最近知ってびっくりしたこと@世界史板 その22
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20秒早い発車「謝罪」 「大げさな謝罪」で宣伝になったと絶賛の声がとどろく 向こうでは面白ニュースとして報道されたようだが、実際日本人にとってもチとやりすぎの面白ニュースではある。 問題は日本人基準ではやりすぎではあるが、まぁありえるなという感覚。 これは世界的には異常ではある。 時間に遅れまいと焦って、マンションに激突されても困るしな。 クイズ番組の即答問題で20秒もあれば何問も答えられるもんな 「つくばエクスプレス」だから、外国人観光客向けの宣伝だよね 2分をくれたら社長は首 20分遅れたら廃止 200分遅れたら総理大臣の謝罪 2000分遅れたら天皇の退位 TXは自分も,時々利用しますけど 平日夕方の混雑が,もう半端じゃなくて 埼玉に突入するまで,満員状態w つくばの話 あれ会社の話だと早く出たので乗れなくなる客もいるかも知れんから謝罪ということみたい 遅れた場合は30分で謝罪らしい。10分くらい遅れても謝罪はしないんだからこの辺はまぁ最初のイメージと違う モンスタークレーマー「20秒遅延で謝罪と賠償を請求できる」 秒刻みのダイヤに外人は驚くけど、同時に呆れてる。 「それ、必要か?」って。 仮想外人に人形話法、イタコ風説ときたもんだ 見えない外人に右往左往するのは 条約改正のために列強の顔色をうかがっていた鹿鳴館時代の名残り 日本病だね 売国ケンモメンこそが架空ジャップでお人形遊びしてんだよなあ(正論) 架空ジャップで遊ぶやつと仮想外人で遊ぶやつって同類だろ 対立させるとか意味不明 http://mainichi.jp/articles/20171117/k00/00m/030/121000c 中国・上海で1988年3月24日、高知学芸高校の修学旅行生ら29人が死亡した事故 原因は信号見落としだけでなく対向列車がダイヤより2分早く出発するミスも ロケット発射は数秒狂うと失敗なんでしょ 遅延や早発で謝るくらいなら超過密状態について謝り続けろや ペンシルベニアで 世界で初めて,石油が開発された事 文豪トルストイの死の間際、彼が泊ってた駅長さん家に多くの報道陣が詰めかけてたこと。 映画で知るまでは人知れずひっそりと亡くなったのかと思ってました(恥ずかしながら) 牟田口は失敗したインパール占領したが それより200年以上前に 日本軍と同じ進路を通ったアラウンパヤーはインパール占領と敵の殲滅に成功していること 獅子心王リチャード1世の母親・ダキテーヌの若い頃の肖像画がめっちゃ美人なこと あの左手を軽く挙げてる肖像画はAKB系のアイドルっぽいわ 大日本帝国の最後の陸軍大臣は、敗戦後に任命されていたこと。 最近ではなくはじめて知った時びっくりしたことですが ポーランドがかつて強国だったこと 男子トイレ・浴場盗撮は、割とけっこうある 女と違って、全く無警戒だから、見つからず、あまりニュースになってないだけ 「でも、そんなもん撮ってどうするんだ?」と思うかも知れんけど、 普通に海外のゲイ専門の盗撮サイトに売られてるよ 「ゲイ専門の盗撮って・・・、そんなの需要あるの?」とも思うかも知れんけど、 むしろ、今の時代、動画を売ろうと思ったら、そういうニッチな分野を攻めないといけないくらい もうネットでは無修正でマンコにチンポ突っ込んでる動画なんか溢れるから、皆見飽きてるんだよ サイトでは、「短小」「形が良い」「細い」とか色々品評されてるよ >>87 映画「冬のライオン」においてダキテーヌ役の俳優とその夫・ヘンリー2世役の俳優は 親子ほど年が離れていたこと(前者のほうが年上) 第二次の雑魚さと黄金の自由の糞さがあるけどフサリアは当時最強騎兵だったんだよなぁ >>95 意外な強国だと他にはアフガニスタンやブルガリアとか そういう話だとハンガリーは強兵を誇ってるが日本人にはマイナーだろうな。 >>101 アフガニスタンにソ連が侵攻したときには アフガニスタンなんかすぐ制圧されると思われてたね 当時のそういう論調は今もありありと覚えてる 曰く「砂漠でハゲ山ばかりのベトナムと違って ゲリラが身を隠せるジャングルなどないからベトナムのようには行かない」 とか 私はベトナム戦争をリアルタイムで詳しく知ってるほどの歳ではないけど たぶんそのベトナムだって米軍が本格介入した頃には まさかゲリラが米軍を追い出すなんて思われてなかっただろうし なんか途中の文章が変だったので訂正 曰く「砂漠でハゲ山ばかりのアフガニスタンは ベトナムと違ってゲリラが身を隠せるジャングルなどないからベトナムのようには行かない」 とか >>103 こういうおっさんの話はリアルで面白い ワイは山下の無念の涙でしかしらんからな。 ジンバブエのムガベ政権が崩壊してた事 ムガベ死後も体制は維持されるかと思ってたけど、彼が健在なうちに 崩壊するとは思わなかった とはいいつつ後継がムガベ以上の暴君になったりして・・ 第一世界大戦 西部戦線で一番強いといわれたのがオーストラリア軍 崩壊前のロシア帝国軍で一番強いといわれたのは ラトビア人兵士だという事 ハプスブルク家の末裔がF3のレーシングドライバーやってる事 しかもなかなかの腕前で、先日のマカオGPも優勝一歩手前だった 近い将来、F1に進むのだろう >>110 西部戦線にも参戦してたのかぁ ボコボコにされてる記憶しかなかった オーストラリア軍は 二次大戦でも朝鮮戦争でもベトナム戦争でも強かったからそりゃそうだろう エムデンを撃沈したのもオーストラリア軍 イムシヤラーって掛け声で有名なアンザック軍か あとカナダ軍も西部戦線では強かったんだって? 第二次大戦後の南アでアフリカーナの民族主義者が主導する国民党政権 が樹立されたものの、イギリス連邦からの離脱はそれよりずっと後(1961年) だったこと。 その間国連軍の一員として朝鮮戦争にも参加してたそうで >>112 お前意図的にオーストリーと間違ってるだろ >>110 一番強い云々はおいといて第一次大戦時のオーストラリア軍というとガリポリのイメージが 強かったんですが西部戦線にもまわされてたんですね。 www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/bun45dict/dict-html/01159_theAustralianImperialForcesAIF.html パプア戦線でワイらのじいちゃんを機関銃で立ち木ごとなぎ倒してたんもオーストラリアだな あの辺は日本軍の補給のまずさがあって相手が強かったのか良くわかんない 捕虜となったパーシバル将軍やウェインライト将軍が満州に収容されていたこと。 満州は当時の日本の勢力範囲内だから別におかしくもないよなとは思いつつ・・ 大昔、学校の授業で知った時にびっくりしたこと マッカーサーの解任をもってGHQが解体されたのではなかったこと。 マッカーサーの後任としてGHQ総司令官に就任した人物がいたこと。 恥ずかしながら(汗) >>120 >マッカーサーの後任としてGHQ総司令官に就任した人物がいたこと。 この人か ttp://www.c20.jp/p/ridgwa_m.html >>111 だって独眼竜の子孫が漫才師やってるんだぜ.... https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E9%81%94%E3%81%BF%E3%81%8D%E3%81%8A >なお、江戸時代にみきおの先祖の一人である大條道英が政宗の九男である伊達宗実を先祖とする亘理伊達氏と政宗の四男である伊達宗泰を先祖とする岩出山伊達氏の双方の血を引く伊達村好の娘を正室にしているので、傍流ではあるがみきおも政宗の子孫と言うことになる[34]。 父方の曽祖父さんの曽祖母さんが正宗の玄孫のひ孫 朝鮮戦争の猛将リッジウェイ将軍がGHQの2代目司令官だったのか!知らなかったよ。 張作霖爆殺事件 張は現場で即死しておらず、自分の官邸に運ばれたのち息を引き取っていたこと。 チンギスハーンは金の衛紹王を暗愚だと馬鹿にした。しかし歴史は皮肉である。 金の宣宗はチンギスハーンとの講和の条件として従妹の岐国公主哈敦を嫁がせた。岐国公主はモンゴルで公主皇后と大切に扱われた。 この岐国公主、チンギスハーンが馬鹿にした衛紹王の娘なのである。あの衛紹王が自分の舅になったと知ったチンギスハーンはさすがに苦笑いしたとか。 >>122 4000石の家の嫡流とはスゲーな そして流石伊達家。傍流家臣が大身 >>128 そりゃすごいな 嫡流は30万人くらいいるのでその一人か >>129 いねーよwww 陸奥国亘理坂本城4000石の領主の嫡出なんだろ。 小藩なら家老クラス、旗本なら奉行を狙える大身だけど、 仙台藩は大身の家来が多いから目立たないってだけで。 仙台藩というと真田幸村の次男の家系は300石だっけ >>129 子孫がいっぱいということで 17C後半に南アへ移住したドイツ人Botha(元はBoth)さん、 300年くらい後は8万人(!)近くもの子孫がいることにビビった。 ttps://www.stamouers.com/stamouers/surnames-n-to-q/381-otto ttps://blignaut.co.za/getperson.php?personID=I3018&tree=bli01 Bo!aとかいうコイサン系の姓かと思ってた さすがに母系では紛れ込めても、コイサンが父系で南アの白人社会に溶け込むのは難しいか >>131 幕府の監視が厳しい中で、敵将の子を高給で雇うのはヤバくなかったのか? >>134 幕府からの追及もありましたけどなんとか乗り切ったようです ttps://sanadada.com/315/ 自分の乗った列車が爆破された後の張作霖だけど、彼が運びこまれた のは官邸内にある『第五夫人』の屋敷だったこと。 