素人おじさん バレエ奮闘日記 3冊目
あなたの教室にもいるかもしれない…
東京の、プロダンサー養成をする黒崎バレエアカデミー、
大人のオープンクラススタジオのベルベット、
その他海外のバレエ団、バレエに関わるさまざまな人の物語。
主人公の会社員の田中さんが、二十代半ばでバレエを始めてから
約2年たった2002〜2003年ころの回想が進行中。
田中さんは現在、地方に転勤になりバレエを続けている。
○ルール○
名無しが適当にストーリーをつくり適当に投下していく完全暇潰しスレ。
連投も全然OK。
語彙力文章力一切問わず。
マニアックなバレエネタも大歓迎。
登場人物の追加やおじさんの設定を勝手に追加してもよし。
展開がカオスな方向へいっても自由ですが、
あくまでもバレエものなのでバレエから脱線しない。
>>2に注意事項と過去スレ。 ※おじさんやその他登場人物に関して、実在人物をモデルにするのは構いませんが、
それによるトラブルは保障しかねるため
不特定多数が閲覧していることを視野に気をつけてください。
※犯罪や精神障害などの話は荒れがちなので
既存キャラを使わず自分で新しいキャラとプロットを作ることをお勧めします。
1スレ目
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/dance/1639368993/
2スレ目
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/dance/1652912791/ 百合は教会員でビアンバーで働く女の子、笹木麗奈(ささきれいな)と仲良くなり、一緒にエンジェルバレエ教室に体験レッスンを受けに行くことにした。
教会員の中で同世代の女子は彼女だけというのもあるが同じ歌舞伎町で働く仲間という意識もあった。
「百合ちゃん、黒崎バレエでオッサン達にセクハラされて大変だったんだね。
なのに被害者の百合ちゃんまで辞めさせられるなんて酷いよ!」
「でも、営業してるって誤解を与えちゃった私も悪かったんだと思う。本当は凄くショックだったけどね…。それにお金持ちばっかりで私とは住む世界が違ったわ」
百合は苦笑いしながらそういうと、礼拝堂の中へ入っていった。主日礼拝の時とはイメージがガラッと変わり、リノリウムとバー、鏡が設置されている。
黒崎バレエの立派な設備とは程遠い簡易なものであったが、百合は胸を踊らせていた。 百合は麗奈に急接近し、2人は同棲を始めることとなった
百合は以前から性欲が人並み以上だったが、それもそのはず心が男だった
だから性に奔放だったと説明がつく
それから2年が経ち、麗奈は32才となるが、2人とも子供が欲しくなってきた
百合は性転換手術をし、名前を勇樹と変え男性として生活をしていたのだ。
当然2人の間に子供が出来る筈はない。
養子を貰うつもりはなかった。
麗奈は義理弟に精子を分けて貰えないか相談したがあっさり断られてしまった
それからさらに2年がたつ
とうとう34歳、タイムリミットが近づき焦らずにはいられなくなり、ヒステリックになることも珍しくなかった
そんなとき、百合の義理弟に例のお手伝いについてダメ元で頼み込みOKの返事をもらった
しかし、2人には僅かな蓄えがなく、人工受精は諦めるしかない
百合には我慢してもらい、義理弟と2人っきりになれる場所を探し回った
ホテル街はすべて満室で、また無言で高速を長い間走る
義理弟にもたれかかっていた麗奈は居眠りをしてしまっていた
冷たい人気のない工場の跡地
義理弟が麗奈に覆いかぶさる
薄紫の靄に包まれ、静かな並に漂う舟
この世界に取り残された
…もうどうなってもいい
麗奈の大きくなったお腹を優しくさする
筋肉隆々としているのは勇樹だった オジサンもイケメンも男性はバレエ界から忽然と姿を消してしまった
誰からも男性は必要とされなくなった
医療の発達で逞しくなったレズビアン達が男性パートを踊り、女性を軽々とリフトする
ビアン達による「レインボーバレエ団」が大人気でチケットが飛ぶように売れ、団員も自活し、ストレートと呼ばれる普通の男女の恋愛観をもつダンサーからは羨ましがられるのだった
旗揚げ公演が行われた
プログラムを開くと爽やかなイケメンが微笑んでいた
写真の名前はYUKI
YUKI
YUKI
何度も何度も呟き
麗奈は涙が溢れた 「そういう勝手な妄想をされるのもビアンあるあるなのよね…。心が男だから女が好きになるんだとか。私普通に女なんだけど…
ノンケのトランスジェンダー男性がビアンと思われたりね。男っぽいビアンもいるけど女だし」
と麗奈。
「性に奔放な女だっているわよ」と百合は不機嫌に言った。「私は歴とした女の子なんだから…っ! 女の子はお淑やかで性欲がないなんてオッサン達の妄想でしょ!」
トランスジェンダー男性である神野牧師も、二人の愚痴を端からききながらそうした誤解や偏見がいつも付きまとうなと内心で呟いた。
それによく言われる「心が男」っていうのも違う。男性であるが典型的な男性とは身体や境遇が特異であったに近い。その特異な点を除けば自分もそこら辺にいる平凡な男だ。 ジェイムズの舞台は大成功だとマスコミでほめたたえられた。
とういうのも、息子と和解した父親の伯爵が
カネとコネを最大限に利用して、
主なバレエ批評家たちや関係記者に働きかけたからだ。
有名ファッション雑誌『モード・ヨーロッパ』には
上半身裸のジェイムズのセクシーな写真が掲載され
「戻ってきた王子様」と宣伝された。
ビジネス戦略は功を奏し、劇場に通う新規のミーハーファンが生み出された。
「動員数も大幅に増え、興行収入もアップ。
停滞していたバレエ団を立て直すのに成功、言うことないよ」と
経営側は満悦の表情だった。 ミーハーファンやパトロンのマダムと交流するために
父親所有の貴族の館で、華やかなサロンも定期的に開かれた。
「私生活のことは一切外に出さないようにしてくれたまえ」
と、ジェイムズはきつく申し渡された。
「君が結婚して子供がいるとなるとパトロンのマダムたちが
どう反応するか目に見えてるからね。
君はファンに夢を売る商売の目玉商品。
賞味期限は長くないということをきちんと理解してくれ」 興行的な成功の一方で、バレエ通の観客やバレエ団内での
「ジェイムズは、カネの力でプリンシパルになった」
との厳しい批判は、ジェイムズが引退するまで延々と続くことになる。
「噂通り美しかったわよ。登場から三幕の途中までは」
「道化のレオが最高に盛り上げただけに、そのあとの王子が残念よ。
主役のコーダがあれでいいの?」
「ほんと容姿はいいんだけど、そのぶん見せ場で裏切られた感がひどい」
熱狂的なファンと同じくらい、辛辣な見方をするアンチも生まれた。
「君の父親のカネやコネが動いたのは本当のことだろ。
批判を気に病む暇があるんなら
それをはねのける気持ちでテクニックを磨くしかない」
当初からジェイムズのプリンシパル採用に懐疑的だった教師は言った。
「何を言われようと真ん中で踊り続ける覚悟があるならね」 「男はオオカミなのーよぉ♪」
「オオカミと踊れーよ街中のキ―ッズ」
白王子市の小さなカラオケ店で一人
超懐メロから最近の歌まで歌いながら田中さんは考えた。
って、なぜオオカミはそんなに悪者なんだ?
