明清帝国

1世界@名無史さん2018/05/13(日) 09:32:16.800
日本では、明も清も人気がない

2つ合わせれば、それなりに話のネタもあるか?

226世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:27:33.820
>>222
琉球王国も、貿易で繁栄していたのは15〜16世紀の明代だけ

その後は衰退した

清の海禁政策もさることながら、琉球も台湾も、広東省に圧倒されたと言ってよい

227世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:29:24.610
台湾・フィリピン・マレーシア、みんな大航海時代に「発見」された国々であって、西洋人が到来する以前の歴史など無いに等しい

228世界@名無史さん2018/06/13(水) 20:34:47.490
台湾やフィリピンは、ジャングルが深いし、周囲の海も荒い。

中国本土からも、日本からも離れすぎ。

229世界@名無史さん2018/06/13(水) 21:14:00.450
>>225
台北から一時間ぐらいで烏来というところがある。
トロッコ列車に乗ったり、滝見物したり、ロープウェイに乗ったり楽しいが、
演舞場があって、タイヤル族の踊りを見ることができる。
私は見ている途中で踊り子たちに掴まれて、
舞台に連れ出された。
中国語がさっぱりなので、困惑したが、
一緒に踊ろうという意味らしい。
見よう見まねで踊ってたら、
花嫁役と思しき踊り子を背負わされた。
私は花婿役らしい。
なかなか面白い。

首狩りには遭わなかった。

230世界@名無史さん2018/06/13(水) 21:31:10.310
【大地震なら、W人工″】 プーチンは知っていた <46分> は、核の起爆時刻、電子制御だから、正確
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528509829/l50

231世界@名無史さん2018/06/13(水) 21:34:07.810
>>229
いろいろなご経験されておられるのですね。

232世界@名無史さん2018/06/13(水) 22:57:43.850
>>221
もともと軍機処は臨時機関なので規模が小さいのはまぁ仕方ない

>>224
「出草」の風習は入植した漢人との抗争や山奥に追いやられ居住地が少なくなったことから
生じたものではないかな
オランダ人レデリク・コイエット の報告書「閑却されたるフォルモサ」に出てくる台湾原住民
は好戦的ではなく友好的な民族で政体的には古代ギリシャのような民主制だった模様

233世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:01:23.140
>>227
無知すぎ
シュリーヴィジャヤ王国とか南海貿易のほとんどを独占していた当時の倭国とは比べ物にならない強国だぞ

234世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:12:56.260
>>233
「マレーシア」じゃなかった

「マカオ」と書くつもりだった

235世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:23:04.710
香港や海南島は、もっと歴史が長い

236世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:26:25.880
なぜ琉球が繁栄したか

まず第一に当時の琉球には後に「久米三十六姓」として知られる華人が入植しており
その中には操船技術に長けた福建出身者が多かった
察度(1321〜1395)の治世にはスマトラ島まで交易を広げている

第二当時の日本は金銀硫黄木材といった資源に恵まれていた国であったが造船技術が未熟で遠洋交易が
盛んではなかった
そこで琉球は日本の資源を明や東南アジアに輸出し、そうして得た明、東南アジアの物産を今度は
日本で売り払うというようなことをやっていた

こうしてまだまだ本土では守護大名ですら土塁に囲まれた掘立小屋に住んでいた時代に
石垣グスクが立ち並ぶ繁栄を得たわけだ

237世界@名無史さん2018/06/13(水) 23:29:59.990
>>236
琉球王国は、朝鮮王国よりも、国の格が上だったんだよな

国王が着てた服で、それが分かるらしい

238世界@名無史さん2018/06/14(木) 02:30:32.300
台湾はミクロネシア・ハワイの住人の経由地として歴史に足跡残してるじゃん

239世界@名無史さん2018/06/14(木) 06:22:44.420
>>231
台湾楽しいよ。温泉もあって。
日本から近いしおススメ。
中国本土も近いよ。

少数民族の風俗とか踊りが好きなんだよね。
そんな私が面白かったところが、北京の中華民族博物院(中華民族園)。
園内は広大で、五十数もの中国内の少数民族のアトラクションを見て回れる。
貸衣装で民族服を着て写真を撮ってもらえるし、私は竹馬遊びを体験できた。
人が少なく、観光地の人混みに疲れた身にとって憩いの場所でもある。
結局、三回行ってしまった。
他にもいい場所は沢山あるんだろうがあまり知らないもんで。
中国語が出来ればいいのにと思うが難しいなぁ。

240世界@名無史さん2018/06/14(木) 08:34:29.530
>>232
軍機処に胥吏はいたのかなぁ?
もしいたら帝国の真の支配者はそこの胥吏頭。

241世界@名無史さん2018/06/14(木) 08:45:13.020
>>237
首里城王宮は北京紫禁城の小型版。
なんか似ている。

242世界@名無史さん2018/06/14(木) 12:36:35.810
>>241
小さいけどな

243世界@名無史さん2018/06/14(木) 12:55:38.810
紫禁城は真四角つうか正方形・長方形の世界だけど、
首里城ってなんか曲がってね?
平行四辺形つうか、ひし形みたいな
あの違いは何なんだろうと不思議に思っていた

