西郷隆盛 イメージと実像が最もかけ離れた男 2

1名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 01:53:47.12ID:5K/ys1C10
西郷隆盛 を語りましょう

前スレ
西郷隆盛 イメージと実像が最もかけ離れた男
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1505292770/

2名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 01:54:35.62ID:5K/ys1C10
以下、テンプレ

Q :西郷さんは鐘のように大きな人格だと聞きましたが。

A :
西郷のことをよく知る人で、重野安繹(しげの・やすつぐ 後に東大教授)がいます。
彼は西郷と同じ時期に奄美に遠島になっていた人です。
『重野博士史学論集』下巻(薩藩史研究会編、雄山閣、1939年)のなかに、
「西郷南洲逸話」というのがあります。
彼から見た是々非々の立場からの西郷評論ですね。

「西郷はとかく敵をつくる性質で、そしてその相手をひどく憎む風がある。
大度量のある人物ではなかった。いわば偏狭である。
それで西南の役などが起こるのである。世間の人は大変度量広い人であったように思っているが、
それは浅はかな見方で、本当の西郷は敵を持つ性質で、とうとうこれが為に自分も倒れるに至った。」

重野も奄美で現地妻を娶り、二人の子供がいた。
放免になって鹿児島にもどった後、
当時の金で250円という大金をもって奄美に迎えにいった。

当時、「必ず迎えに来る」といった薩摩藩士で
迎えに来たためしはなかったので、
その女は、島の若者と再婚して妊娠中だった。
重野はしかたなく、持ってきた金を
全額、女に与えて帰っていったという。

この重野の誠実さに比べると
西郷の『敬天愛人』は、かなりいいかげんと見ていいだろう。
(西郷は、現地妻を捨てましたからね。)

3名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 01:55:07.87ID:5K/ys1C10
もう一人、西郷をよく知る人物の西郷評を紹介します。

市来四郎。西郷とともに島津斉彬の片腕として働き、集成館事業を遂行した人です。

「 西郷は掛け軸などの書をよく描くだけで、学識は無く、文章をつくる能力も無かった。
 性質は粗暴で理財にうとく、実務も執れなかった。
 いつも少年とばかり付き合い、同年代の人との付き合いは二、三人しかいなかった。
 西郷に異論を言う者とは付き合わず、可愛がっていた少年でも、
 ひとたび西郷に敵視されると、憎悪を剥き出しに悪口を言われ、捨てられる者も多かった。
 器量の大きい人とは言えず、相手が他県人か同県人かで、態度や言動が変わった。
 議論をすることはなく、物事を進めるに腕力に頼る癖があり、
 そういう意味で豪傑と言えなくもないが、君主の風采はまるで無かった。」

4名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 01:57:16.63ID:5K/ys1C10
■ 西郷隆盛 伝説と史実

伝説 : 比類無き大度量・大至誠の人。誰もがその巨眼に引き込まれ敬愛した
史実 : 実際に会った人の証言 「偏狭であった」「人の悪口が多い」「人望を得ようと計算している」

伝説 : 極貧の下級武士の出身
史実 : 西郷家の序列は薩摩藩の上位3%の家格

伝説 : 「おいの体をあげもそ」と西南戦争を決起
史実 : 玉砕の5日前に“自分だけ”政府軍に助命嘆願 → 拒否られている

伝説 : 「晋どん、ここらでよか」と潔く自決
史実 : 玉砕当日城山の洞窟から逃走 → 桐野利秋に見つかり強制玉砕

伝説 : 清貧、高潔、質素な食事
史実 : 政府からの給料が現在価値で月2千万円 年収2億4千万円
     豚の霜降り肉の食べ過ぎで超肥満に

伝説 : 自宅は雨漏りするボロ屋
史実 : 千百坪の超大豪邸に暮らす。使用人20人、飼い犬20匹

伝説 : 「子孫の為に美田を買わず」西郷家家訓
史実 : 西郷一族で東京ドーム117個分の土地を買い占め

伝説 : 「小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く」坂本龍馬による西郷評
史実 : 勝海舟による創作

伝説 : 幕府から指名手配された親友月照を不憫に思い心中を試みる
史実 : 藩命により、死ぬ気など無かった月照を海に突き落として殺害

伝説 : 江戸総攻撃を中止させ江戸百万人を救う
史実 : そもそも総攻撃を主張していたのが西郷本人だった
     総攻撃に反対する英国大使パークスの圧力により断念

伝説 : 道義を貫きとおした巨星
史実 : 浪士を雇い、江戸で放火、掠奪、強姦、卑劣の限りを尽くし幕府を挑発

5名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 01:58:15.38ID:5K/ys1C10
伝説 : 大久保利通とは幼少時からの親友。大久保家が困窮した時期、
     利通少年は西郷家で食事を摂らせて貰っていた
史実 : 同じ町内の顔見知り程度で、個人的な付き合いは一切無し
     親しくなったのは青年期以降に精忠組で一緒になってから

伝説 : 大久保利通による西郷暗殺指令
史実 : 鹿児島士族が政府の密偵を凄惨な拷問にかけて自白を強要しており、信憑性無し

伝説 : 奄美人を大切にした西郷さん
史実 : 子供を二人産ませた奄美の妻アイカナを捨てる
      旧知の奄美人たちを西南の役に強制従軍 → 死亡

伝説 : 鹿児島私学校では西郷さん自ら若者たちに敬天愛人思想を講義
史実 : 当時の生徒の証言「西郷さんが私学校で講義したことは一回もありませんでした」

伝説 : 「西郷南洲翁遺訓」 西郷の教え41条
史実 :  東北庄内人によるフェイク

伝説 : 西南戦争は最初から勝てるとは思っていなかった
史実 : 当時の新聞に載った西郷の発言「各地の政府軍は我に従うだろう。春には東京で花見をしているはず」

伝説 : 民百姓にも慕われた西郷どん
史実 : 鹿児島で西郷さんが外出するときは、地上での土下座では恐れ多いと、
     百姓たちを道のわき溝に飛びこませ水から首だけ出して出迎えさせた
     西南戦争では、百姓たちは木の上から見物、
     西郷軍兵士が死ぬと身ぐるみを剥ぎ、売る

6名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:00:16.09ID:5K/ys1C10
Q : 大河ドラマなどで描かれる西郷隆盛は虚像なの?

A :
大河で西郷が好意的に描かれている、
逆に言えばネガティブな史実や描写がごっそり抜けている
のは右翼団体や鹿児島人らが抗議してくるからだそうです。
どんな大河でもNHKに抗議は来ますが、
西郷ネタ、薩摩ネタに対する右翼団体と鹿児島人の抗議が一番多いらしい。

史実と違う、という抗議ならよいのですが、
史実通りネガティブな場面を入れると、「一方的で偏向的で悪意を感じる」という抗議が
執拗にくるらしいです。

かの司馬遼太郎も抗議を憂慮してか、
「跳ぶが如く」ではあえて筆を鈍らした、という話しを読んだことがあります。
「跳ぶが如く」の歯切れの悪い、奥歯にものがはさまったような書き方は
そんなところに理由があるのかもしれませんね。

7名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:05:24.26ID:5K/ys1C10
Q : 西郷隆盛と大久保利通が薩摩の二大英雄とされ、鹿児島では誇りにされていると聞きました

A :
大久保は、西南戦争で西郷を殺し薩摩を滅ぼそうとした張本人として、
鹿児島では憎まれ嫌われ、近年まで地元への納骨すら避けられていました。
現在、鹿児島市には大久保の銅像がありますが、これは西南戦争百周年に際して東京から
「なぜ鹿児島に大久保の銅像がないのか」と言われて、渋々作ったそうです。
現在では、鹿児島でも大久保の再評価がされていますが、しばらく前までは
大久保の話も出来ないほどでありました。

鹿児島にある大久保の銅像は非常に高い台座の上に設置されているんですが、
これは鹿児島人による狼藉を考慮して、そのようになっているそうです。

大久保利通像
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/s/shins2m/20130612/20130612144650.jpg

大久保利通像 碑銘
http://livedoor.blogimg.jp/john96pierre/imgs/8/7/87ef85e5.jpg

「通」という字があからさまにズレていますが、
人としての道(通)に外れた男、という意味が込められているといわれる

8名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:06:15.43ID:5K/ys1C10
Q : 西郷さんの度量の広さが、江戸無血開城を成さしめ、江戸の町を戦火から救ったんですよね?

A :そもそも江戸総攻撃を強硬に主張していた張本人が西郷隆盛です
  幕府を憎悪していた長州の木戸でさえ江戸総攻撃には反対していました

  イギリス公使のパークスから攻撃をやめるよう圧力があったとも言われていますが、
  ともかく西郷は態度を変え、攻撃は中止されました

  西郷はいわば自分で振り上げた拳をひっこめただけなのですが、
  後世なぜか、暴走寸前の官軍を西郷が抑え、総攻撃を中止させたかのように美談化されました

9名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:07:01.89ID:5K/ys1C10
Q : 西郷さんが征韓論というのは間違いで、ほんとうは遣韓論なんですよね?
   西郷さんは丸腰で交渉に行って戦争を避けようとしたと聞きました。

A :
鹿児島県が発行している『鹿児島県史西南戦争』第三巻(一九八〇年)のなかに、
広瀬為興稿「明治十年西南ノ戦役土佐挙兵計画」という文書が載っている。
これは高知県出身で板垣退助に近かった林有造の主張を記録したものである。

参議の西郷隆盛、副島種臣、板垣退助に加えて、
左院副議長伊地知正治が謀議に参加した征韓計画の謀議が載っている。

西郷は「先ツ兵ヲ北韓ニ上陸セシメ、平壌ヨリ京城ヲ包撃スルノ謀」を主張し、副島は賛成した。
しかし板垣は「先ツ其君主ヲ檎(とりこ)ニスルヲ主眼トスル」点では賛成しながらも、
北方からの包囲は難事とし、三分の一の兵を釜山に上陸させて、朝鮮軍の迎撃を待ち、
残り三分の二の兵力をもって江華湾方面に送って「突如京城ニ肉薄」し、その間に
釜山の兵力も海路平壌に送って敵の退路を断つという戦略を主張した。
伊地知正治は少し大規模の兵力派遣を主張したという。

西郷は板垣、伊地知を信頼して謀議を行なったようである。
「其進軍ノ戦略ニ就テハ板垣伊地知ノ二氏ニ委スヘシトノ事ニ門下中ノ領袖ニ漏洩シアリト云フ」
と記されていることも興味深い。

また当時司法省出仕だった有馬純雄(藤太)の回想『維新史の片鱗』によると、
有馬は西郷から朝鮮占領後の民政官任命を内示され、
当該地域の地図を探したという挿話を述べている。

10名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:08:18.59ID:5K/ys1C10
Q :西南戦争は西郷さんと鹿児島士族にとって、
  行き場所を失った士族たちとともに、日本のため自ら滅ぶつもりの戦いだったんですよね?

A :
西郷はかねて回りの者に、
「熊本城に着けば、熊本鎮台は城門を開いて降るだろう。
そうなれば、熊本を拠点に九州を従え、広島(鎮台)を攻め、
大阪(鎮台)を破って海陸路で東上し、一戦も交えず入京でき、
東京で花見ができるだろう」(東京日日新聞)
と気持ち良さそうに語っていた。

またこうも語った。「自分は陸軍大将である。たとえ全国の兵を率いても
 陛下の許されるところであり心配無用 」(「新編西南戦史」)

結果はみなさんご存知の通り、熊本城政府軍の徹底抗戦に遭った西郷軍は
緒戦から消耗し、戦わずして東上するつもりでいた西郷軍の敗色はこの時点で決定的になった。

11名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:09:05.71ID:5K/ys1C10
Q : 西郷さんは民百姓のために戦ったんでしょ?

A :
確かに西郷どんは薩摩や大日本帝国の将来のために
粉骨砕身した偶像であり鑑であるかもしれない。
しかしながら、実は西郷は単に薩摩や士族たちの
象徴であったにすぎないのではないのか。
それどころか、彼はだれよりも奄美と縁が深かったのに、
「敬天愛人」どころか義理も人情もなく奄美を
踏みにじった薩摩士族の大親分としか映ってこないのだ。

西郷はかつて大島・徳之島・沖永良部島に流されたが、
薩摩へあてた手紙では道之島の人々のことを
「毛唐人」「エビス共」「ハブ性の人」などと書き散らしている。
そして島妻アイカナとの間にもうけた菊次郎・菊子を
薩摩で教育する際、奄美出身者ということを他言するなと厳しく禁じた。
島に残された母アイカナは非業の死をとげる。

これは西郷という人間像の一コマではあるが、
実は次に述べる彼の政策論とも表裏一体をなしているとしか思えない。

12名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:10:02.66ID:5K/ys1C10
旧藩時代、薩摩は植民地奄美の黒糖収奪によって
財政を建て直し明治政権を樹立した。
奄美の黒糖地獄をだれよりも目のあたりにしてきたのが西郷だが、
彼は、禄支給廃止にあった士族の生活権にしか思いはなかったらしく、
桂久武に命じて不法な独占「大島商社」を維新後に設立させたのである。
これによって薩摩は再び収奪をほしいままにすることができ、
奄美は旧藩以上の窮状にあえぐことになった。

そこで明治十年、奄美から「大島商社解散」を要求する
五十五人の嘆願団が上鹿したが、いきなり全員投獄。
老人などを除いた三十五人は田原坂から敗戦中の
西郷軍に強制出陣させられた。
うち戦死した者六人、残りは官軍に投降。
許されて島へ帰還する途中、二人を除いて全員遭難し、
結局生存者はわずかに二十四人であった。
(前田長英著『黒糖騒動記』参照)

13名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:11:51.81ID:5K/ys1C10
Q : 西郷さんのおかげで明治政府は廃藩置県を断行し、旧体制からの決別を出来たんですよね?

A : 明治3年、新政府は廃藩置県に先立ち、
鹿児島の西郷隆盛と5千人の薩摩藩士を御親兵として東京に出仕させました。

廃藩置県に反発する武士層の反乱が予想されたため、
これを鎮圧するのに、薩摩兵とこれを束ねる西郷の力が必要であったのだが、
もっとも反乱を起こしそうなのが鹿児島住みの薩摩藩士と西郷であったために、
これを未然に懐柔しておくためでもあった。

ではなぜ西郷は懐柔されたのか。
西郷にとっての廃藩置県は、藩主に権力を返上させ、その下にいた士族が実権を持つ
という意味であったからだ。

西郷は、出仕の際に出した意見書(「西郷吉之助意見書」)で、
「新政府に必要なのは士族を中心とした軍備強化と農本主義的な国家経営であり、
近代工業や鉄道などの建設を推進する政府は「商人」のようである」と糾弾しており、
廃藩置県には同意しても、士族中心の国体を固守する考えに変わりはなかった。

旧弊にとらわれない中央集権国家を目指す新政府とは同床異夢であったといえる。

新政府からの同様の懐柔措置は長州と土佐に対しても行われており、
いずれも御親兵を東京に出仕させている。

つまり西郷隆盛はあくまで、廃藩置県に協力した一人である、
という話なのです。

よく言われる、岩倉使節団が洋行しているあいだに、
西郷がその声望と求心力で、廃藩置県を断行した、という類の話しも
まったくのデタラメです。
新政府が廃藩置県を断行した後に、岩倉使節団は出発しています。

14名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:15:14.57ID:5K/ys1C10
Q : 西南戦争で薩摩士族は自ら滅び、鹿児島にも新しい時代がやって来たんですよね?
   それもこれも西郷さんの捨て身の深謀遠慮のおかげなんですよね?

A :
西郷さんや幹部の城下士たちは九州中を6カ月以上も逃げ回りました。
薩摩士族は自ら滅ぶどころか、4人に3人は投降などして生き延びました。

その姿はどう見ても、自ら死を選び、滅ぶつもりの者たちの姿ではありませんでした。

戦役後、鹿児島では実権が城下士から郷士に移っただけで、士族支配であることになんら変わらなかったのです。

『薩摩見聞記』はこう記しています。
「明治中期の鹿児島では平民社会の
状態をみると, それはまことに哀れなもので,
鹿児島城下のわずかな一部の商人のほかは
財産もなく, 知識もなく, 勢力もなく, 士族との間には
なお甚だしい格差があって, 容易に融和しそうにもない。
藩政が崩壊してすでに20年にもなろうとしているのに、
薩摩だけはなお依然たる封建の地である。
政治、役人、教育、警察等の世界において
士族の勢力が強いこと、日本全国にその類をみない」
とあり、この状態はなんと太平洋戦争後まで続いたのです。

15名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:19:14.91ID:5K/ys1C10
Q : 新政府の高官たちが富貴や汚職にはしる中、西郷さんは質素倹約をして国家と国民のことを考えていたんですよね?

A :
西郷さんが賄賂を貰ったとか私腹を肥やしたなどの記録は一切ありません
ただ、質素倹約をしていたというのはどうでしょうか・・・

西郷さんが政府から貰っていた給金は現在の価値に換算すると月給2千万円
年収は2億4千万円です
住まいも江戸では元旗本屋敷、鹿児島では島津一族の広大な屋敷を買い取り
かなりリッチな生活をしていたようです

また自らの側近たちを軍の高官に高給で大量抜擢させるなど、人事の私物化(多くの犠牲を払い新政府を打ち立てた
薩摩藩士からすれば当然のご褒美かもしれませんが)は甚だしいものがありました

西郷さん的には民間の豪商などと癒着するのは絶対NGだったようですが、
政府のポストや金を自らの息のかかった子分たちに分配するのはOKだったようです

16名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:20:34.40ID:5K/ys1C10
以下は原口虎雄氏の文章の引用

これまで鹿児島に赴任する人々の間では、「南洲と斉彬の悪口は言うな」という、鹿児島社
会の風潮を恐れるタブーがあったそうであるが、顧みるにこの私も尖鋭な西郷絶対論者の一人
であったから、恥ずかしい。

庄内藩士書き留むるところの「南洲先生遺訓」や西郷の詩文、親しみ深い「上野の西郷さん銅像」
や「キヨソネの西郷肖像」などが、わたしと西郷を結びつけてくれた。

私の母校の田上小学校の門標は西郷の直筆で、この学校を出、県立一中や第七高等学校への
通行の途には武の西郷屋敷があった。
七高では敬天会に入り南洲寺にもよく参禅したが、なかんずく西郷糸子夫人の生家、岩山先生
の御宅には朝夕にお世話になり、立派な温かい家風を慕った。

幼時から青年期まで武の西郷屋敷附近で育った私にとっては、西郷は神様であった。
西郷の一言一動が価値の尺度であった。
少しでも西郷を批判する者がいたら、すなわち私の敵であり、「打ち殺せ」という気分にかられた。

しかしのち東大法学部に法制史を学び、さらに薩摩史を専攻するようになってからは、私の思考
の軌跡に変化が生じた。
−中略−

17名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 02:21:11.17ID:5K/ys1C10
西郷は道義国家の建設を目標としていた理想家だから維新革命に身命を賭したが、それ故に
第二、第三の維新を夢見た永遠の不平家である。
彼と同輩、または年長の人で尊敬したのは島津斉彬ぐらいで、他はおおかた彼の酷評の的に
なっている。

『西郷先生遺訓』は彼の理想であるが、現実の姿ではない。

維新草創の際、政府収入源は農村に求めざるを得ず、仮借なく封建貢租を取り立てたから、
明治元年から10年までの百姓一揆は維新前より頻発した。

少ない財源のうち4割を旧士族に与えねばならぬ当局の苦しみを西郷は知らなかったのだろうか。
米が1石、5、6円のころに1500円の巨大な年俸を受け、対外膨張論を唱えている。

西郷を取り巻く、財政も経済も世界情勢も知らない粗暴な私学校と袂をわかって、
多くの良識派の薩人が政府に残って近代国家建設の苦難に耐えたことを忘れてはならない。
弟の従道や従弟の大山巌、そのほか多年の朋友の心底は悲壮である。

もともと薩摩は日本南端の門戸で、黒潮岸辺を洗い、季節風が中国や異国の船を運んできた
外国と日本との接点である。
だから真っ先に外国文化の洗礼を受け、ハイカラ性が薩摩を支えてきた。

薩英戦争の結果、こだわりもなく英国文明の偉大さを学ぼうとして欧米に留学生を派遣した
聡明さや、敵味方を一様に供養する博愛の精神は、島津日新以来の薩摩の伝統である。

私学校の猛者たちの剛勇は、「薩摩的美学」の両面性の一つ、隼人以来の「バンカラ性」の
伝統であって、もう一つの美学「ハイカラ性」の欠落である。

太平洋戦争の誤りを二度と犯さぬためにも、「西郷神格論」からの脱却は今日的課題である

18名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 12:35:45.08ID:dNEo4Ro20
信憑性のないソースですね

19名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 20:25:05.09ID:2G/WOu/40
>>1

20名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 20:27:02.74ID:n6AxUi2m0
■「反薩長史観ブーム」の捏造を許すな■

「○流ブーム」に続き、新たなブームの捏造を極左マスゴミが仕掛ける動きがあったので、注意喚起を兼ねてここに公表する。
そのブームとは「反薩長史観」。その名の通り、薩摩長州の志士をボロクソに中傷する史観のことである。
誤解しないで頂きたいのは、この「反薩長史観」とは新選組や白虎隊などに心酔した結果の、一種の判官びいき的な「親幕反薩長」感情・史観のことではない。
これは反日パヨクが仕掛けた反日極左史観に他ならない。
イデオローグである武田鏡村は
「歴史修正主義的な傾向の強い安倍晋三首相は「長州」出身であり、その言動には「薩長史観」が深く反映されている。」
「薩摩と長州を中心としてつくられた絶対的な天皇主義、軍国主義、愛国心であった。」と言い、
「反薩長史観」のバックボーンが、反安倍、反日、反皇室のパヨク思想であることを図らずも吐露している。
奴らの狙いは何か?それは2018年を見据えた反日パヨク運動の扇動である。
2018年は明治維新からちょうど150年目である。またこの年のNHK大河ドラマは「西郷どん」である。
この歴史的な節目の年に便乗する形で反日パヨク運動を激化させる危険性がある。
例えば・・・
・政府主催の明治150年式典に対するテロ
・「鹿児島県民と山口県民は日本最凶のDQN県民」というプロパガンダを垂れ流し、日本社会の分断を図る。(いわゆる「田布施陰謀論」もこれの変種である)
・「明治維新を評価する奴はネトウヨ」キャンペーンを繰り広げ、評価する人に対する嫌がらせやテロをする。
・「(アメリカ南軍のリー将軍像のように)西郷隆盛の銅像をぶっ壊せ!!」と喚き、西郷像を破壊する。
・西郷像のみならず維新の元勲の像も破壊され、靖国神社や松陰神社などの元勲由来の神社もテロの標的となる。
・「皇太子の娘の名前を改名せよ!」と喚き、東宮御所前をデモ行進する。(御名前の由来が西郷の座右の銘である「敬天愛人」だから)
このような奇痴害活動を絶対に阻止しなければならないし、反薩長史観を称揚するマスゴミを厳しく指弾しなければならない。

21名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 21:00:08.24ID:OWOUNSTg0
>「跳ぶが如く」
レベルが知れる。

22名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 06:10:43.48ID:4yB7vIjU0
>>20
見飽きたコピペはあぼーん

23名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 15:47:38.97ID:pob8KcUy0
というか、江戸での狼藉支持さえ知っていればヤバい人物と分かるわけで
鹿児島人以外は流布されてる西郷イメージなんて眉唾だって理解してるでしょ

24名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 16:46:59.49ID:rzPEgk9Q0
良くも悪くも完成された薩摩隼人という話w
当然ながらその姿に一喜一憂する連中が居る反面、内情知りつつもそれらを利用しようとする
連中も居たのだと
自分の目指していた方向性・線上に指針となる人物が現れりゃ〜誰しもが従ってしまう
自分は間違っていなかったと

25名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 20:05:47.03ID:5lxo1C6T0
田布施システムの創作者・発信者一覧表

・大室近祐
通称田布施の和田喜八郎と呼ばれる詐話師
・鹿島昇
極左弁護士
同和問題にも取り組む極左弁護士
新国民社を設立し、陰謀論を出版
・太田竜
鹿島昇の新国民社を引き継いだ極左
元日本革命的共産主義者同盟委員長
・鬼塚英昭
大分の部落民で竹細工職人
鹿島昇の本に影響を受け陰謀論を
在日コリアンの会社から出版
・リチャード輿水
在日コリアンの会社から陰謀論を出版
・朴甲東
鬼塚や輿水が陰謀論を出版してる成甲書房を設立
朝鮮共産党機関紙「解放日報」元記者
・犬丸勝子
日本共和党の極左
・松重正
陰謀論で親韓
・松重楊江
陰謀論
・松重
名前は不明だが鹿島の本に影響を受けている
日韓親善協会、日中親善協会会員でもある共産党員

26名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/10(火) 20:08:05.03ID:5lxo1C6T0
・原田伊織
左翼
小説形式のブログで長州を貶める内容を発信
出版のソースに史料・文献が少なく司馬遼太郎などの
小説をソースにしている
・ツイートTVの老夫婦
共産党支持者
わざわざ山口県にまで出向き
地域を撮影しYouTubeで発信してる陰謀論者
動画の出だしに必ず「はぁい」と不気味な声で言う

会津プロパガンダ同様、極左だらけで歴史家がいない
に加えて部落、朝鮮人、親韓が絡んでるが特徴的

27名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 02:28:15.71ID:hIAjOgrt0
原田伊織

有料の本は読んてない。
無料で読める紹介文とレビューだけ読んだ。

たぶん忠臣蔵と明治維新を賛美しているコンテンツよりはしっくり読めそう。

幕府よりも薩長の言い分のごり押しが酷いね。

28名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/12(木) 17:41:41.04ID:Vi5i13Ch0
鹿児島に婿養子で引っ越し、生業のリフォーム建設業を営んでいる者です。

確かに鹿児島の職人を見ていると行き当たりばったりの方が多いですね
建物も以前の改装跡を診ると行き当たりばったりの皺寄せ箇所があったりする事が
多々見受けられます。

県民性なのか知らないですが建設業では本来在ってはならない致命的なミスがあっても
振り返らないで、やり切る方も多いので、その方々には注意や警告をするのですが、
やはり「議をいうな!」と言われる事が多いです。

決めた事を曲げない頑固さは素晴らしいのですが、
理論や道理が通じないというのは私達建設業では、
良かれと思っても大失敗に繋がる危険性を考えて施工をしなければ、
鹿児島に蔓延している悪徳業者と何ら変わりが無いと思うのです。

しかし彼等にはなかなか通じませんので、日々下手に説得して作業していただいてます。

29名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 06:12:03.76ID:DfEoVwtY0
スレ主の詐欺師根性極まれり

30名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 10:57:45.43ID:64h/mySZ0
>>28
それと西郷隆盛がどういう関係があるのか分からないが
鹿児島の県民性はそうだね

31名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 11:03:17.00ID:Clwdy4Fi0
鹿児島の県民性は偏屈老人そのものってことでOKですか?(´・ω・`)

32名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 11:27:55.82ID:64h/mySZ0
偏屈というか
専門性や論理を軽視する人は日本中どこでもいると思うけど
専門性や論理を軽視することがカッコイイと思ってる人が多いね、鹿児島には

専門性や論理を軽視してこそ大人物である、みたいな

33名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/13(金) 16:46:43.97ID:tnhrUOMt0
専門家は必要だが、人としては小さか

34名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 05:41:24.99ID:d1scondr0
今はどうだか知らないけど昭和の九州の男は亭主関白って威張ってた。
西郷が妻たちを大事にせずに捨てたりこき使ったりしてたことから
男たるもの女に媚びるな、釣った魚に餌はやらないでいいってなった?

性差ってのは生物学的な違いであって、優劣を判別するものじゃないんだけどな。

35名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 07:37:21.94ID:OtPUyo/u0
一般的な男尊女卑と、薩摩(鹿児島)の男尊女卑は
似て非なるもの だよ

薩摩は「郷中教育」で年端もいかぬ少年を"女性"の代替にして
未婚藩士の性欲処理をさせていた

同時に、肛門を奪うことにより上下関係を叩き込み、
妻よりも先輩や上役のほうが尊いのだ
という洗脳をした

そういった背景から生まれた男尊女卑だよ
薩摩のは

36名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/14(土) 11:46:08.98ID:fead9vuF0
スレ主の最近お気に入りのフレーズが、
西郷と妻たちの関係を「西郷は釣った魚に餌をやらない人だった」と揶揄することです。

ところがスレ主は結婚したことはおろか、恋愛をしたこともありません。
もしかしたら魚釣りはしたことがあって、「釣った魚に餌をやらない」という比喩を理解した気になっているのかもしれません。
「男女の機微」なんていうのは、スレ主にとっては全く理解不能な抽象的概念であり、
この世に存在しないものと同じです。

学校やアルバイト先で年若い後輩から慕われる、という体験は、ついぞ生涯無縁のもので終わるでしょう。

そんな「キング オブ モテない君」に、西郷隆盛を理解できないのは仕方ないことなのでしょう。
それが、無反省に貼り続けられている>>2から>>17のテンプレによく表れています。

37名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 00:35:15.75ID:bSL41LmD0
>>35
鹿児島が男尊女卑だと思ってるならかなりの誤解だぞ
昔から鹿児島の理想の家庭は「外では亭主関白」「内ではかかあ天下」なのだわ
他人様の家を訪問した時には、門を褒めず器も褒めず、まずは奥様を褒めるのが鉄則
飲み会に行きゃ分かるが、酒が進めば男達の嫁のノロケ話が始まる
西郷が愛妻家だったかはともかく、西郷の嫁はいずれも気の強い女性だったせいか嫁を立ててたようだね
奄美潜居時じゃ人前でも愛加那さんとイチャついてただの
最後の嫁の糸さんの義妹の肉声証言でも残ってるが、食事の時には毎回料理が美味いと褒めながら食ってて、横で糸さんが恥ずかしがってただの
実際はこんなもんよ、鹿児島の男尊女卑ってイメージに踊らされすぎだね

38名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 03:38:56.60ID:+bX10Rdl0
鹿児島が男尊女卑なのはまぎれもない事実だよ

鹿児島県「女子」の大学進学率
29%(全国最低で唯一30%以下)

男尊女卑というのはこういうことを言うんだよ
社会構造の話であって、個別の家庭でどうとかは男尊女卑と何の関係も無い

39名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 10:05:00.33ID:de/1w3om0
恋愛も結婚もできないスレ主に
男尊女卑の機微がわかるわけない!
キィーーー!! とか言ってきそう(笑)

40名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/16(月) 13:59:12.23ID:piaJ86a+0
女性の喫煙率からも、依然鹿児島が男尊女卑の土地であることが分かるよ

鹿児島の女性の喫煙率は 5.5%で全国2位の低さ

鹿児島県民が先進的な健康意識を持っていて民度が高いから・・・ではない
鹿児島の男の喫煙率は普通であり、女だけが低い

ようは女がタバコを吸うなんて生意気であるとか、女性としておかしい、
などの思い込みが強いからである

男尊女卑とはこういうことなのだ

>>37氏のような、「外では亭主関白」「内ではかかあ天下」などという古くて浅い、ステレオタイプの結婚観しか持ってない人こそが、
実は男尊女卑の温床になっているのだ

41名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/17(火) 20:29:23.33ID:fbHaOuoF0
いい事じゃねーか。
女性の喫煙率が低いのは。民度が高いと言う事。

42名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/18(水) 00:01:01.12ID:L7HnJsS+0
一般的に男女同権の進んだ先進国ほど女性の喫煙率は高い

米国 男12.2% 女10.7%
仏   男28.7% 女20.2%

残念ながら鹿児島県は
中韓およびレイプ大国インド型の喫煙率傾向です

中国 男47.6% 女1.8%
韓国 男31.4% 女3.4 %
インド 男22.8% 女1.9%

43名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/18(水) 03:00:36.88ID:80okQBZj0
今どき、喫煙率の高さを男女平等、女性解放の証なんて考える人がいたんだなあ。
平塚らいてうの時代のフェミニストと発想が変わらない。

44名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/18(水) 08:11:59.61ID:L7HnJsS+0
今どきって言うけど、今どきの現象だよ
進んだ地域ほど全体の喫煙率が低下し、男性と女性の喫煙率の乖離が少なくなっていく、という傾向は

「平塚らいてう」とか「フェミニスト」なんて驚きのワードが出てくる老害さんの時代には無かった傾向だから理解不能か

45名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/18(水) 20:45:03.21ID:Ha1RYmd00
>>44は、明治19年生まれの「平塚らいてう」の名前が出てきたら、驚いたそうです。
ここは「日本近代史板」、幕末から明治初期に活躍した人物の西郷のスレであるにも関わらず、です。
「日本近代史板」にそもそも向いてない人なんですね。

スレ主が>>38などで、根拠に挙げているのは、
「都道府県別統計とランキングで見る県民性」というサイトです。
ただしこのサイトは統計が挙げてあるだけで、解釈はスレ主が勝手にしたものです。
これならまぁどうとでも言える。

最近スレ主は、鹿児島ガーと、鹿児島攻撃をたびたび書き込んでいます。
「横目で見た郷土史」に依存した西郷ネタが尽きてしまったのだ。
しかし、どう見てもスレ違いの場合が少なくない。
スレ主が自分で荒らすんだから、そりゃ荒れるに決まってますね。

46名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/18(水) 22:09:11.74ID:UbC01sYb0
>>45
その統計に関しては、奄美群島とかの離島の数も含まれてるから解釈が難しいところ
奄美って本土から離れた離島群のわりに教育熱心で人口も領域では20万人を超える地域
しかし貧乏鹿児島県の中でも更に所得の低い地域でもあり、泣け無しの収入で何とか本土への大学進学をって場合、どうしても長男を送ってしまう傾向にあるからなぁ
これは男尊女卑以前に、奄美群島内に大学などの高等教育機関が無いという教育環境の問題の方が大きい
薩摩の幕末の活躍は奄美の黒糖の収益が支えたと言っても過言では無いが、そのわりには様々な面で過酷な境遇を今でも受け続けてるのかも知れんね
政治的にも奄美地域自体が強固な保守支持地盤なので、民主政権時代に報復で奄振法の予算削りの圧迫受けたりしてるし
自公政権では沖縄と比べて冷遇、民主政権では圧迫や報復と…色々と救われない地域だわな

47名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/18(水) 22:50:59.12ID:RzcaCTyC0
しかし>>45は本当に酷い老害だなあ

客観的な統計情報をもとに鹿児島県女性の現状を説明してるのに
何がいけないと言うのだろう??

膨大なサンプルの上に成り立った説明より、老害の貧弱な人生の上に成り立った「郷土幻想」の方が正しいと言うのだろうか

48名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/19(木) 10:07:46.58ID:6A/NYfFD0
鹿児島は知事からして男尊女卑で有名なとこじゃん
女に計算教える必要無いとか

49名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 09:33:38.61ID:C/vIwV/u0
>>48
あの発言の知事はセクハラで話題のテレ朝出身だな
しかも反原発を掲げて当選しながら、知事就任後は原発容認に掌返しするアレな人だぜ
鹿児島じゃ久々の左に傾いた首長登場で多少の期待もあったのだが、現在は当の鹿児島県民ですら唖然とする有様なのだ

50名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 12:06:20.60ID:OGPDPCCr0
>>49
事実誤認の先入観でしか物を言えないんです、という自己紹介をしているんですね。

51名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 13:13:49.20ID:gZ3YAni30
鹿児島って右も左も無いんだよな

西郷さんや地元をホルホルできれば右も左も無い

征韓論がそう

太平洋戦争以前の軍国主義の時代には
西郷を、大東亜共栄圏の先駆けとして征韓論を唱えた偉人にするし

戦後の左寄りの時代には、朝鮮出兵を阻止した平和主義者にすり替える

まあひどいもんだ

52名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/20(金) 19:52:39.03ID:ZA2nmeg70
西郷さんは右左で割り切れる人物じゃないからね

53名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/21(土) 06:07:52.82ID:6p7qWZeS0
>西郷さんは右左で割り切れる人物じゃないからね

西郷信者特有の言い回しだなあ・・・
何か大切なことを言っているようでいて
実は何も言ってない、何の意味も無い情報ゼロの言い回し
議を言うな、と同じで議論を恐れただ同調圧力を正当化するためだけの中身の無い言葉

54名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 14:18:14.92ID:+Ivy7qCm0
西郷どんは、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く人。

55名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 19:03:12.80ID:vbTVBfzu0
ただの普通の人じゃんw

56名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 21:22:16.80ID:epCJ02fM0
勝海舟、曰く「俺はいままでに天下で恐ろしい人物を二人見た。それは横井小楠と西郷南州だ。〜横井の思想を西郷の手で行われたら敵うものはあるまい。」

57名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/22(日) 23:12:40.03ID:5wYuT7q+0
西郷にしても勝海舟にしても、言ってみれば「小者界の超大物」という印象なんだよな
坂本龍馬にしても

58名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/23(月) 11:33:59.91ID:YPdVDEEo0
小者界www

59名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/23(月) 16:38:33.84ID:BjKNgcU60
声がでかいだけの人たちがなぁなぁで褒め合っている感じ。

60名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/23(月) 17:41:06.72ID:ig9Wz8ml0
>>57
西郷も勝も土俗的な匂いがプンプンする土建屋のオヤジって感じ。
龍馬は上手く言えないが都会的な感じがするんだよな。
お龍の回顧談でも(話半分だが)小心でセコイ感じが出てて笑ったw

61名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/23(月) 19:39:27.42ID:FyBiqhys0
西郷、坂本龍馬、勝海舟、横井小楠

このへんの褒め合いはみんな情実だよ
横井小楠はジャンルが違ってるように見えるけど
実は小楠は息子を勝に預けていたズブズブの関係

62名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/23(月) 19:43:13.80ID:+d0Icd2t0
勝海舟の評価だと西郷が1評価なのは変わりない

63名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/23(月) 22:53:41.61ID:W/iOSep40
>>51
地元の英雄を顕彰して観光業やらに利用している地域は
人気を維持するためなら何でもするでしょう

64名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/24(火) 00:05:14.93ID:o4g48ikh0
>>63
大学の学者やらまで総動員でやってる地域って他に知らない
誰が指揮してるわけでもないのに
異論は絶対許さない空気で

最近の信用金庫の組織的横領事件も
そういう鹿児島の、みんなやってるんだからお前もやれという文化と
無関係では無いんじゃないのかなあ・・・

65名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/24(火) 04:13:22.10ID:vi2/BskU0
>>61
勝海舟に限らず、明治20年以降の猛烈な懐古主義の流行が、異常な西郷賛美に拍車をかけたってのも大きいかと
これは西郷に限らず、明治期の新撰組美化や白虎隊顕彰と同根だわね
すでに大正に入る頃には新撰組に傾倒する腐女子すら存在してたくらいだし
性急な西洋化に対する反動なんだろうねぇ

66名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/24(火) 09:30:22.08ID:7rzanCle0
毛利先生の「明治六年政変」がアマゾンで高値ついててびっくり
再販したらいいのに

67名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/24(火) 19:40:29.16ID:ZiCj9ggs0
むしろ現代の方が西郷人気は低くなった
福沢諭吉も維新三傑など言ってるけども西郷が突出して衆望を集めてたとしてるし
当時の人間も西郷が一番凄いというのは共通認識

68名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/24(火) 21:32:44.51ID:TWhGxCvb0
西郷信者って論破されると必ず、人気は西郷が一番だったって言い出すよな(苦笑)

で、必ず福沢諭吉が出てくる(苦笑)

69名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 02:23:01.30ID:UmitA1zf0
西郷ってそんなに立派じゃないような……。
大河見てもフィクションがほとんどで史実を部分部分に差し挟んでいるだけ。
明治維新の立役者を褒めているBSの特集番組を見ても、褒めすぎじゃないか? 
ろくなことしてないなって思うし。
すごいすごいって言ってる人見るたびに、そーかなー?って違和感発生。

そうして薩長のテロ行為は過小表現で。
一例としては無血開城。
戦にならなかったことが後の世の高評価に繋がっているけれど
それは幕府が江戸を火の海にしないために脅しに屈したからであって、
強盗が人質ならぬ江戸を質にすべてを奪ったようなものだ。

なんか、ハイジャック犯が人質を無事解放して欲しければ
給油しろとか食料と大金寄越せとかほざいているイメージと重なる。

明治維新の英雄とやらは人を斬ったり放火をしようとしたりと違法行為をし続けていた犯罪者。
西郷ヒーロー説は性質の悪い誇大広告だ。

70名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 08:20:57.36ID:ZgC0Lvzh0
>>69
なあその維新をテロ目線で見るのやめないか?
流行ってるのは分かるが
おおげさな話しだけど原始人の男が半ば強引に女を孕ませようとしてるのを見てそれはレイプだ!と糾弾するのと同じくらい馬鹿げたものの見方だよ

71名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 08:30:39.33ID:xDMucmkf0
擁護になってねえw

例えるなら忠臣蔵で幕府に備中松山城の明け渡しを命じられた水谷家の家臣たちが
立て籠って徹底抗戦を唱えてたのを大石内蔵助が交渉で無血開城にこぎつけた事件だろw

72名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 12:54:52.18ID:rly1KZVY0
>>70
横レスで悪いがそうではないといいたいからつけさせてもらったわ

これは流行りでもなんでもなく事実テロと軍事クーデターにより維新は成就した
これは揺るがない事実

その例えは韓国のような現行憲法でそれ以前の罪までを裁きなおす非文明国のようなもののたとえだわ

実際問題、廃藩置県から士族反乱までの流れみても一部の人間にしかその本質を理解してるものなどなかったなによりの証明
西郷など廃藩置県後に士族がどうなるかまでのビジョンなど持ち合わせてなかったから最後があんなわけだ

結局廃藩置県の必要性は西周の新国家体制でいわれてるわけで
必然的にそれは西に新国家構想を任せた慶喜の知るところで
遅かれ早かれ廃藩置県は断行されたものとおもわれる
なにもテロと軍事クーデターで転覆さす必要はなかったものをやったのだからな

ま、だからイスラム国でもうまいことやれば明治新政府のようにやれるということ

73名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 15:54:49.86ID:27d04VZP0
>72
>>西郷など廃藩置県後に士族がどうなるかまでのビジョンなど持ち合わせてなかったから最後があんなわけだ

西郷は廃藩置県がどのような結果を生むかくらいは十分にわかってたけど。www

74名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 16:46:03.91ID:27d04VZP0
>>72
薩長をどうしてもテロと呼びたいようであるが、
軍事力で各藩を統治、恐怖支配していた幕府が軍事力によって制圧されるのは当たり前だろ。

75名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 22:21:08.32ID:Sf21mki60
>>73
ほう
これはおもしろいことをいう


じゃあその西郷が廃藩置県がどのような結果うむのか判ってたというソースは?

76名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 22:23:51.27ID:Sf21mki60
>>74
封建制度の根本を判ってるのかおまえは?
まったく判ってないような発言だが

77名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 22:32:43.66ID:27d04VZP0
>>75

士族の反乱を招くことくらい、西郷だけでなく誰でもわかってたろう。
ソースを出せとか、おもしろいこというww

大久保ら、海外視察組はそれが怖くて、国外逃亡していたわけだし。

78名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/25(水) 22:44:59.28ID:27d04VZP0
>> 76
言いたいこと不明www

79名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 03:07:30.97ID:GXIVt0Dc0
>>77
マジで?

80名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 04:36:14.92ID:z9Ljyq9f0
戦国時代に終止符を打ち260年もの天下泰平の実績を持って、まじめに政権運営をしている幕府を
倒すべきなんて妄言はテロリストの扇動でしかない。

貧富の差が激しくて、贅沢三昧している王族・貴族がいる国とか
考えなしの理想論者が大量虐殺していた独裁国家とか
無知な権力者が発した愚策のせいで餓死者が出しまくった人民の国とか……、
そういう国ならレジスタンスも活性化するものだけど、徳川幕府にそういう分かりやすい悪行はなかった。
無血開城の瞬間も後もまともだった。

九州地方だけは江戸時代になってからも圧政VS原理主義一神教の島原の乱が起きたり、
薩摩藩は琉球侵略と奄美の黒糖地獄で奴隷使っていたけど。
要するに江戸幕府はホワイト経営していたのに薩摩はこっそりブラック企業で、
違法の密輸と奴隷労働によって稼いだ汚い富で悪さを企てたとも言える。

実際、明治維新以降、侵略する国になった日本は満州でしっぺ返しを食らい敗戦後もじわじわ劣化して
今じゃコンクリだらけのせいでゲリラ豪雨するわ、原発のせいで放射能まみれだわの生態系の貧しい
穢れた地になってしまった。

81名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 06:42:19.16ID:E9yAjn+Z0
>>77
ソースだせないとうことはオマエの憶測でしかない
歴史は史料に基づき検証される

西郷が廃藩置県後にどのような結果になるか判っていたという史料はどこにある?

西郷だけでなく誰でも判っていたという史料の提出よろしくな

82名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 07:59:42.25ID:hW4bkJRd0
>>81

1+1=2であることの、ソースを出せと言われているようなものwww

83名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 08:31:48.15ID:hW4bkJRd0
>>80

徳川幕府の封建制度=悪、ましてや民主主義が正義などとは思っていない。
ただし徳川幕府が新政府に倒されなければ、海外の植民地になっていただろう。

パワーバランスで幕府は倒されたという結果。

84名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 08:31:49.13ID:hW4bkJRd0
>>80

徳川幕府の封建制度=悪、ましてや民主主義が正義などとは思っていない。
ただし徳川幕府が新政府に倒されなければ、海外の植民地になっていただろう。

パワーバランスで幕府は倒されたという結果。

85名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 10:21:24.43ID:E9yAjn+Z0
>>82
はい論破オマエの負け〜
オマエの脳内ソースで適当にでっちあげた妄想トンデモ理論であること判ってしまったな
哀れ

86名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 10:58:07.42ID:E9yAjn+Z0
>>83
薩長よりもはやく、そしてより明確な近代化と中央集権新国家体制プランをすでに有してそれを履行するとこまできていた幕府が何故新政府に倒されなければ海外の植民地になっていたというのか
その根拠とソースを提示しろ

またオマエの脳内妄想がソースとかぬかすなよなw

87名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 13:12:52.53ID:hW4bkJRd0
>>86
じゃ、なんで、そんなに抜かり無く、しっかりやっていたにも関わらず徳川幕府は新政府に敗れたの?

88名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 14:44:42.49ID:E9yAjn+Z0
>>87
>じゃ、なんで、そんなに抜かり無く、しっかりやっていたにも関わらず徳川幕府は新政府に敗れたの?
こんなことすら他人に訊かないと判ってもないレベルなのか?

まずは
・西郷が廃藩置県がどのような結果うむのか判ってたという根拠とソース
・幕府が軍事力で各藩を統治、恐怖支配していたという根拠とソース
・大久保ら、海外視察組はそれが怖くて、国外逃亡していたという根拠とソース
・徳川幕府が新政府に倒されなければ、海外の植民地になっていただろうという根拠とソース

オマエがちゃんとそれら主張してる根拠とソースをまず出せ
出せないなら無学無知で勝手に妄想で語ってすいませんでしたと謝れ
そうしたらなんで徳川幕府が新政府に敗れたのかくらい優しく教えてやるわ

オマエがどうみても明らかにしったかで語ってるレベルだから厳しく追及してる

89名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 19:14:13.46ID:XH7mZlIN0
横レスだが、>>88が「句読点の打ち方も知らないレベル」だというのは分かった。

90名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 19:41:17.70ID:vLwHf3R40
>>88
西郷は廃藩置県の議論がまとまらない時に
反乱が起きれば自分がすべて鎮圧すると言って議論まとめたくらいだから
大規模な反乱が予想されててどうなるかぐらい知ってる

幕府時代は言論の自由もないし平均寿命も30
安政の大獄見れば分かる通りほっとけばテロ路線も突っ走る
朝廷や雄藩や浪士が怖いから雄藩も納得するような近代化路線を打ち出さざる得なかった
だから反幕府勢力の長州藩が没落すると参勤交代復活させようとしたり幕権強化路線に戻り
薩摩と関係が悪化して薩長同盟とその後の倒幕になる

91名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 20:33:11.93ID:E9yAjn+Z0
>>89
ID変えて別人設定で横レスとかウケるオマエw

もはやその程度の返ししかできなくて哀れw

そのへん文章まんまオマエのコピペしただけだなのに草はえる

92名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 21:01:19.12ID:Ps544Jc20
>>80

>実際、明治維新以降、侵略する国になった日本は満州でしっぺ返しを食らい敗戦後もじわじわ劣化して
今じゃコンクリだらけのせいでゲリラ豪雨するわ、原発のせいで放射能まみれだわの生態系の貧しい
穢れた地になってしまった。

これこそ、妄想満載だろ、ソースだせよ。

93名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 21:14:39.64ID:Ps544Jc20
>>88
>他人に訊かないと判ってもないレベルなのか?
>そうしたらなんで徳川幕府が新政府に敗れたのかくらい優しく教えてやるわ

質問の形をした嫌味ということにきずいていないようだなwwww

94名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 22:32:23.16ID:Ps544Jc20
廃藩置県は封建制度の解体の最重要課題だったことは、新政府の誰もが認識していたことであり、
当然、士族の反乱は予想されていた。

明治4年7月9日木戸家で廃藩置県の相談会が開かれている。
従道、大山巌、大久保、山県、井上肇、木戸が出席
西郷は「もはや論議の余地無し。反対するものはあろうが、今は『断』の一字あるのみ。
実施に当たって不穏の事態があったら、その処理は拙者が引き受け申す」

その後天皇へ
「恐れながら臣西郷が居りますれば、何卒、大御心を安んぜさせられますように」と申し上げ、
明治4年7月14日廃藩置県の大号令発布。

95名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/26(木) 23:29:18.56ID:I8WZPb610
>>94
その逸話のソースは「大西郷の逸話」昭和49年 ですね

作者の西田実は鹿児島県出身の教員で狂信的な西郷信者
本作もマンガみたいな内容の西郷カルト本で
残念ながら歴史学的には価値ゼロのしろものです

創価学会や幸福の科学から出ている教祖礼讃本と同じものです

しかしこんなゴミ本でも引用を繰り返されるうちに
鹿児島県や西郷ファンの間ではそれが史実であるかのように語られ、
ドヤ顔でネットに貼る者も出てくる

ほんとうに困ったものです

96名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 00:18:55.33ID:RgjfvnsN0
ちなみに「大西郷の逸話」では江戸城明け渡しの場面を以下のように書いています

4月11日江戸城に入る勅使に万一のことがあっては無血開城が水泡に帰すので
西郷は身分を隠し、兵卒として勅使を護衛し、一緒に江戸城に入った・・・

そういう大河ドラマでもやらないようなウソ逸話を平気で載せてるゴミ本です、>>94の元ネタは

97名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 03:57:39.95ID:BxQ5jzdr0
明治新政府が捏造した西郷英雄説はありえなさすぎ。

そんなのでもカルトの狂信者のごとく盲信している人はいる。
信じるに値しないものを信じてしまってアイデンティティの柱にしてしまった人間は
たぶんまともじゃない。

倒幕の手段の汚さや明治新政府のやらかした愚策がつまびらかにされていく都度、
わめいて騒いでかきまわして有耶無耶にしようとする。
某一神教で魔女狩りを実行していた異端審問官のごとく攻撃的だ。実に目障り。

明治維新を正しいと思うヤツは頭おかしいっていうアンチなイメージを広めたいなら
効果的なやり方だけど……。

98名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 08:51:03.54ID:jyhm6/yW0
アンチ西郷、アンチ維新のここのスレ主が最もカルトっぽくキモいwwww

99名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 11:32:17.32ID:jyhm6/yW0
>>80
>実際、明治維新以降、侵略する国になった日本は満州でしっぺ返しを食らい敗戦後もじわじわ劣化して
今じゃコンクリだらけのせいでゲリラ豪雨するわ、原発のせいで放射能まみれだわの生態系の貧しい
穢れた地になってしまった。

1. 明治維新と「今じゃコンクリだらけのせいでゲリラ豪雨」との因果関係、
2. 明治維新と「原発のせいで放射能まみれだわの生態系の貧しい 穢れた地」との因果関係

の根拠をソース付きでお願いします。wwww

100名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 16:08:17.77ID:UdUZoCMa0
西郷どんもいいけど三国志もね
https://goo.gl/PLRVDf

101名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 16:11:09.75ID:FWGII1/e0
>>93が涙目wwwwww
ID変えて他人装い横レスとか言い出したとおもったら次は負け犬が吠え返すだけの無意味レスで必死www
もはやその程度の返ししかできなくて悔しいのォ〜脳内妄想のペテン師wwww

悔しかったらはよ根拠とソース提示しろw

これだから薩長史観だけに毒されたバカ信者はきめぇ
反薩長史観と両輪のごとく検証する客観性が欠如しすぎて学術板で語る資格もない無知無学のカスばっかだな

102名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 22:52:48.67ID:dhTk80gr0
西郷ドンが廃藩置県の後の反乱を予想してことを示す、行動、言動など一次史料は多数ある。
こんなところにはソースは出さないが。日雇い反日プロパガンダのスレ主に教えるのもったいねーし。
ていうか、大改革の廃藩置県を断行しようとしている当事者がその結末を考えてない
なんて普通に考えてもありえないだろ。
この後また夜中の3−4時に反日プロパガンダのスレ主は火病をおこします。 to be continued

103名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/27(金) 23:44:47.56ID:MnD9aPTb0
そもそも新政府に対し反乱を起こせる実力があるのは薩摩と長州ぐらいなわけで
さの薩長両藩が廃藩置県に先立って「御親兵」という形で新政府に精鋭軍を差し出してる時点で
反乱の芽は摘まれている

そういう意味で西郷は(小規模な抵抗以外の)深刻な反乱など予想していない

あたりまえである
新政府の御親兵以外に、それに対抗しうる兵数、火力を物理的に保持する勢力は
当時の日本に存在しないのだから

もし、西郷が(抵抗以上の深刻な)反乱を予想していたとしたらそのほうが馬鹿だろう
事実、廃藩置県はあっけなく完了している

したがって>>102がなぜ西郷が反乱を予想していたと必至に言い張るのか、理解に苦しむ
さすがに西郷どんもそこまで馬鹿じゃないだろう

104名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 11:31:05.42ID:e8Fk1wzz0
>>102
教えるのはもったいないとかw
結局なんだかんだと言ってソースが妄想なので出せないだけなのにこの負け惜しみw
惨めで哀れw
それでこういう批判受けるの自身でわかってるからあらかじめ「火病おこします」宣言して釘刺して牽制したつもりで己の醜態自ら晒すw
超ウケるww
こういう展開になるの判ってるくせに悔しくて悔しくて悔しさ抑えきれないからレスしちゃうw

ま、まずは涙拭いてくれ
それから落ち着いて考えよう

105名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 20:46:29.76ID:12wia2nz0
御親兵など数千の兵に過ぎないし
佐賀の乱、神風連の乱、 秋月の乱、 萩の乱、西南戦争と実際の反乱はあちこちで起きてるよ

106名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/28(土) 21:41:13.85ID:z4PG8C3y0
大西郷と言えば洗濯機の愛妻号

107名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 00:19:28.13ID:i/Gypk4N0
>>105
それらの反乱の多くは廃藩置県からだいぶ経ってから起きた反乱で
廃藩置県とは何の関係も無いじゃん

大きい反乱は佐賀の乱と西南戦争だけど首謀者たちは廃藩置県の時には
政府にいた人間だし、西郷軍の中核はもともと御親兵

つまり廃藩置県の時に大きい反乱を起こせる勢力は在野せず
物理的にやっかいな反乱が起きる可能性はゼロ

士族にとっても廃藩置県は藩の解体であり士族の解体では無いので
反乱を起こす動機は薄い

西郷にとってもウザい島津久光を棚上げできるので
むしろ都合が良かったはず

思われてるほど困難なもんじゃないよ廃藩置県は

実際何の反乱も起きて無いし

108名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 00:35:48.00ID:kApjTT6M0
廃藩置県の前の地名の方が恰好良かった。
市町村合併の後の地名もセンス悪い。

109名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 18:33:20.83ID:BRy2scPi0
西郷って維新の三傑として木戸孝允や大久保利通のグループに分類されているけど
役割的には島津久光や松平容保のグループなんだよな

薩摩の兵馬の権を事実上掌握している西郷を
政治的に取り込んだ勢力が薩摩の兵力を利用することができるという
以前の島津久光と同様の立ち位置

末路も、久光や容保同様で、利用価値が無くなって切られているが
そういうものとして考えれば普通に超大物の政治家と言える
久光が超大物であったのと同じ意味でね

110名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/29(日) 23:27:18.63ID:kApjTT6M0
久光の悪評は西郷と大久保をヨイショするために捏造されたもの?
ぐぐってたら久光はけっこう高評価。そして西郷と仲が悪かった。
斉彬は先代の実の父親から信頼されてなかったっぽい。嫡男なのに。

歴史ジャンルもので悪役設定された人物って実際は違う場合が多いから
悪役に引き立てられて英雄になった連中も胡散臭い。

111名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 00:09:22.97ID:AxbscWD20
久光の悪評と言っても、そういうイメージがあるだけで具体的な悪評って無いはず

逆に西郷は偉人のイメージが一般的には付いているが、では具体的にどんな偉いことをやった人なのかというと
鹿児島県民ですら「え〜と、それは・・・」となるぐらい「偉人」としての実体の無い人物

>>109のように歴史の節目節目に登場して重要な役回りを演じているが、「偉人」かというと全然違うし

112名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/30(月) 18:41:20.63ID:zergod9d0
勝の西郷評や竜馬評もやっぱり創作なのかよ

なんか歴史ってウソだらけだな

すぐ違う説が出てきたりするし真面目に学ぶのがアホくさくなる

113名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/01(火) 15:29:40.82ID:PEQs4sUq0
「敬 天 愛 人」

この手のワードを好み、サインしていた人物ですよ
現代でもそうですが、そんなことするのは自分を大人物に見せたい小人物しかいません

本当の人格者や大人物は今も昔もそのようなワードを口にしないと思いますし
ましてや大仰に書にしたりは絶対にしないと思います

114名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 17:29:05.16ID:ZRUJFBN80
>>111
西郷がどんなことをやった人なのか?
面倒がらずに検索してみた。

ドラマ的な脚色を取り払い、史実だけをニュートラルな視点で見てみたら、
結婚してから事故物件だと分かる最低男。
月照という坊さんを殺してる。
久光にはハラスメント。
倒幕のために実行した手段はテロ行為満載。

やらない方がいいことばかりやっていた。

115名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/02(水) 23:34:17.10ID:WKhCa5yA0
>>107

>士族にとっても廃藩置県は藩の解体であり士族の解体では無いので
反乱を起こす動機は薄い

全然間違い。
廃藩置県で最も不満が出るのは士族だったことも知らないのか。
そんな超基本的なことも知らないとはwwwww
無知って怖いな。wwwwwwwwwww
そんなめちゃくちゃな知識でよく知ったかぶりで西郷を叩いているな。wwwwww

116名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 00:55:21.61ID:0kroHIYI0
士族の解体は明治9年の「秩禄処分」です

・廃藩置県(明治4年)
 藩の解体 → 混乱無し → 西郷及び薩摩藩士も新政府に同調

・秩禄処分(明治9年)
 家禄、賞典禄の廃止
 つまり士族の食い扶持の没収
 ↓
 とくに賞典禄(戊辰戦争功労者に対する賞与)の恩恵を最も受けていたのは
 薩摩城下士であったが、彼らもその特権を没収され、生活基盤を解体されることになった
 ↓
 西南戦争(明治10年)

わかりやすすぎ

117名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 04:38:18.50ID:Md7bzAv20
>>116
真っ先に暴発して火薬庫襲ったのって、鹿児島城下の城下士達じゃなく、加治木衆を中心とした外城士の若者だったかと
彼らは戊辰時には主に在郷の者が多く、また新政府に出仕した経験者も少なかった
そもそも暴発した若者の多くは、戊辰戦争や明治維新前後のの激動期にはまだ年少だから当然と言えば当然
維新の賞典とかには、さほど与からなかった人達だわね

118名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 08:32:00.04ID:Llt8iNRI0
>>117
まるで年少の外城士が西南戦争を主導したかのような言い方するけど
実際の戦争と何の関係も無いでしょそれは
戦争を決定し、主導したのはあくまで城下士を中心とした「私学校」勢力

火薬庫襲撃も私学校信者たちが暴走したにすぎない

また、西南戦争と秩禄処分は関係無いかのような見解は初めて聞いた

119名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 08:51:11.01ID:Llt8iNRI0
ちなみに外城士は賞典禄の恩恵をさほど受けていないのではなく、賞典禄は基本貰っていない
戊辰戦争に従軍した外城士もいたが、賞典禄は城下士だけに支給され、且つ外城士には当初秘密にされていた

城下士が主導する西南戦争への従軍を渋る外城士が多かった原因の一つがこれである

120名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 09:08:34.54ID:T6aoob0J0
>>107, 118
廃藩置県と秩禄処分を完全に切り離して考え、誤解しているスレ主は哀れ。wwwwwww
廃藩置県後からすでに禄制改革は徐々に行われており、完全に終止符を打つ形が明治9年の
秩禄処分であるだけのこと。

廃藩置県により知藩事は債務がなくなり、家禄は一定の維持ができているので
職を失った士族に比べて、不満は少なかった。

121名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 09:29:05.29ID:vx8onNyg0
>>120
言ってることすべて意味不明

士族が職を失うとか(笑)

士族は身分・特権であって、職業では無いですよ
しかも廃藩置県時にはその身分・特権は失っていません

頭悪すぎ(苦笑)

122名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 10:01:33.68ID:T6aoob0J0
>>121
言葉尻をとらえることしか出来なくなったスレ主哀れwwww
もっと根本的なまともな反論をしてみろよ。

123名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 10:24:08.05ID:97galS+C0
西郷は廃藩置県にて起こりうる反乱は予期したが
つまり旧藩主やその実権を握っていた者を中心とした反乱は予期していたが
秩禄処分を失い、断髪廃刀令などの平民化政策によってその後士族らがどうなるのかまでは明確にビジョンをもってないし想像もできてない

ここがポイント

実際、廃藩置県の重要性やその本質も他の主要閣僚らに比べてどれほど理解していたかも疑問

124名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 11:43:12.17ID:vx8onNyg0
>>123
西郷個人はビジョンを持っていたのか

そもそも西郷はビジョンや理念で動くタイプの人間ではなく
その時々の立場や人間関係によって
考え方がコロコロ変わるタイプの人間だと思われます

廃藩置県時の西郷は政府にいて、リストラする側だが
秩禄処分のときは薩摩にいて、リストラされる側なので
当然考えの変化はあるでしょうね

125名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 18:23:01.44ID:UvJ2qkMA0
西郷って普通のリーマンみたいだなあ……
(´・ω・`)

1262018/05/03(木) 20:13:59.14ID:tU9W730b0
そもそも西郷は紀州藩を改革した津田出を評価してたから、
近代化の必要性は承知していた
ただ大久保政権とは違ったってだけで
板垣や江藤にしても同じ事
反政府だったというだけで、軍と権力握ってる政府には勝てなかったというだけ

127名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/03(木) 23:21:40.52ID:3MNk0coR0
「近代化」ねえ・・・

西郷信者が大好きな曖昧なワードがまた出たな
具体性ゼロの、どうとでも取れるようなワード

「敬天愛人」とか「天命」とかそんな言葉と同じ次元のワードだな
都合よくどうとでも解釈できて、なにか重要なことを言った気になる無能好みのワード

128名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 02:07:01.03ID:OOq/8ufg0
明治新政府のやったことは壊すことばかり。
中央集権化のためと言いながら地方独自のコミュニティーをズタズタにした。

軟禁して外部からの接点を失った「天皇」を原理主義一神教の神のごとく盲信させた。
盲信はあるがままの存在を信仰する日本古来の概念とは別物。

異端を狩り尽くす洗脳カルトのやり方だ。
天皇という存在にその忌まわしい概念を上書きして行われたのが廃仏毀釈。

天皇を唯一尊い神に引き立てるために他の神々や仏教の否定ってなんで?
基本的に己の正当性を誇示するために他者を貶めるやり方はなんか違うと思う。
そもそも日本の仏教は奈良時代の天皇がものすごいパワープッシュして
取り入れた国教だったのにな。

129名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 13:39:43.46ID:/3oCMPXE0
そら近代化の必要性くらいは理解してたろ
ただ、その近代化の細かな理由や本質、それに対する己の思想など持ち合わせてなかったとおもうわ
でなきゃ、熟知してるのなら農本主義に帰依することなんてしないだろそもそも

西郷がやろうとしたこと
西郷が想像してる政策の器は
生前の斉彬に説かれた内容と構想で止まってる気がするんだよな
それを実現させるだけのプランとビジョンしか持ち合わせてない感じがすごくする

130名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 13:43:22.81ID:g8mZuMAT0
【アミシャーブ計画】 日本人にとって骨の髄まで凍り付くような恐ろしい話! 【スタクスネット攻撃】
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1525405421/l50


神道、皇室、ダブル解体の危機!

131名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 15:12:46.60ID:NRLKUoVu0
>具体性ゼロの、どうとでも取れるようなワード

www


んじゃ〜その具体性とやらで評価されている連中が「どんだけ」居るの?と

132名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 17:55:07.57ID:p2Xj2/080
未知のものに対する西郷の理解力がいかに乏しかったかは
"鉄道論争"によく表れているよ

政府幹部では西郷隆盛のみが鉄道建設に最後まで反対した
金がかかりすぎる、というのが理由らしい

「投資」とか「工業力の裾野を拡げる」というものが理解できなかったわけではなかろうが
それでも反対したのは、もし鉄道を認めてしまったら、農本主義でやってきた自分の人生は
いったい何だったのか、という精神状態に陥っていたとしか思えない

ようは「老害」である

大久保利通も鉄道に強硬に反対していた一人であったが
実際に試乗すると態度を一変させ
「鉄道の発展なくして国の繁栄はありえない。」とまで言ったとされる

一方西郷は試乗することさえしなかった
鉄道は極めて重要な軍事力でもあり、軍の重鎮である西郷が試乗もしないというのは異常な事態である

現代でも電子メールを拒絶する老人やクレジットカードを持たないことを美徳とする老人がいるが
ようはそれである

西郷と大久保の盟友関係にひびが入り始めたとされるのはこの頃からである

133名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 18:34:58.03ID:gbXiuAhW0
鉄道そのものを否定してない、金がかかるという理由だからごく普通の感想。
大久保は乗って見て、気の利いたセリフ吐いてみたかったんじゃないの。

134名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 19:16:09.76ID:p2Xj2/080
>>133
それこそがまさに大問題なんだよな
金がかかるという普通の発想で終わってしまう凡庸なオッサンが
郷土の兵力を背景に、大人物然として政府重鎮の椅子に座っているという

それでも西郷のいいところは自分に理解できないようなことであっても
新しいことをやろうとする人間の邪魔はしないところにあったと思うのだが
この鉄道論争のあたりからそういう面が後退し
老害のように我を通そうとする場面が多く見られるようになった

西郷といえば「征韓論争」で我を通そうとしたのが有名だけど
この「鉄道論争」の構図も実は同じであったのだ

135名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/04(金) 20:42:25.04ID:p2Xj2/080
もうちょっと言えば、西郷の立場に反する案件でも
西郷をヨイショしつつしっかり根回しすれば、あっさり通ってしまうのも西郷の特徴

山県有朋がよい例

徴兵制とか鎮台軍などは、どう考えても西郷と薩摩兵の立場を相対的に弱めてしまう案件であったが
西郷はよほど山県を気に入っていたのか、山県案件は通している

一方で薩摩に帰ってからは相変わらず旧薩摩の軍制をそのまま私学校に移しただけだし
屯田兵みたいなこともやってるし
配下の桐野利秋などはそのような西郷に対し、内心ではそうとうなストレスがあったと思う

136名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 02:28:35.27ID:MBqDDgVP0
大阪維新の会が筆舌に尽くしがたいほど大嫌い。
中身空っぽ。ペラベラの風見鶏。
勢いでごり押ししてくる政策はポンコツばかり。

西郷の生き様もたいがい風見鶏。
俗物なだけだからどうとも思ってなかたけど過剰に
英雄扱いでヨイショされているから気持ち悪い。

137名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 13:25:00.70ID:pLgbV/pk0
西郷幻想のせいで
「リーダーに必要なのは人格や責任をとる覚悟であり、
実務能力や専門性は小さい人間がやればいい」
かのような間違った認識が一般化してしまった感がある

実際の西郷は自ら責任を取ったことなど一度も無いのに

138名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 19:45:58.62ID:+Ucox1tG0
>>135
西郷は明治維新のモデルとなった紀州藩で徴兵制に改革した津田出を評価してたから
別に山縣が関係なくても徴兵制の必要性は承知してるよ
西郷も桐野も私学校にほとんど関与してないし、桐野に至っては既に民権論者になってたし

139名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 23:28:34.58ID:9aMVXuSr0
まずその津田出の逸話、
つまり西郷隆盛が津田出を見出し、
西郷一人の判断で政府に抜擢したかのような逸話自体が
事実ではないと思っているんだが

具体的に言えば、その逸話が広く世間に広まったのは
おそらく司馬遼太郎が自著で書いたのがきっかけで、比較的近年のことと思われる

司馬は、田舎に埋もれていた津田出を西郷が一本釣りするかのように
東京に連れて来て、維新の改革を託したかのような書き方をしており
西郷信者によってそれが史実であるかのように広められたと考えられる

しかし西郷が初めて津田に面識を得たのは
津田が政府入りするために上京した後のことである

そもそも津田出は改革者としてすでに有名であり
むろん西郷もそれは知っており、津田を政府に呼ぶことを了承していたはずであるが
西郷個人が徴兵制などの改革を推し進めるために津田を抜擢したかのようなストーリーは
司馬遼太郎と西郷信者によって誇張されたフィクションである

140名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/05(土) 23:47:23.13ID:9aMVXuSr0
西郷隆盛が徴兵制に対し、どういうレベルの理解があったかは正直判然としない

士族軍を廃してゆくゆくは徴兵軍のみに統一していくのか、士族軍と徴兵軍を並立させるのか
もしかしたらロシア型の、士族が士官で徴兵が兵卒という理解であったかもしれない

しかしながら鹿児島では徴兵など一切してないし、議論さえした痕跡もないことを考えると
西郷にとっての徴兵制は、しょせんはその程度のテーマでしかなかったのだろう

141名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 00:35:59.70ID:nsEj5PAZ0
西郷って創作物と憶測以外に褒めるところないの?

記録に残っている実績は、戦場好きな戦争ジャンキーがテロ工作員やってた。
それだけ。

142名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 07:56:00.93ID:zODjBKRj0
西郷は手紙ではわりといいことを書いてるよ
手紙だけ見れば高い人格が備わった有能な人物に見える

現実の西郷は違うようだけど

143名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 09:02:47.00ID:n2mH3eXO0
>>140
私学校なんか軍事的な部分だけ見ると、旧士族への士官教育を指向してたんだろうね
数が必要な兵はいずれ徴兵で賄う
武士として旧態ながらも軍事教育を受けていた旧士族は、士官として一部を近代兵制に組み込む
兵は徴兵で短期間に増やせても士官は教育に時間かかるしな

まぁ明治前半の日本軍士官も旧士族出身者が大多数を占めてたわけで、西郷じゃなくても士官は士族からという流れにはなってるし
どのみち早急に軍事強化を図ると、誰がやってもそうなるわな
そもそも吉野開墾社も私学校も、実質的には維新で職を失う旧士族の失業対策と人材供給が主目的だしね
とは言え結果的にどちらも不平士族の政治結社と化してしまうわけだが

144名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 11:11:53.29ID:zODjBKRj0
吉野開墾社って、家禄を失う士族の授産を見据えた先進的な試みのように説明されることが多いけど
実態はぜんぜん違うからな

西郷の下野に従って東京の政府軍を辞めた者たち(桐野利秋をはじめとした150名の元薩摩藩士)が自活するために
作った宗教コロニーみたいなもんだからな

吉野開墾社が設立されたのは明治6年?であり、明治9年に士族が秩禄処分で禄を失っていく以前のことであり
その当時は薩摩の地元の士族たちは禄も貰っているし、べつに生活に困ってない

政府軍で高給を得ていた西郷一派の武士としての家禄がどうなっていたか知らんが
たぶん権利は喪失していただろうから
その西郷一派の授産のために作られたのが吉野開墾社であり
士族一般の授産のために作られたわけではないのだ
西郷個人の都合で作られたものである
(明治9年以降は一般の士族授産の目的も付加されたかもしれないが)

西郷が吉野開墾社をテーマに作った漢詩が残っているが
なんか早起きして畑仕事すれば心身が健康になるとか
そういう次元の話で、中でやってることは郷中教育的な、
ようは薩摩流の精神修養で若者を洗脳していく人材教育だと感じた

145名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 19:28:56.26ID:bNlhbn+R0
実際は士族派とされる西郷派の方が進んだ考え持ってたやつ多い
桐野→民権論者
板垣→民権論者
江藤→民権論者
こっちが主導権持って近代化進めてた方が日本にとっては良かったろうな

146名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 20:57:58.23ID:n2mH3eXO0
>>144
吉野開墾社はそんな裏の裏を読まなきゃならないような結社じゃなく、幕末に城下士や鹿児島城下近辺の郷士に与えられていたような賄い地の延長線だわな
薩摩に限らず新政府も失業士族を使った開拓事業を熱心にやってたし、当時の日本では工業化と並列する基本手法だわね
吉野台地は元来から水の便の不安定さから放棄農地が多かったが、近世の灌漑技術の進歩と商家の投資で水稲以外なら将来有望な開墾地になってた
今じゃ吉野台地も鹿児島の典型的な住宅地になって往時の面影は無くなってるけどね
同じ事が大隅の笠野原台地でも行われていたから、旧士族就農の試みは当時の鹿児島じゃ無難な手と言える
まして西郷は元々が郡方の小役人だから、むしろこの手の事は得意分野と言ってもいいし

147名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 21:08:12.92ID:QXyeTprl0
>>145
それって反政府の側に回った連中が自由民権運動的な手法に活路を求めただけじゃん

ようは苦肉の策

薩摩なんか自由民権どころかガチガチの士族王国で
そこにどっぷり浸かってた桐野が先進的な民権論者とか
ほとんどポエムだな

148名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 22:37:17.76ID:hYQ18TAd0
九州のルソーと呼ばれ、自由民権運動をしていた熊本の宮崎八郎も西郷軍についたな。

149名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/06(日) 23:37:54.61ID:hYQ18TAd0
>>139
>事実ではないと思っているんだが

お前の感じたことはどうでもいいんだよ。
あい変わらずスレ主は自分の知らないことは全て逸話www

津田出の件については実際西郷は代理で村田新八を紀州に視察に行かせているし。

150名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 00:44:41.69ID:WOxclHXk0
西郷信者はどうしても、西郷が津田を見出したってことにしたいらしいが
津田は紀州にいた頃から超有名人であり
津田が独自に紀州で編成した西洋式の徴兵軍はすでに2万人の規模であった

視察者は全国から集まり、薩摩からは村田新八の前に西郷従道が視察してるし
米英仏は公使自らが和歌山まで足を運んでいる
はっきり言って西郷は津田ブームに便乗しようとしたミーハーなオッサンにすぎないよ

一説によれば西郷は津田に感銘を受け、津田を首相の地位に就けようとしたと言われるが
実際には首相どころかくすぶって終わってるという、西郷伝説のいつものパターン

言われていることと史実がぜんぜん違うという

この逸話が本当だとしたら、西郷さんは津田という英才をまったく生かせなかったわけで
むしろ不名誉なことだ

151名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 02:05:50.76ID:LAgv0Cft0
民権論ってそんな良いものだっけ?
天皇を唯一神のごとく飾り立てといて、それは矛盾だろうに。

マルクス思想に心酔して正論っぽいものを演説する虐殺者たちを連想させる。
正しく美しく響く思想書に傾倒して狂信状態っていうのはよくある話だ。

江戸時代の良識や常識の方が押し付けがましくもなく、ごく当たり前のこととして
浸透していてまともだった。

そもそも薩摩は重税だの琉球侵略だの黒糖地獄だの
開国前から欧米の植民地政策と同様のことをやっていた。
名言上手なカリスマもやってることが違っているからダメダメだ。

島原の乱の残滓、隠れキリシタンたちが潜伏していたせいか
寺子屋の数は他藩よりも一桁少なかった。
そのため薩摩藩の知識格差は酷くて識字率はどの藩よりも低く、
和算ブーム?算額絵馬ってナニ?って状態で年貢計算もできない
第一次産業従事者たちは重税をふっかけられ続けられた。

152名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 05:58:49.19ID:s76QNvot0
スレ主は躁が出たんだろうか。

「イメージと実像が最もかけ離れた男」というのは、スレ主自身の自己紹介。

153名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 07:27:48.30ID:3Nq8MwA70
>>150

何が言いたいのか、何に反論しているのかわからない。

西郷は津田出を高く評価していた事実は廃藩置県、徴兵制に強い理解をしめしていた
ことを揺るぎないものにする。

154名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 07:46:48.18ID:3Nq8MwA70
>>151

>江戸時代の良識や常識の方が押し付けがましくもなく、ごく当たり前のこととして
浸透していてまともだった。

当時の民権運動も完全ではなかっただろうが、腐敗した封建制度や世襲制度よりはるかにまし.

江戸時代が良かったとか。スレ主は時代劇、江戸時代礼賛本の見過ぎだろ。wwww
劣悪な労働条件、貧富の差, 厳しすぎる残酷な刑罰, 子供が殿様になる世襲制など江戸のブラックさは悲惨。

155名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 09:44:46.73ID:SS9W9LLn0
廃藩置県なんて当時誰でも考えていた流れで
西郷が考えたわけでもないし、まともに理解していたかも怪しいぞ

明治6年の政変で西郷が下野した後の鹿児島を見れば
現実の西郷がどのようなものであったか分かろうというもの

156名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 09:45:19.08ID:SS9W9LLn0
西郷党とも言える私学校はナチス党や中国共産党と同じく、誰も逆らえない一党独裁者になり
城下士と郷士との身分差別は深まった
本土の百姓も奄美の奴隷も解放されるどころか、旧藩同様の簒奪を受けた

157名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 09:46:08.25ID:SS9W9LLn0
西郷君臨下の鹿児島はシンプルに北朝鮮と同じであった
いや島津時代のほうがまだましであったと言える
何しろアンチ久光を広言する西郷のような者でも殺されずに藩政に参加できていたのだから
よほど民主的であったのだろう

西郷君臨下の鹿児島はどうか

西南戦争では従軍を拒む郷士をその場で虐殺した

158名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 09:48:56.29ID:SS9W9LLn0
西郷の理想がどうだったかは知らないが
唯一史実として言えるのは、私学校独裁の鹿児島を

西郷は甘受していたということ

そこには中央政府時代に後押しをしたとされる廃藩置県や徴兵制の片鱗も見えない

159名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 12:24:41.34ID:LAgv0Cft0
腐敗した封建制度や世襲制度って……、ベルバラのイメージならそうだね。
マリーアントワネットが「パンがなければケーキを食べればいい」っていうのはフィクションだったけど
賭博にハマって血税をガバガハ浪費したことは本当なんだよなぁ。
それで革命が起きて、即位だけはした最後の国王ルイ17世は人道もなにもあったもんじゃない虐待行為によって
わずか10歳で悲惨な死を遂げたけどその顛末の認知度は低い。

革命というのはエスカレートしすぎるからよくない。国王夫妻を断頭台で処刑するのもドン引きだけど、その子どもまでも
虐待死させるのが正義を叫んでノリノリだった革命派。
原理主義一神教の信者脳は排斥する対象に容赦がなさすぎる。


対して、キリスト教に禁教令を出していた徳川幕府は殿様さえも質素が美徳とされていた。
西洋の封建制度と日本の封建制度は呼び名を同じにしているのがおかしいほど別物だ。

世襲制は高水準の技術の継承には必須たった。
農業・林業・大工・その他伝統工芸の技術者も幼い頃から道具や現場に馴染んで経験を
積まなければ手に入らない高度な技能だ。
政(まつりごと)の家系には次代の殿とその側近をセットで育成しなければならないかった。幼い頃から
徹底して教育するなら世襲ってなる。ほぼ当然。


庶民からは見えなかったお偉いさんたちの社交による根回しも、メインは茶室や碁を打ちながらの明晰な脳の
コンディションで行われていた。
酔っ払いが勢いで国家を運営したら惨憺たることになるから当然と言えば当然ではあるが。

テロ活動にいそしむ薩長工作員は密会するにも潜伏するにも酒飲んで女遊びする場所ばかりだったから
やることやること酩酊脳の勢い任せでテンションがおかしい。
強い権力者は悪だーってテンプレな思い込みも短絡的。

外様大名には不評だった参勤交代も街道・宿場町の経済を潤していたし、行軍訓練にもなっていた。
戦争経済の依存しなければやっいてけなくて朝鮮出兵をやらかした豊臣政権よりも上手くやってるなぁと感心する。

江戸時代の粗探しをしてみると大組織の運営の試行錯誤が興味深いけど、たまに忠臣蔵のような
通り魔狂人に追従する勘違い忠義者が非武装の老人を夜闇に集団で殺人しにいく美談(?)が流行したりしてたけど、
おおむね歌舞伎のような庶民の娯楽になって流行する程度で国を揺るがすほどのものにはならなかった。

薩摩藩と西郷は粗探しなんてしなくても粗だらけ。雑だし残虐だし幕府の粗探しをしてレッテル貼りして
世論誘導してと……、その行動パターンは己の所業を顧みてないところがもうアカンやつ。

西郷も黒糖地獄見てきた経験があるけど生還してから奄美のためのことどれほどのことをしたっけ。
久光を田舎者と罵ったくせに江戸の先進的な文化とやらを薩摩に広めることもしない。
戦場をプロデュースして戦して目立ったから英雄? 戦国時代に回帰したかっただけの迷惑野郎なんじゃないの?

160名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/07(月) 13:28:06.96ID:3Nq8MwA70
大型連休明けの忙しい日にもかかわらず職業反日プロパガンダは暇が存分にあることだけはわかった。wwww

161名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/08(火) 22:58:01.19ID:mL4mlnIg0
公武合体派の軍学者赤松小三郎を、その教え子・人斬り中村半次郎に斬らせた黒幕は
西郷だったと「諸説あり」って番組で言っていた。
仮説とはいえさもありなん。暗殺が歴史を動かすのに有効手段だった時代だ。

西郷は戦好き。公武合体が実現したら戦ができない。戦こそが時代を動かす。
徳川幕府を戦で滅ぼして新時代をってビジョンを強く持っていた。

それにしても赤松暗殺の理由は、彼の知識が幕府軍を強くするのを危惧したって
ことらしいが、赤松にしたら災難なことだ。
役割を終えて帰ろうとしたら教え子に斬られるって、恩を仇で返されたってことになる。

軍事の技能をパクって用済みになったら機密保持のために消す。
招かれて行ったら、教える側である間はもて囃されるが生還はできない。それが薩摩。

余所者に対してだから冷酷な決断ができた?
西郷も同郷の大久保らに見限られているから因果応報?
……後味の悪い話だ。

162名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/08(火) 23:21:41.65ID:BYYawUJu0
>>155
廃藩置県を考えたのはたくさんいたが、実行に移せるのは西郷以外にいなかったってこと。

163名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 00:20:59.39ID:uvu4VN2N0
>>161
この時期の桐野は小松帯刀から重用されてて、西郷の命令下で動く事はあまり考えられないがなぁ
むしろこの時期の桐野は政略的な面での活動が多くて、小松帯刀や朝廷工作をやってた大久保に近かった頃だし
西郷に抜擢され麾下で動くようになるのは戊辰戦争の頃からだしね
しかし小松帯刀が桐野に暗殺を指示するっても、彼の政治姿勢を考えたら想像し難い事で…小松帯刀ってイメージより黒かったのかもしれんけどね

164名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 01:59:11.73ID:2tk+BIlw0
>>162
実行もなにも西郷は何もやってないよ
そもそも実行するような実務能力が無い

165名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 06:35:54.07ID:q17gx+G80
>>164
スレ主は、時々こういう卓袱台をひっくり返すようなレスをします。
スレ主が自分で荒らすんだから、そりゃスレは荒れる。
荒らしてレスが来るのが目的の、かまってちゃんだから仕方ないのでしょうが。

こんな人に「人望」の意味が分かるはずがありません。

166名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 07:08:05.80ID:Kw5/Gine0
実際に「実行」という言葉に値することなんて何もしてないじゃん

『山県有朋らが進める廃藩置県に西郷は理解を示し協力した』って言い方が正しい

「実行」「人望」・・・実体の無いポエムだな

バカ 「西郷はその人望と求心力で廃藩置県を実行した」

・・・すごい深い意味がありそうだが、ちょっと考えれば何の意味も無いポエムだと分かる

西郷を礼賛するバカが使う表現てこんなのばっかりだわ

167名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 07:51:57.21ID:emVfYEql0
>>166

スレ主の知識不足は深刻レベル。

>『山県有朋らが進める廃藩置県に西郷は理解を示し協力した』って言い方が正しい

その言い回しは西郷は廃藩置県の蚊帳の外にいてサポートしたかのようにミスリードしているが全然不正解

実状は山縣が廃藩論を提起し西郷に同意を求めている。政治的ポスト、力関係から西郷
に伺いをたて、同意を求めたと言った方が正しい。実際伺いをたてに西郷を訪れたことは一次史料にも残っている。
その他、あえていうなら木戸、大久保らも廃藩置県断行に大きく関わった人物ではあるが、
廃藩置県断行に不可欠な武力の後ろ盾である新兵を組織した西郷が最重要人物であった。

168名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 07:52:05.66ID:9WyXRBOa0
>>164
桐野の人生をぐぐってみたけど、改名しただけで人斬りは放免されたっぽい?
人殺しに相応の罪状がつかないとは変な時代だ。

赤松暗殺を人斬りに命じた「黒幕は西郷ではなかった説」もさもありなん。
西郷以外にも赤松を消しといた方がいいって判断をするお偉いさんは何人も居たってことだろうか。
冷酷なのは人間多すぎだよ、薩摩藩!

169名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 08:21:19.07ID:wl09SkWE0
西郷でなければ実行できなかったという言い方は微妙だなぁ
薩長土の武力前提だから西郷の取り込みが必須ではあったけど

170名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 08:41:43.52ID:gZBd/ucp0
>>168
黒鉄ヒロシの妄想を信じるなよ…
赤松が薩摩にとって邪魔だったって説には信州人が地元の人物を実際以上に重要人物に見せたいという魂胆が見え見え
薩摩がまだ公武合体をあきらめてなかった慶応3年5月の赤松から久光への建白書を持ってきて
武力倒幕には邪魔だったと強弁したりと史料の裏付けがまったくない

171名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 09:03:48.39ID:0p8z+njw0
>>167

Q : 西郷さんのおかげで明治政府は廃藩置県を断行し、旧体制からの決別を出来たんですよね?

A : 明治3年、新政府は廃藩置県に先立ち、
鹿児島の西郷隆盛と5千人の薩摩藩士を御親兵として東京に出仕させました。

廃藩置県に反発する武士層の反乱が予想されたため、
これを鎮圧するのに、薩摩兵とこれを束ねる西郷の力が必要であったのだが、
もっとも反乱を起こしそうなのが鹿児島住みの薩摩藩士と西郷であったために、
これを未然に懐柔しておくためでもあった。

ではなぜ西郷は懐柔されたのか。
西郷にとっての廃藩置県は、藩主に権力を返上させ、その下にいた士族が実権を持つ
という意味であったからだ。

西郷は、出仕の際に出した意見書(「西郷吉之助意見書」)で、
「新政府に必要なのは士族を中心とした軍備強化と農本主義的な国家経営であり、
近代工業や鉄道などの建設を推進する政府は「商人」のようである」と糾弾しており、
廃藩置県には同意しても、士族中心の国体を固守する考えに変わりはなかった。

旧弊にとらわれない中央集権国家を目指す新政府とは同床異夢であったといえる。

新政府からの同様の懐柔措置は長州と土佐に対しても行われており、
いずれも御親兵を東京に出仕させている。

つまり西郷隆盛はあくまで、廃藩置県に協力した一人である、
という話なのです。

よく言われる、岩倉使節団が洋行しているあいだに、
西郷がその声望と求心力で、廃藩置県を断行した、という類の話しも
まったくのデタラメです。
新政府が廃藩置県を断行した後に、岩倉使節団は出発しています。

172名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 09:36:10.51ID:emVfYEql0
>>171

コピペを出すんじゃなくて、自分の言葉でかいつまんで反論してみろよ。自信がないのか?

173名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 10:27:20.63ID:0p8z+njw0
コピペじゃないよ テンプレだよ
君の言ってることって、テンプレ以前の情報量と見識でしかないんだよ

本質を言えば、廃藩置県における西郷隆盛の功績は
新政府に懐柔されてあげて反乱の芽を自ら摘んだこと

それ以上でもなければ以下でもない

むろんただで懐柔されたわけではない
目の上のタンコブであった島津久光など門閥層の無力化は西郷にとって「ざまあ」としか言いようのないものであったし
配下の桐野利秋なども陸軍少将という破格のポストと超高給が約束されたうえでの出仕であった

これって言わば西郷閥という新しい門閥が旧門閥にとって代わったにすぎないんだけど
そういう矛盾を西郷はどう考えていたんだろうな

174名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 10:36:55.63ID:emVfYEql0
>>173
結局、また脇道に逸れてはぐらかすのかwww

>>164の「実行もなにも西郷は何もやってないよ
そもそも実行するような実務能力が無い」についてダイレクトに説明しろよ。

175名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 11:12:19.52ID:0p8z+njw0
ダイレクトって何? 信者用語?

西郷は廃藩置県では何もやってないって

むしろ抵抗などせず何もやらなかったことが、西郷の大功績と言えるのに

それこそが西郷という存在の価値だよ

「西郷が実行した」「西郷が断行した」・・・アホか
信者が西郷のことをいちばん分かってないわな

176名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 11:38:46.01ID:emVfYEql0
>>175
ダイレクトの意味もわからないのかwwww
directだよ、辞書を引けよ。
お前の書いているのは意味のあるもの全くなし。自分で書いたもの見てみろwwww
著作権法違反のコピペ転載、抽象論、罵詈雑言だけなんだよ。www

177名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 12:57:47.23ID:hbob5ov80
吉田松陰が斬首された悲惨なスレッド
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/dtm/1523675019/

178名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 17:56:08.56ID:9WyXRBOa0
>>170
黒鉄ヒロシって誰だろう? レビューすら読んだことなかったから一通りアマゾンの
レビューを読んできたけど読破できるのはいつのことやら。
有名な竜馬がゆくはレビュー読んだだけで生理的に好かなかったから読んでない。
英雄っぽさがわざとらしくしか演出できないテロリストたちの美談だの、
実はダーティーだったという暴露本なども、実はさほど興味がない。

ただ西郷英雄説への嫌悪感はどこからかというと、ハリボテ感ハンパないから。
聖徳太子伝説ほど時代の隔てがあれば、そういうレジェンドも作れるだろう。
だが西郷を伝説化するには、時代的に近すぎて明らかになっている醜聞がありすぎる。
明治維新の立役者たちの偉業とやらのハリボテっぷりは、ちょっとぐぐれば早々に
化けの皮が剥がれる薄い薄いものだ。
マンセーするの、無理。

179名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 20:02:31.78ID:CPILVRTe0
んでも良くも悪くもそういう先達があってこその今なんだよなと

下手すると自分やお前らの先祖は未だ底辺弱小百姓階級のままだったかもだし
いやいや大陸・半島連中に蹂躙されてハングルor北京語標準になってたかもしれんw

180名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 21:24:27.37ID:emVfYEql0
廃藩置県が西郷なしでは断行できなかった事実は薩長、西郷嫌いの半藤でも認めているからな。

181名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 22:10:23.75ID:k2WxbhA50
>>180
プッw

「廃藩置県は西郷が断行した」

「廃藩置県が西郷なしでは断行できなかった」

に変えてやがる

ダサすぎw

182名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 22:15:19.37ID:9c9jwbxv0
薩長の戦力、とくに兵数の多い薩摩の戦力を取り込まずして廃藩置県はできなかったのであり
べつに薩摩の窓口は誰でもよかった

西郷が薩摩の窓口に居座っているので西郷に根回しするしかなかっただけで

西郷がこの世にいなければもっと簡単に政府は薩摩の戦力を取り込んでいたろうな

西郷のおかげで薩摩士族の暴発が防げたかのような話は幻想だよ

実態は、西郷がいたせいで薩摩士族が西郷軍団化し、一種の圧力団体として政府にプレッシャーを与え
西郷への根回しが不可欠になったということだ

西郷は薩摩という圧力団体を抑えたのではなく、薩摩を西郷軍団という圧力団体に仕立てた張本人なのだ

いわば自作自演

183名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/09(水) 22:16:16.72ID:emVfYEql0
お笑い岩倉とんでも使節団の物見遊山の間に西郷は廃藩置県の後処理、学制、徴兵令、地租改正とか留守政府で
どんどん断行していった。西郷でなければ反乱だらけだったろうな。
まあ、外遊組が残っていたとしたら、かえって何もできなかったろうから、岩倉慰安旅行もあながち悪くなかったかな。
ちなみに、岩倉旅行団は不平等条約改正の目的は全くなかったそうだな。
旅行団がアメリカについた時に、駐米の森有礼が焚きつけたらしい。

184名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 00:46:51.23ID:FEePfz2j0
しかしこんな奴しか擁護する者もいなくなったのか西郷どんは・・・

大河「西郷どん」は、西郷伝説という電球が切れる最後の一瞬の輝きなのかもな

185名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 06:41:15.33ID:/v/fGIeh0
スレ主は最近バイト先で「これではまるで現代の異端審問だ」とか文句を言って、
馘になったんじゃないかな。

186名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 08:37:56.40ID:zLZj/7Ku0
鹿児島みたいな地方でもバイトってバカにされるポジションなんだ?
鹿児島とか全員バイトレベルの人材で回してる県という印象だけど

187名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 13:26:16.23ID:8uaK8j7I0
そういや司馬遼太郎は西郷の立ち位置を
現代で言えば、労組の委員長みたいなものだと表現してたな

労働組合のトップであり、経営層からは煙たがられる存在

しまいには経営層を追い出し、労組の幹部が経営をするようになり
あたりまえだが会社を潰した

188名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 15:06:08.92ID:dSdBCnPH0
まあ、司馬史観参考にするのもどうかとおもうが

歴史上の人物あらさがせばそらいろいろ必ず出てきてしまうけど
西郷の場合、英雄にまでまつりあげられてるからそのあらが色濃く見えてしまうのも仕方ないし、かわいそうでもある
ある意味西郷も被害者なのかもしれん

希代のぶっ壊し屋であったけど、政治家としてはなあ…

189名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 17:11:37.85ID:OBvoi8er0
ぶっ壊し屋か・・・

世間では、古い時代をぶっ壊してくれた人と思われているが
じつは違うんだよなあ

ぶっ壊したリストの中に幕府や門閥も含まれているので
「古いものを壊してくれた人」扱いされているが
西郷にとっては不平不満の対象がその時には幕府や門閥だったということであり
時期が違えば鉄道や近代的価値観の官僚をあたりまえのようにぶっ壊そうとしてるからな

190名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 17:12:21.66ID:OBvoi8er0
やはり原口虎雄氏の言うように「永遠の不平家」だったのだろう

貴乃花親方と同じで、自分の知らないところで大事なことが決められたり
自分のことを認めようとしない人間が自分より上の地位にいることが
どうにも耐えられない性分だったとしか思えない

ふつうそのような人間は誰にも相手にされなくなるものだが
貴乃花にしても西郷にしても常人には無いカリスマ性があるので
付いていく人間も少なからずいるし
知らない人が離れて見れば正義の改革者のようにも見えるので、世間人気がある

191名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 17:17:58.30ID:OBvoi8er0
しかし近くにいる者は、貴乃花や西郷の性分を分かっているので
近い人ほど離れていく

正義や義憤でやってるようなポーズをとるが
自分が具体的な解決策を持っているわけではなく、
じつはライバルや気に食わない者を追い落とすこと自体が目的であることが
貴乃花や西郷に近い者には分かっているのだ

貴乃花の実家の家族は全員離れたし、以前貴乃花派だった親方衆も離れる者が続いている

西郷の近親者も従道はじめ離れた者が多く、かつて盟友だった大久保にも見限られた

西郷を高く評価したのは西郷に会ったこともない福沢諭吉とか
昔に何度か対峙したことがあるだけの勝海舟とか
ようは反政府的心情の持ち主がプロパガンダとして西郷を祭り上げてるのだ

192名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 19:31:14.45ID:HiwKJRuj0
西郷さんは結局偉大だったという結論になるな
洋行組が西郷筆頭の留守政府に嫉妬して権力闘争しかけただけで
宮廷の権力闘争に長けて皇帝を操ったりする中国で言う宦官みたいなもんやね

193名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 21:56:00.66ID:Ok+jpDl10
荒らしとダメンズウォーカーしか西郷を擁護しないスレッド。

194名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 22:43:53.63ID:U/aVv5Cd0
近代化、民主化の基礎に必要なことは留守政府でほとんどはやり尽くした感がある。

ありがとう、西郷ドン。
ここに集う、こんなにも身分の卑しいアンチ西郷にも自由に書き込みできる権利を与えてくれて。

195名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 23:37:56.65ID:7aqy5q3B0
岩倉使節団が命がけの洋行で近代文明の調査に力を尽くしていた頃、
日本に残った西郷隆盛は何をやっていたのでしょうか・・・

西郷と同じく参議の職にあった大隈重信の証言がある。

「西郷には実に困った。彼は一般の政務には関心なきが如く、
留守内閣では太政官の正院に出頭しても、
ただ板垣(退助)と相対しつまらぬ話に打興じ、やがて家に帰っていった」

明治新政府における西郷の浮き上った、無為無策な姿が目に浮かぶようだ。

「 世間の多くの人は西郷を英雄と言い、豪傑と称しているが、
私は不幸にして、未だに西郷のどこが英雄でどこが豪傑だったのかさっぱり分からない 」
日本史籍協会編『大隈伯昔日譚』二、東京大学出版会、1981年履刻

196名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 23:39:48.92ID:7aqy5q3B0
大隈重信は維新三傑にしばしば言及しているが、木戸や大久保を称揚する一方で
西郷については冷評していることが多い。

『大隈伯昔日譚』(明治二十八年)では「政治上の能力は果たして充分なりしや否やという点については、
頗るこれを疑うのである」と語り、そのために壮士輩が談判を迫り、脅迫状が届いたという。

それでも大隈は発言を訂正せず、その後の座談でも西郷の「感化力」は認めながらも批判的である。

しかし最後の筆録となった『大隈侯昔日譚』(大正十一年)にみえる西郷評は同情的な傾きがあり、
木戸・大久保の人物評とあわせて一つの参考になると思う。

197名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/10(木) 23:42:30.36ID:Eai8nByb0
>>196
>『大隈侯昔日譚』(大正十一年)にみえる西郷評は同情的な傾きがあり
これがどんなものかが結構重要な気がする

198名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 03:09:06.69ID:MTxbWvUE0
>>186でスレ主は、印象で物を書き、実像は全然知らないんだと、自分で言ってますね。

「スレ主 イメージと実像が最もかけ離れた男」

199名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 07:09:42.74ID:9MxdYPWj0
三井の番頭こと井上馨とつるんで私腹を肥やしていた大隈は西郷に嫌われていたんだよな。2人が不仲だったのは有名な話。

200名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 07:42:15.48ID:LyIgfz+f0
>>195
>岩倉使節団が命がけの洋行で近代文明の調査に力を尽くしていた頃、

「近代文明の調査」ねぇ。www
アンチ西郷のスレ主が大好きな曖昧なワードですな。
具体性ゼロの、ほんとうに無意味なワード

「命がけ」ではなく、国内の反乱を恐れての「命乞い」の洋行と言った方が正しいだろ。
特に大久保は反対を押し切って、強硬に使節団に入っているよな。

201名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 09:42:29.50ID:40p+35uQ0
鹿児島じゃ海外逃亡だと教えるんだ
岩倉使節団の背景を

聞いたことねえわ(苦笑)

そういや鹿児島には独自の大久保伝説がいっぱいあって
・西南戦争に西郷が参加していると知った大久保は激しく動揺して家の鴨居に頭をぶつけた
・大久保が紀尾井坂で襲撃されたとき、女のように悲鳴を上げながら逃げまわった
・薩英戦争の時に大久保が屋根に登って沖合の英艦隊を見ていると
 突然英艦が砲撃して、腰を抜かした大久保は屋根から転げ落ちた

などそんな大久保ヘタレ伝説が固く信じられていたそうだな
そのリストに入れとくわ

・大久保海外逃亡

202名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 10:33:34.71ID:zLVXkr5x0
>>196
いやまぁ前半生の大隈は他人の悪口言いまくりなんで、あまり彼の発言を参考にしない方が…
逆に晩年は急に性格が丸くなってしまったんで、晩年の彼の褒め言葉もアテにならないんだけどね

203名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 11:17:28.10ID:A0WJpA2U0
>>202
明治28年の『大隈伯昔日譚』は西郷を快く思っていなかった大隈の肉声に近いのかなと思うが
大正11年の『大隈侯昔日譚』は露骨に西郷美談調なんだよな
大隈が使いそうにない「忠義」「徳」などという言葉が使われている
大隈の心境に変化があったかもしれないが、著者(編纂者)の違いによるものもあるかと思う

ちなみに明治28年の西郷評は>>3の西郷評と同じ冷たいトーンであるが
大正11年のは、重野安繹が「西郷南洲逸話」で書いた、西郷に対し同情的な箇所とほぼ一致する

西郷は子分とワンセットで「西郷隆盛」であったという見方は完全に同じである

204名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 11:19:24.34ID:A0WJpA2U0
重野安繹 『西郷南洲逸話』の西郷に対して同情的な箇所

西郷の人となりは、今申す通り度量は狭いが、人と艱苦を共にするというところが持前で、
古人の謂ふ士卒の下なる者と飲食を共にする風であった。支那の戦国では呉起(軍事思想家)などが
そうであったという。
士卒が手傷を負へば、その傷を啜ったりするようなことは、しはずさぬ(ぬかりなくやる)人物で、
自分より目下の人の信用を得ることが多いので、西郷のためならば死を極めてやるという、
いわゆる死士を得ることは自然に出来るので、それが面白くてたまらない。
何でも下の者を己の手足のように使ひ廻すのが、一生の手際(自分の長所?)と思って居るから、
自分も努めてする。
幕府を倒すのもそれから起って居る。そうして一時成功したのは、士卒の心を得ているからである。
しかしながら西南の役になっては、それが自分の身を亡ぼす元になって来た。
西南の役は西郷に人心が就かなければ、あれ程の事は出来はしないであったろうが、
薩摩の者は申すに及ばず、他国の婦女子までも、西郷先生ならばと云って、皆戦争に出る気になった。
西郷が人から惚れられるのは、そこに在るのだ。その方には人心があった。

205名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 11:22:20.98ID:A0WJpA2U0
大隈重信 大正11年の『大隈侯昔日譚』

西郷は破壊的で建設ではない。すなわち破壊の勇者で建設は不得手であった。
政治は建設的で破壊は力である。だから長き強き封建を破るという破壊的維新には、
西郷の力与って大いに力があったが、復古で目的を達した後は浪人してあまり政治には関係しなかった。
そのまま猟でもして余生を養ってときどき陛下の御諮問にでもお答えする位にしていたら間違いは無かったんであるが
非常に情に脆い涙弱い人であって、乾兒(こぶん)が沢山あったからついに乾兒に誤られたんである。
勇者は強者には強いが柔に出逢うと溶けるんで、流石の西郷も乾兒どもには弱かったんである。
この情に脆い結果が西郷の徳をして盛んならしたと同時に、一方生涯の過ちを惹起したと察せられるんである。
これは一つには政治家としての性格でもない、軍人としても戦術家ではない。政治家でも軍人でもなし、
一個の自然人で、ただどこまでも忠義一途なんで、国家の為となると、将軍も島津公も眼中にない。
少しも私心無き卓越したる英傑であった。維新前後にはこの種の人が多少は現れたが、古今には甚だ少ないんである。

206名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 11:36:04.27ID:A0WJpA2U0
この二つの西郷評のおかしな点を少し書くと

重野の「薩摩の者は申すに及ばず、他国の婦女子までも、西郷先生ならばと云って、皆戦争に出る気になった。」
他国の婦女子とかそんな事実はまったく無い

そして大隈の、西郷は「少しも私心無き卓越したる英傑」という評
大隈が本心からそう思うだろうか??
西郷が論理的な理念や方針を持たない壊し屋であることを「私心無き」と皮肉ったというなら話は分かるが・・・

207名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 11:58:14.16ID:xKOnOAeE0
>>201
鹿児島の風土やばいね

208名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 12:43:38.94ID:LyIgfz+f0
>>206
>この二つの西郷評のおかしな点を少し書くと

大隈と重野の文書が信憑性がないということは良く分かった。

209名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 13:16:43.94ID:tEbEweT00
イメージと違って西郷の留守政府がなにかと酷いんだよな

210名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 16:56:47.47ID:LyIgfz+f0
留守政府での西郷がやったことは近代日本の礎を築くものばかり。

211名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 17:45:18.31ID:eo7jiJgI0
このスレッドに常駐する維新信者はわざわざ複数IDを使っているのか?

スレ主呼ばわりされた人は何人もいるけど、信者の人数は書いてる文は
似通っているし、1人か1チームだけのような気がする。

わざとカルト信者のようにふるまってアンチ明治政府、残念な西郷を一般論化させたいのか
重度なカルト信者脳でイッちゃっているのか、……どちらだろう。

212名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 18:32:23.83ID:1f+JyOz20
西郷の墓地で大久保の法要「待った」 反発受け名称変更
http://news.livedoor.com/article/detail/14671364/

こういう狂信者がここにも来て荒らしてるのかもな
https://www.keiten-aijin.com/

西郷と大久保はどちらも鹿児島出身で固い絆があったとか美談化するのもキモいし

西郷を死地に追いやった大久保は絶対許さねえというのもキモすぎる

登場人物全員キモい

213名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 18:54:59.72ID:1f+JyOz20
まじでキモいよ
https://www.keiten-aijin.com/syuisho
敬天愛人フォーラム21 趣意書

『敬天愛人』この思想は、民主主義以上の世界最高のものであり、
人道として国民として実に千古の大教典である。

214名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 19:10:22.19ID:1f+JyOz20
上の主催者が経営してる会社
https://www.giftbank.co.jp/

多重債務者にカードで換金性の高い商品を買い物させ
それを買い取り、現金化してやるという
敬天愛人どころか、「弱者を食い物」にする商売

215名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 21:40:37.47ID:9flaJtvK0
>>201

ついにヘタレ大久保伝説の新しいテンプレ完成!!!!
ありがとう、スレ主様ーwww

>
・西南戦争に西郷が参加していると知った大久保は激しく動揺して家の鴨居に頭をぶつけた
・大久保が紀尾井坂で襲撃されたとき、女のように悲鳴を上げながら逃げまわった
・薩英戦争の時に大久保が屋根に登って沖合の英艦隊を見ていると
 突然英艦が砲撃して、腰を抜かした大久保は屋根から転げ落ちた
・大久保海外逃亡

216名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 23:35:05.95ID:ZL4jZjRc0
>>208
信憑性とかは置いといてさ
重野の場合は若い頃のとんがった西郷を知ってるが故に、世間で知られてる西郷とは違う普通の人としての面を語りたかったんだろね
大隈の場合は本人が歳をとって自分も子分に囲まれたり、それなりの地位になって若い頃のように好き勝手出来なくなった自分を顧みたんだろね
歳とって西郷と同じような状況になった時に感じるものもあったろうし、老境に入って過去の事が大隈的に美化されることもあったろうからなぁ

>>212
それなぁ、慰霊祭を行おうとしたのが鹿児島の有志団体(含む西郷隆盛の子孫)で、反発したのが東京のグループなんだよね
戦前ならともかく、今の鹿児島で大久保利通に恩讐なんて考えられんだろね
どちらも郷土の偉人として尊敬されてるしな〜

217名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/11(金) 23:54:23.57ID:nLJqbiZ60
自分で自分にレス

218名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 02:12:12.82ID:QGxwNE420
一番ヤバいのは毎回スレ主認定して草生やしてる奴じゃないだろうか

219名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 09:30:02.44ID:gEkqATvB0
キチガイを笑っちゃいけない

西郷どんスゲエ → 鹿児島人の俺スゲエ

の思考回路は鹿児島人の基本だが
日本人自体が
大谷スゲエ → 日本人スゲエ → 日本人の俺スゲエ
となる奴が多いわけで

このスレの鹿児島人のキモさを見て我が振り直せをすべきだろうな

220名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 10:24:57.16ID:oRAzxhNO0
西郷のスゲエの部分はほとんど捏造だけどな

221名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 10:38:44.37ID:b8P3cqdW0
イメージと実像が最もかけ離れた男といえば福沢諭吉
あ、坂本竜馬も
伊藤博文も
天皇も
・・・

明治の連中は美化されすぎで正しく教えられていない
誰か一覧表にしてくれるか

福沢諭吉
X 天は人の上に人を作らず
○ 労働者、貧乏人、身体障害者など弱い者を徹底的に汚い言葉でののしり
  こんな人間が日本に存在していたことが極めて恥ずかしい

222名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 12:57:01.48ID:lO1MmVVV0
伊藤博文?

伊藤博文は武士っぽくないからイメージ軽いけど
あれだけ貧相な感じの男が明治以前に洋行したり
明治六年の政変では西郷を追い込んだり
とても常人ではできないことをやってるよ

223名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 13:04:37.44ID:TfoYzpBP0
>>219

そう言う話に持って行くなら

大久保ヘタレ  → 鹿児島県人の俺ヘタレ

と言う風にスレ主は持って言ったらどうなの?
それはしたくないんだろ。 スレ主は矛盾だらけなんだよな。wwww

224名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 13:29:51.23ID:lO1MmVVV0
>>223
意味が分からない

ようは鹿児島県人はダブルで悲惨てこと?

225名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 15:25:05.59ID:NdspHJt20
歴史上の人物にかぎらず誰がなにをしてもその行いは視点を変えれば善にもなるし悪にもなりうる
美化された面だけに目を向けて賞賛することも、否定的な側面を一つ見つけて存在価値を根底から覆した気になって蔑視することも間違いです

226名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 15:33:58.85ID:7sp87mGj0
大久保について言うのは分かる、立場が違えば見え方が違うというのは

しかし西郷の場合は視点の問題ではなく、「功績」や「善行」と言われてるもんがそもそも実在してないんだわ

227名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 19:29:01.35ID:Xsl8ttIz0
西郷の功績は分かりやすいが倒幕、江戸無血開城、廃藩置県、徴兵制と
大久保の功績こそよく分からん
留守政府が明治維新と言える大改革やった基盤の上に権力闘争で横滑りに乗っただけで

228名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 19:59:34.44ID:nqt6Kf/h0
>>227
そうそう、
大久保は単なる秀才、事務屋さん。まあ、IQは高かったんだろうが代わりはいくらでもいた。
まあ冷血な策略家としては特段に秀でているが。

大久保に裏切られ、売り飛ばされた人たちの代表

精忠組の面々
島津久光
西郷隆盛

229名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 21:40:44.39ID:QGxwNE420
>>219
鹿児島県人は置いておいても、日本人自体の思考はまさに我が振り直せだな

>>225
激しく同意

230名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 23:01:05.07ID:nqt6Kf/h0
>>219

自分の国、自分の街、自分の郷土出身の人を応援するのは万国共通。
海外に出たことのない人は、日本人が日本のことを応援するのがおかしいことと
思ってしまうんだろうな。当たり前のことなんだがな。
まあ、海外はすごいとか、コンプレックスが根本になるんだろうな

「俺は地球市民だー」とか言って脳内全域花畑の左翼思想全開のスレ主を笑ちゃいけない。
かわいそうな人なのだから。

231名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/12(土) 23:58:23.11ID:rutso2JT0
信者が連続投稿してるし

232名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 04:45:00.80ID:YcwaO+l00
スレ主ガー言ってる奴がちょっと病的でヤバい

233名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 08:21:40.58ID:TNwMjmim0
今日、日曜日のAM4 時すぎから、西郷信者ガー、薩摩ガーと言ってる奴はさらに病的でヤバい。

234名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 08:37:03.43ID:6hvHi0E50

235名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 09:23:31.19ID:xap2SeNz0
効いてる効いてる。

悔しくて悔しくて悔しくてたまらんのだろ。

ここんとこアンチ西郷、論破されまくりで涙目wwwwwwww

236名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 19:05:42.22ID:40bdJehN0
会津ってパヨクが日本近代史を否定する為の駒だったんだよ。
会津プロパガンダの嘘がバレて尻すぼみだけど
まだ止めないもんな星亮一とかな。
戦争で決着はついてる。会津は自分達から戦争しかけて負けた。
にも関わらずプロパガンダを発信して未だに戊辰戦争を継続中。
特定の地域を差別している。武士道の武の字もない。それが会津だ。
会津はパヨク!!!!!!!!!!!!!!

237名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 20:07:17.08ID:HsmIWTVU0
日本史自信ニキに聞きたいんだけど。
西南戦争とか征韓論あたりで論争になってることとかある?

238名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 20:24:17.68ID:X9vLR6+H0
論争なんてないよ
西郷と仲間たちは感情でやってるから

感情 vs 論理 の間には闘争はあっても論争など無い

239名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 20:36:25.66ID:HsmIWTVU0
>>238
当時の論争ではなくて、現在の論争があるかを知りたいんや

240名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/13(日) 23:04:00.37ID:UfMMMzAr0
西郷は征韓(武力外交)を主張したのか、遣韓(平和外交)を主張したのかの論争はあるよ

西郷信者は西郷は平和外交を望んでいたことにしたみたいだけどいろいろ無理があるよ
遣韓使節自体が武力制裁をチラつかせての最後通牒みたいなものだし

信者がなぜ西郷の、武力を背景にした外交をやっきになって否定するのか理解に苦しむ
当時も今も外交のリソースは武力か金しかないわけで
平和外交などというのはお花畑の鳩山さんのような人の脳内にしか存在しない

信者的には西郷が武力外交だったとすると、西郷の思想といわれる「敬天愛人」の教えと
矛盾するので、西郷は武力制裁を否定しあくまで平和的な話し合いにこだわったのだ
という話にすり替えたいんだろうな

241名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 09:29:29.24ID:BF/+CLdK0
パワー系老害に振り回されたんだよ

西郷に深い考えなど無い
その時の気分や人間関係で衝動的に動いたり、手紙にいいことを書いてるだけで(ほぼ実行されてない)

それをまわりが勝手に、西郷さんに深い真意があるかのように錯覚してただけで

津田出の一件も、西郷が村田新八を紀州に派遣したところを見ると
その時には津田に期待する気持ちが盛り上がっていたのかもしれないが
津田が新政府に来てから西郷が津田をサポートしたなどの話はまったく聞かない

手紙にはいいことを書くが実行はしない、という西郷さんのいつもの行動パターン

242名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 15:26:15.62ID:FPwYHMhl0
◆ 西郷が死ぬまで続いた奄美の砂糖地獄 大島商社と西郷隆盛
http://www.synapse.ne.jp/~amamian/tubuyaki/minaminihon-h11106.html

確かに西郷どんは薩摩や大日本帝国の将来のために粉骨砕身した偶像であり鑑である
かもしれない。しかしながら、実は西郷は単に薩摩や士族たちの象徴であったに
すぎないのではないのか。それどころか、彼はだれよりも奄美と縁が深かったのに、
「敬天愛人」どころか、義理も人情もなく奄美を踏みにじった薩摩士族の大親分
としか映ってこないのだ。

西郷はかつて大島・徳之島・沖永良部島に流されたが、薩摩へあてた手紙では徳之島
の人々のことを「毛唐人」「エビス共」「ハブ性の人」などと書き散らしている。
そして島妻アイカナとの間にもうけた菊次郎・菊子を薩摩で教育する際、奄美出身者
であることを他言するな、と厳しく命じた。島に残された母アイカナは非業の死を
とげる。これは西郷という人間像の一コマではあるが、実は次に述べる彼の政策論
とも表裏一体をなしているとしか思えない。

旧藩時代、薩摩は植民地奄美の黒糖収奪によって財政を建て直し明治政権を樹立した。
奄美の黒糖地獄をだれよりも目のあたりにしてきたのが西郷だが、彼は、禄支給廃止
にあった士族の生活権にしか思いはなかったらしく、桂久武に命じて不法な独占
「大島商社」を維新後に設立させたのである。これによって薩摩は再び収奪をほしい
ままにすることができ、奄美は旧藩以上の窮状にあえぐことになった。

そこで明治10年、奄美から「大島商社解散」を要求する55人の嘆願団が上鹿したが、
いきなり全員投獄。老人などを除いた35人は田原坂から敗戦中の西郷軍に強制出陣
させられた。うち戦死した者6人、残りは官軍に投降。許されて島へ帰還する途中、
2人を除いて全員遭難し、結局生存者はわずかに24人であった。(前田長英著
『黒糖騒動記』参照)

西郷という人物は薩摩城下士族(私学校党)の行く末しか案じていなかったようで、
その支配下にあった藩内の土民(農民)、さらに下層のリキジン(奄美、琉球人)
から、いかにして収奪して自己保身するかに専心していたのである。彼の諸政策に
うかがわれる基本的な理念は、「征韓論」や後の「大東亜共栄圏」などにも通じて
おり、弱者を無視し切り捨てる右翼国家主義そのものである。

243名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 15:35:36.38ID:wUUbpOiv0
いっそすべてを実行しないで日本史の端っこに埋没していたら良かった。

戦の仕掛け人としての実行力はあった。
テロ工作は実行していた。
「短刀一本あれば片付く」という恫喝交渉も実行しない方が良かった。

244名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/14(月) 18:38:05.97ID:oau6wwy60
「短刀一本あれば片付く」って逸話に実体は無いよ

浅野長勲という小御所会議に出席していたマイナー大名の名前で昭和12年に出版された「浅野長勲自叙伝」に
突然その逸話が載って、西郷信者が西郷さんカッケーと飛びつき
ドラマなどでもそのシーンが採用され、あたかも史実であるかのように流通しだした逸話である

100%ウソ逸話であると言える

「短刀一本あれば片付く」とは小御所会議で西郷が岩倉に言った言葉とされるが
当の岩倉の『岩倉公実記』にはそのような件は無く
小御所会議の記録が含まれる『徳川慶喜公伝』『丁卯日記』『明治天皇紀』にも無い

昭和12年に、西郷とは何の関係も無さそうな浅野長勲という元大名の自叙伝の中に突然出現した逸話である

西郷の美談や武勇伝の9割以上はこの類の、西郷が死んでから何十年も経ってから
突然出現した逸話がソースになっている

245名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 03:09:22.09ID:+QGjFeOA0
明治維新を語るとき、詐欺師と借りパクと人殺しが偉人扱いされている。

いろは丸の事故で賠償金水増し詐欺をした崎本龍馬。当たり屋の手法である。

薩摩藩が払うべき生麦事件の慰謝料を、幕府に肩代わりさせた大久保。
その後倒幕するのだから恩を仇で返している。

江戸を火の海にすると脅して結果的に江戸城を無血開城させた西郷。
戦好きゆえか無血開城よりも戦がしたかった素振りあり。完全に脅迫者。


本質的にきわめて悪質。どこが偉人の成した偉業なんだか。
ぼったくられて脅迫されて強奪された徳川幕府は弱体化して政権を奪われた。
本当に酷かったんだな。明治維新って。

246名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 03:10:37.03ID:+QGjFeOA0
↑坂本龍馬って字、まちがえた。

2472018/05/15(火) 19:45:05.53ID:dWh7Q6Ng0
西郷は謀略など使わないよ自分で使わないと言ってるし
西郷が江戸を攻めるのは当たり前だし
慶喜が戊辰戦争引き起こしたんだから
旧幕府が自分で戦争引き起こしといて攻めないでとかおかしな話

248名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 20:41:14.93ID:xMPZ5AMF0
>>247
戊辰戦争ひきおこしたのは薩摩ですよ
大嘘ついてはいけませんね

249名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 21:02:46.03ID:dWh7Q6Ng0
戦争引き起こしたのは幕府だよ
討薩の上表掲げて勝手に京に進軍
幕府軍艦が一方的に薩摩軍艦を砲撃

250名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 22:31:10.39ID:ciDpdZji0
>>244はスレ主のレスですが、ちょっと興味深い。

スレ主は、小御所会議で西郷が「短刀一本…」と発言したのは100%捏造としています。
もとになっているのは、ウィキペディアの脚注です。

ウィキペディア「小御所会議」脚注より
>なおこの休憩中に岩下方平が屋外で警備兵を指揮中の西郷隆盛を呼び出し、
西郷が岩倉に対して「短刀一本あれば片が付く」と、
暗に岩倉に反対派と差し違える覚悟を迫り、
それを承知した岩倉が短刀を忍ばせて会議に戻ったといわれる。
この話の出典は会議の出席者である浅野長勲が半世紀後に口述した
『浅野長勲自叙伝』(昭和12年(1937年))などに見られるのみで
『徳川慶喜公伝』『丁卯日記』『岩倉公実記』『明治天皇紀』などの他の史料には見えない。
井上清なども著書『明治維新』(新政の演出 岩倉具視)の中で触れているが特に出典は記されていない。
(引用終わり)

ところがこの「短刀一本…」の逸話は、西郷を顕彰する人たちばかりではなく、反薩長史観の原田伊織なんかも、明治維新がテロによってなった根拠としてあげています。
もし逸話が捏造だと仮定しても、西郷という人は、正反対の立場の人々からそれぞれ祀り上げられなければならなかった、ということは言えるんじゃないでしょうか。

ところでスレ主は、『浅野長勲自叙伝』とほぼ同時期(昭和16年・1941年)に発表された竹崎櫻岳著「肚之西郷」に記された、「桐野利秋が西郷を射殺しようとした」説は真実だと言っています。
西郷の死後何十年もたって、ほかの証言もないまま突然出てきた「肚之西郷」は真実だとする根拠はなんでしょうか。ソースをあげた答えを聞いてみたいものです。
あ、片岡吾庵堂著「横目で見た郷土史」に依拠した、古いテンプレのコピペは飽き飽きしているので、貼らないでくださいね。

251名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:00:33.34ID:L5/UpLkW0
テンプレでは「肚之西郷」を根拠の一つとして扱っています
定説になっている「西郷突撃→自決」は明らかに不自然であり
状況的に考えて「西郷逃亡→桐野銃撃」が西郷の最期であったとするのが妥当かと思います

念のため以下にテンプレを貼っておきます

252名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:01:06.63ID:L5/UpLkW0
西郷隆盛 最期の五日間
エピソード1《 まさかの命乞い 》

明治10年9月24日、鹿児島県城山。7か月あまり続いた西南の役は幕を閉じました。
被弾した西郷が「晋どん、もうここらでよか」と別府晋介に首を刎ねさせたとされる日です。
一般には、西郷は潔く切腹した。薩摩士族を道連れに自らサムライの世に幕を引いた
などと美談のごとく語られています。

しかしその数日前の西郷の行動についてはほとんど知られていません。

・・・なんとこの人、助命嘆願してたんです。
19日、政府軍側に使者を遣わし、西郷本人の助命嘆願をしている。

西郷軍への従軍をしぶる者をタタキ斬り、強制徴募や軍資金強奪を行ったあげく、
1万数千人にのぼる戦死者を出した総大将が助命嘆願、などというのは、
薩摩戦史上はもちろん日本戦史上も例を見ません。
しかも政府軍に助命を拒否され、山県有朋に、武士であるなら潔く自決するよう諭されるというありさまでした。

253名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:01:38.24ID:L5/UpLkW0
西郷隆盛 最期の五日間
エピソード2《 西郷さんは桐野利秋に強制玉砕されていた ?!》

24日、最期の突撃を試みた西郷は足を撃たれたあと、自決したとされていますが、
その西郷の足を撃ったのは、じつは西郷の部下である桐野利秋であったという説をご存知ですか?

政府軍に助命を拒否された西郷さんですが、玉砕することにどうにも納得いかなかったらしく、洞窟を出て投降しようとした。
しかし玉砕を主張する桐野がこれを発見、激怒して西郷を追いかけ銃撃したというのです。

思わず「ホントかよ?」となりますが、しかしこの桐野による西郷銃撃は
目撃者の証言があるのです。

254名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:02:17.13ID:L5/UpLkW0
西郷隆盛 最期の五日間
エピソード3≪ 創られた西郷自決 ≫

ちなみに広く信じられている西郷の最期、「晋どん、もうここらでよか」と言って
地面に跪坐。厳然と襟を正し、東の皇居の方角に深々と頭を下げ、
別府晋介に首を刎ねさせたいう逸話、出典はご存知ですか?

西南の役から30年以上たってから出版された「西南記傳」という本。
編纂者と出版元は右翼団体。まるで見てきたように書いていますが、
西南の生き残りが書いたわけではないし、誰の証言なのかも曖昧。

そもそもが西郷と薩摩士族の顕彰のために企画されたプロパガンダ本であり、
西郷や西郷軍のイメージに傷が付きそうな史実がばっさり省略されているのが特徴の資料です。

かねてから、銃弾飛び交う切迫した戦場で、前述のような芝居がかった自決が可能なのか
という見方はありました。

じつは西郷遺体の“検死報告書”にはこう記録されています。
「右大腿より左骨部貫通銃創、頭(頸)体離断」
腹部に刀創はありませんので、切腹はしていない。
また、銃弾が肥満した西郷の身体を(骨ごと?)貫通していることから
(当時の銃の性能を考慮すると)至近距離から被弾した可能性が高い。
「頭(頸)体離断」は首が無かったということです。

つまり、大腿を至近距離から銃撃されたあと、
首を切断された可能性が高いのです。

255名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:02:49.53ID:L5/UpLkW0
西郷隆盛 最期の五日間
エピソード4≪目撃者≫

桐野による西郷銃撃を目撃したのは、別府晋介の従卒、城川市二。

城川の証言によると、「 西郷が洞窟を出て城山をくだってゆくために、
桐野は西郷が敵方に投降するつもりかと思い、西郷を敵方に渡してなるものかと、
銃で撃った 」というものです(出典「肚乃西郷」竹崎武泰著)

城川氏は鹿児島県人であり、反薩摩でも何でもなく、嘘をつく動機は皆無
前述の右翼団体のプロパガンダ本よりよほど信憑性があります。

ところが「跳ぶが如く」の著者司馬遼太郎は、“城川”なる人物の実在が証明されていないとし、
この目撃証言を奇説として退けた。
架空の人物による、架空の目撃証言だと言うのです。

また昭和52年に南日本新聞で村野守治氏(西郷研究の第一人者)が、
「別府晋介の従者に城川なる人物は、自分の持っている資料には無いから実在しない、
 だから実在しない人物の証言は成り立たない」という記事が載り、桐野銃撃説はいったん否定されました。

256名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:03:39.35ID:L5/UpLkW0
西郷隆盛 最期の五日間
エピソード5≪わが目で見た話し≫

しかし、その数日後に同じ南日本新聞で入佐俊興氏が、昭和十年発行の「葛城彦一伝」の中に
加治木編成の六番大隊編成表として「別府晋介附従卒城川市二」との記述を示し、
あっさり実在の人物と証明されたのです。

さらに城川市二氏の孫嫁が健在で
「御祖父さんは83歳で亡くなった。口数の少ないきびしい人で、西南のことはほとんど話さなかったが、
 昭和三、四年ごろ東大の先生が二、三度春になると訪ねてきて、襖を閉めきり朝から遅くまで
 何事か話しをしていた。
 城川の家は製造業で、職人たちが噂話などをはずませていると、御祖父さんが現れて、
 “今ン話しはおはんナ自分で見た話しか、人から聞いた話しか”と詰問されて、
 “わが眼で見た話しでなかのなら、ここでは語いやんナ” とピシャリといって引っ込んだ 」と述懐しています。

257名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:05:08.88ID:L5/UpLkW0
「肚乃西郷」は鹿児島私学校後身の団体、三州社社長の息子であるところの竹崎武秦が出版した西郷隆盛顕彰本だが、
目撃者が誰かはっきり明示されていること、通説となっている西郷自決説がいかに不自然か説明されていること、
それらが西郷軍関係者の直系の後継者の手で書かれていることは大きいですよ。

西郷軍後身が、城川説を西郷軍正史として認定したようなものです。

258名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:05:58.89ID:L5/UpLkW0
三州社は明治14年、河野主一郎(初代社長)、伊東祐高、中原万次、河野半蔵、美代助座衛門、
樺山資美、伊地知壮之助、児玉軍治ら西郷軍の残党らが設立した結社で、
会員の互助と士族授産、子弟の教育を目的とした。
会員は城下士出身者が中心で、このため「第二の私学校」とも呼ばれました。

肚乃西郷著者の父竹崎一二はこの三州社の社長です。
いわば西郷軍の人的遺産と郷中精神の継承者だった。
西郷隆盛の申し子のようなものです。

そのような人物が、桐野が西郷を撃ったんだと、完全に認定しています。

259名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:06:54.95ID:L5/UpLkW0
「この事実を書きし、西郷の伝記はおそらく世に無いと思うが、
これは別府晋介の従僕城川が著者の父(三州社社長)に話せし実話である。
西郷が大義名分を重んじて、江藤新平を諭せし事を思う時、
寸秒の疑う余地は無いのである。
西郷が簡単に切腹するのであれば、最期の陣営たる洞窟の前庭において、
幹部と共に枕を並べて死すべきである。
何もわざわざ岩崎谷を下り敵陣近き、現在建設せられある『西郷終焉の地』まで
のそのそ出て行く必要はないのである。
一度鹿児島に遊び、彼の洞窟と終焉の地とを検討せば、著者の論が実証せらるるであろう。」

と、城川説が疑う余地の無い“実話”であると断じている。

260名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:07:54.82ID:L5/UpLkW0
毎日新聞連載中の「跳ぶが如く」の著者司馬遼太郎は当時わざわざ一日分を費やして
「別府晋介の従僕に城川なる者はいなかった」として桐野射殺説を否定されたが、
「葛城彦一伝」に”別府晋介附従卒城川市二、同小杉恒右衛門”と明記され、
墓碑まであるのだからこれは当然司馬氏の勇み足だろう。

「跳ぶが如く」の連載が終わって、歴史家萩原延寿氏との対談(朝日紙)の中で、
「当時の桐野の心境を考えると西郷を撃つという事も状況としてあり得る。」
と述べて、司馬さんもその後の考えを変えておられるようである。

261名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:08:33.13ID:L5/UpLkW0
「征西従軍日誌」の捕虜の証言に重要なものがある。

9月20日、城山の洞窟で桐野が「もはや再興の機を失せり」と嘆いた。
洞窟に潜んでいるあいだ、将校みな激沸喧騒、議論していた。
(玉砕するか降伏するか西郷助命嘆願の返事を待つか、などの議論であろう)

西郷は席に肘を付いてもたれたまま何も言わなかった。
突然大笑を発したかと思えば、うつろに天井を見上げるのみ。

そのような西郷のあり様を見て、辺見十郎太などはキレそうになり、西郷を睨みつけていたそうだ。
(辺見からすれば、西郷に覚悟を決めてもらって、供に玉砕すべしと言って欲しかったんでしょうか・・)

心神喪失状態の西郷さんの姿が窺えます。

262名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:09:34.92ID:L5/UpLkW0
西郷助命嘆願の使者を政府軍に送った時点で、
薩軍内では投降論が多数派になっていた。
いや薩軍諸将は自分が投降したいとは言わないが、
西郷の助命は戦争の終結を意味し、
なしくずしに全軍降伏となるであろう。

直情型の辺見十郎太でさえ敵の砲丸落下が激しくなるのを
見て、西郷助命嘆願に同意している

263名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:10:12.12ID:L5/UpLkW0
城山籠城時の薩軍諸将とその存意は以下の通りである

○・・投降論を主張または同意
×・・玉砕論を主張または同意
?・・記録が無く不明または存意を語らず

本営幹部
?西郷隆盛
×桐野利秋
?桂久武
○村田新八
○池上四郎
?別府晋介
○辺見十郎太
○坂田諸潔
○野村忍介

前線隊長クラス
○讃良清蔵(砲隊)
?蒲生彦四郎 (狙撃隊)
?藤井直次郎(城山方面)
○河野主一郎(岩崎本道方面)
○佐藤三二(私学校・角矢倉方面)
○山野田一輔(県庁・二ノ丸・照国神社方面)
?高城七之丞(大手・本田屋敷方面)
?堀新次郎(大手・本田屋敷方面)
○河野四郎左衛門(上の平・広谷・三間松方面)
○別府九郎(夏蔭方面 別府晋介の兄)
○中島健彦(新照院・夏陰下方面)
?岩切喜次郎(夏陰)
?園田武一(後廻)
?市来矢之助(後廻・城山間 )

264名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:10:39.19ID:L5/UpLkW0
投降論に反発した記録が残るのは桐野利秋だけであり、
桐野の同意あらば無条件降伏もあった体である。

西郷が土壇場で投降を試みたとしても、薩軍の空気としては
唐突なことではなかったと分かる。

265名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:14:05.39ID:L5/UpLkW0
「 松本さんは史家で、奥さんが鹿児島の人で、その実家に行った際、

古い手紙の中に城川さんからの手紙を見つけ、

桐野の西郷射殺説を信じたようです。

城川さんと一緒に輿を担いでいた相棒(小杉恒吉衛門氏のことか)も同じ事を残しています。

西南戦争の後、鹿児島では神と崇められ、批判が許されなかった時代に

二人はこの話を生涯語ったといいます 」

266名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:17:18.30ID:L5/UpLkW0
□西郷さんはなぜ投降しようとしたのか□

西郷が投降しようとしたという城川市二の目撃証言が、
西郷の動機面で考えてみても「理にかなっている」と思うのは
当時、西郷が心神喪失状態に陥っていたのではないかと思うからです

以下は心神喪失状態に陥っていたことを裏付けるような西郷異常行動の記録や理由

267名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:19:15.53ID:L5/UpLkW0
■西郷さんが心神喪失状態に陥っていたと思う理由1

「征西従軍日誌」の捕虜の証言に重要なものがある。

9月20日、城山の洞窟で桐野が「もはや再興の機を失せり」と嘆いた。
洞窟に潜んでいるあいだ、将校みな激沸喧騒、議論していた。
(玉砕するか降伏するか西郷助命嘆願の返事を待つか、などの議論であろう)

西郷は席に肘を付いてもたれたまま何も言わなかった。
突然大笑を発したかと思えば、うつろに天井を見上げるのみ。

そのような西郷のあり様を見て、辺見十郎太などはキレそうになり、西郷を睨みつけていたそうだ。
(辺見からすれば、西郷に覚悟を決めてもらって、供に玉砕すべしと言って欲しかったんでしょうか・・)

心神喪失状態の西郷さんの姿が窺えます。

268名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:22:14.74ID:L5/UpLkW0
■西郷さんが心神喪失状態に陥っていたと思う理由2

西郷さんは西南戦争の最中たびたびウサギ狩りに出かけたといわれる

これはけっこう有名なエピソードで、西郷さんの豪胆さや、何やら憎めない人柄を強調するときに紹介されることの多い逸話である
しかしよく考えてみてほしい。勝ち戦ならともかく、緒戦の熊本攻城から苦戦し、薩摩史上最大の死傷者を出した戦争の最中に
ウサギ狩りをするなどは100パーセント異常行動なのである

さらに分かるのは、まわりの西郷軍幹部も西郷さんから心が離れていた、ということである(異常行動を制止していないのだから)

西郷軍内ではすでに熊本攻城の時点で、西郷先生と桐野どんは仲たがいしていると、噂がたっていたそうで
このことは司馬遼太郎も「翔ぶが如く」で書いていました

269名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:23:02.94ID:L5/UpLkW0
■西郷さんが心神喪失状態に陥っていたと思う理由3

西郷軍内では再び、西郷の助命論が起こり、9月18日、河野主一郎が村田新八、池上四郎、ほかの諸隊長らの同意を得た。
「薩南血涙史」では、このことは桐野には黙っていたとある。
「西南記伝」では、桐野は合議の席上で「投降は後世に対する侮辱だ」とあくまで反対したとある。
ともかく西郷自身はただ莞爾(にっこり)して「よしよし」と言っただけだったので、河野らが嘆願に赴いたとある。

沈痛な面持ちで使者を送り出した、なら分かるが人目もはばからず自分の助命嘆願の使者をニッコリ「よしよし」って・・・

270名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:33:58.33ID:L5/UpLkW0
桐野利秋などの動ける将兵たちはバリケードに籠った状態で死んでるし
死に方はけっこうバラバラ
美談として信じられている、西郷はじめ将兵が一列になり突撃、玉砕したという情景は
政府軍側の記録にはまったく無い

西郷軍を描いた伝記の類は数種あるが、そのうちの一つに
将兵一列になって最後の突撃を試み、脚と胴を撃ち抜かれた西郷が
「晋どんここらでよか」と言い、薩軍将兵が見守るなかで自決した
と書かれているにすぎない

あくまで、何パターンか伝わる死に様のうちの一つにすぎない

突撃→自決説が通説化したのは、
何か強い根拠があったわけではなく、死に様が絵になるという理由でしかない

271名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:42:14.69ID:L5/UpLkW0
西郷軍は西郷の首をご丁寧に隠している
西郷の首が賊として晒されるのを恐れたからだ

ここまで首にこだわるなら、首の回収がおぼつかなくなる突撃などするはずはないと思う

>>259のとおり洞窟で自決するのが総大将の最後として誰もが選ぶ姿である

272名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 06:52:53.01ID:QF9sk3vR0
IDあぼーん

273名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 10:45:19.00ID:BF6Yb4/C0
>>250
>もし逸話が捏造だと仮定しても、西郷という人は、正反対の立場の人々からそれぞれ祀り上げられなければならなかった、ということは言えるんじゃないでしょうか。

このへんが西郷信者のデタラメなとこだよな
問題は逸話の真偽なのに、どちらにしろ西郷は肯定すべき存在でなければならない、ってんだから

発狂してるとしか思えん

274名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 01:19:44.78ID:TpXzYY9X0
徳川幕府にはとんな下種いことしても
西郷どんは正義。幕府はざまぁ。

揺るぎないな、盲信脳。

275名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 13:49:54.07ID:WmtGmr4L0
鹿児島県民は信じたいものだけを信じる県民性だから説明しても無駄

276名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 17:45:19.38ID:1WL2u/090
>>273
いやいや、悲しいかなこの先評価が覆る事は「殆ど無い」

なのでアンチの発狂のが無意味

277名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 19:17:52.01ID:fQU+9uc50
結局西郷さんは卑怯な事に手を染めず 正道を踏みしめ頂点に立った漢だということは分かった

278名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 12:20:01.29ID:awHWzO7S0
西郷のどこがすごいかはこうやって歴史勝者史観&薩長史観で一概には言えない闇が多々あるけど
ただひとつ言えるのは
これほど波乱万丈な人生おくった人物はなかなかいないということだ
そこだけは認めるわ
なんせ官軍の大将として幕府倒した後、反乱起こして今度は賊将となって死ぬとか
ドラマとしては最高の人生プロデュース&演出だわw

279名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 17:46:27.83ID:fBN6UA6V0
西郷伝説は小者を偉人だと認識させようとしているからおかしくなっている。
違和感しかないな。

280名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 18:54:54.43ID:jPmibGR50
西南戦争の西郷軍 → 登場人物全員バカ

281名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 08:41:45.60ID:XGk9xOYl0
>>2-5
これマジか
ショックだ

282名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 10:41:08.39ID:yU1+ao2g0
韓国人
鹿児島人
ネトウヨ

この3つの集団は同じ特徴を持つ
・低収入
・低学歴
・負け組
・盲信(反日、西郷、日本すごい)

283名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 19:03:37.11ID:Qx4fKDvz0
西郷どんの最も凄い所は権力を未練なく手放したところ
軍閥の様に軍を使い西郷独裁幕府を作ることも可能だった

284名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 20:39:44.84ID:/zHYXwDl0
西郷独裁幕府wwwwwwwwww

285名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 21:27:11.01ID:WDLmIlUz0
https://www.youtube.com/watch?v=sOXkSPlJ-Sw
日大内田の辞意会見見て、久々に胸糞悪くなったわ
責任はすべて自分にあると言いながら、具体的な説明は一切無し
「若い人の将来を考えて自分が辞めることにした」などと、信じられない言葉を連発

たぶん完全に天然の人で、その瞬間瞬間は本当にそう思っているんだろうなあという印象

いわゆる人格障害

西郷はさすがにここまで酷くは無かったろうが、きっと同傾向の人間だったろうと思う
若い士族などは西郷の「責任はすべて私にある」などという(無責任な)美辞麗句に、コロッと心酔してしまうだろうよ

286名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 10:33:51.24ID:KqnwCIvI0
すべての責任はわたしにある、と言うことで
責任の具体的な所在を曖昧にし
逆に責任を取らないという処世術かな

287名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 13:45:12.64ID:UNMJNhSr0
西郷が撃たれて死んだのなら、首を斬ったのは誰なのか? やはり
やはり西郷が絶命したのは首を斬ったからだろう。太ももを撃たれただけじゃ
死なないだろうし。 やはり死因は首の切断だねw

桐野が西郷が投稿しようとしていると思い込んで撃ったという説があるが
西郷が撃たれたあと、観念して別府に介錯を頼んだということはそれでも
十分なりたつわけで、つまり西郷が最後に自決した可能性はやはり否定できないねw

288名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 18:57:16.54ID:bznv23p+0
西郷隆盛精神の継承者たち・・・

富永恭次陸軍中将:
フィリピンで陸軍の航空特攻を指揮。マッカーサー軍が迫ってくると、司令部の許可なしに側近と芸者とウィスキー瓶のみを載せて台湾に逃亡。天寿を全うする。

菅原道大陸軍中将:
陸軍特攻の中心だった第六航空軍の司令官。10代の少年を特攻隊を次々を送り出し、エンジン不調などで戻ってくると「卑怯者!俺も後で行く!」と殴り倒した。
敗戦で部下が自決をすすめたが「死ぬのだけが責任を取る事ではない」と逃げ回り、96歳で天寿を全うした。

倉澤清忠陸軍少佐:
菅原道大の部下で第六航空軍の参謀。特攻隊を次々と送り出し、機体不良で戻ってきた搭乗員を監禁して毎日毎日
「死ねないようないくじなしは特攻隊の面汚しだ。国賊だ!」と罵り殴りまくった。悔しさのあまり自殺したものもいる。
戦後は元特攻隊員の復讐を恐れてピストルを持ち歩き、寝る時は枕元に日本刀を置いて寝た。天寿を全うする。

玉井浅一海軍大佐:
フィリピンで特攻隊員を次々と送り出す。
機体不良で戻ってきた特攻隊員たちが本土へ戻る事になると
「待て!お前は特攻隊で死んでもらう事になっている」と輸送機から引きずりおろし、自分が乗り込んで本土へ帰っていった。
戦後は僧侶になり、天寿を全うした。

黒島亀人海軍大佐:
残酷な人間魚雷「回天」を立案。「必ず脱出装置を付けます」と嘘をついて認可を得た。
戦後は会社社長として何不自由ない暮らしを送る。宇垣纒の戦争体験手記を遺族から借り出し、自身に都合の悪い部分を破棄した。天寿を全うする。

太田正一海軍大尉:
米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾「桜花」の発案者。
「自分が乗るから開発させてくれ」と上層部に懇願して開発させたが、自身は「適性なし」として搭乗しなかった。
敗戦直後に逃亡し、名前と戸籍を変えて暮らす。天寿を全うした。

289名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 12:54:58.12ID:wuZf+D+s0
それらは皆天寿を全うしてるので、西郷は天寿を全うしてないから、最後はまるで違うといえようw

290名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 13:20:16.32ID:QsUYu0Ip0
まさに西郷は天寿を全うできなかったから神格化されたんだよ

オウム麻原が今だ死刑執行されない理由も、死んで神格化されてしまうことを当局は憂慮していると言われる

西南戦争でも政府は西郷の助命嘆願を聞き入れて生かすべきだったね
1万5千人の若者を死地に送りながら一人だけ天寿を全うした男として

291名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 18:08:10.58ID:AkASt6f40
無理だろう?というかあそこまでの騒動にでもなれば政府・軍の上層の「誰かが」責任とらねばならないから
だったら素直に西郷に責任取れせたほうが無難という話

292名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 19:52:18.51ID:c/e36tQg0
>>288
第二次大戦は仕切ってたの東北軍閥だろ

293名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 20:15:49.58ID:Q/APxOiG0
>>292
つうか挙がった人物の中に薩摩閥関係が一人もいないとこで、もう確信犯としか思えない…釣りかな?

ところで大河も奄美編に突入だが、今回は割りと黒糖地獄を掘り下げてくれそうだね
当時の薩摩藩の財源を考えれば、明治維新は奄美の黒糖が成したと言ってもいいくらいの重要節
奄美住人を救うために島代官を脅したって逸話もあるが、まぁ島役人の代官と言えど鹿児島本土では郡方頭レベルの役職なので、潜居中の西郷でも代官に恫喝なんで容易いことだったろうし
トドメに龍家のお嬢様が西郷の島妻じゃ奄美での待遇も良くなったろうなぁ
しかも後任の代官は島津一族にして西郷の親友でもある桂久武
そりゃ奄美での西郷信仰も盛り上がるってもんだわな

んだけど斉彬公ですら顧みなかった奄美の負担軽減に(微力ですが)最初に取り組んだのは、西郷に嫌われてたあの久光公ってのも皮肉ですなぁ

294名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 12:06:19.38ID:73r8Ty5e0
ここで「西郷は逃げた」と繰り返し書いてる人は、
現実で逃げている自分を肯定したくてたまらないんだろうな。

295名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 13:10:06.95ID:YV9mEv1Q0
西郷は帰藩後すぐの1864年に
「大島外二島砂糖買上げ方について」という奄美の窮状を改善するよう求める上申書を藩に提出している
西郷が奄美の窮状に義憤のようなものを表明したのは間違いないところである

もっともこれは西郷にとって特別なことではない

西郷は生涯で何度も建白書や意見書を藩や政府に上申している
ほとんどすべての上申に共通しているのは、
正義マン風に弱者の側に立つようなポジションを取りながら
西郷個人とぶつかった人物たちの悪口を並べ立てるというものである

されに共通しているのは上申した後に
西郷が何かを具体的に行動した形跡が無いことである
上申した内容とは反対のことをやっている場合すら多くある

たぶん西郷にとっての建白書や意見書は、義憤を本当に燃やして書いているわけではなく
個人的な不満や不平が先にあり(西郷のことを認めようとしない人物に一泡吹かせたいとか)、
その個人的な発露を正当化するための後付け的な理由として
奄美の搾取であったり、政府高官の腐敗などを無意識に拾っているのだと思われる

したがって自分の気に食わない人物、奄美の役人や政府の官僚を取り除くことが達せられれば
例えば奄美の窮状のことなどは忘れてしまい、今度は西郷自身が奄美を搾取する側に
回ってしまうのである

このように考えれば、西郷の行動原理は若い頃から死ぬまで一貫していることが分かる

296名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 16:27:41.13ID:PL4nQjTW0
桐野が撃ち殺したまでくると
もう冷静な書き込みとは思えない

297名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 19:29:47.53ID:I/3DMtbl0
龍馬の妻だったおりょうも龍馬の数多い友人の中で腹の底から親切だったのは
西郷と勝海舟だったと言ってるからな
二人で江戸城無血開城をやっただけあるんだよ

298名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 19:42:31.84ID:QguBn//y0
おりょうの証言など集めた本を読んだことあるけど
西郷はお金だかお菓子だかをいつもいっぱいくれて
すごく自分に良くしてくれたってあったな

おりょうはそれを自慢調で語っていて
それ読んで思ったのは、西郷は"接待"みたいなことも普通にできるんだってことな

重野安繹が西郷を
「士卒が手傷を負へば、その傷を啜ったりするようなことは、しはずさぬ(ぬかりなくやる)人物で、
自分より目下の人の信用を得ることが多い」
と分析しているけど、おりょうに対してもそのように対応していたのだなと思ったものだ

299名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 19:56:12.46ID:5t7E3Cno0
西郷はおりょうも狙ってたのか?

300名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 22:29:54.18ID:qakafGSB0
西郷も政府高官にまで出世した後に、ひとの草鞋の紐を結んでやった
ことがあるそうだが、そういうことはなかなかできるもんじゃないねw

301名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 07:17:47.73ID:GsktSqsH0
日大はほんと西南戦争の西郷軍みたいになってきたな

302名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 11:50:04.54ID:OpDqyRHP0
>>288>>301は、これで何か言った気になってるんだろうな。

「歴史に学ぶ」のではなく「歴史に逃げ込む」タイプの典型的なレスですなぁ。

303名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 13:26:55.41ID:001VJXYg0
重野も面白いよな

例えばイケメンな自分よか何故にブサイクな野郎がモテるんだ?的感想というか
「よく見てる」
大したオトコでなければ無視してればいいだけなのに「気になってしょうが無い」といった感じか

304名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 15:37:48.20ID:RYRGreOp0
>>302
>>303
おまえもこのスレッドが気になってしょうがないwwww
憎くて憎くて仕方がないwwww

おまえの気持ちも分かるよ
最近の、西郷さん実はこんなヤバい人だった的な流れって
明らかにこのスレッドが影響してるもんなあ

某歴史ブログとか完全にこのスレッドがネタ元だし

305名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 18:33:19.52ID:IPy6NnXh0
みごとにブーメラン

306名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 20:07:15.30ID:26rhUHyJ0
桐野が西郷を射殺したなんてこのスレでしか見たことないぞ

307名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/24(木) 14:37:26.20ID:tN4tXZ8a0
自害を嫌がる者を殺害し、世間的には立派に腹を切ったと発表するのは武士社会では普通のことだよ。

海江田信義の弟が藩命で自害を命じられたがこれに反発し、腹を切るのを嫌がったという説があるよな。
世間体を憚った親類縁者が仕方なくこの弟を殺害し
世間には精忠組立ち合いのもとで立派に腹を切ったという話を仕立てたという。

308名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/24(木) 22:10:38.97ID:kosQWC210
>>282

>・盲信(反日、西郷、日本すごい)

反日なのか、日本すごいなのかwwwwwwwwwwwww
頭悪すぎwwwwwwwwwww

309名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/25(金) 19:46:46.74ID:twNcsfy60
桜田門外の変での無傷で帰参した彦根藩士を見ればねwww

武士道??はぁ?と

310名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 13:39:27.93ID:LXrXM1bF0
西郷薩摩はラストサムライにあらず

日本最初の体育会である

311名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/26(土) 15:52:10.52ID:8I2pT/Cu0
日本民法の父、穂積陳重の『法窓夜話』を現代語に完全改訳

法律エッセイの古典的名著が短編×100話で気軽に読めます
リライト本です。「なか見検索」で立ち読み頂けます。原版は
国立国会図書館デジタルコレクションで無料で読めます

法窓夜話私家版 (原版初版1916.1.25)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07BT473FB
(続)法窓夜話私家版 (原版初版1936.3.10)

312名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/28(月) 08:49:24.16ID:fWtw83O40
>>306
西郷が射殺されたというのは、検死報告から見ても無理。太股を銃弾が貫通しただけじゃ、人間は即死しない。
首を切ったら誰でも即死するが。

313名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/28(月) 19:54:33.10ID:CcOz3dz00
史実の西郷さんはまさに仁者正道至誠の人なんだよな

314名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/29(火) 05:40:24.68ID:YwFuGC3q0
>>310
体育会系は心を一つにまとめてしまうから個々の人間の思考力が蔑にされる。

みんなでやればルールが変わるって勢いでいろいろやらかす。
日大アメフトみたいに暴力的なルール違反を罪悪感を麻痺させられた実行犯が起こす。

幕末も薩長はテロ工作と詐術で秩序を崩壊させた。
テロリストが勝ってしまったのが明治維新。

天皇の京都から東京への引っ越しも行幸だと騙して行われた。
反則技を正当化するやり方は汚い。

315名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/29(火) 14:55:28.94ID:tLU2cHg90
まあ、大抵現代以前は革命や政権交代の前哨戦としてテロがあり
そのテロも体制が覆れば正当性が担保されてしまうわけで

朱子学的な考え方思想だよな
そもそもそのテロリストが勝って新体制築いたとかいう発想は

ま、客観的にみるとそうなんだけどw

勝てば官軍負ければ賊軍ってのはコレ日本だけの話でないしな
有史から近代終わりまでここの理論で歴史ってのは紡がれてきたわけで
現代においても全然まだまだありえてあてはまること多い話

316名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/29(火) 20:07:25.79ID:dubpdAHS0
そもそも江戸幕府作った家康もイスラム国みたいなもの
安政の大獄で先に白色テロ起こしたのも幕府側だしな

317名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 01:53:34.63ID:gkbRt5Rw0
安政の大獄は合法だったし吉田松陰は冤罪ではなかった。
吉田松陰の所業は突っ込みどころ満載なのに、善人のイメージが憑くのは
銀魂のせいだろうか。
西郷もマッチョなオカマだけど良い人って感じに演出されている。
フィクションだと分かっているならいいけど。

史実は内情を調べるほどに悪役にされた井伊直弼に同情してしまう。

それにしても徳川幕府の粗探しを重箱の隅をつつくようにして発見したところで
明治政府の悪行は誤魔化せない。

元テロリストどもが行き当たりばったりで国政を好き放題した明治政府の粗は
重箱の隅どころか汚部屋レベルだから。
明治維新を善いものだと「教育」されるのは生理的に気持ち悪い。

318名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 02:52:56.78ID:N7J4leHx0
まあまあ
それを言い出すとどこまでもさかのぼっていくだけだからw
徳川が豊臣にしたこととなんら変わりない

319名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/30(水) 23:14:49.63ID:WVirzcDj0
豊臣は家康に完全に滅ぼされたが
徳川は継続できた
まさに西郷どんのおかげ

320名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 04:32:23.76ID:wtVm3hLf0
司馬史観の影響はすごい。史実そっちのけで西郷を偉人のように錯覚させる。

321名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 05:14:41.26ID:e9ExEL960
>>320
主人公だけを神格化して
主人公以外はちょっと抜けてるような
愚鈍化した人物として描くいつもの手法。

竜馬がゆくでは、
竜馬に比べて西郷がちょっと間抜けのような書き方をしていた。

322名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 10:05:37.49ID:diYK1N090
フィクションだものw

そりゃ薩長側書けば
薩長視点で徳川を悪く書かなきゃ物語がなりたたんからな

その逆もしかりで
旧幕府、徳川方を書けば薩長を悪く書くのは当然つっちゃー当然

323名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 19:48:36.89ID:rby49Lhq0
跳ぶがとか花神とかだと大久保や大村を持ち上げて西郷をちょっと愚鈍な様に書いてる

324名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/31(木) 20:40:51.21ID:WrwMgER50
>>323
篤姫で登場した西郷が黒くて良かったわ
だいたい幕末動乱期に表に裏にと動いてたわけだから、薩摩藩の主要人物の一人である西郷が、綺麗事や人格者的な行動に終始してるわけ無いのよね
あのブラック西郷には納得させられたわ
篤姫の西郷は存在感もあり能力もあり裏も表もある、いかにも時代を動かしてるブラックぶりだった

325名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/01(金) 02:36:42.22ID:wpb3dgGS0
ブラック西郷www
フィクションでしかヒーローになれないのは分かった。

326名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/01(金) 02:52:48.26ID:F9UUbqUa0
翔ぶが如くは5年に渡って新聞に連載された長編だからか
西郷を描く温度が連載当初の頃と終わりの方ではだいぶ違ってた

最初の頃は西郷はじめ薩摩人自体を南国の快男児みたいに描いていたが
終わりの方では思考停止した全体主義集団になっていて
西郷軍団を太平洋戦争の暴走軍人の暗喩として描いていたわな

連載期間の5年のうちに史料を読み進んで、西郷と軍団のヤバさに気付いたのだろうか

しかしこんなにコケにされてるのに鹿児島では翔ぶが如くがバイブルの一つみたいになってるようで
どんだけニブイのかと思うわ

327名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/01(金) 20:31:54.43ID:+XbUz8Cn0
勝海舟も西郷は大至誠の人として評価している
西郷どんの黒いイメージはほぼ創作から来ている

328名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 06:18:07.66ID:TPxrtVRn0
>>326
翔ぶが如くの作者は描いている途中で西郷軍団のヤバさに気づいたからマシ。
連載途中からの作風の変化の仕方が生々しい。
だがどの分野においても資料読み込んで知れば知るほど印象が変わるのは自然なこと。

カルト信者はテコでも変わらないけどw

329名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/02(土) 06:44:04.15ID:pcX9Kl/p0
普通に年取って青臭さが抜けていく世代だからだろう

330名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/04(月) 05:21:46.84ID:XrEiu6gH0
>>326
南国の快男児 ×
人殺しをさせるジャイアン ○

331名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/04(月) 21:03:25.83ID:F4Nt86UM0
翔ぶが如くだと司馬の言う通りにしてればさも勝てるかのような錯覚を与える
元々薩軍の勝機は薄いだろうがと

332名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/05(火) 10:59:14.13ID:sU4YcO4G0
司馬の言う通りってどんな?

333名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/06(水) 06:15:37.06ID:0E4A8yAo0
>>324
気になるのが篤姫の嫁入り行列の膨大な費用の出どころは
重税と密貿易と黒糖地獄なのでは?

だから島津斉彬は評判よりも胡散臭い。
カリスマというよりサイコパスじゃなかろうか。。
非合法な財源で得た収益をガバガバ湯水のように兵器開発につぎ込んでいたし。
そんなのに心酔していた西郷ってサイコパスに操られる駒程度の小者だったのでは?

そんなのに統幕されたなんてバッドエンドな話だ。
明治維新を美化する話なんて虫唾が走る。

334名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/06(水) 21:26:26.52ID:5J8xreC60
東大教授「教養がない人は、何を言ったかではなく、誰が言ったかで判断する」

ここの信者のことだよなあ

335名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/06(水) 21:53:21.23ID:/n02FWFq0
幕府が参勤交代とか課さなければ、奄美から搾取も少なくすんだろうに。

336名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/06(水) 22:19:52.01ID:ZA95xHSq0
幕府が統治能力ないとさっさと幕府辞めてれば余計な戦乱負担も必要なかった
夷敵と戦うはずの征夷大将軍が外国を恐れ不平等条約結んだ時点で自分で廃幕すべきだったな

337名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 00:38:52.36ID:E7YtmJ2F0
>>334
なんというブーメランwww

338名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 00:56:57.13ID:paluKiNs0
石垣あたりも中山王に武力で征服されてその中山王が薩摩にという

単に因果応報という話

339名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 12:30:57.51ID:UuENc4Fk0
司馬は西郷のことそんなに評価してないでしょ? 日本軍の非合理的精神主義の元凶として西郷をみてたかもしれない。
西郷を評価していた歴史小説家といえば、海音寺潮五郎ではないのか。

340名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 15:26:48.86ID:Dp3Gd7I/0
西郷は、「責任感と正義感が強い、また武骨者である」て先祖から聞いてる。
(武骨者=とても扱いにくい人物)


大久保は「やる気と行動力がある、そしてなによりウンチクを語る人物」て言ってた。
(ウンチク=独自理論)

341名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 17:59:11.93ID:7HtdNcgR0
日大の内田みたいな人物にかぎって、責任はすべて自分にあると毅然と言い放つんだよな

342名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/07(木) 20:47:39.33ID:80eWh+nV0
西郷は明治も戦前も人気トップクラスだったんだが
戦後人気が落ちたのは司馬の影響じゃないかな
そして龍馬が一躍トップクラスになる

343名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 06:23:09.95ID:e2HEnrzH0
ヒーローに据えるためにわざと字を変えて「竜馬」はねつ造された。

実在していた方の「龍馬」なんというか、……詐欺師だし武器商人だし
グラバーのスパイだし扇動者だからうるさいし、同じ空間を共有したら
イラァってしただろうな。

344名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 07:26:05.75ID:7iHrWs3m0
↑そもそもが相手にしないというか無視されるというか同じ場になんて絶対居合わせないから

気にしない

345名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 08:57:39.20ID:lh87zEp70
馬鹿しかいねえここwwww
わろた

346名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 12:59:26.39ID:SXvLTuHp0
【株FX投機は、踏絵″】 マイトL ーヤは現れる…現れる…でいつ現れるんだ? はい、今年、2018年内
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528419905/l50

347名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/08(金) 23:08:48.28ID:dn2lY+iX0
西郷ら奄美流刑の実像
罪人と島民の知られざる暮らしをひもとく 箕輪優
ttps://www.nikkei.com/article/DGXKZO31329190U8A600C1BC8000/
 史料を見ると、流人の過半は武士階級で、藩のお家騒動に敗れた“政治犯”だ。次いで多いのが、素行の悪い
子弟が教育あるいはせっかんのために島流しになる例。犬神やキリシタンなど禁じられた宗教を信仰したとして
流された者も多い。
 彼らは島の厳しい環境で自活を求められた。政治犯になるような武士は高い教養を身につけていたから、
島民に読み書きを教えて口を糊(のり)した。流人は島の文化向上に寄与したのである。その代表例が薩摩藩士の
名越左源太(なごやさげんた)だ。
 名越は1849年に、いわゆる「お由羅騒動」で失脚した身分の高い武士である。奄美大島で約5年にわたる謹慎の
身となったが、清廉な人柄で島民の尊敬を集めた。
 住まいとして一軒家を提供されると「広すぎる」と恐縮し、近所の老人がハブにかまれると菊油を与えた。子供たちに
学問を教え、島民たちと月見を楽しんだ。島の暮らしをつぶさに記録し、後年、「南島雑話」という地誌にまとめている。
 実は名越と対照的なのが西郷だった。西郷は名越の10年後に奄美に流罪となるが、当時の書簡を読むと、物語で
描かれているのとは異なる実像がうかがえる。
 島民をさげすみ、娘たちの手の甲のいれずみをばかにし「もっとまともな家に住ませろ」と訴えた。後年、明治政府
の重鎮となったときに「奄美の砂糖を困窮する鹿児島県士族の救済に使えばよい」と説いた。島民搾取の現実を
目の当たりにしながらこういう考えだったのを知ると、私は西郷を英雄と単純にたたえる気持ちになれない。

348名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/09(土) 08:37:16.43ID:9va/+Gd20
悪いひとたちがやって来て
みんなを殺した

理由なんて簡単さ
そこに弱いひとたちがいたから

女達は犯され
老人と子供は燃やされた

悪いひとたちはその土地に
家を建てて子供を生んだ

そして街ができ
悪いひとたちの子孫は増え続けた


朝鮮進駐軍 関東大震災 日本人10万人大虐殺

https://youtu.be/iBIA45CrE30
https://youtu.be/D0vgxFC04JQ
https://www.youtube.com/watch?v=sYsrzIjKJBc
https://www.youtube.com/watch?v=SiHp41uWo1I
https://www.youtube.com/watch?v=zYBCTRryFP8
https://youtu.be/-wF31xbwqPM

349名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/09(土) 20:29:03.35ID:eFmgSDPA0
司馬は功利主義と陰謀史観だから
司馬にかかれば西郷も腹黒い陰謀家になってしまう
この辺りが西郷の腹黒イメージに定着してしまった

350名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/09(土) 22:22:44.30ID:MI30c/5T0
ほんとに翔ぶが如く読んだ?
翔ぶが如くの西郷は、何を考えてるか分からない奴というイメージで
陰謀家という描き方ではなかったと思うけど

明治維新全否定とか、西郷大悪人説みたいな書き込みが最近多いけど何なんだろう・・・

351名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/09(土) 23:00:39.60ID:2WoAjHtH0
知恵泉やBSの歴史番組で幕末ものを見ると、変だなぁといつも思う。
明治政府のやらかした醜態をさも偉業のような言い回しをしている。

優秀な人間が国を率いるべきである?
自称・優秀な人間の正体なんて詐欺師かカルトの教祖だろう。

352名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 07:00:43.02ID:VzMtf2380
おいおい、明治国家を率いた連中はその「二番煎じ以降」な連中だったろうにw
西郷にしろ大久保・桂等は単に変化を模索した急先鋒って「だけ」だろ?

353名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 08:36:29.55ID:dLTndoEB0
>>350
流行りのファッション

354名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 09:43:44.27ID:hUHUZMYb0
>>350

>>20に見られるようにパヨクが捏造した反日ネタ。

355名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 10:31:45.20ID:bkul7A+x0
司馬の西郷は体調不良説
山で転んで頭をぶつけて、それからおかしくなった説
それまでの前半生(倒幕、維新政府樹立まで)は冴えまくっていたと言うのが司馬

このスレを含めて最近の西郷観は、西郷は一貫しておかしかったというもの
前半生で冴えていたように見えるのは粉飾された西郷伝説のせいと、
たまたま結果が出ていたせいであるというもの

何のことは無い
西郷本人は一貫して、自分を認めぬ者を攻撃し
自分に好意的な者には力を貸してきただけであった

いやいや西郷が書いた手紙などを見ると、
西郷は、国家のためになにかできる英雄的で私心の無い大人物が好きであったろう?
たしかにその通りである
だがそのような人物は誰だって好きであるし応援したくなるのである

西郷の特徴は、国家のためになる人物であっても西郷を認めぬ者は冷遇し
攻撃したことである

言わば人格障碍者であり、大悪人というのとは違う

356名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 12:13:31.60ID:dI84mpQm0
西郷どんのもう一つの特徴

政争に負けたり、自分の思い通りにいかないと
ケツをまくって田舎(自分が天皇でいられる場所)に帰る

357名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 14:13:22.81ID:j3AuAe9D0
偉大な先人達の辞世の句を切なく歌った名曲↓
散るぞ悲しき〜辞世の唄
https://www.youtube.com/watch?v=_t675VZJgl4

358名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 19:21:31.97ID:kf2/jPOX0
>>355
たしかに悪人ってほどじゃないけれど、どこにでも居る腰ぎんちゃくって感じ。
たとえばクラスのそこそこ高いスクールカーストな連中とつるんで
自分はたいしたことしてないのに旨い汁吸って偉そうにしているタイプ。

信者はかたくなに信者だし、荒らしやコピーペースト貼りには擁護されている。
気持ち悪いなー。

359名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/10(日) 20:38:48.52ID:UW9QItRA0
西郷どんは愚直に仁者、正道、至誠の人を貫いた漢
まさに大政治家と言ってよい

360名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 00:16:18.55ID:bRmHffiv0
西郷が偉人でないと何か不都合なの?

361名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 13:39:22.41ID:qXzE+7gV0
鹿児島は歴史のリスク分散がまったく無い
鹿児島の公称歴史は西郷が偉人であることを前提に全部書かれてきた
西郷に全賭けしてきたから、それが黒なら歴史が全部吹っ飛ぶ

反日に全賭けしてきた韓国と同じ
それで押し通すしかない

362名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 20:20:48.11ID:SRyNhHan0
いや西郷は普通に偉人だろ
普通に歴史に名前が残る
しかも明治維新の筆頭として

363名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 20:39:30.41ID:FwQxN6JE0
最近ネット広告で見かける「〜の真実的」な内容のやつは何かあるのだろうな

364名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 21:30:00.59ID:N3XPgZwZ0
最近の例で言えばいわゆる薩摩義士の宝暦治水事件は完全に捏造であったと言われています
それでも鹿児島では毎年慰霊祭なんかが行われているはずです

押し通すしかない、というかある年齢以上の人にとっては今さらウソだったと言われても・・・
という感じで、新しく更新された情報は本能的に遮断してしまうんだと思います

宝暦治水事件については薩摩が捏造したのではなく、木曽川の現地の人が捏造して
鹿児島には大正時代ごろに伝わり、薩摩武士スゲエということで飛びついたようです

それ以降薩摩義士は、戦国島津、西郷隆盛と並び、薩摩三大レジェンドみたいになっていて
鹿児島県人の自尊心・反骨心そのものかと思いますが、完全に捏造です

鹿児島を代表するホルホル作家の海音寺潮五郎でさえ昔から否定していたようです

365名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 21:41:04.17ID:Kexc/PC90
スレ主は名無しネットの中で、西郷を小物・ろくでなし扱いすることに、青春のすべてを掛けてますからネ。
西郷が小物でないと困ると考えるのは、
なんと言ってもスレ主でしょう。

現在進行形で行われている企業の不正の内部告発なら、
匿名書き込みも有効だ。

しかし歴史スレで珍説を披露しても、
同じ効果があると信じたところに、
スレ主の悲劇がある。
新しい事実が発掘されたならともかく、
何年何十年前の本に書かれたことを、
さも自分だけが知っているかのように、
紹介するだけなんだもの。

若気の至りでひっこみがつかなくなる人の典型。

366名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 22:08:25.98ID:N3XPgZwZ0
青春のすべてとか、若気の至りとか
言葉のチョイスが古いなあ・・・

いつも老害感情だけで人を批判してくるこの人

いったい何歳なんだろう?

367名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/13(水) 23:28:43.70ID:abjGSthZ0
反日・反西郷プロパガンダ制作者一覧

■星亮一…福島民報(サヨク新聞)、福島中央テレビ
■原田伊織…クリエイティブプロデューサー、反日思想
■半藤一利…反日作家、文藝春秋
■中村彰彦…文藝春秋
■早乙女貢…小説家
■ねずまさし…サヨク作家、治安維持法違反で検挙
■宮崎十三八…会津若松市商工観光部長
■佐高信…サヨク作家、社民党支持者、教師時代に不倫結婚
■石光真人…「会津人柴五郎の遺書」の作者
■渡部恒三…元民主党議員、福島県へ原発を誘致
■野口武彦…文芸評論家、学生運動のリーダー
■小谷野敦…「天皇制批判の常識」の作者
■リチャード・コシミズ…元商社マン、陰謀論者、在日の出版社から出版
■鬼塚英昭…竹細工職人、陰謀論者、在日の出版社から出版
■TweetTV JPの老夫婦…共産党支持者
■瑞穂の国から出ておいで管理人…社民党支持者
■高橋美智子←星亮一主催の戊辰戦争研究会事務局
2ちゃんねるの削除板で大暴れ

歴史学者が1人もいなくてパヨチンが多いのが特長

368名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 05:13:21.44ID:ouCHFxTX0
西郷擁護は荒らしと信者とコピペ貼り職人だけか。
信者以外は仕事でやってるのかな?

369名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 10:15:56.81ID:ZntKG2rL0
薩摩義士マジで?

370名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 12:18:13.33ID:TME8WxMl0
100人近い薩摩藩士が抗議の切腹したとか全部デタラメだったんだよな

371名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 18:31:20.37ID:0z9zLvUV0
>>366
西郷について目新しい発見はなく、何年、何十年も前の本に書いてあることを紹介してるだけ、
という指摘については、スレ主はどう考えているのか聞いてみたいな。

372名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 18:43:12.34ID:qiI97M1E0
薩摩兵が人間離れした戦闘力を持ってたとかの話も甚だ怪しいわな
戊辰戦争では庄内とか長岡などの戦意の高い相手には普通に苦戦してるし

関ケ原ではただ逃げただけ

それなのになぜかスーパー戦闘民族イメージのゴリ押し

373名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 19:16:08.42ID:4ED4Qnwc0
佐々木高行

「公明正大な西郷と、陰有り後ろ暗き人の多き長州人」

庄内処分の件でwww

374名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 20:58:49.97ID:p/0MGsss0
>>371
何十年も前の本に書いてあることを紹介、というのが何を指していて何を言いたのかまるで不明
それをどう考えるいるかと聞かれても・・・
頭の悪い人がそいつの独りよがりの感情と文脈で火病起こしてるだけでは?

ていうか371=365でしょ
そんな恥ずかしい一文にこだわるのは老害本人しかいないよ

375名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 21:42:11.03ID:oKzby+aq0
日本民法の父、穂積陳重の『法窓夜話』を現代語に完全改訳

法律エッセイの古典的名著が短編×100話で気軽に読めます
リライト本です。「なか見検索」で立ち読み頂けます。

法窓夜話私家版 (原版初版1916.1.25)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07BT473FB
(続)法窓夜話私家版 (原版初版1936.3.10)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07BP9CP5V

376名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/14(木) 22:10:39.62ID:kyvH2sQW0
こんな過疎スレの中でレスを伸ばすためにどうしても西郷人気に頼らざるを得ないスレ主。
結局西郷人気頼みのスレ主あわれ。

377名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/15(金) 01:03:13.47ID:92nW5+Hu0
老害老害って、さも自分は年取らないみたいな話やなw

378名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/15(金) 12:01:21.41ID:WjnLkru00
西郷人気なんて無いだろ
大河も惨敗だし
上野に銅像が無かったら、大村益次郎レベルの知名度しか無かったかも

379名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/15(金) 13:36:16.19ID:92nW5+Hu0
素で大村のがもっと知名度低いやろ?

380名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/16(土) 04:50:30.37ID:ICHYyFZb0
大阪維新の会のやることのことごとくが軽薄で考えなし。
明治維新を好意的に認識しているから「維新の会」と称したんだろうけど
西郷や大久保を偉人だと勘違いしている政治家たちのやることは
やらなくていいことばかりだ。

381名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/16(土) 07:06:02.53ID:sl85xt/O0
ふと下のコピペを思い出した
証拠は全て鹿児島を指しているのに宮崎と言い出したのは誰?
宇佐神宮?宮崎県庁?
スレ主も具体的な証拠を挙げなよ


日向国だから天孫降臨の地と言い出したのは宇佐神宮
宇佐神宮は自分の領地があった場所を高めようと色々捏造をしている
今の宮崎県民は神話の国というのを信じているが細かく調べればおかしな事ばかり
はっきり言って起源を主張するどこかの国のいうことと変わらん
これからは間違いは間違いと認めることが大事だと思う

続日本紀によれば昔の日向国は鹿児島宮崎を含む地域だった
記紀ではともに天皇家と隼人族は同族出身としている
日本書紀では特に阿多(薩摩半島南部)と特定している
ちゃんと調べれば分かることばかり

木花咲耶姫の本名である神阿多都比売
海幸彦の子孫は隼人族の阿多君
神武天皇の妃である阿比良比売は阿多小椅の妹
代々阿多(薩摩半島南部)の人間だらけ

おまけに鹿児島県南さつま市の上加世田遺跡からは久米と墨書された遺物が出土している
これは神武天皇の部下である大久米命との関連を思わせる

よって神武天皇の出身地は鹿児島県の薩摩半島
旧加世田市から旧金峰町にかけてと思われる

なお天孫降臨が現実にあったと考えるのは無理がある
それに山上に神が降り立つというのは北方系の神話

高千穂地名の変遷
日向風土記逸文(713、引用は続日本紀797)知鋪の郷(ちほと読めるから高千穂と言い出す。本当に原本にあったか?)
宇佐八幡宮託宣(765)高智保(たかちほと言ってるのが神主だと分かる。)
和名類聚抄(925)   智保(一般には広まっていないようで、辞書にはまだ高千穂は載らず。)
大日本史(1657〜)  日向国臼杵の郡、智保、今は高千穂の庄(虚仮の一念、岩をも通す。でも正式には智保。)
(参考)1889年(明治22年)三田井村、押方村、向山村が合併し高千穂村となる。(ようやく正式に高千穂)

382名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 05:41:25.48ID:OpaULdcg0
日本人のルーツは分類の仕方にもよるが3〜6種類くらい。
それが混ざって現在の日本人になったから純血主義なんて排他的一神教の
悪癖を持ってこられたら、そりゃ違うだろうと思う。
実際に縄文人だの邪馬台国の末裔だのが偉いなんて選民思想はなかったし。

出雲族・諏訪族・三輪族はおそらくオオクニヌシノミコト系。
今の天皇家はニニギノミコト系。

他にも独特な土着の信仰を持つところ集めて成立した民俗学は
明治維新に潰されそうになる地方文化を、消すまいとして生まれた学問。
遠野物語をまとめた柳田国男は頑張った。
南方熊楠も生物学の分野で頑張った。
ついでに何故か多神教のギリシャ神話の国からやってきて出雲に帰化した
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も怪談・迷信の方面にドハマリした。
……多神教は混ざりやすい。ギリシャ神話のマルス神は日本に来て摩利支天に
なったくらいだから馴染みやすかったのだろう。

それまではただの生活に知恵や習慣だったのにな。
日本で長年育まれてきたの有象無象の文化は明治政府のやらかした最悪の愚策、
廃仏毀釈で潰された。酷いことをしたものだ。

383名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 15:10:24.09ID:f+4ECaBE0
「遠野物語」自体はともかく、遠野物語信仰みたいなものは甚だ胡散臭いんだよな

ある本で、遠野物語と「在日論」の共通性が指摘されていた
以下はその引用である

遠野市が「遠野物語」(柳田邦男 1910年)の筋立てにしたがって地域の姿を作り変えていったように
在日コリアンも「朝鮮人強制連行の記録」(朴慶植1965年)の筋立てにしたがって在日の歴史を作り変えた部分がある

人類学者の太田好信の指摘では、「遠野物語」が刊行されてさほど時間が経過していない時点で
現地を訪れた者には、自分が目にしている遠野と、「遠野物語」に描かれた「遠野」とのギャップに
驚かされたものだが、数十年後に現地を訪れた者にはそのギャップの感覚が無くなっているという

これに似た関係が在日コリアンと「朝鮮人強制連行の記録」との間にもあるのではないかと

「朝鮮人強制連行の記録」は、刊行されるや、少数ではあるが、あるタイプの日本人たちに啓示を与える書となり
「強制連行」の足跡をたどる発掘・調査などに使命感を燃やす人々を生みだし、
それはやがて在日コリアンが「強制連行」の被害者やその子孫であるというイメージを人々の心や身体に刻み込む力となった
しかし、当の在日一世自身が読んだら、それがわが事を記した本であるとは、にわかには信じられなかったに違いない
一世の多くは、ひと旗あげるためにとか、貧しさから逃れるために、故郷を離れ、
日本にやってきたことを十分に承知しており、彼らの立場からすれば、自分が日本にいることを
日本の「強制連行」のせいにするような”お話”が作り物であるのは明らかだったからだ

384名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 15:38:31.84ID:f+4ECaBE0
ながながと引用したのは、西郷伝説と鹿児島県人の関係が
遠野物語と遠野市や、「朝鮮人強制連行の記録」と在日コリアンとの関係と
同じだと思ったからだ

西郷の死後だいぶ経ってから、西郷を祭り上げる顕彰本が刊行され
その顕彰本の筋立てにしたがって鹿児島県や県人が自らの姿を作り変えたのだ

西郷軍の当事者の代ではなく、子孫の代になってから実体の無い西郷伝説が
鹿児島県人の心や身体に刻み込まれたのだ

宝暦治水事件の薩摩義士のお話も同じである
鹿児島にはもともと薩摩義士の記録は一切無かったにもかかわらず
大正時代に岐阜県から薩摩義士の捏造話が輸入され
その筋立てにしたがって鹿児島県も自らの歴史を作り変えてしまったのだ

この現象の最新版が、朝日新聞の慰安婦報道と韓国で名乗りでてきた(強制されたと主張する)慰安婦のおばあさんたちである
慰安婦報道の筋立てにしたがって、慰安婦おばあさんは自らの歴史を作り変え、強制連行されたと主張しはじめたのである

385名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 15:56:37.36ID:rjEA3RJC0
このスレ見ると、西郷の評価がすごい下がるねw
いや全部鵜呑みにするわけじゃないけどさ

386名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 16:47:09.55ID:aJNOk7qw0
明治15年発表されのち軍歌として広く知られるようになった「抜刀隊」の中で、
西郷は「古今無双の英雄」でありながら「天の許さぬ反逆」を起こした者とされている。
この錯綜した感じが当時の評価じゃないかと思う。

387名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 19:14:50.88ID:MVJQoGGx0
でもその西郷が前線に立って維新を成し遂げたという事実には代わりはないよね?と
龍馬は如何ともだがw

388名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/17(日) 19:23:24.44ID:f+4ECaBE0
>>386
あくまで私見ですが、当時の評価に従って「古今無双の英雄」のようなフレーズが生まれたのではなく
「古今無双の英雄」というフレーズが使われたことによって、それが一種の西郷伝説になり、
その筋立てにしたがって歴史が作り変えられていったと見るべきでは?

明治15年というと、1万以上の死者を出した西南戦争の記憶はまだ鮮烈であり
遺族感情など考えれば、敵軍の大将を「古今無双の英雄」と呼ぶのはちょっと考えにくい
西郷のキャラも「古今無双の英雄」というような前線に立つタイプの統率者ではなかったし

しかし事実としてそのような歌詞が採用されたのは
西郷隆盛がかつての政府陸軍大将であり、西郷軍の中核もかつての政府軍であり
また明治15年当時政府軍には薩摩出身者がまだ多くいて、西郷をたんに賊とするより一種の軍神化をして
それを打ち破る正義の政府軍のような歌詞にしたほうが何かと都合が良かったのではないかと思う

389名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/18(月) 04:41:31.43ID:w2nchGoR0
嘘臭い伝説なら聖徳太子もいるけど昔すぎる話だから
伝聞ゲームのごとく尾ひれが付いてできた伝説だったんだろう。
昔話あるあるだ。

だが、西郷伝説は嘘まるわかり感が先に立つ。

現代のねつ造英雄譚の政治利用のされ方はド汚い。
ぐぐったら誇張されすぎなのがすぐにバレるのにな。

390名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/18(月) 22:23:01.66ID:LXR3kIaX0
柳田邦男を否定して、「ぐぐれば分かる」と述べるのは、
「ネットの中にすべて真実はある」と、フィールドワークなんか何もできない、
典型的なひきこもりの発想だ。対人恐怖症なんだろうか。

391名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/19(火) 02:28:27.48ID:ZbH22ZeH0
遠野物語は地方の伝承を集めて書き残したものでしかない。
それにコリアンがどーのってなんでやねん。
あっちの国で反日やってる人間とこっちの国で在日ガーって
やってる人間は言い回しが同じ。
目的は諍いの種まき?

そっくりというより、同じ組織の仕事人なんじゃないかな。

392名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/19(火) 08:11:42.94ID:/YQNsDky0
通説では西南戦争の最後で西郷の介錯をしたのは別府晋助となっている
「西南記伝」など西郷顕彰本でもこの別府晋助介錯説をとっているものが多いんですが
この説の元ネタって何だと思います?

目撃者がいた?
後の歴史家がフィールドワークして聞き取り調査した?

いえいえ、元ネタは"新聞報道"のようです
西郷軍全滅の3日後の9月27日
東京日日新聞が西郷の最期の様子をこう報じている

新撰旅団の安村治孝中尉兼二等大警部(旧長州藩士。市ヶ谷集獄署長。のち樺戸集治監典獄)が
西郷に飛びついたが、薩兵に撃たれてピストルだけを確保して引き下り、別府晋介が西郷を介錯した

おそらくこれが、別府晋助介錯説が初めて世に現れた瞬間です
別府晋助介錯説の原型はこれなのです
西南戦争直後に流行した"錦絵"でも西郷の最期には安村中尉が登場しています
おそらく当時の人たちは鹿児島県人も含めてこの報道を信じたはずです
つまりある時期までは、西郷の最期といえば、安村中尉と格闘中に薩兵の弾に当たり、別府晋助に介錯されたとされていたのです
これが当時の通説だったはずです

しかしこの安村中尉が西郷に飛びついたという説は後にほぼ取り上げられなくなったところを見ると
後に安村本人が否定したかなにかでガセと判定されたのでしょう

そしておそらく、別府晋助が介錯したという情報のみが後の西郷顕彰本で採用され
流れ弾に当たった西郷が「ここらでよか」と皇居の方角に拝礼し、別府晋助により介錯されたという話に変化したのだと思います

そんな大事なことを勝手に話を作り変えて、さも史実のようにして出版したりするか?と思う人も多いと思いますが
ふつうにします
池田大作や大川隆法の本がどのようなものか考えてみてください
西郷顕彰本というのは宗教本なのです

393名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/21(木) 07:00:45.59ID:xTmuBbyK0
全くの嘘であればその後の安村某は歴史に名を残すことはなかったに思うが「そうではない」
がしかし囚人監修という職が何か左遷的な雰囲気があるように思うがどうだろう

もしかして誰かが逆賊ではあるが英雄でもある西郷の最後に
一兵卒もしくは長州人が関わった事に何色を示したのかもしれん

あと子孫?の方の言い伝えかなんかで名が知れ渡った事で家にまでおしかけた連中が居たらしいので
そういうのに嫌気がさしてその後無言で通したのかもしれん

394名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/21(木) 09:33:09.64ID:cbAfQE7w0
安村中尉が西郷に組み付いたという話は政府軍の記録には一切無かったはず

そこだけ空白になっているというか・・・

少なくとも現在通説になっている、西郷軍幹部が1列になり突撃し
負傷した西郷が幹部たちの見守る中皇居の方角に拝礼し介錯を受けた
という説は
当時は影も形も無かったと思われる

395名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/21(木) 13:01:30.76ID:cbAfQE7w0
面白いのは、東京日日新聞の第一報ともいえる安村中尉説では
西郷に当たった銃弾は薩兵が放ったとされている点だよな

その薩兵が桐野利秋だとは言わないけど
もともとの第一報では西郷は薩兵に撃たれたとされているのは興味深い

396名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/23(土) 00:21:30.39ID:1J4MVTeX0

397名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/23(土) 06:52:46.33ID:nIDfmCE40
あはは。
ワンパターンのネタをどう展開していくのかしら。
もう少し泳がせてみましょう。

398名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/23(土) 21:12:38.48ID:fJLPluJp0
西郷信者にはどのような史実も 馬の耳に念仏なんだろうなあ・・・

http://blogos.com/article/271237/
これを書いてる田勢康弘(73歳)という西郷信者さん(元日経新聞記者)も
重野安繹の「度量が偏狭である」という西郷評を最近になってはじめて知ったようで
西郷という人物が分からなくなったと書いているが
だがそれがいい、みたいな無理な結論付けしていて本当に痛々しい

ちなみにこの老人、日経新聞から早稲田の客員教授になって
65歳の時にセクハラで早稲田を追放されています

西郷信者さんのリアルな姿かな

399名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/24(日) 08:32:53.87ID:1Dhw8LcR0
>>395
薩軍最後の突撃は一般的に岩崎谷だと言われてるが、実際にはその先の下竜尾に抜ける小路で行われてるんだよなぁ
今は陸橋が通ってるが、元は幅2メートルにもならない切り通しの道だったらしい
ここで双方の激烈な銃撃戦が発生し、西郷隆盛はその弾雨の中を先頭切ってノシノシ歩いて前進してしたわけだ
後方からの薩兵に誤射されたって場所を見ればおかしくは無いんだよねぇ
薩兵に背後から撃たれたってのはそれなりにあり得る話だと思う

400名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/24(日) 09:05:55.47ID:WRe1k5dk0
  +       パヨク   +
    +   / ヽ_, ,_l ヽ +
パヨチ━━━//゚\ ll /゚\\━━━ン!!!!  あれだけサッチョーガーで騒いだから
  +   /:::::⌒(__人__)⌒:::::\  +      日本史の定説になること間違いなしwww
     <  ヽ  \r┬ヽ、 / >
   +  \      `゙ー'  /    +

.

     │  │  │  │
     │  │  │  │
     │  │  │  │
    ┬────────┬   十┐・・ ヽ  /    |
    |奇痴害陰謀論イラネ |    ノ ノ   _/   ツ !
    \从从从人从入从,/ 。  ,     ━━┓┃┃
      ノ (;;゚  )  (  ゚;;)\ 。 ゚         ┃   ━━━━━━━━
    /   ⌒゙ ( o_o )⌒≦ , ・ '。゚ 。     ┃               ┃┃┃
    \    ゝ'゚    ≦ ゚ 。  ゚                          ┛
     ノ   ゚ ヾ'゚     ≦ 三 _ ゚
   /´    。 ≧       三 =-

401名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/24(日) 09:41:42.88ID:x76rAWsh0
>>399
それ以前にその「薩軍最後の突撃」は本当にあったのか、ということなんですが・・・

ちなみにその、岩崎口ではない切通しの道で銃撃戦が発生し、西郷が先頭で突撃したという逸話の出典は何ですか?

402名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/24(日) 17:52:03.21ID:aEaLh1Gd0
無様な死に方であろうが立派な死に方であろうが
生前やってたテロ三昧の悪行の埋め合わせにはならない。

403名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/25(月) 15:14:13.22ID:cTkdbCEr0
てか答えなぞ出るはずもなく全ては状況証拠というだけで、しかも視点を変えれば幾らでも解釈は可能という状況
勿論後の人間が付帯をしたであろうという事も踏まえてね

桐野が仮に背後から撃ったにせよその心情なんて理解るはずもなく
当然投降するが故の射殺もあれば、敢えて自らを死地に追いやる姿に
「西郷どんの最後はおいが引き受ける」的心情が出た可能性も否定は出来ないと

404名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/26(火) 02:53:42.01ID:OyNITZjn0
妄想乙

405名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/26(火) 07:39:38.41ID:82VQKpo70
桐野は西郷以上に幹部たちから浮いていたかもしれないというのはある
桐野の指揮で戦ってきてこのザマじゃねえかという思いは西郷だけではなく幹部たちにもあったろうな当然
西郷の助命嘆願する計画も桐野抜きで進められてるし
西郷にしても幹部にしても最後は被害者意識すら持ってたかも
でなければ助命嘆願なんてとてもできない

406名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/26(火) 07:57:38.12ID:82VQKpo70
ちなみに西郷軍(実質桐野軍?)がボロボロになりながらも鹿児島へ帰還したのは故郷で死にたいという一心からであった
などと美化されることが多いが
桐野の構想では汽船で琉球に渡り、再起を目指すためであったという説もある

407名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/27(水) 06:07:11.14ID:01rNSWai0
明哲保身を最上のものと考え、平安の世を生きるあなたに、桐野はついぞ理解できませんよ。
それで良いではありませんか。

408名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/27(水) 16:14:39.94ID:YlpPhKZ10
そりゃ〜デカイ「白旗」掲げて降参〜〜って坂下るなら兎も角ね

最後通牒突きつけられてわざわざ敵のど真ん中へ「俺降参」て

そこまでアホではないだろう

409名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/27(水) 21:29:59.75ID:j09lnhJZ0
西郷隆盛って政府転覆を計った犯罪集団のボスだろう

そんな極悪非道なテロリストをNHKがドラマにするんだろう

410名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/27(水) 23:58:57.72ID:LRWQwO4c0
極悪非道なテロリストの一味ではあるけれど
ボスよりは小物ポジション。

411名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/28(木) 18:16:40.07ID:LoElDegJ0
通説を 覆すにも ネタは無し

412名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 00:09:27.76ID:dCTKPtxR0
通説って「偏狭であった」というやつ?

413名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 00:59:33.43ID:ks/gLwd10
良い通説よりも悪い通説の方がインパクトある

414名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 09:31:37.78ID:FYtGfJXu0
重野安繹、市来四郎、大隈重信といった人たちが、
西郷について悪く書いているものもある、
というのは確かに通説ですね。
司馬遼太郎が40年以上前に発表した「翔ぶが如く」の中でも触れてありました。

もっと新しいネタは無いんですか?

415名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 10:31:37.35ID:eqOVtqt80
通説というのは、広く一般に知られている説のことだよ

重野や市来の西郷評は長く黙殺されてきたので通説とは言いがたい

しかし最近になって西郷解釈の仕方に大幅な変化が起こって、
重野や市来の西郷評が通説化、一般化しつつあるのは事実

最近刊行された西郷本(史実を無視した顕彰本を除く)では
たいてい序章で重野の「偏狭であった」という西郷評を引用し
従来あった「包容力のある人格者」という西郷イメージが虚像であったとする論調の多いこと多いこと

416名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 12:53:02.54ID:OMiTANAh0
ワタシは別に司馬信者じゃないけど、
司馬遼太郎が全国紙に書いていた事実があるのに、
>長く黙殺されてきた
とかw

なんでも自分に都合よく解釈する人ですネ。

417名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 13:53:24.98ID:5Gx5k28k0
>>416
司馬が書いたから「通説」とかいったい何基準ですか?
通説の意味さえ知らないで恥をかいたのはあなた自身のせいなのに、逆切れとか見苦しいですよ

事実として重野の西郷評はまったく一般的ではありませんでした
だからこそ最近の西郷評価見直しの機運に対して、西郷信者が焦りまくってるわけで

418名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 19:58:21.90ID:4BSYCZD50
反日・反西郷プロパガンダ制作者一覧

■星亮一…福島民報(サヨク新聞)、福島中央テレビ
■原田伊織…クリエイティブプロデューサー、反日思想
■半藤一利…反日作家、文藝春秋
■中村彰彦…文藝春秋
■早乙女貢…小説家
■ねずまさし…サヨク作家、治安維持法違反で検挙
■宮崎十三八…会津若松市商工観光部長
■佐高信…サヨク作家、社民党支持者、教師時代に不倫結婚
■石光真人…「会津人柴五郎の遺書」の作者
■渡部恒三…元民主党議員、福島県へ原発を誘致
■野口武彦…文芸評論家、学生運動のリーダー
■小谷野敦…「天皇制批判の常識」の作者
■リチャード・コシミズ…元商社マン、陰謀論者、在日の出版社から出版
■鬼塚英昭…竹細工職人、陰謀論者、在日の出版社から出版
■TweetTV JPの老夫婦…共産党支持者
■瑞穂の国から出ておいで管理人…社民党支持者
■高橋美智子←星亮一主催の戊辰戦争研究会事務局
2ちゃんねるの削除板で大暴れ

歴史学者が1人もいなくてパヨチンが多いのが特長

419名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 20:26:12.93ID:SSC9X6MG0
>>414
そいつら3人の評価をまとめた西郷像

・自分の言う事を聞く相手には優しいが、思い通りにならない相手は徹底的にイジメ抜く
・子分をまとめ上げるために、常に敵を必要としている
・他人の僅かなミスを見つけては攻撃し、自分の支配下に置くのが得意

今で言うならマウント取るのが得意ないじめっ子気質の人間だったのかねえ

420名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 20:28:25.24ID:5dRKtmkP0
このスレにも「無能先生」いるなwww

421名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 20:49:20.76ID:5Gx5k28k0
>>189-191のとおり現代の人物で言えば「貴乃花親方」の気質が西郷隆盛の気質とかぶっていると思われる

http://blogos.com/article/264201/
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/218349
このへんの貴乃花分析はそのまま西郷にもあてはまりそうなことが多い

422名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/29(金) 22:52:47.39ID:/IS55TR40
最近も西郷研究の新書は何冊も出ていて、とても読み切れないねw

423名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 02:19:49.79ID:WOnB7Q+q0
重野の晩年にゃ〜西郷とは相対していなかったしなぁ〜
まぁ〜人間の性格は根本的には変わらないのかもだが

「世人は西郷が先に忠にして、後に賊となりしを怪しむものがあるけれども、
全体西郷は邪悪なる男にあらず。あまりに正直過ぎて物を信ずる性質なりしため、
ついに賊名を帯びるに至ったのは、遺憾至極である。もし彼をして少しく私智に富みたる人ならしめたならば、
かのごとき始末には至らなかったであろう。
かかる例は古人にもいくらもある事である。ゆえにその跡方だけにつき、その人を論評するときには、大変なる相違を生ずるものである」

山岡鉄舟

424名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 05:38:03.61ID:BAvwrGGW0
重野本人が実証史学を広めちゃったから薩摩関連は史料検証が厳しいんだよな
その場にいなかった人が噂を語った史料は佐幕側の研究だと採用されるが
薩摩だと取り上げられない

このスレはそれ以前に、重野の書いてる西郷の欠点は奄美で本人から聞いたってのを故意に省いてるし

425名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 06:20:58.45ID:TNd9PEwV0
故意に省いてるって「西郷の欠点については本人も自分でも言うとった」という曖昧な文言かな?
故意でもなんでも無い、過去スレで既出の話題だな

重野の西郷評の本は持ってるので何でも聞いて下さい
たしか上の老害先生は持ってなかったはずなので

老害先生は記憶力が落ちているのか、過去スレでさんざん自分で墓穴を掘った話題を繰り返しているように見える
迷惑なので注意してください
制御できないのならそれはもう終活に入る時期ですよ

426名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 08:18:26.29ID:BAvwrGGW0
それ以前に重野の語ってる話の中に重野が現場にいて実際に見たものがどれだけあるか
ってことなんだけどねw
まあここで必死に叩き続けてる人は投影性同一視だなーとは思うわ

427名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 08:36:58.18ID:TNd9PEwV0
老害先生、それは現場主義という名の精神論ですね

たしか老害先生の現場って奄美の西郷謫居跡で観光ガイドから話を聞いて
何かを「見た気になる」という超精神論でしたよね

心から言います

終活してください

428名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 10:56:21.51ID:asQZIPGb0
うちの会社にも「絶対服従の部下は可愛がるが、意見を述べてくるような
部下に対しては極端に冷酷」な、派閥を作りたがる管理職っているけど、
自分に自信がないアホにしか見えない。

西郷は剣の修業もしておらず、学問もなかったから、自分に自信がなくて
自分の派閥を作りたがったんだろうな。

429名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 12:42:15.28ID:KYJnwvWT0
>>417
>事実として重野の西郷評はまったく一般的ではありませんでした

それを「事実」と言い切る根拠はなんですか。
重野、市来らの西郷評が取り上げられている司馬遼太郎の「翔ぶが如く」は、
もう40年以上前に、4年に渡って毎日新聞に掲載されたものです。
何百万部と発行され、家庭に配達されたのは「事実」です。

また司馬遼太郎が人気作家であり、公立の図書館で司馬の作品を一冊も置いていないところなど、
全国探してもないでしょう。
「翔ぶが如く」の単行本、文庫本はベストセラーとなりました。
そのうえで、重野の西郷評は最近まで一般的でなかったと言い切る根拠は何ですか。

少なくとも、西郷を批判的に語る人たちもいた、という認識はあったでしょう。
だいたい、近現代の人物でまったく批判のなかった人物がいるとは、一般的に考えられませんが。

430名無しさん@お腹いっぱい。2018/06/30(土) 14:08:38.83ID:TNd9PEwV0
>>429
なるほど何百万部の新聞の小説欄を全員が読み、かつ4年に渡って毎日重野や市来の西郷評が掲載されているのなら
それは立派な通説と言えるでしょうね

しかし事実は全然違いますよね
比率で言えば日本人の99%は司馬の小説など読みません

また部数などの数字にこだわるなら、翔ぶが如くの総ページ数と
重野や市来の西郷評が掲載されたページ数をぜひ教えてください

そのあたりの数字で日本人の何人が重野や市来の西郷評を目にしたかだいたい分かるでしょうからぜひ計算して教えてください
そのパーセンテージの大きさで、重野や市来の西郷評が一般的であったかどうか客観的に判断できるでしょう

わたしはいちいち計算しませんけど、比率で言えば日本人のほぼすべてが重野や市来という名前すら知らなかったと強く断言します
あたりまえです
重野や市来が一般的だったなんて言い出すのは日本で老害先生ただ一人です

どれだけ自分が頭のおかしいことを言ってるか気付いてください

431名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/01(日) 05:02:51.01ID:wFTl+Mfa0
NHKやBSで幕末ものを観る機会が増えたけど、
明治維新、さりげなくディスられてないか?

大河のテンションにはついていけないっていうかフィクションまるわかりの
テンションの高さにポカーンってなるしかないし、その他のドキュメンタリーな
番組でも良い話っぽく演出されてはいるけれど
「それやっちゃいかんだろう!」という行いの数々がけっこう
つまびらかにされている。

432名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/01(日) 19:13:44.82ID:S8wJIXCw0
敢えて例えるなら今じゃ〜良い夫、父、優秀な社会人と持て囃されているけれど

中学時代の同窓にはすこぶる「評判が悪い」

という感じよね?

433名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/01(日) 21:48:47.55ID:74EvgdKT0
西郷は神格化されていたので、社会人とか家庭人の例えはあてはまらないと思う

434名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/01(日) 22:44:23.64ID:4XclN/cz0
歴史や維新とかに興味無い人は、西郷さんのイメージは良き家庭人なのかもな
家で偉ぶってなかったとか、家の女たちを立てていたとか、奉公人に優しかったなど
それってわりと普通のことだろってことが、なぜか特別な人格者であるかのように語られてんだよな

435名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/02(月) 05:26:09.35ID:NWQmFVw60
良き家庭人ってどこが?

一人目の妻はスピード離婚。
二人目の妻は島に置いてきぼりで、後に三人目の妻が子どもだけ奪う。
三人目の妻はタダ働きの家政婦状態で苦労しまくり。今どきの表現で該当する表記は
ダメンズウォーカー?

で、西郷はというと月照と衆道やってそうな仲だったり遊郭行って愛人作ったりして
よろしくやっていた。

現代でも九州男は亭主関白と言われている。その実態はDV男だけど。
西郷の影響か元々そういう土地柄なのか、どっちなんだろうな。

そんなのを神格化して崇めるなんて、……無理無理!

436名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/02(月) 13:16:06.98ID:7jvtcPAI0
>>430
>比率で言えば日本人の99%は司馬の小説など読みません

それでは、>>415にある
>最近刊行された西郷本(史実を無視した顕彰本を除く)では
>たいてい序章で重野の「偏狭であった」という西郷評を引用し
>従来あった「包容力のある人格者」という西郷イメージが虚像であったとする論調の多いこと多いこと
「最近刊行された西郷本」は、いったいどれくらいの日本人が読むんでしょうか。
40年以上絶版になることなく本屋や図書館の書棚に並ぶ「翔ぶが如く」より読まれるようになる、
というのは考えにくいですが。

>また部数などの数字にこだわるなら、翔ぶが如くの総ページ数と
>重野や市来の西郷評が掲載されたページ数をぜひ教えてください
最近刊行されている西郷本では、重野や市来の西郷評にそんなにページを割いているんでしょうか。
その本をぜひ教えてください。

>なるほど何百万部の新聞の小説欄を全員が読み、かつ4年に渡って毎日重野や市来の西郷評が掲載されているのなら
>それは立派な通説と言えるでしょうね
何でも自分に都合よく考えますね。

437名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/03(火) 02:25:32.58ID:5KiVSkoi0
>>436
ただただ、キモチ悪い

438名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/03(火) 06:21:56.56ID:CWRbuqxW0
>>437
それは逃げだね

439名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/07(土) 08:37:03.51ID:TqUVngqI0
大河惨敗

しかし鹿児島だけは高視聴率wwww

440名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/08(日) 00:06:47.89ID:HgUgK4H50
鹿児島県民はあの「西郷どん」に何を見てるのだろうか??
鹿児島県民が祭り上げてきた西郷偶像とも違うもんだろあれは

441名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/08(日) 02:22:30.36ID:qOkmdx200
自衛隊が高速道路を使えない驚きの理由 「高速代がないから」
http://news.livedoor.com/article/detail/14976357/

9割が中国人の高校。日本人が納めた税金が奇妙なことに使われている
https://twitter.com/netgeek_0915/status/989791204517625856

反日サヨク議員「自衛隊と日本のための災害対策費は仕分けして中国様と留学生にどんどん貢げ!!」

442名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/11(水) 20:35:47.46ID:pDLsF+Ck0
西郷さんは頭に障害持ってた

443名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/12(木) 07:46:53.40ID:80Apf0np0
大筋では、長州に騙されたってことで
途中から考えが変わったよな
変わる前後を比べちゃいけない

444名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/13(金) 02:38:13.22ID:pegqJS3X0
いろいろと役に立つ嘘みたいに金の生る木を作れる方法
念のためにのせておきます
検索してみよう『立木のボボトイテテレ』

YT8

445名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/13(金) 12:55:20.96ID:BH+3XBG/0
鹿児島の人は今でも西郷伝説を信じているんだな

446名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/13(金) 22:12:02.83ID:E5P6YjjS0
>>49
それ前の知事と現知事がごっちゃになってるぞ

447名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/14(土) 08:22:38.37ID:H8yl4+0A0
流行りの維新テロ史観に乗っかる馬鹿どもwww
ダサすぎwww
あの時代にテロもくそもあるかよwww
なんでそんなに頭悪いの君たちwww

448名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/14(土) 11:26:13.36ID:ophNKgBE0
やたら草はやすやつも頭悪るそうだけどな

449名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/14(土) 12:09:53.06ID:4+ziSTgp0
【自民党「移民1000万人計画」】 人口、最大の37万人減、月給3000万ドン、自衛隊がローソン商品輸送
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1531534027/l50

450名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/14(土) 20:07:38.78ID:mb3FDDXA0
現代の基準で150年前を考えてあれはテロだとか言ってしたり顔する馬鹿www
頭悪すぎwww

451名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/19(木) 00:20:00.29ID:jGiSW4L50
明治政府は借金踏み倒し組織。
生麦事件の賠償は幕府に払わせて当事者の島津は返さず。
だから島津は嫌われた。当たり前。

大久保は暗殺されてから、返すあても方法もない
つまり返すつもりのなさげな借金が明るみになった。
生前も死後も借りパク野郎だなー。

踏み倒された者の多くは倒産の憂き目に遭った。
借りたら返す。なんでそんな当然のこともできない人間が
偉人扱いなんだろう?
そんなのの使いっ走りで後に捨てられた西郷はやっぱり小者だったんかな?

452名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/19(木) 13:17:07.30ID:BV/p4ZDC0
>>451
チラ裏

453名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/02(木) 08:46:23.66ID:fAqdQNJS0
ケンワタナベもイメージと実像だいぶ違ったよね

なんならケンワタナベが西郷役やればよかったんじゃない
視聴率的にも

454名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/02(木) 20:19:11.46ID:aTyCFJZI0
>>453
チラシの裏

455名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/06(月) 04:25:02.99ID:p3wqH1VY0
江戸時代は良い時代だった。
月代というヘアスタイルが普及しているのはハゲを誤魔化すのにちょうど良かった。
なんでざんばら頭に文化をチェンジさせる必要があったのか。

倒幕した奴らのバカヤロー!

456名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/07(火) 00:32:06.06ID:nwDVaqyn0
錦の御旗見てトンズラしたり大政奉還したりと全力で丸投げして260年の徳川幕府を
終わらせた慶喜もたいがいだけど戦争回避に全力かけていたのはわかる。

戦争して倒すシチュエーションに固執した西郷は異常。
どんだけ戦好きだったんだよ。

457名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/07(火) 23:41:20.98ID:KHLQQq/R0
薩長陰謀論をそのまま放置すれば、将来「反薩長武装戦線」を結成して、反日テロを起こす危険性がある。
かのナチスも発端はミュンヘンのビアホールに集まって「ユダヤの陰謀」を愚痴る少人数政治サークルに過ぎなかった。
ところがある日加盟したチョビヒゲおやじによって躍進を遂げ、ホロコーストを起こすまでになった。
日本でテロを起こし陰謀論を唱えていたオウム真理教も、前身は只のヨガ教室であった。
そんな他愛もない集団から暴悪テロ組織に成長したのである。
陰謀論を叫ぶような連中は公安当局の監視下に置くべきである。
それこそが「オウム事件」から汲み取るべき教訓である。

458名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/08(水) 03:14:55.13ID:Kr/ZPD6W0
>>456
慶喜にさんざん振り回された薩摩は徳川をクーデターでパージしただけで実力持ち続ける徳川、というより慶喜を危険視した
慶喜が力をそれなりに有してたらまた同じこと繰り返され新国家運営の弊害になることをわかってたから慶喜の首とるために戦争にふみきる

また廃藩置県をみこしていたので武士を消耗することも視野に入れての戦争であった

459名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/08(水) 17:20:33.72ID:I6li0/gl0
大河ドラマはフィクションで補完しなければ明治維新を美化することはできなかった。
西郷ageは空想をリアルだと認識している。

史実だけ見たら、オウムが侵略国に資金提供を受けてテロ三昧して挙兵して
国盗りしたようなものだ。

460名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 08:43:14.60ID:hcfSu8HU0
でたよw他人の受け売りをさも自分の説かのように語り奴w
ファッション歴史通www

461名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 14:43:20.19ID:sRWWOhen0
>>459
明治維新を0か100でしか評価できない人間の典型だなオマエw

462名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 15:52:39.00ID:1qsk7M/V0
医療大麻オイル
https://plaza.rakuten.co.jp/denkyupikaso/diary/201806090001/

日本国旗がモデルになっているパラオでは合法化されてるようです
パラオにはウメタロウさんというような国会議員が沢山います

463名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 17:10:38.61ID:0FftHDbZ0
でもこいつ逆賊のくせになんで陸軍元帥なん?

464名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 17:48:21.80ID:7DZwkg+70
元帥になってねーだろ

465名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 17:59:38.07ID:X5wMw6TW0
階級が曖昧な時代に減衰の呼称使ってんな
すぐに大将に改められたけど
どっちにしろ後の帝国陸軍の階級の感覚で考えるのは間違ってる

466名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 21:56:59.39ID:5Sso9U7y0
アサハラショウコウは、一般信者の子がカビの生えた食材を口にし、蜂の巣ベッドに寝起きしていた時に、我が子には贅沢させていたそうな。
また自身は愛人(側室)が山ほどいたという。

これって徳川将軍そのものじゃないの、と例えられたら、>>459は何と答えるんだろう。

467名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/09(木) 22:29:24.76ID:MAVD+6kW0
>>466
麻原は徳川家光の生まれ変わりを自称していたそうだwww
だからまさに徳川将軍そのものといえようwww
あと世界史板や中国英雄板で有名な
               __
             /;;;;;;;;;;;;;\
            /;;:::::::::::::::::::::::\
       ∈=━/,,;;:::::::::::::::::::::::::.;ヽ━=∋
            L::;;,__     ..:::ゝ
          //;;;;::::::.. ̄ ̄ ̄ ̄..::::;;;ヽ
          / ;;;;;;;;:::::::::::;;;;;;;;;;;;;::::::::;;;;; ヽ
         /j/三三三三三三三三三三ヾ
         l::||::::              |l  
        / ̄\ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′||   凌遅三千刀、滅九族!!
      r┤    ト::::: \___/     ||   
     /  \_/ ヽ:::.  \/    ,ノ    
      |   _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
      |   _)_ノヽ\  ハ // /    ヽ    ←,明の太祖・朱元璋
     ヽ____)ノ      ̄ ̄ ̄   /     ヽ
も生まれ変わりだそうだ。

468名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/10(金) 04:52:10.99ID:dcFFSmB90
スレチ。
オウムの教祖が何の生まれ変わりを自称していたかなんて知らんがな。
維新シンジャーはうるさいな。

469名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/10(金) 15:59:34.86ID:CGklji7e0
「知らん」と「うるさい」しか言えないなら、
陳腐な例えなんかしなけりゃいいのにね。

470名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/10(金) 19:00:52.70ID:vNXumsW80
>>468
会津信者m9(^Д^)プギャー

471名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/12(日) 13:23:51.28ID:c133OfWq0
べつに明治政府がベストだったとは思わないけど
徳川がやってたらしがらみが多すぎて難しかったと思うし
西郷や板垣といった反政府になった奴らはもっと無能だし
結局大久保〜伊藤・山県の流れでよかったんだと思う

472名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/12(日) 21:24:19.01ID:fb9qIHNf0
>>471
それは維新スレとか薩長スレ、あるいは大久保スレに書き込めばいいことで、
あえて西郷スレに書き込むところがね。

無能だと思うなら、単純に無視すれば良いではありませんか。

473名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/13(月) 21:14:09.98ID:ExuxbMTH0
大久保伊藤山県なら西郷さんのが良いだろw
権力握るために頑張った人たちでしかないし

474名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/13(月) 23:15:59.09ID:9qWLv2mQ0
>>473 良いだろw

どこがどんなふうに?

475名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/14(火) 12:51:17.94ID:ggNvu3xK0
腕に障害があってメディアでの理想像と現実とに乖離が見られる革命の指導者ってこれどこのスターリンだよ!

476名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/14(火) 19:07:31.33ID:MgI4pUI10
反薩長パヨク=ナチス

反薩長パヨクはナチスのように山口県民や鹿児島県民を差別・迫害し大虐殺を扇動する基地外どもである。
国内異部族の差別を扇動した結果として起きたルワンダ大虐殺の悲劇を繰り返してはならない。

477名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/14(火) 21:10:05.00ID:TzDGGFTz0
西郷は地元かごんまの観光事業にまだまだ必要な主力なんだよ。
よそもんは邪魔すんな。

478名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/15(水) 05:40:54.09ID:ezA561zN0
偶像崇拝 ×
虚像崇拝 ○

西郷は銅像も教科書に載っている肖像画も本人とは似ても似つかぬ別物。

479名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/17(金) 06:18:19.37ID:mklfFuJE0
森次慶子 病気 在日朝鮮人 ツイッター芸人 韓国 罵倒 ADHD 発狂 マウント
北風友裕 前科 不倫 もりじ ロブスター ニート 精神科 精神病 在日 カルト
逮捕歴 ストーカー コンドーム おばさん 痴漢冤罪 炎上 脅迫 森次 差別主義者
躁鬱病 悪徳商法 レイシスト 詐欺 押し売り 傲慢 パワハラ ヘイトスピーチ
発症 薬物 森次慶子 万引き パクリ 著作権侵害 虚言癖 自演 入院 捏造 解雇
自己愛性パーソナリティ障害 異常者 精神疾患 恐喝 模写 トレース 強迫観念
北風 発達障害 ドラッグ 猫虐待 オウム真理教 反日 捏造 恫喝 ロブおば 大麻
高慢 芸人 勘違い 麻原彰晃 森○ 宗教 攻撃性 自己愛性人格障害 暴言 人種差別
友裕 病状 双極性障害 アルノサージュ 差別 LGBT 暴力 中国 違法 醜悪 
火病 無断転載 リンチ 暴行 狂人 DV 統合失調症 架空請求 盗作 自己破産
心身症 人格障害 創価学会 炎上商法 精神病棟 Moritsugu 容疑者 森次慶子 下手
ぼったくり 借金 詐欺師 底辺 精神異常 Keiko 性格悪い いじめ 悪辣 無職
コンプレックス 生活保護 引きこもり 癇癪  加害者 反社会性パーソナリティ障害
@W_Fei_hung
https://twitter.com/W_Fei_hung?s=09
http://peg.thebase.in/
https://www.instagram.com/keiko_moritsugu/
https://twitter.com/kitakazeee
http://kitakaze.main.jp/
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1172310
https://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q14182486039
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

480名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/17(金) 15:15:30.51ID:howN8g560
西郷伝説 = 慰安婦報道

481名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/17(金) 18:23:04.92ID:+pqvOFT70
書き込みはすれどもネタは無し。

482名無しさん@お腹いっぱい。2018/08/18(土) 08:01:41.39ID:kvw1QrrL0
英雄西郷なんて聖徳太子よりもフィクションだし。

483名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/03(水) 00:37:55.91ID:kGFaIU7e0
降伏を認めず、どうしても武力行使して屈服させないと気が済まない
いわゆるイジメのリーダー。戦わないと言ってる相手を卑劣な手段で
煽りまくり、無実の江戸市民に多大な迷惑かけ続けた。

あまりの人としての品格のなさに英国公使が呆れ果てたのも理解できる。

こんなクズが国を作ったんだからそりゃ今でもイジメがなくなる
わけがないわな。

484名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/03(水) 06:29:13.99ID:krOxogaP0
江戸無血開城を認めた西郷が庶民に人気で
決戦を説いた彰義隊が庶民に人気が無いのがよく分かるね

485名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/03(水) 17:53:36.10ID:UDVtMslB0
イマドキの庶民に人気がないどころか存在を認識されてないよ。彰義隊なんて。
まぁ、ググれば知ったかぶりでマウント取れるからコピペする輩はいるだろう。

西郷は知名度あるだけに、英雄のイメージがねつ造もであることも簡単に暴けた。

どっちの方がより悪いかは価値観次第。

486名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/10(水) 21:07:27.62ID:LTtjg8Im0
明治人の東北観『仙台までは日本国民、仙台より北は野蛮人』

1876年の天皇巡行の一行
栃木県川西村にて「皆華服美装」
福島県須賀川にて「一様新装、頗美観」
宮城県築館にて「屋舎粗悪、人面亦醜陋」

1880年の佐々木高行の東北巡行の随行員
青森県で茶店の子供を見て「満面鼻汁と鼻垢を塗る殆ど黒人の児」
青森県野辺地にて「自身の姓名年齢又父母妻子の姓名年齢を知ら(ない者さえいる)」

1884年の水野寅次郎(土佐藩出身)
栃木と福島の県境にて「域を異にするの感あり」
青森県にて「盛岡以北人なし、真の国民たる資格を備ふる者なし」
(『東北紀行』)

江戸時代の日本の識字率35%=世界でも相当高水準

http://home.hiroshima-u.ac.jp/cice/wp-content/uploads/2014/02/15-1-04.pdf
江戸末期において、当時の日本はすでに庶民層を含めてかなり厚みをおびた識字人口層をかかえていた。
学校教育の普及が低迷していた明治初期20年代半ばまで識字人口層は、江戸末期とあまり変らず、
文部省の自署率調査によれば、識字率は最大で、男子で50〜60%、女子で30%前後であったのではないかと推測される。

明治期の自署率(「6歳以上で自己の姓名を記し得る者」の比率) ※文部省年報
岡山県 1887年 男65.64 女42.05 男女計54.38% ←日本人
群馬県 1880年 男79.13 女23.41 男女計52.00% ←日本人
山口県 1879年 男54.96 女16.48 男女計36.31% ←日本人
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
青森県 1881年 男37.39 女2.71 男女計19.94% ←土人
鹿児島県 1884年 男33.43 女4.00 男女計18.33% ←土人
※青森県は全住民に占める割合
※山口県は玖珂郡(岩国市周辺)における自署率

487名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/10(水) 23:15:00.44ID:ZdZ4AAn80
西郷さんは誰からも慕われる人格者だったが、小が効く俗物は西郷さんを疎んじた。井上馨とか、大隈重信とか…

488名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/10(水) 23:19:15.57ID:ZdZ4AAn80
情に厚い西郷さんは戊辰戦争に献身した士族を切り捨てることができなくて、彼らとともに死を選んだ。死後も慕われ、讃えられるゆえんだね。権力維持のため平然と郷里に兵を向け、親族や幼馴染を殺すことを躊躇わなかった非情の大久保利通とは人間の出来が違う。

489名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/10(水) 23:23:27.07ID:ZdZ4AAn80
487
訂正
小が効く→小才が効く

490名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 10:35:48.90ID:x+tXkSIM0

小才すら書けないバカ草

491名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 18:34:51.14ID:zRG9Mx+z0
以前、西郷さんと貴乃花は同じ種類の人間であると書いたけど
最近の貴乃花の辞職を見てますます確信を持った
征韓論が通らず政府辞職した西郷さんとまるで同じ

492名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 18:36:41.47ID:zRG9Mx+z0
貴乃花の異常な対人関係 判断基準は「敵か味方か」のみ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181010-00000007-nkgendai-spo

「あんなにいい男はいないよ」

とは、都内の飲食店関係者。誰が「いい男」かと言えば、貴乃花(46)のことである。以下、その関係者の弁。

「世間で言われているような性格じゃないし、他のお客さんに対しても穏やかに接する。こっちが嫌な思いをしたことは一度もない。君らマスコミは彼のことを何も知らないんだね」

人間誰しもいくつかの「顔」がある。
貴乃花が「いい男」の面を見せるのは、あくまで利害関係がない相手だけ。
そもそも、日本で知らない者がいない「平成の大横綱」だ。わざわざ威張らずとも、周囲は自然と恐縮してくれる。

では、利害関係がある相手にはどうか。

自分に「利」をもたらすと判断した相手には、素性も何も関係なく、終始ペコペコ。
「裏金顧問」こと相撲協会元顧問の小林慶彦氏との関係がまさにそれだ。
氏が顧問時代、パチンコメーカーとの契約に際し、間に入った広告代理店関係者からの裏金をカバンにしまった人間であることを知っていたにもかかわらず、蜜月の関係を築き、擁護していた。
小林氏が某社の社債70億円分をウソまでついて相撲協会に買わせようとしたときは援護射撃を行っている。それもこれも自分を理事長に担ごうとしてくれたからだ。

欠勤を続けていた今年3月場所に初めて出勤した5日目は、自身の後援者と一緒に役員室に入ろうとした。
当然、後援者は門前払い。理事を4期も務めながら、執行部に無断で部外者を入れようとした行為に、親方衆も呆れていたほどだ。

■「何かあると話さなくなる」

一方、「敵」と見定めるや、あからさまに敵意をむき出しにする。
ときに罵倒するが、「無視」という手段を取ることが多い。

執行部とは最後まで口もきかなかった。
執行部も貴乃花を煙たく思っていたものの、少なくとも対話の意思や用意があったのは事実。それを貴乃花はことごとくはねつけた。
自身の退職、弟子の部屋転属という重要事項でさえも、代理人を通じた書面のやりとりしか行っていない。

日馬富士暴行事件以降の言動は、貴乃花の性格を顕著に物語っている。
宿舎まで直接謝罪に訪れた師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)と本人を完全に無視。
2人が目の前にいたのを知りながら車を発進させ、赤っ恥をかかせた。
執行部とも直接連絡を取ろうとはせず、八角理事長(元横綱北勝海)からの電話をも再三無視。
貴乃花が「自分に連絡をするときはファクスで」と指示したのは、「口もききたくない」という気持ちの表れだろう。
なにせ、危機管理部長の鏡山親方(元関脇多賀竜)が書類を持参して貴乃花部屋を訪れた際も、堂々と居留守を使っていたくらいだ。

貴乃花と絶縁状態にある兄の花田虎上氏は、ワイドショーに出演した際、弟について「何かあると話さなくなる」とこぼしていた。
これでは頑固とかそういう問題ではなく、子供がすねているのと何ら変わりない。

常に一方的で、子供がそのまま大きくなったような性格。
そういった対人関係が周囲とのあつれきを生み、最終的に孤立してしまった。

493名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 18:43:41.78ID:zRG9Mx+z0
■西郷のことをよく知る重野安繹(後東大教授)が語った西郷隆盛の性格
「西郷はとかく敵をつくる性質で、そしてその相手をひどく憎む風がある。
大度量のある人物ではなかった。いわば偏狭である。
それで西南の役などが起こるのである。世間の人は大変度量広い人であったように思っているが、
それは浅はかな見方で、本当の西郷は敵を持つ性質で、とうとうこれが為に自分も倒れるに至った。」

494名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 18:44:22.51ID:zRG9Mx+z0
■薩摩藩で西郷とともに働いた市来四郎の語った西郷隆盛の性格

「西郷に異論を言う者とは付き合わず、可愛がっていた少年でも、
ひとたび西郷に敵視されると、憎悪を剥き出しに悪口を言われ、捨てられる者も多かった。
器量の大きい人とは言えず、相手が他県人か同県人かで、態度や言動が変わった。」

495名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 18:52:27.42ID:2e4WCsSS0
幕末佐賀藩の支藩、武雄の当主が後に明治政府の出仕を断った際の理由

「西郷の下はヤダ」

だったとか?w

単に身分の差による理由ではなしに「嫌っていた」とか

496名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 19:10:21.42ID:zRG9Mx+z0
これですか

戊辰戦争後、明治新政府は二度にわたり鍋島藩武雄領主鍋島茂昌に兵部省の顕職“兵
部大輔(少将)”への就任を促しているが、茂昌は最後まで辞退し武雄にて余生を送っ
た。其の理由は大将に西郷隆盛が就任しており、その下に就くことを潔よしとしなか
ったようである。戊辰戦争において近代軍事用兵の才覚に欠ける西郷隆盛を見抜いて
いたようである。
一般的には、西郷隆盛は豪放な性格と思われがちであるが、功績のあったのは謀略
のみであり、近代戦ではほとんど成果等を上げていない。上野では、彰義隊攻撃を優
先すべきとの大村益次郎の作戦判断に押し切られており、西郷隆盛は近代戦争に疎か
ったようである。また、官軍の実質的な最高指揮官であったにもかかわらず、戊辰戦
争終結の前に戦線を離れており、武雄指揮官鍋島茂昌が後始末をしたようなものであ
る。恐らくは、茂昌は最高指揮官の戦場離脱も許せなかったのではないかと思われる。
其の後の西南戦争においても、同様に西郷の適切な作戦判断は見られず、多数の薩摩
兵を犠牲とし落命しており、鍋島茂昌の西郷隆盛評は一定の説得力を持つ。大村益次
郎の銅像が靖國神社にあるのは当然として、 郎 西郷隆盛は国賊となったため靖國神社に
は不適当としても、彰義隊との戦闘が行われた上野に銅像があることも不思議である。
新政府には、鍋島藩の優秀な人材も活躍しているが、鍋島茂昌は佐賀の乱にも加担
せず、また、西南戦争でも武雄から動かなかった。
農村改革・藩財政改革を通じて鍋島藩の中核にあり、また、世界情勢や最先端の科
学技術を理解し、世界に対抗できる日本最強の軍事力を保有した鍋島茂義・茂昌親子
が求めたものは、一体何だったのか興味津々である。先に述べたとおり、世界最先端
の科学技術に触れたことにより、世界的な視野のもと、尊皇攘夷や佐幕開国等の国内
紛争に振り回されることなく、冷静に時代の推移が見えていたのではないかと思われ
る。

497名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/11(木) 19:13:17.38ID:zRG9Mx+z0
戊辰戦争を通じた各藩の戦死者の状況は次のとおりである。

● 佐賀藩の参戦者5000名のうち戦死者 75名(戦死率1.5%)
 うち武雄隊の参戦者1000名のうち戦死者 6名(戦死率0.6%)
● 薩摩藩の参戦者7300名のうち戦死者514名(戦死率7.0%)
● 長州藩の参戦者5000名のうち戦死者300名(戦死率6.0%)
● 秋田藩の参戦者8700名のうち戦死者329名(戦死率3.8%)
● 庄内藩の参戦者4560名のうち戦死者298名(戦死率6.5%)幕府側

武雄隊の戦死者の比率が極端に低いのは、激戦地を避けた訳でなく、装備兵器の
性能、高い練度及び高い近代軍事用兵の差と思われる。

498名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/13(土) 11:40:17.00ID:CvEWNy1m0
■西郷南洲遺訓は西郷隆盛の名前を借りた旧庄内藩士の政府批判
https://ameblo.jp/shimonose9m/entry-12390054703.html

西郷隆盛とほとんどの旧庄内藩士たちは直接会ったことは無く、西郷隆盛の顔も正面から見た者は一人も居なかったようだ。
最近、真の西郷隆盛の特徴と言うものが親族から発表された。
これを元に分析すると、旧庄内藩士の石川静正らの描く西郷隆盛像はキョッソーネの肖像画が元になっており、
石川静正の正確な記憶に基づくものでは無かった。

だいたい、70名余りの旧庄内藩士が100日余も寝食を共にすれば、西郷隆盛の顔面の禿げや瘤の位置、
目元の特徴など覚えていて可笑しくなく、特に画家でもある石川静正なら完璧に覚えているはずである。
実際、錦絵新聞やルモンド・イルュルトレ紙の西郷隆盛の絵には、正しく特徴が描かれている。

だから、西郷隆盛が旧庄内藩士に話したと言う遺訓は、どんなに素晴らしいものであっても、
また西郷隆盛の一族が違うと言い出せなかったとしても、西郷隆盛のものとは言い難い。

所詮、旧庄内藩士達の作品であり、彼らの実名で発表すべきものである。

499名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/13(土) 21:41:04.03ID:8/Cv9Dcb0
たまにちらほらある西郷ageのコピペがスッカスカ。
本気で明治維新ageのプロパガンダやる気あるのかね?
間接的にsageにしたい側の巧妙な誘導なのではと疑ってしまう。

500名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/14(日) 09:49:29.95ID:LCRUXZaF0
>>496は、防衛大の海自幹部を養成するコースを卒業した方が、
おそらく防大関連の冊子に独自研究として発表したものです。
PDF化したものが、ネットで出てきます。

不思議なことに、スレ主はこういう時に決して出典を明らかにしません。
はっきりさせないことで、権威付けを狙っている節があります。
そこを指摘すると「忘れていました」とか平気で書きます。
でも薬を飲む時間は忘れない方がいいですよ。

勝手にコピペして貼り付けられたものでしょうから、
>>496の中身については直接の論評はしません。
ただ、幕末の佐賀鍋島藩の動きには、同じ佐賀出身の大隈重信が、
「動く必要がない時に動き、動くべき時に動かなかった」と当主・鍋島直正のことを強く批判しています。
スレ主は相変わらず、>>493で重野の、>>494で市来の西郷批判を載せていますが、
いつもならトリオで出してくる大隈の西郷批判を載せていません。
このあたり、何でも自分に都合よく考えるところも相変わらずです。

ちなみに、「二股膏薬」(アーネストサトウ)、「ずるい人」(徳川慶喜)と同時代人に評された鍋島直正が
「朴強武毅だが、学識に乏しく、変化する時局を制する器は無い。ただ軽はずみなことはしない」と
消極的理由により起用した人物こそ、>>496に出てくる鍋島茂昌です。

501名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/14(日) 12:19:39.36ID:IMbpyNVD0
>ちなみに、「二股膏薬」(アーネストサトウ)、「ずるい人」(徳川慶喜)と同時代人に評された鍋島直正が
>「朴強武毅だが、学識に乏しく、変化する時局を制する器は無い。ただ軽はずみなことはしない」と
>消極的理由により起用した人物こそ、>>496に出てくる鍋島茂昌です。

↑この文章、論理的におかしいよ?
鍋島直正が無能なら、直正による鍋島茂昌の人物評価や起用法も参考にしてはいけないはずなのに
そこは参考にして茂昌が取るに足らない人物であるかのように印象誘導している

頭が悪すぎる

502名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/14(日) 12:22:54.93ID:IMbpyNVD0
ちょっと訂正

鍋島直正がズルい無能なら、直正による鍋島茂昌の人物評価や起用法も参考にしてはいけないはずなのに
そこは参考にして茂昌が取るに足らない人物であるかのように印象誘導している

頭が悪すぎる

503名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/14(日) 14:37:57.03ID:PKu0Kmp/0
閑叟は飽くまで「自分の手足・耳・眼となってくれる家臣」を重用しただけで
そいつらが「自分の意思で勝手に行動する」というやつらは評価していない

前者が身内で言えば須古の領主で後者が武雄の領主という感じw

504名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/14(日) 17:17:44.95ID:qvnoRb5O0
そもそも>>500の言いたいことがさっぱり分からんわ
雑談に参考コピペして何がいけないのか
防大の資料の何がいけないのか
大隈重信の西郷批判を載せてないことの何がいけないのか
(ていうかなんでそこで唐突に大隈の話題になるのか)
ほんと老害鹿児島人のキチガイ難癖いい加減にしてほしい

505名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/15(月) 17:29:55.06ID:l9Kvp2yc0
>>437 >ただただ、キモチ悪い
これはスレ主です。基本的に感情的に物を考える人です。
おまけに誇張やすり替えや都合の悪いことはスルーします。
>>501-504には特徴がよく表れています。

>>502 >鍋島直正がズルい無能なら
>>500には「無能」なんて大げさな言葉は一つも使ってありません。
鍋島直正は佐賀藩の財政を立て直し、アームストロング砲を自前で造るところまでいった殿様です。
それを無能呼ばわりするほどの歴史音痴ではありません。
ただ直正は、政治的には勤皇か佐幕か、旗幟を明らかにせず、
それを貫けばまだよかったんでしょうが、奥州征伐の段階になって、
やっと新政府側についたというのは、日和見と言われても仕方ないでしょう。
現代にまで「肥前の妖怪」「鵺」といった評価がついて回るのは当たり前です。

その日和見(「ずるい」はあっているが、「無能」とはちがう)の直正が、
自分の意図する範囲で動くと指名したのが、鍋島茂昌であったということです。
矛盾はないでしょう。

506名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/15(月) 17:30:48.50ID:l9Kvp2yc0
>>504
>雑談に参考コピペして何がいけないのか
>防大の資料の何がいけないのか
>>500ではコピペがいけない、防大がいけないなんてことは一言も書いてありません。
ただ、5ちゃんでコピペするにしても、なぜ出典を省くのか、
とは書いてあります。
出典を省いた理由は>>504でもスルーですね。やれやれ。

>>504
>大隈重信の西郷批判を載せてないことの何がいけないのか
>(ていうかなんでそこで唐突に大隈の話題になるのか)
佐賀の人物の話題の枕なら、佐賀出身の大隈重信に触れないのは不自然だと思っただけですが、
そんなにムキになって怒るなら、たまたまだったということでよいですよ。
あ、お薬は忘れずに。

507名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/15(月) 19:00:55.63ID:ngeeX+r20
鍋島家の話はごく最近BSでやってたから持ってきたんだろうけど
スレチもいいとこ。
話が西郷のダメ出しになってまとまってきたら、濁すタイミングで
つまらないコピペ貼ってそれに乗っかって適当なウンチクに
逸らすんだよなぁ。

508名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/15(月) 19:04:30.10ID:jqsLdYPl0
>>506
キチガイ特有の細かくアンカーした無能レス

ただただキモチ悪いです

何が言いたいのか知らんけど>>498の内容が間違ってると言いたいのかなそもそもは
それならどの部分が間違ってるのか具体的に指摘したうえで
例えば西郷には近代軍事用兵の能力はちゃんとあったのだと資料付きで反論してみてはいかがでしょうか

509名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/15(月) 19:06:23.71ID:jqsLdYPl0
X  >>498の内容が間違ってると言いたいのかなそもそもは
◯ >>496の内容が間違ってると言いたいのかなそもそもは

510名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/15(月) 19:24:15.52ID:dWHAVcvH0
★☆一目でわかる陰謀論者の奇痴害キーワード一覧☆★

・反ユダヤ系…「ユダヤ」「フリーメーソン」「イルミナティ」「ロスチャイルド」「ワンワールド」「世界政府」
・反日系…「薩長」「田布施」「日本会議」「統一教会」「神社本庁」「アベ(安倍首相のこと)」

「≪様々な良くない事態≫が起きるのは○○○○のせいだ」の○○○○に上記の単語が入る場合、
典型的な奇痴害陰謀論者の妄言である。
また「○○○○が使う」とされる手口に「電磁波攻撃」「集団ストーカー」「人工地震」の単語が入っている場合も同様である。
将来、こいつらはテロを起こす危険性が高いため、早めに警察やら公安調査庁に通報したほうがよい。
何故ならば、この手の陰謀論は特定民族の迫害・虐殺を目的とした悪質な差別主義理論だからである。
「米軍が毒ガスを撒いているぅぅ」という奇痴害陰謀論を放置した結果、
オウム真理教事件が起きたことを忘れてはならない。

511名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/15(月) 19:36:57.32ID:TAKuVqM90
>>507
そもそもがこんな場末な掲示板で専門知識どうたらこうたらなんて
無駄なリソース消費もいいところなんよw

気楽にいこうぜ〜

512名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/16(火) 18:45:34.74ID:2BgyFiAK0
加治木町の住人城川市二は西南戦争で西郷さんは桐野利秋に撃たれたと証言したが
研究者や司馬遼太郎らから城川市二自体が実座しない架空の人物であり架空の説であると否定されてしまった「西郷は桐野に撃たれた説」

その後城川市二が実在したことが確認されていますので今さらですが
城川の孫嫁さんが亡くなった時の案内書がネット上に上がっていた・・ので参考までに
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/6b/d47c724195ad61ad581eeea234aed1a4.jpg
城川が実在する人物であり従軍していたことを示す史料の写し
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/43/533b3514bb93341a85125b2f68f15d03.jpg
https://blog.goo.ne.jp/seno777s/e/16033224ea4feaeb12443451922eedd6

513名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/16(火) 19:26:35.55ID:CFgKDopW0
ネットが普及して卒論書くの簡単になったけど、
専門知識だと思ってコピペしたらフェイクってのもあるからね。
知識マウント取るためにいろいろ専門用語並べていても
このスレにあるコピペはゴミ。

514名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/16(火) 21:04:17.53ID:JXfRr5N30
代表的なフェイク

・西郷は西南戦争で皇居の方角を拝礼したあと切腹した
・西郷はわざと負けて士族の世を終わらすためにあえて西南戦争を決起した
・西郷は若い頃城下で篤姫と知り合っていた
・西郷家は少年時代の大久保利通に食事を与えていた
・西郷は江戸総攻撃を阻止し江戸百万人の命を救った
・西郷は奄美でアイカナと恋愛し結婚した
・西郷は廃藩置県を断行した
・西郷は明治天皇と相撲をとって教育していた
・西郷は南洲翁遺訓を残した

515名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/17(水) 17:11:35.84ID:o49kB/8g0
>>508-509
呆れた。何が「そもそも」なんだか。何でも自分に都合よく考える人です。
スレ主は相変わらず「なぜ出典を示さなかったか」という点はスルーです。

これがちゃんと出典を示し、「ネット上にこんな文章があったんだが、自分はこう考える」と考察でも添えているなら、
まだ議論の対象になるでしょう。
それを出典も示さずに勝手にコピペを貼っただけで、この中身について反論しろとか、いったい何様のつもりなんでしょうか。
「他人のふんどしで相撲をとる」なんて言葉の意味も知らないんでしょう。
スレ主の独自研究と言えば「西郷隆盛と貴乃花は似ている」しかありません。
(それも中身の大半は、貴乃花についてのスポーツ新聞か週刊誌かのゴシップのコピペです)
こんなの「へー、そうですか。それで西郷となんの関係があると説明できるんですか」で終わる類です。

スレ主は、西郷隆盛について何の情報も考察力も持ちません。
ひたすらコピペを貼り付けるだけの無能です。
最近のスレ主のレスは、まるで自らの無能ぶりの証明と化したようです。
この調子では何をやってもスレ主は、ふんどしかつぎで終わるに違いありません。

516名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/17(水) 19:27:58.26ID:igY0lJNy0
>>515
老害のヒステリーまじかんべん
おなごのこつある
鹿児島弁ではこんなふうに言うのかな

ご自分の残された時間をもっと有意義に使ってはいかがでしょうか?

517名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/18(木) 02:43:26.70ID:G5MDz9XC0
あれ?征韓論は?

518名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/18(木) 14:42:37.86ID:VWss8LCM0
西郷隆盛はどうしても
長州藩士山田市之允に勝てなかったな。

日本軍隊誕生当時、山田顯義兵部大丞の国民皆兵(徴兵令)構想に
どうしても付いていけない
所に西郷隆盛の苦しみがあるのだよ。西郷には背後霊の様な
薩摩藩士族の存在があるからな。
山田顯義にはバックに大村益次郎と木戸孝允(桂小五郎)が
付いているのだよ。長州藩は大義(近代国家建設)の為に旧長州藩士族を
潰してしまうのだよ。

山縣有朋を味方にした西郷隆盛ではあったのだが
山縣も木戸孝允と山田顯義に睨まれていては
日本軍隊を薩摩藩に売りに出すことは出来ないのだよ。

結論だけ言えば山縣有朋は国民皆兵(徴兵令)に乗り出さざるを得なくなり
旧薩摩藩士を切って捨てるのだよ。西郷隆盛は薩摩藩の余った旧士族に
情けを掛け過ぎたのだよ。生活に窮した旧士族に情けを掛けたのが
西郷のいいところでもあり欠点でもあります。  愛エメ

519名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/18(木) 14:54:28.37ID:VWss8LCM0
狂騒のパジェント 靖国神社の大村益次郎像についての批判
http://pagent.seesaa.net/article/388231675.html

西郷隆盛は大村益次郎と山田顯義の日本軍隊を牛耳る長州藩出身の
2トップの強引さに押し切られてしまうのだよ。

西郷隆盛は山縣有朋をお味方に引きずり込むことには成功した者の
木戸孝允と山田顯義の唱える国家の軍隊の前に
西南戦争で敗退します。


西郷隆盛は国を動かす首相タイプではなくて、
郷土に貢献する県知事タイプの人物です。

520名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/19(金) 02:03:32.59ID:MCGtR2UL0
大村益次郎像
http://pagent.up.seesaa.net/image/oomura001as.jpg
大村益次郎像の設置位置が高いのは不平士族の狼藉を憂慮してのものと思われる
長州人がその他を見おろす構図などではないと思います

大久保利通像
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/s/shins2m/20130612/20130612144650.jpg
鹿児島の大久保像の位置が高いのも、鹿児島県で人気の無い大久保への狼藉を防ぐためです

521名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/19(金) 03:45:17.67ID:MaEwyyAz0
>>514
小説とまんがとドラマのフィクション描写の部分だね。
フィクションは銀魂でまにあってます。

522名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/19(金) 17:53:33.23ID:nDrLWnKY0
大久保像の下部の名前の「通」の部分がずれているのはわざと「じゃない」よね?w

523名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/19(金) 19:43:31.32ID:H1lCo0UN0
敬天愛人を生涯を通して実践した至誠の人。

524名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/19(金) 23:02:08.31ID:Hdp2VDEP0
空前絶後の偉人。自分のことなどはどうでもいい。
愛する家族のため、鹿児島のため、そして日本のために命をかけて働かなければならない。
自分は死しても、人を生かす。それが西郷という男であった。

↓現実

西南戦争の最前線で毎日多数の若者が命を落としている最中に
西郷一人だけウサギ狩りに出かけて気をまぎらわす。
あげく一人だけ政府軍に助命嘆願を申請。
却下されると城山を降り、投降を試みるも桐野利秋に見つかり強制玉砕。

525名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/20(土) 06:02:08.23ID:UxYJ/xaP0
「晋どん、ここらでよか」と言って、宮城を遥拝し、従容と死んでいった大西郷。

526名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/21(日) 06:36:45.61ID:1o2CZyh/0
西郷が格好良かったシーンは継続性のない瞬間芸。
ジャイアンは劇場版のときだけ良い奴になるっていうのと同じだねぇw

527名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/21(日) 10:19:47.82ID:AL8J7GYi0
>>522
ひでえw
外道扱いかよw

528名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/24(水) 19:01:17.97ID:D0EUFcRt0
西郷隆盛はアジア解放の先駆者。

529名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/25(木) 01:55:16.47ID:wIwpe2ol0
タイプは全く異なるが
伊藤博文、桂太郎、吉田茂、岸信介、池田勇人、田中角栄……
ゴシップや人物評にはさまざまな異聞・異論が混じるが、
本人の政治的位相が高ければ高いほど、ポジな実像とかけはなれた醜聞が流布することは法則のようなもの

530名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/25(木) 06:55:57.42ID:wDVjoR2X0
私学校の上層が日頃より西郷を「全くの師」と畏敬の念を得ていたのであれば
そのような御仁を困らせるような事はしなかったであろうと
寧ろ何かとても「都合のいい」人物だったと思えば
こちら側が奇声を上げれば向こうからやってくるであろうという風に勘ぐりたくなる

故に「要らなくなった」が故に後ろから射殺という行為は至極当然だったのかな?と

531名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/25(木) 20:48:08.75ID:odlEH4lv0
>>530は、主語と述語がはっきりしないし、
故に故にの繰り返しとか、日本語がおかしい。
普段「奇声をあげてる」人みたいで、薄気味悪い。

532名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/26(金) 00:00:04.92ID:Pg4N96AG0

533名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/26(金) 00:34:56.26ID:JrIkgX230
>>531
申し訳ありませんです

534名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/26(金) 01:40:10.83ID:Ic+J3RXF0
>>532のような薩摩戦闘民族伝説は初出が小説だったりで、西郷伝説同様後世に創られたファンタジーだよ

535名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/26(金) 06:59:44.50ID:JrIkgX230
んでも関ヶ原時に義弘の元に馳せ参じた連中はすごいとは思うがねw
中馬大蔵さんとか

536名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/27(土) 00:11:53.06ID:XvwYOcrf0
西郷伝説の面白いところは年代により西郷隆盛の"死に様"が変化しているところです

■西郷隆盛死亡場面の時代的変遷1

明治10年〜 西郷軍全滅の三日後、東京日日新聞(現在の読売新聞)が西郷の最期を報じ、これが初期の通説となる
『新撰旅団の安村治孝中尉兼二等大警部(旧長州藩士。市ヶ谷集獄署長。のち樺戸集治監典獄)が
西郷に飛びついたが、薩兵に撃たれてピストルだけを確保して引き下り、別府晋介が西郷を介錯した』
安村中尉は西郷を生け捕りにしようとしたと言われていた。
この場面は当時多く刊行された錦絵にも描かれていて、この時代の人たちはこれが西郷隆盛の最後であると広く信じていたと思われる。

https://image.jimcdn.com/app/cms/image/transf/dimension=origxorig:format=jpg/path/se785f6f8e4e096c9/image/i161acf2574067835/version/1431503839/image.jpg
https://ms-cache.walkerplus.com/walkertouch/wtd/event/58/l2/311458.jpg
安村中尉と格闘する西郷隆盛

537名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/27(土) 00:13:54.57ID:XvwYOcrf0
■西郷隆盛死亡場面の時代的変遷2

明治42年〜 「西南記伝」が"黒龍会"より出版され
その中で描かれた死亡場面がこれ以後通説となる。

『西郷以下残された薩摩士族全員が一列になり最後の突撃をする。西郷は政府軍に脚を撃たれて負傷。
最初は「まだまだあ」と気張っていたが動けなくなり「晋どんここらでよか」と言って
地面に跪坐。厳然と襟を正し、東の皇居の方角に深々と頭を下げ、別府晋介に首を刎ねさせた。』

ちなみにこの死亡場面が真実であるかの根拠は「西南記伝」でとくに示されているわけでもなく、
西郷の最期として講談調に説明されているだけなのですが
死に方が潔く立派で"大西郷"の最期としてふさわしいと思われたのか
これ以後の西郷顕彰本や一般向けの歴史本では
この死に方があたかも真実であるかのように引用されるようになり通説化した。

ところでこの本を世に出した「黒龍会」とは何者なのでしょうか?
Wikipediaによると1901年に東京で設立された右翼団体の大手で「大アジア主義」「大東合邦論」を展開した。
大物運動家や政治家も多く参加し、西欧に対抗するために日本のアジア進出を唱えており
対露開戦を主張。玄洋社(右翼団体)の海外工作センターといわれた。
ようは西郷が生前感化された「東アジア団結」思想の流れをくんでいるのが黒龍会や玄洋社であり
プロパガンダとして西郷隆盛を神格化する意図があったのだと思われます。

https://alchetron.com/cdn/black-dragon-society-94cd8e3b-0b24-4062-bb76-b69ce3e599d-resize-750.jpg
中二感全開の黒龍会シンボルマーク

538名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/27(土) 00:14:55.79ID:XvwYOcrf0
■西郷隆盛死亡場面の時代的変遷3

昭和17年〜 鹿児島私学校の後身団体である三州社社長の息子竹崎武泰が西郷隆盛顕彰本「肚乃西郷」を刊行した。
その中で真実の西郷死亡場面として桐野利秋による銃撃を明かした。
目撃したのは、別府晋介の従卒、城川市二。

城川の証言によると「 西郷が洞窟を出て城山をくだってゆくために、
桐野は西郷が敵方に投降するつもりかと思い、西郷を敵方に渡してなるものかと、銃で撃った 」というもの。

「この事実を書きし、西郷の伝記はおそらく世に無いと思うが、
これは別府晋介の従僕城川が著者の父(三州社社長)に話せし実話である。
西郷が大義名分を重んじて、江藤新平を諭せし事を思う時、
寸秒の疑う余地は無いのである。
西郷が簡単に切腹するのであれば、最期の陣営たる洞窟の前庭において、
幹部と共に枕を並べて死すべきである。
何もわざわざ岩崎谷を下り敵陣近き、現在建設せられある『西郷終焉の地』まで
のそのそ出て行く必要はないのである。
一度鹿児島に遊び、彼の洞窟と終焉の地とを検討せば、著者の論が実証せらるるであろう。」

と、城川説が疑う余地の無い"事実""実話"であると断じている。
西郷は命が惜しくて投降を試みたのではなく、薩摩士族の大義を法廷で主張するために山を下ったのだという。
しかしこの"事実"は従来信じられてきた突撃自決説と比べて往生際が悪く
西郷にとって不名誉であると受け取られかねず、また出版年が戦時中ということもあり
当時は黙殺されたと思われる。

https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0309/users/2/3/7/6/kokolomusi-img1200x900-1506319510zae5be10285.jpg

539名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/27(土) 00:15:47.36ID:XvwYOcrf0
■西郷隆盛死亡場面の時代的変遷4

昭和52年にも西郷死亡場面についての論争が起こり
「跳ぶが如く」の著者司馬遼太郎は、桐野利秋による西郷銃撃を目撃した“城川”なる人物の実在が証明されていないとし、
この目撃証言を奇説として退けた。

また昭和52年に南日本新聞で村野守治氏(西郷研究の第一人者)が、
「別府晋介の従者に城川なる人物は、自分の持っている資料には無いから実在しない、
だから実在しない人物の証言は成り立たない」という記事が載り、桐野銃撃説は否定されました。
 
架空の人物による、架空の目撃証言だと言うのです。

ところがその数日後に同じ南日本新聞で入佐俊興氏が、昭和十年発行の「葛城彦一伝」の中に
加治木編成の六番大隊編成表として「別府晋介附従卒城川市二」との記述を示し、
あっさり実在の人物と証明されたのです
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/43/533b3514bb93341a85125b2f68f15d03.jpg

さらに城川市二氏の孫嫁が健在で
「御祖父さんは83歳で亡くなった。口数の少ないきびしい人で、西南のことはほとんど話さなかったが、
 昭和三、四年ごろ東大の先生が二、三度春になると訪ねてきて、襖を閉めきり朝から遅くまで
 何事か話しをしていた。
 城川の家は製造業で、職人たちが噂話などをはずませていると、御祖父さんが現れて、
 “今ン話しはおはんナ自分で見た話しか、人から聞いた話しか”と詰問されて、
 “わが眼で見た話しでなかのなら、ここでは語いやんナ” とピシャリといって引っ込んだ 」と述懐しています。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/6b/d47c724195ad61ad581eeea234aed1a4.jpg

540名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/27(土) 12:30:54.41ID:4gExNEsC0
ほとんど語らなかったという流れ会津の飯沼と一緒だな

両者とも語ればなにか都合の悪いことがあるからというとこに着地する話だわな

会津プロパガンダの存在と悪行はもはや周知の事実

西郷が英雄でないと困る奴らのプロパガンダというものもあり
今でもその影響、洗脳下にあると考えるのがこうなると 普通なのかもしれない

追って研究するべきだな

541名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/27(土) 16:57:42.18ID:KqK1jDyO0
流れ会津の飯沼て何?
誰?

542名無しさん@お腹いっぱい。2018/10/28(日) 01:21:46.66ID:W08qVsgP0
>>541
飯沼貞吉

543名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/01(木) 12:58:52.78ID:5FX3iLSU0
「晋どんここらでよか」と言って
地面に跪坐。厳然と襟を正し、東の皇居の方角に深々と頭を下げ、別府晋介に首を刎ねさせた。』

◇ この説は信じがたいな。

  東の皇居の方角に深々と頭を下げと言う部分は眉唾もんだな。
  だって征韓論の時、負けた西郷隆盛は明治天皇に最後の挨拶もすることもなく
  すべての職務を完全放棄してドロン。鹿児島県に引っ込んだ男だぜ。

  まったくすべての明治新政府の重責を放棄したんだぜ。三条公も岩倉公も
  木戸孝允も口あんぐりだぜ。
  西郷隆盛からすれば明治天皇そのものがカッチャー(韓国語で偽物)という
  事なんでしょう。
  依って東の皇居の方角に深々と頭を下げるという事はありえません。  愛エメ

544名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/01(木) 22:35:12.20ID:0LCXIOHE0
昔からまともな人間はおかしいと思っていたはず
しかし西郷関連のネガティブな著述は右翼やおかしな信者の標的になるので表立って言えない
最近だよ多少なりとも言えるようになったのは

545名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 04:02:50.98ID:liOtq7Ij0
薩長信者は創作美談を垂れ流すだけならまだしも
ネガティブ説には全力で貶めに来るから関わりたくなくて普通の人は
諦めて黙ってしまう。

コピーペースト・レッテル貼り・荒らしと、その他の醜い罵詈雑言。
全部ブーメランな内容だけどよく飽きないなー。

ほとんどパターン化しているからNGワード設定であぼーんしている。

546名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 06:07:40.18ID:K4hmZtbs0
>>543
  >西郷隆盛からすれば明治天皇そのものがカッチャー(韓国語で偽物)という
  >事なんでしょう。

言ってるのは韓国人ですか
なるほどね

547名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 08:55:26.28ID:zTeiSZ5/0
木戸日記に目を落としてみよう。

「西郷が辞職するときは、近衛の士官など己の本職を
忘れ、気まま勝手をもってみだりにその職を捨てる。
近衛士官は天子の親兵である自覚を欠き、政府および
国民を保護する使命を放棄している。
そのことに良心の呵責を感じないとは。」

 木戸は、西郷が喧嘩に負けた子供のように、ぷいと
姿をくらますような無責任な行動をとったことに、
言い知れぬ怒りと幻滅を感じていた。
少なくとも天皇をはじめ、国の根幹を担う人々へ、
潔く辞去の挨拶をして立ち去るべきなのだろう。
ましてや、将官や省庁の幹部を制止することなく、
道づれにすることの罪深さは理解に苦しむものがある。

548名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 09:11:20.12ID:zTeiSZ5/0
(国のために一命を賭して朝鮮への使節を志願した者が、
その主張を受け入れられなかったからといって、
その国を麻痺させ、内乱の危機を招こうとする
矛盾を何と説明するのか)

 木戸は西郷に独善の極みを問い正しかった。
木戸は死に瀕していたのである。
幸いぎりぎりの一線で硬膜下への出血が止まった。

  参照 「小説木戸孝允―愛と憂国の生涯」下巻 中尾實信著 277頁 鳥影社

549名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 09:17:43.28ID:zTeiSZ5/0
西郷さんは
言っちゃぁ悪いが近代国家建設なんていったって
チンプンカンプンで分からなかったんじゃぁないのかな。

蛤御門の変では幕府についていたはずの西郷隆盛が
鳥羽伏見の戦いでは長州側に付く矛盾。
西郷さんは時々息詰まるとガラガラポンに出たい人なのかもな。 愛エメ

550名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 18:22:39.03ID:zTeiSZ5/0
さいごうたかもりは大村益次郎・木戸孝允・山田顯義の
長州藩頭脳派に敗れてしまいました。

江戸城開城までは西郷さんにも主役が廻って来たのだけどな。
五稜郭の戦いでは小僧の山田市之允(顯義)に主役の座を奪われ、
誕生した日本陸軍の主導権は大村益次郎と門人の山田顯義に奪われてしまいました。
木戸孝允と山田が海外に行っている間に山縣有朋を籠絡したまでは
良かったものの、帰国した木戸孝允と大久保利通に実権を奪われ征韓論はおジャン。

夢破れた西郷どんは天皇陛下と近代国家を放り出しガラガラポン。
最期のスポットライト、主役の座返り咲きを狙って
一かパチかの勝負に打って出ましたが近代国家の軍隊に完敗しました。
軍艦ひとつないんじゃぁ勝つのは難しい。 愛エメ

551名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 18:31:59.06ID:soic2++M0
過大に持ち上げる薩摩ステマって日本的じゃないね、やらせている奴らが透けて見える

552名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/02(金) 20:26:07.57ID:idnLb+fR0
木戸や大久保も政変の時辞職出してるし実際その後辞めたからな
後朝廷の命を聞かないってのも木戸や大久保にあるし
長州征討の際に朝敵だったが抗戦した長州や勅命無視して出兵しなかった大久保
その辺は割とドライ

553名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/03(土) 18:07:54.30ID:9UQntMYD0
まぁ〜古来からの手法といえばそれまで

大山や従道で言えば「お前ら単に身内やん?」と「あの西郷どんのお身内か」とじゃ〜違うしなw

554名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/04(日) 02:30:27.92ID:PRAnDnjo0
薩摩武士なんて半分農民みたいなもんだろ
薩摩武士って他藩の士族や武士とはまるで別の存在じゃないか
藩の人口における割合が多すぎてもはや支配階級とはいえない
多くの庶民から税をたかって無為徒食する特権階級という
評価が士族にはあるが、薩摩は半分屯田兵みたいな自給自足
をしていたのだから特権階級なんてとてもいえない。

薩摩武士は他藩の士族ほど希少でもない別の階級

555名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/04(日) 02:35:22.79ID:PRAnDnjo0
薩摩藩っていわばヨーロッパ的な近代国家
他領地を植民地として搾取して工場もたくさんもってた
そして近代隊列を組める銃兵を大量に養成できていた

すでに近代化がなされていてノルマをクリアしていたが
薩摩が、それにおんぶにだっこ状態の明治政府に
どうしてしたがわなければならないのかと

藩なんてのは大量の銃兵も養成できません近代工場も建てられません
だから潰します!っていわれても、ハア?俺たちとっくにそれできてんですけど?
っていうかおまえら明治政府が俺たちの武器工場と兵力におんぶにだっこ
状態じゃねえかと文句言うのもわかりますわな

赤字のところおおいんで子会社ぜんぶつぶします!って親会社にいわれても、
親会社も赤字で、薩摩子会社だけが血反吐はいて頑張って黒字叩き出してて
親会社さえ子会社からの上納でやっと息してる状態だったら、薩摩子会社は
何いってんだお前?って怒るのもとりゃ道理だわなと

556名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/06(火) 18:29:55.16ID:vXZBgUoC0
徳川幕府は巨悪だから何がなんでも倒さなければならない。
徳川幕府は卑怯だから

557名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/06(火) 18:33:53.06ID:vXZBgUoC0
556の続き
徳川幕府は倒すためならどんな卑怯な手を使ってもいい。
薩長のモチベーションの根底はそんな感じ。

558名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/06(火) 21:33:58.85ID:BltczLe40
卑怯だから、じゃなくて封建主義だから。
職業選択の自由も移動の自由も認めないんだから。
そりゃ倒されて当たり前。

559名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/07(水) 05:13:44.23ID:QQDnii1s0
西洋の封建主義の貴族と幕藩体制の藩主はまったくの別物。
貴族が搾取しまくって人々を苦しめて革命が起きるってテンプレは
フランス革命から来た衆愚のイメージ。

江戸時代、代を重ねるごとに武断政治から文治政治に移行することに
成功してからは、武士は質素倹約を美徳にするようになった。
さらにその上の「お殿様」は搾取するのではなくその地を守護する存在。
庶民層にとって安心安全の守り神だった。

一揆も革命というよりは交渉の手段。代表者は責任を取って死ななければ
ならないという覚悟で事を起こすが、その動機は理不尽を正すことであって
復讐することではなかった。


悪徳領主をガチでやっていた藩主はけっこう少数例。
一応、監査システムはあったし、領民への度を越した年貢の取り立てや
お家騒動などの醜聞がバレたらそれはもう厳しく粛清された。

薩摩の非人道的な重税と黒糖地獄と密貿易は、遠方であることと薩摩弁の
分かりにくさが暗号レベルのせいでバレなかったようだが。

島津斉彬が藩主になりたいがために、阿倍正弘を味方につけてから密貿易を
密告して、不仲だった先代の実父を隠居に追い込んだのはなんだかなぁ。
もう一つの打ち出の小槌だった奄美の黒糖地獄のことを明るみにしなかった
ことが何気に作為的。

560名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/07(水) 05:25:30.50ID:QQDnii1s0
江戸時代の庶民の移動はかなり自由だった。
分かりやすい例はやじきた道中記。
旅のガイドブックのような絵付きの出版物が多く刷られて広く読まれた。
旅ブームも起こっていた。一番有名なのはお伊勢参り。
ピーク時には6人に1人が行くほどで、旅によく使われる街道は女性だけで
行って帰ってこられるほど治安が良かった。

恋愛もかなり自由。最終的な結婚は親が決める相手になることが
ほとんどだったが、親だって我が子は可愛いから悪縁になりそうな
相手は回避するようによくよく評判を聞いて吟味していた。

合わない相手と結婚してドアマット展開になる話がなかったわけでは
ないが、それは現代でも起こっていること。時代のせいというよりも
局所的に不幸の見舞われた気の毒な例。
そのためのセーフティーとして駆け込み寺なるものがあって
DV夫と縁切りする権利が妻にはあった。

知れば知るほど現代との類似点があって目からウロコが剥がされる。

561名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/07(水) 23:57:40.21ID:fBSZuvFl0
エロDVD密貿易は佐賀藩

562名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/08(木) 06:23:48.65ID:z12/SZtB0
最近よくある「本当はすごかった江戸時代」みたいな本の主張ですね。
さて寺社参りが認められていたから、江戸時代には移動の自由があった、
と言えるんでしょうか。
「移動の自由」という言葉には、単に東から西に行ける、ということだけでなく、
移動して居住できる、そこで生計を立てられる、という意味が含まれます。
江戸時代の寺社参りは、手形という形で許可を貰い、必ず帰ってくることが前提です。
労働力が流出してしまうことを認めてないわけですね。
これが「移動の自由が認められれていた」と言えるのかどうか。
だから移動の自由、職業選択の自由がなかった、とセットで書いてあるわけで。
江戸の幕藩体制は封建主義ですよ

563名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/08(木) 06:26:01.44ID:z12/SZtB0
「お伊勢参り」が今日の観光旅行の原型になった、と巷間言われているのはその通りだと思います。
それによって東海道は繁栄した。
しかし江戸時代、東海道筋に並んでいるのは、幕府の譜代親藩ばかり。
それで他所から来てお金を落としていってくれるんだから、
「お伊勢参り」を認めたのはさもありなん。
特に伊勢国の桑名藩などは、一番利益を得られる位置だったはずです。
そりゃ幕藩体制を守る側につくでしょうな。

564名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/09(金) 06:49:56.71ID:dq7/XGf90
>>562
足ることを知っているからないものねだりはしない。現代人が自由なんて嘘だ。
本当に自由な人間なんていない。絶対にしがらみがある。
だからと言って流浪の民になりたいとも思わないが。

帰る家があることは幸せなこと。旅から帰るのは帰りたいから。
安心安全に定住することがどんなに幸せなことか。

世界史上だと定住しない暮らしをしていたのは所有者に従わされる奴隷・民族単位だと
シルクロードの遊牧民・ジプシー・故郷の奪い合い真っ最中のパレスチナ人etc。

日本史上だと流刑になった罪人・白拍子しながらさすらう遊女・参勤交代する
大名行列一行・行商する商人・地図を作る伊能忠敬チーム・巡業する大衆演劇の
旅役者・花を求めて移動する養蜂業者・転勤族etc。

現代人のほとんども住処を変えるのは結婚や就職などの人生の分岐点くらいの
もので、それは江戸時代と変わらない。また行く先々で地域に順応するのは大変だから
転勤族も好き好んで転勤やっているわけではない。冒険は旅行で充分。定住できる
ホームがないと心細くなるんじゃないかな。

565名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/09(金) 07:15:34.60ID:dq7/XGf90
>>563
観光地と都会以外が田舎なのは至極当たり前のこと。
観光客を呼び込みたいなら、僻んでないで現状をよくするための村興し・
町興しのようなことをやっとけばいいだけのこと。

余所はいいなー、うちは迫害されている。……と負の想念へ思考が傾き
やすいのは討幕派の性癖っぽいね。だから徳川のすべて奪いにきた。

田舎は田舎のままで住み良くできるのに。
戦時中でも空襲のターゲットは都会だったし、戦後の食糧難のときも自分家で
農作物が採れる農村だったら飢えないし。

それよりも現代は過疎地だの廃村だのが増えてインフラが途絶える地域が
増えてきたから江戸時代よりも悪くなっているともいえる。


余談だが、加賀の前田利常は豊臣側だったから徳川幕府に警戒されていた。
ゆえに鼻毛を伸ばして江戸でバカ殿のパフォーマンスをして難を逃れていた。
見た目を犠牲にしたけれど名君で加賀をちゃんと富ませていた。
だが明治維新後の新政府は薩長ばかりが実権をとって、それなりの活躍をした
加賀藩の士族が日の目を見ることはなかった。

566名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/09(金) 10:51:26.35ID:zu+O1CyR0
>>565
加賀がそれなりの活躍ってなんだよ?w

加賀は徳川から睨まれないように家康のときから政治にはかかわらないようにしてきたんだぜ

それが御家芸であるかのように徳川の世が終わるまでまでまったくといっていいほど政局にはかかわらなかった

すべてその結果なんだがw

567名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/09(金) 11:01:35.49ID:jjB431MY0
>>566
情弱おつ

568名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/09(金) 12:00:58.96ID:zu+O1CyR0
>>567
じゃあ情弱の俺にそれなりに活躍した加賀を説明してみてくれよwん?
できるのかなあ?説明が?w

569名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/10(土) 10:17:43.12ID:EkkBnMIS0
加賀藩は禁門の変、鳥羽伏見、戊辰戦争と出兵はしてるよ
ただ勤皇と佐幕の対立で藩論がまとまらず右往左往しただけで終わったが

北越戦争には藩兵1500人と軍艦が参戦してる
これは各藩の中で最大の軍勢だったが、手柄は全部薩長に付いた
この時、加賀藩は100人程度の戦死者を出している
ちなみに薩摩藩の戦死者は戊辰戦争全部合わせて514人、長州が全部で300人
加賀の100人というのはけっこうデカイのだ

570名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/10(土) 11:27:26.04ID:L5SL21Uj0
>>569
石高におうじた出兵兵力だがw

しかもその死者数の割合みたらどうみても練度の低さと近代化してない旧式の装備によるもの

君の理論でいくと
太平洋戦争時の戦闘員の死者の多くは東北系の人
そして沖縄が多い
だからといってそれらの県が戦後評価されて政局に重要な役割やらポストにいたんですか?w

禁裏の防衛任務は大藩の義務であるからして禁門の変に加賀藩が居合わせたのも当たり前

で、これのどこが政局にかかわってたというんだ?wん?w
死者の多さが政局なのか?w
死者を多数出したのは加賀の運用、戦術の責任じゃないとでもいうわけか?w

錦の御旗がひるがえるまで佐幕だった藩を死者が多かったからって明治の中枢の一角にいれろと?w

加賀なんぞ評価する前にもっと評価してやらんといけない藩なんて腐るほどあるというのに

人を情弱呼ばわりするわりに誰もが知ってるようなことしか言えんでどっちが情弱なんだかw

571名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/10(土) 13:29:28.47ID:EkkBnMIS0
>>570
泣き事多すぎ

禁門の変では長州藩と幕府の間に立つという形で政局にしっかり関わってます
結果が出なかっただけで
君の言ってる「加賀は徳川から睨まれないように家康のときから政治にはかかわらないようにしてきた」なんて情弱の思い込みにすぎません

572名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/10(土) 14:27:09.81ID:qCWlZwdT0
>>571
これでこいつが無知無学のアホだということ完全証明されましたww

>禁門の変では長州藩と幕府の間に立つという形で政局にしっかり関わってます
お前が政局の意味すら理解してない大馬鹿者だということこのフレーズだけではっきりわかるww

>結果が出なかっただけで
クソワロスwwww

お前のそのクソバカ理論でいけば結果がでなくてもいいなら徳川治世300藩すべて政局にかかわってることになるが?wあ?wドアホw

573名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/12(月) 02:25:23.00ID:y84pJrAp0
>>569
細かい数字をありがとう。
余談だけど加賀といえば加賀百万石。
大河ドラマで知名度上がったけど、その後継も内政力がすごい。
豊臣側についていた外様大名なのに頑張った。
豊臣時代にも朝鮮出兵には断固反対したあたり、利家は戦闘力が
あっても戦争依存経済の領政を選択しなかったということ。

薩摩のよくやる侵略だの黒糖奴隷だののジャイアニズムなしで、
加賀を住み良く整えたのは戦の手柄以上の功績だと思う。

574名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/12(月) 03:00:01.84ID:Y5mhYmbT0
あの朝敵と罵られた会津からも後に高名な人材が排出されているのを見ると
加賀のソレはとても希薄に見て取れるw
まぁ〜名もなき事務レベルで優秀なのは居たのかもだが

575名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/12(月) 14:19:15.45ID:Et9Lzrtk0
>>571
関ヶ原以降芳春院が利長に書いてる手紙に記載されてますが?
まさか知らんわけでないだろお前?

利長も子供や家臣にそれらのこと言っている文書も残ってますが
まさか知らんわけでないだろオマエ?w

576名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/12(月) 21:28:43.73ID:jO/EWZyj0
幕末維新期に石川県士族がやったことと言えば、
思いつくのは大久保利通の暗殺。
川路利良なんかは事前に情報をつかんでいても
「石川県人になにが出来る」と高をくくった末の凶行だったそうだが。
他県人を見下すような鹿児島県人の悪い所が出てるとは思う。

しかしそれを差し引いても、
暗殺犯たちは、時代に遅れてやって来た人たちだな、とは思う。

577名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/12(月) 22:20:19.99ID:0ZvXxzvw0
犯人たちは征韓論信者で鹿児島の私学校に滞在もしている
テロとはいえ
萩の乱→西南戦争→紀尾井町の変
という流れで起きた("加賀の乱"とでも言うべき)小さな内戦であった

578名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/13(火) 02:52:17.62ID:+FUOASLF0
歴史に対する影響力としては、
「桜田門外の変」の方がずっと大きいが、
それでも「桜田門外の乱」とは言わない。
「桜田門外の乱」なんて言ったら笑われる。
>>577は歴史音痴。

579名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/13(火) 05:53:44.72ID:uTegiZqj0
私は今も大攘夷・征韓論です。

580名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/13(火) 06:15:37.79ID:XEjGxo4B0
最後の仇討ちも確か加賀だっけか?当時の執政・本多家の当主殺害に於ける本多家家臣VS加賀藩士w

581名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/13(火) 12:44:21.31ID:IjYkrL3A0
西郷隆盛と鋭く対立した人たちってみんな後日反政府右翼に暗殺されてるんだよな

大村益次郎
大久保利通
大隈重信(右足切断)

大隈に爆弾を投げつけたのは右翼団体玄洋社の関係者
玄洋社は西郷神格化本「西南記伝」の刊行元黒龍会と同じ一派
こういうところで点と点がつながる

582名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/13(火) 21:23:29.41ID:bDlWuyS/0
>>581
おおお。
その点がつながり、線となり面となった考察を、
ぜひ御開陳ください。

583名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/13(火) 23:59:11.37ID:xy0SJlsE0
そんな大げさなものではありませんけど
西郷神格化と反政府右翼の狂気じみた活動は同根であるということです
同じ人たちがやっていた

ところで、この反政府右翼が刊行した「西南記伝」は西郷が最期まで戦い立派に自決したという伝説を創りましたが
その一方で、桐野が西郷を銃撃したと証言した"城川市二"の名前がこの「西南記伝」にはどこにも出てきません
城川の親友であり一緒にカゴを担いでいた小杉恒吉衛門の名前はしっかり出てくるのに城川の名前だけが無い

たぶんですけど「西南記伝」が刊行された明治42年ごろも城川説というのは存在していて
しかし不名誉な死に様ゆえに目撃者の城川市二の名前ともども無かったことにされたのではないかと思います
それくらい不自然なのです、城川市二の名前だけが無いというのは・・・
大隈重信に爆弾を投げた狂信的な右翼ならそのくらいの"検閲"はやると思います

>>539のように城川は生涯悔しさのようなものを心に持ち続けたようで、その原因は自分の目撃した西郷の最期、そして自分の存在さえも無かったことにされた
戦火の中を命をかけて別府晋介や西郷に最後まで付き従ったのに、その自分の名前も葬られた
ということに起因しているとすれば納得いきます

584名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/14(水) 04:41:43.32ID:XJp9eg5C0
西郷ageはキモチワルイ。
只人を神格化するなら、もうちょっと瑕疵の目立たない経歴の人物にして欲しい。

585名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/14(水) 12:40:23.75ID:5JaHvrCr0
>>583
なぁーんだ。
「点がつながった」というから、新資料があるのかと思ったら、
昔のテンプレの焼き直し。「スレ主=無能の証明」ですな。
結局、竹崎櫻岳「肚乃西郷」と片岡吾庵堂「横目で見た郷土史〜言いたい放題でごめんなんせ〜」しか
資料は無いんでしょ。
それとも何か隠し玉があるというなら、ぜひ知りたいです。わくわく。

586名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/14(水) 15:54:55.15ID:vfA+N4ed0
>>584
新興宗教において神格化されてる"教祖"の実態がほとんど例外なくエグい人物であることを考えれば
神格化というのはそういうものなのかも
共産主義の"英雄"たちの神格化もね

そんな神格化された西郷像が、日本人のあるべき姿、理想像のようになっていた時代もあったわけでその弊害は大きかったと思う
"負けると分かっていても戦わなければならない時がある"という精神論が日本人は好きですが
そのモデルの一つは明らかに西南戦争の美化ですよね
美化された西南戦争は、太平洋戦争下の日本軍による無謀で意味の無い作戦の連発という事態の精神的な背景の一つになっていたと思います

本当に西郷や桐野たちが負けると分かっていて、しかしそれでも戦わなければならない時が男子にはあるのだ
と思って西南戦争を決起したのならまだいい
それを顕彰しようとする者も出るでしょう

しかし西南戦争の実態は、負けるつもりなどさらさらなく、単純に自分たちの無能さからくる甘い見通しで
薩摩士族全員出撃というわけのわからない決起をしただけであった
敗色が決定的になっても間違いを認めず、その歪は現場に押し付け戦死者を山のように出した日本史上最大規模の愚行
それが西南戦争の本当の姿です

このような愚行を「男には負けると分かっていても戦わなければならない時がある」などとすり替え、西郷や桐野を美化していたらそりゃアメリカに負けますよ

右翼や西郷信者の罪は重いですね

587名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/14(水) 19:27:06.26ID:mK0h8pP80
西郷は別に美化さなくても維新三傑と評価されてて
しかもまず西郷と筆頭で名前が来るようにその評価はなんら変わりないよ

588名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 00:54:23.08ID:vkMivkxo0
私学校のやった恐怖政治と独裁政治は、
戦争中の軍国主義、そしてスターリン主義や毛沢東主義にソックリだね。

夜郎自大の日本共産党やオール沖縄を見ると、今だに西郷政治が生き残っていると
しか思えない。日本人にとって、最も忌まわしい記憶が西郷の恐怖政治と夜郎自大。

589名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 04:09:34.64ID:JEL/eW4z0
>>588
なんで寺子屋ではなく私学校だったのかというと九州地方は隠れキリシタンが
多く潜伏していて、隠れキリシタンのカムフラージュ用のハリボテ寺はあれど、
真面目に現世功徳している本物の寺が少なかったから。

そんな地域では教育施設としての寺子屋は足りず、私学校が代わりをすることになる
ものの、学べるのは士族階級が主で女性や農民の識字率は上がらないままだった。

そういえば吉田松陰の教え子の多くがテロリスト化したけど、どんな教育をしたら
ああも暴力にためらいのない理不尽な理想主義者に仕立ててしまえるのだろう。

教育ついでに危険思想植え付けてくる私塾はカルト宗教とどう違うの?

590名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 08:18:31.25ID:nAVqRfYe0
私学校と隠れキリシタンが関係あるって初めて聞いたんですが・・・
私学校はもともと士族階級しか対象にしてないよ

591名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 16:47:03.43ID:/AJJpxg10
多分創立に尽力した一人、鹿児島県令・大山綱良が「隠れキリシタン」だったからかもねw
大山の葬儀は何故か浦上のキリシタンが執り行ったとか

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%98%8C%E5%AF%BA_(%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E5%B8%82)

福昌寺 (鹿児島市)

592名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 18:53:04.93ID:DZ/lE/N70
>>586>>588によれば、
西郷(や私学校党)は、「右翼」で「共産主義」で「戦争中の軍国主義」で「スターリン主義」で「毛沢東主義」で「新興宗教」で「日本共産党」で「オール沖縄」なんだそうです。

支離滅裂です。
歴史や政治を少しでも知っている人なら、およそ恥ずかしくて書けません。
鵺のように自分の立ち位置をはっきりさせないから、こんな支離滅裂なことになるのでしょう。

こう書くと、
「いや、夜郎自大(自分の実力を知らずに仲間内ではいばっているさま)な点で共通している」と言うのかもしれません。
夜郎自大なのは、支離滅裂な自分自身なんだよ。

593名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 20:47:08.09ID:nAVqRfYe0
586を書いた者です
588さんの意図は分かりませんけど
592さんの>「右翼」で「共産主義」で「戦争中の軍国主義」で「スターリン主義」で「毛沢東主義」で「新興宗教」で「日本共産党」で「オール沖縄」
という書き込みを見て、これってようは全部全体主義じゃんと思いました

592さんは支離滅裂と申されますが、自分で書いてて気が付きませんでしたか?
支離滅裂どころか全部全体主義でこれはまさに鹿児島私学校のことでした

教えてくれてありがとう

594名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 22:22:58.16ID:QSPzObDd0
>>593

586で「全体主義」という言葉が出てこないまま、
宗教と共産主義のように、本来性格の異なるものを並べ、長々と主観で以て否定する。

こういうのを最近は、
【中二病】
と言います。
そう、あなたは【中二病患者】なんですよ。
まず気づくべきはそこですね。

595名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/15(木) 22:36:14.82ID:nAVqRfYe0
>>594
いや最近は「中二病」というのは死語かと思いますよ、おじいさん 笑

596名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/16(金) 12:45:15.62ID:VxN2N7aB0
やれやれ。スレ主は、
>>537では、右翼を揶揄するために「中二感全開」などとと書きながら、
自分がツッコまれると
>>595のように「中二病は死語」とすっとぼけます。
というより本当にボケているのでしょう。
何でも自分に都合よく考える人です。

こういう「中二病をこじらせた人」を最近ではなんと呼ぶのか、
ぜひうかがってみたいものです。

597名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/16(金) 14:04:27.64ID:Te8XHmEx0
>>596
おじいさんはたぶん「中二」の用法間違ってますよ
「中二」とか「こじらす」とかはおじいさん世代には微妙に伝わらないニュアンスなのかな・・・

それとこのスレは「若い奴にバカにされた年寄りが粘着して気持ち悪いレスを繰り返すスレ」ではないんで少し察してください
もちろん西郷隆盛関連の話題なら大歓迎です

598名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/17(土) 07:11:38.20ID:yZQ/AUoa0
今スレのスレ主は、やたらテンションが高かったり低かったり情緒不安定で、
レスの矛盾を指摘されると、「気持ち悪い」を泣きながら連呼します。
その不安定なこと、まるで思春期の女の子のようです。
こういうのは「中二女子感全開」と言えばいいのかな。

599名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/17(土) 17:46:38.64ID:MkpmfAce0
中二ってそういうことか?

600名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/17(土) 23:18:34.53ID:bFVyOYHy0
知らんけど違うでしょ

601名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/18(日) 04:32:58.15ID:09GoSQt80
大河は週末のダイジェトだけ見ている。
見れば見るほど怖気が……。
制作陣は薩長と岩倉が大嫌いなんだな。

岩倉使節団からの帰国組、完全に欧米列狂に洗脳されてきているじゃないか!

602名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/18(日) 05:49:03.21ID:Nabr3AqC0
変造500ウォンが良貨を駆逐した結果。

ラオスのダム決壊で再認識…韓国“ポンコツ”技術、過去にも死傷者出す事故続発 識者「背景に見かけ重視の国民性」
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/180804/soc1808040009-n1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsRelated

決壊ダムは最古の工法だった…ラオス激怒、韓国企業に特別補償要求へ
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/180804/soc1808040005-n1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsRelated

【新・悪韓論】ダム決壊も「謝罪なし」の韓国マインド 「悪いのはラオス政府」の論調まで
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/180802/soc1808020004-n1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsRelated

ケンチャナヨ精神と謝罪しないことが韓国の常識 ラオスのダム決壊
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/180811/soc1808110004-n1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsTop

【スクープ最前線】手抜き、逃げ出し…ラオス・ダム決壊は韓国経済“破綻の引き金”
 海外受注は激減濃厚 「日本より安く、短期で」と強引に…
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/180731/soc1807310004-n1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsRelated

背乗り在日 安田ウマル純平 FakeJapanase
http://livedoor.blogimg.jp/hatima/imgs/7/2/726ea823.jpg

BKM 豚キムヘイト団
https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20181112-00103804/
https://www.cnews.fr/monde/2018-11-12/un-chanteur-du-groupe-de-k-pop-bts-fait-polemique-en-portant-un-chapeau-nazi-799939
https://i2.wp.com/mera.red/wp/wp-content/uploads/2015/06/img41317318zik1zj.jpeg?fit=436%2C250&ssl=1

603名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/19(月) 16:54:36.88ID:/U8bEzKG0
ヘタレの明治維新の精神的支柱だろ。いなけりゃ何も前に進まないわけだったのだが。

604名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/19(月) 18:30:09.22ID:2fd3Jhie0
そのヘタレ政府に負けた惨めなやつらはなんていうの?w
超絶ヘタレチンカスとでもいったらいのかな?w

605名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/19(月) 18:59:53.02ID:/U8bEzKG0
あえて勝とうとしなかっただけだろ西郷は

606名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/19(月) 19:51:21.08ID:XRRByFQw0
ドイツで見つかった 陸軍省で撮影された写真の1人が西郷って本物なんかな?写っているメンバー的には西郷がいても不思議ではないけど

607名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/19(月) 20:13:08.34ID:7OlqOa950
http://lesliehelm.com/wp-content/uploads/2012/12/wakasoldiers.jpg
この写真ですね
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2014/11/post-9edf.html
こちらによるとフェイクのようですね
ただ西郷の2人の息子(虎太郎、菊次郎)はいずれも細面の顔をしていますから実物の西郷も痩せれば細面だったかもしれません

608名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/19(月) 20:17:46.68ID:7OlqOa950
http://lesliehelm.com/wp-content/uploads/2012/12/wakasoldiers.jpg
ちなみに写真後列左から
乃木希典、大山巌、西郷隆盛、山県有朋
前列左から
川村純義、勝海舟、ユリウス・ヘルム、西郷従道

全員ニセモノと言われています

609名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/19(月) 21:32:47.03ID:XRRByFQw0
>>607
フェイクでしたか... 今回こそはまさかの本物かなとちょっと期待してしまいました残念。

610名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/20(火) 00:52:17.15ID:rSmjvZRq0
ttp://image.space.rakuten.co.jp/lg01/13/0001073013/61/img002cf07czikezj.jpeg

ttp://mixi.jp/view_bbs.pl?id=54311083&comment_count=18&comm_id=1264494

あなたの書き込みのように、右から二人目は西郷隆盛氏です。写真のうらに祖母の自筆でそうかいてありますし、
祖母は、西郷さんの姪の小学校じだいの写真ももってました。なによりも、隆盛氏の娘さんが
「父です」とおっしゃったのですから、間違いないです。実は私は、そのおば様のお孫さんとお見合いを
させられるところだったのです。お断りしましたがね。。。

611名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/20(火) 03:37:57.45ID:fRbTSaL00
顔を知らない相手の暗殺は難しい。

西郷は暗殺者のターゲットにされないために
自分の肖像を残さなかった。

612名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/21(水) 06:26:27.58ID:0z2nj4lp0
案外元主君斉彬の写真好き=病死というイメージが最後まで拭えなかったのかも?


最後の最後に周囲を見回して「おいおい、まさかこいつら殆ど写真残してるやんwwwと」
「やべぇ、こいつらと一緒に居たら共倒れやんか」
「イチ抜けた・・・・ズドン!!」

「・・・・・ぁ、そういや自分も撮ってたっけwww」

613名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/21(水) 09:53:11.81ID:Yc12cplG0
西郷は鉄道も全否定してたし
洋行もしなかった
自分の理解力を超えてるものは自分の視界からシャットアウトする気質なんじゃないの

614名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/21(水) 12:39:23.11ID:Iedx4nVm0
そういう頑迷な人だったら、息子の留学も認めないでしょうよ。

615名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/21(水) 14:24:01.58ID:YEKTg8QP0
多くの留学生を含む岩倉使節団が横浜を出港する時に
西郷は『今日出航する船が沈んだら誠に愉快』と発言したとも

616名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/22(木) 03:26:17.21ID:yPm2XSsL0
西郷どんは戦好き。
戦がしたい。戦がしたくてたまらない。
泰平の世は退屈でなかなかゆるぎそうにない。
どうすれば戦できるのか?

そうだ、人斬りをすれば、テロをしたら、世論を扇動したら、クーデターをしたら
徳川は戦端を開くだろうか

……そうやって挑発し続けて戊辰戦争できたときが西郷の人生一番の、
ウハウハ期だったのだろう。

617名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/22(木) 16:30:59.52ID:jfHL0Lp00
相変わらずユーモアを解さない御仁じゃ。

618名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/27(火) 11:54:50.10ID:hAMvELEN0
今も昔も、外の世界を知らない「井の中の蛙」が攘夷派になる

619名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 09:33:12.88ID:7q5x9Chh0
西郷が岩倉使節団と一緒に洋行しなかった一番の理由は、
年齢だろう。
西郷はすでに四十代。当時で言えばもう初老だ。
もっと若い人が行ったほうがずっと国の将来の役に立つ、と考えるのが自然。

洋行自体、幕末から幕府側、新政府側どちらでも行われていて、
全く西洋の情報がないわけではない。
それに西郷は、当時の日本人としては、非常に多数の来日外国人と会っているわけで、
外国の文化や考え方に触れる機会も多かった。
わざわざ今更自分が行かなくても、と考えたのではないか。

あと、岩倉や大久保といった自分と同年配の人間が洋行することに対して、
その意義は認めていただろうが、
どこかお大尽旅行のような、ぜいたくなものを感じていたんじゃないのかね。

620名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 16:15:11.27ID:s2wFjetz0
西郷は日本語で恫喝交渉するのは得意でも外国語ではできなかったから
行かなかったんじゃなかろうか。
九州の方言も本当に同じ国の言葉か?って思うくらい別言語だから、
ある意味薩摩人は薩摩弁と日本語のバイリンガルだけど。

岩倉らの洋行組は行く先々の国のうちの何か国語までマスターできていたのか。
日本語しか話せないってことはなかっただろうが、正式な場で都合の良いことしか
訳さない現地通訳を雇っていたなら正確な情報収集はできなかっただろうな。
「外国強い!」「日本じゃ勝てない!」と価値観改変されて、急ピッチで猿真似しないと
ヤバイって刷り込まれて、帰国したのだろう。

余談だけど天正遣欧少年使節でローマまで行った少年たちは、言葉が分かっていても
途中まで引率したアレッサンドロ・ヴァリニャーノ司祭の指示でヨーロッパ各国の
醜い部分は決して見せられず、美しいキリスト教国だけを限定して見させられたとのこと。

ローマへの旅の間、注意深く華やかに見える部分だけをチョイスしてこれが
キリスト教の国だと見せた。糞尿臭ただよう文化圏なのに。
行く先々でパレードで歓待してもらった少年たちはあっさりキリスト教の深みに
ハマった。……けっこうえげつない洗脳方法。

621名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 19:59:28.34ID:2d0KMLGj0
岩倉使節団の目的は、あくまで「西洋視察」であって「交渉」じゃないからね。
不平等条約の改正のための下準備、というのはあっただろうけど。
視察であれば、語学ができないからというは、一番の理由じゃないでしょう。

薩摩藩は慶応元年に英国へ留学生を送り込んでいる(この時は密出国)。
一番年配でも34歳で、ほとんどが十代、二十代。
その中から五代友厚や、森有礼、長沢鼎らが出ているから、
目的は達成していると言える。
そんな前例がある中で、四十過ぎの自分が出張るのは気恥ずかしい、
若い人に機会を、と考えるのが西郷。
それでも自分の目で見ないと分からん、と考えるのが大久保。
どっちも理はある。

622名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 20:39:03.82ID:vc+QPYMN0
> 四十過ぎの自分が出張るのは気恥ずかしい、
若い人に機会を、と考えるのが西郷。
> それでも自分の目で見ないと分からん、と考えるのが大久保。
> どっちも理はある。

西郷信者お得意の何の根拠も無いエセ「人間論」だな
中身ゼロの抽象論

623名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 07:09:46.35ID:teW4SUX00
>西郷信者お得意の何の根拠も無いエセ「人間論」だな
>中身ゼロの抽象論

スレ主は、よく相手のレスに対して「中身のない抽象論だ」といって逆切れします。

世の中には、抽象的な思考が苦手だったり、
相手の身に自分を置き換えて物事を考える、つまり思いやる、
ということが出来ないタイプの人がいるそうですが、
それなんでしょうかね。

624名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 09:30:36.14ID:q4cIuax80
>>623
西郷論とは「思いやり」でしたか

そういえば最近そっくりなことを聞きました
韓国のマスコミが徴用工判決で「日本は逆ギレするな、韓国を思いやれ」みたいなことを言っているそうです・・・

625名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 16:57:25.84ID:W7zDcdPW0
【日本人はサマリア人】 日ユ同祖論、もう証明完了って感じ、ようやく月刊ムーに科学が追いついてきた
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1543029282/l50
ムー編集長 UFO「存在する」「自衛隊は隠してる」「米国は正体を知ってる」「生きているうちに分かる」
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1543627498/l50

ブッシュも安倍も、世界教師マ¥トレーヤにはかすりもしない!

626名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 20:59:09.22ID:nr833T1Q0
スレ主が「思いやり」と聞いて連想するものは、
韓国徴用工判決や、報ずる韓国マスコミなんだそうです。
日頃よほど理不尽な人間関係の中で生活されているに違いありません。

627名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/05(水) 18:49:17.36ID:/Uz5Y51C0
西郷は戦争好きなまま大人になったジャイアンのようなもの。
劇場版でちょっとだけいいヤツになるジャイアンも普段はただの乱暴者。

明治新政府で壁にぶち当たると「辞意」を言い出す。
欲しくて奪った国も権力も、面倒になると捨てる。
あぁジャイアンだなぁ。
ジャイアニズムのあれやこれやを知らしめられたよ。

628名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/05(水) 21:03:34.52ID:6z/0S7Zb0
西郷否定派の模範解答ともいうべき稚拙な論理ですね

629名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 03:53:24.70ID:byi6hHZm0
西郷肯定派の模範解答はどう?

630名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 11:22:28.88ID:jYGTkZAh0
>>627は西郷さんへの思いやりが足りない

マジレスすると西郷さんは戦争好きではあると思う
しかしそんじょそこらの戦争好きと違うのは
争いを煽っていながら最終局面では自分だけ敵に温情をかけ
寛大な措置で済ます傾向が明らかにあること
同時代の人がはたから見たら、そもそもお前やお前の子分がイキって追い詰めたくせに最後に助けてやって
自分だけ人格者のようないい顔をするという西郷の姿はどのように映っただろうか

庄内藩に対する寛大処分、山県有朋に対する庇護
そして武力征韓を保留させ自分が一人で話に行くと言いだした征韓論法
もしかしたら薩長同盟や江戸総攻撃中止も西郷のそのような面の現れなのかもしれない

631名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 17:32:08.00ID:8ZQFwVaO0
「ドラえもん」が日本を代表する良質な漫画・アニメであることには異論はない。

ただ「光市母子殺人事件」の時、
犯行当時未成年だった犯人の死刑を回避するために、
弁護側が「赤ちゃんの死体を押し入れに入れたのは、
ドラえもんに何とかしてもらおうと考えたからだ」と主張し、
世間を唖然とさせたことがあった。
>>627を読んでそれを連想した。

「ドラえもん」は児童向けの作品として楽しめば良いのであって、
何かの比喩に使うのは適切ではないんだろう。
第一「ジャイアニズム」なんてネットスラングの域を出ていない言葉で、
明確な定義があるわけでもない。
また比喩として使うのが「ドラえもん」というのは、幼児性の発露に違いないんだが、
それにも気づいていないらしい。

それにしてもスレ主は、西郷を貴乃花やジャイアンに例えることで、
具体的な何かを言った気になっているんだろうかね。

632名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 19:51:33.27ID:jE5LcFn30
>>630
それは西郷が優勢の時ね。劣勢に追い込まれるとケツまくって逃げ出すのが特徴。

633名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 23:35:58.08ID:CPXiVNOi0
陰謀論は本人は売文のため、あるいは冗談のつもりでやっていたとしても
結果として深刻なテロや紛争の原因※となる事例があるのだから、
良識ある社会は、この手の愚物は徹底的に糾弾して
社会的地位を抹殺するところまで追い込まなければいけない。
公安当局も左右両翼の過激派だけでなく、
陰謀論・カルト専門の部署を設けてテロリスト並みに監視すべきである。

※ナチスドイツのホロコースト、ルワンダ大虐殺、オウム真理教事件など。

634名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 03:15:08.80ID:g3yFhmdy0
ダメンズウォーカーの共依存信者だったら
恩を仇で返す西郷どんにも思いやり対応が
できるんだろうね。

635名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 08:04:17.38ID:8s6CYOFA0
http://amzn.asia/d/hE94ujD
この場合の「思いやり」とは、この本の著者氏が言うところの「西郷マジック」かな・・・
西郷がマジックをかけたわけではなく、後世の人々が勝手に西郷を良いように解釈し自分で自分にマジックをかけているだけですが

上のページから・・・
西郷という人に対しては「江戸城無血開城の交渉では敵となった勝海舟が
「100万の市民が殺されもせずにすんだのは実に西郷の力だ」と西郷を絶賛し、
その後は西南戦争で朝敵となった西郷の名誉回復のために奔走した」とか
「西郷が戊辰戦争で賊軍として敗れた庄内藩に寛大な処分を下したことで、その後の庄内藩は大の西郷びいきになった」
というような「西郷と敵対した陣営すらも感服してファンになってしまうほどの寛容さや徳の高さ」がよく語られるため、
「凡人には想像もつかないほどの巨大な器と人間的魅力を持った人格者」として認識されることが多いと言えます。

636名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 08:04:56.51ID:8s6CYOFA0
もっとも、>>621>>631などはマジックどころか、老害の「石に漱ぎ流れに枕す」だと思いますが

637名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 00:57:46.62ID:lDT18bPs0
話はそれるが、愛加那さんの本名が判明したそうな
「アイカナ」ではなく「アリカナ」さんだってのが、西郷菊次郎氏の戸籍簿から分かったんだってさ

638名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 02:59:13.12ID:8Q3KAydB0
西郷さんらしい現象
誰も真実を確認せず、間違った情報が一人歩きして通説化していたわけだ
しかしちょっと考えれば「愛加那」などというロマンチックな名前が、文化の違う当時の奄美に存在するほうがおかしいと今になって気付く

639名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 13:10:55.50ID:/be+mINY0
>>630
それは平時の発想ではないかしら。
幕末維新期の人物は、みんな尋常ではない死に方をする可能性があった。
戦闘状態で「殺るか殺られるか」なんだから、過激化するのは当たり前。
西郷だって、内紛や暗殺、戦闘によっていつ死んでもおかしくはなかった。

ただいくさはどこかで終わらせないといけない。
終わらせることが出来る大将がいないと、応仁の乱のようにずるずる続くだけ。
「西郷は自分をよく見せるために、最後の場面で寛大なふりをした」
というけれど、部下の連中はいきり立っていて、
「徹底的に潰す」と吠えているのも多いわけだから、
下手に寛大な策を提案すれば、無視か、あるいは殺される可能性もある。
それを抑えて実行出来たのが、西郷だったということ。
まぁ西南戦争は止められなかったが。

同じ時期にそんな人物がいたか。
大久保や大村益次郎は圧倒的な戦力差で殲滅しか出来ない。
高杉はできたかもしれないが、木戸にそういうリーダーシップはなかった。
慶喜は「将軍」という時代にそぐわなくなったシステムの中でしか、
動けなかった。

最後は大将がうまくやってくれる、という信頼があってこそ、
部下も思い切り戦えるということだと思います。

640名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 07:02:37.98ID:L1y1NPs50
庄内藩に対する処遇は単純に薩摩人は強い奴が好きだから
西郷だけでなく黒田清隆も寛大だった

逆に女子供を使役する会津藩には特に思うところもなかったため
西郷隆盛と木戸孝允の会談では木戸が重い処分を求め
西郷が会津をかばいつつも徹底的に争うまでは肩入れしていない

641名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 08:08:07.85ID:u/YvZCae0
639も640も西郷マジックだな
西郷さんのやることにはすべて深謀遠慮があるのだという前提で話をしていませんか

オウムの上祐が言っていた
「麻原に洗脳されていたというより麻原のおかしな指示を自分のなかで無理矢理組み替え、補完し
正しいものとして理想化していた」

642名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 08:15:48.02ID:u/YvZCae0
>>640はべつに理想化はしてないか
ただ、薩摩人は強い奴が好きという前提が意味不明だが

643名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 10:21:28.79ID:w4lzb9sF0
>>642
実際は、西郷が仕組んだ江戸騒乱を庄内が鎮圧し、それを口実に鳥羽伏見の戦いを起こしたことに対する負い目があったから処罰が緩くなったんだろう。
また、金欠新政府としては、処罰よりも本間家から賠償金搾り取るのが重要だったんだろう。

644名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 16:52:49.48ID:jlm5LhAj0
>>635
スレ主が珍しく出典が分かるように引用しています。
よほど自信があるんだろうと思いましたが…
アマゾンのブックストアのページが出てきました。
 「西郷隆盛とは何者か1」小林弘潤著・月聖出版

およそアマゾンで見たことがないような、異様な紹介でした。
何が異様かというと、本の紹介が長大なのです。
普通、紹介はさわりだけ載せるものです。
面白そうだな、もっと読みたいと思わせることが、
販売につながるわけですから。

ところがこの紹介、辟易するほど長いし、ひどく読みにくい。
我慢して目を通しても、新しい事実がありそうではなく、
「私は〜思う」ばかりの感想文です。
目次が十五章もあげてありますが、本自体は120ページ少々。
新書の半分程度ですから、本というよりはブックレットのようなものです。

月聖出版というのは自費出版社で、著者が社長かつ唯一の社員だそうです。
だからこんなムチャな紹介の仕方も出来るのでしょう。
アマゾンで売るのが目的というよりは、
とにかく自分の感想を誰かに聞いてほしいだけのようです。
その証拠に、出版して三年たつのに、星四つのカスタマーレビューが、
一件ついているだけです。しかも自演くさい(笑)
この著者の他の著作も紹介されていますが…うーん、覗かなきゃよかった。

どうもこれがスレ主の正体なのかもしれません。

645名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 18:05:08.58ID:iWJpB4jM0
kindle知らない奴っているんだな

646名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 19:12:01.28ID:4Jj6mP8k0
>>638
いやまぁ・・・俺も出自が鹿児島なんで言いたくないんだけどさ
話題を出したら、何でも死に物狂いで西郷堕としに利用とか辞めてくんない?
あまりにも気持ち悪いし、ネタも出しにくくなるんだけど
当時の下級士族階級の女性名に漢字の当て字なんて、愛加那さんに限らず別に普通の事なんだしさ
「愛加那」ってのも諡みたいなもんだし
本妻のイトさんだって絲だの以登だのあったわけで
糸の字が正式に当てられたのは西郷侯爵家の立ち上げからだし、西郷糸子の名の公式な初見も糸さんの墓碑が最初だしね
ちなみにアリカナ(あり加那)のアリに愛の字を当てたのも、初見は菊次郎の息子が建てた墓碑の「龍愛子」だったりするしね
名跡正しい系譜ならともかく、日本の南の端の下級層の女子なんてそんなもんよ

647名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 19:39:51.67ID:jlm5LhAj0
>>645
いやいやkindleとかっていうレベルの話じゃない。
わたしゃアマゾンfireタブレット持ってるけど、
ただでもいらん。
ダウンロードして欲しかったら逆に金寄こせと言いたいレベル。

648名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 19:58:12.15ID:dINJfVwo0
>>644
発行元に権威が無いから読む価値は無いって、お前バカすぎて西郷さんも泣いてるぞ

649名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 20:05:24.58ID:Hbtw7AKa0
西郷は別に美化されなくとも維新一傑だから
これ以上評価が下がりようないんだよな

650名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 20:20:23.12ID:jlm5LhAj0
>>638は奄美のことを何も分かっていないし、分かる気もない。
少数者に対して「異文化だ」というのは差別なのだ、ということも分からない。
奄美の人たちはそうやって差別されてきた。

島んちゅと付き合ってみればわかるが、
大和の人間よりよっぽどロマンチックなところがある人たちだ。

スレ主は人と付き合うのが怖いらしい。
どうしようもない。

651名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 20:35:15.96ID:dINJfVwo0
>>650
さっきまで個人出版を差別してた奴が何言ってんだか
何が少数者だ
妄言もいい加減にしろゴミカス

652名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 22:39:47.05ID:G2ffnknx0
>>646
その件で西郷さんをおとす意図なんてまったく無いよ

西郷やその周辺を美化することに必死でそれが史実かどうかにはまったく関心の無い人たちに軽く皮肉を言っただけで

そんな過敏に反応すること?

653名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 22:43:24.89ID:G2ffnknx0
だいたいアイカナという名前は誤認であり、したがって当時の奄美には愛加那という当て字も存在してないということになる
なのになんで当時はそういう当て字が普通だったとか、奄美の人は本土の人よりロマンチックだったなどの話になるのだろう

西郷上げに盲目なあまりそんな簡単なことにも気が付ていない

654名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 00:18:20.96ID:Ea2EV97i0
>>653
当て字がそんなに不思議?
それこそ、なんでそんなに過敏反応するか分からないでよ
むしろ墓銘で「アリ」に愛なんて字を当てた、菊次郎の息子さんのセンスにロマンチズムを感じる事はあっるけど
それを取り上げてロジックだの何だの、西郷を落とす材料に使いたがる気持ちが分からない
史実を掘り下げると言うなら、例えば「アリカナ」の「アリ」は当時の奄美でどう言う意味が込められてたのかとか、なぜ愛の字が当てられたんだろうかなと、そう言う方向へのツッコミがあるのは予想してたんだが・・・
出てきたネタをとにかく何でも必死に落とす材料にするとか、そういうのは雑談やトイレの落書きレベルとは言え、ニュースの元ネタ調べてきた人に失礼なんじゃないですかねぇ
俺が掘り出した訳ではないので怒ることはないのですが、戸籍資料漁ってきた人には激怒されても文句言えないと思いますよ

655名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 00:37:22.10ID:7Ca2oP+W0
「アリ」に当時の奄美でどう言う意味が込められてたのかはいいね
何かで読んだが中国の少数民族は本来自らの言語に合わない漢字の使用によって思考まで制限されるそうだ
書く漢字にこだわらず音に注目して意味を知りたいね

656名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 00:44:59.50ID:N0R+xRry0
かごんまじゃ車(自動車)の事をクイマって言う 最初聞いた時は内心笑ってたぜ

657名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 01:07:31.53ID:vQSpcUHh0
>>654
意味不明
戸籍にちゃんとアリカナとあるのにそんなことも知らずアイカナを盲信し、そこにロマンまで見ちゃう西郷信者って痛いよねって話なのに
なんでそれが西郷おとしになるのかまったくの意味不明

西郷おとしでもないし鹿児島批判でもない、ただ信者を皮肉っただけでここまで怒られるとはな・・・
鹿児島では西郷と信者と県民はそこまで一心同体なのかよ

658名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 01:19:26.94ID:7Ca2oP+W0
>>657
なに戸籍を盲信してるの?
西郷隆盛の実の名は西郷隆永ぐらい知ってるでしょ

659名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 07:32:32.88ID:CPMwl2+L0
あの時代で『太ってた人』だからw

660名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 07:36:45.71ID:4VkfHwEP0
大河やそれ以外の歴史番組でも幕末と明治維新話の話ばかり。
150周年だからって美化表現を頑張っているがツッコミどころだらけ。

西郷どんの視聴率が上がらなかったのは、英雄にあらずってタイプの人を
無理やり英雄に仕立て上げた不自然さが気持ち悪いからじゃないの?

661名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 08:23:55.33ID:MtCO3acG0
そうね
いまこの時代に西郷を大河でやる意義が分からない
世相的に、西郷をネトウヨのルーツとして描くなら分かるけど
ヘイターたちの末路が西南戦争での自爆であった、という現代のネトウヨを戒めるメッセージでも込めるなら分かるけど

662名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 09:58:18.45ID:oSOLk3in0
結局、大河の視聴率はどのくらいだったのかな?

663名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 11:37:46.07ID:eALs/15U0
征韓論闘争までは名作だったけどな西郷どん

結局過去みても幕末維新もので大河が成功した事例がほぼほぼないとうことさ

大衆にはこの時代の動きは難しいのだよ

勝った負けたの単純構造の戦国ほうが率とれるだけの話

664名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 12:36:34.99ID:QQvMa0F80
2000年代大河の最高視聴率は幕末モノの「厚姫」なんだが

665名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 13:43:36.85ID:avbiwOdV0
NHKが「困ったときの〜」という具合で単に視聴率稼ぎに体のいい戦国・幕末モノをやった「だけ」やぞ?w
TBSが懲りずに水戸黄門やっているようなもの

そこに原作・脚本が♀が故に「ファンタジー」が混ざったという話よ?

666名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 14:23:04.50ID:eALs/15U0
>>664
当時放送されてた大奥に影響され民放要素を多分にぶちこんで朝ドラとファンタジーの絶妙な配分バランスでもって成功しただけにすぎんよ

667名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 17:24:37.70ID:iqRb/dLH0
【慰安婦、徴用工、不法労働】 日本人は誤解してる、奴隷じゃないって言うけど、あれ完全な奴隷ですよ
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1543975412/l50
【移民】 アメリカも、ニュージーランドも、オーストラリアも、カナダも、ハワイも、どうなりましたか
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1544320770/l50

668名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 19:58:16.93ID:hxU3oaiB0
大河と言えばこれでしょ
花神OP
https://www.youtube.com/watch?v=y0LuczMCHRU

669名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 20:07:19.93ID:NPtxdP8l0
>>635関連 小林弘潤著「月聖出版とは何か」(月聖出版)
(以下引用)
 電子書籍『勉強のコツ3 秘伝編』14節では、受験勉強を経て晴れて大学に入学した方を対象に「大学の勉強など最低限の時間と労力で済ませ、
浮いた時間をアルバイトや「月聖出版の本の内容の分析や解読」に使ってもらえれば」という言い方をしましたが、
私は月聖出版から出ている様々なジャンルの本を読みこなせば「大学の勉強以上に様々な知識が身につく可能性も大いにある」
と思っているところがあり(それでいて「授業料」などほとんどかからないと言える)、ある意味月聖出版の本を「一種の天才教育の場」とさえ思っているところがあります
(例えば月聖出版から出している歴史系や政治系の本を読み込んで相当な理解をした人であれば「司馬遼太郎の司馬史観≠ノ匹敵するような歴史観を打ち出す」ことも十分可能だと思う)。
 「天才教育」というとエリート主義的な響きがあるので言い方を変えますと、私は月聖出版の本を本格的に学んだ人々の集まりに対して漫画の『ドラゴンボール』に登場する
「孫悟空とその仲間たちの集団」というイメージを抱いているところがあり、個人的に「読者の方々とチーム孫悟空≠作りたいものだ」
と思っているところがあります(なぜ孫悟空なのかと言うと、この作品の中で孫悟空という人物は電子書籍『善光寺2』で説明した「陰の役割」をやっているから。
ちなみに、この世界で「陽の役割」として世間の注目を浴びているのがミスター・サタン。まあ、ドラゴンボールを知らない方にとっては何がなんだかわからないと思うが)。
(引用終わり)

自分の本を理解すれば、「司馬遼太郎史観」に匹敵する歴史観を持ち、
その人たちが集まれば、「ドラゴンボール」の「孫悟空と仲間たち」みたいになるんだそうです。
支離滅裂です。

670名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 20:44:02.40ID:B9EF4DJo0
>>669
そういうのは支離滅裂とは言わないよ
大風呂敷と言うのが適切

支離滅裂というのはお前の書き込みだ

「月聖出版というのは自費出版社で、著者が社長かつ唯一の社員だそうです。
だからこんなムチャな紹介の仕方も出来るのでしょう。」
と言ったかと思えば

「少数者に対して「異文化だ」というのは差別なのだ、ということも分からない。
奄美の人たちはそうやって差別されてきた。」
と自分の都合に合わせて矛盾したことを言う

こいつは奄美の人への差別問題などこれっぽちも考えてないよ

671名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 20:45:44.19ID:B9EF4DJo0
しかも中身を読んでもいないのにこれほど粘着するってどういう意識の状態なんだろう

たった250円なんだから買って、きちんと読んだうえで批判なり否定なりする箇所があればそれをカスタマーレビューに書いたらどうだ?
250円も持ってないのか?それともコピペしかできない馬鹿なのか?
なんならおれが250円払ってやるからお前のAmazonアカウント宛てにプレゼントしてやるぞ

672名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 21:11:12.61ID:6N6Lxb9q0
月聖出版、小林弘潤について熱く語るスレ
1 :無名草子さん:2007/05/07(月) 19:20:47
「売れれば何でもいいではなく、中身のある本を売る」をモット
ーに、「中高生のための勉強のコツ」、「学校では教えない人間
関係のコツ」「情報処理のコツ」等様々な良書を出版し、そして
それらの集大成である「イエスと弟子たち」という名著を世に送り
出した作家兼有限会社月聖出版代表取締役の小林弘潤氏。ただ知名
度が低い所為か本が思ったより売れず月聖出版の存続すら危ういと
いう中、「やるべきことはやった、あとは天に命運を任せるのみ」
と堂々と構える熱き魂を持つ男小林弘潤氏。そんな氏について熱く
語ろうというのがこのスレの目的です。さあ、知っている人も、
知らない人は公式サイトを読んで、小林氏や月聖出版について語り
合いましょう。

公式サイトはこちら
http://www.gessei.jp/
携帯からはこちら
http://www.gessei.jp/i.html


2 :1:2007/05/11(金) 19:51:06
とりあえずageときます。

673名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/11(火) 12:33:34.49ID:HMvlNLRP0
西郷さんて巨漢で体格が良かったから持ち上げられたけど
後は人任せだったかも

674名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/15(土) 01:55:19.08ID:NfA0wFH/0
>>663
>幕末維新もので大河が成功した事例がほぼほぼないとうことさ
>大衆にはこの時代の動きは

新撰組、篤姫、龍馬伝は大河史上の名作として、アンケートではしばしば上位にある。
どれもわかりやすくやっていたと思うがね。

加えて、獅子の時代なんか傑作と言われているし
翔ぶが如く も、司馬遼太郎存命中にその眼鏡に適っていたし、のちのち高評を得ている。

大河ドラマは90年代から録画で観る人増えてるので視聴率が正解ってわけじゃない。
戦国時代と較べると「お約束ぅ」のカタルシスは少ないかもしれないが
それぞれ独特の持ち味をもち、振り返れば成功としか分類できるドラマは幾つかあった。
花神だって当時の高校生には大人気だったらしいよ。

663はもっと知見を広げるべきだろうね。
尤も西郷どんは、ドラマとしては伏線も辻褄も主要人物たちの内面やキャラの遷移(への説得力)など
史実を知らない視聴者には、ドラマとして未熟、芯が成り立っていない作品になってしまったと思う

675名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/15(土) 04:34:29.15ID:dQypjlDT0
実際は悪いことばかりやっていた西郷どんを政治利用して
ヒーローに仕立て上げようとしたら経歴が黒すぎて
支離滅裂の駄ドラマになった。

それが西郷どんという低視聴率しかとれなかった大河。

676名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/15(土) 07:53:42.10ID:fv5kDQD80
会津プロパガンダの星亮一をみていると、かつての五島勉を思い出す。
五島勉は「ノストラダムスの大予言」シリーズを約2年に1回発行していたんだが、1994年から4年間、間が空いている。
理由はオウム真理教事件である。
五島は自分の著作のネタとしてノストラダムスの大予言を扱っていたのだが、オウム真理教が一連の事件を起こしたことで、
「終末思想を垂れ流して、オウムの台頭を招いた」という批判を浴びたので、しばらく本を出すことができなかった。
星亮一も会津の悲劇をネタに本を出しただけかもしれないが、これが反薩長思想という凶悪思想を台頭させ、
将来、鹿児島県民や山口県民を虐殺するテロ組織を生みかねない。
ドイツやルワンダも、最初は「シオン賢者の議定書」や「フツの十戒」なる怪文書を垂れ流していただけだった。
しかし結果は、史上類を見ない大虐殺であった。会津プロパガンダなる他県民を迫害する凶悪思想を許してはならない。

677名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 21:07:36.90ID:jEZI7bJm0
大河の西郷どん、随分と無難に終わらせやがったな・・・
新しい解釈とかあるかと期待したのだが、真田丸と同じパターンのまとめ方だったわ

678名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/17(月) 11:36:21.86ID:MkvlhMsV0
>>677
いや、自決じゃなかっただけでも画期的
誰のアイデアか知らないけど、時代考証の原口先生が「西南記伝」の自決説を否定したということ

679名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 15:11:17.99ID:s5VcHsWI0
>>678
まぁ太腿付け根と腹部に被弾してますので、普通に考えりゃ即死か失血で瀕死状態でしょうしね
首を落とされたのは間違いないにしろ、その状態で割腹とか自決など無理な話で・・
体力気力溢れる若者ならまだしも、西郷はこの時50歳近いこの時代では初老の域ですので、体力的にも自決など完全に無理ゲーかと
そもそも西郷は切腹の練習をする若年兵に「痛いから俺は腹を切らない」なんて言ったと言う逸話が残ってるくらい、自決自裁に否定的なイメージありますわな
自分で死に損ないだと度々自虐してたあたり、玉砕はしても自決したとか鹿児島人の俺すら違和感あるんですよ

680名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 16:14:37.81ID:6tDdbPGi0
>>678
時代考証はただのアドバイザーです、製作側がここはこうしたいと言えば、それを止める権限などありませんよ

681名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 21:17:08.94ID:1Hv+PHWU0
>>679
こういうスレで逸話を書くときは要出典。
まことしやかにデタラメを流布するだけのファルススレにさせないために

682名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 22:08:41.17ID:GJadLkZo0
「西南記伝」読んだけど、この本の中の自決場面自体に出典やソースが書かれて無いんだわw

さらに言えば
事実として、政府軍との交戦が始まる前に従卒や従僕は非戦闘員として投降させられた
そして西郷や桐野のまわりにいた戦闘員は全員死亡した

にもかかわらず「西南記伝」では西郷らの最期の突撃の場面がセリフ付きで具体的に描かれており
西郷の芝居がかった自決場面、そして桐野が死の瞬間まで奮闘する姿もまるで見てきたように描かれている
もう一回言うけど、この場にいた人間は全員死亡しており、語り残すことができる人間は物理的に存在しないのにだ

そういう本だ、「西南記伝」というのは

683名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 22:42:56.62ID:GJadLkZo0
ちょっと補足すると、「西南記伝」では西郷と一緒に突撃する別府晋助のカゴを担いでいた従僕として小杉恒吉衛門が出てくるが
小杉は非戦闘員の従僕であり、「弾雨の中への最後の突撃」があったのならば小杉は突撃の前に投降させられていなければおかしいのだ
にもかかわらず「西南記伝」では小杉が西郷たちと一緒に最後の突撃をしているw

この時点でおかしいわけで、自決はおろか「最後の突撃」自体が本当にあったのかと言われるゆえんだ

ちなみに弾雨を降らせていた政府軍側でその「最後の突撃」とやらを見た人間は一人もいない

684名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 01:08:11.82ID:8QXUHGab0
>>681
ファルスって何?

685名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 01:17:10.67ID:rmqTaHS+0
>>683
会津のデタラメでっち上げ嘘歴史となんだか似た話だなそれw

686名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 01:45:07.66ID:rn8UwtNZ0
ちなみに小杉恒吉衛門は西南戦争後も生きているが、小杉が西郷の自決の状況を語ったなどという記録は無い
小杉が本当に別府や西郷と一緒に突撃したのなら、そして「西南記伝」に書かれている西郷の死に様を目の当たりにしたのなら
そのことをはっきりと語り残すはずである

だが実際の小杉は何も語っていない
どころか、玉砕を前にした西郷が投降しようとして桐野に射殺されたと証言した城川市二とは親友であり
西南戦争後も交流を続けている
城川がウソをついているならそのような人物と小杉は交際するだろうか?

687名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 08:58:58.68ID:EsA4y2rB0
>>685
フェイクという言葉をファルスと思い込んでたんじゃない?

688名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 08:59:45.53ID:EsA4y2rB0

>>684

689名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 12:36:07.10ID:rtap3qgU0
スレ主は自己顕示欲に駆られて、
5ちゃんで正体を明かす愚を犯しました。

私は、スレ主は歴史雑誌の編集者志望の人だったのでは、
と思ったことがあったのですが、
「作家」兼「編集者」兼「社長」の「自費出版社一人社長」だとは、
さすがに分かりませんでした。
齢だってもうアラフォーのはずです。

スレ主は思ったことでしょう。
今年の大河は西郷隆盛だ、ブームにあやかって自分の本も売れるに違いない、
司馬史観何するものぞ、ワッハッハッハッ…
しかしスレ主の著書は全く売れません。
それを知名度が無いせい、零細出版社から出てるせい(自分が社長なのだが)、
と御本人は考えていますが、理由は単純、つまらないからです。
大手出版社が出したくなるような魅力が全く無いからです。

690名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 12:36:55.86ID:rtap3qgU0
スレ主のツイッターがあります。
開設約五年で3900のツイートをして、フォロー8、フォロワー25、いいね14です。
これではまるで、何の情報発信力も無いことを、
物書きとして無能であることを、宣伝しているようなものでしょう。
他人様の勝手には違いありませんがね。

スレ主は5ちゃんにおいては、匿名だから何でもあり、
とばかりに、嘘、誇張、すり替えを繰り返してきました。
しかし正体がばれた以上、著述業としてはマイナスにしかならない。
書くものに信用がなくなるだけです。

K林さん、5ちゃんとツイッターはやめて、
自社の著作に専念されてはいかがですか。
このままでは、筆が荒れるばかりですよ。

691名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 13:12:06.84ID:wcuUS4Ob0
>>683
細かい事を指摘する様で申し訳ないけど小杉恒吉衛門は従僕じゃなくて従卒ですよ
時に非戦闘員扱いされる従僕と違って、上官の身辺の世話をすると言っても従卒(のちの当番兵)はれっきとした兵卒です
むしろ専属する上官と最後まで運命を共にする事が多いくらい
戦闘前に従卒だけ投降させるとか従卒本人も拒絶するでしょ

692名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 16:51:57.80ID:+1lkfC1q0
>>691
失礼従卒でした
(桐野利秋の従卒も含めて非戦闘員は投降させられた、と何かで読んだ記憶があります)
それはともかく、仮に小杉が最後の突撃に兵卒として参加したとして、なぜ小杉恒吉衛門は生き残ったのでしょうか
「西南記伝」にはその名前がなぜか出てきませんが同じ従卒として城山にいた城川市二も生き残っています
従卒が兵卒と同じ扱いで本人たちの気概も同じなら死んでなければおかしい(帝国陸軍の「従卒」はたしかに兵卒と同じ扱いだったそうですが)

693名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 16:55:07.22ID:+1lkfC1q0
西南記伝がなぜ小杉恒吉衛門を登場させたか?兵卒と同じだったからか?
理由は明らかなんですが、ようは西郷最期のシーンの元ネタになっている「加治木常樹城山籠城調査筆記」にそう書いてあるからです

「銃丸、翁の腰部と太腿に当る。翁、別府を顧みて、『晋殿、晋殿。もうここにて好かろう』と。
おもむろに跪坐し、遥かに東方を拝す。この時別府、負傷中なるをもって、従卒小杉恒左衛門、豊富金右衛門をして、
山輿をかかしめ翁に従う。別府これを聞き、直ちに輿を下り、曰く『そうぢごあんそかい、御免なんし』と云って、
翁の首を斬る。翁の従僕吉左衛門、首を抱いて某の門前なる石橋の下に隠す。」
(小杉恒左衛門というのは明らかに小杉恒吉衛門のことでしょう)

西南記伝の作者は「おもむろに跪坐し、遥かに東方を拝す。」というこの心を揺さぶるような場面を使いたくて、
この資料に出てくる小杉恒吉衛門も登場させただけのことだと思います。

694名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 16:56:54.48ID:+1lkfC1q0
西南記伝を読めば分かりますけど、西南記伝の城山最終戦というのは、8つほどある資料の中から英雄"大西郷"の最期にふさわしい、できるだけ悲壮で力強いシーンを恣意的にチョイスし、
それをツギハギしただけのことです。(「肚ノ西郷」も同じですが)
それは西南記伝自体がその8つほどの資料の概要を誌面に掲載していることからも分かります

ようは西南記伝に書かれている西郷死亡シーンはいいとこどりのコピペなんですよ
しかもそれをたいして隠してない
後世の西郷信者が勝手にこれが史実だと思い込んでるだけで

695名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 18:08:10.47ID:GPPneJd20
>>689
k林さんとやらに通報したぞ
マジで

私のような者と一緒にするという虚偽の情報を含んだ誹謗中傷を受けるのはk林さんにとって心外だろうからな

念のために聞くけど、お前、IPアドレスを辿れないように工作したうえで書き込んだか?
もし証拠隠滅してないならk林さんが裁判所にIPアドレスの開示を求めた場合、お前の身元割れて、名誉棄損で訴えられるぞ

そのk林さんて訴訟とかきっちりやってきそうなタイプに思える

696名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 18:29:09.17ID:sQnzIUds0
>>695
こんな程度じゃ名誉毀損にもならんのにやけに必死だなお前w

本人としかいいようがない文でワロタw
告訴ちらつかせて脅しかけてるけど無駄に時間と裁判費用だけやたらかかってなんの実もとれないぞこんな程度じゃw
告訴取り上げてももらえないくらいのレベルなのにこんなじゃw
689じゃないがあまりに稚拙でわかりやすくてアホらしい書き込みだったんで横やり入れたくなったわw

是非、告訴してみてよw
どうなるかことの顛末見物したいわw

697名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 19:19:10.96ID:wcuUS4Ob0
>>692
小杉恒吉衛門が何故生き残ったか?については、これは何とも言えないところです
少なくても非戦闘員として戦闘前に投降したなどと言うのは、凄惨な城山決戦を戦い抜いた小杉恒吉衛門氏に失礼な話ではと思う
従卒としてなぜ上官と共に死ななかったのか?
これもまた混乱した戦況の推移や個人の信条に関係あるのかも知れないが、今となっては測り知る事すら出来ないのは貴殿もお分かりかと
西郷の首を隠したとされる下僕の吉左衛門なる人物
西郷小兵衛夫人である西郷松子さんの証言で、城山決戦後に西郷の下僕の吉左衛門が、イト夫人に隆盛の最期の状況を伝えに来たとあります・・・残念ながら出典元を探し当てられませんでしたが
まぁ明確な資料でも見つからない限り真実は闇の中です
ただ城山決戦後に捕虜となった将兵、まして従兵とは言え小杉恒吉衛門は私学校党幹部付きの従卒なのです
そんな彼を政府軍が短期間で解放したとは思えません
これから考えてもおそらく西郷の下僕の吉左衛門なる人物は小杉恒吉衛門とは別人でしょう

698名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 20:21:50.21ID:aRWW7Xfm0
>>697
>凄惨な城山決戦を戦い抜いた小杉恒吉衛門氏に失礼な話ではと思う

なにが言いたいのか分からないけど、突撃自体が無かったのではないかという話なのに
小杉がそれを戦い抜いた前提で、しかもそれを認めないのは失礼であるとか名誉の話になっていて困惑したわ

少なくとも小杉の場合は戦い抜いていない、もしくは突撃自体が無かったから生き延びているわけで

699名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 21:16:22.67ID:rqLEdJjV0
僕が生き延びても仕方ないし扱い出来るだろうが「卒」だろ?w
なんで従った人物が死んでお前は生き延びたのか?という話になるのでは?と

そうなると「理由」が居るだろうという一推論

700名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 01:25:28.44ID:Ln/G24c50
当時の鹿児島県庁の日誌が西南記伝に掲載されている
西郷が官兵によって撃たれるという、政府軍の記録に無いことが書かれていて相当に不審な資料ではあるのだがいちおう参考までに

これによると、突撃してるのは政府軍の方なんだよな
一方的に政府軍が突撃していて西郷軍の突撃などは影も形も無い

政府軍は「午前4時をもって兵を発し、四面より突進する。賊徒大いに狼狽し、左に逃れ右に迫られ、前に避け後ろに撃たれ、
あるいは林藪に潜み、あるいは山谷に転び、あるいは身を隠す穴を失い、他の穴に入り、一穴に群がってまとめて刺されているものもあり。
白旗を振って、哀れを乞う者もあり。時に西郷隆盛らは、逃走して山下に出る。官兵がこれを撃つ。銃丸が西郷の小腹を貫く。
従兵が急に西郷の首を刎ね之を匿す。桐野利秋、辺見十郎太、別府晋助ら皆斃れる。西郷が斃れたのは本日午前七時過ぎなり。

701名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 01:26:08.57ID:Ln/G24c50
政府軍の記録には交戦中に西郷の姿を見た者はおらず、当初は首の行方も分からず、交戦が終わってから西郷の死体を特定するのに時間がかかっている
なのになぜ第三者の鹿児島県庁が上の記録のようなことが書けるのか非常に不審なのだが
城山を完全包囲していた政府軍の総攻撃というものはこのようなものであり、
心身ともに極限状態にあった西郷たちが一列になって整然と突撃できるような甘い状況では無かったであろうというのは十分に伝わるだろう。

702名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 08:00:23.29ID:W1/zsgi/0
実は「元から」西郷の姿は周囲には見られなかったという説、人によれば西郷は寺院に居たという
でも何故か愛犬と散歩して兎狩り?は多々目撃有
西郷軍が徐々に戦死・降伏・脱走等々と人数が減る中で西郷の護衛の人数だけは最後まで保たれていたとか

703名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 10:06:35.10ID:TI2oafWE0
>>689
HDD全フォーマットした上でPC廃棄
スマホも利用してるならそれも初期化したうえで廃棄
MACアドレスを持っている通信機器(モデムとかルーター)全部廃棄
今契約しているネットプロバイダーおよび携帯通信キャリアは解約

このぐらいしとけば証拠残らないから心配するな

704名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 11:37:30.36ID:vT/yPArZ0
>>703
超絶な無知だなお前w

ログがある時点でフォーマットしようが解約しようがデータは残ってるんだそw
司法や警察の開示が通ればそれだけで簡単に特定でき証拠となるが
こんな程度じゃ刑事も民事も動かんわw

もう必死に脅しかけまくってて超ウケるw

705名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 12:12:21.82ID:AqnntpeK0
>>704
情弱おつ。
近年は正当な理由さえあれば裁判所は開示請求、開示命令を普通に出してくれるよ。
警察とか関係無いから。
そこから民事で訴訟を起こして損賠請求が通るかはまた別の話だがね。

しかし身元バレした時点でそいつは卑劣な誹謗中傷厨として、社会的に終わる。
勤め先や地域に知られれば全ての信用を失い、孤立して終わる。

まあ高額な示談金を支払って、訴訟を起こさない、口外しないという約束を取り付けることは可能。
そのへんは弁護士に相談を。

706名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 13:15:11.01ID:Cam4uo0m0
【沖縄犯す自由レイプ党】 ムッソリーニは逆さ吊りで金玉エグられて口の中に突っ込まれて処刑されたが
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1545013272/l50

707名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 18:37:06.47ID:M53yRbiu0
>>705
情弱おつが鏡にまんまうつってて草

近年変わったのは犯行予告の類だバーカw
この程度のものならそこに至るまでは相当の回数の書き込みによる被害がないと証拠不十分で無理なんだよバーカw

もう必死すぎて腹痛いw

是非、訴訟起こしてくれよw
無駄に時間と裁判費用かけてよぉw

もしも万が一そんなことマジでなりえたなら俺傍聴しにいくわw
そしたら>>689のツラと人物拝めるしK林とかいうやつのツラとこの5ちゃんのスレッドとの著作の因果関係も確実に証言してオープンにしなきゃならなくなるし
参考人として>>695もツラとパーソナルデータ公表されてなにがどうここで大暴れしてんのか思う存分見れるからなあww

楽しみにしてるわw

708名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/21(金) 14:26:47.46ID:URPsoZ5v0
>>695とK林が同一人物でした!
ってのが法廷であきらかになるってシナリオが一番胸熱で腹がよじれるほど爆笑する展開

期待してますw

709名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/21(金) 20:12:32.53ID:qT1BElSp0
>>708
K林の1件のみのアマゾンレビューが自身による自作自演だったっていうのも法廷証言でフルオープンにさせられちゃうっていうシナリオも最高でしょw

しかしこれで刑事事件として立件なんてまず無理でしょw
こんなんでつかまってたら5ちゃんに書き込んでるやつ全員捕まるレベルだろw
もはやそんなの言論の自由の危機

民事にしても控訴、上告、再審とこれだけで済むわけないんだから
この程度でなが〜くなるのアホらしくないかな?w

その度に金はやたらとかかり、時間はものすごくとられ
しかも民事なんて資料やら証拠、データなど自分でとんでもないほどの量を集めないとならんのに
それで争ってて執筆時間確保できんのか?w

そんなんで争ってなんかいる作家のほうがむしろ世間、社会的に白い目てでみられて愛想つかされその作家生命を終わらせることになるだろうに

710名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/21(金) 22:49:12.90ID:8mpUZloL0
>>709
発信者情報を開示請求できる被害の程度の基準として、『権利侵害が明白かどうか』が重要になります。
以下の3つを満たしていることが必要です。
1、公然の場(不特定多数の目に触れる場所)であること
2、誰のことか分かる内容であること
3、社会的評価を下げる内容であること
ネット上で『○○社は、従業員への給料をわざと減らしているのに、税金をごまかしている』などと書き込んだ場合は該当します。
あくまで裁判所の判断次第ですが、>>644>>689>>690の書き込みは上の要件を満たしているように見えます。

開示請求の仮処分命令申立から決定までの期間は1〜1.5ヶ月程度です。
諸費用として2,000円の収入印紙と、相手方への送達用の切手1,082円分が必要です。
また、申立てが容認された場合、担保金として10万円が必要です。これはあとで返還してもらえます。

以上、仮処分ですので訴訟ではありません。
刑事裁判でもなければ民事裁判でもありません。

仮処分が出れば多くのプロバイダーは開示に応じているようです。
そこからさらに損害賠償を請求したければ裁判を起こす必要がありますが、当事者同士で示談することも可能です。

以上参考までに。

711名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/22(土) 13:51:43.92ID:EZFa5IsU0
>>710
お前必死だなw

ここまで必死だと>>644が言うようにスレ主=K林ってのは間違いなさそうだなwww

もっというならスレ主=K林=>>695ってことなwww

これでお前の作家人生詰みでしょこんなことしてるの世間にバレたらww
ま、自業自得
成仏して下さいよw

んで権利侵害云々な
こんなんで全然侵害でもないし明白でもないでw
こんなんが権利侵害明白なんてなれば5ちゃんに書き込んでるやつ全員の開示請求がとおるわww
税金、給料云々のその事例はコピペなどによる無作為拡散等によるいわばやりすぎ行為でもってのことやでw
要件などまったく満たしてませんがww

あなた作家さんなのにまったく物を知らんねw
そんなんでよく作家名乗ってやっててんなあww

で、開示してどうすんの?
開示って基本訴訟起こすためにするのにそうだもなさそうな口ぶり
相手名指しでネットで誹謗中傷合戦でもやんのか?www
己が今主張してることと大きく矛盾して本末転倒だろwww

しきりにやたらと示談を語るが金が欲しいわけ?w
そんなに本売れなくてお金に困ってるの?www

開示及び訴訟ちらつかせて示談請求することのほうがよっぽど危なく脅迫罪として刑事立件されることのリスクのほうが大きいということだけは作家さんなんだから知ってねw

712名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/22(土) 15:06:19.26ID:rcKu2n1y0
まわりがすべて同一人物に見えるって完全に末期

713名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/22(土) 16:57:57.40ID:R6BCK/IM0
しかしここまで心の弱い、取り乱してるやつも珍しいわw
全部のレスが、裁判は金がかかるぞ、相手にされないぞ、作家として恥ずかしいぞ・・・

だからどうか開示請求はしないでくださいってw

714名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/22(土) 20:58:48.40ID:EZFa5IsU0
>>713
もうちょいレス遡ってみようね

715名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/23(日) 06:23:20.22ID:/f8hhisG0
会津プロパガンダの星亮一をみていると、かつての五島勉を思い出す。
五島勉は「ノストラダムスの大予言」シリーズを約2年に1回発行していたんだが、1994年から4年間、間が空いている。
理由はオウム真理教事件である。
五島は自分の著作のネタとしてノストラダムスの大予言を扱っていたのだが、オウム真理教が一連の事件を起こしたことで、
「終末思想を垂れ流して、オウムの台頭を招いた」という批判を浴びたので、しばらく本を出すことができなかった。
星亮一も会津の悲劇をネタに本を出しただけかもしれないが、これが反薩長思想という凶悪思想を台頭させ、
将来、鹿児島県民や山口県民を虐殺するテロ組織を生みかねない。
ドイツやルワンダも、最初は「シオン賢者の議定書」や「フツの十戒」なる怪文書を垂れ流していただけだった。
しかし結果は、史上類を見ない大虐殺であった。会津プロパガンダなる他県民を迫害する凶悪思想を許してはならない。

716名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/25(火) 00:00:27.09ID:caKdr1Xb0
読みもしないで、と言われるのも癪なので、
小林弘潤センセイの「西郷隆盛とは何者か」をダウンロードしてみました。
まだ読んでません。
見るからに読みにくそうな文体ではありますが。

まあ感想は追々・・・
アマゾンで本を売って、なにがしかの対価を得ていれば、
プロの作家には違いありませんから、
厳しいことを言われるのも承知の上でしょう。

717名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/25(火) 00:54:52.85ID:fOF/4toG0
>>716
やはり読みもしないで、妄想だけで誹謗中傷し、小林氏と>>1は同一人物であるという虚偽情報まで書き込んでいたんだね

ていうか小林氏と>>716(いつもこのスレを感情論で荒らしてる高齢鹿児島県人?)の間の係争なのだから
言いたいことがあれば小林氏のツイッターに直接お願いします

まさか直接対峙するのは怖いとか思ってないよね

718名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/25(火) 03:28:23.89ID:3FVeVteL0
スレ主とK林は同一人物確定

719名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/25(火) 03:45:58.41ID:n2RwgLFk0
またこういうトンデモ系スレが乱立してしまう

720名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 11:20:25.06ID:FIO1aP9e0
>>1
スレ主が西郷どんスレで判明wwww

【2018年大河ドラマ】 西郷どん part113
https://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1544972455/

・年齢59才
・インバウンドの意味を知らない
・まともに計算が出来ない
・無職ニート
・毎日祝日
・wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwで誤魔化す

60爺のカミングアウトw

379: [] 2018/12/13(木) 16:06:28.35 ID:E0RIQwWh
前の東京オリンピックのとき4歳だった。
幼稚園が休みになったのと日本女子バレーボールが金だったのは覚えている。
バレーボールのルールもほぼ理解していた。今とはかなり違っていた。
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1544392890/379


380: [] 2018/12/13(木) 16:07:35.02 ID:E0RIQwWh
間違えた。5歳だった。
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1544392890/380

721名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 11:23:40.66ID:FIO1aP9e0
>>1
この10年以上前から生存しているキチガイスレ主の正体wwwwwww

西郷隆盛 イメージと実像が最もかけ離れた男 2
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1523206427/


・年齢59才
・インバウンドの意味を知らない
・まともに計算が出来ない
・無職ニート
・毎日祝日
・wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwで誤魔化す

60爺のカミングアウトw

379: [] 2018/12/13(木) 16:06:28.35 ID:E0RIQwWh
前の東京オリンピックのとき4歳だった。
幼稚園が休みになったのと日本女子バレーボールが金だったのは覚えている。
バレーボールのルールもほぼ理解していた。今とはかなり違っていた。
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1544392890/379


380: [] 2018/12/13(木) 16:07:35.02 ID:E0RIQwWh
間違えた。5歳だった。
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1544392890/380

722名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 11:58:21.59ID:p3oaOw070
スレ主とK林は恥ずかしいほど同一人物wwwww

K林作家として完全終了のお知らせwwwww
自ら作家生命に幕を下ろすはめになる爆笑wwwwwwww

723名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 18:44:34.68ID:0wSSt91v0
西郷はよく悲壮な死生観や英雄観を美しい漢詩にして残したので、西郷自身もそのような人物なのだろうと思っている人が多い。
一方で旧藩時代に同僚だった市来四郎は「西郷は掛け軸などの書をよく描くだけで、学識は無く、文章をつくる能力も無かった。」
と酷評しており矛盾している

なぜなのかと思っていたが、たまたま読み返した重野安繹の本の中に"謎"を解く答えがあった

「西郷の詩は、拙者(重野安繹)が国や大島に居る自分は直してやった。
拙者と離れてから後は、川口良次郎という人に詩を直してもらった。
また児玉源之丞天雨にも直してもらった。」

重野安繹(薩摩藩、江戸昌平黌(当時の東大)に学び、維新後は東大教授)
川口良次郎(薩摩藩の学者)
児玉源之丞天雨(薩摩藩、江戸昌平黌(当時の東大)に学び、維新後は宮内省に出仕)

なんのことはない天才クラスの文学者に直してもらっていたのでした
どおりで時代を超えて、読む者に刺さってくる詩なわけです

もっともこれだけのメンツに相手にしてもらえて直してもらえる西郷さんにもそれなりに素質があったのでしょうけど

724名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 12:41:58.49ID:MFVgs+cr0
>>717は不思議な文章です。
スレ主は小林弘潤先生の代理人なんでしょうか。

さて。
最初に小林弘潤センセイの名前を出してきたのは
>>635です。
肯定的なとらえ方で紹介し、直リンされて出てくるのは
アマゾンブックストアの販売のページですから、
どう言いつくろっても、宣伝目的ととらえられます。
宣伝で無いというなら、直リンでなく、もっと普通の引用の仕方があったはず。

5ちゃんで宣伝されたものなら、5ちゃんで論評するのが筋でしょう。

725名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 12:44:14.34ID:MFVgs+cr0
さて小林弘潤センセイのTwitterですが、
例えていえばこんな感じです(例文の中身は関係ないです)。

続き9 けではありませんが)
続き8 感情を抱いたというわ
続き7 あります(決して恋愛
続き6 ているところが私には
続き5 な彼女を好ましく思っ
続き4 と思った。しかしそん
続き3 ょこちょいに違いない
続き2 り、よっぽどのおっち
続き1 だが、足元は裸足であ
続き ていく女性を見かけたの
魚をくわえたどら猫を追いかけ

小林センセイはワンセンテンスが長い。文章全体も長い。
(>>583なんかは小林センセイの文体によく似ています)
Twitterの140文字には到底収まりきりません。
そんなことは関係なしに書き込んでいらっしゃいますが、
Twitterは5ちゃんと反対に、新しい書き込みが上にきますから、
上記のようにたいそう読みにくいことになります。

つまり、小林センセイの文体にTwitterというスタイルは不向きなのですが、
読み手のことなどお構いなしのようです。
小林センセイの周囲には、重野安繹や川口良次郎や児玉源之丞のような先生はいなかったのでしょうか。

726名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 19:06:06.46ID:a5S6UAH40
壊れかけのレディオ

727名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 05:05:37.08ID:cP+6greW0
>>723には誤字が二箇所あります。

>国や大島に居る自分は直してやった。
これは「自分」ではなく「時分」です。
重野がこんなミスをするわけはありませんから、
引用する時の、スレ主の変換ミスでしょう。

>どおりで時代を超えて、
「どおりで」は理由を示していますから、
「通りで」ではなく「道理で」、「どうりで」です。
これはスレ主がずっと勘違いしていたものと思われます。

スレ主は昔から誤字や勘違いが多かった。
島津久光を「久松」と書いたり、陰嚢水腫(フィラリア)を「陰影水槽」と書いたり。
自分の書いたものを、読み返したり、人に見てもらう習慣がなかったのでしょう。
スレ主には重野安繹や川口良次郎や児玉源之丞がいなかったのです。
なるほど刺さるものがありません。

ただ「2ちゃん」で誤字を指摘をされるようになってからは、だいぶ誤字が減っていました。
スレ主が5ちゃんに拘るのは、「5ちゃんこそわが師」、
「5ちゃんこそ人と会話する世界」と考えているからかもしれません。

728名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 09:28:13.29ID:tMwHxNcu0
>>727
英語圏では、些細な文法ミスをこれ見よがしに指摘する人は「グラマーナチ(文法ナチ野郎)」と呼ばれ忌み嫌われているそうだ。
こんな実験結果もあるそうだ。

実験には83人のボランティアが参加、文章は“同居人募集の広告文”に対する12通の返信メールが使用された。
扱われたタイプミスは、make(mkae)やabuot(about)、文法ミスはto(too)、youre(you’re)、it’s(its)など、極めて些細なものである。

性別、年齢にかかわらず結果は期待どうりのものだった。
より外向的な人物の方がミスを見逃す傾向があり、感じが悪く内向的な人物の方が「ミスの多い文章を書く人」を否定的に評価していたという。

「感じの悪い人(人付き合いが悪い人)はより文法ミスに敏感で、勤勉で(お堅く)開放性が低い人はタイプミスに敏感でした」(ボーランド教授)

内向的な人が文法ミスに敏感な理由として「多様性への(否定的)反応」を挙げている。
外向的で人付き合いの良い人は、さまざまな人物との付き合いがあるため多様性に開かれている傾向があるが、
内向的な人は規範からの逸脱を嫌うということだ。

文法ミスやタイプミスを私的する人は、自身が「感じの悪い内向的な人物」であることを自覚する必要があるだろう。

729名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 12:14:14.77ID:PblS3f+R0
>>728は素晴らしいです。

まず些細な文法ミスを指摘する人は「文法ナチ野郎」だとしています。
英語圏でのナチ呼ばわりは、最大の侮蔑でしょう。
「些細な」ミスの指摘をしただけなのに(笑)

そしてタイプミスを指摘する人は「感じが(の)悪い」を三度、
「内向的」(人付き合いが悪く、開放性が低いというニュアンスらしい)を四度繰り返し、
ナチナチと、じゃなかった、ネチネチと攻撃しています。

そしてご丁寧にも、自身が「人付き合いが良く、多様性に開かれている」ことを
示すために、

>結果は期待どうり
→正しくは「期待どおり」。
 >>727で説明して差し上げたばかりなのに。
 「開放的」というのは、人の話に耳を傾けることとは違うのでしょうか。

>文法ミスやタイプミスを私的する
→正しくは「指摘する」。

と何もタイプミスを気にしないことを、身を以て示してくださっています。
大変笑わせていただきました。ありがとうございました。

730名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 12:54:24.20ID:643AZ8lF0
歳を撮るって悲しいね

731名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 13:26:49.08ID:zutIVC820
ttp://rekijin.com/wp-content/uploads/2018/07/hijikatatoshizou-haiku00.jpg

いやいや歳さんを撮ってくれたからこそ今日の絶大な人気があるのだぞwww

732名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 21:33:24.48ID:h/kO25sw0
>>729
わざわざ、質問者の誤字、脱字、文書を指摘してくれる暇な人。
しかも、小馬鹿にした感じで。
大体、質問内容は文章で分かるので、問題ないのではないのでしょうか?
国語の試験じゃないんですよ。
指摘するなら、もっと丁寧にしないと周りの人が嫌な気分になりますよ。
誰にもに相手にされなくて不満が溜っているのはいるのは分かりますが、他人を嫌な気分にさせないで下さいね。

733名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 07:22:42.56ID:nmvPUPPW0
>>729
癌ばれ自慰さん

734名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 17:57:43.12ID:/kW8kYex0
■結論から言えば西郷は史実として西南戦争を積極的に主導していた

しかしいまだ「西郷は勝つ気など無く、自ら士族とともに滅ぶつもりでその身を若者たちに捧げた」
と主張する人は少なくない

その根拠として西郷が3月12日熊本から鹿児島の大山県令に宛てた手紙で
「私どもは、はじめから勝敗を問題にせず、一つの条理に斃れようとの決心なのです」と書き送った史実がある
なるほどこの一行だけ見れば西郷の真意は勝ち負けではなく、何かの条理のためにあえて滅ぶつもりだったと解釈することもできる

しかしこの一行、西郷を神格化したい人間がそこだけ切り取って印象操作してるだけなのだ

同じ日付の手紙で西郷は「全力を熊本攻略に注いでいる。熊本が落ちれば全国の士族が蜂起する」
「これより他に策は無い。熊本を包囲して政府の援軍をおびき寄せ、これを打ち破る」
「そのために我が兵を熊本に集中させている。戦いは峠を越えている。六七分のところまで勝ち進んでいる」
などと戦意旺盛であり、熊本集中が西郷から出た戦略であったと思えるようなことまで書いている。

参考(https://saigou.at.webry.info/201201/article_3.html

735名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 09:07:00.78ID:hukA10r20
自分の言いたいことを全部言おうとして、
何が言いたいのか、さっぱり読み手に伝わらなくなるという、
典型的な悪文。

736名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 12:09:35.24ID:KBa8QaIs0
>>735
雁ばって

737名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 14:36:15.27ID:LW8xmHQP0
>>72
クーデターが国家転覆だとして、戊辰戦争の規模は大した事なかった気もする。鳥羽伏見でも新政府軍は1万人いたっけ?
関ヶ原みたいに両軍10万人以上の大規模軍事衝突となった天下分け目と比べると、随分小さい気がするが…

738名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/01(火) 12:40:41.93ID:ebHYC3DJ0
>>734
熊本攻めに執着したのは桐野利秋だとばかり思っていました。

739名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 04:04:10.57ID:gvWrjcKa0
西郷の私学校だらけになった九州。
若者らにどんな「洗脳」を施したんだろう?

740名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 13:07:04.51ID:wYgWgBwk0
>>738

>>734の参考URL先によると、熊本撤退後も西郷は熊本攻略に執着を見せ
「熊本に向かい、快戦すべし」と主張していたそうですね
どういう意識状態だったんでしょう

741名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/04(金) 00:35:27.16ID:nKvqSqX00
>>739
今も昔も「著名人」には弱い性質なんですよと日本人はw

薩摩の郷士連中もこぞって参戦したはいいが案外「冷めて」そのまま戦列離れたとかね
この場合はプラス「やっぱ武士は馬鹿w」というのがあったみたいだけど

742名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/04(金) 12:34:26.19ID:kwJFHefA0
「著名」になれない人の辛さよ

743名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/05(土) 20:53:11.66ID:uPwKMvRJ0
昨年から明治維新とは何であるか云々の書籍(大部なもの、それぞれの著者の研究の集大成的なものも)が刊行され、
今なお書店の売り場を賑わしてしている中で、
松浦光修氏の「明治維新という大業」(明成社)はどこへ行っても在庫がないですね。
400頁程の本の序盤では、
反明治維新−反日左翼−反安倍自民党政権の人々を一刀のもとに切り捨てる記述をしていますから、
それらの勢力の人々が、躍起になって集団行動で暗躍し、駆逐させたのでしょうね。

明成社に注文してゲットしようかと思っています。

744名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/11(金) 20:04:34.24ID:v/jegzou0
テレビが幕末特集をやればやるほど西郷の好感度が下がった。
民のためのことをしていないのにタミノタメって念仏モードになってたのが
もうアカンかった。

745名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 16:13:33.36ID:79RQrlKp0
このスレ序盤のテンプレが全て本当だとしても西郷が不世出の英雄であることに変わりがない
西郷は英雄としての条件を満たしている日本史上数少ない人間である

@国の大きな変革の際に軍事方面で活躍した
Aにもかかわらず非業の最期を遂げた
Bその生きていた時に良き友or良きライバルがいた(大久保のこと)
Cその死んで後にその人を称える良き記録者がいた(川口雪蓬とかのこと)

この英雄の条件を満たす日本人は西郷のほかには義経ぐらいか

746名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/25(月) 16:12:02.56ID:RGiDJTRP0
>>745
そいわ暴論ごわす!

747名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/26(火) 05:29:36.63ID:ebobQ2no0
>>745
キモチワルイ
わざと下手くそな布教やって逆布教狙ってるの? 

748名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/26(火) 18:56:36.06ID:2s8lf8fb0
>>745
>この英雄の条件を満たす日本人は西郷のほかには義経ぐらいか

義経も実像クソらしいけどそれについては?

新着レスの表示
レスを投稿する