聞く
これはもちろん大學の「正心誠意」から来てる

あと、「治国平天下」もたまに聞く

324世界@名無史さん2018/06/23(土) 23:07:39.860
「誠心誠意」も派生語ではあるが、「心を正し、意を誠にす」という元の意味とは違いすぎる

325世界@名無史さん2018/06/23(土) 23:35:29.770
「誠」が日本の「清明心」概念に等値として理解されているからね
これはやはり本居宣長以来なのかね?

326世界@名無史さん2018/06/24(日) 00:32:06.470
>>319
ニュー速+行って聞いてみな
みんなシナチョンとセットで朱子学嫌いって言うから

327世界@名無史さん2018/06/24(日) 00:40:28.640
>>321
関東軍と満鉄が、満洲国と大清帝国の連続性をできるだけ印象付けないように操作したからね
五族の国軍を作ったんなら八旗の用語でも入れたらよかったろうに

328世界@名無史さん2018/06/24(日) 01:28:22.290
>>326
ニュー速+が「今の日本」の全てですか

329世界@名無史さん2018/06/24(日) 05:33:06.990
>>326
あまりにもバカっぽいレス

330世界@名無史さん2018/06/24(日) 07:05:37.750
>>327
満州国は全てにおいて中途半端。
帝政は既にシナ人多数から嫌悪されてるんで、
少しはモダン化したスタイルにしようと
官制の多くを中華民国からのパクリ。
五族協和の理念は孫文の五族共和のパクリ。
パクリの限界で中華民国の劣化版でしかない。

下手に近代化スタイルにせずに、
明清路線完全復興を理念にした方がマシじゃないか。

331世界@名無史さん2018/06/24(日) 07:08:24.230
纏足と宦官は嫌いだ。

332世界@名無史さん2018/06/24(日) 12:09:36.910
今、もしも大清帝国が満州で存続していたら、中国共産党も一目置かざるを得なかっただろうな

面白いことになっていた

333世界@名無史さん2018/06/24(日) 12:10:20.140
しかし、ソビエト連邦に滅ぼされるのを避けるのは、どう脳内シミュレーションしても無理という結論になる

334世界@名無史さん2018/06/24(日) 12:21:13.160
ロシア革命に乗じて、先手を打って極東ロシアを占領することができていたら、また違う展開になっていたかもしれない

大清帝国の傀儡皇帝が、さらにロマノフ家の生き残りを傀儡に立てて、「極東ロシア帝国」を樹立する(笑)

335世界@名無史さん2018/06/24(日) 12:23:31.670
「第二次世界大戦の直後、皇帝が遼東半島に逃げ込み、大連で帝国を存続する」というシナリオも考えてみたが、地形を見る限りでは防衛不能(笑)

朝鮮半島みたいなわけには行きそうもない

336世界@名無史さん2018/06/24(日) 12:24:46.830
台湾の場合は、連合国に保護されていたから蒋介石も逃げ込めた

大連では無理

337世界@名無史さん2018/06/24(日) 12:50:27.490
梅里雪山に逃げ込めば・・・
そして生き残れられればあるいは・・・

338世界@名無史さん2018/06/24(日) 14:25:35.150
>>336
鄭成功の矜持に習え。

339世界@名無史さん2018/06/24(日) 15:22:09.940
>>337
前人未到の大征服だね。

340世界@名無史さん2018/06/24(日) 16:10:43.020
地形的には、山東半島のほうが、まだ防衛しやすいと思われる

341世界@名無史さん2018/06/24(日) 18:01:38.230
大連と青島、雰囲気がちょっと似てた。
どちらも港があって、岩山の奇岩風景があった。

大連の5つ星ホテルに泊まったが、
泊まり客の外国人のうち
半分が日本人で、半分がロシア人のように見える。
たぶん日露の進出競争が大連にて現在進行形。
海産物の火鍋がうまい。
旅順も外国人に一部解放されているので行ってみたかったけど
空母は見せてくれないだろうな。

青島は赤っぽい屋根の家並みが続いて、ドイツ文化の影響が残る。
青島ビールが安くてうまい。
海軍博物館があって、昔の軍艦や潜水艦に入れる。
戦闘機や戦車もあって子供達がよじ登ってた。
機会があったら泰山に登ってみたいものだ。

342世界@名無史さん2018/06/24(日) 23:25:00.420
>>328-329
バカを舐めたらあかん
あそこで行われている「文系叩き」が、結局のところは文科省官僚を動かし、
全国の国立大学のカリキュラムから第二外国語選択必修を無くさせ、
多数の非常勤講師が解雇されるという結果を生んでいる
官僚だってねらー程度のおツムなんだよ
お前らがここでどう吠えたってそんな影響力はない

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