いちおう儒教も教えられていたし科挙までやっていたんだから、
易や陰陽五行や風水なんかも知っていただろうと思うのに

244世界@名無史さん2018/06/15(金) 07:06:27.120
>>243

大型グスクから都市の石造文化へ――曲線・曲面と歪みの石造美

https://www.isan-no-sekai.jp/feature/20161003_02

245世界@名無史さん2018/06/15(金) 07:08:15.610
東アジアの中心は、長期的に南へと移動している。
沖縄の注目度もますます上がるだろう。

246世界@名無史さん2018/06/15(金) 07:12:08.660
広東省や福建省の港での貿易は、唐や宋の頃から盛んだった。
でも、宋代には、まだ「官僚が左遷する僻地」として定番だった。

清の時代には、 広東省が中国の三極のひとつとして台頭。
いまでは、広州が、北京・上海と並ぶ三大都市のポジションを確立している。
さらに、「深センが三都を超える日」という議論が盛んだ。

247世界@名無史さん2018/06/15(金) 08:11:34.190
>>243
四角形じゃなかったんだ。気がつかなかった。
立地条件じゃない?
首里城は山みたいだし。
紫禁城は平地。北側に公園になってる山があるが自然の山ではない。
堀を掘った土を盛り上げて山にした。

248世界@名無史さん2018/06/15(金) 08:19:26.550
>>245
沖縄は軍事的に重要。
朝鮮半島から米軍が撤退したら、
沖縄の軍事的価値がますます高まる。

経済的な中心になれるかというと、台風が多くて。。。

249世界@名無史さん2018/06/15(金) 09:17:10.380
>>248
浅いサンゴ礁の海なので、国際港湾にも適していない

250世界@名無史さん2018/06/15(金) 09:23:16.780
>>244
その論文はただ「美」という言葉で片付けていて、その視点は別に否定するものではないが、
そこに出ている沖縄のグシク建築がアシンメトリーを好むのは、中国の歴代王朝を模した感じではないな
また独特のものを感じる
風水思想だって、中国では南北には落差を付けるけど東西や左右は対称を好んでいると思う
https://www.isan-no-sekai.jp/feature/20161003_01
リンク先のこっちの最初の画像の首里城正殿
なんかもう、全体にこの「斜めってる」感じが紫禁城にはないんだよな
>>247
山城っていうのもむしろ日本とのつながりを感じる
紫禁城に対する北海公園の辺りは、それだけで独立した庭園だろう
北京全体の風水に配慮した存在はずっと北にある八宝山だろう

251世界@名無史さん2018/06/15(金) 11:56:42.680
>>247
御庭(うなー)は四角形だよ
ただ、四隅が直角ではないってことだね

252世界@名無史さん2018/06/16(土) 11:11:44.940
>>243
発掘調査によると元々は四角形だったけ後に改築してわざとゆがめたらしい
首里城って何度も改築しててそのたびに形が結構変わってるんだよね
正殿も今は外観二層内部三階だけど16世紀の漂流朝鮮人朴孫らの報告によると
国王の治所は五層で屋根は板葺きとあって本土の天守閣のような層塔型だったらしい

253世界@名無史さん2018/06/16(土) 19:41:35.030
日中双方からの影響を受けてたんだね。

254世界@名無史さん2018/06/17(日) 07:54:45.010
結局は、台湾も琉球も、広東省に圧倒されたと言ってよい。

広東省の台頭は、明清時代の大きな特徴のひとつ。

255世界@名無史さん2018/06/17(日) 07:58:43.660
宋代には、広東省は「官僚が左遷される先」として定番だった。

実際に、蘇東坡は広東省に左遷されて、詩を作った。
そこは、酷熱瘴癘の地。
ジャングルから瘴気が立ち込める、熱帯の土人の世界だった。

でも、住めば都で、後には^肉やライチーを称賛する詩を作っている。

256世界@名無史さん2018/06/17(日) 08:02:39.180
ここが北京・上海と並ぶ中国の三極のひとつになろうとは、当時の人々には予測できなかったであろう。

もっとも、北宋の時代だと、北京もまだ辺境だったが。

257世界@名無史さん2018/06/17(日) 10:31:18.470
わずか30年足らずで、人口が30万人から1400万人に増加するなど、人類の歴史上比類のないスピードで発展した深セン。

世界の工場として知られたこの場所は、今も中国全土から若者が集まり、65歳以上の高齢者は2%しかいない。

258世界@名無史さん2018/06/17(日) 10:35:07.310
かつて、広東省は衛生状態が悪いことで有名だった。
「世界中で伝染病が流行しています」というニュースでは、たいてい、感染源が広東省かアフリカのどちらかだった。

