海の民の正体について語るスレ [無断転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2016/01/02(土) 15:50:36.760
語りましょう

ちなみに僕はシュメール人の残党ではないかな、と思います

185世界@名無史さん2017/09/09(土) 02:19:03.490
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1a/Aedilian_inscription_of_Carthage%2C_detail.jpg
カルタゴの碑文かなにか
この時点でフェニキア文字ではないな

186世界@名無史さん2017/09/09(土) 02:23:37.340
>>183
エドムもセムだから別にいいんだけどね
やはり同族である必要があるのなら
フェニキアも同じくエジプトに出自を持っていたかそういう伝説が伝わってたか

187世界@名無史さん2017/09/09(土) 02:35:30.540
しかしこの人>183 よくこんな根拠のない嘘かけるね

188世界@名無史さん2017/09/09(土) 02:49:23.830
>>182
ウィキペディア英語版「フェニキア文字」の項目の注。
Earliest attestation in the Bronze Age collapse period, classical form from about 1050 BC;
gradually died out during the Hellenistic period as its evolved forms replaced it; obsolete
with the destruction of Carthage in 149 BC.
>>183
それ前3世紀って注がついてたろ。何でごまかすんだよ。
それのどこがアラム文字なんだ?フェニキア文字だろ。
>>179の通りなら、前3世紀の時点でもっとアラム文字に似ていないとおかしいだろ。
>>186
後半意味不明。エジプト語はセム語ではないよ。
ハム語という分類もヨーロッパ人が聖書にちなんでつけた名前だけのもので、
アフロ・アジア語族という分類はすでに系統上の近縁関係ではない。

189世界@名無史さん2017/09/09(土) 02:53:02.330
>>187
「根拠のない嘘」っていうのはずっとここで1人で騒いでる「フェニキア人集団改宗説」だろ?
引き合いに出したエドム強制改宗とハザール集団改宗自体は歴史的事実で、いくらでもソースを出せるよ。
>>183はそれを疑っているだけなんだから、君はその疑いに同意したとしか思えんわな

190世界@名無史さん2017/09/09(土) 03:22:35.950
>>183が疑っているのは「フェニキア人集団改宗説」な
念のため

191世界@名無史さん2017/09/09(土) 03:28:11.980
>>186
よくはないだろ。言語がセム系でもアラム人やフェニキア人はずっと異教徒であり続けた。
改宗者が受け入れられるのは、婚姻関係でなければ、長い時間をかけてユダヤ教の教えを理解した時だけだ。
すなわちユダヤ教が優れていることを認め、心から喜ぶことができる者でなければならない。強制なんてもってのほか。
だから自らの意志でユダヤ人を選び取ったハザール人は異邦人であっても結局歓迎されたし姻族になった。セムならいいってものではない。

192世界@名無史さん2017/09/09(土) 08:59:26.060
>>188のアンカー>>183>>185に訂正。

193世界@名無史さん2017/09/09(土) 19:24:41.260
>>189
フェニキア改宗説は説であって嘘ではないだろ
実際ヨーロッパ、カルタゴなどほとんどそれ以前の歴史でユダヤが知られてない場所で
ユダヤ人がいきなり歴史にあらわれてきた
これは事実な
これを元にそういう説を類推するのは嘘じゃない

194世界@名無史さん2017/09/09(土) 19:32:41.750
>後のハザールの集団改宗だってユダヤ人社会にとっては大事件で、後々語りぐさになった。
>どちらもユダヤ集団からラビが送られ、また速攻で血縁関係が結ばれていたらしい。

じゃあこれ知らないからソース出せ
ハザールは陰謀論でよく出てくるし調べてるがこれは読んだこと無い

195世界@名無史さん2017/09/09(土) 21:40:01.380
>>194
遺伝子調査の結果を見ると、そういうことになる
ハザールらしき集団の孤立した状況はなく、ラビの家系が熱心に浸透した痕跡がある
エドムに関しては、エドムそのものが埋没して行方不明になったことがその証左

