古代ローマを語ろう【ローマ人の物語】39
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>>777
勧めてくれた本と古代ローマ人の24時間って本も読んでみることにしたよ、ありがとう >>778
そんな面倒なことをしなくても、
スーパーで売ってる一番古典的な押し麦を鍋で煮て麦粥を作り、
塩を振ってナンプラーを垂らせば出来上がりだろ。 >>780
いや、一応は「挽き割り」で作るって記録されてるし、どうも現代イタリアのポレンタの祖先みたいだから。 そもそも初期のローマで一般的だったエンメル小麦というのが
どんなもんだったのか、いろいろ調べても出てこない。
小麦といっても薄力中力強力とあるし、小麦粉をただ煮たら
ヤマト糊になるのは実証実験済み。
デュラムセモリナに近いという記述もみたがどうなんだか。 >>782
エンメル小麦(エンマー小麦)なら、一昔前の日本の農学者が世界中の雑穀を調査して歩いた時の体験を記した著作で、
地中海沿岸諸国の田舎の方で老人が細々と維持栽培しているだけって記録を読んだことがある。
もう、事実上ジーンバンクで余命を保っているぐらいなんじゃなかろうか。 >>781
ブルグル程度でも、れっきとした「挽き割り」だよ。ポレンタの原料は粉の一歩手前だけど。
米飯に混ぜやすくしたいわゆる「米粒麦」も、大麦粒を2つに割るので明らかに「挽き割り」
大麦は吸水が悪く、下茹で(古い日本語でいう「えまし」)が必要だったので、
手早く調理するために事前に加工したのが挽き割り大麦。
だから機能的には押し麦と同じで、押し麦で代用して問題ないと思う。
ブルスはあくまで粒食の一種のはず。 >>772
まだ挙がってない良書も一応
「古代ローマ帝国 1万5000キロの旅」 「古代ローマ24時間」の二巻目的なもので旅をローマ全土に拡大
「ローマ五賢帝 輝ける虚像と実像」 いわゆる『五賢帝』の暗部などに踏みこんだもの
「古代ローマを知る事典」 俗っぽいタイトルだけど中身は21世紀の研究を紹介していて学術的
「ローマとパルティア」 パルティア戦争とそれを通してローマの対外政策の姿勢を俯瞰するもの >>783
アマゾンでガルムを検索していたら、エンマー小麦入りパスタ
というのが一点だけ出てきた。古代小麦でもスペルト小麦なら
粉で売ってるな。確かスペルトも古代ローマで作付けしてたから
こっちがいいかも。 アルベルト・アンジェラは遺跡の細かい痕跡をよく観て、そこに生きている人間がいたことを伝えてくれる。
中川良隆はエンジニアの視点からローマの造りを観てる。 38スレ目のスレタイ、左がラテン語で、右が英語なのが気になる。 >>789
右は現代のラテン語、つまりおフランス語やで Eテレ 地球ドラマチック「ポンペイ 石こう像の新事実」 四月一日には執政官は宣言に来なかったのか
カレンダーの月名にはちゃんと名残が残っててすごいけど、
ローマには元号みたいのは無かったのかな? 「〇〇と△△が執政官の年」というガイジな呼び方なんとかならんかったんか
アッシリアもリンムという2人で一年任期の役職があったから同じ呼び方してたらしいが >>796-797
古代共和政ローマとアッシリア王国やヒッタイト王国、カルタゴなんかの社会システムは
案外似通っている部分が少なくない。
古代ギリシア人や古代ローマ人のポジショントークに引っかかってオリエンタルとオクシデンタル
が全く異質なものだと思い込むと、見過ごしてしまう事柄が多々ある。
西アジアと地中海は一続きの世界だ。 >>798
ただし、ありふれた地中海世界の都市国家と、ギリシャのポリスとの間の政体の差こそが決定的なものだったりする。
見かけ上はほんのちょっとなのだが、これが決定的。
不思議なことに、ギリシャ人自身も自覚的にはあんまりわかってない。
彼ら自身が論じた政体論をどんなに読んでも、なぜかよくわからない。
この差について、ローマは独自ルートだったけど一応ギリシャ側に移行できていて、
これで、ローマは何食わぬ顔でオリンピックに参加したりするし、
ローマの側でも、ギリシャ植民市はより簡単に同盟傘下に入れることができた。
他方で、カルタゴはどうしてもギリシャ側の政体に入れない(入らない)。
これが浮き彫りになったのが第二次ポエニ戦争。 >>799
西アジア〜地中海の都市国家世界で、ギリシア〜ローマの決定的な差は、
アゴーンの慣習なんじゃないのかな。
あれのおかげで、学問著作や詩作、政治業績などが共同体意識に埋没せず、
個人の名前とともに残るシステムが構築された。 >>798
ペルシアとエジプトが異質なんだよな。特にエジプト。 >>799
カルタゴって典型的なギリシャ・ローマ的政体じゃね?