「世界で最も不衛生な巨大都市」と言われた広州も、最近は改善されてきている。

259世界@名無史さん2018/06/17(日) 11:07:25.910
深セン含め広東省は、一応広東語の土地ということになっているが、
ちょっとでも都市化した地域では普通話の訛ったのをみんな話していて、
広東語は一部の地元民の内緒話や家族レベルの会話で使うだけ

広東語が実質上の公用語である香港の広東語は、
広東省でとっくに使われなくなった言い回しをよく保存し、
独自の表現力を発達させているが、
広東省の広東語は普通話をなぞった新しい表現が多い

公用語であることで広東語がその威信を保ってきた香港は、
スペインでは方言でしかないカタルーニャ語にとってのアンドラという国にちょっと似ている

260世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:31:10.140
上海語や広東語は、言語としては消滅に向かってるな。

普通話の訛りがなくなるとは思えないが。

261世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:37:00.450
上海語や広東語は、言語としては消滅に向かってるな。

普通話の訛りがなくなるとは思えないが。

262世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:38:09.360
とくに深センは、人口の流入が速い。

30年で人口が30万人から1400万人に増えた。
根っからの地元民など、ほとんどいない。

263世界@名無史さん2018/06/17(日) 13:40:10.810
上海を東京とすれば、北京は札幌。
深センは鹿児島あたりの位置関係にある。

日本も昔は、北海道はアイヌ人で、鹿児島はクマソ人だったが、今では日本語による言語統一が完成している。

それを思えば、中国が言語統一できても不思議はない。

264世界@名無史さん2018/06/17(日) 15:28:48.700
広州で宴会に招かれた。
酒にとても弱いもんで、どうなるか怖かった。
中国人は大酒呑みで、
やたら何度も乾杯するというイメージだったから。
連れていかれたところは飲茶(ヤムチャ)の店だった。
良かったぁ。
お茶なら何杯でもいける。お茶大好き。
飲茶文化を発達させた明清は素晴らしきかな!!

265世界@名無史さん2018/06/17(日) 15:53:19.590
【大地震なら、W人工″】 プーチンは知っていた <46分> は、核の起爆時刻、電子制御だから、正確
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528509829/l50

スケート国際大会で、プーチンが、冗談で、311の地震波形を、示すと思うか?

266世界@名無史さん2018/06/17(日) 16:54:18.680
>>264
数年前までは、カラオケボックスには性接待がセットでついてきたのだが

267世界@名無史さん2018/06/18(月) 01:08:41.370
茶は、明清の主力輸出品

268世界@名無史さん2018/06/18(月) 17:22:19.530
太平天国好きだから南京も好きなんだけど、なんでしょぼくなっちゃったの?
やっぱり上海が租界で発展したのが大きいのかな?内陸過ぎた?

269世界@名無史さん2018/06/18(月) 18:14:20.710
南京ショボないで
今でも中華民国の首都やで

270世界@名無史さん2018/06/18(月) 18:25:21.920
>>268
ぶっちゃけ太平天国のせいなんじゃね。

271世界@名無史さん2018/06/18(月) 18:35:35.460
南京は呪われた都
常軌を逸した暴君暗君オンパレードの南朝を初めとして
朱元璋に洪秀全に蒋介石

272世界@名無史さん2018/06/18(月) 19:55:06.990
>>268
内陸といっても、長江の沿岸都市は別枠でしょ。

海に面してるようなものだ。

273世界@名無史さん2018/06/18(月) 19:56:33.850
>>271
やはり、南朝・梁のときに沖田南京大虐殺の祟りか?

274世界@名無史さん2018/06/18(月) 19:57:56.760
上海から南京へは、東京−名古屋くらいの距離

275世界@名無史さん2018/06/19(火) 09:42:42.550
今の共産党政権になる時にべつに南京を首都にしても良かったろうと思うが、
ソ連を警戒しつつ北方の生産性向上を進めようとしたのかもしれない
東北や沿岸部の旧淪陥地域の生産性は上がっていたが、内戦ですでに疲弊していた
また朝鮮情勢も緊張の兆しがあったし、旅順大連もまだソ連に租借されていた
(完全に中国に返還されるのは1955年)
ソ連は香港の英国とともに中国に残った「最後の列強」であり、
最大の同盟国であると同時に侵略国でもあったから、北京に首都を置くことで対峙しようとしたのかもしれない

276世界@名無史さん2018/06/19(火) 12:56:23.500
今は、旧満州の重化学工業が斜陽化してお荷物になり、深センのIT産業が台頭するなど、中国経済は南高北低になってきている。

重心が南に移ってきた以上、北の外れにある北京に首都を置いているのは不自然に見える。

でも、毛沢東の時代はそうではなかった。

旧満州には日本が残した工業化の遺産があるし、ソ連との関係からしても、首都が北にあるのは自然だったと思われる。

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