196世界@名無史さん2017/09/09(土) 23:26:23.200
>>158
コイツの編集履歴たどってみたけどマジモンの発達障害っぽいな。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/Lenqt&offset=&limit=500&target=Lenqt

知的障害や人格障害に関心を持っているところを見ると、自覚症状はあるんだろ?
早く病院で診てもらいな。

197世界@名無史さん2017/09/10(日) 00:29:51.680
>>195
だからそれの調査のソース示してくれよ

どこを調査してハザールに家系がまざったのか

消滅したのか証拠とかならないから
正統な歴史でしめせ

198世界@名無史さん2017/09/10(日) 01:07:16.410
>>196
うわ、ひどいw
他の記事も根拠ない書き換え、無駄な書き加え、用語の混乱などがひどい。なんだこいつ。
あきらかに日本語版をバカペディアにしてる元凶の一人。
以後は相手にしないことにした。感謝する。

199世界@名無史さん2017/09/10(日) 01:23:21.590
実際フェニキア、カルタゴで行われた事を予想

ティルス陥落ではその主神のメルカルトがヘラクレスにされたのはよく知られる
http://historia334.web.fc2.com/history/alexandros/a-3-5.html

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=212006
>カルタゴの主神たちが、
>ラテン語の呼び名のもとに熱烈な帰依を得たのである。

つまりメルカルトを拝む時は「ヘラクレス」と呼ぶように
バアルを賛美したければ「ユピテル」の名で拝まなければいけない
なぜならそれらは同じ神だから

キチガイじみているがこれが当時のローマギリシャ人の普通の考え方
当時の中東国家より彼らのほうが倫理的と見られているので恐らく彼らのがむしろ「普通の人間」
ヘロドトスやギリシャの本でも他所の国の神が名前を変えてゼウスやアテナとか呼ばれてる
古代エジプトの最高神アメン神がローマ人によってアモン・ゼウスにされたり
ローマじゃなくてもシュメールのエンキ、イナンナがアッカド人によってエンリル、イシュタルとされた

恐らくマカバイ戦争の元になったゼウスの強要も同じで、ゼウスをただ拝めといったわけじゃなく
「あなた方のヤハウェは我々のゼウスと同じ神だ」というそれ以前の流れの中でやってきたことと同じことをしたんだろう

それが当時の最も平和的な流儀で、それが平和につながると考えられた
現代の普遍的な価値観で見れば異様なことだが、その当時その環境の中で生きてきた人間にはそれが理解できない

戦前の日本の頭のおかしい皇国政策にも通じるキチガイじみた宗教統一が正しいことだと信じて誰も疑わなかった
それが続いてればそのうち、「ゼウスとアフラ・マズダーは同じ神」「ブッダはモーセ、ブラフマンはヤハウェ」「ヤハウェはゼウス」「つまりみんな同じ神」
などとやりだしたに違いない

200世界@名無史さん2017/09/10(日) 01:35:17.690
ゼウスやユピテル、ギリシャ・ローマならつながりがあるから統合もできるだろうが
これを中東以上に広げると全く正気の沙汰でなくなる
しかし実際カルタゴの主神をラテン語で呼ぶようにされたように
すべてギリシャ、ローマ風にすることを強要されたのだろう
それが当時のもっとも平和的なやり方であり、普通であり、みんなが正しいとするあり方だった
「あなたがたのメルカルトは我々のヘラクレスと同じなので今後ヘラクレスを崇拝しなさい」

で、馬鹿らしくてやってられなくなり、偶像破壊宗教に傾倒した

201世界@名無史さん2017/09/10(日) 02:34:58.400
多神教同士ならそれは日本で言う「習合」であり、宗教学でいうシンクレティズムとしてよくあること。
国家化される前から民族間闘争の結果として「中東」でも普通に起こってきたことだ。
多神教では人は神に道徳を委ねない。そこでは道徳はあくまで人のものだ。神は神話の世界にあり、神々の間の行動は人間による道徳的な解釈を許さない。
神は人間にあれこれ命令しない。神々は自然界や文明など人を取り巻く世界の「記号」であり、
分担された「役割」の集合体にすぎない。だから民族と言語の融合・共存に伴って容易に同一化し、相互翻訳可能になる。

しかし長い年月の間にYHWHと呼ばれる神が負った性質は
周囲の他の宗教とはまるで違うキャラクターであり、互換が効かなくなっていた。
契約神、特定の部族の守り神、世界の創造主、戒律と道徳と罰の神、そして唯一神。
「中東」なんて雑にまとめるからわからなくなる。
「セム族」だって古代においては多神教徒のほうが多く、神々の相互翻訳と融合は頻繁に起こしていた。
ユダヤ教だって自分たちの宗教の特殊性がまだ十分にわかっていなかったから
やはり違いがわかっていないローマにされたシンクレティズムの措置を拒んだ直後にその怒りをエドムにぶつけて同じ宗教の押しつけを行なった。
なおこの時代、キリスト教やイスラム教のような世界宗教としての一神教はまだ生まれていない(ゾロアスター教もイラン系の民族宗教どまり)
だから多神教徒であるカルタゴの遺民が単に異質で閉鎖的なユダヤ教を新たな選択肢として選ぶなんていう発想自体がありえないのだ
ハザールの集団入信はキリスト教とイスラム教という二者択一の確執から逃れるための方策でもあったから、状況は全く異なる

202世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:01:45.040
>だから多神教徒であるカルタゴの遺民が単に異質で閉鎖的なユダヤ教を新たな選択肢として選ぶなんていう発想自体がありえない

でも実際ユダヤ人がカルタゴに存在した事実がある
カルタゴどころかイベリアやローマにも
ストラボンは至るところにとか書いてるし
だからヨセフスのようにローマに重用されてありえないくらい本国から連れてこられ増加したのか?
じゃあそもそもディアスポラなんてなかったのでは?という陰謀論にもつながる

203世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:14:26.070
ユダヤ教を優れたものとしてカルタゴ遺民が受け入れたのなら、そんな改宗という事実を隠す動機がない。
同じ時代にあった、もっと恥ずべきエドムの改宗(強制改宗はユダヤ教にとって汚点だとハスモン朝で敬虔派は主張した)が歴史に残っているのになぜ隠す。
改宗によってカルタゴ人はバアルの幼児殺しの儀式(とローマ人は噂していた)をやめ、ローマにとって危険で忌むべき存在でもなくなったはずなのに。

204世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:20:42.730
ユダヤ人自身が地中海に進出したらいけないのか?
新天地を求めて移住したことによって人口が増える、それは東方植民によって人口が増えたアシュケナジムにも例がある。
かつて進出が少なかったのは、西地中海がカルタゴのフェニキア人の縄張りだったからだろう。
ユダヤ人のことをよく知っているフェニキア人のこと、ユダヤ人を締め出す方法にも長けていたと見るべきだ。
第二次ポエニ戦争の後にローマによってカルタゴ商人の活躍は事実上なくなったが、ユダヤ人の地中海への進出は
その頃には始まっていたのかもしれない。陰謀論というならポエニ戦争自体が地中海進出を企てるユダヤ人がカルタゴ排除を狙った
策略と考えるくらいのほうが面白い。

205世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:22:22.050
>>201
しかし当時はギリシャ・ローマではむしろ神に関する逸話や神話などはほとんど信じられてはいなかった
当時の哲学者が神話を馬鹿にしたりネタにして笑いをとったりするくらいだから

ソクラテスは弁明の中で無神論者であると糾弾され、それに対して反論、否定してるが
他の著作では明らかに神話の内容を真剣に捉えてない。
他のソフィストも作り話や大昔にあったことを神話化したのだとか冷静にとらえていた

故に当時のギリシャ哲学者、数学者は「宇宙の統一原理としての神」を求めた
神話の神じゃなく想像上のすべての原理である神を求めた

その思想に適合したのが「すべての宗教の統一、習合」
そして「ユダヤ教」

206世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:29:09.480
>>203
カルタゴ人もティルス攻略もそうだが、フェニキア人は皆殺しに近い扱いを受けた
少数のユダヤ人がフェニキア人をかくまってユダヤ人にしたと考えることもできるな
改宗ではなくフェニキア人であったというのが汚点だったのだろう
ギリシャでもローマでも嫌われてたから

207世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:36:22.440
>>205
それも矛盾しない。
多神教文明はすでに宗教をなかば卒業しつつあったのだ。
たとえ形骸化していても、季節の儀式において各神の概念を共有できれば政治的にも活用できる。
哲学者は新たな倫理の神を創造しようとさえした。

古い神話と道徳の神に固執し孤立する一神教世界をよそに。

>その思想に適合したのが「すべての宗教の統一、習合」
>そして「ユダヤ教」

たとえばもしギリシャ系のファラオが道徳神を創造しようとしたのなら、ユダヤ人の歴史を好奇心の対象にし、
参考資料とするために聖書をギリシャ語に翻訳する強い動機が存在したことになるな。
この場合もエジプトにおけるユダヤ系住人の多寡はまったく関係ない。

208世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:44:27.430
>>206
皆殺しに遭ったのなら、なぜ改宗したフェニキア人は多数だったと考えるのだ?
少数の生き残りのごく一部がユダヤ教に改宗し仲間となり、
西地中海の有益な情報を提供してもはや同胞となったユダヤ人を手引きすれば
カルタゴの故地に急にユダヤ人が増える、という状況は生まれるだろう
そのほうが自然だろうに、なぜそう考えないのだろう

あと、まさかとは思うがフェニキア人が500年以上にわたって海賊と奴隷商人ばかりやってたと思ってるんじゃないか?
それでギリシャ・ローマで嫌われていたと。そんなに長い間。その思いつきを元にウィキペディアをどんどん書き換えてるのか。

209世界@名無史さん2017/09/10(日) 04:02:01.140
>>208
フェニキア人は元は海軍一体の商人だよ
結局それが航海の基本だったということ
ウィキペディアは書いてない

210世界@名無史さん2017/09/10(日) 04:06:15.800
>>207
>この場合もエジプトにおけるユダヤ系住人の多寡はまったく関係ない。

セプトゥアギンタは実際初期キリスト教ユダヤ含めて紀元前のその当時からユダヤ人に読まれてるからな

211世界@名無史さん2017/09/12(火) 07:28:39.070
>>209
海賊対策に自衛が必要だったとしても、それと奴隷商人が一体だったという持説は引っ込めたの?
そこを強調しろよ
ローマがカルタゴを攻撃した理由もそれなんだろ?だったらソースを出せるよな?
>>210
ソースはあるの?出せるよな?

212世界@名無史さん2017/09/12(火) 22:36:16.740
>>211
新約の引用にセプトゥアギンタが用いられるのはよく知られるが
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2002686
西暦前2世紀に生存したユダヤ人アリストブロスは,ヘブライ語の律法の書のある版がギリシャ語
に翻訳され,プトレマイオス・フィラデルフォスの治世中(西暦前285‐246年)に完成したと書いています。

セプトゥアギンタ訳は,イエス・キリストや使徒たちの時代前にも時代中にも,ギリシャ語を話すユダヤ人の間で広く用いられていました。

http://biblehouse.jp/?pid=43966809
アレクサンドリアのフィロンはLXXのテキストを用いて、プラトンなどのギリシア哲学との対話を行いました。

213世界@名無史さん2017/09/12(火) 22:42:54.660
>>211
http://phoenicia.org/puniceconomy.html
The Carthaginians are credited with inventing sale by auction, and they were
famous for it. They even traded with people with whom they had no real contact,
as described by Herodotus of Halicarnassus (about 430 B.C.)

そういうのは俺がいいだしたわけではなく
フェニキア人=ユダヤはよくある陰謀論の一種な
カルタゴなどユダヤが本来いなかった場所にいきなりユダヤ人が多数現れだしたってのもそれの一部
そのフェニキア人を海の民であるとするのも結構ある

214世界@名無史さん2017/09/13(水) 06:14:06.350
>>212
セプトゥアギンタはユダヤ人以外のギリシャ人に広く読まれた。
そしてセプトゥアギンタを実現したのはギリシャ人ではなくプトレマイオスかその周辺の非ユダヤ人だった。
だとすればなぜユダヤ人自身が翻訳しなかったのか?答えは簡単、それはユダヤ人にとっては翻訳がタブーだったからだ。
ユダヤ人がユダヤ人である間は、セプトゥアギンタはただの「解説」であり「注釈」としてしか利用されなかった。
ギリシャ語ユダヤ人は安息日ごとにシナゴーグの礼拝において読むトーラー(パーラーシャー)は
ギリシャ語版ではなく従来のヘブライ語版を唱えたのだ。その後もユダヤ人がどの宗派においてもヘブライ語を捨てなかったことを見れば
そのことは明らかだろう。ギリシャ人の好奇心が結果的にはギリシャ語ユダヤ人の聖典理解を助けたというだけの話。

で、ユダヤ人自身が「翻訳した」という証拠はあるの?

>>213
なんだ、ただの陰謀論か。どうりで矛盾だらけでつまらないと思った。でもお前は明らかにナチズムまがいの人種的偏見を混ぜ込んでるよね。

215世界@名無史さん2017/09/13(水) 16:16:57.630
>>214
じゃあお前死海文書全部翻訳してみろ、といわれてできるか?
ほとんど民衆は生活に追われるだけ
膨大な聖書翻訳など妄想の世界のできごとだ
そもそもヘブライ語聖典すらそんなでまわってなかったし
印刷もない時代、翻訳したとてそれを移し替えるのも全部手作業
王の大事業でないかぎり無理だわ

216世界@名無史さん2017/09/13(水) 16:56:52.660
>>215
そういう問題じゃないんだよ
「聖典だからこそ『翻訳』はしない」
この理屈がわからないうちはお前の言うことは的外れのままだ
そもそもユダヤ人でもない王がなぜ翻訳事業に協力したか?
そうじゃない、ユダヤ人じゃないからこそ翻訳に手を付けることができたのだ

217世界@名無史さん2017/09/14(木) 02:10:16.020
翻訳禁止ならラビ派遣も拒否るだろ

218世界@名無史さん2017/09/14(木) 02:12:39.740
そもそも当時のユダヤはアラム語だけでヘブライは理解できなかった
死海文書もアラム語だらけで基本思想はアラム語で伝えていたことがわかる
アラム語の注釈なしにはヘブライは理解もできなかったのになんで翻訳を禁じる意味があるんだ

219世界@名無史さん2017/09/14(木) 03:30:48.960
「日常言語にアラム語を使っていた」ことは「ヘブライ語を理解できなかった」を意味しない
そんな間違いをしてるからお前はだめなんだよ

220世界@名無史さん2017/09/14(木) 03:32:28.890
「翻訳禁止」というのも大雑把な勘違い。
「解説なら許された」ってずっと言ってるのに無視。
その辺の理屈がなんでわからないのかなあ。

221世界@名無史さん2017/09/14(木) 09:37:51.290
アラム語とヘプライ語とフェニキア語の違いって
大阪弁と京都弁と奈良弁みたいなレベルだろ?

一つできれば慣れの問題で後は全部できる

222世界@名無史さん2017/09/14(木) 09:42:40.020
日常会話でアラム語のユダヤ人≒日常会話で標準語の大阪人

こんなもんだね

223世界@名無史さん2017/09/14(木) 21:46:27.790
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_the_Jews_in_Egypt
As early as the 3rd century BCE, one can speak of a widespread diaspora of Jews in many
Egyptian towns and cities. In Josephus's history, it is claimed that, after the first Ptolemy
took Judea, he led some 120,000 Jewish captives to Egypt from the areas of Judea,
Jerusalem, Samaria, and Mount Gerizim.

ヨセフスによるとBC3世紀にエジプトに広がってローマ時代に12万人が捕虜としてユダヤ王国内から連れてこられたと
つまり数十万のユダヤ教徒がエジプトにいたことは確実か
出自は信用できるか怪しいが相当の人口があったのは確実
なんで影響力ないと考える?

224世界@名無史さん2017/09/14(木) 21:58:42.570
>>220
翻訳がタブーならなんでラビを派遣して翻訳させるんだよ

225世界@名無史さん2017/09/16(土) 17:14:19.780
海の民によってアムル人が滅ぼされアラム人が取って代わった
つまりかつてエジプト→カナン(ほぼエジプト文化)→アムル(ハム系?)→シュメール
だった貿易の中継が
エジプト→フェニキア→アラム→アッシリアとなった

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/3010/genei-8.html
……ペルシア側の学者の説では、争いの因をなしたのはフェニキア人であったという。
それによれは、フェニキア人は、いわゆる紅海からこちらの海に渡って来て、現在も彼らの住んで
いる場所(ツロとシドンなど)に定住するや、たちまち遠洋航海にのりだして、エジプトやアッシリア
の貨物を運んでは各地を回ったがアルゴスにも来たという。(ヘロドトス、歴史)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当時からフェニキア人は紅海周辺にいた人種と自分達を把握していた
つまりセム系
これならユダヤ教を信仰しても問題ない
エドムと同じく同祖の民族であってこの範囲までならハスモン朝のような拡張主義も無意味なことではない
それが聖書が体系化され、よく周知された後に起こった出来事ならなおさら

ポール・ジョンソンのユダヤ人の歴史によるとハスモン朝時代すでにパレスチナに250万人
国外に500万以上のユダヤ人がいたという
改宗ユダヤを含めないとやっぱ不可能だな

226世界@名無史さん2017/09/23(土) 12:03:42.840
証明できる歴史が少ないがやはりフェニキア人しかおらんな

https://en.wikipedia.org/wiki/Bireme
まず軍用船、海賊船の基本となった二段櫂船の発明が恐らくフェニキア人
https://i.pinimg.com/736x/10/32/d4/1032d4ce8a290d39f9ee7101b046169f--barbary-wars-ship-paintings.jpg
これがイスラムでは19世紀まで使われる
先進化した欧米の戦艦にボコボコにされる絵が多くのこってるが
それまで欧州はイスラム海賊に負けっぱなしだった
つまり普遍性のある形態ということ

http://www.travel-to-crete.com/gallery_images/8.jpg
それ以前のクレタ島などに見られる交易船
海の民でエジプトはそんなに被害を受けなかったがギリシャ諸島はほぼ滅亡状態
特にクレタ島などが栄えたが、その繁栄の基本が本土からレヴァント、エジプトまでをつなぐ海上貿易交易の商業にあった
のでこれを潰せば必然的に崩壊する
そして交代して栄えたのがフェニキア

平和的交易用の帆船が沖で孤立する
それを見計らって櫂船で囲い衝角で穴を開けて沈める
積荷を奪って人員を殺す
これで行方不明完全犯罪
それを延々繰り返すだけ

227世界@名無史さん2017/09/23(土) 15:52:58.500
海の民って国家を作ろうとはしなかったの?

228世界@名無史さん2017/09/24(日) 17:44:47.040
海の民がヨーロッパ人だとかギリシャ人だとかの説でも結局はカナンに定住したのではないかと言われてる

229世界@名無史さん2017/09/25(月) 21:03:26.360
>>27
海賊が盛大に暴れたのなら記録に残るだろうがそれがないし
クレタ島も海の民の時代に滅んでいる

230世界@名無史さん2017/09/25(月) 21:16:12.830
>>65
奴隷階級を支援したらあっさり革命が起きるのかもな
どこの地域も内紛とか言われてるってことは

231世界@名無史さん2017/09/25(月) 21:20:30.730
>>90
>そして何より大事なことに、平時からフェニキア人と付き合いがあった、略奪された国の文献は
>どれ一つ取っても敵をフェニキア人とは明言していない

これは重要だな
フェニキア人は商人としても交易を担ってたわけだから海賊なんて思われたら生活できなくなる
遠洋で孤立した商船を襲えば完全犯罪だがそれを徹底したか
略奪は別集団と考えなければいけなくなる
ただしエジプトの海の民は全く違う現象として考えて

232世界@名無史さん2017/09/25(月) 23:29:58.220
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2011444
http://d.hatena.ne.jp/nikubeta/20130320/p1
アブラハムがラクダを使っていたというがこの時代にはらくだが家畜化されていたという証拠はないという

https://ja.wikipedia.org/wiki/アラム人
>ラクダを用いてシリア砂漠などを舞台に隊商貿易を行った。

ラクダを使い始めたのはアラム人とされている(現在)
つまりセム系、アラビア半島系の習慣であった

ヒクソス滅亡時期にカナンが別民族に乗っ取られて全く違う文明になったのは確実か
それがフェニキア人などの紅海周辺からやってきた民族と元ヒクソス
何故かそれと共に台頭してきたのがアラム人
元々いたアムル人は隊商貿易の民族ではなかった、彼らはハム系でつまりエジプト系だった
国家を持たない遊牧や隊商の人々が強大だったアムルを滅ぼせるわけがない
フェニキア、イスラエル、アラムというセム人のカナン乗っ取り
これらはつながっている

233世界@名無史さん2017/09/25(月) 23:35:46.430
古代バビロニアで大量のユダヤ人がいたのはよく知られるが
これもセム系であるアラム人の一斉改宗と考えたほうがしっくりくる
下層階級の捕囚民であったのに数を増やすなど不可能だろう

234世界@名無史さん2017/09/27(水) 00:48:22.750
>>96
どの本でもネットでもカナン人があやふやなままで説を展開してる
旧約聖書ではカナン人はエジプト系でセムに奴隷にされるための存在
しかしエジプトでは新王国時代からそこに住んでいる敵国民族っぽいあつかいに代わる
本来は同盟国民族をカナン人と呼称していたのに同じカナン人を敵民族にもあてている
BC15世紀以前はカナンは間違いなくエジプトと同じ習俗だった

235世界@名無史さん2017/10/06(金) 22:10:00.670
>>111
>「フェニキアだけが繁栄」というが、滅んだのはヒッタイトだけで、エジプトはテーベに押され一時的な衰退、ミタンニとカッシートは遅れて滅亡、アッシリアとエラムは健在だ

エジプトはシドンを失い、メソポタミアから地中海までの交易ルート、利権を失い
さらにペリシテ人のアシュケロンも滅ぼされてる(これもエジプトに近い)
シドンはその後フェニキアが領有
ヒッタイトが滅びクレタ島、キプロスでも文化の連続性が消え、何も残らなくなった
ギリシャ本土は無関係か?国力がなくなった所を他民族に押されただけか

そして何故か無傷でありしかも多大な利益を得てるのがフェニキア、アラム、イスラエルなどのカナン地方のセム人
それらがアッシリアに屈して(BC8世紀)その直後ギリシャ諸島が(何故か)復活
海軍、フェニキアと同じ海賊船を作り出し、フェニキア文字を使いだし、フェニキアの交易ルートを奪い
フェニキアと同じようにアフリカなどに領土を広げだした

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