西郷隆盛 イメージと実像が最もかけ離れた男 2

1名無しさん@お腹いっぱい。2018/04/09(月) 01:53:47.12ID:5K/ys1C10
西郷隆盛 を語りましょう

前スレ
西郷隆盛 イメージと実像が最もかけ離れた男
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1505292770/

256名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:03:39.35ID:L5/UpLkW0
西郷隆盛 最期の五日間
エピソード5≪わが目で見た話し≫

しかし、その数日後に同じ南日本新聞で入佐俊興氏が、昭和十年発行の「葛城彦一伝」の中に
加治木編成の六番大隊編成表として「別府晋介附従卒城川市二」との記述を示し、
あっさり実在の人物と証明されたのです。

さらに城川市二氏の孫嫁が健在で
「御祖父さんは83歳で亡くなった。口数の少ないきびしい人で、西南のことはほとんど話さなかったが、
 昭和三、四年ごろ東大の先生が二、三度春になると訪ねてきて、襖を閉めきり朝から遅くまで
 何事か話しをしていた。
 城川の家は製造業で、職人たちが噂話などをはずませていると、御祖父さんが現れて、
 “今ン話しはおはんナ自分で見た話しか、人から聞いた話しか”と詰問されて、
 “わが眼で見た話しでなかのなら、ここでは語いやんナ” とピシャリといって引っ込んだ 」と述懐しています。

257名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:05:08.88ID:L5/UpLkW0
「肚乃西郷」は鹿児島私学校後身の団体、三州社社長の息子であるところの竹崎武秦が出版した西郷隆盛顕彰本だが、
目撃者が誰かはっきり明示されていること、通説となっている西郷自決説がいかに不自然か説明されていること、
それらが西郷軍関係者の直系の後継者の手で書かれていることは大きいですよ。

西郷軍後身が、城川説を西郷軍正史として認定したようなものです。

258名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:05:58.89ID:L5/UpLkW0
三州社は明治14年、河野主一郎(初代社長)、伊東祐高、中原万次、河野半蔵、美代助座衛門、
樺山資美、伊地知壮之助、児玉軍治ら西郷軍の残党らが設立した結社で、
会員の互助と士族授産、子弟の教育を目的とした。
会員は城下士出身者が中心で、このため「第二の私学校」とも呼ばれました。

肚乃西郷著者の父竹崎一二はこの三州社の社長です。
いわば西郷軍の人的遺産と郷中精神の継承者だった。
西郷隆盛の申し子のようなものです。

そのような人物が、桐野が西郷を撃ったんだと、完全に認定しています。

259名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:06:54.95ID:L5/UpLkW0
「この事実を書きし、西郷の伝記はおそらく世に無いと思うが、
これは別府晋介の従僕城川が著者の父(三州社社長)に話せし実話である。
西郷が大義名分を重んじて、江藤新平を諭せし事を思う時、
寸秒の疑う余地は無いのである。
西郷が簡単に切腹するのであれば、最期の陣営たる洞窟の前庭において、
幹部と共に枕を並べて死すべきである。
何もわざわざ岩崎谷を下り敵陣近き、現在建設せられある『西郷終焉の地』まで
のそのそ出て行く必要はないのである。
一度鹿児島に遊び、彼の洞窟と終焉の地とを検討せば、著者の論が実証せらるるであろう。」

と、城川説が疑う余地の無い“実話”であると断じている。

260名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:07:54.82ID:L5/UpLkW0
毎日新聞連載中の「跳ぶが如く」の著者司馬遼太郎は当時わざわざ一日分を費やして
「別府晋介の従僕に城川なる者はいなかった」として桐野射殺説を否定されたが、
「葛城彦一伝」に”別府晋介附従卒城川市二、同小杉恒右衛門”と明記され、
墓碑まであるのだからこれは当然司馬氏の勇み足だろう。

「跳ぶが如く」の連載が終わって、歴史家萩原延寿氏との対談(朝日紙)の中で、
「当時の桐野の心境を考えると西郷を撃つという事も状況としてあり得る。」
と述べて、司馬さんもその後の考えを変えておられるようである。

261名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:08:33.13ID:L5/UpLkW0
「征西従軍日誌」の捕虜の証言に重要なものがある。

9月20日、城山の洞窟で桐野が「もはや再興の機を失せり」と嘆いた。
洞窟に潜んでいるあいだ、将校みな激沸喧騒、議論していた。
(玉砕するか降伏するか西郷助命嘆願の返事を待つか、などの議論であろう)

西郷は席に肘を付いてもたれたまま何も言わなかった。
突然大笑を発したかと思えば、うつろに天井を見上げるのみ。

そのような西郷のあり様を見て、辺見十郎太などはキレそうになり、西郷を睨みつけていたそうだ。
(辺見からすれば、西郷に覚悟を決めてもらって、供に玉砕すべしと言って欲しかったんでしょうか・・)

心神喪失状態の西郷さんの姿が窺えます。

262名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:09:34.92ID:L5/UpLkW0
西郷助命嘆願の使者を政府軍に送った時点で、
薩軍内では投降論が多数派になっていた。
いや薩軍諸将は自分が投降したいとは言わないが、
西郷の助命は戦争の終結を意味し、
なしくずしに全軍降伏となるであろう。

直情型の辺見十郎太でさえ敵の砲丸落下が激しくなるのを
見て、西郷助命嘆願に同意している

263名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:10:12.12ID:L5/UpLkW0
城山籠城時の薩軍諸将とその存意は以下の通りである

○・・投降論を主張または同意
×・・玉砕論を主張または同意
?・・記録が無く不明または存意を語らず

本営幹部
?西郷隆盛
×桐野利秋
?桂久武
○村田新八
○池上四郎
?別府晋介
○辺見十郎太
○坂田諸潔
○野村忍介

前線隊長クラス
○讃良清蔵(砲隊)
?蒲生彦四郎 (狙撃隊)
?藤井直次郎(城山方面)
○河野主一郎(岩崎本道方面)
○佐藤三二(私学校・角矢倉方面)
○山野田一輔(県庁・二ノ丸・照国神社方面)
?高城七之丞(大手・本田屋敷方面)
?堀新次郎(大手・本田屋敷方面)
○河野四郎左衛門(上の平・広谷・三間松方面)
○別府九郎(夏蔭方面 別府晋介の兄)
○中島健彦(新照院・夏陰下方面)
?岩切喜次郎(夏陰)
?園田武一(後廻)
?市来矢之助(後廻・城山間 )

264名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:10:39.19ID:L5/UpLkW0
投降論に反発した記録が残るのは桐野利秋だけであり、
桐野の同意あらば無条件降伏もあった体である。

西郷が土壇場で投降を試みたとしても、薩軍の空気としては
唐突なことではなかったと分かる。

265名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:14:05.39ID:L5/UpLkW0
「 松本さんは史家で、奥さんが鹿児島の人で、その実家に行った際、

古い手紙の中に城川さんからの手紙を見つけ、

桐野の西郷射殺説を信じたようです。

城川さんと一緒に輿を担いでいた相棒(小杉恒吉衛門氏のことか)も同じ事を残しています。

西南戦争の後、鹿児島では神と崇められ、批判が許されなかった時代に

二人はこの話を生涯語ったといいます 」

266名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:17:18.30ID:L5/UpLkW0
□西郷さんはなぜ投降しようとしたのか□

西郷が投降しようとしたという城川市二の目撃証言が、
西郷の動機面で考えてみても「理にかなっている」と思うのは
当時、西郷が心神喪失状態に陥っていたのではないかと思うからです

以下は心神喪失状態に陥っていたことを裏付けるような西郷異常行動の記録や理由

267名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:19:15.53ID:L5/UpLkW0
■西郷さんが心神喪失状態に陥っていたと思う理由1

「征西従軍日誌」の捕虜の証言に重要なものがある。

9月20日、城山の洞窟で桐野が「もはや再興の機を失せり」と嘆いた。
洞窟に潜んでいるあいだ、将校みな激沸喧騒、議論していた。
(玉砕するか降伏するか西郷助命嘆願の返事を待つか、などの議論であろう)

西郷は席に肘を付いてもたれたまま何も言わなかった。
突然大笑を発したかと思えば、うつろに天井を見上げるのみ。

そのような西郷のあり様を見て、辺見十郎太などはキレそうになり、西郷を睨みつけていたそうだ。
(辺見からすれば、西郷に覚悟を決めてもらって、供に玉砕すべしと言って欲しかったんでしょうか・・)

心神喪失状態の西郷さんの姿が窺えます。

268名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:22:14.74ID:L5/UpLkW0
■西郷さんが心神喪失状態に陥っていたと思う理由2

西郷さんは西南戦争の最中たびたびウサギ狩りに出かけたといわれる

これはけっこう有名なエピソードで、西郷さんの豪胆さや、何やら憎めない人柄を強調するときに紹介されることの多い逸話である
しかしよく考えてみてほしい。勝ち戦ならともかく、緒戦の熊本攻城から苦戦し、薩摩史上最大の死傷者を出した戦争の最中に
ウサギ狩りをするなどは100パーセント異常行動なのである

さらに分かるのは、まわりの西郷軍幹部も西郷さんから心が離れていた、ということである(異常行動を制止していないのだから)

西郷軍内ではすでに熊本攻城の時点で、西郷先生と桐野どんは仲たがいしていると、噂がたっていたそうで
このことは司馬遼太郎も「翔ぶが如く」で書いていました

269名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:23:02.94ID:L5/UpLkW0
■西郷さんが心神喪失状態に陥っていたと思う理由3

西郷軍内では再び、西郷の助命論が起こり、9月18日、河野主一郎が村田新八、池上四郎、ほかの諸隊長らの同意を得た。
「薩南血涙史」では、このことは桐野には黙っていたとある。
「西南記伝」では、桐野は合議の席上で「投降は後世に対する侮辱だ」とあくまで反対したとある。
ともかく西郷自身はただ莞爾(にっこり)して「よしよし」と言っただけだったので、河野らが嘆願に赴いたとある。

沈痛な面持ちで使者を送り出した、なら分かるが人目もはばからず自分の助命嘆願の使者をニッコリ「よしよし」って・・・

270名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:33:58.33ID:L5/UpLkW0
桐野利秋などの動ける将兵たちはバリケードに籠った状態で死んでるし
死に方はけっこうバラバラ
美談として信じられている、西郷はじめ将兵が一列になり突撃、玉砕したという情景は
政府軍側の記録にはまったく無い

西郷軍を描いた伝記の類は数種あるが、そのうちの一つに
将兵一列になって最後の突撃を試み、脚と胴を撃ち抜かれた西郷が
「晋どんここらでよか」と言い、薩軍将兵が見守るなかで自決した
と書かれているにすぎない

あくまで、何パターンか伝わる死に様のうちの一つにすぎない

突撃→自決説が通説化したのは、
何か強い根拠があったわけではなく、死に様が絵になるという理由でしかない

271名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/15(火) 23:42:14.69ID:L5/UpLkW0
西郷軍は西郷の首をご丁寧に隠している
西郷の首が賊として晒されるのを恐れたからだ

ここまで首にこだわるなら、首の回収がおぼつかなくなる突撃などするはずはないと思う

>>259のとおり洞窟で自決するのが総大将の最後として誰もが選ぶ姿である

272名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 06:52:53.01ID:QF9sk3vR0
IDあぼーん

273名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/16(水) 10:45:19.00ID:BF6Yb4/C0
>>250
>もし逸話が捏造だと仮定しても、西郷という人は、正反対の立場の人々からそれぞれ祀り上げられなければならなかった、ということは言えるんじゃないでしょうか。

このへんが西郷信者のデタラメなとこだよな
問題は逸話の真偽なのに、どちらにしろ西郷は肯定すべき存在でなければならない、ってんだから

発狂してるとしか思えん

274名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 01:19:44.78ID:TpXzYY9X0
徳川幕府にはとんな下種いことしても
西郷どんは正義。幕府はざまぁ。

揺るぎないな、盲信脳。

275名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 13:49:54.07ID:WmtGmr4L0
鹿児島県民は信じたいものだけを信じる県民性だから説明しても無駄

276名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 17:45:19.38ID:1WL2u/090
>>273
いやいや、悲しいかなこの先評価が覆る事は「殆ど無い」

なのでアンチの発狂のが無意味

277名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/17(木) 19:17:52.01ID:fQU+9uc50
結局西郷さんは卑怯な事に手を染めず 正道を踏みしめ頂点に立った漢だということは分かった

278名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 12:20:01.29ID:awHWzO7S0
西郷のどこがすごいかはこうやって歴史勝者史観&薩長史観で一概には言えない闇が多々あるけど
ただひとつ言えるのは
これほど波乱万丈な人生おくった人物はなかなかいないということだ
そこだけは認めるわ
なんせ官軍の大将として幕府倒した後、反乱起こして今度は賊将となって死ぬとか
ドラマとしては最高の人生プロデュース&演出だわw

279名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 17:46:27.83ID:fBN6UA6V0
西郷伝説は小者を偉人だと認識させようとしているからおかしくなっている。
違和感しかないな。

280名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/18(金) 18:54:54.43ID:jPmibGR50
西南戦争の西郷軍 → 登場人物全員バカ

281名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 08:41:45.60ID:XGk9xOYl0
>>2-5
これマジか
ショックだ

282名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 10:41:08.39ID:yU1+ao2g0
韓国人
鹿児島人
ネトウヨ

この3つの集団は同じ特徴を持つ
・低収入
・低学歴
・負け組
・盲信(反日、西郷、日本すごい)

283名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 19:03:37.11ID:Qx4fKDvz0
西郷どんの最も凄い所は権力を未練なく手放したところ
軍閥の様に軍を使い西郷独裁幕府を作ることも可能だった

284名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 20:39:44.84ID:/zHYXwDl0
西郷独裁幕府wwwwwwwwww

285名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/19(土) 21:27:11.01ID:WDLmIlUz0
https://www.youtube.com/watch?v=sOXkSPlJ-Sw
日大内田の辞意会見見て、久々に胸糞悪くなったわ
責任はすべて自分にあると言いながら、具体的な説明は一切無し
「若い人の将来を考えて自分が辞めることにした」などと、信じられない言葉を連発

たぶん完全に天然の人で、その瞬間瞬間は本当にそう思っているんだろうなあという印象

いわゆる人格障害

西郷はさすがにここまで酷くは無かったろうが、きっと同傾向の人間だったろうと思う
若い士族などは西郷の「責任はすべて私にある」などという(無責任な)美辞麗句に、コロッと心酔してしまうだろうよ

286名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 10:33:51.24ID:KqnwCIvI0
すべての責任はわたしにある、と言うことで
責任の具体的な所在を曖昧にし
逆に責任を取らないという処世術かな

287名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 13:45:12.64ID:UNMJNhSr0
西郷が撃たれて死んだのなら、首を斬ったのは誰なのか? やはり
やはり西郷が絶命したのは首を斬ったからだろう。太ももを撃たれただけじゃ
死なないだろうし。 やはり死因は首の切断だねw

桐野が西郷が投稿しようとしていると思い込んで撃ったという説があるが
西郷が撃たれたあと、観念して別府に介錯を頼んだということはそれでも
十分なりたつわけで、つまり西郷が最後に自決した可能性はやはり否定できないねw

288名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/20(日) 18:57:16.54ID:bznv23p+0
西郷隆盛精神の継承者たち・・・

富永恭次陸軍中将:
フィリピンで陸軍の航空特攻を指揮。マッカーサー軍が迫ってくると、司令部の許可なしに側近と芸者とウィスキー瓶のみを載せて台湾に逃亡。天寿を全うする。

菅原道大陸軍中将:
陸軍特攻の中心だった第六航空軍の司令官。10代の少年を特攻隊を次々を送り出し、エンジン不調などで戻ってくると「卑怯者!俺も後で行く!」と殴り倒した。
敗戦で部下が自決をすすめたが「死ぬのだけが責任を取る事ではない」と逃げ回り、96歳で天寿を全うした。

倉澤清忠陸軍少佐:
菅原道大の部下で第六航空軍の参謀。特攻隊を次々と送り出し、機体不良で戻ってきた搭乗員を監禁して毎日毎日
「死ねないようないくじなしは特攻隊の面汚しだ。国賊だ!」と罵り殴りまくった。悔しさのあまり自殺したものもいる。
戦後は元特攻隊員の復讐を恐れてピストルを持ち歩き、寝る時は枕元に日本刀を置いて寝た。天寿を全うする。

玉井浅一海軍大佐:
フィリピンで特攻隊員を次々と送り出す。
機体不良で戻ってきた特攻隊員たちが本土へ戻る事になると
「待て!お前は特攻隊で死んでもらう事になっている」と輸送機から引きずりおろし、自分が乗り込んで本土へ帰っていった。
戦後は僧侶になり、天寿を全うした。

黒島亀人海軍大佐:
残酷な人間魚雷「回天」を立案。「必ず脱出装置を付けます」と嘘をついて認可を得た。
戦後は会社社長として何不自由ない暮らしを送る。宇垣纒の戦争体験手記を遺族から借り出し、自身に都合の悪い部分を破棄した。天寿を全うする。

太田正一海軍大尉:
米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾「桜花」の発案者。
「自分が乗るから開発させてくれ」と上層部に懇願して開発させたが、自身は「適性なし」として搭乗しなかった。
敗戦直後に逃亡し、名前と戸籍を変えて暮らす。天寿を全うした。

289名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 12:54:58.12ID:wuZf+D+s0
それらは皆天寿を全うしてるので、西郷は天寿を全うしてないから、最後はまるで違うといえようw

290名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 13:20:16.32ID:QsUYu0Ip0
まさに西郷は天寿を全うできなかったから神格化されたんだよ

オウム麻原が今だ死刑執行されない理由も、死んで神格化されてしまうことを当局は憂慮していると言われる

西南戦争でも政府は西郷の助命嘆願を聞き入れて生かすべきだったね
1万5千人の若者を死地に送りながら一人だけ天寿を全うした男として

291名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 18:08:10.58ID:AkASt6f40
無理だろう?というかあそこまでの騒動にでもなれば政府・軍の上層の「誰かが」責任とらねばならないから
だったら素直に西郷に責任取れせたほうが無難という話

292名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 19:52:18.51ID:c/e36tQg0
>>288
第二次大戦は仕切ってたの東北軍閥だろ

293名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/21(月) 20:15:49.58ID:Q/APxOiG0
>>292
つうか挙がった人物の中に薩摩閥関係が一人もいないとこで、もう確信犯としか思えない…釣りかな?

ところで大河も奄美編に突入だが、今回は割りと黒糖地獄を掘り下げてくれそうだね
当時の薩摩藩の財源を考えれば、明治維新は奄美の黒糖が成したと言ってもいいくらいの重要節
奄美住人を救うために島代官を脅したって逸話もあるが、まぁ島役人の代官と言えど鹿児島本土では郡方頭レベルの役職なので、潜居中の西郷でも代官に恫喝なんで容易いことだったろうし
トドメに龍家のお嬢様が西郷の島妻じゃ奄美での待遇も良くなったろうなぁ
しかも後任の代官は島津一族にして西郷の親友でもある桂久武
そりゃ奄美での西郷信仰も盛り上がるってもんだわな

んだけど斉彬公ですら顧みなかった奄美の負担軽減に(微力ですが)最初に取り組んだのは、西郷に嫌われてたあの久光公ってのも皮肉ですなぁ

294名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 12:06:19.38ID:73r8Ty5e0
ここで「西郷は逃げた」と繰り返し書いてる人は、
現実で逃げている自分を肯定したくてたまらないんだろうな。

295名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 13:10:06.95ID:YV9mEv1Q0
西郷は帰藩後すぐの1864年に
「大島外二島砂糖買上げ方について」という奄美の窮状を改善するよう求める上申書を藩に提出している
西郷が奄美の窮状に義憤のようなものを表明したのは間違いないところである

もっともこれは西郷にとって特別なことではない

西郷は生涯で何度も建白書や意見書を藩や政府に上申している
ほとんどすべての上申に共通しているのは、
正義マン風に弱者の側に立つようなポジションを取りながら
西郷個人とぶつかった人物たちの悪口を並べ立てるというものである

されに共通しているのは上申した後に
西郷が何かを具体的に行動した形跡が無いことである
上申した内容とは反対のことをやっている場合すら多くある

たぶん西郷にとっての建白書や意見書は、義憤を本当に燃やして書いているわけではなく
個人的な不満や不平が先にあり(西郷のことを認めようとしない人物に一泡吹かせたいとか)、
その個人的な発露を正当化するための後付け的な理由として
奄美の搾取であったり、政府高官の腐敗などを無意識に拾っているのだと思われる

したがって自分の気に食わない人物、奄美の役人や政府の官僚を取り除くことが達せられれば
例えば奄美の窮状のことなどは忘れてしまい、今度は西郷自身が奄美を搾取する側に
回ってしまうのである

このように考えれば、西郷の行動原理は若い頃から死ぬまで一貫していることが分かる

296名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 16:27:41.13ID:PL4nQjTW0
桐野が撃ち殺したまでくると
もう冷静な書き込みとは思えない

297名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 19:29:47.53ID:I/3DMtbl0
龍馬の妻だったおりょうも龍馬の数多い友人の中で腹の底から親切だったのは
西郷と勝海舟だったと言ってるからな
二人で江戸城無血開城をやっただけあるんだよ

298名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 19:42:31.84ID:QguBn//y0
おりょうの証言など集めた本を読んだことあるけど
西郷はお金だかお菓子だかをいつもいっぱいくれて
すごく自分に良くしてくれたってあったな

おりょうはそれを自慢調で語っていて
それ読んで思ったのは、西郷は"接待"みたいなことも普通にできるんだってことな

重野安繹が西郷を
「士卒が手傷を負へば、その傷を啜ったりするようなことは、しはずさぬ(ぬかりなくやる)人物で、
自分より目下の人の信用を得ることが多い」
と分析しているけど、おりょうに対してもそのように対応していたのだなと思ったものだ

299名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 19:56:12.46ID:5t7E3Cno0
西郷はおりょうも狙ってたのか?

300名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/22(火) 22:29:54.18ID:qakafGSB0
西郷も政府高官にまで出世した後に、ひとの草鞋の紐を結んでやった
ことがあるそうだが、そういうことはなかなかできるもんじゃないねw

301名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 07:17:47.73ID:GsktSqsH0
日大はほんと西南戦争の西郷軍みたいになってきたな

302名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 11:50:04.54ID:OpDqyRHP0
>>288>>301は、これで何か言った気になってるんだろうな。

「歴史に学ぶ」のではなく「歴史に逃げ込む」タイプの典型的なレスですなぁ。

303名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 13:26:55.41ID:001VJXYg0
重野も面白いよな

例えばイケメンな自分よか何故にブサイクな野郎がモテるんだ?的感想というか
「よく見てる」
大したオトコでなければ無視してればいいだけなのに「気になってしょうが無い」といった感じか

304名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 15:37:48.20ID:RYRGreOp0
>>302
>>303
おまえもこのスレッドが気になってしょうがないwwww
憎くて憎くて仕方がないwwww

おまえの気持ちも分かるよ
最近の、西郷さん実はこんなヤバい人だった的な流れって
明らかにこのスレッドが影響してるもんなあ

某歴史ブログとか完全にこのスレッドがネタ元だし

305名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 18:33:19.52ID:IPy6NnXh0
みごとにブーメラン

306名無しさん@お腹いっぱい。2018/05/23(水) 20:07:15.30ID:26rhUHyJ0
桐野が西郷を射殺したなんてこのスレでしか見たことないぞ

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