うちのばーちゃんちの近くには、オオカミは神のお使いとして祀ってる神社があるぞ。
火事にまっさきに気が付くとか、害獣を追い払ったとかで。 そんなことが気になってしまい図書館で調べた田中さん。
昔、自然の前に人間はもっとずっと弱い存在だった。
集落の間には森林があって、肉食獣がうろうろしてた。
日本のように多神教的な考えでは、
火の神、水の神、バレエの神、オオカミは神!
畏れ多いものは、なんでも神!
キリスト教は一神教なので、オオカミを悪者にした。
見方一つ、考え方一つで世界は180度変わってしまう。
都心から地方都市に転勤になったのも、
都落ちじゃなくて、チャンスだと思うことにしよう。
王子や青い鳥をやりたかったけど、オオカミも頑張ろう。
一応、初めて女性と組む役、俺の初のパドドゥじゃないか! 赤ずきんちゃん役は小学校2年生の美咲ちゃん。
低学年のクラスで一番覚えの良い賢そうな子だ。
「がおおお〜こわいだろ〜!」
「ぜーんぜんこわくなーい。ブハハハハハ!」
豪快に笑う小学生女子だな!
俺もまだオオカミとしての迫力が足りてないらしい。
「ねえねえ、田中さんは何歳からバレエ習ってるのー?」
「俺は25歳のとき始めたよ」
「うっそー、私は3歳から!」
うっそーって…。
ここの子は全員小さいころから習ってるから、
俺みたいに大人になってから習う人見たことないんだな。 赤ずきんちゃんが跳ぶときにサポートしたり、抱えて退場するところがある。
美咲の体重は20kgちょっと。
選ばれただけあって、カンが良く、上手いタイミングで跳んでくれるから
サポート初心者の田中さんでも全然平気だった。
「けっこういいわよ。子供にタイミング合わせるの上手いわね」
と小石川夫妻に褒めてくれた。
これ、大人の女性だと大変だろうなあ。
紗江子先生相手だったらどうなるんだろう。
長身ドS美魔女の紗江子先生が
赤ずきんちゃん役を踊るとは思えないけど…。
しかし、一人で跳ぶ箇所では
「空中で、つま先と膝を伸ばしてえ!!!
グランジュテの足先がトンカチ!!!
とダメ出しされるのは、黒崎のときと変わらなかった。 「日々の嫌なことは、すべてスタジオの外に置いてきてください。
余計なことを取り払った、まっさらな気持ちで。
レベランスには、尊敬よりさらに深い、畏敬の念、崇敬の気持ちという意味があります。
さあ、今日のお稽古始めましょう」
教会の礼拝堂に、バレエ講師、加護祥子(かご・しょうこ)の凛とした声が響いた。
加護は、以前は個人のバレエ教室を主宰していた。
40代で大病をし、医師の宣告とともに自分の死を覚悟したとき、
まっさきに頭に浮かんだのが、教室とたくさんの生徒たちのこと。
知人のつてを頼りに、教室を引き受けてもらう人を探しまわり、
手塩にかけて大きくした教室をそのまま人に譲った。
何年かの辛い闘病生活を経たあと、幸運にも復帰したときには、
加護にとって、生きること、踊ること、バレエを教えることの意味が
以前とは少し違って見えていた。 「ねえ王子様。今晩、私の部屋に来てくださるかしら…?」
マダムが妖しい笑みを浮かべて、ジェイムズの膝の上にそっと手をおいた。
「夫を亡くしてからもう8年…。寂しいのよ。その代わり悪いようにはしないわ」
「…ええ、マダム」
父親フレデリック伯爵は息子を実際に商品としか見ていなかったのだろう。パトロンのマダム達には身体を売ってでも気に入ってもらえとジェイムズに要求した。
行為の間はとても気持ちが良かったが、終わってしばらくすると自己嫌悪で心が押しつぶされそうになった。 去年引退したプリンシパルの一人もそうだ。
15年前は天才肌のイケメンスターとして持ち上げられていたし、
取り巻きのようなパトロンマダムが何人かいた。
ところが、彼が40過ぎたころから観客は手のひらを返したように
「見飽きた」「容姿も技術も衰えるの観るのが辛い」「もっと若い人に主役を」…
さらには最有力パトロンマダムまで、
「過去の思い出はきれいまま残して、早く引退させてほしい」
と言い始めたのだ。
ここ数年で変わってしまった劇場の雰囲気を取り戻すために
ジェイムズを呼んだんだ。
容姿の良いジェイムズなら、離れてしまったマダムたちも気にいるだろうから。 その頃、九条家はある一通の招待状によりイギリスへ出立の準備を始めていた。
「ワイズウェル伯爵ってどんな方なのかしら」
「親戚の経営する会社のお得意さんらしいですが、私もお会いしたことは…」
ナオミとその夫九条は、フレデリック伯爵が開くパーティーに招待されたのだ。
そのパーティーは伯爵がビジネスで関わりを持っている人物とその家族を招いた年に数度はあるイベントだ。
「イギリス…。行ってみたかったんです」
「それは良かった。もしナオミさんがよければ一緒に観光でもしませんか?」
「ええ、喜んで」 劇場のマネージャーはジェイムズがお気に入りだ。
マスコミを通じて話題になれば観光に来る人も増え
地元ビジネスとの結びつきも強くなり
さらなるバックアップも期待できる。
「我々は大変な時期を過ごしてきたんだ。
北アイルランド紛争がひどい10年前は
劇場近くのホテルが二度にわたって爆撃の被害を受けた。
そんなときにも、我々は劇場を開き続けた。
劇場は我々の誇り。
君は劇場を盛り上げるために呼ばれたんだ。
今はヨーロッパじゅうで身一つで乗り込んできた外国人が
実力と努力でスターダムにのし上がっている。
ロンドンだってそうだ。
君の自慢は、出自、カネ、コネ、容姿だろ。
持ってるものは使え。
我々も大いに利用させてもらうから」 北アイルランドにあるベルファストはロンドンに比べると十数分の一の規模の地方都市だ。
歴史的建築物が多く、どこか一時代前の古さを感じる。
劇場から2kmほど離れたところにあるのは、ピースウォール「平和の壁」。
カトリックとプロテスタントの居住区が分かれているベルファストで、
双方の衝突を抑えるために建てられたものだ。
あそこはカトリックが行く店、プロテスタントはこっちの店というように
教派によって棲み分けがされており、もちろん住む場所も分かれている。
この殺伐とした空気感は、アートの分野にも確かに影響してきた。
「この停滞した街の芸術を活性化させるには
外部から大量の客を呼ぶことが必要なんだよ。
それには、潤沢な資金と、話題性だ」 「スターが欲しいな!できれば実家の太い!」
日本のS&Bバレエ団の監督も同じことを考えていた。
長年踊っていた女性プリンシパルたちが続けて引退したあと、
看板となる女性スターが不在となった。
そこで、入団二年目の若い女性ダンサーを大抜擢して売り出したのだが…
『S&Bバレエ団・次世代の新星』とでかでかと宣伝されて
プレッシャーに負けてしまったのだろうか。
白鳥の初日、三幕のコーダで大きく崩れ
観客に「ごめんなさい」と謝っているようなレベランスをしていた。
あとの二回の公演も、信じられないほど精彩を欠いたものだった。 落ち込む新プリマに、「次、頑張ればいいよ」
「調子が悪かっただけだから」と声をかける人もいたが
ここ一番の舞台が台無しになったのは本人が一番わかっていた。
バレエ団と懇意のバレエ批評家たちは
「素材は申し分ないので今後に期待したい」
と奥歯にものがはさまったような文章を載せていた。
結局、彼女は半年もたたずに退団していった。
「プレッシャーや失敗のストレスで踊れなくなるなんて繊細すぎるんだよね」
男性プリンシパルの神代煌介は思った。
「俺は真ん中がいい。プレッシャーがあるほうが燃える。それがダンサーだろ」 加護の指導するエンジェルバレエ教室では、小さな子ども達からお年寄りまで老若男女集まっていた。
プロを目指しているとか本格的にというよりも、趣味や教養のために来ている層の集まりだ。だからであろうか、とても和やかな空気に包まれている。
「麗奈ちゃんのレオタードお洒落」
「でしょ? バレエショップルルベの新作なんだ」
セロリアンブルーのレオタードに白い巻きスカート姿の麗奈がクルッと回った。
「私もレオタード買おうかな…」
「そうしなよ。かわいいレオタード着るのもバレエの醍醐味だもの!」
嗚呼、こんな風に友達と何気ない会話するのはいつ以来なんだろう。
百合は目の前の現実がどこか自分にとって現実離れしているような感覚がした。 その頃加護は今で胡座を書き、鼻くそを穿りながらSNSでバレエ教室の生徒募集についてブログを書いていた
「我ながら良い出来栄え!」
トップ画面の色彩調整、文字装飾、キラッキラにし派手で人目を引いていた
他の教室は一言で言うと地味で面白味がない
SNSにおいてのみ頭角を表していた
これらのスキルはいつしかバレエ教室が素晴らしいと人々を勘違いさせ生徒を取り込むことに成功する
こうして加護は裸のバレエ教室運営者となった
誰もが加護が正しいと信じ、従い、崇める
ワンマン経営を誰も止めることはできない
バレエ界のラスボスが誕生した 病に倒れる以前の加護祥子は、
自分の教室の存在感を大きくすることに躍起になって
がむしゃらにバレエに取り組んでいた。
バレエに関わる限り、休むことなく全力で走り続けなければいけない。
子供のころから、ずっとそう信じて生きてきたから。
そんなときに、体調不良が続いた。
何軒かの医者に診てもらっても原因はわからない。
紹介状を書いてもらい大病院で検査を受けてみれば、
診断結果はステージIVの悪性リンパ腫だった。 教室を手放して、貯金を崩しながらの闘病生活が数年続いた。
「複数あった腫瘍は完全に消失しました。
あとは定期的に検査を受けに来てください」
医師にそう告げられた日には、
道端に芽吹く木々の緑を見ても
そよ風を頬に感じても
小さな子供が元気に走る姿を見ても
強く心を打たれ涙ぐんでしまった。
「九死に一生を与えられた」「大いなる何かに生かされて生きてる」
そんな思いが加護を教会へと向かわせた。 教会では特技を持った会員さんたちが講師になり
ささやかな講座やサークルがいつくか開かれていた。
聖歌隊、フラワーアレンジメント、カリグラフィー、
子供の読み聞かせやボランティアの会などだ。
ある日、神野隼斗に提案された。
「加護さんは、バレエの先生だったんですね。
バレエ講座を開きませんか」
「病気の間に筋肉が落ちて、階段を上がるのも息切れしてしまうんです。
再び教えるなんてとても…」
一度は断ったが、その提案は加護の頭から離れなかった。 「紗江子先生!結婚するって本当ですか?!」
「何よ。わざわざ転勤先から電話してきたと思ったら、そんなこと?」
黒崎バレエアカデミーの事務所で
田中さんからの電話を取った紗江子は呆れていた。
「ひどいっ!一番弟子である俺に結婚を隠してたなんてっっっ!」
「いつあなたが私の一番弟子になったのよ?」
「俺の心の中では、ずっと、ずっと、俺が、紗江子先生の一番弟子なんですっ!」
「はいはい。わかったわかった。そっちではバレエやってるの?」
「今度小石川先生の教室で眠りのオオカミします。がおおおお!」
「(…がおおお?) 元気そうでなにより。レッスンが始まるからじゃあね」
紗江子は受話器を置いた。
「田中さんから電話なんて初めてねえ。何か事件なの?」
「いいえ。以前と変わりなく元気な田中さんだったわ」
「一番弟子のつもりだったんだ…」
紗江子は面白そうに笑ってスタジオへ向かった。 黒崎バレエアカデミーで中村さんはつぶやいた。
「仲良い人が突然いなくなるって、さみしいな。
僕はそんなに友達を求めるタイプじゃないんだけど。
素行不良で追い出された人はしかないとして、
メンバーが入れ替わってきたな」
ボーイズ基礎クラスには、また新たな素人おじさんが増えてきていた。 九条ナオミとその夫はロンドンの行われた伯爵のパーティに出席していた。
高級街メリルボーンにたたずむホテル会場で開かれたパーティには
大勢の人が集まって歓談している。
「スコットランド議会の復活は、こちらにも影響あるだろうか…」
「グラスゴーの新会社は投資する価値があると思うが…」
「この後はオックスフォードソサエティの会合に行くので…」
ビジネスや名門校つながりの大勢の客の中
伯爵と直接かかわりを持たない二人は少々困惑していた。
そんな二人に、「日本の方ですね」「お若い可愛い方」
と親し気に話しかけてきたのは在英法人の日本人男性だった。
「人が多くて驚きました。伯爵は手広くビジネスをしてらっしゃるんですね」
「あの方はワンマンでわがままなんですよ。欲しいものはなんでも手に入れる。
一度は没落しかけた家を立て直したやり手でもあるんですがね」 「観光がてら、親戚の代わりに軽い気持ちで出席したのですけれど
こう人が多くては伯爵にご挨拶もできませんね」
と九条が笑っていると、伯爵のほうからやってきた。
「日本の放送局のロンドン支局のご家族と、九条実業のご親戚の方ですね!
