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海の民の正体について語るスレ [無断転載禁止]©2ch.net
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0001世界@名無史さん
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2016/01/02(土) 15:50:36.760
語りましょう

ちなみに僕はシュメール人の残党ではないかな、と思います
0131世界@名無史さん
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2017/09/02(土) 23:35:09.280
>>130
その文章の6つ上の焼き物と、そのさらに3つ上のワイン差しはどちらも波の文様がある(あと共通して色が赤い)
本当はその土器も中期青銅器時代のもので、フェニキアかどうかはともかく大陸から古い時代に渡ってきた様式じゃないかな
その辺よりももっと下の、後の時代と言われている焼き物のほうがもっと典型的なミケーネ様式じゃないか
0132世界@名無史さん
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2017/09/03(日) 00:00:57.590
ヤペテの子孫はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン(イオニアン、ギリシャ人)、トバル、メセク、テラスであった。

ヤワン(ギリシャ)の子孫はエリシャ(イタリア、シチリア)、タルシシ(スペイン)、
キッテム(キティオン、キプロス)、ロダニム(ドーリア人、ロードス)であった。

ソロモン王が飲むときに用いた器は皆金であった。またレバノンの森の家の器も皆純金であって、
銀のものはなかった。銀はソロモンの世には顧みられなかった。

これは王が海にタルシシの船隊を所有して、ヒラム(ティルスの王)の船隊と一緒に航海させ、タルシシの船隊に
三年に一度、金、銀、象牙、さる、くじゃくを載せてこさせたからである。

このようにソロモン王は富も知恵も、地のすべての王にまさっていた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

元ギリシャの領土が大半フェニキアに奪われソロモン(BC10)の富が増えた事が聖書にも書かれてる
0133世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 01:16:41.530
>>127
そんな孫引きじゃ要領を得ない。これだろ
http://www.sacred-texts.com/cla/hh/hh1000.htm

でもフェニキア人はこそこそ盗んでいっただけで、海戦で勝つわけでもないし、このあと話の中心に来ない
アカイア人のミケーネは滅ぼされるどころか初っ端からフェニキアの姫を逆にさらってレイプしてまだ飽き足りず
ノリノリで小アジアのトロイを滅ぼす侵略者じゃん
どこにフェニキアの覇権があるんだよ
0134世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 14:01:58.610
だからBC1500〜BC7世紀あたりまでだって
新しくなるにつれて覇権が失われて滅ぼされてるのは誰でも知ってる
0135世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 14:03:40.770
しかし植民事業がかなり遅くなったのは、本国の人口が少なすぎたんだろうな
おそらくユダヤ人も動員されたんだろうけど
0136世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 19:05:41.590
BC1300年でもミケーネが乗り込んできたキプロスには
後からちょこんとお邪魔する程度でしかなかったフェニキア
これが最盛期?

一体何を根拠にフェニキア人がユダヤ人を自由に動員できるような立場だったと思ってるんだろう
言語が近ければ何でも言う事聞くとでも思ってんのかよ
0137世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 20:09:01.180
植民が例えば9世紀なら実際実権をにぎったのははるか前になるしかないだろ

実際カルタゴのユダヤ教改宗者などみても、あまりにもその2つが結託しすぎて蜜月すぎるんだよ
フェニキアもユダヤ教徒改宗が多かったし
宗教的におかしいだろ?そんな改宗が受け入れられる宗教じゃない
同族とみなされてたとかなんかそういうのがないと
0138世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 20:35:18.230
おかしくもない
特にユダヤ人自身が生存戦力としてそのほうが有利だと判断した時には改宗を自ら推し進めている
ハスモン朝のヨハネ・ヒルカノス1世はエドムを攻めて強制的にユダヤ教に改宗させている
ゲリジム山を攻めてサマリア人の本拠地を徹底的に破壊したのも、サマリア人をラビ派のユダヤ教に再び合流させるつもりだったらしい
実際に時代を問わず、自分の意思にせよ圧力によるものにせよ、ユダヤ教に改宗するサマリア人はいた
そういうことは特にディアスポラ時代以前にはちょくちょく起こっていた
しかしだからといってバアルを信仰するフェニキア人がそのままでヤーウェを信じるユダヤ人と行動をともにしたわけではないし、
逆も然り
改宗と同盟は全く別の話
0139世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 21:13:06.250
>>136
乗り込んで城塞を日干し煉瓦から強化したのも関係あるかも
むしろ海の民に対抗するためとか
で11世紀には宗教施設を放棄で他にうつる
こんな大々的なことが何もなしに起こるわけがない
例え遷都があっても元の土地には必ず残る人がいる
0140世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 21:18:56.770
>>138
ユダヤ人自身がユダヤ教に異教徒(他民族)を改宗させる(これ自体が聖書に反することだと思うが)
ではなく異教の熱心な信者だったのがそれを捨ててユダヤに改宗
これは起こりにくいし現在ユダヤ人になるにも様々な障壁が用意されてて容易になることはできない
0141世界@名無史さん
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2017/09/04(月) 22:47:58.200
別に改宗は問題ないのでは?w
何か障害あるかあ?

イスラムは何やら改宗すると殺されるようだが。
0142世界@名無史さん
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2017/09/05(火) 12:24:17.310
>>139
障壁をキュクロープス様式に改めることは、ギリシャ本土のミケーネ人も行っている
まるで将来の海の民の襲来を予期していたかのように周到に作られたという
本土を見る限り、海の民は何度かに分かれていた(元寇の防壁のように)と見るか、
あるいは海の民以前にちょくちょく別の海賊が横行し始めていたか(あるいはそれがフェニキア人?)、
と考えられそうだ

しかしキプロスを見ると、ギリシャ・フェニキアの様式混在が見られる南岸ともっと古い出土物を除けば、
前1世紀と前後数百年の全体はミケーネ様式であふれていて、とてもフェニキア海賊の島とは思えない
アカイア人とフェニキア人が平和裏に混在していた島ではないのだろうか

ここで「『暗黒時代』が300年続いてすぐミケーネ様式の陶器が復活するなんておかしいだろ!
暗黒時代なんて無かったんだよ!」というジェームズ説が説得力を帯びてくる
支持するか否かは別として、この時代に言及するウィキペディアの年代は特に英語版では
この説に基いて年代が数百年ずれていることがあるので注意
0143世界@名無史さん
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2017/09/05(火) 17:07:40.960
>>141
ユダヤは宗教民であり民族であるからな
アジア人が「ユダヤ教信じてるからユダヤ人です」なんてなりにくい
エチオピアからユダヤ教徒の集団を受け入れるなんて事件になったが
いざ来てみると黒人で被差別者あつかい
ユダヤ教自体流布して他宗教信徒を改宗させて増やすなど教義にない
それらは普通宗教にあるものだが
0144世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 04:59:23.520
https://en.wikipedia.org/wiki/Bireme
二段櫂船は恐らくフェニキア人の発明、と書かれてる
壁画でもアッシリアに服属したフェニキア人の二段櫂船が最も古い
形状はその後の三段櫂船に同じでさきっぽに衝角をつけるのも同じ
ギリシャがやっとこれを導入したのがBC8世紀
恐らくフェニキアがアッシリアに服属したため独立し海軍を増強した
それ以前は平和的な商船や軍船があっただけ
当然孤立した海上で機動性でまさる櫂船に太刀打ちできるはずがない
0146世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 06:49:03.750
>>143
ユダヤ教における入信は神との契約であり、ユダヤ教の場合それは
契約した預言者かつ族長である者がその子孫まで神に祝福されて神に従うという形式をとる
だから預言者の子孫でなければ入信できないという縛りが生まれたが、戒律というより故事の解釈による慣例にすぎない

しかしモーセが引き連れた群れはエジプトを出た雑多な集団であり血縁関係もなく
セム人であったかどうかも怪しい上に、偶像や邪神を崇拝する者でもあり、新たなる戒律と契約を必要とした
シナイの放浪者たちは内部抗争と粛清によってヤーウェ信仰を核とした特殊な集団になっていく
神話に従ってたとえイスラエルと名乗った所で、類似する他のセム人集団とは相容れない

言語的に同化した時期にも他の北西セム人を安易に容れないようにしてはいるが、
それは単にシナイ時代に生じた苦労を共にした階層の血の序列を守るためだった
実際には教団の拡大、他の地域との抗争、安全を確認しながらのディアスポラなど、必要に応じて入信や強制改宗を行なってきた
ラビ派のユダヤ教は、限られた聖典と儀式だけに頼らず(頼れば入信者に母屋を取られかねない)仲間の範囲を狭める目的も
あったかもしれないが、タルムードがいくら膨大でもそれさえ読めばユダヤ人になれるわけであり、結果的には血族でなくても
ユダヤ人になれる道を拓いてしまったとも言える すなわち民族宗教から世界宗教への変容の道だ
0148世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 16:46:30.100
>>146
聖書ではイスラエルの民族となってる
雑多な民族であったかどうかもあやしい
マネトはそういうふうに書いてるが
実際はヒクソスのみだったんでは?
0149世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 19:58:11.590
>>147
じゃあ外部からの入信を禁じた戒律があるなら挙げてみな
>>148
ヒクソスの件で反論したのは>>146じゃないんだが
それでもなんでもヒクソスだったというのは雑すぎると思う
0151世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 20:26:09.140
ユダヤ人自身が他宗教徒を大量改宗させて〜みたいな一般観念を持ってない
同族同士の結婚だった場合子供はユダヤ人となる
改宗は大々的に規制していないが、聖書、ヘブライ語などの知識が必須
「私はユダヤ教を信じている」と考えただけではユダヤ人ではない
実際現在世界で改宗ユダヤが大規模に行われて認められたりはしてない
0152世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 20:28:43.110
そういう宗教であるのは教義をみれば明らかで
フェニキアが滅んだ時点ではそれが確立されていたのは間違いない
その上でフェニキアやカルタゴにユダヤ人改宗者が多く出ている(キリスト教への配慮も多少あるだろうが)
共に商業に特化した民族性
0153世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 20:53:26.360
>>152
そこはお前の飛躍、思い込み、当てずっぽう
ユダヤ人がディアスポラの最中にフェニキアの諸都市にユダヤ人コミュニティを作っていた事は事実だが
べつに全面的に混じりあったわけではない
それを言うならギリシャ人諸都市にだって同じようなユダヤ人コミュニティがあり、両者はネットワークで結ばれていた
ギリシャ語を母語とするユダヤ人グループは旧約聖書をギリシャ語に翻訳し、これは最初からギリシャ語で書かれた新約聖書、
そしてユダヤ人ネットワークとともにキリスト教の地中海圏布教におおいに役に立った(ネットワークが機能したのは初期のキリスト教において)
0154世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 21:23:04.970
>>153
全面的に混じり合った以前にそれ以前のバアル信仰が消失してるんだよ
その上でユダヤ教徒の増加がある
ギリシャ語圏のユダヤコミュニティか?元はフェニキア人だったほうがすっきりしないか?
ユダヤは貿易民族ではなかった
0155世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 21:32:24.360
しかし繁栄したのにもかかわらずほとんど記録が残ってないのが共通点のフェニキア、ヒクソス
滅ぼされた側に容赦なく扱われたのも共通している
ヒクソスはセム系でユダヤも同じくヒクソス
0156世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/06(水) 21:45:49.670
ファラオのセプトゥアギンタ作成にしても相当の事業だし大金がかかっているのは間違いない
それはエジプト領内に相当数のユダヤ人(ユダヤ教徒)がいたということ
それ以前のイスラエルのあり方では不可能だろう
海洋商業民族でもなかったわけだし
0157世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 22:34:09.680
こいつに何を言っても無駄
時系列順に事象を並べて俯瞰するという高校受験生ですらやってることが丸で出来てない
恐らくはアスぺ
誤読の多さ、思い込みの激しさ、ワーキングメモリーの欠落から知識の体系的な整理が苦手
全部当てはまってる
0158世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 23:05:42.620
何が思い込み?なんか食い違ってる?事実を基準に構築していってるだけだが

https://ja.wikipedia.org/wiki/ディアスポラ
古代地中海世界の諸都市にはユダヤ人共同体が多く存在する。一般的に周辺住民によるイ
スラエル民族への弾圧によって成立したといわれることが多いが、実際には(特にヘレニズム期に)
人間や物資が地中海世界を自由に往来する中で発達した。フェニキアの植民地であったカルタ
ゴは滅亡後、バアル信仰を捨て、ユダヤ教への改宗が進んだ。古代世界最大のユダヤ人コミュ
ニティーはエジプトの大都市アレクサンドリアにあり、ローマ属州時代に存在したものである。ユダ
ヤ人の本国フェニキアでもユダヤ教への改宗は進み、それがキリスト教(正教)普及への流れを
産んだ。




バアル信仰が(ほぼ完全に)ユダヤ教になった
0159世界@名無史さん
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2017/09/06(水) 23:07:44.580
これおかしいな
「カルタゴ人の本国フェニキアでも」だろな
0161世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/07(木) 07:57:27.820
>古代世界最大のユダヤ人コミュニティーはエジプトの大都市アレクサンドリアにあり、ローマ属州時代に存在したものである。
まずこれがダメ。「あり」と「存在した」と2回も存在を意味する動詞があり、連続しているのは変だろう。
たとえば「古代世界最大のユダヤ人コミュニティーはローマ属州時代のエジプトの大都市アレクサンドリアに存在したものである。」
と言えばいいんだが、こいつはこの程度の作文能力もない。素人丸出し。
しかもエジプトってローマの属領じゃなくてローマ皇帝個人の私有地だろ。
形式上、ローマ皇帝をファラオと兼任させるための措置としてそうなったんだが、そんな基礎知識もないのかよ。
直すんなら今のうちだぞ。ここに晒しちゃったし編集履歴も辿れるけどな。
0162世界@名無史さん
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2017/09/07(木) 18:24:15.730
>>156のセプトゥアギンタについてだって、べつにユダヤ人が金を出したとは限らない
(それにユダヤ人の金持ちが金を出したって別に不自然ではない)
当時のファラオ、プトレマイオス2世ピラデルコスがパトロンになったという説もあり、
それは誇張だろうとも言われているが、それほど学問を重視したファラオだった。
彼が学士院と附属図書館に多数の学者文人を招く文化政策を進めた事はよく知られている。
ヘレニズム王朝であるプトレマイオス朝は、ファラオも好奇心旺盛なギリシャ人だから、
異教の学問だから顧みないなんてことはなく、ユダヤ人の古典も研究の対象にしたのだ
そういう学問を重んじる風潮が国にあれば、有力な貴族や大商人だって学術事業に金を出す。

むしろユダヤ人はギリシャ語訳に消極的、あるいは反対だった可能性のほうが高い。
彼らにとってヘブライ語の聖書は絶対的なもので、翻訳などは正確に行うことは不可能であり、やってはならない。
たとえ行なってもそれは「翻訳」ではなく「注釈」であり解説にすぎないのだと。
これはイスラム教徒がコーランの「翻訳」という話題について言っていることだが、ヘブライ語聖書も同じだろう。
ユダヤ人は幼少時からヘブライ語でのみトーラーを暗記させられる。たとえディアスポラの結果母語がイディッシュ語や
ラディーノ語になっていても、原典はあくまでヘブライ語で、ラビの解説は現地語と別になるが、「翻訳」はしない
ギリシャ人(ギリシャ語ユダヤ人ではなく)が「外側」から学術的な目でヘブライ語聖書を見ようとしたからこそ翻訳も可能だったのだろう
0163世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/07(木) 21:21:38.870
>>161
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_the_Jews_in_Carthage
よく知られた事実だぞ
"There is no evidence of Jews in Carthage during the Punic period (before 146 B.C.E.);
それがフェニキア、カルタゴ滅亡の後、ほぼバアル信仰が消えた
代わりに何故かユダヤ人が(殆どいなかったであろう場所にも)出現しだした

>>162
誰もユダヤ人がかかせたとは書いてないが
ファラオにそこまでさせる影響力(人口)があったということ
0164世界@名無史さん
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2017/09/08(金) 00:41:13.650
citation neededとかdubiousとかdiscussのマークが散りばめられた証拠不十分だらけの記事なんか出されてもw
カルタゴの主神はバアル・ハモンであってカナンの神バアルとは別の神だ。混乱を避けるためにバアルとは区別するべきだろう。
その信仰の痕跡が消えたのは、第三次ポエニ戦争の結果だ。
それまで2度のポエニ戦争で、カルタゴはすべての海外領土をローマに奪われ、ハンニバルの反抗さえもむしろローマに脅威視され、
ただ滅ぼすことだけを目的にあらゆる無理難題を押し付けられて一方的に攻撃された。その結末は以下の通り:
>包囲戦の後半には多くのカルタゴ人が餓死した。さらに戦いの最後の6日間には、多くの戦死者が出た。戦後に残されたカルタゴ人の数は5万人で、
>戦前に比べるとわずかな数だったが、全て奴隷として売られることになった。>町は、10日間から17日間ほどで手際よく焼き払われた。
>町の壁や建物、港は完全に破壊され、一説によると周辺の土地は作物が育たぬようにと塩が撒かれたとも言われる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E6%AC%A1%E3%83%9D%E3%82%A8%E3%83%8B%E6%88%A6%E4%BA%89
滅ぼされる前からカルタゴにもユダヤ人はいたが、墓石は他のカルタゴ人と違いフェニキア文字ではなくヘブライ文字ヘブライ語とラテン語で書かれていた
カルタゴの故地にはその後2度にわたってローマ植民都市が作られ、そこにもユダヤ人が住んだ。
カルタゴの徹底的な殲滅はローマで囁かれた例の「カルタゴ人は子供を生贄にする神を崇拝している」という噂のせいでもある。
ローマ人でさえ彼らは死産した子供を捧げたという記録しか残していなかったにも関わらず、またその祭儀だってただの葬式かもしれないというのに
その信仰の内実も知らないままに、いや、だからこそ恐怖をもって根底から滅ぼしたのだ。もしカルタゴ人が多数生き残ってユダヤ人に
なったというなら、ローマ人はそれを隠してローマの残酷な仕打ちを捏造してまで歴史にわざわざ残したことになる。そんな事をしてローマ人と歴史家に何の得がある?
>>163 わかってないな。そもそもユダヤ人がファラオに聖書翻訳をさせる理由がない。むしろユダヤ人は翻訳に反対した可能性のほうが高い。人口と影響力が少ないから妨害に失敗したんだろうw
0165世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 02:31:37.090
>>164
ローマに滅ぼされる前なのにラテン語で墓碑銘書かれてたって?
ありえない話じゃない?
基本的にはそれ以前にはユダヤ人がいた記録はないんだから

>わかってないな。そもそもユダヤ人がファラオに聖書翻訳をさせる理由がない。

だから誰もユダヤ人が翻訳を促したとか金出したとか書いてないだろが
「理由は不明」だが、「ファラオの命令で」それが行われた
ということは「相当数のユダヤ人」がいたことは確実で、
それはイスラエル本国にそれまでいた民族であるだろうか?ということ
0166世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 03:40:14.130
>>165
カルタゴに住んでいたのはカルタゴ人だけだとでも思ってたのか?
そりゃとんでもない誤解だ。少数のユダヤ人はずっといた。だからカルタゴ人と同じ墓地に墓があるんだよ。
もちろん商用で住んだローマ人もいたし、第二次ポエニ戦争以降はローマ駐留軍だっていた。
すでに属州も同然のカルタゴに住むユダヤ商人としてはラテン語なんかいくらでも使うし、ユダヤ人で2言語3言語併用は当たり前だ。
(そんなカルタゴをローマはさらに全滅させたのだが)
ユダヤ人は元々カルタゴ人の宗教を好ましく思うはずもなく、それはお互い様だったと思われる
(ホームのカナンでは隣接する異教徒をエドムの時のように戦争をふっかけて滅ぼしている)、
アウェーのカルタゴでもローマ人にカルタゴ人と間違われないように振る舞ったのだ。
ラテン語の墓銘誌もその一環だよ。言語や人種の上で近いからこそ大いに異なる者たらんとしたのだ。
言語が近いからって戦って負けた相手でもないのにそうそう簡単に同化するかよ。
お前の民族観はいちいち単純すぎるんだよ。
0168世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 03:47:32.590
ラテン語がどうとかじゃなく、カルタゴ滅亡以前にそこにユダヤ人がいた記録ね
その歴史は存在しないって以前読んだから
0169世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 04:03:20.310
>「理由は不明」だが、「ファラオの命令で」それが行われた
>ということは「相当数のユダヤ人」がいたことは確実で、
>それはイスラエル本国にそれまでいた民族であるだろうか?ということ

ああもうグダグダだなw不明と言いながら憶測だらけで話にならない。推測だってそれなりに根拠を示せよ。
むしろファラオの命令だったかどうかはわかっていないんだよ(英語版ウィキ(略のプトレマイオス二世の項目で「それは誇張だろうと」)
ヘブライ語聖書の翻訳とエジプトでのユダヤ人社会の存在は関係ないと言ってもいい。
翻訳にはユダヤ人は少数の学者がいれば十分。それもギリシャ語のできるユダヤ人と、聖書に詳しいラビ的な学識者だ。
そしてファラオなりファラオの学問熱心に触発された貴族や大商人がパトロンになれば、翻訳は始められる。
理由は?純粋な知的好奇心だろう。ファラオだってギリシャ人なんだから当然だ。一つの言語で書かれた大部の歴史書となれば
それだけでユダヤ人でなくたって読みたくなる。ちょうどメソポタミアでずっと孤立して続いてきたエラム語とその記録が新バビロニアの学者たちに重宝されたように。
もちろん実利的な要求もあっただろう。レバントの要地を締めるイスラエルを本拠とするユダヤ人の歴史や考え方を知ることが
オリエントの国家経営にとって有益でないわけがない。たとえエジプトに相当数のユダヤ人がいなかったとしても、だ。

お前の方はどうなんだ?ユダヤ人が聖書をギリシャ語に訳してどんなメリットがあるんだ?ユダヤ人がそこに「いた」ことで翻訳で誰が得するんだ?
ユダヤ人は聖書を読める唯一の民族であることによって周囲の他の北西セム人と差別化を続けてきた民族だぞ?わざわざその内容をヨソに教えるか?
0170世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 04:19:29.290
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&;c=400&m=212006
>さらにフェニキアの植民都市からキリスト教が広がっていく記述もある。
>『カルタゴ』第五章 宗教 P.62
> 「ポエニ人の祭祀がローマの占領下でも存続したということは、ローマ軍の
>侵入を免れたチュニジアややや遠隔地方のどこででも、立証されている。カルタゴの主神たちが、
>ラテン語の呼び名のもとに熱烈な帰依を得たのである。

つまりメルカルトがヘラクレスになってラテン名で拝めとか強要されたのか
ここらの時期にやたらと習合が行われたらしいが
http://historia334.web.fc2.com/history/alexandros/a-3-5.html

> キリスト教が北アフリカに急速に広がったこと、カルタゴの最初の教会がその信仰や殉教者や
>学者によって権威を得たことの理由は、おそらく原住民の心の中に宗教的熱情が残されていたことや、
>ポエニ人の宗教の超越的性質によって説明されよう。二世紀におけるキリスト教の伝播区域は、
>アフリカにおけるポエニ人の植民地の範囲とほぼ一致しているのである。」

本来ポエニ人(カルタゴ人)だったものがまずユダヤ教に改宗し、
それが大衆へ広める、つまり金儲け宗教じゃないと理解してキリスト教化?
0171世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 04:19:56.470
ああ、>>161にあったこれだな
Substantial Jewish settlement is known only from the time of the Roman Empire.
Its existence is shown from inscriptions (mainly on tombstones) and from literary sources,
especially those of the Church Fathers. The majority of Jewish inscriptions from Carthage
(discovered in a cemetery excavated near the city) show that the language of its Jews was Latin,
although a few inscriptions are in Hebrew..."

なんだ、ローマ時代以降だな。でも大事なのはそこよりも、大半のユダヤ墓銘誌がラテン語であり、ヘブライ語は少なかったということ。
ヘブライ語という言語はフェニキア語と兄弟。カルタゴ人は滅ぼされる直前までラテン語なんかじゃなくて
フェニキア語で会話し読み書きしていた。もしカルタゴ遺民がすぐにユダヤ教徒になったというのなら、文字なんか一対一で対応して
1日でマスターできちゃうようなヘブライ語をもっと積極的に書かないわけがない。
これが真性ユダヤ人ならまだわかる。彼らにとって結局大事なのは言語よりも宗教であり、だから他所の土地に住みついてもすぐ言語上は同化する
ということがよく起こっている。旧カルタゴのにわかユダヤ教徒なら、新たな「同胞」に「本物」ぶりを見せるためにもヘブライ語墓銘誌をできるだけ残そうとするはずじゃないか。
0172世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 04:25:32.070
>>170
そこはユダヤ教でクッションを置く理由がなさすぎる。
一度ユダヤ教に浸かってそれを教養として人格を形成した者が
そう簡単に一斉に再改宗するだろうか。
0173世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 04:29:42.080
>>171
その時代はすでにヘブライ(旧約聖書)は理解できなくなってるのは死海文書の注釈がアラム語なのでもわかる
0174世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 04:37:27.600
>>173
ユダヤ人にとってはそうだけれど、カルタゴ人にとっては違うだろって話だよ
もしもこれがお前の考える「にわかユダヤ教徒の元カルタゴ人」だったら
まさかフェニキア語をまんま残すわけにもいかない(ローマ人に破壊される恐れがある)
ラテン語は生活に使っていないし仇敵の言語は使いたくない
だったら今まで話していたフェニキア語に近く、今聖典として読んでいるヘブライ語で残そうってなるはずだろ
注釈書じゃなくて墓銘誌だったら決まり文句の連続でそう難しくもないだろうし
0175世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 04:42:28.020
初期キリスト教ではユダヤの宗教施設でユダヤ教指導者をしたがえてキリストへの祈りをささげた
ある時はキリスト教徒、ある時はユダヤ、
でお金もうけができたのだろうか
0177世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 12:12:35.160
アラム語は陸(オリエント)、フェニキア語は海(地中海)という縄張りで
ともに広域的な商業言語でもあった
どちらも北西セム語でヘブライ語とも近いが
どの言語であるかは見分けがつくようになっている
0178世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 12:14:29.850
>>175
そんな時期のキリスト教はユダヤ教と未分化だから別々に活動するという発想がないだろう
0179世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/08(金) 17:25:52.360
http://hebrewresources.com/images/Ancient_Hebrew.jpg
ヘブライ語とアラム語がほぼ同じ(というか同文字別字体)
方形ヘブライ語がその時期にあったかどうかもわからないのでヘブライ文字=アラム文字
http://www.chikyukotobamura.org/muse/wr_middleeast_12.html
BC5世紀あたりですでにフェニキア文字ではなく
フェニキアも同様だったか、むしろフェニキア人がアラム文字の原型産んだのでは?
0180世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 00:28:43.940
>>169
適当に推測してみた

