【統一】ドイツの歴史【EU】
シュリーフェン計画についてだが、兵の前進に補給部隊が
ついていけなかったことや、フランス軍とイギリス海外派遣軍の
抵抗が激しかったこともあって、フランス軍を奇襲攻撃で
打ち破るという計画は早くも最初の段階で頓挫した。
一方、ロシア戦線も、ロシア軍は予想を裏切ってすばやく
東プロイセンに進攻し、しかもグンビンネンでドイツ軍を
打ち負かした。 世界三大無用の長物
・万里の長城
・戦艦大和
・マジノ線 19世紀初頭のドイツは、世界経済の中で脇役をつとめるだけの
農業国にすぎなかった。
今日につながる経済発展をドイツが経験したのがほぼ第二帝政の
時代である。
また、第二帝政の時代に、ドイツは国際政治を左右する強国へと
成長した。
これ以外に、近代的政党制や社会福祉制度などの端緒が生まれたのも
この時代。 でもプロイセンの軍事力は無視できない
つまりプロイセン王フリードリヒ1世こそがドイツ帝国の礎を作った スマン、軍事王は2代目のフリードリヒ・ヴィルヘルム1世やったな フリードリヒ=ヴィルヘルムの肩書
ブランデンブルク選帝侯、ブランデンブルク辺境伯、
プロイセン公爵、ポンメルン公爵、マクデブルク公爵、
クレーフェ公爵、ミンデン公爵、バルベルシュタット侯爵、
ラーベンスベルク伯爵 >>279
フリードリヒ・ヴィルヘルム1世から4世まで居るし、他にも同名の別子が沢山居るよ ボン大学の正式名称は、ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボン >>279は、三十年戦争の真っ最中に選帝侯位を継いだ
フリードリヒ・ヴィルヘルムです。 ビスマルクやコールまでの連邦首相は東方にシフトしちゃいけないとわかってた ドイツは「東方への衝動」を抑えられず、
ロシアや中国に接近してしまった。
ドイツは三回目も敗者となる。 ドイツも地政学的に見たらロシアや中国と同じランドパワーの国
だから、考え方の根底にロシアや中国と共通の思想がある
シーパワーの英米とは異なる カイゼルはイギリスに対抗してシーパワーを目指した。
ヒットラーはこの失敗を教訓に英国との協調の下、東方へのランドパワーを目指したが、
英国はこれを認めなかった。 イギリスの3C政策はシーパワーの政策、
これに対抗したドイツ3B政策はランドパワーの政策 3C政策はカイゼルのいわゆる「世界政策」の一部でしかない。2度の建艦法や中国分割・太平洋進出はシーパワー拡大そのもの。
カイゼルの有名な演説で「ドイツの将来は海上にあり」というのがある。
また、これは失敗例だがカイゼルのモロッコ上陸もある これカイザーゼンメルっていうんか
初めて知ったわ
ちなみにクロワッサンはオーストリア発祥
オスマン帝国(三日月)に勝った記念に作られた プロイセンはよく、軍国主義の国と呼ばれるが、
第二帝政はそのプロイセンが先頭に立って、しかも
三度の戦争を経て生まれた。
したがってドイツ帝国では軍人の社会的地位が高かった。 どこの国も軍人の社会的地位は高いよ
命を賭して国を守る人の社会的地位が高いのは自然なこと
ウクライナのように他国から攻められたら、軍人が尊いのが分かる フリードリヒ・ヴィルヘルム1世(軍人王)は、
国力を疲弊させる行為でもある戦争にはほとんど
手を染めなかった。
唯一の例外は、スウェーデンとロシアとの争いに
乗じて、フォアポンメルンおよび港湾都市シュテッティンを
領土に加えたこと。 シュテッティンとは、シュテッティンからトリエステまでのあれか トリエステには、かつてオーストリア海軍の軍港があったな >>303
チャーチルの鉄のカーテン演説か
>>304
トリエステは現在はイタリアだが、元々はオーストリア=ハンガリー帝国の港でイタリア領でないはず
どういう経緯でイタリア領になったんか? >>305
イタリアは第一次大戦の戦勝国の一員だから、敗戦国のオーストリアからトリエステを奪った
第二次大戦は敗戦国だが、さっさと降伏したためか、本土の領土は失って居ない
本来ならオーストリア(スロベニア)に返還すべき地域 >>299
軍の活躍する機会の多寡
周辺国際環境の緊迫度の度合い などによって軍人の社会的地位は、国により時代により相当の差異がある
日本では、第一次世界大戦後の大正デモクラシーの時代、軍人の地位は想定的に低かった
日露戦争は昔話となり、当面国際環境は安定して国土を脅かすものはない 軍は金食い虫であり、こうなると穀潰し扱い
第一次世界大戦前までのベルギーも似たような状況で、永世中立を英仏独露に保障され独立後戦争などしたこともない 国際環境風を告げる大戦前にあっても軍人の地位は低かった 第二帝政期のドイツでは、市民の間でも、予備役軍人として
どんな階級をもっているかがしばしば大きくものをいった。
将校養成のエリート学校である幼年学校の生徒は、街で
幼なじみに出会ったとき、先方から帽子を取って丁寧に
挨拶されても、帽子をかぶったまま横柄に会釈を返す
だけだったという。 軍人は社会的地位が高くなきゃいけないけど同時に日陰の存在でもなきゃいけないんだよな アンネの日記のアンネ・フランクの父親、オットー・フランクは第一次世界大戦に従軍して中尉になったという
捕まって荷物を準備させられる時、自分の将校用トランクに入れていたら、捕まえに来た男に何故それを持っているのか問われ、オットーが自分がドイツ軍将校だった事を告げると、相手は驚いてしまい、蔑視すべきユダヤ人として扱うか退役将校として敬意を表すべきか頭がショートして、結局準備時間を少し伸ばしてくれた って話をなんかで読んだ >>306
トリエステは長らくオーストリア帝国領だったし、イタリア領と言うのは無理があるな
現ウクライナのリビウとかも、かつてはポーランドの都市だったけど、現地はどう言う感情なんだろう リビウはウクライナが獲ったというより、ソ連のスターリンが奪ったという方が正しい
その結果、ポーランドはかつての位置より西にズレ、
旧ドイツ領もポーランドになってしまった 今朝のニュースより
>ドイツ海軍のフリゲート艦と補給艦が7日、同国北部ウィルヘルムスハーフェンなどからインド太平洋地域に向け出港した。 ヒトラーの『我が闘争』によれば、ドイツはウクライナ
までを手に入れてはじめて食糧の自給自足が可能となる、
すなわち他に依存しない完全な独立を克ちえるのだという >>318
原油は?
ウクライナを取っても必要な原油は手に入らない
だからナチス・ドイツはカスピ海油田目指してソ連奥地まで侵攻したわけだし 石油はルーマニアが産油国で、これと人造石油で戦争遂行分はなんとかなる
そもそもな話、ドイツが必要資源の全てを勢力圏で賄うこと自体不可能で、リン、天然ゴム、錫、タングステン、モリブデンなどどうしようもないものも多い
だから遣独潜水艦はこれらの物資を積んでドイツに向かった 焼石に水だろうけど