2人の執政官がいて、100人委員会があって、貴族階級が存在する
「スパルタによく似てる」ってアリストテレスも書いてるし >>796
数字があの足し算式の雑なやつだったのは何なんだローマ
計算どうやってたんだ掛け算割り算は 上層市民による議会があって、そこから年ごとに選出される執政官がいる、
という体制は、我々はつい「ローマ的」なものと考えてしまうが、
伝統の古さでいえば、「アッシリア的」「ヒッタイト的」なものと
表現するのが、むしろ正しいんだろう。 商業都市国家=年次で選出される執政官の指導体制が合理的
領域国家=神権を伴った世襲の王による指導体制が合理的
って感じなのかな? 前近代の場合 アケメネス朝も、ギリシア人は一人の専制君主による統治と評価したけど、
どうもペルシア貴族とメディア貴族の集団指導体制が王制の背後に潜んでいる感じ。
文書行政を担う官僚組織の上に、文書を介さずに政策と軍事の決定権を担う
統治者集団が乗っかるという、遊牧国家的な国制だったために、
真の集団指導体制を担うグループが不可視化されているという印象。
エジプトも、ノモス(セパト)ごとの地方自治の伝統が意外に根強い。
エジプトの古代史というのは、ノモスの自治体制が一つの王権のもとに統合されている時期と、
王権の求心力が弱まってノモスが独立性を高めた自治を営んでいる時期が
交互に繰り返されている。
どちらも、絶対的な専制君主による統治という先入観から解放されてみる必要性がありそう。 >>805
主観だけどアッシリア式やヒッタイト式だとどうもローカルな感じがしてしまう
あくまでギリシア・ローマ式と比べるとだけど
楽市楽座で六角より織田を思い浮かべるのと似たような感じ アッシリアやヒッタイトがギリシアよりローカルって無知晒しすぎじゃね? 実際ローカルかどうかじゃなく世間的な印象でじゃないの? 知名度は確かにそんな感じだな
ギリシア>ヒッタイト アッシリア、ヒッタイト、ローマの政治体制以外の共通点を探すと、
灌漑農業ではないドライファーミング(天水農業)の麦作農業ってところかな。
アッシリアとヒッタイトは小麦が主体で、古い時期のローマは大麦主体だけど。 やっぱり誰もわかってないな。
"Nobody attacked me!"
これなんだけどね。古典古代に造詣があるなら、あれか、と思うはず。
これが分水嶺なんだけどね。
どうしてもハンニバルが理解できなかった分水嶺。 >>806
商業主体だと物流を担う商人の契約が国を形作る。
農業主体だと農民層とこれを支配する武力集団が国を形作る。
みたいな? >>814
農民主体の社会の国家機能には、不作の年を食いつないで
次の再生産に再チャレンジできる再分配機能が不可欠なんじゃないかなぁ。 >>815
その部分を国家権力が担当するのは古代までで中世以降は末端の領主や富農が主役になるイメージ >>816
正に日本の古代社会から中世社会への移行がそれだね。
古代的な首長制共同体とそこの首長である郡司層が9世紀から10世紀にかけて解体していき、
10世紀に新たに台頭した「富豪の輩」「名主」層が不作の後に再生産能力を喪失した小農民を支配下に組み込んでいく。 >>814
あと、古代社会における「契約」の発生の背後には、
定住農耕共同体と、遊牧共同体との間でファンドとしての家畜群の委託契約があったみたいだね。 >>813
いかん、教養不足で元ネタ出典が思いつかない。
詳しい解説を頼む。 >>807
ダニエル書を読むと王様も法の支配にあるとことか
王様の言動を記録する書記官の存在とかアケメネス朝は古代中国の王朝に似た部分がある 実際はアケメネス朝の思想が秦に入り込んだんだろうけどな >>820
オデュッセイアの、キュクロープスの段だね。
私の名前は Nobody (Οὖτις) だ、とオデュッセウスが名乗る。
その後オデュッセウスに目を潰されたポリュペーモスが、仲間から誰にやられたか聞かれ、 Nobody にやられたと応える。
仲間は、なんだ、誰かにやられたわけじゃないのね、と解釈して助けない。オデュッセウスまんまと逃げ出す。 >>823
そうか!
その段は読んだことがあったのに、気が付かなかったわ。
完全に和訳からの日本語脳で記憶してたんだな。 そうすると、論理学、数学でいう「空集合」の発想が関係しているのか? 純粋に言語形式上の問題。否定辞が名詞と結びついたか、動詞と結びついたか、何とも結びついてないかの違い。
空集合なんてごく最近作られた概念だよ。その形成に Nobody does 式の構文が関わっていることはもしかしたらあるかもしれないが、逆はない。 ハンニバルがカルタゴ出身だからそれを理解できなかったと? >>826
ラテン語聖書の有名な句、"Noli me tangere"もそういえばそうか。
セム語派では名詞に否定辞がかからない? ウーティスの誕生とかいう本があるくらいだから(読んでない)、地中海世界にありふれた説話なんだと思ってたわ 英語のnot only but also構文、
独語のnicht nur nein auch構文も、
根っこの発想は同じか・・・ アウグストゥス帝期の古代ローマの人口が6000万人程度と推計されてるのに
東ローマ帝国って、ユスティニアヌス帝期でも2600万なのか
古代ローマって本当に異常だったんだな もちろん東ローマ帝国の絶世期はマケドニア王朝期だし
その特質は人口や領土ではなく文化にあると分かってはいるが
それにしたって古代ローマ帝国は異常だ ユスティニアヌス帝期にはペストの大流行で人口が激減した 難しく考え杉ww
こんな展開になるとは思わなかったw
ポリスとは、nobodyなんですよ。 カルタゴとギリシャ、ローマの決定的違いがよくわからん カルタゴはフェニキア人、ヘブライ人やアラブ人に近い ポリスとはnobody。ということは、polypheemosが何の比喩なのかもおのずと分かる。
ポリスじゃない国。つまり普通の国。普通の国には「一つの目」がある。
たとえ合議体が統領を選出する形であっても。
ローマは自国にconsulがあるのに、一見そっくりのカルタゴのshftを最後までrexと呼び続けた。
ローマ人には、カルタゴはあくまでplypheemosにしか見えない。 >>839
「一つの目」ということは、個人の共同体への意識の埋没か。
そうすると、私が挙げた「アゴーン」の有無とも重なってくるのかな。 その妙な比喩はわけがわからないだけでなく全くもって不適切。
オデュッセウスはバシレウス。
オデュッセイアの完成は紀元前8世紀。
アテーナイの民主制はBC6世紀から。 >>834
違うだろ
ポリスで人気なのはMessage in a bottleでSTINGなんだよ ローマ人の物語によるとローマには城壁が無かったそうだけど
ローマが城壁無しで運用出来た理由ってイタリアの地形も関係してそうじゃない?
イタリアの北はアルプス山脈だしそれ以外は周りは海だし
地中海は移動がし易いけど、シチリア島、サルデーニャ島を防衛拠点にすれば
ある程度守れる
唯一防衛上の不備があるとしたら
東側、つまりアドリア海とかアルバニア方面から敵が上陸するパターンだろうか >>845
厳密には「城壁が機能していない時期があった」であって、城壁自体は存在した
有名なハンニバル戦争時は、アルプスを越えて包囲攻撃をしたハンニバルから、セルウィウス城壁がローマを守った
その後セルウィウス城壁の外にまでローマが拡張し、カエサルが城壁の一部を破壊して、防護壁としては使われなくなった
それから300年後の3世紀になって、異民族の侵入からローマを守る為に、アウレリアヌス城壁が築かれた 野蛮というか戦闘的な軍事国家わ首都に城壁無い場合有るね
秦とかトルコとかモンゴルとか >>847
秦の首都がある関中(陝西省)は周りは山に囲まれて防衛上の不備が少ない >>847
日本語もまともに書けない幼稚園児は書き込むな 旧字旧仮名は絶対に相手しないが、文部省正書法からの逸脱に対しては特になんとも思わん 軽度の失読症の疑いがあるアウグストゥスさんをディスってんの? 日本人の多数を占める文字信仰者はローマでは馬鹿にされただろう ローマ帝国では皇帝が変わるたびに金一封が市民に配られたらしいが日本もやるべきだろ 一人あたり5万〜10万円ぐらいでいいから欲しい
元号変わるのなんて人生に一回あるかないかだし ペルティナクス「ドナティブム?ねぇよ、そんなもん」 >>856
昭和が長すぎたからそう感じる人が多いのね 古代ローマが定期的に行ってた「反体制の資産家から財産を奪って市民に配る」ってやつ
実は高度な再配分政策だったのでは!? >>861
まあそうだけど現代の観点からすると人道的ではないねw
ローマは高度に文明が発展してる驚異の国家だけどやっぱり人間一人一人のの命や権利はまだまだ軽いよね >>864
ローマみたいな「古代帝国」ってあくまでも都市国家的な共同体の連合体だからな。
帝国の単位となっている共同体の益になるかどうかが至上命題で、
その前に人命だとか人権なんかは吹いて飛ぶような軽いもの。
アテナイという都市国家共同体の益にならないと処刑されたソクラテスの運命が、
古代国家の本質を象徴している。 >>865
うーん、「ソクラテスの処刑が古代国家の本質」ってのは違和感あるな
ソクラテスは中世に生まれても、近代に生まれても、現代の非先進国に生まれても処刑されたんじゃないかい? >>858
令和、30年も続くかな?
