海の民の正体について語るスレ [無断転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2016/01/02(土) 15:50:36.760
語りましょう

ちなみに僕はシュメール人の残党ではないかな、と思います

202世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:01:45.040
>だから多神教徒であるカルタゴの遺民が単に異質で閉鎖的なユダヤ教を新たな選択肢として選ぶなんていう発想自体がありえない

でも実際ユダヤ人がカルタゴに存在した事実がある
カルタゴどころかイベリアやローマにも
ストラボンは至るところにとか書いてるし
だからヨセフスのようにローマに重用されてありえないくらい本国から連れてこられ増加したのか?
じゃあそもそもディアスポラなんてなかったのでは?という陰謀論にもつながる

203世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:14:26.070
ユダヤ教を優れたものとしてカルタゴ遺民が受け入れたのなら、そんな改宗という事実を隠す動機がない。
同じ時代にあった、もっと恥ずべきエドムの改宗(強制改宗はユダヤ教にとって汚点だとハスモン朝で敬虔派は主張した)が歴史に残っているのになぜ隠す。
改宗によってカルタゴ人はバアルの幼児殺しの儀式(とローマ人は噂していた)をやめ、ローマにとって危険で忌むべき存在でもなくなったはずなのに。

204世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:20:42.730
ユダヤ人自身が地中海に進出したらいけないのか?
新天地を求めて移住したことによって人口が増える、それは東方植民によって人口が増えたアシュケナジムにも例がある。
かつて進出が少なかったのは、西地中海がカルタゴのフェニキア人の縄張りだったからだろう。
ユダヤ人のことをよく知っているフェニキア人のこと、ユダヤ人を締め出す方法にも長けていたと見るべきだ。
第二次ポエニ戦争の後にローマによってカルタゴ商人の活躍は事実上なくなったが、ユダヤ人の地中海への進出は
その頃には始まっていたのかもしれない。陰謀論というならポエニ戦争自体が地中海進出を企てるユダヤ人がカルタゴ排除を狙った
策略と考えるくらいのほうが面白い。

205世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:22:22.050
>>201
しかし当時はギリシャ・ローマではむしろ神に関する逸話や神話などはほとんど信じられてはいなかった
当時の哲学者が神話を馬鹿にしたりネタにして笑いをとったりするくらいだから

ソクラテスは弁明の中で無神論者であると糾弾され、それに対して反論、否定してるが
他の著作では明らかに神話の内容を真剣に捉えてない。
他のソフィストも作り話や大昔にあったことを神話化したのだとか冷静にとらえていた

故に当時のギリシャ哲学者、数学者は「宇宙の統一原理としての神」を求めた
神話の神じゃなく想像上のすべての原理である神を求めた

その思想に適合したのが「すべての宗教の統一、習合」
そして「ユダヤ教」

206世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:29:09.480
>>203
カルタゴ人もティルス攻略もそうだが、フェニキア人は皆殺しに近い扱いを受けた
少数のユダヤ人がフェニキア人をかくまってユダヤ人にしたと考えることもできるな
改宗ではなくフェニキア人であったというのが汚点だったのだろう
ギリシャでもローマでも嫌われてたから

207世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:36:22.440
>>205
それも矛盾しない。
多神教文明はすでに宗教をなかば卒業しつつあったのだ。
たとえ形骸化していても、季節の儀式において各神の概念を共有できれば政治的にも活用できる。
哲学者は新たな倫理の神を創造しようとさえした。

古い神話と道徳の神に固執し孤立する一神教世界をよそに。

>その思想に適合したのが「すべての宗教の統一、習合」
>そして「ユダヤ教」

たとえばもしギリシャ系のファラオが道徳神を創造しようとしたのなら、ユダヤ人の歴史を好奇心の対象にし、
参考資料とするために聖書をギリシャ語に翻訳する強い動機が存在したことになるな。
この場合もエジプトにおけるユダヤ系住人の多寡はまったく関係ない。

208世界@名無史さん2017/09/10(日) 03:44:27.430
>>206
皆殺しに遭ったのなら、なぜ改宗したフェニキア人は多数だったと考えるのだ?
少数の生き残りのごく一部がユダヤ教に改宗し仲間となり、
西地中海の有益な情報を提供してもはや同胞となったユダヤ人を手引きすれば
カルタゴの故地に急にユダヤ人が増える、という状況は生まれるだろう
そのほうが自然だろうに、なぜそう考えないのだろう

あと、まさかとは思うがフェニキア人が500年以上にわたって海賊と奴隷商人ばかりやってたと思ってるんじゃないか?
それでギリシャ・ローマで嫌われていたと。そんなに長い間。その思いつきを元にウィキペディアをどんどん書き換えてるのか。

209世界@名無史さん2017/09/10(日) 04:02:01.140
>>208
フェニキア人は元は海軍一体の商人だよ
結局それが航海の基本だったということ
ウィキペディアは書いてない

210世界@名無史さん2017/09/10(日) 04:06:15.800
>>207
>この場合もエジプトにおけるユダヤ系住人の多寡はまったく関係ない。

セプトゥアギンタは実際初期キリスト教ユダヤ含めて紀元前のその当時からユダヤ人に読まれてるからな

211世界@名無史さん2017/09/12(火) 07:28:39.070
>>209
海賊対策に自衛が必要だったとしても、それと奴隷商人が一体だったという持説は引っ込めたの?
そこを強調しろよ
ローマがカルタゴを攻撃した理由もそれなんだろ?だったらソースを出せるよな?
>>210
ソースはあるの?出せるよな?

212世界@名無史さん2017/09/12(火) 22:36:16.740
>>211
新約の引用にセプトゥアギンタが用いられるのはよく知られるが
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2002686
西暦前2世紀に生存したユダヤ人アリストブロスは,ヘブライ語の律法の書のある版がギリシャ語
に翻訳され,プトレマイオス・フィラデルフォスの治世中(西暦前285‐246年)に完成したと書いています。

セプトゥアギンタ訳は,イエス・キリストや使徒たちの時代前にも時代中にも,ギリシャ語を話すユダヤ人の間で広く用いられていました。

http://biblehouse.jp/?pid=43966809
アレクサンドリアのフィロンはLXXのテキストを用いて、プラトンなどのギリシア哲学との対話を行いました。

213世界@名無史さん2017/09/12(火) 22:42:54.660
>>211
http://phoenicia.org/puniceconomy.html
The Carthaginians are credited with inventing sale by auction, and they were
famous for it. They even traded with people with whom they had no real contact,
as described by Herodotus of Halicarnassus (about 430 B.C.)

そういうのは俺がいいだしたわけではなく
フェニキア人=ユダヤはよくある陰謀論の一種な
カルタゴなどユダヤが本来いなかった場所にいきなりユダヤ人が多数現れだしたってのもそれの一部
そのフェニキア人を海の民であるとするのも結構ある

214世界@名無史さん2017/09/13(水) 06:14:06.350
>>212
セプトゥアギンタはユダヤ人以外のギリシャ人に広く読まれた。
そしてセプトゥアギンタを実現したのはギリシャ人ではなくプトレマイオスかその周辺の非ユダヤ人だった。
だとすればなぜユダヤ人自身が翻訳しなかったのか?答えは簡単、それはユダヤ人にとっては翻訳がタブーだったからだ。
ユダヤ人がユダヤ人である間は、セプトゥアギンタはただの「解説」であり「注釈」としてしか利用されなかった。
ギリシャ語ユダヤ人は安息日ごとにシナゴーグの礼拝において読むトーラー(パーラーシャー)は
ギリシャ語版ではなく従来のヘブライ語版を唱えたのだ。その後もユダヤ人がどの宗派においてもヘブライ語を捨てなかったことを見れば
そのことは明らかだろう。ギリシャ人の好奇心が結果的にはギリシャ語ユダヤ人の聖典理解を助けたというだけの話。

で、ユダヤ人自身が「翻訳した」という証拠はあるの?

>>213
なんだ、ただの陰謀論か。どうりで矛盾だらけでつまらないと思った。でもお前は明らかにナチズムまがいの人種的偏見を混ぜ込んでるよね。

215世界@名無史さん2017/09/13(水) 16:16:57.630
>>214
じゃあお前死海文書全部翻訳してみろ、といわれてできるか?
ほとんど民衆は生活に追われるだけ
膨大な聖書翻訳など妄想の世界のできごとだ
そもそもヘブライ語聖典すらそんなでまわってなかったし
印刷もない時代、翻訳したとてそれを移し替えるのも全部手作業
王の大事業でないかぎり無理だわ

216世界@名無史さん2017/09/13(水) 16:56:52.660
>>215
そういう問題じゃないんだよ
「聖典だからこそ『翻訳』はしない」
この理屈がわからないうちはお前の言うことは的外れのままだ
そもそもユダヤ人でもない王がなぜ翻訳事業に協力したか?
そうじゃない、ユダヤ人じゃないからこそ翻訳に手を付けることができたのだ

217世界@名無史さん2017/09/14(木) 02:10:16.020
翻訳禁止ならラビ派遣も拒否るだろ

218世界@名無史さん2017/09/14(木) 02:12:39.740
そもそも当時のユダヤはアラム語だけでヘブライは理解できなかった
死海文書もアラム語だらけで基本思想はアラム語で伝えていたことがわかる
アラム語の注釈なしにはヘブライは理解もできなかったのになんで翻訳を禁じる意味があるんだ

219世界@名無史さん2017/09/14(木) 03:30:48.960
「日常言語にアラム語を使っていた」ことは「ヘブライ語を理解できなかった」を意味しない
そんな間違いをしてるからお前はだめなんだよ

220世界@名無史さん2017/09/14(木) 03:32:28.890
「翻訳禁止」というのも大雑把な勘違い。
「解説なら許された」ってずっと言ってるのに無視。
その辺の理屈がなんでわからないのかなあ。

221世界@名無史さん2017/09/14(木) 09:37:51.290
アラム語とヘプライ語とフェニキア語の違いって
大阪弁と京都弁と奈良弁みたいなレベルだろ?

一つできれば慣れの問題で後は全部できる

222世界@名無史さん2017/09/14(木) 09:42:40.020
日常会話でアラム語のユダヤ人≒日常会話で標準語の大阪人

こんなもんだね

223世界@名無史さん2017/09/14(木) 21:46:27.790
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_the_Jews_in_Egypt
As early as the 3rd century BCE, one can speak of a widespread diaspora of Jews in many
Egyptian towns and cities. In Josephus's history, it is claimed that, after the first Ptolemy
took Judea, he led some 120,000 Jewish captives to Egypt from the areas of Judea,
Jerusalem, Samaria, and Mount Gerizim.

ヨセフスによるとBC3世紀にエジプトに広がってローマ時代に12万人が捕虜としてユダヤ王国内から連れてこられたと
つまり数十万のユダヤ教徒がエジプトにいたことは確実か
出自は信用できるか怪しいが相当の人口があったのは確実
なんで影響力ないと考える?

224世界@名無史さん2017/09/14(木) 21:58:42.570
>>220
翻訳がタブーならなんでラビを派遣して翻訳させるんだよ

225世界@名無史さん2017/09/16(土) 17:14:19.780
海の民によってアムル人が滅ぼされアラム人が取って代わった
つまりかつてエジプト→カナン(ほぼエジプト文化)→アムル(ハム系?)→シュメール
だった貿易の中継が
エジプト→フェニキア→アラム→アッシリアとなった

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/3010/genei-8.html
……ペルシア側の学者の説では、争いの因をなしたのはフェニキア人であったという。
それによれは、フェニキア人は、いわゆる紅海からこちらの海に渡って来て、現在も彼らの住んで
いる場所(ツロとシドンなど)に定住するや、たちまち遠洋航海にのりだして、エジプトやアッシリア
の貨物を運んでは各地を回ったがアルゴスにも来たという。(ヘロドトス、歴史)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当時からフェニキア人は紅海周辺にいた人種と自分達を把握していた
つまりセム系
これならユダヤ教を信仰しても問題ない
エドムと同じく同祖の民族であってこの範囲までならハスモン朝のような拡張主義も無意味なことではない
それが聖書が体系化され、よく周知された後に起こった出来事ならなおさら

ポール・ジョンソンのユダヤ人の歴史によるとハスモン朝時代すでにパレスチナに250万人
国外に500万以上のユダヤ人がいたという
改宗ユダヤを含めないとやっぱ不可能だな

226世界@名無史さん2017/09/23(土) 12:03:42.840
証明できる歴史が少ないがやはりフェニキア人しかおらんな

https://en.wikipedia.org/wiki/Bireme
まず軍用船、海賊船の基本となった二段櫂船の発明が恐らくフェニキア人
https://i.pinimg.com/736x/10/32/d4/1032d4ce8a290d39f9ee7101b046169f--barbary-wars-ship-paintings.jpg
これがイスラムでは19世紀まで使われる
先進化した欧米の戦艦にボコボコにされる絵が多くのこってるが
それまで欧州はイスラム海賊に負けっぱなしだった
つまり普遍性のある形態ということ

http://www.travel-to-crete.com/gallery_images/8.jpg
それ以前のクレタ島などに見られる交易船
海の民でエジプトはそんなに被害を受けなかったがギリシャ諸島はほぼ滅亡状態
特にクレタ島などが栄えたが、その繁栄の基本が本土からレヴァント、エジプトまでをつなぐ海上貿易交易の商業にあった
のでこれを潰せば必然的に崩壊する
そして交代して栄えたのがフェニキア

平和的交易用の帆船が沖で孤立する
それを見計らって櫂船で囲い衝角で穴を開けて沈める
積荷を奪って人員を殺す
これで行方不明完全犯罪
それを延々繰り返すだけ

227世界@名無史さん2017/09/23(土) 15:52:58.500
海の民って国家を作ろうとはしなかったの?

228世界@名無史さん2017/09/24(日) 17:44:47.040
海の民がヨーロッパ人だとかギリシャ人だとかの説でも結局はカナンに定住したのではないかと言われてる

229世界@名無史さん2017/09/25(月) 21:03:26.360
>>27
海賊が盛大に暴れたのなら記録に残るだろうがそれがないし
クレタ島も海の民の時代に滅んでいる

230世界@名無史さん2017/09/25(月) 21:16:12.830
>>65
奴隷階級を支援したらあっさり革命が起きるのかもな
どこの地域も内紛とか言われてるってことは

231世界@名無史さん2017/09/25(月) 21:20:30.730
>>90
>そして何より大事なことに、平時からフェニキア人と付き合いがあった、略奪された国の文献は
>どれ一つ取っても敵をフェニキア人とは明言していない

これは重要だな
フェニキア人は商人としても交易を担ってたわけだから海賊なんて思われたら生活できなくなる
遠洋で孤立した商船を襲えば完全犯罪だがそれを徹底したか
略奪は別集団と考えなければいけなくなる
ただしエジプトの海の民は全く違う現象として考えて

232世界@名無史さん2017/09/25(月) 23:29:58.220
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2011444
http://d.hatena.ne.jp/nikubeta/20130320/p1
アブラハムがラクダを使っていたというがこの時代にはらくだが家畜化されていたという証拠はないという

https://ja.wikipedia.org/wiki/アラム人
>ラクダを用いてシリア砂漠などを舞台に隊商貿易を行った。

ラクダを使い始めたのはアラム人とされている(現在)
つまりセム系、アラビア半島系の習慣であった

ヒクソス滅亡時期にカナンが別民族に乗っ取られて全く違う文明になったのは確実か
それがフェニキア人などの紅海周辺からやってきた民族と元ヒクソス
何故かそれと共に台頭してきたのがアラム人
元々いたアムル人は隊商貿易の民族ではなかった、彼らはハム系でつまりエジプト系だった
国家を持たない遊牧や隊商の人々が強大だったアムルを滅ぼせるわけがない
フェニキア、イスラエル、アラムというセム人のカナン乗っ取り
これらはつながっている

233世界@名無史さん2017/09/25(月) 23:35:46.430
古代バビロニアで大量のユダヤ人がいたのはよく知られるが
これもセム系であるアラム人の一斉改宗と考えたほうがしっくりくる
下層階級の捕囚民であったのに数を増やすなど不可能だろう

234世界@名無史さん2017/09/27(水) 00:48:22.750
>>96
どの本でもネットでもカナン人があやふやなままで説を展開してる
旧約聖書ではカナン人はエジプト系でセムに奴隷にされるための存在
しかしエジプトでは新王国時代からそこに住んでいる敵国民族っぽいあつかいに代わる
本来は同盟国民族をカナン人と呼称していたのに同じカナン人を敵民族にもあてている
BC15世紀以前はカナンは間違いなくエジプトと同じ習俗だった

235世界@名無史さん2017/10/06(金) 22:10:00.670
>>111
>「フェニキアだけが繁栄」というが、滅んだのはヒッタイトだけで、エジプトはテーベに押され一時的な衰退、ミタンニとカッシートは遅れて滅亡、アッシリアとエラムは健在だ

エジプトはシドンを失い、メソポタミアから地中海までの交易ルート、利権を失い
さらにペリシテ人のアシュケロンも滅ぼされてる(これもエジプトに近い)
シドンはその後フェニキアが領有
ヒッタイトが滅びクレタ島、キプロスでも文化の連続性が消え、何も残らなくなった
ギリシャ本土は無関係か?国力がなくなった所を他民族に押されただけか

そして何故か無傷でありしかも多大な利益を得てるのがフェニキア、アラム、イスラエルなどのカナン地方のセム人
それらがアッシリアに屈して(BC8世紀)その直後ギリシャ諸島が(何故か)復活
海軍、フェニキアと同じ海賊船を作り出し、フェニキア文字を使いだし、フェニキアの交易ルートを奪い
フェニキアと同じようにアフリカなどに領土を広げだした

236世界@名無史さん2018/01/30(火) 11:18:42.740
世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

NLW7S

237世界@名無史さん2018/02/26(月) 21:43:53.120
https://ja.wikipedia.org/wiki/ワディ・エル・ホル文字と原シナイ文字
>原シナイ文字(げんシナイもじ)は、シナイ半島のサラービート・アル=ハーディム(英語版)
>(アラビア語: ????? ?????? Sar?b?? l-??dim) で発見された、青銅器時代中期 (紀元前2000年-
>紀元前1500年) の年代と推定される少数の刻文に使われている文字を指す。

文字の普及から当時のセム語系の動きを予測できないかな
ヘブライ語、フェニキア語のルーツは原シナイ文字で間違いないらしい
そしてセム語を記録していたことも確からしい
エジプトは恐らくヒクソス(アラブ、セム人)政権でそのために同郷の人間を優遇したかった?
(実際エジプト領内ではそんなことはなかったが)ためか、アラブ人を教育するためにエジプト文字からシナイ文字を生み出したのか

>カナン地方自身からは、紀元前17世紀以降の2・3の刻文しか見つかっていない。いずれも非常
>に短く、大部分は数文字からなる。おそらくカナンの隊商か、あるいはエジプトの兵士によって書
>かれたかもしれない

カナンエジプト人(ウガリット言語系)がセム語文字を書くなんてことはないだろう
カナンには当時らくだ使いの隊商貿易商人はいない
らくだが導入されたのはアラム人の征服以降とわかっている
つまり当時のカナンはまだエジプト人が優勢で、アラビア半島系セム語も用いられていなかった
エジプトのヒクソス政権の終わりとカナンのセム系支配はほぼ同時期のはず
原カナン文字が現れだすのもそのあたりで、それがフェニキア語として発展していく

238世界@名無史さん2018/05/07(月) 21:12:37.810
age

239世界@名無史さん2018/05/14(月) 07:43:51.080
なんで海の民ペリシテ人はペリシテ人の国アシュケロンを滅ぼしたの?

240世界@名無史さん2018/05/27(日) 11:48:22.870
ネトサヨの妄想の産物

241世界@名無史さん2018/07/12(木) 11:42:25.560
友達から教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
興味がある人はどうぞ
検索してみよう『立木のボボトイテテレ』

LVC

242世界@名無史さん2018/09/25(火) 23:38:54.040
>>239
因果関係の捉え方が違ってる。
海の民ペリシテ人がカナン人からアシュケロンを奪って自分たちのものにした。

243世界@名無史さん2018/10/02(火) 10:02:29.610
ここの議論を見ても海の民の正体がフェニキア人であることはほぼ間違い無いというのがわかるよ
フェニキア人そのものというよりは、地中海周辺地域から人を集めて海の民と呼ばれる海賊を組織して取りまとめたのがフェニキア人てところだろ

そして>>231 でも言ってるように
>フェニキア人は商人としても交易を担ってたわけだから海賊なんて思われたら生活できなくなる

だから自分たちの正体がフェニキア人であることを徹底的に秘匿したんだろ
フェニキア人以外を周辺から集めたのも、海の民の正体を探る痕跡が極端に少ないのもそのためだろうな