張学良が2001年まで生きてたのも ちょっとびっくり 清朝最後の皇帝であり終戦まで満州国の皇帝であった愛新覚羅溥儀が 人生の最後に食べたがっていたのがチキンラーメンだった事 昭和42年までご存命だったこともびっくり ケネディ暗殺の決定的瞬間を写したフィルムはカラーだったけど, 暗殺を報じた当時のニュースはABC、NBC、CBS各局ともに 白黒映像だったこと。 この頃のアメリカはTVのカラー放送がそれほど多くなかった? びっくりは人それぞれですが自分的にびっくりしたこと ジミー・カーターが士官学校出の軍人上がりだったこと。 彼の恩師が原潜の父ハイマン・リッコーヴァーだったこと。 大統領になる前のエピソードは正直最近になって知りますた(汗) >>140 ジミー・カーター軍人 レーガンやブッシュ父は普通に軍人 ブッシュ子は州兵しか経験なく クリントン オバマ トランプは軍隊経験なしだっけ ブッシュ父とクリントンの間で切り替わった 映画「ベン・ハー」が小説を映画化したものだったこと。 その作者が政治家だったこと。 ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%B9 >作者が政治家だったこと。 まあそれをいうなら森鴎外だって本来は医者だけど(笑) >>141 二人とも従軍歴がある(レーガンはそれも微妙)だけで、軍人とは違うような。それなら中曽根大勲位も軍人になってしまう。 空戦十則で知られるイギリス軍パイロット、アドルフ・マランは南ア出身だけど 南ア空軍ではなくイギリス本国の空軍に所属していたこと (それも第二次大戦前から) >>141 レーガンが第二次大戦前から軍人やってたこと ttp://www.fandmpublications.co.uk/pages/ronaldreaganbiography1.htm >From 1935 he was commissioned as a reserve cavalry officer in the U.S. Army まあ予備役だったらびっくりでもない・・か >>138 を見て俺も無性にチキンラーメン食いたくなった >>130 小藩を3万石程度とするなら家老は400〜1000石あれば十分かと。 4000石は30万石は欲しいところ >>139 もし事件が起きるのがわかっていたら各社とも巨大で電気馬鹿食いのカラーTVカメラを持って行ってたかもしれない 有名なタイタニック号の同型船は他に2隻建造されており、(オリンピック級) そのどちらも沈没に関連したエピソードがあるって知ってびっくりした。 >>151 それを絡ませた陰謀説もあって興味深いよ マンガの「ゼロ」にもそのエピソードの話がある 1970年代に入るまで 日本の公務員は,給料水準が低かった事 >>148 名前に諱(いみな)・字(あざな)の区別がなくなったのも新中国の建国後ではなかった 辛亥革命後に「一名主義(名前と字を統一する動き」)」が進められて字が消えていったとか (ソース:文春新書「人名の世界地図」) 誤・名前に諱(いみな)・字(あざな)の区別がなくなったのも新中国の建国後ではなかった 正・中国人の名前に諱(いみな)・字(あざな)の区別がなくなったのも新中国の建国後ではなかった ″中国人の″を入れ忘れてたorz ヨーヨー・マのヨーヨー(友友)なんかも、清代までだったら幼名程度にしか使われないような「幼稚」な名だったんだろうな 北欧神話の神オーディンにちなんだ街がフィクションの中だけでなく 実際に存在していたこと。 >>153 バブル景気真っ最中にも公務員の給与水準は相対的に低かったよ 昭和30〜40年あたり、「何しろうちは公務員ですから」のセリフが、もうちょっと後の「何しろ年金生活者ですから」と同じ使われ方をしていた >>157 たしかイギリスのウィルトシャーもオーディン由来だよね 張作霖の官邸である張氏帥府は袁世凱が権力をふるっていた頃(1914年)に作られていたこと 袁世凱の死後じゃなかったんですね >>159 なので副業が黙認されてたね ただその状況でも相対的に見て収賄が少なかったのは興味深い 今の東南アジア、アフリカの惨状とチと違う。 日本は中、下層階級の労働者の質がいい 戦後の公務員で質が悪かったのは、当然というか、復員兵の救済で採用された連中。 必要人員以上に割り当てさせられたため、仕事が無いので無理に新たに業務を作った。 また公務員としての資質レベルに達していないのも大勢いて、怠ける、横柄など悪評を買う。 こういう復員兵公務員は昭和40年代前半頃までには定年退職したけど、「公務員て奴は」 という奇妙な悪評はその後もずっと残された。 公務員の給料、戦前は確かに高かった。 しかし戦後、復員兵による人員増、ハイパーインフレ、給料額決定制度の面倒くささのため 容易に上がらず、民間水準より低くなる状況となった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる