ハプスブルク家を語る
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
ハプスブルク家(ドイツ語: Haus Habsburg)は、現在のスイス領内に発祥したドイツ系(アルザス系)の貴族。
古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門(カエサル家)の末裔を自称し、中世の血縁制度を利用した政略結婚により広大な領土を獲得、南ドイツを代表する大貴族に成長した。
中世から20世紀初頭まで中部ヨーロッパで強大な勢力を誇り、オーストリア大公国、スペイン王国、ナポリ王国、トスカーナ大公国、ボヘミア王国、ハンガリー王国、オーストリア帝国(後にオーストリア=ハンガリー帝国)などの大公・国王・皇帝の家系となった。
また、後半は形骸化していたとはいえ、ほぼドイツ全域を統べる神聖ローマ帝国の皇帝位を中世以来保持し、その解体後もオーストリアがドイツ連邦議長を独占したため、ビスマルクによる統一ドイツ帝国から排除されるまで、形式的には全ドイツ人の君主であった。
ヨーロッパ随一の名門王家と言われている。 20年ほど前の来日公演のとき、
何かウケを狙ったのかアルメニア名とフランス姓をごちゃ混ぜにして
「シャア=アズナブール来日公演」と宣伝していたな。 >>235
高校生くらいかな?
どこから突っ込んでいいのやら、突っ込みどころ満載だが。
一つだけ突っこみ入れると、ユーゴは最終的に解体したし、オイルショック以降、経済が拡大しないなかで、「俺たちは搾取されている」と考えたスロヴェニア、クロアチアの動きが大きかった。
現代では国際法上、基本的に人民自決権の行使は一度のみなので目立たないが、「経済的に搾取されている」から独立運動、というのは結構あるよ。 ハプスブルク朝の体制下でヨーロッパ以外の地域を植民地化したことも
ありまつ。 >>240
現在では貴賤結婚は完全に廃止されて、結婚に関する条件はキリスト教徒であること、宗教婚をあげることの二つだけらしい。 >>248
大清帝国天津租界地(zh:天津奥租界)
ニコバル諸島、ナツナ諸島、アナンバス諸島及びソロモン諸島(計画のみ)
Wikipediaだとこれしかないけど他にもあったの? >>241
ロレーヌ家はロレーヌはもちろん、アルザスも祖先にあたるエティヒョー家がアルザス公として支配していたから、アルザス=ロレーヌとは歴史的に深い繋がりがある。 >>251
ロレーヌ家はエティション家とは別の子孫じゃないの? オットー大公は財産没収されて亡命中どうやって生活してたのかな? Franz Joseph Otto Robert Maria Anton Karl Max Heinrich Sixtus Xaver Felix Renatus Ludwig Gaetano Pius Ignazius von Habsburg-Lothringen
フランツ・ヨーゼフ・オットー・ローベルト・マリア・アントン・カール・マックス・ハインリヒ・シクストゥス・クサーヴァー・フェリックス・レナートゥス・ルートヴィヒ・ガエタン・ピウス・イグナティウス・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン >>242
帝国議会において代表される諸王国および諸邦ならびに神聖なるハンガリーのイシュトヴァーン王冠の諸邦 >>242
1915年以降は、オーストリア諸邦ならびに神聖なるハンガリーのイシュトヴァーン王冠の諸邦(ググってないよ) >>195
オルレアン家のヴァンドーム公ジャン王子の第5子(三女)が10月9日に誕生。 「こども作りすぎ!」「税金の無駄!」と叩かれる現王室より国民の干渉や反感を受けない旧王室のほうが気が楽でいいのかも。 同じブルボン家のスペイン王室は女子の継承も可能だからと3人目作るのは無駄と一部に批判されたんだったか
子供が生まれるたびに祝砲ならしてたら税金の無駄だと叩かれただろうね
王族が通うのが当たり前だったスイスの寄宿学校はリヒテンシュタインなど一部除いて現役王族は通ってないし ハプスブルク家はヨーロッパの徳川家って感じがするよな 日本で当てはまる家はないんじゃないかなあ
東洋は西洋と違って家から出た時点で相続権失うから
婚姻で領土拡張は出来ないし >>265
養子に厳しいかは微妙なラインだが(同族だと問題にされないこともあるし、日本とは扱いが違うだけ)、
庶子に関してはキリスト教の影響が極めて大きいね 日本は(中華も?)側室でも子供を作った女性は丁重に扱われるからな
正室との子供じゃないと認めないっていうのはキリスト教的文化だと思う そもそも側室という概念がないか
欧州では歴史的用語として不倫って言われるしな 神に祝福された婚姻によって生まれた子供と
それ以外の庶子
で、明確に扱い違うからね
まあ、庶子の中にも化け物みたいな才能の持ち主がいて、歴史に名前残してたりもするけど ハプスブルク家は貴賤結婚から生まれた子供も庶子扱いみたいな気がする。 ヨーロッパでは今は婚外子でも嫡子でも遺言がなければ相続の権利は同じなんだってね
そもそも結婚していないペアが増えているが
LGBTの法的な権利が強かったり、そういう差別・区別の歴史の裏返しなんだろうな >>268
姦通のことを不倫なんて呼ぶのは30年前頃以降の日本だけや >>272
昔から嫡子でも法定相続人として認定されてないと相続の権利はクソ雑魚だったよ >>261
今ではオットー大公みたいに長男が生まれるまで7人子供つくるなんてことは不可能
カール大公は娘たちをスイスのル・ロゼに通わせてたらしい、現王室がこんなお金持ち学校に通わせたら非難轟々だっただろう ハプスブルク家はイギリスやフランスみたいに皇族個人に爵位を与えることはないんだな
みんなオーストリア大公で一律だし >>275
オットー大公は兄弟もみんな子だくさんだから尚更 >>277
トスカーナ大公、エスターライヒ=エステ大公、モデナ公、テシェン公くらい? ハプスブルク家の中でもオーストリア=エステ家の貴種感は別格。みんな王侯貴族と結婚してる。イタリア貴族の令嬢と結婚したアメデオ大公は第二子はまだなのかな?
あとローレンツ大公の弟マルティン大公の長男がバルトロメウス大公(Bartholomaeus)って名前がすごい。 なんだかんだでハプスブルク家は他の旧王室のように分裂しないだけいいよね、旧王室のブルボン家、ロマノフ家、サヴォイア家、ヴェッティン家など有名なところはほとんど分裂してるし… >>281
最有力な皇族である皇太子のオットーが長生きだったのが大きかった。
もし夭逝していたら相続で揉めたろう。 最後のカール一世は退位後すぐ亡くなったな
最後の皇帝が溥儀みたいに退位後も長生きしとったらまた違う歴史になったやろか 愛新覚羅家は宣統帝の末弟の溥任氏が中心となって纏まっていたらしいが。 今考えるとオットー大公の葬儀はすごかったな。今年5月にヴュルテンベルク家の葬儀があってフィリップ国王やハンス・アダム2世など現役の君主が参列してたけど、葬儀自体はこじんまりしたものだった。ちなみにカール大公も参列してた。 >>285
当主が亡くなったのかと思ったら、長男の人が交通事後で亡くなったのか 上でオルレアン家の話が出てたけど、ヴュルテンベルク家とオルレアン家は二重結婚してる。
先代パリ伯アンリの娘が現在のヴュルテンベルク公カールと結婚、先代ヴュルテンベルク公フィリップ・アルブレヒトの娘が現在のパリ伯アンリと結婚している。 つまりヴァンドーム公ジャン王子とヴュルテンベルク公フリードリヒ王子は従兄弟にあたる。 カール・ヘルツォーク・フォン・ヴュルテンベルク(ドイツ語: Carl Herzog von Wurttemberg、1936年8月1日 - )は、ドイツの起業家。現在のヴュルテンベルク家家長。
ヴュルテンベルク公フィリップ・アルブレヒトとその妻のトスカーナ大公女ローザの次男としてフリードリヒスハーフェンに生まれる。
リートリンゲンの旧制高校に通い、さらにテュービンゲン大学で法学を専攻した。大学卒業後、アルツハウゼン城のヴュルテンベルク家財産管理局で家産の運営に関わった。
1959年6月29日に兄ルートヴィヒが継承権を放棄したのに伴い、翌1960年1月19日にアルツハウゼンにおいてヴュルテンベルク家の相続人に指名され、1975年の父の死を受けて家長位を継承した。
同家の財産管理局はおよそ5500ヘクタールの森林、およそ2200ヘクタールの牧草地及び耕地、モンレポスにある50ヘクタールのブドウ農園、カナダ、オーストリア、スペインなどの森林を含む700カ所におよぶ国内外の地所、そして各種企業の株を管理している。
さらに管理局はヴュルテンベルク家が旧王家として保持する70の重要文化財の維持費をも負担している。
カールは社会活動や慈善活動にも関わっており、ドイツ赤十字社やバーデン=ヴュルテンベルク州文化保護財団をはじめとした、小児癌患者の支援団体、フリースクール団体、文化保護団体、青少年支援団体に参加している。
バーデン=ヴュルテンベルク州文化保護財団では、1985年の創立当初から2002年まで副総裁を、2002年から2008年まで総裁を務めた。
またカールはテュービンゲン大学とホーエンハイム大学の名誉理事、テュービンゲン大学友愛会および大学法人総裁を務めている。
カールは詩人ルートヴィヒ・ウーラントにちなむ「ルートヴィヒ・ウーラント賞」を創設したが、これは地域研究に功労のある人々に授与される賞である。
さらにカールはヴュルテンベルク・ヨットクラブの名誉会長で、前スペイン王フアン・カルロス1世とは親友の間柄でもある。
2002年、カールは教皇ヨハネ・パウロ2世より、ベネディクト会出身のゲプハルト・フュルスト司教を通じてロッテンブルク=シュトゥットガルト司教区にカトリックの学制を設置する許可を与えられた。
2008年11月8日には、ファレンダー哲学・神学大学より名誉神学博士号を授与された。 カール・ヘルツォーク・フォン・ヴュルテンベルク(ドイツ語: Carl Herzog von Wurttemberg、1936年8月1日 - )は、ドイツの起業家。現在のヴュルテンベルク家家長。
ヴュルテンベルク公フィリップ・アルブレヒトとその妻のトスカーナ大公女ローザの次男としてフリードリヒスハーフェンに生まれる。
リートリンゲンの旧制高校に通い、さらにテュービンゲン大学で法学を専攻した。大学卒業後、アルツハウゼン城のヴュルテンベルク家財産管理局で家産の運営に関わった。
1959年6月29日に兄ルートヴィヒが継承権を放棄したのに伴い、翌1960年1月19日にアルツハウゼンにおいてヴュルテンベルク家の相続人に指名され、1975年の父の死を受けて家長位を継承した。
同家の財産管理局はおよそ5500ヘクタールの森林、およそ2200ヘクタールの牧草地及び耕地、モンレポスにある50ヘクタールのブドウ農園、カナダ、オーストリア、スペインなどの森林を含む700カ所におよぶ国内外の地所、そして各種企業の株を管理している。
さらに管理局はヴュルテンベルク家が旧王家として保持する70の重要文化財の維持費をも負担している。
カールは社会活動や慈善活動にも関わっており、ドイツ赤十字社やバーデン=ヴュルテンベルク州文化保護財団をはじめとした、小児癌患者の支援団体、フリースクール団体、文化保護団体、青少年支援団体に参加している。
バーデン=ヴュルテンベルク州文化保護財団では、1985年の創立当初から2002年まで副総裁を、2002年から2008年まで総裁を務めた。
またカールはテュービンゲン大学とホーエンハイム大学の名誉理事、テュービンゲン大学友愛会および大学法人総裁を務めている。
カールは詩人ルートヴィヒ・ウーラントにちなむ「ルートヴィヒ・ウーラント賞」を創設したが、これは地域研究に功労のある人々に授与される賞である。
さらにカールはヴュルテンベルク・ヨットクラブの名誉会長で、前スペイン王フアン・カルロス1世とは親友の間柄でもある。
2002年、カールは教皇ヨハネ・パウロ2世より、ベネディクト会出身のゲプハルト・フュルスト司教を通じてロッテンブルク=シュトゥットガルト司教区にカトリックの学制を設置する許可を与えられた。
2008年11月8日には、ファレンダー哲学・神学大学より名誉神学博士号を授与された。 >>281
逆にハプスブルク家のようにまとまっている方が珍しい >>281
分裂中の旧王室で最も正統性のあると思う家長
ブルボン家(オルレアン家)→パリ伯アンリ
ロマノフ家→ロシア大公女マリヤ
サヴォイア家→ナポリ公ヴィットーリオ・エマヌエーレ
ヴェッティン家→マイセン辺境伯アレクサンダー 今更だけど、ザクセン王室の分裂っぷりは凄い。
個人的には男系男子がいる限りは男系で継承するべきだけど、ことザクセン王室に関しては女系のザクセン=ゲッサフェ家のアレクサンダー王子に正統性があると思う。 >>294
1日ドイツ貴族法委員会がザクセン王室を断絶したと判断したことについて、
先代同王室家長の故マイセン辺境伯マリア・エマヌエルの相続人(外甥で養子)である現マイセン辺境伯アレクサンダー殿下は、アルベルティン家は断絶していないと反論されました。
マイセン辺境伯殿下はその根拠として、
自身の養子相続は1922年に制定されて最後のザクセン王フリードリヒ・アウグスト3世も署名した「アルベルティン系ヴェッティン家協会」規則に基づいていることを挙げられ、
オーストリア大公カール殿下から(2012年同王室家長として)金羊毛勲章を贈られていることにも触れられました。
少なくとも、ハプスブルク家からは正統なザクセン王室と見なされているみたい。 ロマノフ家のマリヤ大公女の長男ゲオルギー大公はまだ結婚してないけど、どうなるんだろう? サヴォイア家はウンベルト1世の男系が断絶確定、しかし、まだサヴォイア=アオスタ家が残っている。ここは男子がいてとりあえず安泰。 スペインもルクセンブルクも後継者は女子だから、3世代後にはブルボン家の王室は消滅することになる >>299
スペイン王室は19世紀に女系相続があったし。 イザベル二世の王配は傍系だけどボルボンの男系だよ。 >>302
レオノール王女がブルボン家の王子と結婚できればいいけど、まず無理だろうね
シチリア=ブルボン家のカラブリア公の王子が年齢も近いし、スペインとも関係が深いからいいと思うけど カラブリア公ペドロ王子は4男3女で7人も子供がいる。3人目を打ち止めにされたスペイン王室では考えられない。 >>302
イザベル2世は愛人がいて子供のアルフォンソ12世が不義の子説とかなかった? 現在のパルマ公は母親がオランダ王女の関係でベアトリクス女王からオランダ貴族に列せられてる。 >>311
ここまでくれば女系優先の継承法でもいいような。
王子と王女がいれば王女が優先。長子が男子、次子が女子でも次子の女子が優先というような。 南洋諸国の酋長家みたいに完全女系継承とか。
酋長本人は男性だけど、酋長の子に継承権は無い。
高位の継承権者は酋長と同母の姉妹の子。
次いで、母方の祖母(母の母)の女系子孫。
乱婚気味の社会で確実に血縁関係があるのは同母のきょうだいということで、
そうなっているのかな、とも。 男性酋長も自分の子(と信じる妻の子)はかわいいもの。
酋長の妻は他氏族の酋長の姉妹ということも多く、
その場合は自分の子は妻の出身氏族の継承権がある。
で、前近代は他氏族の酋長継承争いへの介入が氏族間戦争の原因だったことも多い。 >>310
オランダ国王とポリスジョンソンの区別がつかんw >>317
ウィレム=アレクサンダー国王とカール大公ははとこ同士 オランダ王室の男系であるアムスベルク家は鍛冶屋発祥らしい。 公証人の子だったか?
ナポレオン政権で木っ端貴族はダヴーとかマルモンとか。
タレーランは大貴族だけど。 >>323
カール14世ヨハンの父アンリ・ベルナドットは地元の検察官か何かで祖先は羊飼いだった。 >>322
調べたらマジだった
ベルサイユの薔薇でマリー・アントワネットと知り合いやった記憶があったけど 初代が平民でも王朝が現在まで200年に亘って続いているから大したもの 平民は文盲も珍しくない時代に
平民でありながら公証人という職を得ている人の子というのは
それなりの素養というか下地はある。
いや、今現在でも公証人の子ならそれなりの家庭の子だろ。 ド平民の子といっても、
豪農の子で読み書き計算ができて
親のツテで公務員になれた劉邦と同じか。
朱元璋みたいな境遇ではないと。 >>329
逆に朱元璋は別格、他に類を見ないほど悲惨な境遇から皇帝になった。 劉邦とベルナドッテはかぶるところがあるか。
平民のそれなりの家庭の子で、その時代の平民としては教養がある。
若い頃は教養はありながら同時に無頼でもあって、
同じ平民階層の知識人とも不良ともつきあえて、男にも女にもモテモテの美男子。
朱元璋は別格か。生育環境は悲惨で容姿はブサイクなところからの出発。 ナポレオン没落後も引き続き欧州各王家に認められ続けたんだから
それなり以上の素養はあったんだろ。
子孫も代々認め続けられているが、現王のように、
お忍びで街中で風俗遊びに興じて、お気に入りの風俗嬢の過激サービスで悦に入っているのを
マスコミに報じられるような、下層出身の政治家と同じようなゴシップも。 平民でも子孫が200年にわたって、ヨーロッパ王室と婚姻関係を結んで、
血統ロンダリングしてきたのに、ヴィクトリア王太子の代で台無しになった。 カール・ルートヴィヒ大公の息子たちはベルギー貴族になってるんだな、ローレンツ大公はベルギー王族だし、ハプスブルク家はベルギーと関係が深い。 ヨーロッパの祖母ヴィクトリア女王、ヨーロッパの義父クリスチャン9世、この2人の子孫ではないヨーロッパの国王はオランダ国王のみ。 グリュックスブルク家はドイツの貧乏貴族みたいな感じだったのに、いつの間にかヨーロッパ王室の牧場になった。 しかし王配になる人物が平民でスポーツジムのトレーナーだからね、王配が平民出身ってスウェーデンが初めての例。
今までは王族じゃないにしても、最低限貴族出身の男性が王配だった。 気をてらうことをカッコイイと考えている節があるなあ >>340
イギリス
フィリップ:エリザベス女王の王配、グリュックスブルク家出身
デンマーク
ヘンリク:マルグレーテ女王の王配、一応フランス貴族のモンペザ伯爵家出身
オランダ
ハインリヒ:ウィルヘルミナ女王の王配、メクレンブルク家出身
ベルンハルト:ユリアナ女王の王配、リッペ家出身
クラウス:ベアトリクス女王の王配、アムスベルク家出身 フランツ・シュテファンは何人?
フランス人?ドイツ人?アルザス人? >>344
祖先はフランク貴族のジラール家だからドイツ人 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています