>>146
二元論でも認識論レベルでの対象の側面の意味のものでいいと思います。
やはり存在論的には一元論で考えるのが自然でしょうね。

>結論的にはそれは「無」だと考えます。
その考えでもいいと思いますが、その場合、「無」がなければ「存在」が語りえないように、
「存在」がなければ「無」の概念も語りえないことも考えるだと思います。
「無」にこだわりすぎて、「無」から「存在」が生じるというような考えに
陥らないように気を付けるということです。


>>147
>意識のハードプロブレムは人間の認識能力の限界を超えたもの

意識のハードプロブレムが疑似問題でないとすれば、
個人的にはそう考えるのが自然です。意識問題は科学で扱い切れないと思います。

>意識のハードプロブレムは疑似問題
物心二元論を否定するなら、それも考察する価値はありと思いますね。