244世界@名無史さん2018/10/02(火) 17:35:58.970
海の民をフェニキア人単独と考えるのが間違い
すでに地中海各地の出身者がいるという記録があるだろう
民族や国単位で捉えることが不可能な集団だからそうなる
>>235
ギリシャ文字の起源はフェニキア文字だが、ギリシャ文字の最もユニークな特徴は史上初の「母音文字」の誕生だ
フェニキア語にはセム語らしいガタラルGutteralsの音、すなわち喉頭、咽頭、声門、口蓋垂といった
口の奥の、喉に近い箇所で出す子音が多く、フェニキア文字は最初からそれらを区別してきた
こういうセム系の文字をセム語以外の言語に適用すると必ず直面するのが
「子音文字が余る(ガタラルがそんなに多くないので)」「母音文字が無い」という問題だ
子音の並びだけで意味がわかるセム語と違い、セム語以外の言語には、母音を表記しないと伝達に支障をきたすものが多い
ギリシャ文字はこれを解決するのに、「余る文字」を機械的に全く音の違う母音に割り振った。
こんなことはフェニキア文字を特定の音価で普段使っているフェニキア人には思いつかない。
文字というものを知りたての、「要は区別ができればいいんだ」と考える、
たぶんそのぶん頭の柔らかいギリシャ人だから主体的にそういうことができたのだ
よって「フェニキア人がギリシャ人を奴隷化して自分たちの文字を与えた」という推測は間違っている

245世界@名無史さん2018/10/03(水) 00:35:43.190
>>244
ぜんぜん説得力無い
結論ありきで理屈をこねくり回しているようにしか見えない
フェニキア人がギリシア人を支配したからギリシア人はフェニキア由来の文字を使用するようになったと考えるほうがはるかに論理的で無理が無い

246世界@名無史さん2018/10/03(水) 02:49:00.430
>>245
それはお前が言語と文字について知らない事が多すぎるから
ウィキペディアでギリシャ文字の起源についての解説だけでも読んでこい
フェニキア人がギリシャ語を表記したのなら、
ペルシア語におけるアラビア文字を利用した母音文字のようになっているはずだ
所がそうはなっていない

247世界@名無史さん2018/10/03(水) 14:38:02.220
日本人が漢字と仮名を使うようになったのは、中国人が日本を支配したからなのか?
満洲人がモンゴル文字を改良して満洲文字(有圏点満文)を発明したのは、
モンゴル人が満洲人を支配したからなのか?
モンゴル人がアラム文字に由来するソグド文字を縦書きにしてモンゴル語に使うようになったのは、
アラム人やソグド人がモンゴルを支配したからなのか?
そもそもイラン語派のパルティア語、ソグド語、パフラヴィー語がアラム文字で書かれたのは、
アラム人がそれらの民族を支配したからなのか?
どれも「取り入れた」「採用した」「借用した」んだよ。人間はそういう事ができる。
もちろん同じイラン系のバクトリア語がギリシャ文字を採用したように、
征服者の文字が現地の言語に使われる例もあった。
ここ500年の文字化された先住民語は大半が支配者のラテン文字を使っているしね。
でも航海技術と送れる兵員に限りがあった当時、船で移動して占領した民族が、
現地の民にその言語に合った文字を改造して与えて去るなんていう例が他にあるかね?
そもそもフェニキア人は他の民族に対して(たとえばアナトリア語派のルウィ人ほか)同じ事をしたか?
お前こそ「フェニキア人によるギリシャ支配と奴隷化」なんていう結論ありきで飛躍しすぎなんだよ。

248世界@名無史さん2018/10/03(水) 22:08:42.590
何か必死になって理屈をこねくり回しているけど、お前の言説はフェニキア人がギリシア人を支配していたことを否定する根拠には一切なっていない

お前がやってることは、フェニキア人がギリシア人を支配した事実を隠蔽するために必死になって苦しい理屈をこねくり回しているということだけだよ

249世界@名無史さん2018/10/03(水) 22:16:25.030
海の王子様の先祖

250世界@名無史さん2018/10/04(木) 02:19:57.030
>>248
「必死」というのはお前の主観にすぎない
感情の断定と押しつけは議論に関係ない
「苦しい理屈」「こねくり回す」も同様の主観的表現にすぎない
お前のほうは「フェニキアがギリシャを支配した」事さえ
何の材料も揃えられていない
フェニキア人はすぐ沖のキプロスさえも中継地点にするだけで
完全制圧はできていないじゃないか

251世界@名無史さん2018/10/11(木) 10:32:30.890
>>248
ほら反論できていない
何か言ってみろよ

252世界@名無史さん2018/10/13(土) 07:36:48.050
今のトルコ南部に居住していたルウィー人が
一時的に東地中海の覇権を握った。それが海の民。
という説があるみたいね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Luwians

新着レスの表示
レスを投稿する