フェニキアユダヤ「国も滅んだし、後ろ盾もなくなったしフェニキア人というだけで嫌われるからユダヤ教徒になったろ」
フェニキアユダヤ「偶像などただの作り物!拝んでも無駄!神は一人だけ!お前らもみんなユダヤの神を信仰しろ!」

エジプト人「うちの国でお前らのとこの狂信者が暴れてるんだがどうにかしてくれ」

本物ユダヤ「うちはそんな宗教じゃないぞ。みんな改宗させろなんて誰もやってない」

エジプト人「ちょっと詳細送ってくれ」
0181世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 01:08:43.040
そりゃフェニキア文字のほうが原シナイ文字に近くて素朴な形をしているし
より古いのは見りゃわかるが、大事なのはそこじゃない
ヘブライ語はバビロン捕囚後にアラム文字を使うようになり(だから文字が「似ている」のは当然)、
それ以前の古ヘブライ文字の系統はサマリア人だけが使用し保存しているが、大事なのはそこでもない

フェニキア語もアラム語もそしてヘブライ語も、セム語族の北西セム語群(カナン語群)に属し
互いに言語として似ていることは再三出ているが、しかしカルタゴでその滅亡直前まで使われていた文字は、
アラム文字ではなくフェニキア文字だった。この2つの文字は外見上、全く似ていない。
フェニキア文字はギリシャ文字の素ともなり、そのギリシャ文字の初期の形からラテン文字も作られたと考えられているが、
実際にフェニキア文字はラテン文字にも似ているから、カルタゴ滅亡後の墓誌がもしフェニキア語で書かれていたら、
ローマ人が見たら一発でバレるし、墓も掘り起こされて破壊されただろう。
しかしもしヘブライ文字(アラム文字系)を彼らが知っていたら、その習得は難しくない。なにしろ平仮名だけで暮らしていた人が
新しくカタカナを覚えてよその方言とカタカナだけで暮らすようになる、その程度の労力だからだ。フェニキア語とヘブライ語は音素の数が同じ、
簡単に言えば文字の数が同じ。個々の文字の示さんとする発音がぴったり一致する。よく使う語彙や文法的な活用形、派生語を
多少いじることで行き来できる。ローマ市民を装ったラテン語の墓よりも、相手の知らないヘブライ語の墓誌で煙に巻いたほうが安全というものだ。
0182世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 02:15:17.390
>>181
>しかしカルタゴでその滅亡直前まで使われていた文字は、
>アラム文字ではなくフェニキア文字だった。

ソースある?
0183世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 02:15:24.730
>>180
その「フェニキアユダヤ人」というのはカルタゴのフェニキア人であり、正規の手続きも経ずに改宗したニセユダヤ人のことだろ。
台詞を見てもわかるように、なるほど敗戦後の日本人もかくやと思わせる破廉恥ぶりだ。ていうかお前の想像内容がデタラメすぎて人間の気持ちを何とも思っていないのがわかる。
フェニキア人やアラム人から見てユダヤ人とは「得体の知れない怪しげな神をやたら長い呪文で拝むカルト集団」でしかない。教義の内容なんて理解できているわけもない。
同じ奈良・近畿の方言を話していても天理教信者でなければおやさと・おやがみ・ひのきしん・ようきぐらしなんていう宗教用語は正確には把握できないだろう。

第3次ポエニ戦争でカルタゴが跡形もなく消滅させられてから20年も経たない前125年に、
ハスモン朝のヨハネ・ヒルカノス1世はエドムを攻め滅ぼし、住人を強制的にユダヤ教に改宗させている
エール、バアル、Qaus、そしてアシェラートといった諸神を信仰していたエドム人は強制的にユダヤ人にされた。
セレウコス朝に抵抗して大祭司の地位を得てこれを世襲制にしたハスモン家が異例の存在だったとはいえ、
敬虔派に批判されたこの強制改宗も結局取り消しにはされなかった。まだそれがぎりぎり許される時代だったのだとも言える。
このエドム強制改宗は当時の社会ではよく知られ、歴史にもハスモン朝を揺るがした批判材料として残っている。後のハザールの集団改宗だってユダヤ人社会にとっては大事件で、後々語りぐさになった。
どちらもユダヤ集団からラビが送られ、また速攻で血縁関係が結ばれていたらしい。フェニキア人が本当にユダヤ化したのだとすれば、西地中海全域の情勢に影響するわけで、ローマだって穏やかではない。
それなのになぜローマの史家が言及せず、ユダヤ歴史家の記録にも残らず、ファラオもその為の調査の痕跡しか残さず、こんな事件を闇に葬ったのだ?
不自然にもほどがある。
0186世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 02:23:37.340
>>183
エドムもセムだから別にいいんだけどね
やはり同族である必要があるのなら
フェニキアも同じくエジプトに出自を持っていたかそういう伝説が伝わってたか
0188世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 02:49:23.830
>>182
ウィキペディア英語版「フェニキア文字」の項目の注。
Earliest attestation in the Bronze Age collapse period, classical form from about 1050 BC;
gradually died out during the Hellenistic period as its evolved forms replaced it; obsolete
with the destruction of Carthage in 149 BC.
>>183
それ前3世紀って注がついてたろ。何でごまかすんだよ。
それのどこがアラム文字なんだ?フェニキア文字だろ。
>>179の通りなら、前3世紀の時点でもっとアラム文字に似ていないとおかしいだろ。
>>186
後半意味不明。エジプト語はセム語ではないよ。
ハム語という分類もヨーロッパ人が聖書にちなんでつけた名前だけのもので、
アフロ・アジア語族という分類はすでに系統上の近縁関係ではない。
0189世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 02:53:02.330
>>187
「根拠のない嘘」っていうのはずっとここで1人で騒いでる「フェニキア人集団改宗説」だろ?
引き合いに出したエドム強制改宗とハザール集団改宗自体は歴史的事実で、いくらでもソースを出せるよ。
>>183はそれを疑っているだけなんだから、君はその疑いに同意したとしか思えんわな
0191世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 03:28:11.980
>>186
よくはないだろ。言語がセム系でもアラム人やフェニキア人はずっと異教徒であり続けた。
改宗者が受け入れられるのは、婚姻関係でなければ、長い時間をかけてユダヤ教の教えを理解した時だけだ。
すなわちユダヤ教が優れていることを認め、心から喜ぶことができる者でなければならない。強制なんてもってのほか。
だから自らの意志でユダヤ人を選び取ったハザール人は異邦人であっても結局歓迎されたし姻族になった。セムならいいってものではない。
0193世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 19:24:41.260
>>189
フェニキア改宗説は説であって嘘ではないだろ
実際ヨーロッパ、カルタゴなどほとんどそれ以前の歴史でユダヤが知られてない場所で
ユダヤ人がいきなり歴史にあらわれてきた
これは事実な
これを元にそういう説を類推するのは嘘じゃない
0194世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 19:32:41.750
>後のハザールの集団改宗だってユダヤ人社会にとっては大事件で、後々語りぐさになった。
>どちらもユダヤ集団からラビが送られ、また速攻で血縁関係が結ばれていたらしい。

じゃあこれ知らないからソース出せ
ハザールは陰謀論でよく出てくるし調べてるがこれは読んだこと無い
0195世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/09(土) 21:40:01.380
>>194
遺伝子調査の結果を見ると、そういうことになる
ハザールらしき集団の孤立した状況はなく、ラビの家系が熱心に浸透した痕跡がある
エドムに関しては、エドムそのものが埋没して行方不明になったことがその証左
0197世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 00:29:51.680
>>195
だからそれの調査のソース示してくれよ

どこを調査してハザールに家系がまざったのか

消滅したのか証拠とかならないから
正統な歴史でしめせ
0198世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 01:07:16.410
>>196
うわ、ひどいw
他の記事も根拠ない書き換え、無駄な書き加え、用語の混乱などがひどい。なんだこいつ。
あきらかに日本語版をバカペディアにしてる元凶の一人。
以後は相手にしないことにした。感謝する。
0199世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 01:23:21.590
実際フェニキア、カルタゴで行われた事を予想

ティルス陥落ではその主神のメルカルトがヘラクレスにされたのはよく知られる
http://historia334.web.fc2.com/history/alexandros/a-3-5.html

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&;c=400&m=212006
>カルタゴの主神たちが、
>ラテン語の呼び名のもとに熱烈な帰依を得たのである。

つまりメルカルトを拝む時は「ヘラクレス」と呼ぶように
バアルを賛美したければ「ユピテル」の名で拝まなければいけない
なぜならそれらは同じ神だから

キチガイじみているがこれが当時のローマギリシャ人の普通の考え方
当時の中東国家より彼らのほうが倫理的と見られているので恐らく彼らのがむしろ「普通の人間」
ヘロドトスやギリシャの本でも他所の国の神が名前を変えてゼウスやアテナとか呼ばれてる
古代エジプトの最高神アメン神がローマ人によってアモン・ゼウスにされたり
ローマじゃなくてもシュメールのエンキ、イナンナがアッカド人によってエンリル、イシュタルとされた

恐らくマカバイ戦争の元になったゼウスの強要も同じで、ゼウスをただ拝めといったわけじゃなく
「あなた方のヤハウェは我々のゼウスと同じ神だ」というそれ以前の流れの中でやってきたことと同じことをしたんだろう

それが当時の最も平和的な流儀で、それが平和につながると考えられた
現代の普遍的な価値観で見れば異様なことだが、その当時その環境の中で生きてきた人間にはそれが理解できない

戦前の日本の頭のおかしい皇国政策にも通じるキチガイじみた宗教統一が正しいことだと信じて誰も疑わなかった
それが続いてればそのうち、「ゼウスとアフラ・マズダーは同じ神」「ブッダはモーセ、ブラフマンはヤハウェ」「ヤハウェはゼウス」「つまりみんな同じ神」
などとやりだしたに違いない
0200世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 01:35:17.690
ゼウスやユピテル、ギリシャ・ローマならつながりがあるから統合もできるだろうが
これを中東以上に広げると全く正気の沙汰でなくなる
しかし実際カルタゴの主神をラテン語で呼ぶようにされたように
すべてギリシャ、ローマ風にすることを強要されたのだろう
それが当時のもっとも平和的なやり方であり、普通であり、みんなが正しいとするあり方だった
「あなたがたのメルカルトは我々のヘラクレスと同じなので今後ヘラクレスを崇拝しなさい」

で、馬鹿らしくてやってられなくなり、偶像破壊宗教に傾倒した
0201世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 02:34:58.400
多神教同士ならそれは日本で言う「習合」であり、宗教学でいうシンクレティズムとしてよくあること。
国家化される前から民族間闘争の結果として「中東」でも普通に起こってきたことだ。
多神教では人は神に道徳を委ねない。そこでは道徳はあくまで人のものだ。神は神話の世界にあり、神々の間の行動は人間による道徳的な解釈を許さない。
神は人間にあれこれ命令しない。神々は自然界や文明など人を取り巻く世界の「記号」であり、
分担された「役割」の集合体にすぎない。だから民族と言語の融合・共存に伴って容易に同一化し、相互翻訳可能になる。

しかし長い年月の間にYHWHと呼ばれる神が負った性質は
周囲の他の宗教とはまるで違うキャラクターであり、互換が効かなくなっていた。
契約神、特定の部族の守り神、世界の創造主、戒律と道徳と罰の神、そして唯一神。
「中東」なんて雑にまとめるからわからなくなる。
「セム族」だって古代においては多神教徒のほうが多く、神々の相互翻訳と融合は頻繁に起こしていた。
ユダヤ教だって自分たちの宗教の特殊性がまだ十分にわかっていなかったから
やはり違いがわかっていないローマにされたシンクレティズムの措置を拒んだ直後にその怒りをエドムにぶつけて同じ宗教の押しつけを行なった。
なおこの時代、キリスト教やイスラム教のような世界宗教としての一神教はまだ生まれていない(ゾロアスター教もイラン系の民族宗教どまり)
だから多神教徒であるカルタゴの遺民が単に異質で閉鎖的なユダヤ教を新たな選択肢として選ぶなんていう発想自体がありえないのだ
ハザールの集団入信はキリスト教とイスラム教という二者択一の確執から逃れるための方策でもあったから、状況は全く異なる
0202世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 03:01:45.040
>だから多神教徒であるカルタゴの遺民が単に異質で閉鎖的なユダヤ教を新たな選択肢として選ぶなんていう発想自体がありえない

でも実際ユダヤ人がカルタゴに存在した事実がある
カルタゴどころかイベリアやローマにも
ストラボンは至るところにとか書いてるし
だからヨセフスのようにローマに重用されてありえないくらい本国から連れてこられ増加したのか?
じゃあそもそもディアスポラなんてなかったのでは?という陰謀論にもつながる
0203世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 03:14:26.070
ユダヤ教を優れたものとしてカルタゴ遺民が受け入れたのなら、そんな改宗という事実を隠す動機がない。
同じ時代にあった、もっと恥ずべきエドムの改宗(強制改宗はユダヤ教にとって汚点だとハスモン朝で敬虔派は主張した)が歴史に残っているのになぜ隠す。
改宗によってカルタゴ人はバアルの幼児殺しの儀式(とローマ人は噂していた)をやめ、ローマにとって危険で忌むべき存在でもなくなったはずなのに。
0204世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 03:20:42.730
ユダヤ人自身が地中海に進出したらいけないのか?
新天地を求めて移住したことによって人口が増える、それは東方植民によって人口が増えたアシュケナジムにも例がある。
かつて進出が少なかったのは、西地中海がカルタゴのフェニキア人の縄張りだったからだろう。
ユダヤ人のことをよく知っているフェニキア人のこと、ユダヤ人を締め出す方法にも長けていたと見るべきだ。
第二次ポエニ戦争の後にローマによってカルタゴ商人の活躍は事実上なくなったが、ユダヤ人の地中海への進出は
その頃には始まっていたのかもしれない。陰謀論というならポエニ戦争自体が地中海進出を企てるユダヤ人がカルタゴ排除を狙った
策略と考えるくらいのほうが面白い。
0205世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 03:22:22.050
>>201
しかし当時はギリシャ・ローマではむしろ神に関する逸話や神話などはほとんど信じられてはいなかった
当時の哲学者が神話を馬鹿にしたりネタにして笑いをとったりするくらいだから

ソクラテスは弁明の中で無神論者であると糾弾され、それに対して反論、否定してるが
他の著作では明らかに神話の内容を真剣に捉えてない。
他のソフィストも作り話や大昔にあったことを神話化したのだとか冷静にとらえていた

故に当時のギリシャ哲学者、数学者は「宇宙の統一原理としての神」を求めた
神話の神じゃなく想像上のすべての原理である神を求めた

その思想に適合したのが「すべての宗教の統一、習合」
そして「ユダヤ教」
0206世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 03:29:09.480
>>203
カルタゴ人もティルス攻略もそうだが、フェニキア人は皆殺しに近い扱いを受けた
少数のユダヤ人がフェニキア人をかくまってユダヤ人にしたと考えることもできるな
改宗ではなくフェニキア人であったというのが汚点だったのだろう
ギリシャでもローマでも嫌われてたから
0207世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 03:36:22.440
>>205
それも矛盾しない。
多神教文明はすでに宗教をなかば卒業しつつあったのだ。
たとえ形骸化していても、季節の儀式において各神の概念を共有できれば政治的にも活用できる。
哲学者は新たな倫理の神を創造しようとさえした。

古い神話と道徳の神に固執し孤立する一神教世界をよそに。

>その思想に適合したのが「すべての宗教の統一、習合」
>そして「ユダヤ教」

たとえばもしギリシャ系のファラオが道徳神を創造しようとしたのなら、ユダヤ人の歴史を好奇心の対象にし、
参考資料とするために聖書をギリシャ語に翻訳する強い動機が存在したことになるな。
この場合もエジプトにおけるユダヤ系住人の多寡はまったく関係ない。
0208世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 03:44:27.430
>>206
皆殺しに遭ったのなら、なぜ改宗したフェニキア人は多数だったと考えるのだ?
少数の生き残りのごく一部がユダヤ教に改宗し仲間となり、
西地中海の有益な情報を提供してもはや同胞となったユダヤ人を手引きすれば
カルタゴの故地に急にユダヤ人が増える、という状況は生まれるだろう
そのほうが自然だろうに、なぜそう考えないのだろう

あと、まさかとは思うがフェニキア人が500年以上にわたって海賊と奴隷商人ばかりやってたと思ってるんじゃないか?
それでギリシャ・ローマで嫌われていたと。そんなに長い間。その思いつきを元にウィキペディアをどんどん書き換えてるのか。
0209世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 04:02:01.140
>>208
フェニキア人は元は海軍一体の商人だよ
結局それが航海の基本だったということ
ウィキペディアは書いてない
0210世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/10(日) 04:06:15.800
>>207
>この場合もエジプトにおけるユダヤ系住人の多寡はまったく関係ない。

セプトゥアギンタは実際初期キリスト教ユダヤ含めて紀元前のその当時からユダヤ人に読まれてるからな
0211世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/12(火) 07:28:39.070
>>209
海賊対策に自衛が必要だったとしても、それと奴隷商人が一体だったという持説は引っ込めたの?
そこを強調しろよ
ローマがカルタゴを攻撃した理由もそれなんだろ?だったらソースを出せるよな?
>>210
ソースはあるの?出せるよな?
0212世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/12(火) 22:36:16.740
>>211
新約の引用にセプトゥアギンタが用いられるのはよく知られるが
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2002686
西暦前2世紀に生存したユダヤ人アリストブロスは,ヘブライ語の律法の書のある版がギリシャ語
に翻訳され,プトレマイオス・フィラデルフォスの治世中(西暦前285‐246年)に完成したと書いています。

セプトゥアギンタ訳は,イエス・キリストや使徒たちの時代前にも時代中にも,ギリシャ語を話すユダヤ人の間で広く用いられていました。

http://biblehouse.jp/?pid=43966809
アレクサンドリアのフィロンはLXXのテキストを用いて、プラトンなどのギリシア哲学との対話を行いました。
0213世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/12(火) 22:42:54.660
>>211
http://phoenicia.org/puniceconomy.html
The Carthaginians are credited with inventing sale by auction, and they were
famous for it. They even traded with people with whom they had no real contact,
as described by Herodotus of Halicarnassus (about 430 B.C.)

そういうのは俺がいいだしたわけではなく
フェニキア人=ユダヤはよくある陰謀論の一種な
カルタゴなどユダヤが本来いなかった場所にいきなりユダヤ人が多数現れだしたってのもそれの一部
そのフェニキア人を海の民であるとするのも結構ある
0214世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/13(水) 06:14:06.350
>>212
セプトゥアギンタはユダヤ人以外のギリシャ人に広く読まれた。
そしてセプトゥアギンタを実現したのはギリシャ人ではなくプトレマイオスかその周辺の非ユダヤ人だった。
だとすればなぜユダヤ人自身が翻訳しなかったのか?答えは簡単、それはユダヤ人にとっては翻訳がタブーだったからだ。
ユダヤ人がユダヤ人である間は、セプトゥアギンタはただの「解説」であり「注釈」としてしか利用されなかった。
ギリシャ語ユダヤ人は安息日ごとにシナゴーグの礼拝において読むトーラー(パーラーシャー)は
ギリシャ語版ではなく従来のヘブライ語版を唱えたのだ。その後もユダヤ人がどの宗派においてもヘブライ語を捨てなかったことを見れば
そのことは明らかだろう。ギリシャ人の好奇心が結果的にはギリシャ語ユダヤ人の聖典理解を助けたというだけの話。

で、ユダヤ人自身が「翻訳した」という証拠はあるの?

>>213
なんだ、ただの陰謀論か。どうりで矛盾だらけでつまらないと思った。でもお前は明らかにナチズムまがいの人種的偏見を混ぜ込んでるよね。
0215世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/13(水) 16:16:57.630
>>214
じゃあお前死海文書全部翻訳してみろ、といわれてできるか?
ほとんど民衆は生活に追われるだけ
膨大な聖書翻訳など妄想の世界のできごとだ
そもそもヘブライ語聖典すらそんなでまわってなかったし
印刷もない時代、翻訳したとてそれを移し替えるのも全部手作業
王の大事業でないかぎり無理だわ
0216世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/13(水) 16:56:52.660
>>215
そういう問題じゃないんだよ
「聖典だからこそ『翻訳』はしない」
この理屈がわからないうちはお前の言うことは的外れのままだ
そもそもユダヤ人でもない王がなぜ翻訳事業に協力したか?
そうじゃない、ユダヤ人じゃないからこそ翻訳に手を付けることができたのだ
0218世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/14(木) 02:12:39.740
そもそも当時のユダヤはアラム語だけでヘブライは理解できなかった
死海文書もアラム語だらけで基本思想はアラム語で伝えていたことがわかる
アラム語の注釈なしにはヘブライは理解もできなかったのになんで翻訳を禁じる意味があるんだ
0219世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/14(木) 03:30:48.960
「日常言語にアラム語を使っていた」ことは「ヘブライ語を理解できなかった」を意味しない
そんな間違いをしてるからお前はだめなんだよ
0220世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/14(木) 03:32:28.890
「翻訳禁止」というのも大雑把な勘違い。
「解説なら許された」ってずっと言ってるのに無視。
その辺の理屈がなんでわからないのかなあ。
0221世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/14(木) 09:37:51.290
アラム語とヘプライ語とフェニキア語の違いって
大阪弁と京都弁と奈良弁みたいなレベルだろ?

一つできれば慣れの問題で後は全部できる
0222世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/14(木) 09:42:40.020
日常会話でアラム語のユダヤ人≒日常会話で標準語の大阪人

こんなもんだね
0223世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/14(木) 21:46:27.790
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_the_Jews_in_Egypt
As early as the 3rd century BCE, one can speak of a widespread diaspora of Jews in many
Egyptian towns and cities. In Josephus's history, it is claimed that, after the first Ptolemy
took Judea, he led some 120,000 Jewish captives to Egypt from the areas of Judea,
Jerusalem, Samaria, and Mount Gerizim.

ヨセフスによるとBC3世紀にエジプトに広がってローマ時代に12万人が捕虜としてユダヤ王国内から連れてこられたと
つまり数十万のユダヤ教徒がエジプトにいたことは確実か
出自は信用できるか怪しいが相当の人口があったのは確実
なんで影響力ないと考える?
0225世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/16(土) 17:14:19.780
海の民によってアムル人が滅ぼされアラム人が取って代わった
つまりかつてエジプト→カナン(ほぼエジプト文化)→アムル(ハム系?)→シュメール
だった貿易の中継が
エジプト→フェニキア→アラム→アッシリアとなった

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/3010/genei-8.html
……ペルシア側の学者の説では、争いの因をなしたのはフェニキア人であったという。
それによれは、フェニキア人は、いわゆる紅海からこちらの海に渡って来て、現在も彼らの住んで
いる場所(ツロとシドンなど)に定住するや、たちまち遠洋航海にのりだして、エジプトやアッシリア
の貨物を運んでは各地を回ったがアルゴスにも来たという。(ヘロドトス、歴史)
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当時からフェニキア人は紅海周辺にいた人種と自分達を把握していた
つまりセム系
これならユダヤ教を信仰しても問題ない
エドムと同じく同祖の民族であってこの範囲までならハスモン朝のような拡張主義も無意味なことではない
それが聖書が体系化され、よく周知された後に起こった出来事ならなおさら

ポール・ジョンソンのユダヤ人の歴史によるとハスモン朝時代すでにパレスチナに250万人
国外に500万以上のユダヤ人がいたという
改宗ユダヤを含めないとやっぱ不可能だな
0226世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/23(土) 12:03:42.840
証明できる歴史が少ないがやはりフェニキア人しかおらんな

https://en.wikipedia.org/wiki/Bireme
まず軍用船、海賊船の基本となった二段櫂船の発明が恐らくフェニキア人
https://i.pinimg.com/736x/10/32/d4/1032d4ce8a290d39f9ee7101b046169f--barbary-wars-ship-paintings.jpg
これがイスラムでは19世紀まで使われる
先進化した欧米の戦艦にボコボコにされる絵が多くのこってるが
それまで欧州はイスラム海賊に負けっぱなしだった
つまり普遍性のある形態ということ

http://www.travel-to-crete.com/gallery_images/8.jpg
それ以前のクレタ島などに見られる交易船
海の民でエジプトはそんなに被害を受けなかったがギリシャ諸島はほぼ滅亡状態
特にクレタ島などが栄えたが、その繁栄の基本が本土からレヴァント、エジプトまでをつなぐ海上貿易交易の商業にあった
のでこれを潰せば必然的に崩壊する
そして交代して栄えたのがフェニキア

平和的交易用の帆船が沖で孤立する
それを見計らって櫂船で囲い衝角で穴を開けて沈める
積荷を奪って人員を殺す
これで行方不明完全犯罪
それを延々繰り返すだけ
0228世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/24(日) 17:44:47.040
海の民がヨーロッパ人だとかギリシャ人だとかの説でも結局はカナンに定住したのではないかと言われてる
0229世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/25(月) 21:03:26.360
>>27
海賊が盛大に暴れたのなら記録に残るだろうがそれがないし
クレタ島も海の民の時代に滅んでいる
0230世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/25(月) 21:16:12.830
>>65
奴隷階級を支援したらあっさり革命が起きるのかもな
どこの地域も内紛とか言われてるってことは
0231世界@名無史さん
垢版 |
2017/09/25(月) 21:20:30.730
>>90
>そして何より大事なことに、平時からフェニキア人と付き合いがあった、略奪された国の文献は
>どれ一つ取っても敵をフェニキア人とは明言していない

これは重要だな
フェニキア人は商人としても交易を担ってたわけだから海賊なんて思われたら生活できなくなる
遠洋で孤立した商船を襲えば完全犯罪だがそれを徹底したか
略奪は別集団と考えなければいけなくなる
ただしエジプトの海の民は全く違う現象として考えて
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