西ローマ帝国を語ろう [転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2015/08/28(金) 10:31:39.750
ギボンにもイスラム教成立までの繋ぎ扱い
資料が少ない
華のあるビザンツ帝国のほうが面白い
と苦難だらけの西ローマ帝国を語ろう!


Wikipediaから一覧

395年 - 423年 ホノリウス(西ローマ初代・テオドシウス朝第2代)
423年 - 455年 ウァレンティニアヌス3世(テオドシウス朝最後)
455年 - 455年 ペトロニウス・マクシムス(テオドシウス朝断絶後の初代)
475年 - 476年 ロムルス・アウグストゥルス(最後)
474年 - 480年 ユリウス・ネポス(事実上最後)

121世界@名無史さん2017/09/20(水) 21:39:41.030
エステ家はイギリス王室にも流れてる
元のドイツのハノーバー朝がウルフ=エステ家
1000年ぐらい前にバイエルン貴族のウルフ家の男系が途絶えて
エステ家の男児をむかえてウルフ家の女性相続者との婚姻でなりたったもの

(西)ローマ崩壊後、ヨーロッパ各地のキリスト教教会、特に大きな大主教もしくは司教座は
崩壊していく社会の中でわずかに文明の明かりを灯すものとして存続し、
徐々に世俗領主的な性格も帯びるようになっていった。
そして当時彼らはローマ(教皇)の支配から分離独立しようとする傾向が強かった。
当時のローマ教皇の大きな目標は、ランゴバルドから自らを守ること、および西ヨーロッパ各地の教会に対する支配を回復することだった。
イングランドへの伝導もそのひとつで、中世初期にはイングランドはヨーロッパ伝導の中心地となる。

一方、ローマ教会は東ローマと対立を強めていく。
ローマ・カトリック教会というのは実はなにげにかなり融通が効く面のある(いい加減とも言う)組織だ
それは異民族の海の中で活動する現場の組織だったということから生じたのかもしれない。
東ローマの正教会はそれに較べて教条的だったのだろう。
ランゴバルドの敵はまずなにより東ローマだったが、当時東ローマ主権下だったローマカトリック教会に対しては、
彼らが(当初)アリウス派であったにも関わらず比較的融和的だった。(ので教皇領が残った)

さてローマ教会は東ローマを捨てフランクに接近することになる。

122世界@名無史さん2017/09/20(水) 21:42:35.640
ランゴバルド人からするとローマ教会に比較的融和的だったとはいえ、
ローマ教会にとってはランゴバルドは大きな脅威だった。
しかし彼らが属していた東ローマはイタリアにおいてなんの力もなく、期待もできなかった。
加えて教義的な対立も大きくなっていく。
自らを守るため、出来ればランゴバルドをイタリアから追い出すためにローマ教会はフランクに接近するようになる。

ここでもうひとつの要素。
当時のガリアのキリスト教会はフランクのメロヴィング家と結びつき、ローマ教会の統制を離れていた。
ローマ教会はこれを回復したいという考えも持っていた。
そこでローマ教会はフランクでもメロヴィング家ではなく実権を強めていたカロリング家に接近する。
ピピン3世がメロヴィング家を廃しフランク王となるが、この政変にもローマ教会の力が働いていたと推察される。
彼はランゴバルドと戦い、いわゆるピピンの寄進を行って正式に教会領が成立することになる。
跡を継いだカール大帝はランゴバルドを滅ぼした。
さてローマの人口は10世紀あたりで3万強と言われる
よってこの時期のローマ市は人口1万いくかいかないか程度だったのではないか。
ただし3万の人口の都市というのは中世ヨーロッパではそれなりに大きい。
中世ヨーロッパで最大の都市パリでも時代によるがおおむね10万前後だ。

ローマ帝国は都市文明であり都市に人口が集中していた。
100万と言われたころは、イタリアの人口の3分の1から半分がローマに集中していたと言われる。
中世はこの都市文明がまったく衰退し、農村社会となっていた。
さて中世におけるローマの富の元はなにか。
ローマの農業はすでに共和制自体に競争力をなくし衰退している。
ローマ市は商人が活躍する商業都市でもない。
各地の教会から届く教会収入、また巡礼からの収入、これが中世ローマの財源だった。
つまり中世ローマ市の盛衰はローマ教会の盛衰と共にあった。
そしてローマ教会はカールにローマ皇帝の地位を授ける。
ここにおいて西ローマ帝国は復活し、ローマ教会および西ヨーロッパは東ローマから独立した、
「ヨーロッパ世界」が誕生したとされる。
今のEUもこのカールの帝国を意識している。

123世界@名無史さん2017/09/20(水) 21:53:25.060
モンタネッリの「ローマの歴史」を読んだあとは、同じ訳者の藤沢道郎のイタリアの歴史がオススメ
続編の人物編でかなり面白く、イタリアの歴史が学べる
下手に塩野七美なぞ読まないほうがいい

124世界@名無史さん2017/09/20(水) 22:06:24.860
>>122
>100万と言われたころは、イタリアの人口の3分の1から半分がローマに集中していたと言われる。
こんなこといってる学者は誰もいないと思うが・・・
イタリアの人口の1/3が都市に集中してたという見解はあるが

125世界@名無史さん2017/09/20(水) 23:16:09.620
>>119
人口100万を数えたと言われる最盛期のローマには城壁がなかった
270年に即位したアウレリアヌス帝がローマに城壁を築いた結果
この城壁が人口100万を数えた全市街を囲む事を出来なかったので
城壁外に取り残され市街では危険なのでしだいに住民が去っていき
ローマは100万人都市ではなくなった

126世界@名無史さん2017/09/21(木) 22:29:02.240
10世紀後半で、ローマ市の人口は約五千人程度。

127世界@名無史さん2017/09/29(金) 20:47:35.510
>>126
なぜ教皇の座があるのにそこまで減ったのかローマの人口は
理解に苦しむ

128世界@名無史さん2017/09/29(金) 21:36:31.470
>>127
食い物が食えなきゃ教皇なんてゴミ以下だからでしょ

129世界@名無史さん2017/09/30(土) 02:20:31.220
今のイタリア人ってローマ人とゲルマン人(東ゴート族)の混血?

130世界@名無史さん2017/09/30(土) 20:34:10.750
>>129
ランゴバルト人と南イタリアはギリシア人も混血してる。

131世界@名無史さん2017/10/01(日) 09:41:39.920
>>128
アホか。宗教の中心地だからこそヨーロッパ各地から人が集まる。教皇様様だ。

132世界@名無史さん2017/10/01(日) 11:24:12.850
南欧 :先史→古代 →中世前期→中世中期→中世後期
西北東欧:先史→古代前期→古代後期→中世前期→中世後期
南欧にとっての中世前期は西欧では日本の弥生〜古墳時代にあたるからキリスト教会がどれほど頑迷で反動的でも蛮族に衰退もへったくれもないと思われ

133世界@名無史さん2017/10/01(日) 11:39:07.300
イタリア人ってのは凄いね
一旦ゲルマン、イスラム、ノルマンに文明を破壊し尽くされて国家分裂しても、西欧諸国が台頭するまでは、その分裂国家があらゆる意味で欧州の中心だったのだから西欧人は絶対ヘタリアなんて馬鹿にする事は出来ない
イタリア人なしにアングロサクソンもドイツ人もオランダもパリもウィーンもない ただの蛮族集落

134世界@名無史さん2017/10/01(日) 13:17:01.420
シアグリウスの国が実質的に最後の西ローマ帝国と言えるのでは?

135世界@名無史さん2017/10/01(日) 14:01:06.320
イタリア破壊したのは東ローマだろ
なんでもゲルマンのせいにすんな

136世界@名無史さん2017/10/01(日) 14:03:08.370
いくらゲルマンバカにしたところで
今はゲルマン系国家の方が上だからな
アメリカも流れ流れてゲルマン系だし
人口の半分近くがアングロ・ゲルマン同盟だからな

137世界@名無史さん2017/10/01(日) 14:11:52.580
ローマの方が中東に近くて文明化が先ってだけでゲルマンの方がポテンシャルが高かったんだろう
あんな寒いところで文明作ったんだからたいしたもんだ

138世界@名無史さん2017/10/01(日) 16:19:53.740
今のイタリアてメキシコ並にマフィアが力を握っていると聞いた事があるよ
ナポリとかゴミの山らしい

139世界@名無史さん2017/10/01(日) 16:26:38.190
いやまて!ゲルマン諸国がめちゃくちゃ強くなったのはモンゴル帝国と東ローマ帝国が崩壊したおかげたよ

140世界@名無史さん2017/10/02(月) 22:25:10.310
>>134
ソワソン管区ってロマンを感じる。
本国から切り離されても西ローマの属州としてのポジションを保った。
いつかはローマが盛り返してふたたびひとつになると信じていたのだろう。

141世界@名無史さん2017/10/02(月) 23:22:15.980
シアグリウスは親父が押さえた土地を勝手に世襲してそれまでのやり方で治めてただけで
ローマ帝国の何かの官職を持ってたとかそういう訳ではない
だからこそ「ローマ人の王」と呼ばれていたのだ

142世界@名無史さん2017/10/02(月) 23:34:34.660
>>129
今のフランス人の中にも僅かにフン族の血も流れているってマジか

143世界@名無史さん2017/10/03(火) 17:58:00.720
シアグリウスの支配領域は西ローマ帝国の最後の残存領土だから、西ローマ帝国の欠片とは言える。

144世界@名無史さん2017/10/03(火) 20:55:31.640
ソワソンとローマの間には連絡は保たれていたのだろうか
蛮族うじゃうじゃの敵中を強行突破するのかなあ

145世界@名無史さん2017/10/04(水) 18:37:47.250
シアグリウス一族って、六世紀まで活躍してるんだよね。外交官として。

146世界@名無史さん2017/10/05(木) 20:39:30.840
>シアグリウス一族
なぜ二代目を氏族名にしてしまうのか。
ここはアエギディウス一族と言うべきである。

147世界@名無史さん2017/10/06(金) 07:37:44.080
うざ

148世界@名無史さん2017/10/06(金) 20:48:33.340
シアグリウスは蛮族の時代にもシーザーみたいな服装だったの?

149世界@名無史さん2017/10/06(金) 21:06:38.510
アェギディウスというと聖人の方が有名だからかな
ひょっとして血縁関係があったり

150世界@名無史さん2017/10/07(土) 08:56:10.880
シーザーみたいにゾロッとした布巻きつけたり、スネ丸出しだったりしたの?

151世界@名無史さん2017/10/07(土) 09:15:19.980
>>136
我々が今日持っている人類文化、芸術、科学及び技術の成果は、ほとんどもっぱらアーリア人種が創造したものである。
アーリア人種は人類のプロメテウスであって、その輝く額から、いかなる時代にも、常に天才の精神的な火花が飛び出し、神秘の夜を明るくし、人類をこの地上の生物の支配者とする道を登らせる。

152世界@名無史さん2017/10/07(土) 18:04:15.930
トーガは、5世紀にはほとんど使われていないよ。

153世界@名無史さん2017/10/07(土) 18:05:45.150
そもそも蛮族の時代っていうけど、ほとんどローマ化した連中なんで、服装に差はないよ。

154世界@名無史さん2017/10/07(土) 18:53:47.120
ゲルマン人の女は戦闘時になると胸を露わにしてゲルマン人の男を鼓舞していたといからやはり蛮族だぞ

155世界@名無史さん2017/10/08(日) 01:58:44.980
色仕掛けか?w

156世界@名無史さん2017/10/08(日) 11:43:46.040
ゲルマンの金髪女がそんな恰好したらラテン人が負けてもしょうがない

157世界@名無史さん2017/10/08(日) 12:00:23.470
実際、ムキムキ長身金髪のゲルマン人に犯されてラテン女は悪い気がしなかったはず

158世界@名無史さん2017/10/08(日) 16:16:05.460
いつのゲルマン人知識だよ。古いなぁ。まさかフランク人が、さまざまな民族の集合体ってことも、知らないんじゃねーの。

159世界@名無史さん2017/10/09(月) 01:05:09.770
>>156
戦闘中にフル勃起してしまい戦意喪失!?

160世界@名無史さん2017/10/09(月) 01:50:38.290
チンカス

161世界@名無史さん2017/10/09(月) 22:11:15.310
勝ち戦の最中でさ、いきなり美女が胸を出したら一発出来ると男は思ってしまうよね
背後からグサリと殺されるかもしれないけど

162世界@名無史さん2017/10/09(月) 23:57:21.370
いきりなり敵軍の女が突っ込んで来たら普通は襲ってきたと勘違いして刺殺されるわな
後世の神の視点からならどうとでもいえるけど末端にいる兵士は押してるのか押されてるのかわからんだろ

163世界@名無史さん2017/10/10(火) 01:27:34.650
ローマスレとは関係ないけど
イギリスの諜報機関 ロシアの諜報機関 中国の諜報機関 北朝鮮の諜報機関の中で、どれが一番女スパイが怖いと思う?

164世界@名無史さん2017/10/10(火) 07:29:30.030
ある時などは、すでに敗色濃厚で浮き足立っている兵士たちに対して、女たちが勇敢にも胸をはだけて
「もし負けたらわたしたちは奴隷に売られることになるのよ」
と訴えかけて、戦況を盛り返させたという話があります。
ゲルマンの男たちは自分のことより何より、まず女たちが奴隷にされることを恐れるのです。
http://www.geocities.jp/hgonzaemon/germania.html

165世界@名無史さん2017/10/10(火) 09:21:10.490
>>161
義仲軍の巴御前や山吹御前もやればよかったのにねwもしかしたら鎌倉軍に勝ってた・・なんてことはないんだろうけど

166世界@名無史さん2017/10/10(火) 21:46:07.860
ホモテクバスターズ!

167世界@名無史さん2017/10/10(火) 22:17:32.510
そもそも日本人に乳房に性的なものを見出す感性ってなかったからな
西洋からの輸入品
春画見ても乳房は適当か描かれてなかったり
ジョージ・ポットマンの平成史で言ってたわ

168世界@名無史さん2017/10/10(火) 23:42:38.890
>>164
大分、意訳というか超訳してるな

直訳英訳版のほう見るとニュアンスが違うし原文にないことまで付け加えてる
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.02.0083%3Achapter%3D8

Tradition says that armies already wavering and giving way have been rallied by women who, with earnest entreaties
and bosoms laid bare, have vividly represented the horrors of captivity, which the Germans fear with such extreme dread on behalf of their women,

伝承によれば、軍隊が早速、動揺すると女たは以下の方法をもって盛り返させる。
皆でひたむきに哀願し、そして胸を露わにすることによって、実にまざまざと囚われの身となる恐怖を表現する。

that the strongest tie by which a state can be bound is the being required to give, among the number of hostages, maidens of noble birth.

それ(ゲルマン人)をもっとも強く隷属させた状態にするには、高貴な生まれの未婚の女を人質の中に数の内に入れるように要求することだ。

They even believe that the sex has a certain sanctity and prescience, and they do not despise their counsels, or make light of their answers.

彼らは女にはある種の神通力と予知力があると信じていて、助言を軽んじたり、その(占いの)答えを軽く見たりはしない。

In Vespasian's days we saw Veleda, long regarded by many as a divinity. In former times, too, they venerated Aurinia, and many other women, but not with servile flatteries,
or with sham deification.

ヴェスペシアヌスの時代には、ヴェレダが長い間に渡って神聖とされたのを我々は見た。そして、それ以前には、またアウリニアそして幾人もの女が崇拝されていたが、
これは媚び諂いのため偽って神格化したわけではない。

169世界@名無史さん2017/10/11(水) 09:36:30.410
ビキニで戦う女兵士とか、ゲームでは普通にあるのになwww

170世界@名無史さん2017/10/11(水) 12:52:20.340
つまんね

171世界@名無史さん2017/10/27(金) 08:50:02.780
14世紀ごろの日本の絵、彫刻

「足利尊氏像」は、栃木県立博物館の「中世宇都宮氏」展で29日まで公開中。

http://www.asahi.com/articles/ASK9W3TBGK9WULZU009.html

新たに見つかった「足利尊氏像」
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171026003429_comm.jpg
「絹本著色足利尊氏将軍画像」
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171026003446_comm.jpg
「木造足利尊氏坐像」(大分県安国寺蔵)の頭部
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171026003452_comm.jpg
教科書などでおなじみだった「騎馬武者像」(模本)
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171026003470_comm.jpg
足利尊氏像(栃木県立博物館提供)
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171026003476_comm.jpg
「絹本著色足利尊氏将軍画像」
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171026003456_comm.jpg

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