日本からはるばるようこそ!」
伯爵は大勢の招待客の一人一人を完全に把握していた。
やり手というのは本当らしい。
今でこそ、メタボ気味の腹に、薄い頭髪、赤ら顔のおじさんだが、
背が高くがっちりした胸板を持つ伯爵は
若いころは名門大学のポロクラブの選手だった。
その運動神経は息子に受け継がれたのだろう。 「奥様はバレエの経験がおありと聞いています。
わかりますよ!私の息子がバレエダンサーなので」
「息子さんがバレエダンサー…」
バレエと聞いたとたんナオミは胸の奥に痛みを感じた。
ベルベットのくるみ割り人形の舞台を終えたあと新生活が始まり
家のことを優先してレッスンの回数を減らしていたため
以前のような達成感は得られなくなっていた。
あの白い雪が舞う舞台で感じたような気持ちには二度と…。
「息子は北アイルランドの劇場でプリンシパルに抜擢されたんです。
女性ファンに大人気なんですよ!
バレエ団のパンフレットや息子が載った雑誌もあるのでご覧ください。
少し遠いですが宿泊先も手配しますよ!」
伯爵は誇らしげに言うと、また次の客へと移っていった。
「スコット夫人!聞きましたよ!
息子さんが無事ケンブリッジを卒業されたそうで…」 北アイルランドにある伯爵所有の館は
長年メンテナンスができずほとんど廃墟になりかけていた。
ジェイムズが子供のころに一度泊まったときには
お湯もろくに出ない寒くてこごえるような古臭い館だった。
それを変えたのは伯爵の三番目の妻であり
アメリカ人実業家の娘だ。
今では手入れされた庭に、改修された館内にはバロック調の調度品が備え付けられて
美しいホテルに生まれ変わり、多くの観光客を呼んでいる。
ジェイムズのファンとのサロンや
パトロンマダムへの接待にも使われているその館は
「key of heaven」とも言われる黄色いカウスリップの花に囲まれていた。 「天国の鍵」と呼ばれる可憐な花に囲まれた古い館がホテル。
それは素敵ね…。
ナオミは会場に置いてあるパンフレットを見てから
伯爵の息子が載っているという雑誌を開いた。
『帰ってきた王子』… 息をのんだ。
「有沢…さん……」
いや、とても似ているが別人だ。
世界には似ている人が三人いるという説もきいたことがある。
ジェイムズ・ワイズウェル…青い瞳の彼は有沢ケイトではない。
年齢も違う。出自も違う。
だがナオミは、この雑誌をみたために有沢ケイトとの記憶が溢れるように蘇ってきてしまった。
夫との結婚が決まり、封印した記憶……。ナオミの不実の初恋。
噂では有沢ケイトは、このイギリスの地にいるという。そして自分は今彼と同じ国の大地に立っているのだ。
どこかに彼はいるのだろうか。どこかに……。
「ナオミさん、大丈夫ですか?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと人が多くて酔ってしまったみたい……少し夜風に当たってきますね」 ケイトはヨーグルトの国、ブルガリアにいた
ヨーグルト三昧の日々、いちごジャムなのお砂糖だのたっくさん、たっくさんかけて食べてます
そんなとき、まちに音楽隊がやってきました
ケイトは楽しくなって踊りました 田中さんは眠りのオオカミの役作りのために、オオカミのモデルを考えた。
「オオカミはだいたい犬と一緒だよな。遺伝子も似ているって言うし」
そこで思いだしたのが、田中さんの実家で飼ってる二頭の柴犬だ。
一頭は、とても穏やかでお利口さんのメス、
もう一頭のヤスは、おっちょこちょいでちょっとおバカだ。
ご近所さんがペットのうさぎを連れてきたときには
「可愛い生物が来た!」という顔でしばし様子をうかがったあと
「友達になりたいなあ」とそろそろと近づいていった。
「そっとね。ウサギちゃんびっくりしちゃうからね!」
とまわりは制止したのだが
ヤスはつきまとってしまいウサギを怖がらせてしまったようだ。 「ウサギちゃんと一方的に仲良くなりたい犬!
これで赤ずきんちゃんとオオカミのイメージは完璧!」
と田中さんは自信満々だったのだが、
その次の練習では小石川先生に
「怖いオオカミというより、人なつっこい犬みたいになってきたわねえ」
と言われてしまった。 「やはり野生のオオカミと飼い犬では狂暴さが違うよな」
と考え直した田中さんは
今度は、テレビの悪役俳優を真似て、鏡の前でコワモテの悪人顔を研究し始めた。
眉間にしわを寄せて、上から威嚇するようににらんで、
人を寄せ付けない、今にも襲い掛かりそうな顔…
翌日会社に出勤すると、女性たちが怖がって言った。
「ど、どうしたんですか?田中さん。何かあったんですか?
今日は目つきが怖いですよ」 ヨーグルトの夢を見ていたケイトだったが、実際はワイズウェルの親戚の別邸で軟禁生活だ。
田舎で敷地は広大、様々な設備や食事、使用人達や医療スタッフもおり何不自由ないのだが、一人での外出はかなわない。 発表会の練習が進む白王子バレエスタジオでは
「直也くん、すごいなあ、脚あんなにバシバシ打てて!」
青い鳥のコーダの練習をしている中学生の直也を見て
田中さんは感心した。
「あれ、俺もやってみよう!」
田中さんが青い鳥のコーダのブリゼボレをやっていたら
小学生男子2人もやり始めた。
観てるぶんには簡単だが、脚が動かない。
「うっ!はっ!うっ!はっ!」
「違うよ、田中さん!横にはみ出さずに、斜めに進むんだよ!」
「うっ!はっ!うっ!はっ!」
「着地のたびに上体落とすと余計大変になるよ!」
「うっ!はっ!うっ!はっ!」
「アロンジェの場所忘れてるよ!」
中学生にダメ出しされてしまう田中さんであった。 「君たち、楽しそうでいいねえ」と
パパ先生こと小石川誠先生が入ってきた。
「前後に大きく動いているように見えるけど
実際はみぞおちの高さをキープする気持ちでね」
先生に軽く手を添えてもらって跳ぶとあら不思議、
鏡にうつる姿がさっきより断然サマになってる!
これはパパ先生のサポートが上手いのか。
それとも…
やはり…
俺の実力かっ! 「直也くんもお父さんみたいなプロを目指してるのかな?」
田中さんに聞かれた直也はあっさりしたものだ。
「プロは別にいいかなー。
弟の拓也のほうが運動神経いいし。親もプロは大変だって言うし」
なんと無欲なことよ。
黒崎バレエアカデミーには
「こんどこそ主役」「海外に出る」「プロになる」
とメラメラしてる中高生が山ほどいたのに。
上手なのにもったいないな、と思ってしまう俺は、
知らず知らずのうちにあの競争社会の
ヒエラルキー思想に染まっていたのかもしれん。
「このあたりじゃライバルもいそうにないもんね」
「今年の夏も東京の夏期講習行くかって聞かれたんだけど
夏休みは毎日プール通いして読みたい本読んで
レゴブロックで大作も作りたいからやめた」
レゴブロック>>>バレエかい!
そんな小中学生ボーイズ3人にまざり田中さんは練習を続けていった。 そういえば、主役のデジレ王子は誰が?
田中さんは気になって、パパ先生に訊ねた。
「ああ、この辺で一番大きなバレエ団付属学校の先生が来てくださるよ。藤原嘉夫(ふじわらよしお)先生」
「凄く優しいし面白い先生だよ! 前の発表会の時にも来てくれたんだ」
「男子に色々教えてくれるしね!」
小学生ボーイズ達の反応からしても子ども達に好かれる良い先生なのだろう。
「俺も、藤原先生から王子になるコツを伝授してもらうとするか…」
田中さんが独り言を言っていると
「田中さんっておもしろいね!」と何故か笑われてしまった。 「にゃにゃーにゃーにゃん!」
「猫パンチ!猫パンチ!」
遊んでるんだか練習してるんだかわからないが
小学生コンビも発表会の振付の復習をしている。
「わかった!長靴をはいた猫だな!」
田中さんが言うと、
「にゃん!」
拓也と亮太がうなずく。
「にゃん?」
「にゃにゃにゃーん」
「にゃんにゃーん」
田中さんも小学生ボーイズに加わってにゃんにゃん言ってる様子を
ガラス戸越しにパパ先生ともう一人男性が見ていた。 「大きい人が一人入ったんですね」
藤原嘉夫は物珍しそうに言った。
ローカルな白王子市から山を越えた先の
近県で一番大きな都市にあるバレエ学校からのゲストだ。
「珍しいでしょ。大人の男性生徒さん。
バレエ団の後輩の生徒さんで東京から転勤でいらしたんですよ。
小中学生と一緒では嫌かなと最初心配したんですけど
案外すぐになじみましたねえ」 田中さんも最初はなじめないだろうと思ってた。
黒崎バレエアカデミーでは、各所から選ばれてきたジュニアと大人初心者の間には
マリアナ海溝のごとき深い溝があったのだ。
閉ざされた社会で激しく競争すれば、否応なく格差が生まれるものだ。
そして底辺レベルでも「おじさん下手」「おばさんみっともない」と
水面下で目くそ鼻くその醜い争いが行われる。
それに比べると、白王子バレエスタジオのボーイズたちは呑気の極み。
「ここで俺はキッズたちの『憧れのかっこいいお兄さん』にならなきゃな!」
と田中さんはニンマリほほ笑んだ。
「田中さんが来てくれてうれしいよ!トランプ4人でできるし!
今度一緒に人生ゲームやろうよ!」
「人生ゲームか。懐かしいなあ!」
キッズたちには遊んでくれる人だと思われてるようだ。 ある日、ジェイムズは伯爵所有のカウスリップ・ホテルで会食をしていた。
会食の相手は、劇場の強力なパトロンであるキーラ・オサリバン夫人。
彼女の実家はもとはこの地で造船業を営んでいたマクマホン家。
軍艦や魚雷の生産も手掛け
戦争のたびに巨万の富を築き上げるとともに
今に至るまで周辺一帯の政済界を牛耳ってきた。
ワイズウェル伯爵夫妻も、古い館をホテルに変えるときには
オサリバン夫人の父親であるマクマホン氏に協力を求めて
わざわざお伺いを立てに行ったほどだ。
なぜなら、この地のあらゆるビジネスの成功の鍵は、マクマホン家が握っているから。 「父はこの館がお気に入りだったの。
市街地のマリオットやマーチャントホテルでは知った顔に会うから嫌だって。
私もこの郊外の館でリラックスするのが好きなのよ」
オサリバン夫人はジェイムズとの二人きりの夕食にご機嫌だった。
「ホテルに改修するときに、マダムからアドバイスで
スパを作ったのが女性客に好評だったようです。
日々の喧騒を忘れる隠れ家といった売り出し方も
夫人のアイデアだったんだと聞いてますよ」
ジェイムズが微笑みながら言った。
父親はジェイムズに、パトロンマダムたちの機嫌は絶対に損ねてはならないと言っていた。
中でもオサリバン夫人は劇場にも伯爵のビジネスにも、重要人物だと。
「私はジェイムズが入団してくれてうれしいのよ。
しばらく好みのダンサーがいなくてバレエ観るのがつまらなくなってたから。
私好みの美しい男性ダンサーを連れてこないなら
資金提供を打ち切るって劇場支配人と話してたの」 オサリバン夫人はさらっと言ってのけたが、
万が一、オサリバン夫人の資金援助が途絶えたら
劇場は致命的な打撃を受けただろう。
こんな地方都市で多くの団員を有し、
ロンドンにも負けない華やかな舞台セットで古典全幕を上演するには
公的な資金だけではとても成り立たない。
「突然降ってわいたような夢のようなオファーが僕に来たのは
マダム、あなたのおかげです。
僕はアジアでふらふらしていて、復帰を全く考えていなかった。
あなたはダンサーとしての僕を救ってくれた恩人です。
劇場も支えてくださって、どんなに感謝しても感謝しきれない…」
「ふふふ」
キーラ・オサリバン夫人は妖しい笑みを浮かべた。
「今日はゆっくりできるんでしょう…私の王子様」 九条夫妻はイギリス滞在の間、ワイズウェル家で世話になることとなった。
ナオミはゲストルームのバルコニーのソファーに腰掛ける。月夜に白いワンピースが照らされて何とも幻想的だ。
心地良い風にうとうととすると、いつの間にか彼女は眠りに落ちていた。そして夢を見た。雪の国の夢であった。
「女王陛下、ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
雪の王国では盛大に雪の女王の結婚を祝う盛大なパーティーが開かれていた。お菓子の国や色んな国々の客人達が女王に挨拶をしていく。
女王ナオミは客人達に丁寧に挨拶を夫と共に返しながら、にこやかに微笑んだ。
けれど彼女はいつもそばにいた筈の存在を数多の客人達の中から無意識のうちに探していた。もしかしたら彼が、この中にいるのではないか…。
「…」
すると大広間へ入っていく人影をナオミは見つける。大広間の照明に照らされた姿を見たナオミは思わず立ち上がった。
一瞬にして客人達は静まり返り、音楽が止んだ。
白い軍服に白のマント。勝手に国へと帰ってしまったはずの白の騎士の姿が、そこにはあった。
客人達はざわざわし始める。
「…サー・ケイト……」
「陛下、ご結婚おめでとうございます。貴女様と殿下のご結婚を知り故郷よりご挨拶にうかがいました」
「何故……。何故来たのだ。よく私の前に顔を見せられたものだ…」
本当は彼の顔を見られて嬉しかった。だが同時に怒りもこみ上げて、思いとは裏腹に厳しい言葉しか出て来なかった。
女王は騎士に背中を向けて低い声でいった。
「二度と私の前に現れるな…」 城の外ではちらちらと雪が降ってきた。
白い騎士は「私は、どこにいても、どんなときも、あなたの幸せを願っています」
と言ってそこから立ち去ろうとしていた。
この凍てつく国でひとりぼっちで、あなたのことを想っていたのに。
結ばれない恋だとわかっていても。
「病める時も、健やかなる時も、豊かな時も、貧しい時も、
命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「I do…」
誓いのキスを交わす前に、どうしてその前に、
迎えに来てくれなかったのか。
なぜ、そんな平気な顔をして、お祝いの言葉なぞ言えるのか。
あの古い映画のラストシーンのように。
城の窓を激しく叩き、「ナオミー!!!」と声の限りに叫び、
制止する人々を振りほどき、十字架を振りまわして、
ウェディングドレスを着た私の腕をつかんで、
人生丸ごと、私をさらいに来てくれなかったのか…。 いや…彼に全て求めてどうするのだろう? 彼を一方的に責めてどうするのだろう?
私こそどうして彼の腕を掴まなかったのだろう。言い訳ばかりして、親の意向に流されるしかなかった。
ナオミは夢からさめた後、そんなことを思った。夢の中ぐらい、有沢さんと結ばれたっていいのに…と思いながら。
一方で、九条という良い夫の妻になれたに関わらず、今でもケイトを忘れられずにいる自分が怖くもあった。
その頃、ワイズウェル親戚別邸の自室で娘陽七と再会しテレビゲーム『トゥ○ムレイダー5』をしている最中、有沢さんは突然くしゃみをした。
「パパ、だいじょうぶ〜?」
「うん平気。…誰かが僕の噂をしてるのか…?」
と呟きながら、手慣れたコントロールさばきで攻撃を交わし敵を倒す有沢さんであった。 「ジェイムズ、もう読んだかしら。
私が知り合いの記者に頼んで書かせたアメリカの新聞記事。
『北アイルランドのバレエの王子様』」
完璧な容姿、素晴らしいテクニック。
北アイルランドに真のバレエの王子様現れる。
今世界で最も注目されるダンサー。
大きな写真に手放しの讃美の言葉が並ぶのを見て
ジェイムズは不安げな表情になった。
「僕は…そんな世界中で騒がれるほどの実力のあるダンサーじゃない。
自分でもよくわかってるんです。
プリンシパルに抜擢されたのは幸運でしたし、
毎日、精一杯のトレーニングはしていますが。
こんな賛辞が独り歩きしているのは、不安で…」 「ナイーブなのね。私の王子様は」
オサリバン夫人はジェイムズの頬をなでた。
「『長靴をはいた猫』を知ってるでしょ。
シャルル・ペローの童話」
粉ひき職人が亡くなり、三人の息子には遺産が分け与えられたが
三男には猫一匹だけ。
その猫は、貧しい三男を「カラバ侯爵」だと詐称し
さまざまな悪知恵を働かせ王様の取り入り、
農民にも「カラバ侯爵」だとウソを言わせて、三男は最後にはお姫様と結婚する。
「世に出る最初のきっかけは、まやかしでもはったりでもいいのよ。
写真を見て、記事を読んで、
世界中の多くの人があなたが最高のダンサーだと信じる。
人は知名度とともに、素晴らしいと勝手に錯覚する。
世界一、歌の上手い歌手がスターになるわけじゃない。
演技の上手い俳優が売れるわけじゃない。
あなたの美しい容姿に恵まれたサポート、弱気になる必要がどこにあるの」
「はい…マダム…」 『デートをすっぽかされ一人で映画鑑賞。2000ドル払う。』
『おまかせヘアカットに失敗。3000ドル払う。』
上手くいかないことってあるんだよねー。
『消費税アップ!全員10000ドルずつ払う。』
『家族が通販にはまる。30000ドル払う。』
なんだと…。
『超ムズいクイズ大会でIQ300をマーク!45000ドルもらう。』
『ノーベル賞受賞する。80000ドルもらう。』
いいなあ…。俺もそのマス止まりたい。
『マカオの客船を買う。100000ドル払う。』
『ゴッホの絵を買う。200000ドル払う。』
ああう。こんなゴール間近に借金かー! ボーイズと田中さんは人生ゲームをやってみた。
結果は小学生の亮太の大圧勝。
直也拓也兄弟はほどほどで、田中さんはビリだった。
やったーやったー!と喜ぶボーイズ。
「ううう…片付けは君たちやってね!俺は失意のどん底だから!」
いいのだ。いいのだ。大人が負けるくらいでちょうどいいのだ。
これはキッズたちに保険や株とかお金の扱いを教え、
これからの先の大小の幸運と不運に満ちた人生の予行演習、
教育的なゲームなのだから。
しかし、なぜこんなに悔しいのだ!
「キーッ!もう一回っっっ!」
「田中さん、来週のボーイズクラスの後にしてください。
もうスタジオ閉めますよ!」 大金使ってヨーロッパ留学
オーディションにやっとひっかかる
バレエ団で一番になれない
リストラされる
日本に帰国
仕事がない
風俗勤務
梅毒にかかる そうだなあ。人生ゲームにバレエバージョンあれば面白そうだよなぁ。
『コンクールでスカラシップ賞。3000ドルもらう。』
『1〜5が出たら日本コース。6〜9が出たら海外コースに進む。』
『バレエ団のオーディションを受ける。ルーレットを回して給与を決める。』
『ケガをして1回休み。』
『バレエ用品のモデルになる。1000ドルもらう。』
『スキャンダル発覚。30000ドル払う。』
『憧れの白タイツの王子様になって世界で活躍する。200000ドルもらう。』 何のため?
無意味でつまらないこと書き続けてるな
ある意味スゴイ ここ暇つぶしスレだし、本格的な小説書きたかったら別スレ作るか他でやって。 ここは文章崩壊スレだから、本格的な小説ではないからここでもいいかも
だからといって、ジジィ小説をなにもここで書かなくていいじゃん 黒崎バレエアカデミーのボーイズ基礎クラスには
伊皆井(いみない)さんという新たなおじさんが来ていた。
彼の口癖は「こんなの意味ない」「無駄だ」「つまらない」だ。
「この訓練意味ないよね」と言い始めたら止まらない。
「俺、こんなのやっても踊れるようにならないし」
「このクラス、つまんない」
熱心な人を見ると
「よくやるよなあ。おじさんバレエなんか練習したって上手くならないのに意味ない」
「また始まった…」とまわりはうんざりしていた。 無意味と言うのなら時間の無駄だから、他の場所へ行けばいいのに。
自分を楽しませるようなクラスを探せばいいのに。
この広い東京都内にバレエ教室何軒あると思ってるんだろう。
毎回、伊皆井さんがぼやきはじめると、まわりはそう思っているのだが
伊皆井さんは
「意味ない」「つまらない」と言いながら、このクラスに居座っている。 彼は自分の心を言葉で自由に表せない。
思い描いた通りに身体が動かせないのと同じだ。
伊皆井さんの口を通じて出た言葉はことごとく悪口や嫌味、
ネガティブな言葉に変わってしまう。
裏にある俺の気持ちを汲み取れよ、という甘えもあった。
母親はそうしてくれた。
どんなに不機嫌でも「仕事で疲れてるんだね」
暴言履いても「親に甘えてるんだね」と好意的な解釈をしてくれた優しい母親。
残念ながら、世の中の誰も伊皆井さんの母親のようには優しくはなかった。
「俺は孤独なんだよ!他に受け入れてくれるとこなんかない!」
そんな本心さえも
「このクラス無意味!」という言葉に変わってしまっていた。 「何のため?
無意味でつまらないと言うなら
あの人何のためにここに来てるんだろうな?」
みんなは不思議がっていた。 つまんないスレとつまらないユーチューバー
存在意義はあるかしら 「そーよねー。私たちの下手なバレエなんて存在意義なんてないわよねー」
初心者クラスのおばさんたちは自虐的になる人と
「なによ!私たちもお金落としてるから存在意義大ありじゃない!」と
攻撃的になる人とが存在する。
「みなさん哲学的ですね!」とモモ先生は笑った。
趣味なんだから、バレエが好きというだけじゃ足りないのかしら。
世界に存在意義を認められないと、バレエできない。
そんなことはないわよね。
「ここに来る存在意義なんて自分の中にあればじゅうぶんですよ!
それよりもレッスンに励んでくださいね!」 黒崎バレエアカデミーでは新しいクラス編成と担当教師が発表された。
「紗江子先生、結婚して教える曜日を減らすので
とうとう初心者クラスの指導降りるって」
もともと選抜ジュニアクラスを教えていた佐藤紗江子は
高瀬蓮という最高のイケメン素材に目をつけて
無理やり初心者クラスの担当になったいきさつがあった。
高瀬蓮が上のクラスに行き、
10年ぶりに再開した天才肌の若い男性も去り、
もはや紗江子が初心者クラスを教える理由がなくなってしまった。
「そう。私は好きだったけど。ジュニアたちって
こんな風に細かいとこまで指導されてるんだなと思って。
それまでは、ただ楽しく動きましょうっていうクラスだったから」 「蓮くんぐらい素質とやる気と才能、三拍子そろっていたら効果はあるだろうけど!」
「でもあたしたちみたいな凡人に同じように教えたって無駄無駄!」
「そうそう、モモ先生みたいに、優しく楽しく
おだてながら教えてくれなきゃ病むわ!ただの趣味だもの!」
「転勤しちゃった田中さんは、紗江子先生大好きだったよね?」
「田中さんはああ見えて、メンタル最強だったから。
ちょっと、へこんだと見せかけて、何度でも立ち上がってくる人だった」
「あれ、なんて言うんだっけ…そうだわ。おきあがりこぼし。
彼には底には『バレエの王子様になる』という信念の重しが入ってるのよ」 ここのところ一人のオヤジ風俗ネタ満載でバレエからかけ離れてスポーツ新聞の妄想エロコラムみたいで気持ちわるすぎだっつう
の
バレエの物語の酒池肉林とは全く違う下品さ
バレエ素人が考えるとこうもスポニチになるんだね 白王子バレエスタジオの歴史はまだ浅く、設立7年目。
小石川夫妻は、結婚して子供ができたときに所属していた東京のバレエ団をやめて
妻の地元の白王子市に戻ってきた。
夫妻は妻の実家の工務店を手伝いながら
長男が小学校、次男が幼稚園に入るタイミングでバレエ教室を開いた。
プロになるまでお金がかかり
プロになってからも結局親の援助が必要で、
バレエ教室を開いたのも親の土地。
教室が軌道に乗るまで、常に親のお金ありきでバレエを続けていた。
そんな現実の厳しい状況を経験してきただけに
息子たちをプロにしたいとは思っていないようだ。 「オフィスに飾ってあるジオラマ、直也くんの夏休みの自由研究?
想像してたよりも、すごい力作だった」
田中さんは感心して言った。
「うん!レゴの建物に合わせた風景作りたくて、
ジオラマ用の石こうやプランツシートで丘を作って、
ボール紙で柵や斜面に階段も作ったんだ」
直也くん、想像以上に手先の器用な工作ボーイだな!
「弟の拓也くんは何が好きなの?」
「僕は、虫かなあ。昆虫」
こっちは昆虫ボーイか! 「カブトムシとかクワガタでも飼ってるのかな」
小学生に人気の昆虫と言えば、その二つだろう。
「最近飼ってるのはカマキリ。
この前交尾させるのに成功したんだよ!
カマキリって交尾中にメスがオスを頭から食べちゃうんだよね」
「ひえええええ」
「オスを食べるのは栄養取るとか効果があって
相手を食べたメスのほうが生む卵の量が多い」
「うそおおおお」
「カマキリのオスは頭が無くても交尾続けられるんだ」
「いやだあああーこわいいいい」
「昆虫界では人間界の常識が通じないから面白いんだよ!」 二人とも俺のイメージするバレエボーイズと違いすぎるだろ!
バレエ命で、目指せ!ローザンヌ出場!
夜遅くまで練習して、来年は俺だぜ!みたいな。
もう一人、親戚の子の亮太くんと言えば…
「亮太は漢字好きひたすら四文字熟語覚えてるよ」
と拓也が教えてくれる。
「四文字熟語か。一石二鳥とか?」
「そうそう。せいれいかっきん(精励恪勤)とか、なんかいちむ(南柯一夢)とか」
「へ、へえ…そうなんだー」精霊なんとか、とか、南海なんとか…。
と田中さんはわかったふりをしてみたがその漢字が全く思い浮かばなかった。 「女を三人重ねると姦しい(かしましい)になるけど
男を三人重ねるとどう読むか知ってる?」
「うーん、男三人ねえ。『むさくるしい』かな?」
我ながら良い線ついてるのではないか?
「『たばかる』って意味の漢字になるんだよ!人をだますって意味」
亮太はそのあと、嫐(うわなり)、嬲る(なぶる)、娚(めおと)などの
漢字を力説していた。
この子たちバレエはあくまで習い事みたいだけど、
ある日突然バレエに目覚めたりするのだろうか。 「いやーどうかしら…」小石川先生は首をかしげた。
「話を聞くと、バレエ始めた幼稚園のころからダンサーになると心に決めてた人もいるし、
高校でコンクールで1位になった後も迷ってて
大学入ってからプロになるって思い始めたって言う人もいるし。
いつ目覚めるか、目覚めないかは人によるんじゃないかしら…」 「愛先生は発表会でないんですか?」
「完全に裏方に徹するわ!生徒が主役だから!」
40代半ばの小石川夫妻はまだ素晴らしく踊れそうなのに
田中さんは先生たちが発表会で踊らないのか不思議だった。
生徒の良いお手本になるだろうに。
「出ないなんてもったいないなー」
「うち小さい子が多いでしょ。裏ではてんやわんやなのよ!」 田舎の白王子バレエスタジオのボーイズと違い
黒崎バレエアカデミーの選抜クラスに落ちた結城薫くんは
「絶対バレエダンサーになる!」と信じてるのよねえ。
芸術とか才能の世界って残酷よねえ。 ロシアで踊っていた母親は「薫の脚はダンサーには向かない」と断言するけど、
学校の先生はいつも「君たちの可能性は無限大だよ!」と言ってる。
僕はまだ小学4年生。可能性は無限大!
大人になったら世界一のバレエダンサーになるんだ!
言うのは自由。自分の可能性を信じるのも僕の自由だ! 「薫くん、いつも熱心だね」
ボーイズ基礎クラスが始まる2時間前にスタジオに来て自主練をする薫に、諏訪が声をかけた。
「先生、おはようございます!」
「こんな熱心に、薫くんはプロバレエダンサーになりたいのかい?」
そう諏訪にきかれると、薫は少し表情を曇らせる。
「はい、俺はバレエダンサーになりたいです。けれど選抜クラスも落ちたのは男俺一人、母ちゃんからもバレエダンサーはやめとけって毎回言われます…」
「薫くんのお母さんはロシアでプロとしてやってきたから苦労もしてきただろうし心配なんだろう…。
色々厳しい世界だしね。でも、薫くんがバレエダンサーになりたいと思い続ける限り大丈夫だよ」
何があっても諦めなければ手に入る。それ相応の価値がそれにあるなら、薫は夢をつかめる可能性はあるだろう。
思い続ける限りとはそういうことだ。 「そういえば、イギリスの名門バレエ学校から特別講師が来てくれるらしい。ここ黒崎で二週間のワークショップをやってくれるようだ」
「本当ですか? 俺も参加できますよね?」
「勿論だよ。なかなかこうした機会はないから参加した方がいい」
薫のモチベーションは更に高まる。
イギリスか…。俺にバレエの特別レッスンつけてくれた陽七ちゃんの伯父さんもイギリスのプロバレエダンサーだと言ってたよな。
伯父さん凄く綺麗でかっこよかった。俺もいつか海外で活躍するバレエダンサーになるんだ!
もしかしたら、先生から特別にバレエ学校に招待してもらったり…?? ここさ大人バレエ系じゃなかった?ほぼ一人二人の人が書いてるけど崩しすぎ
おじさんが春うったり気持ちわるいし きゅぃーん!
電動式のボードカッターの音が響く。
田中さんは愛先生の実家の工務店の作業場にいた。
「赤ずきんちゃんのときに置く舞台の茂みの舞台セットだよ。
『切り出し』って呼ぶんだ」
パパ先生が切り出したべニア板に
ボーイズたちと一緒に筋交い刷毛で緑のペンキを塗る。
「ありがとう!手伝ってもらったからすぐ終わったよ。
塗料が乾いてから組み立てるから休憩しよう」
「舞台セット手作りとはパパ先生も器用ですね!」
「衣装はほとんど藤原先生のとこから借りるけどね。
愛先生は趣味でティアラや髪飾りも作るよ!」 「昔は男がもっと少なかったから
わりと簡単にバレエ団に入れたものだけどね」
お茶を飲みながら、パパ先生が言うのを聞いて田中さんは驚いた。
えええ!
じゃあ、俺も望めばバレエ団員になれるのではっ?
「僕は工学部だったからエンジニアかダンサーかで迷ってた。
バレエ団に入ったころには全然下手くそで入ってから鍛えられたよ。
先輩男性ダンサーたち完全に体育会系で怖くてね」
とパパ先生が笑う。
じゃあ俺も大丈夫じゃないか!東京に戻ったらバレエ団オーディションだなっ!
と田中さんは夢見たが、
それはこの時点からさらに20年以上前、ザ・昭和の話だ。 「愛先生は違うよ。高校のころに夏期講習へ行って
そこにいる女の子の中で目立って上手かったから
声かけられたんだ」
「そんなことないわよ。タイミングが良かったの」
と愛先生が謙遜する。
「たまたま私と背格好の似たダンサーが多かったり
やめる人が続いて人数が必要だったりね。
ただの田舎の女の子だったのに」
「でもロシア留学帰りの紗江子が入ってきたときは衝撃だった。
たっぱがあって、国内で育ったダンサーと全然違って
すごく斬新に見えた」
「タッパーがある?」
「建端。もとは建築用語らしいけど身長のことよ。最近聞かないわね」 「ワークショップねえ…」
薫の母親は薫が受けたいという黒崎のワークショップのプリントに目を通した。
母親は子供のころから「滅多にいないほどの完璧なバレリーナ体形」
とほめられていたし自分でもそう信じていた。
ロシアの名門バレエ学校に留学するまでは。
「なんで私の顔だけ丸くて大きく見えるのかしら…」
同級生たちと撮った集合写真を見ると毎回そう思った。
それでも脚の形は悪くなくバランス能力は優れていたから
成績順に並ぶクラスのセンターで
最後列の隅っこから徐々に中列へと前のほうに並べるようになった。 薫はそうではない。特に脚の骨格は致命的。
そう言ってもちっとも諦めようとしない
頑固な性格だけ母親に似ている。
「まあいいでしょう…」
子供のころ必死に頑張って夢破れる経験も
大人になってから生きる強さにつながるだろう。
母親は渋い顔をしながら受講申し込み書にサインをした。 ワークショップ当日、薫は緊張した面もちでスタジオに現れた。
スタジオには既に何人かの小学生達がストレッチや準備運動を始めている。薫も入念にストレッチをしたあと、スロープリエやスロータンデュをただひたすらに繰り返した。
アンディオールを意識し内側から外側へ丁寧に。足裏をじっくりと使いながら。
参加者の中には、薫と選抜試験を受けたメンバーの姿もあり、薫の姿を見るなりヒソヒソと話し始めた。 「あいつこの前の試験で男子でただ一人落ちたやつだよね」
「スグルくんの弟だよ。先生に期待されてる上手なスグルくんの」
「うそだー!」
「顔は似てるよ。でも体つきは違うよね。特に脚の線がさ…」
選抜クラスの男子のヒソヒソ声が聞こえる。
このワークショップのクラスはいくつかに分かれていて
中学生以上は先生の推薦が必要なのだが、小学生の基礎クラスは自由参加だ。
とは言ってもそれなりの参加費用がかかるため
内部外部から熱心なボーイズたちが集まっている。
中には一目見ただけで良いダンサーになるだろうと思うような子も混ざっている。
「骨格だけがバレエじゃないからな!俺は諦めない!諦めたら終わりだ!」
薫は心のうちで静かな闘志を燃やしていた。 「田中さん、今日はこれかぶってみて」
と小石川先生から渡されたのは今度の舞台で使用するオオカミのかぶり物。
「ごめんね。田中さん、あんなに悪人顔の練習してたけど
完全に顔が隠れちゃうわね」
オオカミのマスクはすっぽりかぶるタイプで、目しか出ていない。
小石川先生がすまなそうに言った。 「いいえ!顔が見えないのは想定通りです!
仮面の下の表情まで作り込むのが俺のやり方ですから!
ラフィユの雄鶏、コッペリアの甲冑人形、くるみ割りの王子に続いて
かぶり物経験は既に4回目!
視界狭いのも、呼吸がしづらいのも
バッチリ慣れてますからご安心ください!」
なぜか自信満々な態度でオオカミのマスクをつけた田中さん、
相手役の美咲ちゃんは「見せて見せてー」と背伸びしながら
オオカミの顔をペチペチ叩きながら触っていた。 イギリス名門バレエ学校から招かれた特別講師のエヴァ・ロバートという元プリマであった。
数多くの公演で活躍した彼女であったが、引退後はクラシックやコンテンポラリーの振り付け家としても活躍し、教師としてプロアマ問わず多くのダンサーの指導に当たっている。
彼女の指導を受けたダンサーは著しく上達すると言われているが、一方で期待できる生徒でなければ注意さえしてくれないという。