もっとヤバイのが「令和の次」
せいぜい5年くらいしか保たないのでは >>864
でも「私はローマ市民だ」が切り札になる程度の権利の重さがあった
ジャップランドでは上級市民にしか認められていない権利だ >>870
結局、ローマ帝国を構成するキウィタースやムニキピウムへの所属こそが、
個人の権利や生命保障の源泉だった。
そこに所属していない丸裸の個人には人権などゼロに等しかった。 どんなに偉大な皇帝でも晩年は惨めなものだな
(カエサル):晩年性格が変化したとされる。特に最晩年は友人がいなくなってしまった
アウグストゥス:エルベ川進出への固執。家庭内不和。もしかするとリウィアとの権力争い
ティベリウス:猜疑心に塗れて恐怖政治
クラウディウス:女絡みでユリウス・クラウディウス朝崩壊の原因をつくる
トラヤヌス:無謀なパルティア遠征。なぜか後継者を定めないというアレクサンドロス大王の真似
ハドリアヌス:晩年の鬱病。有能な臣下を大きな失態がないのに処断・更迭するなどして孤独になる
殆ど大過なく晩年を過ごしたウェスパシアヌス、アントニヌス・ピウスは凄い
私生活が壊れても政治に悪影響をあまり残さなかった、アウグストゥス、ハドリアヌスは中々
マルクス・アウレリウスは本人のせいばかりとは言えないが、コンモドゥスを教育しきれなかったのが悔やまれる >>872
コンモドゥス帝の時代になると、対外緊張やら帝国システムのゆらぎやらで、
実質的にもう五賢帝の当時のやり方が通用しない事態にまで陥っていたと言えまいか。
父帝マルクス・アウレリウスでもぎりぎりやっと帝国にタガをはめていたわけで。
軍事的状況があまりに自らの手に余って思うに任せないので、一種の代償行為として
あの「マッチョ」路線に逃げたんじゃないかなぁ。 >>873
コンモドゥスがそこまでダメじゃないって点には同意するが
対外的な話でいうと、むしろ比較的安定してた(させた)のがコンモドゥス帝期
マルクス・アウレリウス帝の尽力とコンモドゥス帝の適切な措置によって、ゲルマン人は200年くらい静かになってる
コンモドゥスが悩まされたのはむしろローマの内部問題
ネロやカラカラ(もしかしたら30歳で治世を引き継いだドミティアヌスですら)を見てて言えそうなことなんだが
帝政前期において、若くして帝位を継いだ皇帝は例外なく発狂してる
ティベリウスですら耐えられなかった「身内の裏切り」に対面させられたコンモドゥスに至ってはなおさら
だから後継者候補が若い場合に、例えばアウグストゥスやハドリアヌスは老齢の中継ぎを用意している
そうしなかったのはマルクス・アウレリウスの手落ちと言えなくもない >>874
そういえば、コンモドゥス帝が即位したのは19歳か。
人間の脳は思春期から25歳ぐらいまでの間に猛烈に回路が組み変わって
成人型の脳に変貌を遂げるんだが、その間のデリケートな期間に
精神的な強すぎるストレスを与えると、統合失調症などの精神疾患に
罹患するリスクが激増するらしいね。
ローマ皇帝って中国の皇帝みたいな官僚組織とか、モンゴル皇帝みたいな
帝室直属の遊牧組織みたいな権力基盤の背景となる社会集団の裏付けに乏しいから、
ある意味丸裸で老獪な元老院や軍隊と対峙しないといけないんだよな。
過酷すぎる。 コンモドゥスは偉大な父帝が亡くなって帝国の全権を19歳にして任されたらそらおかしくもなるわ
現代でそこらの仕事でもやれブラックだストレスだと騒がれてるんだから大帝国の皇帝なんてどんだけのプレッシャーだろうな その点アウグストゥスはカエサルからいきなり後継者に指名されてただけの無名な若者なのに政治手腕が天才過ぎる
元老院をまるで玩具みたいに弄んでる
その代償というか代わりに戦争は下手で体は弱いけどw >>877
アウグストゥスは環境に恵まれた面もある(もちろん本人が優秀であったことは言うまでもない)
・当時の元老院はカエサルが破壊し尽くした後だった上に、アウグストゥス自身も反対派を粛清して敵がいなかった
・カエサルの後継者競争に勝ったおかげで、軍の忠誠心も得られていた
・極めて有能であり、かつ自らの半身として機能したアグリッパの存在
・革命家みたいな立場から徐々に国政を掌握してゆき、皇帝としての権力を得たのは36歳頃からだった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています